「絵理先輩!! どこに行ったんですか? 早く外に戻りましょう!!」
穂乃果は、絵理が通ったと思われる道を進みながら呼びかけていた。
さすがの穂乃果でも、考えなしに走って帰れなくなっては意味がないことは分かっていた。
絵理を見つけられたところで、帰り道が分からなくなって連れて帰ることはできないのでは遭難者が二人に増えるだけ。
海未やことりを悲しませる事態にだけはしちゃいけない。
穂乃果はそう言い聞かせることで、絵理を見つけられずに焦る気持ちをどうにか押さえていた。
何度目か、穂乃果は後ろを確認した。
まだ、目を細めればクラックの存在を確認できた。でも、これ以上離れたら危ないと感じていた。
「・・・・・・あの人はいったい」
帰れるかどうかという心配とは別に、もう一つ懸念があった。
クラックの近くに佇んでいた少女だ。
絵理を追いかけたのは、単純に助けに行かなくちゃと言う思いがほとんどだった。
ただ、それに加え別の理由が穂乃果をここまで走らせた。
穂乃果をじっと指さしていた少女。彼女に何かを言われた訳ではない。
ただ、絵理がクラックをくぐってヘルへイムへと入ってしまったとき、彼女は穂乃果を見つめながら、穂乃果を指していた指をクラックの方へと向けたのだ。
そのとき、はっきりと見えていたわけでもないのに、彼女の瞳が何かを訴えているように感じたのだ。
あえて言葉にするなら、そこに穂乃果の運命があるとでも言うような何かを。
直接聞こえたわけではない。そもそも、海未達が確認できていなかった彼女が実在していたという証拠はどこにもない。穂乃果が見た幻覚かもしれないし、もしかしたらヘルへイムが見せる幻かもしれない。
それでも、穂乃果は妙に少女のことを考えてしまっていた。
ガサガサッ
「――ッ。・・・・・・絵理、先輩?」
考え込んでいたところ、突然近くの茂みの中から音がした。
驚いて身構えた穂乃果立ったが、もしかしたら絵理が戻ってきたのかもしれないと思いおそるおそる声をかけた。
ガサガサガサッ
すると、近づく音はさっきよりも大きくなった。しかも茂みの枝が大きく揺れ、音の正体がすぐ近くまで来ていることが見て分かった。
おそらくそれは絵理じゃない。
絵理であれば、呼びかけたときになにか返事を返すはずだ。
絵理でなければなんなのか。
未だ姿を見せない何かを思い、穂乃果は唾を飲み込む。
ガサガサガサガサッ
穂乃果の不安に呼応するかのように、何かは今までで一番大きな反応を見せた。思わず穂乃果は一歩後ずさった。
「・・・・・・きゃ」
穂乃果があげた悲鳴。それが引き金となったのか、ついに何かが飛び出した。
穂乃果は、正体不明の何かの出現にしりもちをついてしまった。
目の前にいるだろう何か。しりもちをつくと同時に目を閉じてしまったために、不安だけが増殖していく。
「・・・・・・、ううっ」
それでも、いつまでも確認しないわけには行かない。
お尻に走る痺れるような痛みに顔を歪めながら、恐る恐る目を開いた。
それによって、謎の正体を確認できた。
目に飛び込んできたのは、灰色の虫のような生き物だった。
蝉の幼虫のように丸いか殻で覆われた背中に短い手。そして、粘土に穴をあけて作ったように、ぽっかりと空いた口と目。
決してかわいいとは言えないどころか、怪物と表現する方がしっくりくるそれは、
「なんだ、インベスか」
すでに見慣れたそれを見て、穂乃果は、驚いて損したと肩の力を抜いた。
インベスは、そんな穂乃果を見下ろしていた。
いつも穂乃果が慣れ親しんでいるインベスは、手に乗るほどの大きさで、大きくても三十センチを越えるものは見たことがなかった。
「もう、驚かさないでよ。まったく」
巷で犬と並んでよく見かける生物であるインベスに驚いていた事に気がついた穂乃果は、恥ずかしさに顔を赤くする。
それは、犬にほえられて驚き、後になって恥ずかしくなってくる事と同じ事だ。
なぜならインベスは、犬や猫と並んでポピュラーな生き物なのだから。
