タブラとルベドがカルネ村に来てから一週間ほどが経っていた。
カルネ村の住民達は、最初はタブラ達のことを余所者ということで忌避していたが、温厚な態度と錬金術による鎌や鋤などといった物品の補修などを行い、村人からは、「錬金術師様」「タブレット様」、「賢者様」などと呼ばれ崇められていた。こう呼ばれているのは、決してタブラが強力な魔法を使ったことによるものではない。村には貧相な物ばかりで、見るに耐えられないものばかりだった。錬金術師と名乗ったこともあり、タブラの常識から低位で簡易な修復をしていたのだが、それだけで大いに喜ばれすぎてしまったのだ。これはタブラから見て失態ではあったものの、あまりの村人たちの喜びと感謝ぶりにそれほど悪い気はしていなかった。
ルベドに関しては、明るく振る舞いつつ力仕事を手伝っていて村人たちと慣れ親しんでいた。中でも、同じくらいになるエンリ・エモットは現実世界の親友に性格を含めて似ていたらしく、特に仲良くしていたようだった。タブラは、ルベドに友達ができたようで本当に良かったと思っていた。
タブラは聞いたこともない術を用いて道具の補修や生成など様々なことをしている。ルベドは明るく元気に振舞いつつも身体的な能力がどことなく普通ではないということは、畑仕事や普段の振舞いから見てとれた。村人たちは異様に思いつつも、2人は自分達には想像もできない遠いところから来たようで、多少常識が異なっていても仕方ないのかもしれないと考えるようになっていった。そして何より、村への貢献度が大きく温厚でもあったので、村人達は2人への信頼を厚くしていった。
タブラはここで暮らしつつ、様々なことに気が付いた。
まず、自分の姿に違和感がないこと。まるで自分が元々、人間ではなく異形の存在であるマインドフレイヤーであるかのようだった。
人間とは違う――人間に対してそれほど親近感が湧かない。タブラは元々、人間は嫌いではない。むしろ様々な可能性を持っている面白く素晴らしいものだと捉えている。だが、敵対したとき、人を殺したとしても蟻を踏みつぶしたがごとく、どうとも思わないだろう。
次に、想像以上にこの世界のレベルが低いということだ。モモンガから事前に異世界のことを聞いており、全体的にレベルが低いとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
エンリ・エモットから魔法に関する話を聞くと、都市エ・ランテルでンフィーレア・バレアレというレアなタレント持ちとして有名で、薬師にして錬金術師の少年がいるとのことだった。彼はエンリ家を始めとした村人達に薬草の採取を依頼しており、エ・ランテルまで持っていくと報酬とは別に回復用のポーションも賄いとして提供していた。薬草と魔法から作製する少し高価なポーション……ということなのだが、実際にそのポーションを見せてもらい、鑑定してみると、あまり使えた代物ではない低位のものだった。
最後にユグドラシルの魔法やスキルが多少、仕様が異なっているということだ。<
タブラは周囲の泥を一袋程度集めて部屋の中で<
泥は自らグニャグニャと人形のように形成していった。自分の手と同程度の小さなゴーレムとなって自ら動き出し、タブラに敬礼の姿をとった。高位の偵察特化の小型ゴーレムだった。
「今回はトブの大森林の東部を適当に探って帰って来い、何かに見つかったり魔法を掛けられた際は即座に自滅しろ」
タブラがそう言うと、素早く窓から出ていき、村人に見つからないように森の方向へと向かっていった。
4,5時間ほど経つと森からゴーレムが帰ってくきた。タブラはゴーレムに<
「ふむ、トロールの巣窟を発見したと……これが逃げ帰れるということは、こいつらも大したことないか」
今までのトブの大森林の浅い地区の調査で大型のハムスター、半蛇人間、オーガ、リザードマン、ゴブリンを見つけていたいたが、どれも大したことはないことが分かっていた。だが、森の深部には調査を出すことができなかった。
森の深部には禁断の地とも黒の聖地とも呼ばれるダークエルフたちが居住している区域があり、決して干渉してはならないとカルネ村の村長から言われていた。そう言われてしまうと何かあった場合、責任を取ることができないので、調査できないでいた。
「探査スキル・魔法は一切取っていなかったからな……」
タブラは錬金術師という狭い分野に特化したレベル構成となっていた。そのおかげで周囲の探索に手間が掛かっていた。作成したゴーレムは簡単な命令しか適応できず、目や耳として共有して感知できる訳でもない。帰ってきたゴーレムも媒介を使用していない粗雑な物のため、マナバッテリーが切れたり役目を終えると壊れてしまう。何度もこの方法を使っていれば、そのうち厄介なものを引き寄せてしまう可能性がある。
「泥にしてはよくやったと思う他ないか……やはり、私が実際に見に行って危険性の評価をせねば――」
アイテムを駆使しつつ、周囲に驚異的なものがないか探索しようと思っていた矢先に、扉が開いた。
「タブラさん!! 冒険者が来たよ!! それに例の錬金術師もいるよ!!」
「ほう……」
ルベドがそう言うと、タブラは驚き、瞬く間に笑みを浮かべた。
「あぁー疲れた、ようやく休めるぜ」
冒険者の一人であるルクルット・ボルブが警戒スキルを解き、腕を伸ばして楽な姿勢をとった。
「お疲れ様でした皆さん、カルネ村で昼食を取ったら休憩して薬草の採取をしましょう」
「了解しましたンフィーレアさん」
彼らはンフィーレア・バレアレとその護衛の任務を引き受けた銀級の冒険者である『漆黒の剣』だった。
ンフィーレアたちは村へ着くと真っ先にエモットの家へと向かっていった。先頭を走る少年は、どこか緊張していた様子だった。
