振り下ろされるハンマーを見て、……死んだ。洋一はそう思い咄嗟に目を閉じた。
だが、待てどもまてども痛みは無く。何かに押し潰された感覚もない。
「――……?」
不思議に思い片目を開く。
まず見えたのは胸板。ムキムキの胸板……。
胸元がザックリ開いた真っ白なスーツに身を包み、黒いサングラス。顔には一体いくつの修羅場を潜ってきたのだろうと思わせるような生々しい傷跡の数々。
顔に幾つもの傷を付けたサングラスの男……いわゆるヤクザが洋一を抱えていた。
「あっぶねぇー。おい! アリサを助けた男ってのはオマエであってるか?」
そんな風貌の男が洋一を右手で抱え、左手の五指でハンマーを抑えていた。
……抑える? 2メートルのハンマーを片手で? 地面を陥没させ、さらには衝撃破すら生み出すほどの威力を見せ付けたハンマーを? 洋一も全身を使って抑えたことがある、だが今回はあの時とはわけが違う。
ハンマー男は40mほど跳躍し、凄まじい勢いを乗せての一撃だった筈だ。なのになぜこの男はケロッとした表情をしてられる?
ちゃんと…というのはおかしいかもしれないが、ヤクザの足元は陥没している。
かなりの重圧が洋一を抱えるヤクザに圧し掛かっているのは間違いないのだ。だが、ヤクザは何食わぬ顔で洋一の顔を覗き込んでいる。
洋一の思考は混迷を極めた。考えが纏まらない。何が何だかわからない。
こいつは誰だ? 何者だ?
「おい! 聞こえてんだろっ! ……聞こえてねぇのか?」
「ぎ……貴様っ!」
洋一は霞む目をヤクザからハンマーを持つ男へと向ける。男は顔に青筋を浮かべ、ハンマーを抑えるヤクザを無理やりにでも押し潰そうと力を込めているのがわかる。だが潰されない。
ヤクザの伸びきったを左手を少しも押すことすらもできていない。それはまるで壁に向かってぶつかる人間のように。
あの力を腕一本の力で抑えているのか? と洋一は考える。2メートルを超すハンマーを左手一本で抑えるなんて可能なのか? 普通じゃありえない。考えられない。
だが、洋一はこの時すでに何度も普通じゃありえない現象を目の当たりにしている。
鉄製で出来たとされるハンマーを片手で容易に持ち、洋一の疾走に追いついてくるというありえない力を持つ男。さらに洋一自身も一度だけとは言え、地面に叩きつけただけで衝撃波を生み出すハンマーを両腕で抑え耐えきったということ現実がある。
二つのありえない事象が発生しているのだ。腕一本であれを抑えることもまた可能ではないのかと、なんとなくそこへ洋一の思考は辿りついていた。
洋一が思案している間、ハンマーを持つ男はこのまま続けてもヤクザは押しきれないと判断したのだろう。バックステップで後方へと跳躍した。
迫った脅威が離れていくのを目で追ってから洋一の口から安堵の息が漏れる。
そして、口を開く。
「あなたが……アリサの言ってた……仲間……ですか?」
先の一撃でボロボロになった喉からは擦れた声しか出ず、聞き取れたか心配だったが、稀有に終わったようだ。
「おっ! ようやく反応したかっ! ああ、俺がアリサの寄こした助っ人だ」
ヤクザは右手を離して洋一を立たせる。
「とりあえず自己紹介と行こうか! オレは、サーペント・スレイブと日々戦い続ける『明けの日』の団員。そしてその『明けの空』のリーダーの右腕である仙道葵姉さん! の右腕! それがこの俺、鬼踏零次(きとう・れいじ)様よ!!」
サムズアップをして、キラリと輝く白い歯。ここだけ見れば熱血教師を思わせるが、こんな行動を取っているのは真っ白なスーツにムキムキの身体をした顔中傷だらけのヤクザ。
人を殺す直前の笑みにしか見えない……。
「……鬼踏零次」
「坊主の名は?」
「……風見……洋一です」
「洋一か! よし覚えた! 俺のことは兄さんとか兄貴でいいぞ!」
名前を教えるのも躊躇ったのに、兄とか兄貴とかで呼ぶなんて死んでも御免だ。と洋一は口から出そうになるが、グッと堪える。
「零次さんとお呼びさせてもらいます……」
見るからにあぶないやつだと分かるこの男を兄貴だと認めてしまったらイケナイ気がする洋一であった。
「洋一てめぇ! おまえいま、俺を何か如何わしい奴だと思っただろ!? 言っておくが俺は怪しくないぞ! 甘いもの大好き! 犬とか超好きだ!」
(エスパーかっ! いや、もしかしたら本当にエスパーかもしれんが……、
ヤクザじゃないんだったらなんだその体中についてる傷はなんだ! とツッコミたいが、言えば殺されそうなので言わない。あくまで下手にでるんだ風見洋一……。ヤクザに決して噛み付いてはいけない。海に沈められたくなければッ!)