穂乃果は、自分にそう言い訳をしながら立ち上がった。
「何でこんなところに? 君も迷子・・・・・・。って、もしかして絵理先輩、この子を追いかけてたのかな?」
「・・・・・・」
インベスは話さない。当然話しかけても返事が返ってくるわけがない。
それでも気持ちを絵理探しに切り替えることで、さっきの恥ずかしさを紛らわすのには役に立っていた。
「絵理先輩、どこに行っちゃったんだろう。もしこの子を捜してたなら、すぐに帰れるのに・・・・・・。ね?」
インベスは話さない。
分かってはいるものの、よく自分のインベスに向かって話しかける穂乃果は、癖で話しかけてしまっていた。
きっと不安もあったのだ。
絵理を探しにきたものの、完全に見失ってしまった。それどころか、そろそろ自分まで迷子になる危険まで出てきた。
そもそも、一人でもんもんと考えることが得意ではない穂乃果は、よく口に出すことで考えを整理する。
答えてくれなくても、話しかける相手がいるだけでどこか救われた気がしていた。
「うーんと。君は、ひとり? ・・・・・・なんてね」
不安を拭えたのはいいが、そろそろちゃんと考えなければと、穂乃果は一人ごちた。
そろそろ真剣に、絵理を追うのを諦めるかどうかを考えようとしていた。
そんなとき、
キュイイイ
考えるためにうつむき加減になっていた穂乃果は、何かをこすりあわせたような鳴き声に顔を上げた。
キュイイイ
キュイイイイ
キュイ、キュイ
いつの間にか重なっていた鳴き声。
うつむいていたほんの一瞬のうちに、一匹だけだったインベスが五、六匹に増えていたのだ。
「うっ。いつのまに・・・・・・。多いなぁ」
気がつくと、十匹くらいになっていたインベスが、穂乃果の前方から覆うように迫っていた。
いくら見慣れているとはいえ、決してかわいくないインベスに囲まれ、戸惑いを隠せなくなっていた。
群で迫ってきたことも相まって、インベスの不気味さが強調されてしまっていた。気付くと、目の前のインベスに対する穂乃果の感情は、戸惑いなどで収まらず、恐怖に変わっていた。
「いったいどうしちゃったんだろう。・・・・・・インベスが怖いだなんて」
きっと、仕方のないことだ。穂乃果は、自分をごまかすように言い聞かせる。
――それは、暗い曲がれ角を曲がったら野良猫達の群に出くわし、睨まれて怖かったとかそういうことに違いない。
「・・・・・・」
言い聞かせても体が勝手に震えて後ずさる。
――それは、
「え?」
インベスの一匹が、小さな腕を目一杯持ち上げた。
小さいとは言ってもインベスの体の大きさと比べたらと言う話だ。振り上げられた腕が穂乃果の顔に陰を落とす。
「・・・・・・うそ」
今まで町でも見かけないことなど無いくらい、日常の一部になっていたインベスが、彼女に牙を剥いたのだ。
「危ない、穂乃果!!」
不意に走る、誰かが飛びついてくる感覚と背中の痛み。
「大丈夫ですか、穂乃果!」
痛みに閉じてしまった目を開くと、覆い被さるような体勢の海未の顔がすぐそばに見えた。
「う、うう海未ちゃん。いったいなにを?」
「なっ。そんなことを言っている場合ではありません。これはいったい、どう言うことですか」
海未と穂乃果は、今し方穂乃果がいた場所に視線を移した。
二人は、ほぼ同時に息をのむ。
インベスの一匹の腕が、さっき穂乃果のいた場所に突き刺さっていたのだ。
「穂乃果ちゃん、海未ちゃん。いったいどうなってるの」
「穂乃果。ことりも、逃げますよ」
「で、でも・・・・・・」
「いいから早く!!」
未だ状況が理解できず呆然とする穂乃果と立ち尽くすことり。
海未に手を引かれ、やっと動き出すことができた。
「海未ちゃん。いったい、どうなってるのこれ? 穂乃果、なにがなんだか・・・・・・」
「分かりませんが、様子がおかしいのは確かです。ですが、逃げなければ・・・・・・」
「海未ちゃん」
海未は、その言葉を口にすることを拒んだ。しかし、隣を走る二人には、分かってしまった。
