ラブライブ! -9人の女神と禁断の果実-   作:直田幸村

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第八話 『わたしにとってのあなた』

「穂乃果・・・・・・」

 

 

「海未ちゃん・・・・・・。大丈夫?」

 

 

 体力の限界を迎えた為か、穂乃果の変身は解けていた。

 

 

 海未は、手を地面について荒れた息を整えようとしている穂乃果の背中をさすっていた。

 

 

 そんな彼女たちに、革靴の音が近づく。

 

 

 見上げると、駆紋戒斗が彼女たちを見下ろしていた。

 

 

「弱者どもには、つき合いきれんな。・・・・・・貴様等、本当に死にたいのか?」

 

 

「あなた、本当に人間なんですか? けがをしている人に、もっとかける言葉はあるでしょう」

 

 

 海未は、戒斗の非情な言葉を聞き、今まで以上ににらみつけた。

 

 

 穂乃果は、体を張って自分たちを守ったのだ。

 

 

 戒斗には確かに助けられたが、彼が来るまでの間戦っていたのは穂乃果だ。

 

 

 もし、彼女が戦っていなかったなら、戒斗が到着する頃にはすでにお陀仏だっただろう。

 

 

 それに、戒斗がもっと早く到着していれば、穂乃果は戦わずにすんだのだ。

 

 

 すべての責任を彼に求める海未の視線を、戒斗は睨み返した。

 

 

「はっ。俺の聞き間違いか? 自ら、戦い傷ついた者をただのけが人だと? 戦闘に参加したのなら、傷つくのは当然だ。そこでどんな傷を負おうとも、それは自己責任。自業自得。傷つく覚悟もないくせに、誰かを守るなどと嘯いていたとは、お笑い草だな」

 

 

 それだけ言うと戒斗は、きびすを返した。

 

 

「な、待ちなさい。逃げるのですか!」

 

 

「う、海未ちゃん・・・・・・」

 

 

「穂乃果!」

 

 

 力なく座り込んでから、穂乃果はうつむいたままだった。

 

 

 海未は、さっきの戦闘の最中に見せた彼女のいびつな笑みを思い出した。

 

 

 とたんに不安にかられた海未は、うつむく穂乃果に恐る恐る声をかけた。

 

 

「穂乃果・・・・・・。大丈夫ですか?」

 

 

「・・・・・・う、うん。なんとかね」

 

 

 垂れた髪に隠れて見えなかった表情が現れる。

 

 

 それを見て、海未は胸をなで下ろした。

 

 

 まだ涙で顔は赤かったし、とてもつらそうな顔をしていたが、海未の知っている表情だったからだ。

 

 

「早く病院に行きましょう。」

 

 

「だ、大丈夫だよ。ドレスのおかげでけがとかは全然ないし、ちょっと疲れちゃっただけだから」

 

 

「でも・・・・・・」

 

 

「大丈夫だから」

 

 

「・・・・・・そう、ですか」」

 

 

 海未が見たところ、穂乃果の体に外傷は見当たらない。見た目がただの洋服なだけに防御力に不安があったが、ロックシードから生み出されたアームズのようにインベスの攻撃にもある程度耐えられるだけの強度を持っているようだ。

 

 

 ただ、問題は外傷だけではない。いや、外傷よりもむしろ心の傷の方が心配された。

 

 

 インベスたちに必死に呼びかけたが届かず、それどころか袋叩きにされたのだ。そして最後には、穂乃果自身がインベスへ刃を向けた。

 

 

 

 

 

「穂乃果、海未。立てるか?」

 

 

「……ごめん。疲れちゃって、一歩も動けないや……」

 

 

「私もすみません。安心したら腰抜けてしまって……」

 

 

 憐次が問うと、穂乃果と海未は、首を横に振った。

 

 

 片やインベスたちと戦い、片や何の装備もなしに戦闘に介入したのだ。

 

 

 二人とも立ち上がる気力も残っていなかった。

 

 

「……ったく、仕方がないな」

 

 

 憐次は、穂乃果に肩を担いだ。

 

 

 びくっと体を振るわせた穂乃果に、憐次は前を向いたまま答えた。

 

