「ガハッ! ゴホッ!」
生きてる。そのことにひとまず洋一は安堵した。だが、衝撃を受けた身体は酷く重い。
だが、身体を動くことに支障を来たすほどではなかった。洋一が念入りに自分の身体をチェックしているところで、ハッ! と気付く、アリサがいない。
「アリサ! 無事か!? どこにいる!」
衝撃波がなぞった地面は抉れて捲り上がり、周囲には砂煙が舞って視界が効かなかった。
「大丈夫よ! イタッ!」
アリサの声がそう遠くない場所から聞こえた。洋一はだるく重い身体を持ち上げ立ち上がると声の聞こえた方へフラフラと歩み寄る。少し歩くと、地面に座り込んでいたアリサを洋一は見つけた。
「大丈夫か? 立てるか?」
アリサの無事な姿を確認して吐息を吐く。
「大丈夫だけど、走るのは無理ね。……足を挫いたわ。……洋一、私を置いて行きなさい。そうすれば、少なくともあんたは助かるわ」
「――」
そりゃそうだろうよ。と洋一は思う。洋一という存在はあの男からすれば、突然あらわれたイレギュラー。アリサだけを狙っているであろうあの男が逃げる洋一まで追うとは考えにくい。見た者は殺す! の方針だったら危ないが、男の口ぶりからしてそれはないだろう洋一は考えた。
だが、一人だけで逃げるつもりなど洋一は端から考えていなかった。
「ほらよ。掴まれ」
洋一は、アリサの前で背中を向けて屈む。
「……なにしてるのよ。早く逃げなさい! 死にたいの!?」
「怪我した女の子をほおって逃げるほど、俺は人間やめてねぇよ」
「――バカね……アンタ」
「なんか言ったか?」
「何も! 早く行きなさい!」
「うわぁっと!」
突然、よりかかってきたアリサに体勢を崩しそうになるもなんとか踏ん張る。
「まったく。で? どちらに行けばいいのですかお嬢様?」
「取りあえず、そのまま真っ直ぐ前進よ!」
洋一の背の上に乗るその身体は柔らかく、女性特有の甘い香りもあってか、洋一の頬に一瞬赤みが差す。そんな思春期真っ盛りの洋一はあまりこのことについては考えないようにと、思考を寸断する。
アリサを背負って立ちあがるのと同時に、突如として発生した暴風によって視界の妨げとなっていた砂煙が消えた。
煙に紛れて逃げようと考えていた洋一は、突然のことに辺りを見回すと、遠くに佇む男と目があった。
洋一の背中にアリサを背負っているのを確認すると男の顔はみるみる内に赤くなっていった。
「……貴様ァァ!。あくまで俺に刃向かうか! その種を置いて逃げていれば、あと数年は生き長らえることができたものを、――邪魔をするのならば……この場で殺す!」
「走って!」
「わかってる!」
洋一は、巨大な凶器を持つ男がいる方向とは逆の方角へ一直線に走る。アリサを背負っているため早くはない。だが、逃げ切れる自信はあった。
2メートルを越す鉄製のハンマーを持った男に、洋一は走る早さで負ける気しなかったのである。そんな重たい物を持って走っても牛歩にしかならないだろう。洋一はそう考えたのだ。
ハンマーを持った男が真に普通ならそうであったであろう。そう、普通なら。
「洋一! アンタもっと早く走れないの!?」
「大丈夫だって! あいつがハンマーを捨てない限り追いつかれるかよ!」
「距離! 詰められてるわよ!」
「ナニィィィ!?」
洋一は首だけ、捻ってアリサ越しに背後を見る。そこで見えた光景は、ハンマーを肩に乗せ、此方に向け疾走する男がそこにいた。
走る速度は洋一よりも圧倒的に早い。アリサを背負ってなくても追いつかれそうなほどだ。ありえない。と洋一は思った。誰が鉄製で出来た2メートルのハンマー片手に持ちながら、若い男に追いつけるおっさんがいると思うのだろう。
「クッソォォォ!!」
洋一は即座に正面を向き直り今度は全力で走る。ひたすら走る。だがしかし、それでもハンマーを担ぐ男の方が走る速度は速い。やがて、15メートルは開いていたであろう距離がなくなり、あと数秒で捕まるその時、
「ああ! もう! スゥー……原初の炎よ。その紅蓮の炎でもって我が敵を屠れ!」
洋一の背中の上でアリサが突然、魔法使いが使う呪文のような言葉を紡いだ。アリサの伸ばした右手の先から五芒星が描かれた魔方陣が浮かびあがる。白い文字の羅列が赤い光を帯びたその瞬間に、五芒星の中心から炎の柱が迫る男に向かって飛び出した。
一直線に伸びた炎は、背後から追ってくる男に直撃。激しい爆発音とともに黒い煙も撒き散らした。
「な、なんだ?! なにがあっ……」
強烈な音と背後からの強烈な閃光が気になり、洋一は足を止め背後を振り返る。そこには……、火の粉が空気中に舞い、黒い煙が天に昇っているという非日常の光景があった。