海未のさっき続けようとして言わなかった言葉。認めたくなくて、現実にしたくなくて口に出さなかった現実。
逃げなければ、『殺される』と。
三人は来た道を戻ろうとして、逆に森の中をさまよっていた。
「クラックはどこ? ことり、もう・・・・・・」
「しっかりしてください。・・・・・・なんで、ここにあったはずなのに」
ことりが膝に手つき、息も絶え絶えの状態で涙を浮かべている。
海未に至っては、地面にひざを突き、地面に握った手を叩きつけた。
インベスが出てくるまではしっかり確認していたが、インベスに襲われて目を離してしまったのだ。
彼女たちが進んだのは一本道。しかも、海未とことりは枝を折って目印を付けながら穂乃花のもとまで駆けつけたのだ。3人は、その目印をたどりながら逃げていた。しかし、目印がとぎれた場所、つまりついさっきまでクラックが存在していた場所には、クラックの陰も形もなくなっていたのだ。
クラックは、いつどこに発生するか分からない次元の裂け目だ。
発生場所もタイミングも全くのランダムで、ユグドラシルでさえ、その出現を発生後にしか確認することができないのだ。
いつ開くかわからない。
ということは当然、開いているクラックがいつ閉じるか分からないという事に、気付いてしかるべきだった。
気付かなかったのは、一人は謎の少女について思考を割いていたため、後二人は、親友を助けなければと気が焦っていたからだった。
ことりは、なぜ穂乃果がクラックを潜ろうとしたときに止めなかったのかと後悔した。
海未は、なぜそんな簡単なことにも気付かず、ことりだけでも残してこなかったのかと唇を噛む。
そして、穂乃果は、二人を巻き込んでしまった自分の軽率の呪った。
後悔は、人に絶望を植え付ける。
そして、そういった絶望はさらなる絶望へ連鎖する。
「きゃっ」
全力で走り、一番ふらついていたことりが、木の根に足を引っかけて転んでしまった。
「ことり。大丈夫ですか」
「ことりちゃん。きゃあっ」
「穂乃果!!」
転んだことりに気を取られ、穂乃果は横から忍び寄るインベスに気づかなかった。虫でも払うような軽い動作だったが、女の子一人を吹っ飛ばすには十分すぎる力を秘めていた。
インベスの腕が当たった。そう穂乃果が理解したときには、すでに背中に激痛が走っていた。木にたたきつけられ、肺の空気が全て吐き出してしまい、地面にたたきつけられたとともに、ゴホゴホとせき込んだ。
「痛い。・・・・・・海未ちゃん、ことりちゃん。大丈夫!?」
そういいながら、目を向ける穂乃果は、大丈夫でないことをすぐに理解した。
海未達を襲おうとしているインベスは、彼女を飛ばしたインベスだけではなかった。
もう追いついてきたのか、他のインベスがきたのか。最初に遭遇したときより、遙かに多数のインベスが迫っていた。しかも、そのインベスの中には、狼のような獣の姿をしたインベスまでいたのだ。
俗に「上級インベス」と呼ばれる、周りの「初級インベス」より力も素早さも段違いの上位個体だ。
「助けに行かなくちゃ。ーー痛い」
穂乃果は、海未とことりのもとへ駆けつけようと立ち上がろうとする。が、手に力を込めて上体を起こそうとしたとき、腕に激痛が走りその場にうずくまってしまう。
先ほどインベスに叩き飛ばされたとき、インベスの腕が当たった方の腕だ。
「・・・・・・なんで、これ」
木に叩きつけられたとき、持っていたスクールバックの中身がぶちまけてしまっていた。
筆記用具や、持ってきていたスクールアイドルの雑誌が散乱してしまっている。
そんな彼女の飛び散ってしまった持ち物の中、倒れていた穂乃果の指先に、堅くて分厚いものがぶつかった。
それは穂乃果のロックシードだった。
いつも一緒に生活してきた相棒を呼ぶための鍵。
錠前という形のそれをなんとか可愛くしようとした穂乃果のデコレーションが施されたものだった。
そのロックシードを見て穂乃果が驚いたのは、それが誰にあけられたわけでないにもかかわらず、解錠されていたからだ。
ロックシードが錠前の形をしているのは単なるデザインでは無い。
