ヘルへイムの森を抜け出した穂乃花、海未、ことり。
ヘルへイムに入る前は、始めようと意気込んでいたアイドルについて、話の花を咲かせていた。しかし、命の危機にさらされやっとの思いで脱出してきた彼女たちは、すぐに気分を入れ替えることなどかなわず、それぞれ黙って家路についた。
海未は、家族に心配をかけまいと、平静を振る舞って帰宅した。何とか家族に気付かれないように振る舞った海未だったが、自室に入った瞬間、布団の中へと潜り込んだ。自分だけしかいない部屋で、緊張の糸が切れた海未は、自分で自分を抱きしめて泣いた。
唯一足を怪我してしまったことりは、音の木坂学院の理事長でもある母に怪我の理由を問われた。階段から落ちてしまったと嘘をついたことりは、すぐさま病院に連れて行かれた。幸い、軽い捻挫という診断で、すぐに帰ることができた。そのとき、咄嗟に嘘をついてしまい、その夜は罪悪感からなかなか寝付くことが出来なかった。
穂乃果は帰宅後、妹の雪穂、母、父を見つけるなり、無言で抱きついた。
いつもだらだらしているイメージで定着していた為、雪穂には呆れられ、両親には心配されるなどしたが、三人とも黙って彼女を受け止めてくれた。そのおかげで、部屋へ戻る頃にはすっかりさっきまでの恐怖を忘れていた。
そのかわりに、鞄の中からそのとき手に入れたアイテムを眺めていた。
それは、オレンジのロックシードとベルト型に変形していたユグドラだった。変身時には、ロックシードを装着するためにドライブベイ、変身トリガーであるカッティングブレードがあった。しかし、戦闘を終えて変身を解いたとき、いつの間にか元の大きさの戻っていた。
今は、スマートフォンくらいの大きさで、刀のような印がついている以外は、普段にユグドラとそう変わったところは見られなかった。
変身して、親友を救い、襲いかかってくる敵を撃退したことを思い出す。
まるで休日の早朝にやっているような、魔法少女や変身ヒロインのように変身してしまったことに興奮していた。
しかも、スクールアイドルを始めようと思っていたときに変身した姿が 、アイドルのステージ衣装のようなドレスだったのだ。インベスに襲われ怖い思いをしたが、だからこそ運命だと思った。
命を掛けて手にした力がアイドルを模した姿だったのだ。それは、自分にアイドルになれと、何かがそう告げているように思えたのだ。
ふと、ユグドラを腰にあてがってみた。すると、いままでふつうのユグドラだったものが、左右に広がって戦極ドライバー相当の大きさとなった。
穂乃果は、姿見にドライバーをつけた自分の姿を映して、ドライバーの位置を直したりしてみる。寝間着に硬質的はドライバーは似合わなかったが、そんなことなど関係なしに、おもむろにロックシードを構える。
神妙な顔をしている自分を見つめながら、息を吐いて吸い、そして、
「変身!!」
彼女は、そう叫ぶとロックシードをドライバーにセットしカッティングブレードを降ろした。
「ソイヤ! オレンジドレス! 花道、オンステージ!!」
頭上に現れたオレンジ色の光球が穂乃果の体を包み込んだ。
「はあ!!」
気合いとともに光のベールを払うと、あの時のステージドレスを身にまとった彼女の姿が目の前に現れた。
「おお。これ、本当に穂乃果。なんだ・・・・・・」
鏡の前で、ひらひらのスカートをつまみ上げて、右に左に体を揺らし、自分の姿を確認してみる。
今まで着たことのない服をみて、鏡に映る自分の顔がどんどん綻んでいった。
「変身! 変身! 変身!!」
一度ロックシードを外すと、ポーズをとって再びドライバーにセットし、光とともにドレスを身にまとう。ポーズを変えてはロックシードを外して付けてを繰り返し、ポーズと自分の姿を確認した。
「へへへ・・・・・・。こうかな? これも・・・・・・」