その様子をタブラとルベドは見ていた。
「なるほど、あれがンフィーレア・バレアレか……」
タブラは錬金術師ということもあり、この少年のことが気になっていた。一つの都市で有名な薬師の技能の程度、『あらゆるマジックアイテムを使用できる』というタレント、この世界の魔法など興味は尽きない。
何より、この小さな村では得られる情報が少なすぎていた。タブラとルベドはエンリの家へと向かっていった。
「エンリ!! 久しぶり!!」
「うん、ンフィー、久しぶりね」
「あ……あの、げ、元気だった?」
「うん、いつも通りよ」
「そ、そっかぁ、それは良かったー」
少年は目の前の好きな異性に対して緊張しながら、頑張って会話を弾ませようとしていた。エンリ・エモットはそんな彼の心境など意にも介さず、残酷に最近現れた錬金術師の青年の話を始めた。
「最近ね、カルネ村にタブレットっていう、すごい人が現れたのよ」
「すごい人?」
「うん、私は魔法のことよく分かんないんだけど、錬金術師らしくて、色んな道具を作ってくれたり、直してくれたりするのよ。そういえば、昔割れたこのお気に入りのコップ、これも直してくれたの!!」
エンリ・エモットがその新品同様ともいえるコップをンフィーレアに見せると、ンフィーレアは信じられないと言った表情をした。
そのコップは外見が薄い素焼きの土器になっており、持ち手の部分は木目細かとして手触りが良く、中の部分はガラス質になっていて、漏れ出すことが無く、軽くて丈夫な構造となっていた。この世界において、この容器を作れるのは王宮から依頼されるような有名な職人だろう。
「これを……どうやって作ったのかな?」
「えっとね、もう割れちゃったから外に捨ててあったんだけど、エメラルドさんが拾い上げると、魔法を唱えたみたいで一瞬で直しちゃったの」
「へ、へぇー、そ、それはすごいや……ニニャさん、信じられます?」
「にわかには信じ難いですね……第三位階の魔法に<
「確か青年って言ってたよな、第三位階って……すっげーヤツもいるもんだな」
負けた……ンフィーレアはそう考えていた。自分も錬金術師として研鑽を積んでいるものの、こんな芸当はできない。
いや、大丈夫……僕にはポーション作ることが出来る。何年もお婆ちゃんの下で修行してきたんだ。それにタレントだってあるんだ!! まだ、負けたとは限らない!!
自分を必死に励まそうとするも、エンリはとても嬉しそうにその錬金術師の話をしていた。
「他にもね、村の農具とか、タブレットさんが――」
エンリが話をしていると、エモット家の扉がノックされた。
「エメラルドです。少々、お邪魔して宜しいでしょうか?」
エンリの両親がもてなす様に扉を開いた。一人の青年とエンリと同じくらいになる黒髪の少女が入ってきた。
「初めまして、冒険者の皆様。私は錬金術師でエメラルド・タブレットと申します。隣にいるのはルベドです。最近、転移事故にあいまして、このカルネ村に参った次第です」
エメラルドとルベドはンフィーレアと冒険者たちに礼をした。その様からは品がよく礼儀正しさを伺うことができた。
同様にンフィーレアと冒険者も順に自己紹介を始めた。
「僕はンフィーレア・バレアレと言います。エ・ランテルで祖母の下で薬師として働かせてもらってます」
「私が『漆黒の剣』のリーダーのペテル・モークです。あちらがチームの目や耳である
「よろしくねー」
ルクルットは私の方ではなく、私の娘に向かって笑顔で手を振っていた。ルベドはコクンと相槌を打ち、どう返したらいいか困ってるようだった。
現段階では、それほど気にはしてなかった。そう、現段階では……
「ルクルットの隣にいるのは
「よろしくお願いする!」
彼の所持している袋詰めからは薬草の匂いがする。こういった部分は、やはりゲームとは違ってリアルだなという印象だ。
「最後に、私たち漆黒の剣の頭であるニニャ――
「よろしく、お願いします。……ところでペテル、その恥ずかしい二つ名やめません?」
「え? いいじゃないですか」
「二つ名なんてあるんですか?」
タブラが良く分からないといった感じに表情を取るとルクルットが口を出した。
「こいつ、タレントを持っていて天才って言われる有名な魔法詠唱者なんだよ」
「……ほぅ、どんなタレントなんです?」
「魔法適性です。これのおかげで習熟に8年かかるところを4年で修めることができました。……これがなかったら、私は最低な村人で終わってましたよ」
何か後暗さを感じる発言だった。今はあまり聞かずにそっとしておこう。
「……そういえば、タレントと言えば、ンフィーレアさんもそうであるとエンリさんにお聞きしましたが……」
「はい、私のタレントは『あらゆるマジック・アイテムが使用可能』というものです」
「少しお聞きしたいのですが、そのタレントはどこまで有効なのでしょうか?」
「えっと……本来使えないはずの系の違うスクロールや使用制限で人には扱えない物も使用できます。今までダメだったことはありませんので……どこまでかと言われると難しいですね」
「……素晴らしい」
タブラから思わず感嘆の声が漏れてしまう。錬金術師から見て喉から手が出るほどに羨ましい能力だと思った。これを応用すれば、本来使用できない道具生成器から有力なマジックアイテムを作製できる。それができれば、周囲の探索や安全のための行動に大きく捗ることになるだろう。
……それにしても、『魔法適性』や『あらゆるマジック・アイテムが使用可能』などモモンガから聞いたタレントの情報と大分被っている気がする。ひょっとして、モモンガも事前に彼らと相対したことがあるのではないだろうか?
