アリサが挫いた足を引きずりながら歩き始める。速いとはいえない。普通に歩くよりも遅い。男が立ち上がる。血走った眼には洋一の姿は無く、離れていくアリサだけを見つめていた。そして歩く、男が再びアリサを捕えるために歩み始める。徐々に速まる足。それを洋一は決して許さない。
「行かせねェよ」
アリサと男の丁度間に洋一は立つ。自分自身を最終防衛ラインとして、男の前に立ち塞がる。
今知りあったばかりのアリサを、何故こんなにも必死になって助けようとしているのか、それは洋一にもわからない。強いて言うならば、なんとなく。であろう。
「邪魔をするなぁぁぁああ!!」
男は2メートルのハンマーをいとも簡単に大きく振り上げる。
洋一は逃げるでもなく、無謀にも自分に降りかかるであろう脅威に自ら突っ込んだ。
背にはアリサがいる。避けるわけには行かなかった。
「バカが! 振り下ろす前に届くとでも思ったか?! 甘いんだよッ!」
洋一が、暴漢の元へ辿り付くよりも早く、ハンマーは振り下ろされた。勢いの乗った足はもはや止まらない。
「根性見せろよ俺ぇぇぇぇッ!!」
洋一は頭の上にハンマーの影が差し込んだその瞬間、両腕を頭上でクロスさせた。
と同時に降りかかる重圧。陥没する地面。沈む身体。
「グギギギィィッッ!」
正気の沙汰とは思えない。人間の大きさを超える鉄製のハンマーを両手で押さえるなど。
「な……にィィィッ!」
男の降り下ろしたハンマーは完全に洋一を捕えた。重みに耐えきれず押し潰されると思っていた男の顔が驚愕に染まる。健在。洋一は押し潰されていなかった。
「グッ! っ……耐えたぜッ!」
ありえないほどの重さが洋一を襲う。だが耐えた。今もクロスに組んだ両腕は軋む音響かせるが、砕けていない。折れてもいない。
驚愕に手の力を緩めてしまう男。洋一はその隙を見逃せるほど余裕はない。
「おらぁぁあああ!」
「きさ、グボアッ!」
クロスした両腕の上に乗っかるハンマーを弾き、拳を握り。ガラ空きの男に放った。
めり込むように打ち出された拳は、吸い込まれるように男の頬へと突き刺さる。
「へッ! 偉そうな武器を持ってるわりには大した事ないなおっさん!」
そういうと慣れないファイティングポーズを取る洋一。別に武術を学んでいたとかそういう事は一切ない。
ただなんとなくこの構えがしっくりくると思っただけ。さっきもなんとなく耐えられると思っただけ。そう、全てなんとなくなのだ……。ただ、なんとなく淡々と……。
「キザマァァァァ!! もう許さん! 種など後回しだ! 貴様を先に殺してやる!」
「やっと、その気になったかよ」
取りあえず任務完了。と洋一は心の中で思う。洋一の目的は時間稼ぎ。男が洋一を 狙って固執してくれれば、それだけで時間は稼げる。
「……次は、どうやって耐え凌ぐかと、どうやっておっさんを倒すかだな」
そう、男にはバレテいないが、洋一の両腕はもう一度、あのハンマーを支えられるほどの力を残していなかった。次に同じことをすれば確実に両腕は砕ける。あの時は背後に逃げるアリサが居たため仕方なくあのような強行策とらざるをえなかったが、今はもうアリサはいない。避ける事もできる。それなら潰れかけの両腕というリスクを持ってもできることは沢山ある。
本当に倒せるかもしれない。洋一は不敵な笑みを男に向ける。
「倒すだとォ? お前が? サーペント・スレイブの一人であるこの俺を?」
「てめぇがどこの一人だろうが知るか。おっさん、自分の看板を盾に使ってる時点で、底が見えるぜ?」
ブチッ。と血管が切れたかのような音がした。やばい、言いすぎたか? と洋一は思う。
だが、洋一の予想に反して、不思議と男は冷静だった。フゥー、フゥーと荒い鼻息を先ほどまでしていたはずなのに、今は息を一切乱すことなく、ただ忽然と立っていた。
