零次は吹っ飛んで虚空の彼方に消えさり、洋一はその場で完全に気絶。来訪者二人は沈黙してしまった。そんな彼らを余所に残った三人の会話は続く。第一声は沈黙していたハルキヨだ。
「で? ……アリサ。そこで気絶している貧弱は本当にオーパーツを所持しているのか?」
ハルキヨは倒れる洋一に指をさして言う。葵とアリサが少し顔をしかめたが、どうやらハルキヨは気付いていないらしい。いや気付いていて無視しているのか。
「あなたにだけは貧弱って洋一も言われたくないと思うけど、そうね、間違いないわ。末端とは言え、相手は装備型オーパーツを所持していた。オーパーツ所持者に普通の人が打撃によるダメージを与えられると思う?」
「……ふむ。確かにな。打撃による攻撃なら……"鬼"と似たような能力か?」
「断定はまだ早いけどね。攻撃系の能力であるのは間違いないと思う」
「ウィ~、ヒック。まあ、なんにせよ内包型は確定か。私より強くなるかな?」
それは絶対にない! とアリサとハルキヨは同時に告げた。
「ひでぇ~な、ヒック! まっ、私にタイマンで真っ向勝負して勝てるとしたら知っている前騎士団長様ぐらいかね」
「ヴォルフさん……ですか。アリア……」
「……アリア? 初めて聞く名前だ、誰だそいつは?」
どこか寂しげな表情を浮かべるアリサ。それを見て葵は新たに手に持った酒瓶を傾きクイッと一息に飲み干すと、
「アリサの妹。アリアの傍には近衛隊総員と隊長のヴォルフさんが居てたはずだから、そうそうやられる事は無いと思うけどね。どっかで潜伏してるんじゃないか? 生きているのは間違いないと思う。あんたの妹だ、アリサと同じできっとしぶといよ」
どこか、暗い雰囲気に包まれた部屋。重いムードに包まれたこの部屋の扉の外から何者かの手が掛かる。
「姉さん。痛てェじゃないですか"能力"まで使うなんて。ちょっとは女らしくできないんですか?」
頭に酒瓶の破片が幾つも刺さり血を流している、強面の男、鬼踏零次が虚空より帰ってきた。
「……うるさいのが帰ってきた」
はぁ、と疲れた溜息を洩らすハルキヨに葵が言葉を告げる。
「何言ってんだ。零次と洋一が帰ってくるまで。ハルキヨは全く喋らねぇし。アリサも愛しの洋一君が心配で、心配でソワソワして会話になんねぇしで、つまんなかったんだぞ~私は」
「私はソワソワなんてしてません!」
わかってるわかってる~。と葵は手のひらを左右にブンブンと振る。アリサはそれを見て、もう、と諦めにも似た声をもらし頬を膨らます。
そして唐突に葵がアリサに凶報を告げた。
「零次~。そいつ医務室まで運んでやれ、んで起きたら私を呼べ。……一度殺す」
「なッ!? あ、葵さん!? 何言っているんですか!?」
「……了解。それ、俺も参加ですかい? 姉さん」
「オマエはその次だ。殺したあと。そいつを殺すのは私の役目だ」
「ちょ、ちょっと! 何言ってるのよ! 二人とも!」
「すまねぇなアリサ。こいつを仲間にするんだったら。いまじゃ弱すぎる。死線って奴を超えてもらう必要があるのさ」
■
しばらくしたのち、洋一は眼を覚ました。
目を覚ますとそこには零次がいて、用がある付いてこい。ただそれだけ言って有無を言わさず教会、もといノスタルジアの建物の外へ出ていた。
農業を営む民家を通り過ぎ、談笑を楽しむ人達を横目で見ながら、洋一と零次は小一時間ほど歩き続けた。
そして零次の目的の場所に辿りつく。
「こんな殺風景なところまで呼び出してなんなんですか零次さん? はっ! まさかイジメ?! 俺、何も持ってないですよ!?」
瞬間、洋一は後悔した。羽虫を噛み潰したかのような鈍い音が洋一の耳に届いたからだ。
「洋一……もう一片言ってみろ……そしたら、てめぇの臓物を腸から引きづりだして街を一周してやるからよぉ」
青筋を浮かべ横目で洋一を睨んだ零次のその姿は、まさに般若そのもの。
洋一の顔から色が消えうせ、今にも口から泡を吹き出しそうにガクガクと顎が震えた。