「ははは、タブレットさんほどじゃないです。偶然、タレントを持って生まれてきただけで、幸運なだけです。タブレットさんは第三位階の魔法を行使できるんですよね?」
ンフィーレアは以前自分が修復し、改良させたコップを手に取り、そう言ってきた。
「えぇ、そうです」
今は人間形態でステータスによるペナルティがあるとはいえ、種族によるスキル以外は超位魔法含めて全て使える。
「……優秀なのである。その若さで、第三位階まで使用可能とは……いずれ、エメラルド氏は『始原の魔法』も行使するのであろうな」
今、タブラは全く聴き慣れない言葉を耳にした。始原の魔法? 一体何なのか……?
「すみません、その始原の魔法というものは初耳なのですが、一体どのような代物なのでしょうか?」
ンフィーレア、ニニャ、ダインはどこか意外そうな表情をした。恐らく、魔法詠唱者から見て知っていて当然といった代物なのだろう。
「始原の魔法というのは、ある一定以上の水準に達した方が使用される位階魔法とは別の系統の魔法です。帝国のフールーダー・パラダイン老が使用者として有名ですね。これで死の騎士を操っていると聞いてます」
「なるほど……他には?」
「スレイン法国やアーグランド評議国には使用者がいるらしいです。ただ、どちらも使用者がいるとだけ示していて、軍事的に詳細な情報は公表していません」
全く未知の術法である始原の魔法……当然、警戒すべき魔法だ。そのような物を知れただけでも、今回の接触は大きいといえる。
「貴重な情報ありがとうございます。私はここよりも遥か遠くより来まして、ここらの地の情報に疎い次第であります……そういえば、ンフィーレアさん、差し支えなければ今回得られる薬草からどのようなポーションが作れるのか教えてもらってもいいですか?」
「それ位なら構いせんよ」
そう言って彼はポーションを取り出した。溶液の中に薬草の残滓らしきものが沈殿していた。賄いとして村人たちに渡していたものと同じ物のようだ。
「他にもポーションを作られていますか?」
「はい、うちの一番の製品がこれになります。」
そう言って青色のポーションを取り出した。
「……これがですか」
タブラは見たことがない青色のポーションだった。
「魔法のみを使用して作製できる私たちが売りに出している一番の製品ですよ」
ンフィーレアは誇らしげな顔をしていた。
「少し貸していただいてよろしいですか?」
「……いいですけど、劣化してしまうので栓を抜いちゃダメですよ」
「勿論、そのようなことはしませんよ」
<
魔法のみで作製された第一位階程度のポーションか……やはり低位だ。
「……成る程、ありがとうございました。ここらでは、この青いポーションが一般的に使われるものなのですか?」
「このポーションは魔法が掛かっていて、金貨1枚と銀貨5枚に相当する高級品なので、あまり一般的ではないですね。魔法が掛かっていないものでしたら、もっと安く、多く流通していますよ」
「……ンフィーレアさん、赤いポーションというのは見たことありますか?」
「赤いポーションですか? それは見たことありません。普通、ポーションの製作過程で青色になってしまうんですよ。お婆ちゃんなら何か知っているかもだけど……」
「そうですか。ありがとうございます」
「あの、エメラルドさんも錬金術師ということはポーションの作成ができるんですよね?」
「えぇ、できますよ。ポーションの生産者として以前はとある組織に貢献していました」
「エメラルドさんはどういったポーションを作られるのです?」
さて、困った。この手の質問をすれば、当然返ってくる質問だ。適当に誤魔化すことはできるが、相手は有力なタレント持ちで、あまり無下にはしたくない。
「……内密にしていただけるのなら構いませんが、約束できますか?」
「はい!! 約束します!!」
「ならば、森の探索が終わった後にでも、お見せしましょう……さて、今回私が伺ったのは、あなた方の森への採取に私も同行させて頂きたいのです。勿論、お手伝いもさせて頂きますし、報酬はいりません」
「それは、有難いお話ですが……タブレットさんに、どのようなメリットが?」
「森の周囲の調査ためです。私は、あまり戦闘が得意ではないので万が一強いモンスターに遭遇した場合、大変困ります。……ですが、皆さんがいれば心強いというものです」
「なるほど……ですが、私たちも森の浅い部分までしか行きませんよ?」
「それで構いません」
タブラはそう言ったものの、本来の目的は別にあった。冒険者というのが一体どの程度のレベルなのかを知ることが本来の目的だ。
「ところで、一緒に同行する以上、何か質問があればお答えしますが……」
「はい」「はいっ!!」
タブラの問いかけからニニャとルクルットが手を挙げた。片方は自然に、もう片方はやたら大声で背筋をピンと伸ばしてからの挙手だ。
「では、私からいいですか?」
「えぇ」
「タブレットさんは自衛の手段は持っていますか? 失礼ですが、錬金術師は攻撃に特化している訳ではないと思いますので……」
タブラはこれを失礼な質問とは思わない。むしろ、当然聞いておくべき質問だと思う。護衛対象が一人から二人に変われば、その任務の難易度は大きく変わる。
「ご安心を、<
嘘はついていないが、間違いなく、これを聞いた者のイメージと実際の様は大きくかけ離れているだろう
「それなら、良かったです。ルクルットは?」
「お二人は、どういった関係なのでしょうか?」
あまり、今の話に関係無い質問のようだが……他のメンバーの様子を見ると、顔に手を掛けたような残念そうな雰囲気を出している。一体どういうことだろうか?