変わる変わるポーズを試し、アイドルとしてステージに立ったときの自分を想像していた。もしかしたらロックシードで、アイドルになるための問題の一つであった衣装について解決できるんじゃないかと考え、ドレス姿でポーズを決めるのに集中していた。
そのため、彼女の部屋のドアが開いたことに、すぐには気付かなかった。
「お、お姉ちゃん・・・・・・。なにしてるの? さっきからすごい音してたけど・・・・・・」
雪穂と目があう。そのときは、ロックシードをドライバーから外しており、ちょうど変身ポーズを決めているところだった。変なテンションで特に考えていなかった穂乃果は、両足をがに股に開き、両手で頭の上にロックシードを掲げると言ったヘンテコなポーズをとっている最中だった。
「・・・・・・雪穂。ええと、これは・・・・・・」
「お姉ちゃんの趣味をとやかく言うつもり無いけど、・・・・・・静かにしようね?」
「ええと、雪穂? 違うんだよ、これは・・・・・・」
「・・・・・・じゃあ、お休みっ」
雪穂は、それだけ言い残すと駆け足で自分の部屋へ戻ってしまった。
「雪穂、違うのー!!」
開かない扉の前、穂乃果は、羞恥に顔をしながら弁解の言葉を叫んだ。
昨日の今日でも、三人は学校を休むことはしなかった。
特の海未とことりは、うまく寝付けなかったり、泣きはらしていたりで、決していいコンディションでは無かった。それでも、無理にでも平気を装って、学校に行かなければならなかった。
休んだとなれば、いろいろ聞かれたり調べられたりされるだろう。そうなれば、ユグドラシルへ通報をしたことから、三人がヘルへイムへ無断で入ったことがわかってしまうと考えたからだ。
「ねえ、これからどうしようか?」
「これからとは、何のことですか?」
海未は、泣きはらして赤くなった目元を化粧で隠していた。
普段はあまり化粧などは恥ずかしくてしない海未だが、今回ばかりは仕方がないと腹をくくっていた。
他人にばれないようにと一番気にしていた海未は、頭の中にはそれしかなく、穂乃果がなにを言っているのか、まるで見当もつかなかった。
それを見て穂乃果は、頬を膨らませた。
「なにって、アイドルのことだよ。廃校を何とかしなくちゃでしょ」
「ああ、そうですね」
海未は、穂乃果の言葉を上の空な状態で聞いていた。
「そうですね。……じゃないよ! しっかりしてよ海未ちゃん。音の木坂の未来は、穂乃果たちにかかっているんだよ」
「そうは言いますが・・・・・・」
どうも暗い海未は、思わずことりの足を見てしまった。
「ごめんね、ふたりとも。ことりが怪我なんかしなければ・・・・・・」
ことりが、怪我した足を引きずりながら、申し訳なさそうに頭を下げた。ギブスをするほどではなく包帯で固定するだけで済んでいるため、そこまでひどいけがではない。が、医者からは絶対安静にしているようにと念を押されており、当然ダンスの練習などの体を激しく動かすことは禁止されている。
二人も合わせているため、いつもより歩みがゆっくりだ。
ことりのせいではないのだが、海未は、彼女の怪我を見るたびにヘルへイムの森や襲い来るインベスを思い出してしまう。それが、彼女を後ろ向きな考えに導いてく。
「やっぱり、やめておいた方がいいんじゃないでしょうか? やろうと決めたとたんにあんなことが起きて・・・・・・」
「なっ。急になに言うの? 一緒にやろうって言ったじゃん」
「ですがこれは、何かにやめろって言われているような・・・・・・」
後ろ向きな海未の意見を説得しようとする穂乃果だったが、海未が言おうとしていることもわかっていた。
実際、穂乃果もヘルへイムで、生きることをもあきらめそうになったのだ。
全てを忘れて、投げだそうとした。
今になっては、あの果実を食べていたらどうなっていたのか、知る由もない。