 

「穂乃果、海未。聞きたいことはいろいろあるけど、とりあえずここを離れるぞ。さっきのパニックで逃げた人たちが戻ってくる」

 

 

「海未、立てるか?」

 

 

「はい。私は大丈夫です。でも、穂乃果が……」

 

 

 精神的疲労から立てないでいた海未はともかく、戦闘で身も心も疲弊していた穂乃果は、憐次が肩を貸しても立ち上がることはできなかった。

 

 

「わかってる。ちょっと我慢しろよ」

 

 

「わわ。い、いいよ」

 

 

「うるさい。おとなしくしろ」

 

 

 肩に回していた腕を背中まで降ろし、もう片方の腕を膝の裏から回した。

 

 

「よっと。・・・・・・うっ」

 

 

「うって、なに?」

 

 

「いや、何でもないよ。・・・・・・そうだ、今度からランニングはこうやって走るか? いい運動になる」

 

 

「や、やめてよ。そ、それじゃ、穂乃果の運動にならないよ」

 

 

「そうだな。……よし。じゃあ、早く行くぞ」

 

 

 憐次は、穂乃果を抱え上げると先頭に立った。

 

 

 海未が着いてくるのを確かめながらその場から離れた。

 

 

 

 

 

 事件現場を立ち去った憐次たちは、すこし離れた公園で座り込んだ。

 

 

「ここまで来れば、大丈夫だろう」

 

 

「そうだね。ひとまず落ち着ける場所に・・・・・・」

 

 

 憐次は穂乃果をベンチに座らせた。海未は穂乃果と同じベンチへ、憐次は地面に腰を下ろして息をついた。

 

 

「すみません。私は、なにもしていなかったと言うのに・・・・・・」

 

 

「そんなことない。なにもできなかったって言うなら俺こそそうだろう?・・・・・・で、穂乃果が戦ってたことについて聞きたいんだけど。あれは何なんだ?」

 

 

「レンジ・・・・・・。いまはその・・・・・・」

 

 

「海未ちゃん。・・・・・・ごめん、穂乃果今は話せそうにないから。・・・・・・お願い」

 

 

「そうですね。・・・・・・わかりました」

 

 

 憐次に催促され、海未は一度穂乃果の様子を確認した。

 

 

 穂乃果の疲れ切っている様子を見て、海未は、戦いの話などしない方がいいと思った。

 

 

 が、穂乃果に話すように頼まれたため、憐次の頼みを了承した。

 

 

 

 

 

 それから、全てを話した。

 

 

 事の始まりであるヘルヘイムでの出来事から、駆紋戒斗の正体と因縁について。

 

 

「そうか・・・・・・、あの人は今は音の木坂の教師であり、ユグドラシルの対インベス部隊と・・・・・・。それと、穂乃果のあの姿については・・・・・・」

 

 

「はい。結局のところわかりません。ただ、最初に穂乃果が変身したあとから穂乃果のユグドラの形状が変化していたので、これが関係しているような気がします」

 

 

「俺たちのじゃできないのか? ユグドラシルが開発した新機能ってことも」

 

 

「いえ。私も試してみましたが、今まで通りのことしかできませんでした」

 

 

 海未も、真っ先に穂乃果のように変身できないものかと考え、試してみていた。

 

 

 が、当然ながら変身などできなかった。何しろユグドラには本来変身機能は搭載されていない。

 

 

 穂乃果のユグドラだけが、唯一例外なのだ。

 

 

 自分が返信できないと知り、憐次は悔しそうにうなる。

 

 

「まあ、そのおかげで穂乃果が無事だったっていうならいいだけどさ。本当なら、俺が戦えたなら……」

 

 

「レンジ。物騒なことを言わないでください。あなたにこそ穂乃果を止めていただきたいというのに」

 

 

「そうか、そうだよな。悪い。……でも、今回のことでさすがに穂乃果もわかっただろ。な?」

 

 

「……え? う、うん。」

 

 

 ぼんやりとどこかを見つめていた穂乃果は、憐次に話を振られて我に返った。

 

 

「……一時はどうなるかと思ったけど。よかったよ」

 

 