このような思考が即座に思いつくほど洋一は目の前のヤク……鬼踏零次が怖かった。
「……普通の人は体中に目に見えてわかる怪我なんてしません」
「ふんっ! 生意気だな洋一。だが気に入った! この場を切り抜けたら俺がミッチリ鍛えて一人前の男にしてやる!」
にっこりと凶悪な笑みを浮かべ、右拳を左手で包むとポキポキ腕をならし、首を鳴らし、腰を落とす。フゥーと零次から息が漏れると、周りの空気が一変する。
風が靡くのをやめ、無音となり、静まり返る。静寂。
「さてと……洋一はそこにいろ。お前の出番は終わりだ、ここからは、俺がやる」
腰を落とし構えを取った零次から漏れ出る殺気に洋一は冷汗が止まらない。
直感的に感じ取る。この人は化け物だと。人外の出であると。
バックステップで後方へと離れた男も零次からあふれ出る殺気に当てられたのか。狂笑で答えた。
「クッ、ククッ、クハハハハ! ツイてる! 俺はツイてるぞ! 種を逃がして悪運尽きたと思ったが、クク、そうか"狂犬"。貴様が来るかっ!」
「狂犬?」
洋一が呟く言ったように言ったそれはこの場では誰も反応しなかった。公然と言葉としてあるようだった。
「何がツイてるんだ? 言ってみろ。“二桁”ナンバーの落ちこぼれ君」
「貴様ッ! ……言ってはならぬことを言ったな。いや、まあいい。貴様を倒せばそう呼ぶもいなくなる……」
「か弱い女苛めて踏ん反り返ってる小悪党が俺様に勝てるわけねぇだろうが」
「抜かせぇェェ!」
男はその場でハンマーを上段に構えると地面に向けて叩きつける。
「これはっ! マズイ!」
衝撃波。アリサと洋一を一番初めに襲った奴の攻撃。しかし、今迫る衝撃波はあの時に発生したものよりも大きく。触れただけでバラバラになってしまうような規模の物であった。
「大丈夫だ。そこでジッとしてろ。男だろ」
「零次さんッ!」
すぐそこまで衝撃波が迫る。だが、その場から一歩も微動だにしない零次。直撃する。と思ったその瞬間、洋一は驚愕する。鬼藤零次という男が迫る衝撃波に対して拳を突き出した。ただ、それだけ……。
「なッ……にぃぃ?!」
「嘘だろ……」
あらゆる物を薙ぎ倒すであろう衝撃波は零次の突き出した拳に触れた途端に霧散。その姿を消した。
「退け……。弱い者イジメは好きじゃねぇンだ。いくぞ洋一」
零次は男に背を向けて歩きだす。洋一も零次の手に押され、背を向けて歩く。首だけは横を向いて男の方を向いていたが、男はあり得ない者を見ているかのような視線を零次に送りただ呆然と立ち尽くしていた。
「いいんですか? あのままで」
「かまわねェよ。あいつがまた俺達の前に現れたらまた潰せばいい。あの程度、相手にすらならねぇよ」
「……けるな」
「?」
洋一の耳に呪詛のような声が届く。どこからか? 背後からだ。
「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなっ!! この俺が、このまま終われるかァァァァ!! オーパーツ、プレッシャープレス解放! 我が重力を減に、奴の重力を倍に!」
トン。と零次が洋一の背中を押した。その瞬間、陥没する。零次と洋一の立っていた場所が、円形上に陥没する。高重力による圧殺を目的とした装備型オーパーツ。それがあの男、ヘイズル・ヨハンソンの武器であった。
零次の背中が折り曲がる。猫背のような姿勢に固定される。足を上げての移動は不可能。
常人であるならばこの時点で圧殺は免れない。だが零次は潰れない、同じ、対等の武器を持っているが故に……。
「零次さんっ?!」