インベスは、頼めばほとんどのことはやってくれるし、愛情を持って接すれば絆を結ぶこともできる。
しかし、便利な車が人をはねて殺してしまうことがあるように、料理には欠かせない包丁が凶器として使われてしまうことがあるように、インベスも強大な力を持っていることは間違いなかった。
大いなる力に、責任が伴う。
そんなに便利なものでも使い方を誤れば危険だ。
だからこそ、ロックシードは錠前の形をしている。
ちょっとやそっとのトラブルでは、勝手に開かないようにロックされ制御されているのだ。
もちろん叩きつけられても、簡単には解錠されない。穂乃果自信が間違って偶然開いてしまったならともかく、今放り出されたロックシードがすでに開いていることは通常ならおかしいことだった。
しかし、この現象を穂乃果は何度か経験していた。
倒れ込んでいる穂乃果の背後に丸い陰が刺す。
「うそ。後ろにも・・・・・・」
体を陰の主の方へ向けると、一匹のインベスが穂乃果を見下ろしていた。
反射的に、穂乃果は腕で自分を庇う。襲われると思って目を閉じていた。が、一向に衝撃が襲ってこないため目をあけると、さっきのインベスが穂乃果を襲うことなく海未達を取り囲むインベスの群に向かっていったのだ。
「あのインベスは、いったい・・・・・・」
穂乃果は警戒しながらもそのインベスを目で追っていると、
「あれは・・・・・・」
ひらひらと、そのインベスから何かが舞い落ちた。
いつも見るときより体は段違いに大きくなっていた。そのせいで千切れてしまったのだろう。
それは、一見ただオレンジ色の薄い布切れ。が、穂乃果には大切な意味を持ったリボンだった。
「ほむまん!!」
それは、穂乃果が自分のインベスであるほむまんにプレゼントとしたものだ。
穂乃果が叫ぶと、インベスは一瞬彼女の方へ振り向いたが、すぐさま走り出すと今まさにことりに凶刃を振り下ろそうとしたインベスに向かって体当たりした。
ほむまんは、他のインベスから海未達を守ったのだ。
インベスに絶望し掛かっていた穂乃果は、涙を流した。自分とほむまんは通じあえていたのだと、身をもって示してくれているようでうれしかったのだ
。
「ありがとう。ほむまーー」
キュイイイ
が、ほむまんの悲鳴とともに、穂乃果の顔は再び絶望に染まった。
動けない海未達を抱えて逃げようとしたほむまんの背中に容赦な他のインベスの爪が突き刺さったのだ。
「ほむまん!!」
海未達に覆い被さるように庇うほむまんを、周りのインベスが袋叩きにする。堅い甲羅のような背中にはヒビが入り始め、ところどころから血が流れる。
見ていられない。
穂乃果は目を堅くとじ、耳を両手でふさぐ。
「もういやぁ、やめて。大切な友達をこれ以上いじめないで」
それでも聞こえてくる肉をたたくような鈍い音が頭の中に響きわたり、穂乃果は泣き叫ぶ。
「逃げてください。穂乃花!!」
「逃げて、穂乃花ちゃん」
ほむまんが庇っているため、いまのところ無傷だった海未達だが、自分たちがもう助からないと悟ってしまったみたいだった。
「いや。3人じゃなきゃイヤだよ。ことりちゃん、早く立ってよ!!」
穂乃果は、ぶつけた背中をかばいながら叫ぶ。が、ことりはそんな穂乃果を見て、諦めたように首を横に振る。
「ことりの事はいいから、早く!!」
「ことりは私がつれていきますから。・・・・・・穂乃果だけでも行ってください!!」
「そんな・・・・・・」
この状況は、穂乃果のせいだ。
自責の念が、穂乃果の中を渦巻く。
ユグドラシルを素直に待っていれば
こんなところに入ろうとしなければ
「ああ、ああ、ああ。・・・・・・イヤだイヤだイヤだ!!」
穂乃果は、頭を抱えてうずくまる。
2人を逃げる事なんてできない。かといって、2人を助けに行くこともできない。
頭が熱くなり、吐き気がする。
どこにも逃げ場のない感情が暴れだし、頭をかきむしる。地面にたたきつける。
「穂乃果。穂乃果は・・・・・・」
「逃げちゃおうよ」
「え? だれ?」