「よかったって……。お前なぁ」

 

 

 大変な戦いだったにもかかわらず良かったなどと口走る穂乃果に、憐次は額を押さえた。

 

 

 が、対する穂乃果は、むしろ憐次の態度の方が不思議だと言いたげな顔で答えた

 

 

「え? だって、結果的に海未ちゃんもレン君も無事だったもん。みんなが無事で本当に良かったよ。戒斗先生にはちょっと怒られちゃったけど、今度は気をつければ・・・・・・」

 

 

「・・・・・・そういうことか。まあ、穂乃果らしいけど――」

 

 

「――今度はって、どういうことですか?」

 

 

「え、海未ちゃん。今度って、それは・・・・・・」

 

 

 さっきまで戦っていたにも関わらず、穂乃果は他人が無事でよかったという。

 

 

 憐次は、あきれつつも彼女らしいと思って納得してしまっていた。

 

 

 しかし海未は、穂乃果の言葉に隠れた意思を聞き逃さなかった。

 

 

「また、戦う気なのですか? 今回のようなことがあっても、まだ懲りていないのですか? そんなに、戦いたいのですか」

 

 

 今回は。

 

 

 穂乃果は何気なく使ったつもりかもしれないが、無意識に口から出たその言葉は、彼女の隠れた気持ちを表していると考えられた。

 

 

 今回はと言うことは、次があるということだ。

 

 

 たくさん傷ついたにも関わらずそんなことをいう穂乃果に海未は詰め寄った。

 

 

「う、海未ちゃん。穂乃果だって、戦いたくはないよ? でも、またインベスたちが襲ってきたら、戦わなくちゃ」

 

 

「インベスを殺すことになってもですか」

 

 

 海未の言葉に、穂乃果ははっとしてうつむいた。

 

 

「ほ、穂乃果だって殺したくはないよ。でも・・・・・・」

 

 

「おいおい、海未。せっかく穂乃果のおかげで助かったんだろ? 心配だったのは分かるけど、いまそんな責め立てるのは・・・・・・」

 

 

「レンジたちは黙っていてください!」

 

 

 憐次は、海未の態度を見て彼女をなだめようとした。

 

 

 しかし、いつもはおとなしく滅多に声を荒らげることのない海未の怒声に、憐次は口を閉ざした。

 

 

 海未は、黙る憐次を見てから、再び穂乃果へ向き直った。

 

 

「どうなんですか。はっきり答えてください」

 

 

「・・・・・・私、戦うよ。たとえ、どんなことになっても。・・・・・・それで、みんなが無事でいられるなら、私はそれだけで――」

 

 

「――ッ」

 

 

 穂乃果の言葉を遮り、乾いた音が響きわたった。

 

 

 時間が止まったかのように音がなくなる。

 

 

 憐次は、目を見開いたまま動かない。

 

 

 ふたり瞳には、手を横に振り抜いた海未と、頬を押さえる穂乃果の姿があった。

 

 

「・・・・・・な、なにをするの!」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「ねぇ。なんで?」

 

 

「・・・・・・わからないのですか?」

 

 

 海未は、そう言うと踵を返した。

 

 

「穂乃果、あなたのことは見損ないました。そんなに戦いたいと言うなら、好きにしてください」

 

 

 彼女は、穂乃果に背を向けたままそう言い放つ。

 

 

「なんで、なんでなの?」

 

 

「・・・・・・」

 

 

 なぜ叩かれたのかわからず、穂乃果は縋るように問うが、海未は振り返らなかった。

 

 

 答えなかった。

 

 

「う、海未ちゃん・・・・・・。海未ちゃんの分からず屋!!」

 

 

 海未は、穂乃果の叫びを背に、胸に突き刺さるような痛みを覚えながらも振り返らずにその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 朝から大変な目に遭ったが、海未はいつも通り登校した。

 

 

 インベスに襲われる事件が起きてから、まだ数日しか経っていない。

 

 

 そんなときに、またもやインベスに襲われたなどと言えば、前回のことまで蒸し返されかねない。

 

 

 だから、海未は何気ない顔で登校し、自分の席に着席した。

 

 

 

 

