激動の四月はそのなりを潜め、ついに始まる、五月。
だんだんと気候も落ち着き、温暖になっていく月であり、それと同時に、
「五月病、なんてものが始まる季節でもあるんだよなぁ」
そう、五月病……それは、新しく始まった四月を終え、まだ新しい環境に対して適応することが出来ず、精神的にやんでしまう病気……なのだが、
「はぁ……簡単に適応できる自分が怖い……」
そう、IS学園にいる以上、変化は常にみんなの心優しくも、厳しい隣人であり、それは用務員とて例外ではない。
「明日は男の転校生が来るのかぁ……」
俺は今日ポロっと聞いてしまった面倒の種のことを考えながら眠りにつくのだろう。
「てかそもそもあの人が悪いんじゃん」
俺が明日のことを知ってしまい、増えてしまう仕事の量に頭を抱えることになったのは、すべてあの人のせいなのだ。
「あ、よろしくお願いします」
「あ、えっと、よろしくお願いします」
「へいへい、よろしくお願いします、と」
五月に入ってから初めて入る道場。
そしてその後に来るのは、いつも通り篠ノ之さんと…………凰さん。
なんと、四月の織斑先生との模擬戦から、凰さんも道場に来るようになったのだ。
なんでも、織斑先生からきちんと許可はもらっている、とのことで、しかも一番はじめに来た時は、菓子折りまで持たせられていた。
これはあれだ、遠まわしにお前のことを見張っている、という意味でのアレなのだろう。
まぁそれを受け取ってしまった俺も悪いといえば悪いのだが、そこはどっちもどっち、ということでなかったことにしようと思った。
というより、凰さんはただ見張りのためだけに遣わした子なのかと思っていたが、これが意外とすごい子だった。
棒の子だった。
いや、なんかやばい意味とかはなくて、単純に棍術が、できるひとだった。
それで、今まで刀以外の使い手と戦うことなんてなかったし、ちょっとやってみようかな、と思ったら、これが案外強かった。
棍術の特性が、多分攻防一体のスタイルであるから、こちらから仕掛けると、防御される。
そしてそこからの反撃がなかなか速い。
小太刀だったから結構しのげていたところがあったけど、途中から防戦一方になっていて、すごい疲れた。
まぁ、最近やっと二刀流、という利点を生かして、片方の小太刀で棍の攻撃を抑えながらもう片方で反撃、というスタイルができつつある。
今までは篠ノ之さんの一撃が重く、どうしても二刀使わないと防げなかったが、凰さんなら片手でも防げることに気づいたのがきっかけだった。
それでなんか凰さん今日負けた後に.「私ももう少し頑張らないとなぁ」とか言っていて、どうやら自分は少しは大人としての役割を果たせているのだろうかな、と思っていたところだ。
それで、そんな毎日の道場のことはよかったのだ。
わりと自分の戦績だって良かったし、凰さんのセリフも嬉しかったし。
その後だ、その後なのだ。
俺が頭を抱えることになったのは、
「はいるぞ」
子供たちが帰り、俺は最後にちょっと牙突の確認とかをしようと思っていたところに、来客が来る。
「体を動かしに来た」
織斑先生だ。
織斑先生は、俺に負けて以来、生徒達が帰った後に、週に1回くらいだが、道場に来るようになっていた。
まぁ百歩譲ってそれはいいだろう。
だが、いかんせん、
「なぁ、今日も模擬戦しないのか?」
この人負けたことをちょっと根に持っているらしい。
まぁ負けたのに納得行っていないのもわかる。
ほとんど俺は攻めまくって、織斑先生に流れをつかませないようにしていたから、織斑先生が全力を出せなかった、という理由で再戦を求めてくるのは重々承知……しているわけじゃない。
だって勝ったじゃん、勝ちは勝ちだよ。
しかも次やったら確実に負ける自信がある。
だからいつも、
「嫌です」
きっぱりというようにしている。
こういう人はちゃんと言ってあげないと勘違いする可能性が高いからな。
ということで今日も今日とてちゃんと言った。
そしてここから織斑先生はひとりで軽く木刀を振っていってから、帰るのだが、今日に限っては、
「うーむ。
じゃあ、面白いことを教えるではどうか?
あと酒もつけるぞ」
「生憎、飲まない主義ですので」
粘ってきてちょっと嫌な予感がした。
「じゃあ1週間昼奢るぞ」
「自炊結構好きなんで」
毎日弁当は早起きして作ってます。
用務員さんは食堂使えないんで、自炊か購買からこっそり買うしかないんですよ。
ちなみに狭山さんと竹山さんは購買派の人だったな。
「じゃあ私が刀について教えてやるとかは?結構独学でやっていたみたいだからな」
「…………いいです」
……悩んでしまった。
いや、今まで独学でやってて、牙突はそれでよかったのだが、いかんせん小太刀二刀流が、剣術においての基礎的なところが足りないきがするのだ。
刀の振り方とか、受け流し方とか。
それだから結構いろんなことで隙ができたりして負けることが多い。
まぁ、漫画を師匠にする時点でそれは分かっていたけど、どうしても人間の師匠が欲しくなってしまうのは仕方ないだろう。
「ちゃんと模擬戦なしの稽古だぞ」
「……………………」
しばらく悩む。
悩んだ。
悩みまくった。
そして、
「やりましょう」
折れた。
「よし」
「小太刀でいいですか?」
「いいのか?勝てないぞ?」
「いや、いいですよ勝たなくても」
え?だって模擬戦したらの話では?
と俺が言おうとしたら、
「いや、勝ったらの話だろ?」
「えっ」
俺は嫌な空気がしてきたな、と思い、惜しいけど辞退するしかないな、と思ったが、
「あ、小太刀だったら私に一太刀でも入れたら勝利でもいいぞ」
「さぁやりましょう」
小太刀は防御を主体とするスタイルだ。
ならば一太刀だったら行ける、そう確信した。
…………後に思った、こんな大それたことを考えてしまったのが間違いだったのだと。
…………俺はその時はまだ織斑先生……いや、あの鬼の本気を見ていなかったのだ。
「いやぁ、もう一周回って疲れを忘れるくらい怖かったなぁ……」
あれからはほんとDieジェストと言っても差し支えないくらいのものだった。
守ろうとすれば見失い、見つけたと思ったら残像、防いでもまるでトラクターにぶつかったかのような衝撃がきて、ならば攻めようと思ったら、いつの間にか後ろにいるし、フェイントのもかからずに、それを見越して反撃しくるなどなど…………
「まぁ確実に人間ではなかったなぁ」
しばらくやって織斑先生が帰る時間になったときに、放った去り際の一言、
「明日、1年生に男の転校生がくるぞ」
というおそらく最初言っていた"面白いこと"を教えてもらい、俺は明日からの清掃地獄にため息をつく。
「誰か1年の清掃担当変わってくんないかなぁ……」
遠い目をしてみても現実には転校生は来てしまうわけで、
「いや、来るものは来るんだ、お掃除頑張らなきゃ」
…………その夜見た夢は、鬼の角を生やした織斑先生になぶられる夢でした。
転校生が来る<千冬さんの恐怖