「そんなにきつくなくて幸いだったなぁ」
俺は日記を書きながら、肩を自分でほぐす。
「でもまぁ、なんか失敗もあんまりなかったし、いい感じかな?」
注意をされることはあったが、失敗はしなかったので、俺はよしよし、と思いながら今日のことを日記に記している。
「明明後日には来るのか…………」
俺はそれでも、足りない時間に嘆いていた。
「あぁ、あぁあぁぁぁぁ!!」
「何叫んでんだようるさいな」
「水着忘れた」
「いや、お前ここに来ている理由忘れんなよほんと」
俺は今現在走っている車の外を眺めながら同乗者の喧騒を聞いている。
「あー、俺も海、入りたい……」
そんなことを言って項垂れているのは、鷺さん。
俺より老けているはずなのに、なぜか俺より若く見えている。
……どのくらいかというと、完全に外見年齢的には生徒でもおかしくないんじゃないか、って感じの容姿で、年齢詐称してんじゃないのってくらいである。
みんなからはその外見年齢と実年齢の差のせいで、詐欺、詐欺、と呼ばれていて、本人は未だにその漢字が違う呼び方に気づいていない。
「ったく、ほんとにここまで来たら海に入りたいよな、マジで」
それに対して、さっきまでうるさいと罵っていたのに、実は海に入りたかった発言をしているこのドライバーは、目の下の隈が特徴的な、鈴木さんだ。
いつも寝てないのかと聞きたくなるほどの隈を携えて学園に来るのだが、前に聞いた話では、普通の人より寝ているが、あんな隈ができてしまうらしい。
だからこの隈については割と聞いてあげないのが用務員さんの暗黙のルールである。
「いやぁ、ほんとに女の子とかに興味はないんすですよ?
俺は同年代か自分の年齢以上で俺くらいに若く見える人がタイプなのに……」
「お前一生未婚決定」
「なっ?!
いるに決まってます!
絶対にいます!」
「はいはい鷺詐欺、うるさいな、っと」
鈴木さんはけだるげにハンドルを切りながら詐欺さんをあしらう。
「はぁ…………、俺ってやっぱ結婚出来ないのかな…………。
な、どうおもう?」
ちなみに、座席順としては、ドライバーの鈴木さん、後部座席に座っているのが俺と鷺さん。
そして今はネットリした感じで俺と肩を組んできて、聞いてくる。
それに対して俺はなにも答えない。
「…………?
どしたん?」
「なぁ、さっきから様子が変だけどどうしたんだ?」
俺はさっきから会話に入っていないことを変に思われたのか、単にいつもより静かだから変だと思われたのかとか、そういう理由はどうでもいいてして、俺から伝えられる事実はこれだけだ。
「うぷ」
「コンビニィィィィィ!」
「アイアイサー!!!!」
遅刻が確定した瞬間だった。
「いえいえ、体調を崩されてはこちらとしても困ることしかないので、遅れてもきちんと働ける状態でこちらに来てもらうのは助かります」
「いやいや、ほんと、すいません。
学校の方ではなかなか車に乗るという機会がなくて、把握し損ねていたこちらの責任でもあるので」
「それじゃあ、代わりとして、よく働いてもらう、ということで、早速取り掛かりましょう」
今日のメンバーの最年長である鈴木さんは、一人の優しそうなおばあさんと話をしている。
それを聞いている俺は、少しだけ気持ちが悪い状態であり、あんまり働きたくはなかったのだが、仕事だから、と気合を入れて、気持ち悪くても頑張ろうとする。
…………鷺さんにはさっきから背中なでてもらってるけど…………
「それじゃあ、まずはコチラに着替えてください」
と俺らに差し出されたのは、"飛天"と綺麗な刺繍が施された旅館の従業員の服。
今回、俺たちこの三人の用務員は、とある旅館に来て、従業員を一週間やるハメになったのだ。
なぜ用務員が……となるが、これには割と意味のわからない理由があったのである。
まず、この旅館は今日から3泊4日、IS学園の1年生の生徒達が利用する旅館なのである。
まぁなんでそんな行事あるんだ?という疑問もあるだろうが、一応名目上では"学園にない海上、という場所で、ISの使用について学ぶ"らしいのだが、それは今の俺らには関係がない。
それで、俺らが来ている理由、それは……
端的にいえば、経費削減のためなのである。
いや、経費削減のために用務員が旅館の従業員とか、足でまといだから、意味無いでしょ、と思ったのは、用務員みんなの意見でした。
だがしかし、例によってあの謎の用務員長から、
『今度の1年生のいく旅館で少し事故が起こってしまい、怪我のせいで少しばかり人手が足りなくなってしまった。
それでご迷惑をおかけしては、とキャンセルされそうになったが、こちらから人材を出し、さらにそのせいで起きたことにこちらは一切の言及も責任も問わない、いうので、少しばかりだが、経費の削減をさせてもらうことにした』
ちなみに、毎年使わせてもらっている旅館だそうなので、そういう面でも今回のこの無茶な要求を飲んでくれたのである。
「とりあえず、今日から3日間、旅館の仕事を覚えてもらい、それでIS学園からの来客にそなえる、ね」
「無理無理」
「あぁ、なんか失敗する予感しかしないな」
と、従業員の更衣室に来て、三人で着替えるのだがどうやら俺と同じようなことほかのふたりも考えていたみたいで、
「失敗したら減給でしたっけ?」
「あぁ、漏らしちゃいけないけどな、それ」
そう、俺ら、実は失敗したら減給なのである。
しかし、ボーナスも結構羽振りがよく、俺はそれにつられた…………理由でもなく、なんか1年生がいなくなっちゃうと結構夜の訓練とか寂しいし、気を紛らわそうとしたのと、この旅館の名前の"飛天"というのが気に入ったから、みたいな感じだ。
今となっては結構後悔してるけど…………。
「っし、やるっきゃねぇんだ。
幸いだがここにいるのは全員が未婚男性で炊事洗濯掃除と家事が得意なメンツだ。
さらにいえば掃除についてはあのバカみたいに広い学園を毎日やっているから問題はないと思う。
さぁ、やろう。
俺らの明るいボーナスのために!」
「「おー」」
それより減給の方が怖いです。
「それにしても鷺さん、まさかあんなに料理がうまいとはなぁ……」
ちなみに、俺らに割り振られた役目は、俺が洗濯と仲居さんのサポートと、鷺さんが料理、鈴木さんは雑事、と言った具合だ。
俺は、忘れないうちに今日言われた注意内容をしっかり頭に叩き込んでおく。
減給がかかっているんだ。
しっかりやらねば。
俺はその後、明日のためにすぐに眠りについた。