 

 彼女は、ここ数日で二度も死ぬような目にあってきたというのにも関わらず、音の木坂にはいつも通りの光景が広がっていた。ただ一つ違う点と言えば・・・・・・。

 

 

「・・・・・・」

 

 

「・・・・・・」

 

 

 穂乃果が彼女の近くに居ないことだろう。

 

 

 いつも、海未の近くには穂乃果とことりがいた。

 

 

 海未も穂乃果も、風邪などで休むことは小学生の頃からほとんどなく、いつものように顔を合わせていた。

 

 

 今までの人生の中で、一番長い時間を過ごした人物を考えたとしたら、必ず名前が挙がるだろうほどに。

 

 

 だから、穂乃果が海未の近くに居ないことは、周りから見ても異常なことだった。

 

 

「園田さん。今日は穂乃果たちと一緒に来なかったんだね」

 

 

「もしかして穂乃果、風邪。お休み?」

 

 

「それとも寝坊したの?」

 

 

 穂乃果の友達。海未から見れば友達の友達である

 

 

 彼女たちは、海未が穂乃果といつも一緒にいるため、海未と共に登校してこなかったことを不審に思ったのだろう。

 

 

「・・・・・・風邪などでは、無いと思います」

 

 

「そうなの? じゃあ、寝坊して先に行ってるように言われたとか?」

 

 

「まったく、穂乃果は困ったものだね?」

 

 

「学年上がって早々遅刻だなんて……」

 

 

 穂乃果は、友達が多い。良くも悪くもあの性格だ。

 

 

 知らない人に声をかけるのにもあまり抵抗がないようだ。

 

 

 気になった人に次々と声をかけていった結果、彼女の周りにはいつも誰か友達がいた。

 

 

「すみませんが、私にはわかりませんので……」

 

 

 いつも、彼女たちと話すのには気を遣うのだが、今日は穂乃果とのこともあり余計に話したくはなかった。

 

 

 海未が、早々に話を切り上げようとしたとき、後ろでドアが開く音がした。

 

 

 その方向を見て、穂乃果の友達たちは表情をほころばせた。

 

 

「あれ、穂乃果とことりちゃんだ」

 

 

「どしたの? 遅刻するんじゃなかったの。穂乃果?」

 

 

 教室に入ってきた人に向かって彼女たちは、次々に問いを投げかける。

 

 

 それを聞いて海未は、ドア付近へ視線を向け、入ってきた人物を確認した。

 

 

「遅刻? やだなぁ。進級早々遅刻なんてしないよ」

 

 

「そうなの? でも、だったらなんで……」

 

 

「そ、そうだ。今日の授業って、最初なんだっけ?」

 

 

「え? 英語だよ」

 

 

「英語。……だめ。全然わからない。お願い教えて!」

 

 

「穂乃果は、まったくしょうがないな」

 

 

 穂乃果の友達の登場とともに、穂乃果のもとへ移動し始める。

 

 

「あれ。もしかしてケンカしちゃった?」

 

 

「……」

 

 

「もう全く仕方ないな……。あの子本当に馬鹿だから」

 

 

 穂乃果の友達の一人が、腕を組んで仕方がないとため息をついた。

 

 

「仕方ない。私からきつく言っときますか」

 

 

「……やめてください」

 

 

「で、でも……」

 

 

「……たいしたことはないんです。自分でどうにかできますから」

 

 

「そう? なら、いいけど……」

 

 

 彼女は、行為で海未に仲裁を提案していたのだろう。それは海未もわかっていたが、彼女はそれを拒否した。

 

 

 確かに、穂乃果にも正しいところはあったのかもしれない。

 

 

 あのまま穂乃果が戦っていなかったのなら、海未たちがこの世にいないだろうことは明白だった。

 

 

 でも海未は、自分が間違っているとも思っていなかった。

 

 

 どういう形であれ、こちらから歩み寄ったならば、自らに非があったと認めることになる。

 

 

 海未は、それだけはしたくなかった。

 

 

 自分は正しい。その考えは変わらなかったからだ。

 

 

 

 

 

  異性が苦手になる前から、海未は極度の人見知りだった。

 