「この子は、私の親友の娘です。……勿論、今回の探索には同行しません」
そう言うと、ルクルットは、さながら王女にプロポーズする王子の様に跪きルベドの手に触れ、こう言った。
「惚れました! 一目惚れです! 付き合ってください!!」
「…………は?」
場が完全に凍りついた。えっ、冗談? 冗談だよな? それとも異世界ではこれが普通なのか? ルベドを見ると困惑した様子を見せた。そりゃ、そうだろう。
「……ルクルットさん、冗談は控えていただきたいのですが」
「冗談ではありません!! マジ惚れです!! どうか、この私と結婚を前提としたお付き合いを!!!!」
ふ、ふざけるなよ!! こんな常識もない金髪チャラ男に私の娘を譲れるものか!! 娘よ、きっつい一言でもって断るのだ!! なんなら殴って黙らせてもいい、今だけは許す!! いや、いっそのことこの私が……
そんな物騒なことを考えていると、ルベドは……
「お、お友達からならいいかな……って、えへへ」
ルベドはやや引き攣った笑みで答えた。
「お友達からの言葉ぁ!! 頂きましたぁ!!」
ルクルットはガッツポーズで喜んだ。
むすめええええええええええええええええええええええええ!!!!!!
一方、錬金術師は心の中で悲鳴を挙げた。
それから、昼食をとり、トブの大森林へと向かうことになった。昼食中、
いや、全くこういう事が起きないだろうとは考えてはいなかった。ルベドは自分から見ても相当な美人だ。悲しいことだが、いずれは結婚し、どこかへ嫁いでいくのだろうと、少しは考えた。ルベドの幸せのためなら仕方ない。だが、異世界へ来て、まだ一週間だぞ!? 早すぎるだろう!!
パパは、そんな不健全な付き合いは許さんよ!?
「そんじゃ、行ってくるわ、目と鼻である俺がタブレットさんを無事に守って帰ってくるから安心して待っててねルベドちゃん」
お前に守られるほど弱くないわ、この
「うん、行ってらっしゃい」
ルベドが手を振っている。漆黒の剣やンフィーレアには話してはいないが、万が一、本当に危険なことが起きれば全員、転移アイテムで即座に帰還する手筈になっている。
森の中に少し入っていくと、まるで夜にでもなったかのように、薄暗くなった。
「さて、この辺で採取しましょう。森の賢王の縄張りに近しいためそれほどモンスターとは遭遇しないと思いますが、警護の方よろしくお願いします」
「えぇ、了解です」
「一応、森の賢王が現れたときように罠でも作っておくか」
「うむ、ルクルットに賛成なのである。私も手伝おう」
彼らは浅く広めに穴を掘り、中を栗のようなトゲのある物を放り込み、穴を蔦で張って落ち葉や雑草などで隠した。その後、ルクルットは木の上に登り、石を詰めた袋と蔓を結んで、蔓の片方を落とし穴の傍で張った。蔓をナイフで切れば、穴の上に石を詰めた袋が落ちてくる二重トラップだ。もし、うまく嵌めることができれば、穴の中にあるトゲとも相まって相当なダメージと隙を作ることができるだろう。
……ほぅ
タブラは彼らの行動に感心していた。ユグドラシルでも、ボスを惹きつけて罠に掛けて倒すのは有効だ。特にワールド・エネミーと言った様な強敵では当然のように事前準備が必要となる。それが実際にこの場でも――彼らに森の賢王と戦う意思はないが、万が一の際のために――行われていた。
今回の件で彼らと接触して、あまりに知らないことが多すぎた。始原の魔法やそれを扱う者、この周囲の一般のポーション、冒険者の平均的なレベル……
もし、彼らが傷ついたと聞いたらルベドは少なからずショックを受けるだろう。安全は保障してやる……だから、薬草採取だけに留まらず、少しでいいからその実力を見せて欲しい……
タブラは少量の土を取り、ゴーレムを作製した。彼らは決して馬鹿ではない。彼らとなら、良き関係を作れるかもしれない(※
『東の方のトロール勢をこの場まで引き付けてこい、引きつけたら自滅しろ』
薄暗いことも相まって、小型のゴーレムは誰に見つかることなく、東の方に駆けていった。森の賢王――恐らくでかいハムスターのことだろうが――そちらではなく、トロール勢にしたのはそちらの方が、単純な力馬鹿で罠に掛かり易そうな気がしたからだ。
タブラを含めて、暫く薬草を採取していると、罠を作製していた
気付いたか、さすがは
「やべぇ……とんでもねぇ連中が向かって来てやがる!! ニニャ!! ペテルにバフ掛けろ!! ペテルはガキを武技<要塞>で護衛!! ダインは詠唱の準備をして待機!! タブレットさんは自分を最優先に助力を頼む!!」
タブラは改めて、いいチームだなと思った。反面、安全は保障すると誓ったものの、危険な目に合わせていることに多少の罪悪感を覚えた。少し、やりすぎただろうか?
「タブレットさん、あなたは場合によってはバレアレさんとニニャを連れて逃げて欲しい、しんがりは私たちが勤めますよ」
「大丈夫です。むしろ、あなた方が逃げた方がいいかと」
「バカ言え、戦闘は苦手だって言ってただろうが!!」
「皆で危機を脱しましょう!!」
「そうである!! 皆で切り抜けるのである!!」
「あんたはこのルクルット様が大活躍したってことをルベドちゃんに報告する義務があるんだ!! 死なれてたまるかよ!!」
「プッ、クッハハハハ、……全く、仕方ないな」
どうやら、威勢だけは一人前にあるらしい。まぁ、それでも娘はやらんけどな。
目の前に現れたのは2メートル後半もあるトロールだった。配下を15体ほど連れて自分の身長をも超える巨大なグレートソードで木を払い除けて来たようだ。
漆黒の剣たちは、その恐ろしい様に決死の覚悟でいた。
「ニンゲン、ニンゲンだァ!!」
「食い物!! 食い物!!」
配下のトロールたちは嬉しそう喚きたてた。きっと彼らが想像しているのは、今日の美味しい晩御飯だろう。
「変な泥人形がちょっかい出してきたから、追ってきたら飯があったぞ!! お前ら、動くなよ!! 東の地を統べる王、勇敢たるグが――俺の力でもって狩ってやるぞ!!」
リーダーと思しきグレートソードを携えたトロールが一人で近づいてきた。
漆黒の剣たちは恐怖で足が震えていた。だが勝ち目がない訳ではない!!