その瞬間、声とともに世界が静止した。
海未もことりも、彼女たちを取り囲むインベス達も。
木々も草花も1ミリも動かない。
そんな中にただ一人、動く陰を穂乃果は見つけた。
「誰って、分かるでしょ?」
「嘘・・・・・・」
「嘘ってなに? ・・・・・・穂乃果だよ。穂乃果」
彼女は、穂乃果に瓜二つの顔をした少女だった。
自分を穂乃果と名乗る少女。
でも、彼女が自分なわけがない。
穂乃果は、自分にそっくりな別人をにらみつけた。
自分なはずがない。
もし自分ならこの状況で、友達が襲われているこの状況で、あんなに笑っているはずがないのだから。
「逃げちゃいなって・・・・・・。そんなことできるわけ――」
「――でも、穂乃果が行ったって、二人を助ける事なんてできないよ。死ぬのが二人から三人になるだけ」
「そんなこと言わないでよ。二人を見捨ててなんて、諦めて逃げるなんて、そんなことできないよ」
「さっきもそうだったよね」
「さっき・・・・・・」
「廃校になる。でも諦めたくない。そういって穂乃果は、二人の手を無理矢理引っ張った。そして、その結果こうなったんだよ」
「そ、そんな・・・・・・」
「穂乃果がそんなこと言わなければ、スクールアイドルになりたいなんて言わなければ、二人はここには居なかったんだよ。それって、今二人が危ないのって穂乃果のせいだって事だよね」
「・・・・・・」
穂乃果は、否定したかった。でも、できない。全て真実だったからだ。
絶望に蒼白な表情の穂乃果。
そんな彼女に穂乃果《しょうじょ》は、対照的にほほえむ。
穂乃果が苦しむ姿を楽しんでいるように。
穂乃果《しょうじょ》は、ほほえみながら2本の指を立てた。
「穂乃果にはね。二つの選択肢があるよ」
「選択肢?」
「そう。選択肢。優柔不断な穂乃果に代わって、状況をわかりやすく整理してあげるってわけ」
穂乃果は、穂乃果《しょうじょ》をすがるように見つめる。それが愉快だったのか穂乃果《しょうじょ》の微笑みは、輝きを増した。そして穂乃果《しょうじょ》は指を1本立てた。
「一つは二人を置いて逃げる。やっぱりおすすめはこれかな? 無駄なことしないで自分が生きる事を考える。ありがたいことに穂乃果の大親友二人は先に行ってくれって言ってくれてるしね。ここで逃げたって納得してくれるよ」
「ふ、二人を見捨てる」
時間が止まった世界で、穂乃果は今まさに襲われようとしている二人の親友をみる。
四方をインベスに囲まれ、自分たちが一番危ない状況に居るというのに、彼女たちは、今も穂乃果の方を見て叫んでいる。
早く逃げてと。
「無理だよ。そんなことできるわけ無いよ」
「大変美しい友情だね。でも、なにもできないくせにそういうことを言うのは、偽善だよ。がんばったけどだめでしたって自分を納得させるためのポーズにしか見えないよ」
「違う、違うよ。・・・・・・穂乃果、そんなつもり・・・・・・」
「ふぅ。・・・・・・じゃあ、おすすめしないけど二つ目」
穂乃果《しょうじょ》は、ため息をついて二本の指を立てた。
「無謀にも戻って、三人仲良く殺される。まあ、美しい友情って美談にはなるかも知れないね。語る人はいないけど」
「・・・・・・死ぬ?」
「死ぬ。そりゃ死ぬよ。だってあの大群だよ?」
穂乃果《しょうじょ》は、海未達を指さす。叫んだまま静止した彼女達の周りを形を持った死が取り囲んでいる。
このまま動き出したなら、振り上げられたインベス(しにがみ)の腕(かま)が確実に二人の体を、命を刈り取るだろう。
二人を助けに行くと言うことは、あの死が渦巻く中に飛び込むという事だ。
「・・・・・・だ、だめ」
恐怖で震えている体が、より一層大きく震え出す。
穂乃果は、自然と自分を抱く力を強めた。
助けに行きたい。その気持ちに嘘はない。
そのはずなのに・・・・・・。
「いやだ、死にたくない。・・・・・・死にたくないよ」
動かない。
動けない。
時間が止まっているのなら、今が二人を助ける絶好のチャンスのはず。