 

 今では、同姓であればある程度は初めて会った人とも話すことができるが、幼稚園に通っている頃は、同姓にすらおどおどしてしまう調子だった。

 

 

 そんな彼女が完全に気を許せていたのは、憐次とことり、そして穂乃果だけだった。

 

 

 そのため、穂乃果と距離を置いている現在、海未の周りでは全く会話がなかった。

 

 

 結局、穂乃果とは一切会話をせず、放課後を迎えた。

 

 

 最近は放課後の時間のほとんどは、スクールアイドルになるための特訓に費やしていた。

 

 

 そのため、授業が終わってすぐ帰るというのは、珍しいことだった。

 

 

 穂乃果とは、結局帰る時にも顔を合わせなかった。そもそも、彼女は自分が間違っていないという自信があったし、穂乃果から謝罪に来るのならまだしも自分から謝る気は毛頭なかった。

 

 

 どうせ、顔を合わせたところで気まずくなるだけだし意味がないだろう。そう考えて一人で学校から出てきてしまったのだった。

 

 

「海未! 一人なのか」

 

 

「・・・・・・レンジですか」

 

 

 海未が一人で通学路を歩いていると、憐次が息を切らしながら走ってきた。

 

 

 穂乃果との一件の時、彼にも黙って去ってしまっていた。そのため、彼女は気まずさに目をそらした。

 

 

「急いでどうかしましたか? 今日は用事があるので、失礼します」

 

 

「ちょっと待てよ」

 

 

 通り過ぎようとする海未を、憐次は、彼女の手をつかんで引き留めた。

 

 

「穂乃果とは、どうしたんだ?」

 

 

「どうもしませんよ。……穂乃果のことなんて、知りません」

 

 

「知りませんって。お前、それでいいのかよ」

 

 

 憐次も、どこか人の領域に踏み込んでくるきらいがあった。

 

 

 そのおかげで仲良くなったところもあるし、それに助けられたこともあった。

 

 

 でも、いまはうっとうしく感じた。かまって欲しくなかった。

 

 

「このままでいるわけにはいかないだろ。ここは、お前のほうから・・・・・・」

 

 

「謝れというんですか?」

 

 

「海未・・・・・・」

 

 

「私は、間違ったことなどしてません。あなたは、穂乃果が正しいと思っているのですか?」

 

 

「違う。でも、あいつの気持ちもわかってやれって言ってるんだよ。確かに、お前の言いたいこともわかる。でも、お前だって、あいつの考えていることだってわかってるだろ?」

 

 

「ええ、わかっています」

 

 

「だったら――」

 

 

「――でも。……穂乃果はわかっていません。穂乃果には伝わっていると、思っていました。でも、それは私の傲慢。何も、伝わっていなかった」

 

 

 確かに、友達に傷ついて欲しくないと思うのはわかる。海未だってそう思っているのは同じだ。だからこそ、また、戦おうとしている穂乃果が許せない。彼女が自分を傷つけるような行動を取るのが許せないのだ。

 

 

「お前の言いたいことはわかった。でも、だったら・・・・・・」

 

 

 憐次は、海未の気持ちを聞いた上で、彼女に問う。

 

 

「じゃあ、何か伝える努力をしたのかよ」

 

 

 憐次の言葉に、海未は一瞬言葉を詰まらせた。

 

 

「今朝だって、何も言わずに逃げ出したんじゃないかよ」

 

 

「それは・・・・・・」

 

 

 正論で固めていた海未の心が揺らいだ。

 

 

 確かに、ちゃんと伝えずに立ち去ってしまったからだ。

 

 

 あのときは、あれ以上あの場にいるのが辛かった。

 

 

 要するに、逃げたのだ。

 

 

 何からかはわからない。でも、胸がズキズキと痛み、その場から立ち去るよりほかにその痛みから逃れる方法が見つからなかったのだ。

 

 

「的がしっかり見えてないと狙えない。矢が正しい方向を向いていないと当たらない。それに、迷いがあれば手元が狂う」

 

 

「……それは」

 

 

「俺たちが中学生のころ、海未が言ってくれたことだ。俺がうまく行かなくて落ち込んでたとき、弓道場に連れて行ってくれたことがあっただろう」

 