あまりの光景に洋一は棒立ちとなり、呆然としていた。
「アリサ、おまえあんなのできたのか!? なんでもっと早く……。いや、それよりもあんなことしたらあのおっさん死」
「バカ! 走るのをやめるな! オーパーツ所持者にこんな魔法が効くわけ無いでしょ! ただの時間稼ぎよこんなの!」
「効かない!? これが?!」
アリサの言葉に洋一は動揺を隠せない。洋一が見た光景は少なくても一般家屋程度なら容易に吹き飛ばせるのではないかという破壊力がある思ってしまうほどの火力だった。それが、あの男に対してはただの時間稼ぎだというだと言う。
洋一は再び走った。アリサが洋一に嘘を付いていて、あの男はすでに業火に呑まれ無力化されていることを願いながら。だが……、
「おれぇぇぇえぇのぉぉぉおおおお!!」
野太い声が響く。あの男だ……。洋一は即座に判断した。
男はハンマーをを横薙ぎに振るうことで立ち上る煙を排除し、血走った目で再びアリサを捉える。
「なんなんだよ!? あいつ! 本当に人間か!?」
「オーパーツ所持者なんて、みんなバケモノみたいなものよ! いいからあんたは真っ直ぐ走る! はぐれた仲間と合流できれば、逃げる方法なんていくらでもあるんだから!」
「仲間がいるのか?!」
「ええ! 私が知る限り、最強のオーパーツ使いよ!」
喋りながらもアリサは何度も呪文を紡ぐ。紡がれるたび、広場に爆発音が響きまばゆい閃光が大気を焦がす。だが、迫る男は一発目以降、アリサの攻撃を正面からその手に持つハンマーで弾き飛ばし、距離を稼ぐどころか、洋一と暴漢との距離は着実に狭まっていた。
「ダメ! 追いつかれる!」
都合五度目の爆発音がなったその時、背中のアリサから「捕まるっ!」と、凶報が告げられる。
背後に迫った男がハンマーを持った手と逆の腕をゆっくりとアリサに伸ばす。その距離わずか数センチ。
「……仕方ねェよな」
男の手にアリサが捕まるその直前、洋一は急停止してその身を屈め、男の腕を避け、右足で後ろ蹴りを放った。すると、洋一の予想外の行動に反応できなかった、男の腹に突き刺さるよう形で洋一の足がめり込む。
「グエェ……ェ」
洋一は、全ての重心が左足にかかった際に生じた痛みに顔をしかめるが、なんとかその場に踏み止まった。背負うアリサをゆっくりと降ろし、目の前で蹲る暴漢に向かって右足を大きく振り上げ、
「もう一発!」
蹴り飛ばす。ズザザザァー。と地面を滑り、再び暴漢との距離が少なからず開いた。
その時に不図、洋一は思った。あれだけの破壊力を持ったアリサの魔法は効かないのに、どうして自分の攻撃は効くのだろう。と、そんな疑念が頭の中をよぎる。
そんな考えを洋一がしている際、アリサはジッと洋一の顔を見つめていた。
「洋一、あなた……もしかして……」
アリサが真剣な眼差しで洋一を見つめる。洋一もようやくアリサの視線に気付き目を合わせる。
アリサのような綺麗な女性に見つめられて洋一は顔が赤くなる。だが、その視線の端に嫌なものを捉えた洋一は呆けかけた頭を寸断する。
洋一が視界の端で捉えた嫌なものとは、蹴り飛ばした男。それが今にも立ち上がろうとしている。逃げ切れない。洋一はさきにアリサが捕まりかけたあのときに確信した。故に仕方ない。
「いけッ! アリサだけでも逃げるんだ!」
「何を言ってるの! あなたも一緒に……」
「二人一緒は無理だ。何故か、わからないけど俺の拳や蹴りは奴に通用する。それなら、アリサが逃げるぐらいの時間は稼げるかもしれない。だから、こっから先は一人で逃げてくれ。大丈夫だ。攻撃が効くなら……倒せるチャンスもきっとある」
「何を根拠にそんなっ! あいつはオーパーツ所持者よ! 戦うなら私も一緒に……」
「いいからいけぇぇぇぇぇええええ!!」
ビクッ! とアリサの肩が震える。突然の大声にビックリしてしまったのだ。
その時、アリサは見てしまった。震える洋一の肩を、下唇を噛み締める洋一の姿を、
あの時……別れ際の父様を見つめていた”仙道葵”に似ているとアリサは不図思った。
何故あの時の光景と今がデジャヴるのだろうか? それはアリサ本人にもわからない。
だが、思う。風見洋一という男には死んでほしくないと。
そして紡ぐ。
「……わかった。ただし、約束しなさい。絶対無茶をしないこと。私が必ず此処に仲間を連れて戻ってくる。あなたはそれまでどんな醜態を晒してでも耐えなさい。生き延びなさい」
「……ああ、わかった」
「いい。これは約束よ。絶対だからね」
「わかってる。必ず生き残るさ、必ず……」
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