トロールが罠に近づきつつあることを確認し、ルクルットが矢を放って挑発した。
「おまえ!! いい度胸だ!! お前から食ってやるぞおお!!」
「今だ!! ダイン!! やれ!!」
<
トロールが全力でルクルットに疾走してくる中、片足だけだが、草木が絡みつき出し盛大に前面に倒れた。倒れた先は、先ほど仕掛けた穴となっており、当人の重量もあって幾つもの刺が全身に深く突き刺さった。
「グギャアアアアアアアアア!!!!」
ズシンと大きな音を立てて転倒し、一人で膨大な数の棘に刺さったのだ、その激痛は想像できない。
トロールが悲鳴をあげているところに、ルクルットは蔓をナイフで断ち切り、頭上から石の詰められた袋がトロールの後頭部を叩きつけ、更にダメージを与えた。
「お、おのれぇ!! 許さんぞおおおおお」
ンフィーレアが倒れ込んだトロールに対し、麻痺・毒の効果があるポーション、酸性の魔法などを与え続けた。ダインは木と木の間に魔法で蔓を張り、他のトロールがこちらに加勢して来ないように阻害していた。
ペテルは武技<斬撃>で、ニニャは<
これが、武技か……興味深い。
タブラは善戦している彼らに感心していた。タブラに具体的なレベル差は分らないが、20から30近く程離れているだろうと推測した。
漆黒の剣は、この状況ならば勝てるかもしれないと思い込んでいた。今までに無いくらい、絶好のコンビネーションで敵にダメージを与えていた。仮に倒せなくても、このトロールと停戦交渉でも持ちかければやり過ごせるかもしれないと。
しかし、そこまで甘くはなかった。
「舐めるなああああああああ!!!!」
トロールは意地と怒りに満ちた力で立ち上がり、切りつけていたペテルを突き飛ばした。
「ぐわぁ!!」
ペテルは木に強く叩きつけられ、動く様子を見せない。血が吹き出し、内蔵や骨に間違いなく大きなダメージが入っているのが分かる。
「ペテル!!」
誰かが叫ぶとペテルは虫の息ながらに返事した。
「逃……げ…………ろ……」
「逃がすものか!! 食ってやる!! 食ってやるぞ!! この勇敢なる王たるグをここまでコケにした罪は重い!!」
グの圧倒的な再生力は瀕死に近づいていた自分の体を常識的には考えられないスピードで再生していった。
全員、いや、一人を除いて恐怖で足が動かない。配下のトロールたちも蔓を断ち切って、こちら側に近づいてきていた。
「まずは、お前からだ!! 死ね!!」
動けないペテルにグレートソードが振りかざされた。漆黒の剣とンフィーレアはペテルの死を確信し、目を背けた。
ガギンッ!!
だが、振りかざされたグレートソードは何かに遮られ、重低音が鳴り響くだけだった。
「困るんですよ、皆が無事に帰らないとあの子が悲しむんです。殺すのはやめてもらえませんか?」
その光景を誰もが目を疑った。タブレットが子供が振り回して遊ぶような木の棒で絶死ともいえる一撃を防いでいた。
常識的に考えて、木の棒……いや、木の棒と遮ったタブレット、ペテル含めて全てが一撃で両断されてしかるべき光景だった。それが木の棒一本断ち切れないでいた。
グは疑問に思いつつも、もう一度グレートソードを振り上げ、全力で叩き切ろうとしてきた。
今度こそ、もう駄目だ!! 人なみな考えが嫌な結末を思い浮かばせた……が、結果は同じでタブレットが片手で防いでいる木の棒に遮られて切ることができないでいた。
そんなグを意に介さず、タブラは赤いポーションを取り出していた。
「これを飲んでください。きっと回復しますよ」
ペテルは震えた血だらけの手でポーションを受け取り、栓を開けて口に飲み干した。その瞬間、傷口は塞ぎ、打撲といった怪我も全てが癒えていた。
「あ、あ、ありえない……」
ペテルは怪我など無かったかのように立ち上がった。誰もが開いた口が塞がらず、ただ呆然と見ているだけだった。
「さて、勇敢なるグ、だったかな? どうする? 戦いを辞めたいなら少し考えなくもないが……」
「ふざけるな!! 人間は我らの飯だ!! 飯が調子に乗るな!!」
「飯? 失礼なことを言う。私にはエメラルド・タブレットという名前があるんだ」
「ふぁふぁふぁ!! 臆病者の名前だ!! お前みたいな臆病者、それも人間にこの力強き名前を持つグが負ける訳がない!!」
グからこの言葉が発せられた瞬間、辺りが言葉には表せられない冷徹な殺気で包まれた。
「臆病? このエメラルド・タブレットの名前が? ……いいだろう、今の発言の対価、その身を持って知らしめてやろう」
タブラはンフィーレアの方を見ると、ただただ驚いている様子だけが伺えた。
「ンフィーレアさん、今から錬金術師の戦い方をお見せしましょう」
<
「錬金術の基本は物質の変容・変質・変化にある。この木の棒ですら、錬金術を極めれば剛体へと変質する。そして、それは己自身や他の対象者も含まれる」
<
「この術を組み合わせれば……」
タブラの持つ木の棒でグの持つグレートソードを弾き飛ばし、横に大きくなぎ払った。
「せいやぁっ!!!!」
「ギャアアアアアアアアアアア!!!!」
木の棒がグの丸太と思わせる太い右腕にぶつかると、ミンチ状に潰れて散ってしまった。グレートソードは離れた場所に付近飛んでいった。
「な、なんだお前は、一体何者だ!!」
「学ばないお前にもう一度言おう……エメラルド・タブレットだ。この名は偉大なる知恵を有する碑文から取ったもの……お前のような