 

 海未そのときの事を思い出す。何かに失敗したのかいやなことがあったのか。理由はよく覚えていなかったが、珍しく憐次が落ち込んでいたのだ。

 

 

 それを見かねた海未は、彼に弓道をやってみないかと勧めたのだ。

 

 

 弓道は、海未が習い事の流れで知り、熱中したものだ。

 

 

 弓道は、常に自分との勝負。人見知りであり、ただひたすらに自分を高めていくことのできるそれに、海未が熱中するのは不思議なことではなかった。

 

 

 彼が言った言葉は、そのときに海未が言った言葉だった。

 

 

 なにかを見失っているように見えた憐次に対し、人とのつき合いが苦手な海未が、どうにか伝えようとして言ったたとえだった。

 

 

 自分が言ったことだ。憐次の言わんとしていることはすぐにわかった。

 

 

「お前、本当にこのままでいいと思ってるのか? あのとき、海未が本当にしたかったことはあんな事だったのか?」

 

 

 憐次は、海未の肩に手を押く。

 

 

 海未は、憐次の言葉に、穂乃果を叩いた手のひらが鈍く痛む。

 

 

「あんな事を伝えたかったのか?」

 

 

 憐次の問いに、海未は自問する。

 

 

 あのときの態度は間違っていたのではないか。

 

 

 穂乃果だって苦しんでいたに違いない。

 

 

 さっさと謝ってしまったほうがいいのではないかと。

 

 

 しかし、その自問に対し、彼女はかぶりを振った。

 

 

 自分はなにも間違っていない。

 

 

 間違っていないのにも関わらず、謝ることの方がよほど間違っている。

 

 

 憐次の言おうとしていることがわかるだけに、よけいに怒りがわき出す。次の瞬間には、彼を突き飛ばしていた。

 

 

「――勝手なこと言わないでください」

 

 

 気づくと海未は、憐次に対して怒鳴り散らしていた。 

 

 

「なにも知らないくせに、わかったようなこと言わないでください。どうせ、あなたも穂乃果の味方なのでしょう。私は、間違っていません!」

 

 

「おい、待てって。海未!」

 

 

 海未は、憐次に背を向けたままその場から立ち去った。

 

 

 彼女は振り返らなかった。

 

 

 自分は間違っていない。呪文のように自分に言い聞かせながら、海未は走った。

 

 

 

 

 

 揺れる心を押さえつけるように。

 

 

 憐次に背を向け走る間、別の言葉が胸に響く。

 

 

「海未が本当にしたかったことはあんな事だったのか?」

 

 

 その言葉が、海未の胸に突き刺さる。

 

 

 始まりは、穂乃果の間違いを正そうとして起こってしまったことのはずだ。

 

 

 冷静に考えてみれば、あの場ですぐに、なにが間違っているか訂正すればよかっただけのことだった。それが穂乃果といざこざになり、いつの間にか憐次にまで当たっていた。

 

 

 本当に、これが自分のしたかったことなのだろうか。

 

 

 そもそも自分は、本当は何について怒っていたのだろう。

 

 

 その自問に、海未は答えることができなかった。

 

 

 

 

 

 憐次から逃げるように別れた海未は、当てもなくぶらついていた。

 

 

「ちょっと、あなたたち。もうとっくに約束の時間は過ぎてるんだけど」

 

 

「え? ちょっとくらいいいじゃない。アンコール貰ちゃったんだから、応えない訳にはいかないでしょ」

 

 

 言い争う声に気がつくと、そこはステージが設置された公園だった。

 

 

 言い争っていたのは、この前、ここでインベスゲームを行っていたスクールアイドルたちだった。

 

 

 どうやら、最初に決めていた使用時間を今使っている方のスクールアイドルたちが無視したために、後に使う予定のスクールアイドルが乗り込んだということらしい。

 

 

「あれ、海未さん。御一人とは珍しい。穂乃果さんたちはどうしたんですか」

 

 

「――っ」

 

 

「そ、そんなに警戒しないでくださいよ。僕、傷つきますから」

 

 