「……冗談はここまでだ。オマエの相手はアイツだよ」
そんなに怖がることはねぇだろうが、と零次は悲しそうに小さな声で呟いたが、洋一の耳には届いていなかった。
洋一は零次の指を指した先、黒いピッチリとしたボディスーツとフルフェイスで顔がまったく窺えない兜を被った、女? を見つめていた。
洋一が女と判断した理由は至って単純、ピッチリと体に張り付いたボディスーツが女特有のフォルムをかたどっていたからである。
「誰なんですか? あれ?」
洋一が零次に問いかけた途端。
「あれはな……洋一……オマエの敵だ」
「えっ?」
それ以上紡ぐことはできなかった。零次は人間とは思えない跳躍力で後方へと飛び姿を消し、洋一はそれを見送ったのち、前方へと視線を移すと黒い女が鉄の棒のような物を片手に目の前まで接近してきていた。
「…………」
黒い女の無言のままで振るわれた一振りは洋一の頭の側面を横からぶちぬくように当てられた。心地よいくらいの骨と鉄がぶつかった音が鳴る。
「がぁっ!」
洋一が衝撃で酷い立ち眩みを起こしている間に、女は洋一の首を脇に抱え込み腹目掛けて膝蹴り。
洋一の口から大量の息が漏れると、着ている服を掴み女が最初に立っていた位置に放り投げた。
「がっ! ゴホッゴホッ、ッッはぁはぁ……」
地面に投げつけられた洋一は立ち上がることなくその場で蹲り、息はゼェゼェと過呼吸を引き起こしていた。
脳震盪を引き起こしたもののそれは一瞬。洋一が頭を左右に振り少し落ち月を取り戻す。女の居た方を見ると手が届きそうな地点まで近づき手に持った鉄パイプを振り下ろそうとしていた!
咄嗟に地面を蹴り、なんとか鉄パイプによる一撃を回避した洋一。前転のような形で回避し終えた後、すぐに女の方に向き直った。
「な、なんなんだおまえっ! 誰だ! サーペント・スレイブってやつなのか!?」
「……」
女は答えない。両手で振り下ろした鉄パイプを右手に持ち直し、静かに歩きながら洋一に近づいて来る。
「くそっ! なんなんだ?! 答えろよ!」
かえってくるは沈黙のみ。女は一定の距離まで洋一に接近すると地面を強く蹴って走り始めた。
「待て! 止まれ! なんで俺を狙うんだ?!」
風を切る音とともに音が鉄パイプを上段から真っ直ぐに振り下ろす、洋一はサイドステップでギリギリ避けるが、
「……」
返す刃で脇腹に痛烈な一撃を受けた。
「が……っ」
エビのように跳ねる体、一瞬浮いたのではないかと思うくらい、強烈な一撃だった。目の前に佇む女に容赦はない。腹痛を訴えたかのように蹲った洋一の前で再び上段に鉄パイプを構え頭部目掛けて振り下ろす。
「あ……」
洋一は短い言葉とともにその場に倒れ伏した。呼吸はある。だが、意識が混濁しまともに口を聞けるか怪しい状態だった。
「……」
女は鉄パイプの切っ先をうつむせに倒れた洋一の背中に向ける。そして突き刺すように降ろす。一切の加減なく、容赦なく。
「……ッ?!」
何が起こったか、咄嗟に後方に飛び退く女。そして、倒れていた洋一が殴打された頭を押さえながら立ちあがった。
女が飛び退いたのは突如として手に持っていた、鉄パイプが半分、"何か"に切断されたかのように消え失せていたからだ。
「てめぇ。どこの誰だか知らなぇが、ぶっ殺してやる!」
口調が変わる。洋一本人は気付いていないが目の色も変わっていた。黒い眼から翡翠色に変化した目。
「……」
女は変化した洋一を見ても終始無言。女が手に持ったリーチが半分になった鉄パイプを一瞬だけ見ると、もはや用済みとばかりに洋一目掛けて投げつけた。
「ああぁぁぁあああァァァ!」
尋常ではない速度で投げられた鉄パイプは洋一の目掛けて一直線に接近、直撃は免れない。だが、洋一の絶叫とともに足下から凄まじいほど強烈な風が上に向かって吹き荒れた。鉄パイプは突然現れた風の壁にぶつかり、弾かれた。
それまで沈黙を続けていた女が洋一の今の姿を見て初めて言葉を発した。
