ラブライブ! -9人の女神と禁断の果実-   作:直田幸村

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第十五話 『違う自分に』

 憐次は今、難しい顔をして目の前のものを見つめていた。

 それは、器だ。

 器の中には、なみなみと注がれたスープが広がっており、その上に叉焼、煮卵、ねぎ、のりなどのトッピングが載せられている。

 スープの中に潜むは、こしの利いた麺。

 その姿を現すときを今か今かと待ち構えているようだ。

「レン兄。いつものやつ、早く頼むにゃー」

「凛ちゃん。おとなしく待ってよ、ね?」

 厨房へ向けて少女の声が響いた。

 彼女はお客様だ。これ以上待たせるわけには行かない。

 憐次は、神妙な面持ちで器を持つと、厨房から顔を出した。

「・・・・・・お待ちどう様」

「やっときたにゃー」

 凛は、カウンターの上に器が乗せられるや否や、自分の元へその器を引き寄せた。

 そして、同時に出されたプラスチックの箸を持つと手を合わせる。

「いっただきまーす!」

 すがすがしいほどに大きな声で宣言すると、彼女は麺を持ち上げきもちのいい音と共にすすった。

 おいしそうに食べる姿は、料理を出した憐次としてもうれしいものだった。最近じゃ、いただきますやごちそうさますら言えない人がわんさか居る。そんな中、最初のいただきますからおいしさのにじみ出るような食べっぷりは、まさに料理人冥利に尽きるというものだろう。憐次は、ただのバイトではあるが。

 しかし、それはそれとして、憐次には彼女に対して言っておかなければならないことがあった。

「なあ、星空。これ、裏中の裏メニューだって自覚して頼んでるのか?」

「ん? それって、どういう事かにゃ?」

「ふつう出さないメニューだってことだよ。っていうかここ、フルーツパーラーだからな」

 そう。憐次の目の前の少女。『にゃ』などと特徴的な語尾で話す活発そうな少女、星空凜(ほしぞらりん)は、この店に来ては平然とラーメンなどとのたまっているが、そこは本来フルーツパーラー「ドルーパーズ」の2号店。決してラーメン屋などではない。あくまでケーキやタルト、パフェなどフルーツを使ったスイーツを専門に扱う店なのだ。

 だったのだが、

「でも、ちゃんとラーメンの用意もしてあるにゃ」

「お前みたいな変わり者しかこないから、こうならざるを得なかったんだ」

「そうなんだぁ。今日も、このラーメン最高だにゃ」

「お前、ぜんぜん聞いてないだろ」

 なぜか本来のメインであるはずのフルーツがふんだんに使われたパフェやケーキのようなスイーツより、凜のラーメンのようにほかのオーダーの方が多いという事態になっている。

 いったいどこから知れ渡ったのか、いまやラーメンのほかにもカレーなど様々な料理が裏メニューの欄に名を連ねている始末だ。

 もはや、いったい何屋なのかわからなくなるレベルだ。

「ええと、ごめんなさい。凜ちゃんがまたご迷惑を……」

「いやいや、なんで小泉が謝る?」

 マイペースな凜に頭を痛めていると、おっとりした気弱そうな少女、小泉花陽(こいずみはなよ)が申し得分けなさそうに凜の代わりに頭を下げていた。

 めがねの奥の瞳がわずかに潤んでいる。

 憐次は、別に怒っていたわけではなかっただけに、突然の謝罪にうろたえてしまった。

「別に小泉が謝ることじゃないぞ。こっちも、出したくて出してるわけだしな」

「じゃあ、べつになにも問題ないにゃー」

「お前は黙って食え」

「はーい」

 とっさにフォローに回ると、凜が言わなくていいのに口を挟んだ。

 憐次が声を低くして言うと、凜はあわててラーメンをすすり始めた。

 