零次が背を押してくれた事により、間一髪死の重力から免れた洋一。すでに立っている事すらも難しい洋一が零次を助けるためおぼつかない足で歩く。
「洋一、そこでジッとしてろ。なに、すぐに終わる」
零次は高重力にさらされている中、首を上げ洋一に一言残すと眼前の敵を見る。
「潰してやる。潰してやるぞ鬼藤零次ィィィ―――ッッッ!!」
男は跳躍する。遥かなる高みへ。零次に対しては、高重力による束縛を、自身には普段人にかかる重力とは逆の重力を。
男が地表からは豆粒になるような高さに到達。
「我が重力を倍にっ!」
そして、急降下。手に持ったハンマーはすでに下を向き、地面に縫い付けられ動けない零次に向かって垂直降下してゆく。
洋一はこの時気付く。これと同じ異常を自分も受けたと。洋一が、あの時避けられなかったのは、重力による束縛を受けたほかなかった。重力操作。
それがあのハンマー男の能力。オーパーツという物質からもらった恩恵。そして、洋一は同時に思う、こんな目に見えてわかるほどの異常を引き起こす物質の頂点をアリサは本当に持っているのだろうと。半信半疑だったそれが、この時確信に変わった。
(実在する。オーパーツという訳の分からない物が存在するなら、原初の種というのは本当に実在する!)
「ウォォォォォ―――ッッッ!!」
男の急降下は止まらない。雄叫びと共に落下速度を上げるそれはまさに流星。
その落下点には、多大な重力により一歩も動けずに佇む男。
「零次さんッ!」
急降下する男を目の当たりにして、洋一は居ても経ってもいられず零次の元へ駆けだすも、震える足ではそれもままなならず倒れる。
「零次さん早く逃げてッ!」
洋一はわかっている。零次が動けないことを、洋一も同じ技を男から受けているのだ。あの時ですら数歩が限界だった。零次はあの時とは比べられないほど強力な重力を浴びている。
動けるはずもない。洋一は叫ぶことしかできない。
「――」
零次は無言で見上げる。摩擦熱で真っ赤に染まったハンマーをその陰に隠れる男を、そうして一つ深いため息を吐く。
「俺は確かに言ったぜ。……弱いもんイジメは好きじゃねぇってなぁッ!」
零次は高重力に晒されながらもその右拳を上空の敵に向けて伸ばす。
それとほぼ同時、死をもたらす流星となったヘイズルはついに地表に辿りつく。轟音が周囲を通過し、次に暴風が吹き荒れる。
洋一は爆風に晒されるも倒れていたこともあり、吹き飛ばされることなく、その場で風が行き過ぎるまでジッと耐える。だが、あくまでそれも余波。落下点はもっと大きな衝撃が掛かっている事だろう。
暴風は次第に収まり、音も消え、元の静寂へと戻る。落下点は砂煙で窺えなかったが、それもはれ、二つの影が姿を現した。
「バカな……っ」
「脆いぜ。わりぃな、……潰しちまった。おまえのオーパーツ」
ビシビシビシッ! と何かにヒビが入ったかのような音が小さく響く。
ハンマーが振り下ろされた場所は零次の真上。それは間違いない。驚異的な加速度を味方に付けた男のハンマーに対して、零次は右拳一本で対抗した。ハンマーと拳はぶつかり合い、さきの轟音、衝撃が周囲を襲った。なぜヒビが走ったかのような音が響く? それは、男の武器装備型オーパーツ、プレッシャープレスが鬼藤零次の右拳により砕けたからに他ならない。
ついに、ヒビはハンマー全体へと至り、その武器を木端微塵に破壊した。
驚異的な力を持つ武器を、生身の男の右腕一本で……。
「零次さん……あなたは一体何者なんだ……?」
「俺は、ただ恋に生きる、しがない一匹狼よ」
小説書くのは難しいですな…….
たのしいですけどなw