それでも、動けないのだ。
心がどう思っていようと、体が全力で拒否しているのだ。
死にたくない、と。
「もう、わがままだな。死にたくないし、目の前で親友に死んでほしくもない。助けに走りだそうと思っているのに、同時に逃げようとしてる。本当に、本当にわがままだよ」
穂乃果《しょうじょ》は、呆れたような声音でつぶやく。が、同時に彼女は笑っていた。そんな矛盾までもが、穂乃果を苦しめる。
穂乃果《しょうじょ》の言っていることは正しいのだ。
そして、穂乃果《しょうじょ》は、穂乃果の中の矛盾を浮き彫りにするのだ。
見たくないものを容赦なく突きつけるのだ。
穂乃果も気付いていたのだ。
自分は、前から矛盾の塊だった。
楽しいこと、夢中になれることを探しながら、いつも巡り会えない。
やってはみるものの、どうしても熱中する事ができない。
いつもどこかで、冷めてしまう。
夢から現実に戻るように、覚めてしまうのだ。
穂乃果は、気付いていた。
それは、自分が熱中することを求めているからだ。
熱中することは、探して見つけるものじゃない。
いつの間にかなっているものだ。
なぜなら、熱中すると言うことはそのことが頭から離れなくて、いつのまにか自然とそのことを考えている。そういうことを言うのだから。
もう聞きたくなかった。
つらい現実も、本当の自分も、全部全部、なにもかも。
「いっそ。・・・・・・全部、忘れたい」
「はは、ははは。そっかぁ。・・・・・・じゃあ、そんな穂乃果に三つ目の選択肢をあげちゃおう」
穂乃果のこぼしたつぶやきを、まるで待ってましたと言わんばかりのタイミングで、穂乃果《しょうじょ》は第三の選択肢を提示する。
穂乃果《しょうじょ》は、穂乃果に手の中のものを差し出した。
それは、穂乃果が今まで見たことのない色、形の実だった。
見れば、周りに生えるツタにも同じような実がなっていることが確認できた。
「三つ目の選択肢は、この実を食べて、全て忘れてしまうこと」
「全てを、忘れる・・・・・・」
「怖かったよね。死ぬほど怖かったよね。木に叩きつけられて背中もすごくいたいよね? 腕も折れちゃってるかもしれないのに、それでも二人を助けようとがんばったよ。こんな事、全て忘れちゃいたいよね?」
「うん。・・・・・・痛いよ、怖いよ」
甘い言葉に、穂乃果は逆らえない。
もう見たく無い。聞きたくない。
今、完全に閉ざした穂乃果の心には、穂乃果《しょうじょ》の声しか響かない。
「・・・・・・忘れられるなら、忘れてしまいたいよ」
「その実を食べれば、全てを忘れて楽になれるよ」
「・・・・・・本当に?」
「うん。穂乃果は十分がんばったよ。大好きな学校を救おうとがんばったんだよね?」
「・・・・・・うん」
「みんな廃校はイヤだ。悲しいっていいながら誰も立ち上がろうとしなかった。そんな中、一人立ち上がった。それだけですごいよ」
「・・・・・・うん。・・・・・・うん」
「無理だって親友に言われても、穂乃果はがんばったよ。親友を説得して、いっしょに夢を叶えようとしてた」
「うんうんうん。がんばったんだ。・・・・・・穂乃果、がんばったんだよ」
「そうだね。でも、もう十分だよ」
「その実を食べれば、何でも思い通りにする事ができるようになるよ。学校は廃校にならないし、スクールアイドルとしては大人気になって引っ張りだこ。もうがんばらなくったって、穂乃果が幸せに暮らせる世界が手に入るよ」
「幸せな、世界」
「そうだよ。早く食べて。もうこんなつらい世界、捨てちゃおうよ。・・・・・・その実、すごく美味しそうでしょ?」
穂乃果《しょうじょ》に促され、渡された実を見る。
周りのツタになっているものもさっきまでも、感じたことなど無かった。
でも、今回見たとき、
「ああ、ああ・・・・・・。すごく、美味しそう」
いままで、どんな食べ物にも感じたことのない、もはや脅迫されているように強烈な食欲に駆られる。
その実を見ていると、全てがどうでもいいと感じた。
全てを放棄してでも、食べたい。