 凜は、この店に来るたびにラーメンを注文する。

 たまにスイーツ系のものを注文することもあるが、それも本当にたまにだ。

 ほとんどの場合、ラーメンを注文し、スープまできれいに平らげていく。

 その食べっぷりと頻度は、太ってしまわないか心配になるレベルだが、運動部にでも所属しているのかいつもスレンダーな体系を維持している。

 太らないことについてはとても便利そうだが、ある一部分に対してもその性質が遺憾なく発揮されており、悲哀を感じざるを得ない。 

「もう、凜ちゃん。せっかく凜ちゃんの為にわざわざ出してくれてるんだよ。もっと感謝して食べないと」

「かよちんはまじめだにゃ。それにちゃんと感謝してるよ? 感謝の証に今日もスープまで全部飲むにゃ」

 そういって、凜はふたたび麺をすする。音を立ててすすることこそラーメンへの礼儀と考えている憐次としては、凜のその豪快な食べっぷりは見ていて気持ちのいいものがある。

「ところで小泉・・・・・・」

 憐次は、凜の食べっぷりに満足すると、彼女をしたためてくれている花陽に声をかけた。

 凜のおかげでいくらか心は満たされていたのだが、思い出したかのようにさっきと打って変わって歯切れ悪い。

 憐次は、花陽を呼ぶとカウンターにあるものをためらいがちに出した

「お待ちどう様。……白米ね」

「は、白米」

 困り顔で凛を見ていた花陽だが、白米という言葉を聞いたとたん、獲物を狙うハンターのような鋭い視線でカウンターに向き直った。

 カウンター上には、白く輝く白米が山盛りに盛られた茶碗が一つ。

 それを確認すると、花陽は顔をほころばせた。

「はふぅ、白米。・・・・・・いただきます」

 箸で一口摘んで、小さな口へと運ぶ。

 米が彼女の口の中へ消えると、

「んんー。白米、最、高」

 天使が舞い降りたと錯覚するほどの満面の笑みを浮かべた。

 憐次は、つい花陽の顔を見つめてしまう。晴天に輝く太陽がごときその笑顔を見つめてしまう。

 しかし、かなしきかな。彼が見つめていたのは、その笑みに見とれていたからではない。

「・・・・・・」

「どうかしましたか、レンジさん。・・・・・・もしかして、おべんと付いてますか?」

「いや、そうじゃない。喜んでくれて何よりだよ、・・・・・・はぁ」

 口ではそういいながら、憐次は肩を落とした。花陽が前言を覆して満面の笑みで白米を頬張っていたからだ。

 どうやら彼女も、凜と同じで好物には目がないようだ。

 材料を用意するのは店長だから、憐次としては困ることがあるわけではない。むしろかわいい女の子が幸せそうにそれぞれの好物を食べている姿を眺めていられるのだから役得しかない。

 が、ラーメンを食べたいならラーメン屋に、白米を食べたいならどこぞの定食屋に行けばいい。

 それが食べたいならどうしてここに来た、と思って苦笑いしてしまうのであった。

「はい。味わって食べますね」

「ああ。そうしてくれ。まあ、ここまで喜んでくれるなら、作ったかいがあったってもんだな」

 疑問は残るものの、店側としては客が入って万々歳。お客の方もどうやら満足している様子。

 両方に得なら、小さな疑問なんて些末な問題だと、憐次は腕を組んで思った。

 