そのときは、三人の親友の言葉に助けられたが、もしあのとき果実を食べていたらと思うとぞっとする。
きっと、あきらめなかったから、今がある。そう感じた穂乃果は、いま諦めそうになっている海未へ、思ったままを口にした。
「それは違う。むしろ逆だよ」
「逆?」
「そうだよ。あんな危険が目にあったのに、・・・・・・ことりちゃんは少し怪我しちゃったけど、でもみんな無事にここにいるんだよ。これって奇跡だよ。むしろ困難にぶつかってもあきらめるなって、神様も言ってるんだよ」
穂乃果は、屈託のない笑顔でそう言った。
そんな笑顔がどこから出てくるのか、海未にはわからなかった。
おそらく一番怖かったのは穂乃果だったはずだと、海未は思っていたからだ。
海未とことりは、襲われる恐怖にただ震えていることしかできなかったのだ。それに比べ穂乃果は、二人のために自分も怖いにもかかわらず、二人を助けに走ったのだ。
確かに、穂乃果は、二人にないような力を手にしていた。だからと言って、今まで普通の生活しかしていなかった少女が立ち向かうには、その恐怖は大きすぎる。
もし自分がその力をあの時手にしていたなら。想像しただけでも、海未はすくんでしまう。
それなのに穂乃果は、海未の前で笑っている。一番大変な思いをしたはずの穂乃果が笑ってまた壁に立ち向かおうとしているのに、そこで逃げ出すなんてずるいと思った。卑怯だと思った。
今度こそ、一人で戦わせたりなんてしないと、海は思ったのだ。
だから、海未も笑った。
「そうですね。そうかもしれません。・・・・・・まったく、穂乃果にはかないませんね」
「へへへ。それに、穂乃果もさすがに懲りたし、勝手に危ないとこ行ったりしないからもうあんなことは起きないよ」
「そうですね。次危ないことしようものなら、本当に首輪とリードを付けますからね」
「ちょっと、それは勘弁してよ」
「危ないことをしなければいいだけの話です」
穂乃果とくだらない話をしたおかげで、海未の後ろ向きな考えはどこかへ行ってしまった。
海未は、穂乃果に諦めるなだとか偉そうなことを言っておいてなんだと自分を叱咤した。そして今度は、後ろ向きではなく、これからスクールアイドルとして活動をしていくためにどうしていくべきかを現実的に考える。
皆を引っ張っていくのは穂乃果の役目、そして、穂乃果の夢物語に現実味を持たせるのが海未の役目なのだ。
「スクールアイドルとして活動するのはいいですが、ことりの足が治らなければ、体を動かす練習は出来ませんね」
「廃校までいくら猶予があるかわからないんだから、早く何か始めないとだけど・・・・・・」
ことりは、そういって自分の足を見る。
自分の怪我のせいで練習が出来ないことに負い目を感じていることりに、海未は心配するなと微笑む。
「ことり。練習をすると言ってもまだなにも決まっていませんし、どうということはありません。それよりも、足の具合はどうなんですか?」
「うん。ただの捻挫だって。だから、一週間もあれば大丈夫だろうって」
「そうですか。では、ここ一週間くらいは、どのように活動していくのかというところを詰めていきましょう。結局、昨日はなにも決められませんでしたから」
「うん、意義なし。やっぱり、一緒に練習しなくちゃね」
「穂乃果ちゃん、海未ちゃん。ありがとう」
「それじゃあ、早速決めよ。まずはやっぱりグループ名だよね。たとえばね・・・・・・」
そうしてまずは、グループ名について会議が始まった。
三人とも、お互いに無事でよかったと心から思った。怖い目どころか、命を失うかどうかという体験までした。にも関わらず、今は三人とも笑顔だった。
どんなつらいことも、三人一緒なら乗り越えられる。そんな親友に巡り会えたことを心から感謝するのだった。
穂乃果たち三人は、未だグループ名を出しあいながら歩いていた。