そう、思った。
食べたい。
食べたい。
「食べたい!!」
――やりたいことが見つかったんなら、それは大事にしないとな。
「・・・・・・っ!!」
果肉を包む葉のような皮を剥き、白いジェルのような果肉にかぶりつこうとした時、どこかで聞いた言葉が頭に響いた。
いつだっただろうか。
混濁した思考に漂う記憶。それは、遠い昔の事のように感じる。
でも、それは確かに最近の記憶だった。
それは、海未とことり以外のもう一人。
大事なもう一人の親友の記憶。
――本気でかなえたい夢だと言うことは伝わってきましたから。
――穂乃果ちゃんの本気の夢。三人でなら、きっとかなえられるよ。
続いて、親友二人の声も響いてくる。
そっか。
穂乃果は思い出す。
ほんの少しの間だったけど、本気でがんばりたいって思えるものに巡り会えれ、彼に励まされ、彼女たち二人と一緒にやっと踏み出そうとしたところだったんだ。
諦められない。
こんな始まってもいないのに諦められない
これじゃあ、後悔だって出来ない。
穂乃果は、三人が自分に手をさしのべてくれるのを見た。
片方の手で体を支え、もう片方の痛む腕を伸ばし、その手を取った。
すると、三人は笑う。三人の笑顔が自分に光をくれた気がした。
「思い出した・・・・・・。」
「どうしたの? 早く食べなよ」
「やっぱりだめだよ。簡単に手に入るものなんて、努力もしないで手に入れる幸せなんて、やっぱりだめだよ」
穂乃果は、震えてがたつく足に力を込める。
「それに、やっぱり諦められない。忘れるなんてできない。忘れるって事は、穂乃果のわがままにつきあってくれた海未ちゃんとことりちゃんの気持ちも踏みにじることだもん。私、すごく諦めが悪いみたい。やっぱり二人を見捨てて逃げることも、安易な道に逃げることもできないよ」
「じゃあ、死にに行くって事? それはただの無駄死にだよ」
「ううん。穂乃果も死ぬ気はないよ。自分の命も諦めない」
穂乃果が宣言すると、さっきまで、穂乃果が食べようとしていた実が姿を変える。
現れたのは、硬質なロックシード。
それは、穂乃果が持っていたロックシード。
シールなどでデコレーションされた、彼女だけのロックシード。
穂乃果の為に倒れた、彼女のインベスが遺したロックシードだった。
「本当に欲張りだね」
「うん。穂乃果欲張りなんだ。二人の命も自分の命も大事。どっちも諦めたくない。それに・・・・・・」
一度目をとじ、もう一度三人の笑顔を思い描き、心に刻む。
もう、折れてしまわないように。忘れてしまわないように。
「それに、約束したんだよ。やりたいって思ったこれだけは、なにがあっても諦めないって!!」
主であるインベスを失い色あせたロックシードを握りしめる。
今はもう色あせたそのロックシードに光が灯る。
暖かなオレンジ色の光に、絶望に冷え切っていた穂乃果の心が溶けていく。
オレンジ色の光とともに姿を変えていく。
外側の灰色の殻にひびが走り、そのひびからより強い光が漏れ出す。
さらにもう一つ。穂乃果の近くに転がっていたユグドラも、実の光の呼応するかのように光を放ち始めた。
「なに、これ・・・・・・」
二つの光が収まると、それは全く別のものに姿を変えていた。その内手に握っていたそれは、穂乃果もよく慣れ親しんだもの。
「オレ、ンジ・・・・・・」
が、今まで穂乃果が持っていたロックシードとは、見た目が異なり、オレンジの意匠の施されていた。
一つ目の光の結果を確認すると、穂乃果はもう一つの光の正体を確認する。
「これ、ユグドラ、なの?」
手に取ったユグドラだったそれは、見たこともない形になっていた。
ロックシードをはめ込む場所があったから何とか判別できたものの、少なくともそれはいつも使っていたユグドラではなかった。
通常のユグドラより大きく広がっており、ロックシードをはめる部分の横には刀のようなアクセサリがついていた。
ユグドラには、腕に巻くタイプや手首に付けるタイプもある。でも、大きさから考えて、腕などにはとりつかない。もし、体のどこかに付けるとするならと考えたとき、穂乃果にはそれがベルトのバックルのように見えた。