「おい、なんだなんだ? まるで自分で全部考えて作ったみたいな口ぶりじゃねえか。おまえはただレシピ通り作っただけだろ」

「ちょっ。そりゃないぜ、おやっさん。まあ、事実だけどさ」

 人暮らしをしているからといって、憐次に料理のスキルはない。

 所詮バイトであるため当然と言っては当然だが、お客に出せる料理を作れるのはひとえにおやっさんの作ったレシピのおかげだ。

 憐次が少しすねたように言うと、おやっさんはいたずらっぽく笑った。

「あ、坂東さんだにゃ。こんにちは」

「ば、坂東さん。頂いてます。今日も、とてもおいしいです」

「ああ、思う存分食べてくれ。って、またラーメンと白米か……」

 少女たちが自分の店のメニューをおいしそうに食べているということで、何を食べているのか確認しに来たのだろう。

 少女たちの目の前にある料理を見て、憐次と同じように肩を落とした。

 そんなおやっさんこと坂東を見て、憐次はわかるわかるとうなずいた。

「そうなんすよ。こいつら、毎回これしか頼まないんっすよ」

「なあ、憐次さ。俺最近、この店が何の専門店かよくわからなくなってきちゃんだけどさ」

「実際、お客に応えていろんなメニュー出してる時点で専門店と名乗るのに抵抗あるけど、俺もそんな感じっす」

 店員も不安になってくるくらいに、専門店としての専門性がぶれている。

 すると、そもそもお客が正しく認識していないんじゃないかという疑問が首をもたげてくる。

 もしかして、この店の売りを皆が勘違いしているから、皆本来おかしいはずの注文をして来るのかもしれない。

 そう思った憐次は、手近な凛と花陽に質問してみた。

「二人とも。お前ら、ここが何屋か知ってるか?」

「え、フルーツパーラーじゃ無いのかにゃ?」

「そうだよね、凛ちゃん。フルーツパーラーですよね?」

 どうやら、理解していたみたいだ。

「わかってたのかよ。わかってたならなぜフルーツを頼まない?」

「いやぁ。そこにラーメンがあるから、かにゃ?」

「白米こそ、至高です」

「ああはい。そうですか。おやっさん、こんな感じです」

「そうか」

 もはや、悪意しか感じない。

 いや、彼女たちの瞳は透き通っていて純粋そのものだが、悪意があるに違いない。そう思っていないとやっていられない。

 坂東と憐次は、何か自分たちの努力ではどうしようもない何かがあるのを感じた。

「はいはい。提供し終わったら厨房に戻った」

「わかりましたよ」

 これ以上話していても落ち込むばかりだろうと思ったのだろう。

 おやっさんにそう言われて、憐次はしぶしぶ厨房に戻る。

 憐次が厨房に入るのと入れ違いに、入り口扉のベルが鳴った。

 

 

 