タブラは、この世界があることを知って一つだけ後悔したことがあった。それは、自分にタブラ・スマラグディナと名づけてしまったことだ。自分の名前を神と名づけて、名乗り出ていることと何ら変わらない。そんな気恥ずかしさがあった。変えるためには、もはやアカウントから作り直さなければならなく、0から始める気には至らなかった。
「お、お前たち!! こいつを殺れ!!」
配下たちは動けない、動こうとしない。目の前の未知の敵に攻撃するか逃げるか判断に悩んでいた。
「早くしろ!!」
所詮は、強弱関係による支配、別に強者がいればあっさりと覆る。タブラはある邪悪とも言える考えが頭に及んだ。
こいつらは、愚ではあるが、この再生力はたいした物なのではないか? 実際、先ほど吹き飛ばした右腕が既に完全に再生されようとしていた。タブラは笑みを浮かべた。
殺すには惜しい――
<
トロール全員を灰色の霧が包み込むと、グを含めトロール達は石像と化していた。あれだけのトロールをこの一瞬で完全に無力化してしまった。
「う、嘘……こんなことが……」
ニニャは――その場の全員が夢でも見ているのかという錯覚を覚えた。
<
石像と化したトロールたちは、どんどん縮小していき、1/10サイズほどに変容してしまった。タブラが順に手に取っていくと、石像たちは無限の背負い袋へと吸い込んだ。何も知らない者から見ると、石像を石化させて消滅させたようにしか見えない。
最後にグの持っていたグレートソードを拾い上げると、魔法武具だったようで、自動的にタブラに合ったサイズとなった。タブラから見れば、大して役に立たつ武器でない上に装備できないと分かっていたが、せっかくの戦利品として無限の背負い袋に収納した。
ひと仕事を終えたタブラは後ろの方を見た。
「な、何者だよ……アンタ」
「ただの錬金術師ですよ。ところで、幾つかお願いしたいことがあるんですが……」
その後、薬草の採取が終わり、カルネ村に帰還した。帰還した頃には既に夕日が西の方に沈みかけ、一同はカルネ村に泊まっていくことにした。
結局、タブラからの願いとは、
・戦闘で見たことを内密とすること
・武技やアイテム、世界の強者、歴史、この世界の情報を知っている限り教えること
・定期的に連絡を取れるようにすること
・最後に、ルベドに対してあまり調子に乗った態度を取らないこと
以上だった。カルネ村で夕食を終えた後、タブラから質問攻めにあい、ほとほと疲れたが、約束を守る報酬として漆黒の剣とンフィーレアに対し赤いポーションを5個ほど譲られた。このポーションに関して、ンフィーレアから祖母と研究したいと発言があったが、祖母がカルネ村に来て自分の監視下の下で行うなら構わない、とした。
ペテルは、こんな貴重な物は受け取れない、と声を上げたが、目の前でタブラはスキルを使用して簡単に同じ物を複製してしまった。
話し合いを終え、タブラが帰っていった。沈黙の中、暫くしてからルクルットが声を上げた。
「なんっていうかさ……無茶苦茶だよな……あれのどこが戦闘苦手なんだ?」
「本当に肝抜かれましたね……物理的な戦闘も魔法による戦闘も間違いなくアダマンタイト級……英雄を超える英雄……いや、もはや人外、逸脱者ですね……」
「戦闘力もそうであるが、あのポーションの効果……アイテムの作成能力も尋常ではないのである!!!!」
「ンフィーレアさん、どうしました?」
「……エンリがあの人を好きになったら、どうしよう……」
「「「「…………」」」」
整った顔立ちに、あれだけの技能と戦闘力、それに驕らない温厚な態度……女性なら誰もが惚れ込んでしまうだろう。
「ま、まぁ、人生長いんだし、女なんて星の数ほどいんだ。また、別の人を探せば――」
「コラッ、ルクルット!! そういう言い方は、どうなんだ!!」
「しょうがねーだろ、あんな奴がいたら、もう事故と思う他ねーだろ!!」
「喧嘩は止すのである――おや、ニニャ、何か考え事であるか?」
「……うん、あの人は一体何者なのかなって」
「ある組織に貢献してたって言ってたから、宮廷術師とかのどっかのお偉いさんに仕えていた錬金術師なんだろ」
「あの人は、何でカルネ村にずっといるのかな?」
「何でって……この村が気に入ってるとか?」
「それにしては、外の情報に固執しすぎてる。僕たちが教えたことなんて、都市に行けば分かることばかり……」
「確かに……」
「そういえば、タブレットさんって何位階の魔法まで使えるんでしょう? 僕は錬金術師ですけど、あんな集団を一度に石化なんて魔法聞いたこと無いです。第三位階じゃないことだけは確かです」
「某にも想像が付かないのである……もしや、第六位階以上?」
「いや、それやべーだろ!! 幾らなんでも……」
「そういえば、タブレットさんがカルネ村に来た理由……転移実験に失敗したって言ってましたけど、そう簡単に建屋ごと移動ってできるもんなのですか?」
「「「「……」」」」
「……僕、いや、私あの人の所に行ってくる!! あの人の力があれば、あの人に師事を受ければ――姉さんを探せるかもしれない!!」
「おい、ニニャ、本気か?」
「この機会を失いたくない!! あれだけの実力者と話ができるということ事態がチャンスなんです!!」
「気持ちは分るが……冒険稼業はどうすんだ?」
「そ、それは……」
ニニャは答えられずにいた。私が抜ければ多大な迷惑を与えることになる……
何も答えられずにいると、ペテルが優しく告げた。
「ニニャさん、漆黒の剣のリーダーとして、一つだけお願いがあります。姉を見つけたら、また私たちと冒険しましょう!! 護衛や採取といった稼業のような旅じゃなく、伝説に唄われるような黒の剣を探すような旅を!!」