「……貴様は、少なからずオーパーツ所持者としての素養があるようだが、早かったな。あと数年。俺の前に現れるのが遅ければ、その手に持っていたかも知れぬのに、俺と同じ得物を」
何を言っている? 洋一の頭によぎる。素養? 一体何の話だ。
「おっさんみたいな得物を俺も持つって? 冗談、無理でしょ。そんな重たい武器、持てねェよ」
忽然と立っている男。洋一の言葉を無視して語る。
「オーパーツは所持者の魂でその姿、形が異なる。剣、鎧、超能力、果ては世界の創造、構築まで可能とする物まである」
「世界創造? 構築? 世界を作るってのか!? そのオーパーツってやつで? それこそ冗談だろ?! 無理に決まってる。人間は神じゃない。不可能だ」
世界の創造。つまりは新世界の構築、いま洋一達が立つ世界とは、同じこの世界を創り変えるのか、はたまた別の空間、別の場所にもう一つ新しい世界を創るということなのかそれはわからない。だが、自分が思うがままに、ただ自分が望む世界を創造、構築できる力を秘めた物質があると男は言う。
「その不可能を可能にしてしまうのが、先ほど貴様の逃がした。アリサ・シュタットフェルトが持つオーパーツ"原初の種"。貴様はことの重大さもしらず、あの娘を逃がしたようだったが、些か早計ではなかったかな?」
「アリサが……そんなものを持っているだと。嘘だな。アリサがもし、新たな世界を創るほどの力を持っているなら、アンタごときに負けるはずがない」
「確かに、あの娘が十全に種の力を使役することが可能であれば。俺なんぞ瞬きせぬうちにこの世から消し去ることもできよう。だが、かの娘は制御できておらん。十どころか一も制御化においておらぬのだ。宝の持ち腐れとはまさにこのことよ」
「だから、お前が預かるって? 俺は見てたぜ、お前が無理やりアリサからその"原初の種"とかいうのを奪おうとしてるのを」
「貴様……。最初から見ていたのか。どこから見ていたのかは聞かぬ。しかし、それが他の誰かの耳に入りでもすれば面倒だ。もう逃がすことはできん――死んでもらう」
くるッ! と身構える洋一。だが、構えたその時、遥か上空へと男は跳躍していた。
「これが、オーパーツの力よ!」
夜天に浮かぶ月目指して男が跳ぶ。上からの声を聞き洋一は咄嗟に空を見上げ、驚愕する。40mは届こうという位置に男は跳躍していたのだ。空中で手に持つ巨大なハンマーを上段に構え振り下ろそうとしている。まるでそれは隕石が洋一の元へ一直線に落ちて来るようだ。
洋一は災厄が自身に降りかかるその前に、横へ跳びのこうとするが、
「なっ?! 身体が重い?!」
咄嗟に動こうとした身体は鉛のように重く、地面に縫いつけられたかのように動くことができなかった。地面に無造作に空見上げて生えていたはず雑草が何かに踏まれ圧迫されているかのように寝ている。
結果、洋一は今いる数歩動けたのみで、ハンマーによる直撃は避けられたものの、あたった場所から発生した衝撃までは回避することはできながった。
「ぐッガハァッ!」
幾つもの地面の破片が洋一に突き刺さった上に凄まじい衝撃を受けて転げる身体。何度も地面を転げ回ってようやく止まった。
全身が悲鳴を上げる。激しい痛みが洋一の身体を駆け巡る中、長い時間をかけて何とか立ち上がる。カクカクと震える膝、目は点滅しうまく視界が効かない。
「クッ……そぉ……」
「まだ生きておるか。凄まじい生命力よ。だが、手は抜かぬ。オーパーツの力がお主に何らかの恩恵をもたらしているのはわかっておるのだ。それが、目覚めぬうちに潰させてもらうぞ。持ち帰ってもよいが、おれは生憎ライバルが増えるのは嫌いでな」
洋一の元へ男が駆け寄る。迫る暴漢への恐怖からか、迫る男に比例するかのように洋一は後ろにゆっくりと傾いてゆく、その前方から2メートルの巨大ハンマーを持った暴漢が迫りその武器を振り下ろした……。