 戒斗につかまったことりは、ある店につれてかれていた。

 中に入ると、いらっしゃいという威勢のいい声とともに、天井までそびえるフルーツのタワーに出迎えられた。

 入ってすぐのところがカウンター席になっており、奥にはテーブル席が用意されている。

 すでにカウンターには少女が二人座っており、一人はラーメン、もう一人は白米をほおばっていた。

 少女たちは、学校帰りに寄ったのか制服姿だった。その制服は、ことりも見慣れている音の木坂の制服であり、リボンの色から同じ高校の一年生であることが分かった。

 ことりは、自然と顔を背けて後ろを通り過ぎた。

 フレッシュで明るい店内の様子やフルーツがふんだんに使われた内装からてっきりスイーツをメインに出している店なのかと思ったが、そうではないのだろうか。

 ここはいったい何屋なんだろうと疑問に思っていると、戒斗に一番奥のテーブル席へと誘導された。

「南、そこに座れ」

「……はい」

 なるべく人に聞かれないようにという配慮だろうか。

 一番奥の席は、完全に密室というわけではないがほかの席との間を壁が遮っており、個室のような雰囲気がある。

 そこまで大きな声で話したりしなければ、他人に話を聞かれる心配はないだろう。

 その反面、中で何か大事が起きればすぐに気づくだろうし、逃げられる距離でもある。

 自分の不安を和らげるための配慮だろうかと思うと、ことりは少しだけ安心できた。

 とはいえ、今まで入ったことのない店に連れてこられ、不安は完全にはぬぐえない。

 自然と不安が口から洩れた。

「先生。……どうして、この店に?」

「ここは、俺の知り合いが経営している店なんだ。ここはなかなかいい茶を出す」

「そう、なんですか」

 戒斗は、ことりにファイルのようなものを差し出した。

「メニューだ。好きに頼め」

「は、はい……」

 戒斗に注文を促され、反射的に返事をした。

 しかし返事をしたものの、それならと注文できるほど彼女の肝は据わっていない。

 目の前には、ユグドラシルの関係者が腕を組んでにらんできているのだ。

 立場は、麻薬取り締まり官と麻薬所持者に似ているかもしれない。

 実際に違法ロックシードで捕まった人がどうなるのかは知らないが、ことりにはそのくらいの不安があった。

「頼まないのか?」

「そ、その……」

「……板東」

 ことりが口ごもっていると、戒斗は、ことりの注文の有無を聞かずに店員を呼んでしまった。

「ちょっと待ってくださいねっと。おお、戒斗じゃねえか」

 戒斗の呼び声に応えて出てきたのは、30代くらいのおじさんだった。

 内装にあわせてか、オレンジ色のアロハなシャツを着ている。

 そのせいもあってか、物腰の柔らかそうな人に見えた。

 果物があふれるやわらかい雰囲気で、女性人気が強そうなイメージの店あるため、戒斗の行き着けと言う言葉にことりは疑問を抱いていた。

 が、戒斗が名前を呼んだとたんすぐに店員が現れたのを見て納得した。

「いつものを頼む。……こいつにもな」

「了解。お譲ちゃん、ちょっと待っててな」

 戒斗は、ことりを指差して注文した。

 いつものといわれた板東なる店員は、メモも取らずに厨房へと帰っていく。

 いつもので通じるということは本当に常連なんだなと何気なしに思う。

 しばらくして板東はお盆にティーカップを二つ乗せて戻ってきた。

「はい。お待ちどう様」

 そういって、戒斗とことりの前にひとつずつカップを置いていく。

「これは、なんですか?」

「アップルティーだ。飲めば少しは落ち着くだろう」

 ことりがたずねると、戒斗はカップを手に取りながら答えた。

 香ってみると、ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐった。

「ありがとう、……ございます」

 戒斗に促され、ことりはカップに口をつけた。

 暖かな液体が舌の上をなでる。砂糖などではない果物の優しい甘さが口の中に広がった。

「あ、おいしい」

「だろ? 俺が自ら選んだフルーツ(・・・)を使ったからな。なんだったらホットケーキとかパフェとかも――」

「――仕事中だ。貴様も仕事にもどれ」

「なんだよ、冷てぇな。わかりましたよ」

 ことりのおいしいの一言に、板東はうれしそうに自慢を使用とするが、戒斗にとめられてしまった。

 現在フルーツパーラーであるにもかかわらずフルーツを使った料理がほとんど注文されないというおかしな状況に直面している板東としては、彼自慢のフルーツを注文されそれをおいしいなどと評価されようものならテンションが上がらないわけがない。

 自慢のフルーツについてもっと説明もしたかったしそのフルーツをふんだんに使ったメニューを紹介したかった。

 しかし、戒斗の言うことも確かに正論だ。

 店長ともあろうものが一人の客に付きっ切りなんてことはできない。

 板東は、しぶしぶ厨房へと戻っていった。

 

 

 

