オーバーロードは時を超越する   作:むーみん2

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3. 魔王の残滓

「はぁ……」

 

 ユグドラシルからログアウトした鈴木悟は、薄暗いアパートの自室の中で一人、嘔吐まみれになったコンソールを雑巾で拭きつつ、ため息をついていた。

 

「何をやってんだろうね、俺は……」

 

 過去に戻って、かつての友に再開したはいいが、様々な失態を犯した。タブラさんには、黙ってればいいことを言い、予知夢を見たとか変な誤魔化しをして、果てはこの嘔吐……あのアインズのように常に冷静な状態でいられたら、このようなことにはならなかっただろう。

 

 だが、それらの行動はある真実を証明していた。

 

「人間に戻ったんだな……」

 

 今は、かつての骸骨姿ではない。――人工心肺を埋めた人間。手足は肌色で温かみがある。胸の上に手を当てれば心臓がトクントクンと脈を打ち全身に血が回っていることが分かる。感情が大いに昂ぶったり、沈んだりする。あの煩わしい強制的な沈静化が起きる様子はなかった。

 

 今は二月の冬。外で雪は降っていないが、ビュウビュウと風が吹き、とても寒かった。

 

 <上位道具生成(クリエイト・グレーター・アイテム)>

 

 寒かったので、何か羽織れるものがあればと思い、手を伸ばして唱えてみたが、何も起きなかった。

 

 当たり前か、ただの人間だもんな……

 

 諦めて、少し遠くにある暖房器具のスイッチを押し、コンソールの汚れを落としながら部屋が暖かくなるのを待った。

 

 汚れを全部拭き取り、最後に消臭剤のスプレーを振りかけた。

 

「これで、大丈夫だな」

 

 試しに電源ボタンを押してみると、壊れている様子はなく正常に起動した。だが、今日は休ませてもらうことにした以上、ログインはしないで再び電源を切った。

 

 

 ここで鈴木悟は考えた。

 

 自分は明日、ユグドラシルで遊んでいいのだろうか?

 

 ペロロンチーノさんやたっちさんはともかく、今日のことで何人かのギルドメンバー達にそっぽ向かれるかもしれない。

 

 そうでなくとも、またギルドメンバーが一人一人辞めていって、同じことの繰り返しになるかもしれない。

 

 また異世界に行って大勢の人を殺すかもしれない。

 

 様々な不安が頭を過ぎる。自分は他の人のためにもユグドラシルを去った方がいいのではないか? 自分のせいで大勢の人を不幸にしてしまうのではないだろうか?

 

 ……何故こんなに考えていられるほど自分が冷静なのかが分からない。あれほどのことをしたのに、今になって、のうのうと落ち着いて考え事をしている自分がいる。自分というものが一体何なのかすら分からなくなりそうだ。

 

 嫌な考えがふつふつと湧き上がるなか、精神的な疲労感が積もる。今は、まだ午後9時、眠るには少し早いが、ブランクの空いた明日の仕事に備えておくためにも早く寝ることにした。

 

「睡眠か……久々だな。一先ずは休もう。疲れたら休むのは社会人の基本だ」

 

 そう言って、目覚ましをセットして布団につく。瞼をゆっくり閉じ、やがて意識が遠のいた……

 

 

 

 

 

 

 辺りが完全な暗闇の中、目の前に人らしき者がいた。その者は人間よりやや大きく、漆黒のローブを着ていた。宝玉を咥えた七つ蛇の装飾が施された黄金の杖を手に持ち、奇妙なマスクと無骨なガントレットをしている。皮膚らしい所は一切晒していない。暗闇の中で全体的に黒目の姿をしているのに自分ははっきりと見えた。

 

 どこかで見たような姿だ。……いや、誤魔化すのは止めよう。その姿は誰よりもよく知っている。

 

「お、お前は……誰だ?」

 

 何故、こんな分かりきった事を聞くのか? 恐怖か、焦りか、現実逃避なのか自分でも分からない。

 

『俺はお前だ』

 

 いや、違うだろ!! 俺はお前じゃない!!

 

「何を馬鹿なことを、お前はオーバーロード、超越者という名の恐ろしいアンデッドだ。俺は鈴木悟という至って平凡な人間だ!!」

 

『ク、ククク、フフフフフ、そうだな。確かに、今のお前は人間だ』

 

そう言って、マスクを外した。現れたのはあの骸骨姿だった。

 

「ほら見ろ!! やっぱり違うじゃないか!!」

 

『あぁ、俺はオーバーロードだ。……だが、それでもお前は俺、俺はお前……』

 

「さっきから訳のわからないことを……」

 

『ユグドラシルの最終日に、お前はまた俺になる』

 

 それだけは、あってはならないことだ。あの悲劇を繰り返してはならないと人間としての心が訴える。

 

「そうとは限らない!! 俺がナザリックを去って、ユグドラシルをやめた瞬間、お前という存在はなかったことになる!!」

 

『ナザリックを去るなどと考えたようだが、それは不可能だ』

 

「何故? 友が去っていったように、自分も去ればいいだけだろう!!」

 

 そうだ、考えたくもないことだが、それで事足りる話だ。友のように去って全てを捨てればいい。

 

『ハハハハ!! そんなことがお前にできるとでも思っているのか!? お前には無理だ』

 