「・・・・・・ああ、ミッチさんでしたか」

 

 

 背後からの声に反応した海未は、声の主から距離をとりつつ振り返った。

 

 

 そこにいたのは、以前ミッチと名乗った青年だった。

 

 

 海未が最大級の警戒を見せたため、ミッチは面食らった様子で頬をかいていた。

 

 

「・・・・・・めずらしい、ですか」

 

 

「まあ、いつも一緒にいる印象だったので。穂乃果さん何か、あったんですか」

 

 

「……」

 

 

 海未がミッチの問いに答えないでいると、彼は顎に手を置いて推理し始めた。

 

 

「穂乃果さんは、周りに事など考えず突っ走るタイプのように見受けられました。大方、穂乃果さんが無茶をしてあなたを怒らせた、と言ったところでしょうか」

 

 

「そんな、単純なことではありませんよ」

 

 

 部長との事があった直後だったからか。海未は、また大きく振れてしまいそうな心を押さえて、静かに返した。

 

 

 憐次や、友達にも相談できなかったのだ。

 

 

 それを、一度二度あった程度の彼に、相談などできるはずもない。

 

 

 海未は、その場を立ち去ろうとした。

 

 

 すると、以外にもミッチは彼女を引き留めた。

 

 

「海未さん。話してみませんか?」

 

 

「……なぜですか?」

 

 

「どういった悩みかは正直わかりませんが、見知った人でないほうが話しやすいということもあるでしょうし、話すだけでもいくらか楽になるかもしてません。それに……」

 

 

「……それに、なんですか」

 

 

 海未が問うと、ミッチは一瞬言葉を止めた。

 

 

 彼は、何かを思い出そうとするように目を閉ると、ほどなく口を開いた。

 

 

「僕の周りにも、そんな感じの人がいた、気がするんですよ。自由で、身勝手で、人に振り回す、そんな人が」

 

 

「気がします、ですか。……あまりはっきりしない物言いですね?」

 

 

「ええ。そうなんですよね。実はあまり思い出せないんですよ。それはそんなに遠い過去の出来事ではないはずなのに、その人の顔も名前もなにも」

 

 

 記憶がない。それを聞いて、海未は記憶喪失だろうかと心配した。

 

 

 が、そんな彼女の表情を見て、ミッチは違うと手を振った。

 

 

「それでも、ぼんやりと覚えていることもあるんです。その人は、頭悪くて、考えなしで、すぐに行動に起こして痛き目に遭っていることも何度かあったとお思います」

 

 

「ひどい言いようですね。・・・・・・その人のことが、嫌いなのですか?」

 

 

「そうですね。本来なら、そうだったかもしれません。いや、実際あの人の嫌いなところは、簡単に出てきます。自分で言うのもなんですが、僕は結構いろいろ考えて慎重にことを進めるタイプです。綿密に練った計画を潰されたときは、怒り狂ったこともあります。自分一人じゃろくになにもできないくせに出しゃばって、余計な世話ばかり焼くんです」

 

 

「・・・・・・そうなんですか」

 

 

 第一印象が温厚そうな青年なだけに、そんな彼からは想像もつかない辛辣な言葉の数々に、海未は苦笑いを浮かべていた。

 

 

 記憶の人は、彼にとって疎ましい存在だったのか。 

 

 

 

 

 

 海未は、彼の言動から推測した。

 

 

 周りのことなど考えず、自分のしたいことをするというその人。聞けば聞くほど、彼女の知っているどこかのだれかに似ている気がした。

 

 

 ミッチのきつい言葉から、その人のことを嫌っている様子がうかがえる。

 

 

 そのため、どういう意図でそんな話をしだしたのか、海未にはわからなかった。

 

 

 そんな自分勝手な人とは付き合わないほうがいいと言いたいのか。彼の話を聞いていると、海未にはそう言いたいように聞こえていた。

 

 

 彼女は、身勝手な相手を肯定することはできないと思った。

 

 

 でも、それと同時に、穂乃果はそんな人ではないと思った。確かに自分勝手で身勝手だ。でも、それだけではないと彼女の心は真っ先に叫んでいたのだ。

 

 