「おやっさん。ずいぶんテンション上がってた。どうしたんだよ?」

「ああ。久しぶりにこの店のフルーツをおいしいって言ってくれる人が来てな」

「……それって、フルーツパーラーとしてどうなんですか? まあわかりますけど」

 普段フルーツをメインに扱う店として、フルーツがおいしいと聞くのが久しぶりだというのはいかがなものか。憐次は苦笑いしていたが、すぐに考えを改める。

 彼の視界に二人の少女が入った。

 一人はラーメンの器を前に満足げに腹を撫でており、もう一人はいまだ箸で白米を少しずつつまんで口に運んでは幸せそうに咀嚼している。

 たった今までフルーツパーラーにあるまじき光景を見てきたばかりの憐次は、先ほどとは違った意味の苦笑いを浮かべた。

 そして、今や希有になりつつあるフルーツを注文した客に興味がわいた。

「おやっさん。それで、その珍しい客ってどんな人?」

「珍しいってな……。あの奥の席の人だよ」

 坂東は、珍しいの言葉に頭を掻いたが、その珍しい客の席を指さした。珍しいと認めることに対し、悔しそうに顔をゆがめている。

 憐次は、あいまいな笑顔を浮かべながら坂東が指さした奥の方をのぞき込んだ。

 奥に席に座っているのは二人。奥には男、手前には憐次と同い年くらいの少女が座っていた。

 少女は、ベージュ色の長髪とサイドテールで服装は学生服だった。

 その少女の後ろ姿を見て、憐次は眉をひそめた。その後ろ姿には見覚えがあったからだ。

 気づいた瞬間、憐次はカウンターを出て、店の一番奥の席へと向かった。

 その目には、少女の後姿しか写っていない。つかつかと近づいていき、彼女の肩に触れると、彼女は憐次の方を向いた。

 やっぱりだ。

 正面から確認したことで、彼女のもうひとつのチャームポイントである、ちょこんと前髪が目に入った。

 間違いない。

「なんだ。ことり、来てたのか」

 来てたなら声をかけてくれればいいのにと思い、すぐにここで働いていることを伝えていなかったことに気づく。

 自分が厨房に入っていた時に来てすれ違いになったのかと推測した憐次は、ことりを驚かそうと背後に忍び寄ろうとした。

 そこで、

「ん? ほかに誰かいるのか……。?」

 ことりのいる席の部屋の入口付近にまで近づいて、ことりの向かいの席にもう一人座っているのに気が付いた。

 その場からもう少し近づいて向かいに座る人の顔を確認した憐次は、そこからさらに一歩踏み出した。

 