「うむ、伝説に唄われるような人物がすぐ近くに居るのだから、伝説に唄われるような剣も身近にあるのかもしれないのである!!」
「はぁ、あの人が師事を了承してくれるか、まだ分んねーのに……ま、ニニャが漆黒の剣である証、漆黒の短剣を持っている限り、俺たちの仲間だ。……強くなって戻って来いよ!!」
「待って!! ニニャさん、僕もエメラルドさんに教わりたいことがたくさんある……」
「それじゃ、一緒に行きましょう!!」
それにしても、今回の接触は大きい。彼らの知る限り、王国での強者は『青の薔薇』と『朱の雫』……『青の薔薇』のリーダーが蘇生術と魔剣キリネイラムの持ち主……高く見積もってレベル50未満、歴史に出てきた六大神、三闘神、十四英雄……彼らの背景からはプレイヤーの匂いがする。
まだまだ情報が欲しい……知れば知るほど、分らないこと、知りたいことが増えていく。油断できないが、レベル50以上がそれほどいないなら、人間の国を周って見てもいいかもしれない。
そのような事を考えていると、扉がノックされる。
「今開けまーす」
ルベドが玄関の扉を開けると、思いつめた顔をしたニニャとンフィーレアがいた。
「えっ!? 弟子にしてくれだって?」
タブラは思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「どうしても、私には力が必要なんです!! 奪われた姉を取り戻すために……どうか、お願いします!! 何でもします!!」
「僕も強くなりたい!! エンリに誇れるような……タブレットさんのような錬金術師になりたい!! 僕も何でもします!!」
二人の目は至って真剣だった。若者の真剣なやる気に是非答えてあげたいという気持ちはある。それに、彼らは優秀なタレント持ち、あまり無碍にはしたくない。
「しかしだな……」
一体どうやって育てればいいというのだろうか? ユグドラシルの時は経験値さえ得られればレベルは上がっていくが……
「ニニャさん、あなたの姉に関すること、聞くだけならタダだ、聞くだけ聞きましょう」
「私の姉は……」
ニニャの姉は昔、ゲスな貴族に攫われてしまい別々になってしまったことを語った。そのために足掻き、姉を取り戻すために冒険者として活動しているという。
……大したものだ、家族のために命を懸けて行動できる者など、そうはいまい。
「ニニャさん、何か姉の持ち物は持っていますか?」
「姉の使っていたヘアピンなら持っています……」
「……ふむ、少しそのヘアピン、貸して貰えますか?」
タブラはヘアピンを受け取ると無限の背負い袋から数十の
次々と
タブラは最後の
「!!!? ……これは」
一人の裸の女性を中心に、何人もの下卑た裸の男が群がっていた。女性は、まるで人形のように嬲られ、抵抗は一切していない。何か所も殴打された跡があり、広範囲に痣が広がっていた。
「チッ」
タブラは思わず舌打ちをした。予想以上に面倒な状況だ。場所は王国の娼婦館だと魔法が教えてくれた。内部の状況を探ると、騎士、モンク風の護衛の男がいた。
裏組織の類か? 見つけたはいいが、どうしたものか……
ニニャに直接言えば我が身を関せず、殴り込みに行くかもしれない。行けばほぼ確実にミイラ取りがミイラになるだけだろう。だからと言って、私が加勢をする気までは起きない。流石に、そこまで面倒は見られない。それに、私は異形種であり、万が一バレた場合、問題になりかねない。
「ニニャさん、あなたの姉を発見しました」
「本当ですか!? 何処にいるんです!!!!」
「申し訳ないが、お答えできません。教えれば、貴方は即座にでも助けに行くのでしょう?」
「当たり前じゃないですか!! 早く教えてください!!」
「行けば、今のあなたでは確実に死にます。いや、死んだ方がマシと思うほど辛い目に合わされるかもしれません」
「そんな……それじゃ、どうしたら……」
「……簡単です。今よりも強くなればいい。貴方のタレントがあれば……うまくいけばだが、数か月ほどで、今の私と同格程度の強さになれるかもしれない」
「本当ですか!?」
ニニャとンフィーレアは驚愕した。
「えぇ、ただし、うまくいくか分らないし、それ相応の対価は頂きますよ?」
相応の対価……何十もの
「ど、どれほどですか?」
恐る恐る尋ねる……一体、どんな答えが返ってくるのか……
「とりあえず、あなたという存在……あなたという全てを頂きましょう」
ニニャの目が大きく見開き、震えていた。
「ちょっと!! タブラさん!! それはないんじゃないの!? 見つけたなら普通に助けてあげようよ!!」
ルベドが横から反論してくる。
「ルベド、それはできないよ。私は慈善家という訳ではない。出会った人、全てをタダで救えるほどの力など持ち合わせていないよ。私は神ではないからね」
「それでも――「払います!! 私の全てを払ってでも姉を助けたい!! どうか、お願いします!!」
「いい返事だ。……安心するといい、全てを頂くとは言ったものの、君を無碍に扱う気はない。最悪の場合、私もできるだけの努力はしよう……さて、ンフィーレア・バレアレ、君はどうする? 君は彼女ほど深刻な状況ではないと思うが……」
「僕も……強くなりたい!! エンリに誇れるような、貴方に近づけるような凄腕の錬金術師に!!」
「……よろしい、君たちの真剣な思いは受け取った。……このまま仮の姿で接するというのは君たちに失礼だな。私の真実をお見せしよう……」
一体、何を言っているのだろうか? 仮の姿?? 何のことだろうか????