「そしてなにより・・・・・・」 

 

 

 そんな時だった。

 

 

 昔の知り合いを責めるようなことをいうミッチだったが、ふと、接続詞には似合わず、表情がほころんだのだ。

 

 

「いざというとき、自分のことは放っておいて他人のことばかり考えているような人なんですよ。彼のそんなところが、僕は一番嫌いだった。自分の持ってないものを持っていて、いつも周りには彼を慕う人がたくさんいる。彼は、いつも太陽みたいに輝いてた。でも、その輝きは僕には強すぎた。その輝きをみる度に、自分との差を見せつけられているようでつらかったんです」

 

 

 海未もそうだったと共感する。

 

 

 穂乃果を見ていると、引っ込み思案な自分がひどく情けなくなる。

 

 

 それでいて、そんな彼女の姿を見て、勇気をもらえるときもある。

 

 

「その時にはわからなかった。きっと、僕があの人を覚えていないのは、望んで忘れようとしたからだと思います。でも今は、もっとあの人の事をわかろうとするべきだったと思っています。その輝きに、向き合うべきだったんです。それを僕は、後悔してるんです」

 

 

 ああ、一緒なんだ。

 

 

 海未は、やっとミッチの話が腑に落ちた。

 

 

 穂乃果は、海未にとってのあこがれであり目標、とても大切な人だ。

 

 

 ミッチにとってのその人は、海未にとっての穂乃果と同じなのだろう。

 

 

 憧れや羨望は、嫉妬の裏返しだ。

 

 

 穂乃果は、彼女の思うなりたい自分(なれない自分)なのだ。

 

 

「ミッチさん・・・・・・」

 

 

「ああ、すみません。海未さんの話を聞くって言っておきながら僕ばかり聞いてもらってしまって。この話になると、ついつい熱くなってしまって・・・・・・」

 

 

 ミッチは、恥ずかしそうに、はにかんだ笑顔を見せた。

 

 

 彼が意図を持って話していたのかは定かではないが、海未は、彼の話をメッセージのように感じていた。

 

 

 ミッチがどういう意図で話していたにせよ、彼女は、自分の中で絡まっていたものがするりと抜けていくのを感じたからだ。

 

 

 穂乃果への思いも、そして、あのとき本当に許せなかったことがしっかりと分かった。そして、これからしなければならないことも。

 

 

「どうぞ、海未さん。今度こそ、ちゃんと聞きますから。話してみてください」

 

 

「いえ。もう、大丈夫です。ミッチさんの話を聞いて、何か分かった気がします」

 

 

「そうなんですか?僕はただ、愚痴ってただけなんですけど、本当に大丈夫ですか?」

 

 

「ええ。ミッチさんのおかげで吹っ切れました」

 

 

 海未は、空を見上げた。

 

 

 何に腹を立てていたのかがわかったことで、自分が何をしたいのか分かった。

 

 

 まずは、穂乃果とちゃんと話そう。

 

 

 そう心に決めて、なんとなくミッチのほうへ顔を向けた。

 

 

 すると、ちょうどミッチも彼女のほうを見ていた。

 

 

「お互い、身近に困った人がいると大変ですね」

 

 

「本当に、その通りですね」

 

 

 海未とミッチは、どちらからともなく笑っていた。




どうも、幸村です。

今回は、海未ちゃんが穂乃果と仲たがいをしてしまう回でした。

ラブライブ本編では、ケンカするシーンは一期終盤くらいしかありませんでした。
海未は海未で気を使いすぎて言えず、穂乃果は穂乃果で気づきません。

が、極限状態にさらされたならどうなるかと考えた結果、早めの仲たがいとなりました。

とりあえず答えを見つけた様子の海未ちゃんですが、二人がどう収まるのか、次回のお楽しみです。

一方、唐突に表れるミッチさん。
彼はいったい何がしたいのか。
前の話でも、お節介を焼いていた彼の目的は何か。

良からぬことを考えていなければいいのですが……。

というわけで、ここ数話は、海未ちゃんにとっての試練が続きます。

彼女は今回のことで何を手に入れるのか。


それではまた、お会いしましょう

ではでは

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