「ことり、何してるんだよ」

 憐次が声をかけると、ことりは肩をびくつかせて振り返った。

 目が合うと、彼女の瞳が揺らいだ。

「レンジくん。……なんで」

「俺は、ここでアルバイトしてるからな。それよりことり。練習はどうした。今の時間なら、穂乃果たちと練習しているはずだろ?」

「それは……」

 憐次に問われ、ことりは口ごもる。

 ある程度事情が知れているだけあって。下手な言い訳は通用しない。

「貴様には関係のないことだ。さっさと消えろ」

「そういえばあんたは……」

 言葉に迷うことりに代わり言葉を発したのは、ことりの向かいに座る男だった。

 憐次は、その男へ視線を移した。

 どこかで見たことのある顔だなと記憶を探ると、ごく最近の記憶に思い当たる顔があった。

 それは、穂乃果たちと朝練習をしている時だった。

 偶然遭遇したクラック、そしてインベスに襲われていた時。そんなときに笑われた男。その男の名は。

「あんた、たしか駆紋戒斗だな。穂乃果たちから話は聞いるぞ。教師が生徒を連れ込んでいいのかよ?」

 憐次がにらむと戒斗は、めんどくさいやつが来たといわんばかりに舌打ちした。

「貴様は仕事中だろ。さっさと戻れ。板東、従業員の管理くらいしろ」

「そ、そうだぞレンジ。お前も仕事のとちゅ――」

「――休憩入ります!」

 板東の言葉を遮り、憐次はそう告げた。

 休憩中ならかまわないだろうと。

 板東は、瞬時の返しに面食らうが、即座にシフトを計算しそしてうなずいた。

「いや、まあいいけどさ」

「じゃ、私も休憩入りまーす」

「え、イヨちゃんも? まったく勝手すぎだろ……」

 どうやら、この店のバイトは勝手気ままな人が多いらしい。

 レンジが抜けたのに便乗するかのように、女性のアルバイトもスマホをいじりながら控え室へと消えてしまった。

 板東が頭を抱えている。

 そんなバイト二人に振り回される店長を尻目に、憐次は戒斗をにらんでいた。

「なんなんだ貴様は」

「ことりの友達だよ」

「ああ、そうか。インベスに襲われていたとき、園田海未と一緒になって震えていた弱者か」

 憐次のことを思い出した戒斗は、彼を鼻で笑った。

「貴様、なにか勘違いをしているようだな。俺は、違法錠前ディーラーについて話を聞くだけだ」

「あんた、嘘が下手だな。よりにもよってことりがそんな危ないやつらと関わりを持ってるわけ無いだろ。なぁ、ことり……」

「……」

 ことりが、違法な錠前なんかに手を出すわけがない。

 自信満々の憐次であったが、ことりの沈黙により自信は動揺へと変わった。

 答えないことりへ顔を向けると、ことりは顔をそらしてしまう。

 それは、憐次に大して後ろめたいことがあるということ。違法錠前の件に対しての無言の肯定だった。

「ことり、嘘だろ?」

「そういうわけだ。部外者は引っ込んでいろ」

 戒斗としては、部外者に話を聞かせるのは好ましくわなかったのだろう。

 しかし憐次は、戒斗を無視していすを座ると戒斗をにらんだ。

「そういうわけには行かない。俺もここで話を聞かせてもらうぜ。いいよな、ことり」

「そ、それは……」

「こんなやつと二人きりじゃ、都合のいいように誘導されかねないだろ」

「この俺が、そんな姑息な真似をするとでも思っているのか?」

「少なくとも、信用できるとは思ってない」

 にらみ合う二人。

 自分を姑息な弱者だと罵る男ににらみを利かす戒斗だが、さすがにこの程度で冷静を欠きはしない。

「そうか。それで満足するならいいだろう。許可してやる」

 戒斗は、憐次の同席を認めると、さっそくことりへの事情聴取を開始した。

「俺が聞きたいのは2点」

 戒斗は、指を二本突き出した。

「あの錠前ディーラー、シドと会った経緯。そして、この錠前を持っていた理由についてだ」

 戒斗の目的は、シドの居場所の特定だ。

 相手が高校生であるため、実際たいした情報は期待していなかった。

 彼ら錠前ディ―ラーも馬鹿ではない。いや、馬鹿なら苦労せずに狩りつくせる。

 が、戒斗が追う輩はなかなか尻尾を見せない。

 そのため、何か一つでも手がかりが出てきたらいいくらいに考えていた。

 戒斗の思った通りか、ことりは、戒斗の問いに目をそらした。

「あの人、シドさんと会ったのは、本当に偶然で……。あの人から、話し掛けて来たんです」

「やつから話しかけてきただと?」

「はい」

「錠前ディーラーが、たいして金にもならないやつにわざわざ売り込みに来たというのか?」

「それは……」

「奴らにとって商売がすべてだ。だというのに、商売にもならないことを危険を冒してまでするなど、にわかに信じられん」

「でも私、錠前ディーラーがどこにいるかなんて知りませんし」

 錠前ディーラーの居場所を知るきっかけといえば、友達などの人伝いに聞くか、ディーラー本人またはその関係者が売り込みにくるかのどちらかになる。

 前者の場合、ディーラーともともと接点のあった生徒が他の生徒へ情報を流すことになる。

 錠前ディーラーと懇意な生徒のいる学校は、たいていは金持ちが集まる学校か素行の悪い生徒の集まった学校の二つだ。

 しかし音の木坂は、廃校ということもありそこまで金を持っているわけでもない。そこへ集まってくる生徒も錠前ディーラーが標的にするほどの金を持っているわけではない。また、古くから続く伝統校だけあって、素行の悪い生徒も見受けられない。

 それに、ことりの人間関係を見ても、ディーラーと接点のありそうな人物はいない。人伝いに聞いたというのは除外できた。

 それだけ考えれば、ことりの言う通り錠前ディーラー自らが直接売りに来たということも考えられる。

 しかし、先程の後者で考えると素直に納得はできない。ディーラーのやり口は、ロックシードを高額で売りつけるというもの。当然、ディーラーが積極的に狙うのが金持ちだ。金持ちでもないことりに売りにくるというのはとても不可解で納得がいかない。

 やはりことりに直接売りに来た意図がわからなかった。

 とはいえ、戒斗から見ても小鳥が嘘をついているようには見えなかった。このまま、話を長引かせてもめぼしい情報は出てこないだろう。

 そう考えた戒斗は、

「最後に、ひとつ問おう」

「……なんでしょうか」

 最後という言葉に、ことりは気を引き締める。

 変に突っかかられないように、慎重に言葉を選び、早く開放されようと身構える。

「貴様は、なぜ力がほしい」

「……。ですから、このロックシードは、渡されただけでほしかったわけじゃないですか」

 ことりは、一瞬言葉に詰まる。

 さっきの質問との違いがあまりわからなかったからだ。

 それに、戒斗は補足した。

「そうではない。力を欲する理由は何かと聞いている」

「別に。力なんて、ほしくなんか……」

「うそだな」

「うそなんかじゃ――」

「――隠し事が通用すると思っているのか?」

 戒斗の威圧に、ことりは押し黙ってしまう。

「貴様の話を信じるなら、奴は無理やり貴様にロックシードを持たせたのだろう。だが、無理やり渡されたとしてそのロックシードが本当に要らないのであるなら、そこで突き返すこともそれが出来なくとも途中で捨ててしまうこともできたはずだ」