「……その根拠は何だ?」

 

『簡単なことだ、お前はナザリックを愛しているからだ』

 

「………………」

 

 何も言い返せなかった。

 

『お前がどんなに俺を否定しようとも、友と作ったナザリック、あの慕ってくれたNPCたちを捨て去ることなどお前にできはしない!!!!』

 

 

 

 鈴木悟はNPCたちのことを思い出した。

 

 忠誠の儀にて彼らが言ったことには嘘偽りなく、全員が自分のために尽くそうとした。

 

 こんな自分を好いてくれたシャルティア

 失敗から学び、成長したコキュートス

 いつも快活で元気一杯なアウラ

 おどおどしているけど、的確に仕事をこなすマーレ

 いつだって自分に助言してくれたデミウルゴス

 ナザリックの中で珍しく人間に優しいセバス

 他にもパンドラを始めとした領域守護者たち、プレアデスの皆、メイドたち、皆が個性を持っていた。

 

 そして、シャルティアと戦う前のアルベドを思い出した。

 

 彼女は涙でぐしゃぐしゃになりながら訴えてきたのだ。

 

『ア、アインズ様、お、お、お約束ください。私たちをお捨てになってこの地を去らないと!!』

 

 

 

 ……そうだった。彼らは我が親愛なる友の子供のようなもの。捨てられる訳が無いだろう。

 

 ……今の自分はなんたる無様極まりないものだろうか、安直に現在を捨て、過去に戻り、この失態……

 

 だが、このまま続ければまた同じことの繰り返しだ。

 

「じゃぁ、どうすればいい!? また同じことを繰り返すのか!?」

 

 もう嫌だ、人を殺したくない。上位者として振舞うのも疲れるんだよ。

 

『お前はもはやアインズ・ウール・ゴウンから逃れることはできない。だから……友を異世界に連れて行けばいい』

 

「友を異世界へと巻き込めというのか!?」

 

『そうだ』

 

「ギルド:アインズ・ウール・ゴウンは社会人ギルドだ。転職に成功した人や夢を叶えた人、家族がいる者もいる!! 俺にはリアルに未練を残すほどの物は無かった。だが、他の仲間は違う!! 巻き込むというのは……」

 

『全てが、そうとは限らないだろう……ウルベルトさんはこのリアルを憎悪している。ペロロンチーノさんは動くシャルティアを見るために、ブルー・プラネットさんは大自然を見るために、ヘロヘロさんは仕事に疲れて異世界に行くことを考えるかも知れない。』

 

「確かに、有り得なくはないが……」

 

『分かっている。友を危険に晒す可能性がある。友を化物にしろと言っているも同義だ。しかし……それしかないのだ。もう……独りは……嫌だ……』

 

 その風貌から発せられる声は、とても弱々しく、至高の御方と呼ばれていたものとは似ても似つかない。人が涙を流しているような声だった。

 

 だが、鈴木悟はその気持ちを痛く、悲しいほどに理解していた。

 

「お前は……」

 

『俺はお前だ。お前は俺でもある。だから……』

 

『俺を変えてくれ』

 

『俺はわがままだ。ただ仲間が欲しい。気軽に文句を言い合えて、互いに歩める友が欲しい……』

 

『そうすればナザリックのあの子たちも……』

 

 

 

 

ジリリリリリリリリリッ!!!!!!!!!!!!!!

 

 

「夢か……」

 

 目が覚めた。けたたましい目覚ましの音があの夢から開放した。汗をびっしょり掻いていて、息が荒い。

 

「やけに鮮明な夢だったな……」

 

 はっきりと覚えている。まるで魔導王が魔法でも掛けたのかと思うほどだ。

 

「お前は俺……俺はお前……か」

 

 ……そうなのかもしれない。今思えば、仮に自分が人の心を持って至高の御方という座にあったとして、人を殺さなかっただろうか? きっと答えは否だ。ナザリックの上位者として振舞うために、手を汚す場面は何度もあった。きっと、そのうち人を殺すという罪悪感が麻痺していたに違いない。場合によっては、精神の沈静化がない分、激昂したときに、より人を殺していた可能性すらある。

 

 きっと、本質は何も変わらなかっただろう。

 

 『仲間と異世界に行けたら……』これを何度考えたか分からない。連れて行ったことで、他の仲間に迷惑をかけるかもしれない……

 

 だけど……決めた。アインズ・ウール・ゴウンという宿命から逃げられない以上、友を誘うことにしよう。

 

 その時、どこからか声が聞こえたような気がした。

 

 

 さぁ!! 再び歩むのだ!! 鈴木悟よ!! 仲間のために!! 己が理想のために!!!! 

 

 

 それは、自分を奮い立たせるために自分で無意識に言い聞かせたのか、……それとも自分の魔王の残滓とでも言えるものがそう告げたのか、あるいは両方なのか、自分自身でも分からなかった。

 

 だが、やることは一つだ。

 

 そうだ、俺はわがままだ。

 

 そう思いつつ、身支度し、会社へと足を運んだ。

 

 あぁ、でも仲間を誘う前にパンドラの設定を変えなきゃな……




次話はギルメンサイドの話になります。

感想やコメントなど、たくさんありがとうございました。続ける励みになります。

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