ほんの思いつきで腰にそれを当てたところ、横側からベルトが延びると穂乃果の予想通り、腰に巻き付いた。
それをじっと見ていた穂乃果《しょうじょ》は、最後の確認のように問う。
「それが穂乃果の選択なんだね。なら、この先にどんなつらいことがあっても、苦しいことがあっても、諦めちゃだめだよ。・・・・・・もう、諦めることは許されない。自分で決めたことなんだから」
「そうだね。私はもう諦めない。めいいっぱい欲張っていくよ!!」
穂乃果は、ロックシードのハンガー部分引き上げて解錠する。
すると、海未とことりを庇い倒れていたほむまんがオレンジ色の光を発っし、光の玉となって穂乃果の頭上に飛んできた。
その光はまるでオレンジの果実を象っているようにも見える。
「・・・・・・ほむまんも、力を貸してくれるんだね。ごめんね。いつも助けてもらってばっかりで・・・・・・」
そんなことはないと言うような、いつもの優しい鳴き声が聞こえ、穂乃果は涙を拭った。
「今度は、穂乃果も一緒に戦うよ」
ベルトのドライブベイに解錠したオレンジのロックシードをはめ込み、ハンガーを押し込み再びロックする。
「ロック、オン!」
その動作の瞬間響いた電子音に驚きながら、しかし、その目はぶれない。穂乃果は、カッティングブレードに手を掛け、力を込めた。
法螺貝の音色が穂乃果の決意を鼓舞するように鳴り響く。
「それを降ろしたら、もう戻れなくなるよ」
「うん。でも、やらずに後悔するよりはましだと思うから」
穂乃果は、穂乃果《しょうじょ》に向かって微笑むと、カッティングブレードを降ろした。
「ソイヤッ!!」
刀で果物を切るように、ブレードが通るとともにキャストパットが開いた。オレンジの切り身が現れたのを合図に、頭上に輝いていた果物を象った光球が穂乃果に被さった。
「オレンジアー・・・・・・、ザザッ」
光球の中で、穂乃果の体に金属でできた果実が被さる。が、電子音の間にノイズが入り、その金属の果実がはじけた。
「オレンジドレス。花道、オンステージ!!」
「なら、進みなさい。あなたの思いのままに」
少女は微笑んだ。
光の奔流とともに姿を現した穂乃果は、少女を見て、
「うん。行ってくるよ。ありがとう」
微笑み返した。
少女の笑みは、さっきまでの含みを帯びた笑みではなかった。
どこか優しい、しかしベールが掛かったように表情の読めない少女の笑みだった。
それは、きっと奇跡だ。
なんの取り柄も、なんの力もなかった私が、誰かの助けになれる。
誰かのために戦える。
誰かの笑顔のために戦える力がこの手に入れることができるなら、これ以上に望むことはない。
穂乃果がベールを払うように手を振ると、彼女の周りを覆っていた光の玉は、果汁が飛び散るがごとくはじけた。
穂乃果は、ベルトに輝くオレンジの意匠を掲げるロックシードを見て思う。
これはきっと、奇跡なんだって。
そのとき穂乃果は、そう思ったんだ。
やっと、やっと書けましたよ。
とはいっても、変身までですがね……。
どうも、幸村です。
ラブライブと仮面ライダーのクロスオーバー作品を多々拝見させていただいてますが、あまり人がやっていないことをやりたいなと思い、今回は穂乃果さんに変身していただきました。
仮面ライダーとはいえ、あのかわいいお顔を隠すのはもったいない(文章なので仮面の絵すら出ることはありませんが)ということで、大きく改変してステージドレスということにしました。
もはや、仮面ライダーとして出すことが許されるのかという疑問が頭の中をよぎるどころか往復中ですが、このギミックを使って話を盛り上げられたらと考えています。
もちろんちゃんとライダーも出す予定です。
次回は、ついに穂乃果ちゃんがインベスと戦いを繰り広げます。そして、俺様なあの人の影も……。
出したらいいなと思います
多くに人の目に触れ、楽しんでいただけることを祈って。
ではでは