「それは……」

「自分から手放すことをしなかった。それはつまり、その力が必要だったということだろう」

「あんた、いい加減に……」

 憐次も早くことりが開放されることを望んでいたため黙っていたが、さすがに我慢できずに割ってはいる。

 ことりが力を、しかも戦うための力を欲しているなんて考えられない。

 ことりが喧嘩だってしたことないくらいやさしい正確だということを知っている。

「そうですね。本当は、力がほしかったんです」

「ことり……」

 しかし、ことりは白状してしまった。しかも、憐次の持っていた印象を裏切る形で。

「私の友達は、すごい子達ばかりなんです。元気でみんなを引っ張っていける子だったり、冷静に物事を見れる子だったり、みんな何かひとつでもすごい何か持ってるんです。……でも、私には何もない。何もないんです」

 いつもそうだった。ことりは思う。

 穂乃果は、いつもことりをことりの知らなかった世界へ導く。そんな彼女をことりは追いかけるだけだった。

 海未は、冷静に物事を見つめ、ことりや穂乃果を正しい方向へ軌道修正してくれる。そんな彼女を、ことりはただ笑ってみているだけだった。

「その時点でも、私はかなりあの子達から離されてた。なのに、今度はインベスにだって立ち向かえるだけの力まで手にしてました。わたし、怖かったんです。ただでさえ離れた存在になりつつあった二人がもっと離れちゃう。このままじゃ、本当に一緒にいられなくなっちゃうって。だから、力が必要だったんです。……あの子たちと一緒にいるために」

「下らんな」

「なっ――」

 気持ちを吐露したことりの言葉を、戒斗は一言で斬った。

「自分に無いものを他人が持っているから、手っ取り早く手に入る力に飛びついたというわけか。そんなことばかり考えているから貴様のようなやつはいつまで経っても弱者なんだ」

 自分を弱者だと断じる戒斗に、ついにことりは我慢の限界を迎えた。

「あなたにはわかりませんよ、強いあなたには。アーマードライダーに変身できて。インベスにも臆せず戦える。そんなあなたにはわからないですよ!! そうですよ。私は弱者です。いつも他人を気にして、自分から発言なってできません。運動も勉強もそんなにできないし、得意なことなんて何も無い。でも、だからって、強くないたいって思っちゃいけないんですか! 力がほしいって、思っちゃいけないんですか!」

「……貴様は、そうやって自分を誰かと比べ、いったい誰になろうとしている」

「え?」

 戒斗は、飲み終わったカップを置く。

 二人分の代金をテーブルに置き、立ち上がった。

「貴様に教えておいてやる」

 そして、ことりを見下しながら言う。

「貴様は、どう足掻いたところで誰にも成れはしない」

「何なんですか、それ……」

 ことりは、戒斗の言葉を噛み締める。

 自分は誰にもなれない。

 それはたとえば、穂乃果のように元気で誰かを引っぱれるようにはなれないと。またたとえば、海未のように物事を冷静に判断して他を導けるようにもなれないと。

 自分なんかじゃ到底彼女たちと並び立つことなど出来ないと、そんな現実を改めて突きつけられているように思えた。

「……それは、私なんかじゃもうあの二人には追いつけないってことですか?」

 叫ばずにはいられなかった。

 しかし、戒斗は振り返らない。

「ねえ、どうなんですか。……答えてよ!!」

 ことりの叫びが店内に響く。が、すでに彼の背中はそこにはなかった。

 店の入り口のベルが、むなしく彼女の心に響いていた。




どうも、幸村です。

朝練習をさぼってしまったことり。
錠前ディーラーシドと一緒にいるところを戒斗に見つかったあとの話でした。
事情聴取をするために選ばれたのは、戒斗さんの行きつけでもあるあのお店です。
ナイスなおじさまが出てきたり、音の木坂一年生組が現れたりと少しずつ登場人物が増えてまいりました。ラブライブ陣に加え、鎧武陣まで加わるとなると、このまま収拾がつくのか不安で仕方ありません。

とはいえ、今回の話で大切なのはことりちゃん。
自分には何もないという彼女を戒斗さんは一蹴。
ことりは、戒斗からの言葉を受けてどうするのか。
扱いづらさ半端ない憐次は、これからどう動いていくのか。

こうご期待です。

評価、感想お待ちしております。
皆様の声が、私のモチベーションにつながりますので。

ではでは

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