そう考えていると、エメラルド・タブレットの姿がグニャグニャと変質していった。
私たちは今でも憶えている。慄然たる思いで弟子になると決断したあの夜を……突如、麗しき青年から異形の生命体へと変化した恐るべきものを凝視した。
それは水死体にタコの頭が付いた様な、全体的に病的な色をしている醜悪なもので、狂気じみた黒い帯状のベルトで覆っていた。冒涜的とも言える触手のような物がユラユラと動き、未知な世界――地獄か、宇宙の果てかを手招きをしているようだった。
その何とも名状し難き存在に対し、私たちは全てを差し出すと言ったのだ。一体、どんなおぞましき運命が待ちわびているのか……
「この邂逅は世界が選択せし運命!! 其は我が名を知るがよい!! そして刻め!! 我が真名はタブラ・スマラグディナにして、偉大なるアインズ・ウール・ゴウンの大錬金術師なり!!!! 我が名を愚弄せし痴れ者には魂滅による裁可が下るだろう!!!!」
動けない……ガチガチと体が恐怖で震えあがっていた。目の前のこの世ならざる異形の姿に目が離せない。でも見ていると、正気が保てなくなりそうだ。いや、既に自分の中の何かは壊れていた。
最初、エメラルドという存在に向けた感情は嫉妬だった。森で見た戦闘からは、憧れと羨望、そして今は……抗い難い畏怖と全てを委ねるという安寧・狂信・崇拝という絶対の服従の感情が自分を支配していた。
「では、早速、君のタレント『あらゆるマジック・アイテムを使用可能』を頂くことにしよう」
「はい、喜んで!!」
そんなことが、本当に可能なのかどうか、そんな事を疑う余地などない。この御方こそが物理法則を含め、絶対の支配者であり、全てなのだ。僕はこの御方の肯定するべき方向へ流れるだけだ。僕は当然の如く、満面の笑みでこれに答えた。
タブラの指に嵌めていた一つの指輪、シューティングスター(流れ星の指輪)が輝きだした。
超位魔法<
ニニャとンフィーレアは、溢れる魔力から術師として理解してしまった。これが、もはや位階を超えている魔法であるということを……
「流れ星よ、我の願いを聞き入れろ、我の望みはタレント『あらゆるマジック・アイテムを使用可能』の奪取だ」
タブラ・スマラグディナが語ったと同時に、光に包まれた。
「クッククククク、フハハハハハハ、分かる!! 分かるぞ!!!! 試さなくとも、私にタレントが宿ったことが!!!!」
そう言いつつも、タブラは今日の戦利品であるグの装備していた魔法武具であるグレートソードを取り出し、振るった。
本来では、装備・使用できない代物だったが、今は問題なく振るうことができた。
「ンフィーレア君、君のおかげだ、君のおかげで私は幅広く手段を持つことができそうだ」
「勿体なきお言葉です。タブラ・スマラグディナ様……」
あなた様の喜びこそが僕の最大の喜び、これに勝る喜びはない。
それからというものンフィーレアは一度祖母の元に帰り、許可を得てから修行を行っていた。ニニャとンフィーレアに行った修行というのは、至極単純なもので、自分が召喚・作成した魔法生命体を戦わせることで経験値を与えるといったものだ。最初は本当にできるかどうか怪しい所があったが、問題なく彼らに経験値が分配されており、少しづつ、確実に強くなっていった。特にニニャに関しては、タレント『魔法適正』のおかげで強力な魔法を次々と修得していった。
ニニャとンフィーレアが弟子入りしてから3ヶ月後……
<
ニニャが生成した黒い霧から闇の剣を複数具現化し、タブラの製造した中位・魔法生命体の方へと幾つもの魔剣を飛ばした。
ユグドラシルにおいて、第八位階に匹敵する魔法だった。タブラの作成した魔法生命体である
この魔法を放った後、ニニャは横に倒れてしまった。
「ニニャさん、君のレベル自体は50弱ほどで、まだその術を使うのは早い……焦る気持ちは分るが、自分の体に負担を掛けすぎるな」
「す、すみません、どうしても試したくなって……」
「ニニャさん、これをどうぞ、少しだけですけど、精神を回復させる薬です」
「ありがとう、ンフィーレアさん」
二人とも確実に強くなっていた。ニニャは第八位階の魔法を修得、ンフィーレアは独自のスキルを修得し、ユグドラシルでは考えられない――僅かではあるが、MP回復のポーションの作成に成功していた。
ただ、両者ともやたら忠誠心が強いのが気に掛かっていた。もう少し気楽にしてもいいと言っても、やたらと私の幸せが自分たちの幸せだと主張してくる。
精神回復用のポーションも飲ませてみたが、特に治ったとか、そういうことはなかった。この世界の住人たちは師というものに絶対の忠誠を誓う文化でもあるのかなと考えた。
……異世界にきて約3ヶ月がたった。
定期的に漆黒の剣とは連絡を取り合い、アインズ・ウール・ゴウンという組織の情報がないか訊ねていたものの、いい答えが返ってこない。
彼らは一体、今どこで何をしているのだろう……
今、タブラは指に嵌めている黒く燻っていたリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが再び光を取り戻し、再生していたことに気づかなかった
まぁ、防衛面に関して不安は残るが、今のままでもやっていけないことはない
そう考えていると、一通の<
『タブラさん!! モモンガです!! いたら返事してください!!』
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