「……そうか。それがオマエの……」
ゴウッ! と凄まじい砂塵が広場に吹き荒れた。
「うおぉぉぉわぁぁぁぁぁああ!」
洋一を中心に旋風が吹き荒れる。大地が捲れあがり、その暴風に晒された木々達は粉微塵に粉砕されてしまう。
「うぐぁああああぁぁぁぁぁ!!」
暴れ狂う暴風が吹き荒れる中、その中心で叫ぶ洋一の身体に異変が起きた。
「……やはりまだ無理か」
体が裂けている。皮膚が次々と何かに切り裂かれているかのように血が噴き出す。
風によって切り裂かれているのだ。
自身の体を抱きしめるように肩を抱き、その場に両膝を付いてその場に蹲る。
「ああああぁぁぁっぁぁああああああ!!」
痛々しい叫びが、何もない広場に響き渡る。
「……。呼び覚ませただけでも……充分か。フフ、しかし、これは……将来が楽しみだ」
女は両手で兜の側面を両手で掴みゆっくりとした動作で外した。
「ッ! 葵……さんっ!?」
黒い謎の女が葵ということがわかり洋一は即座に何故このようなことをしたのか、その目的が手に取るようにわかった。
洋一自身の持つオーパーツを引き出すため。
「よう、洋一。どうだ? 自分のオーパーツ。実感したか?」
外した兜を放り投げると、左手を腰に当て右手でその長い髪を靡かせた。
「っ、これが、クッ! 俺のオーパーツなんでッ…すかこれッ!」
自分を抱え込むように蹲り、体を切り刻む暴風に耐えながら洋一は葵に片目だけの視線を向けた。
「そうだ。それがオマエのオーパーツ、ほら。見ててやるから制御してみろ。言っとくが私は今のオマエに攻撃するからな」
「ッ! 制御ってこんなのどうすればッ!」
葵の視線が鋭さを増す。
「……制御できなければ、殺す!」
人体を切り裂くほどの旋風の中に葵は侵入する。だが、その体は傷つかない。
蹲る洋一の前まで肉薄すると、その顎を蹴りあげた。
「がッ!」
転げる体、数度のバウンドを経てようやく止まるも、葵のさらなる追撃が襲いかかる。
やめてください。と言葉を紡ぐことすらできない。なぜならその前に横っ腹を何度も何度も蹴りあげられ、洋一の声を発することすらできない。
呼吸をすることすらできない。
(この人本気か?! 死ぬっ?! 本当に殺されるッ!)
洋一の目には、今の葵は死神のように見えた。その足は鎌。色彩もなく鋭く冷めきった目は、地獄の底に引き込むかのような魔力を秘めていた。
(死に……たく……ないっ!)
洋一の心は今この瞬間それだけで埋め尽くされた。
「うわァァァァアアアアアアッッッ!!」
「ッ?!」
「ガハッ! ゴホッゴホッ!?」
死神の鎌が止んだ。
失った酸素を求め荒い呼吸を繰り返す。しばらくすると、呼吸も落ち着き、脳まで酸素が行き届き思考を取り戻してゆく。気付けば、先ほどまで身体を引き裂いていた風の奔流が消えていた。もちろん葵の言っていた制御など洋一はしていない。
(なんだ? 何が起きた?)
鈍痛に苦しみながらも洋一は状況を把握するために立ち上がり、双眸を開く。
「なッ!?」
まずは驚愕。次いで、震え。
それは必然と言えよう。洋一が立ち上がり目を開いて目の前の光景を見れば、
その場所が、その地面が、最初からなかったかのように無くなっていたのだ。
地割れのように深い谷底を残し、目の前に立つ葵の数センチ右に底なしの谷底が出来上がっていた。
これが驚愕。では震えとは?
「合格。合格だぞ風見洋一」
「合……格?」
……合格。死神の如く振る舞いを今のいままで行っていた葵が告げる。
「……これが、あなたが俺に求めていたものなんですか!?」
「そうだ。我々は力を欲している。その辺の奴らじゃだめだ。一人で国を落とせるほどの力が欲しい。その点オマエは合格だ。なんせ……」
……言うな。その先を言うな。
……言えば、俺は自分を抑えられない。
……俺は、アリサの仲間であるはずの貴女を……殺したくないッ!
「ここから、私達がさっきまで居た城までの距離を両断したんだからなぁ!」