みんなそれっぽい名前を思いつくものの、どれも今一つといった感じでなかなか決まらない。
そうこうしているうちに、三人は校門の前まで来ていた。
「どのようなご用件ですか?」
「なにか、お探しですか?」
頭を悩ませていると、ふと、三人の耳に黄色い声が沸いているのに気がついた。
見ると、校門の片方の柱を取り囲むように音の木坂生が人だかりを作っていた。
その人だかりの中心にいる人は、スーツを着た男性。
彼は、女子高生に囲まれながらも、うっとしそうに顔をしかめながら腕を組んで柱に寄りかかっていた。
誰を待っているのか知らないが、女子校の校門前にわざわざいるとは、よほどの目立ちたがりなのだろう。
そのくせ不機嫌そうにしている矛盾が気になるが、スクールアイドルとしてこれからどうするか決めなくてはならない海未たちにとっては関係ないことだ。
三人は、人だかりを避けて学校へ入ろうとした。
そのまま通り過ぎればよかったのだが、海未は、ちらりと男の方を見てしまった。
「・・・・・・ん」
「あ、・・・・・・」
すると、ちょうどその男と目が合ってしまった。
しまった。
そう思い二人の手を引いてその場を離れようとするが、ことりは怪我をしていて急には動けない。
男は、海未と目が合うと、群がっていた人だかりをかき分け向かってくる。
海未が再び彼を見たときにはすでに目の前にいた。
「見つけたぞ。・・・・・・高坂穂乃果」
男は、そういうとおもむろに穂乃果へ手をのばした。
それを遮ったのは海未だった
「あ、あなたは誰ですか。なぜ、穂乃果の名前を?」
「しらばっくれるな。貴様の顔は、ヘルへイムで確認した」
「――っ。もしかして、あの・・・・・・」
赤い騎士、と言いかけて口をつぐんだ。
しかし、さっきの反応は、ヘルへイムにいたという男の考えに確信を与えるのには十分だった。
「貴様等には話がある。来てもらおうか」
男は、海未の腕をつかんだ。
人見知りの海未は、見知らぬ男性にさわられ、鳥肌が立つのをかんじた。それが引き金となり、海未は、周りに向かって叫んだ。
「みなさん助けてください。この人、ストーカーです。誰か先生を呼んできてください!!」
「ああ?」
捕まれた瞬間に海未が発した言葉を、男はすぐには理解できなかった。しかし、それを聞いて色めき立っていた生徒たちがどよめき出す。
そして、
「なに、ストーカーだって?」
教師たちも駆けつけてくれた。
駆けつけてくれたのは、体育教師の山田先生だった。
朝はいつも、門番のように校門にいて、遅刻者を罰したりしている。
そんな彼女は、レスリングをやっていたこともあり、音の木坂の男性教師陣より強く、信頼が厚いのだ。
そんな彼女は、ストーカーだと呼ばれた男を見るなり、ゴキゴキと指を鳴らしながら近づいていった。
「こんな朝っぱらの校門前でよくも堂々と出来たもんだね」
「ちょっと待て。貴様、何か勘違いをしている――」
「――問答無用。女の敵は、成敗!!」
「き、貴さっ。貴様等待て。――ええい、放せ!!」
強行しようとした男に、最初に山田先生がタックルをかますと、通りがかりの男性たちもそれに加わって、男を羽交い締めにした。さすがの男もその人数は振り払えないようで、手足をばたつかせて喚いていた。
「今のうちに行きますよ」
「あの人、大丈夫かな? それに、ストーカーなんて言っちゃって・・・・・・」
「いいんですよ。こんなところまで追ってきて、突然私たちに襲いかかろうとしたのですよ? とりあえずストーカーで間違いはありません」
「そ、そうだね」
まるで汚いものでも落とすように、男に捕まれたところを何度も払っていた。
穂乃果とことりは、ストーカーとして制裁を受けようとしている男を心配していたが、海未の強い口調に納得してしまった。
「二年、高坂穂乃果、園田海未、南ことり。至急理事長室まで来てください」
放課後。
海未たちは、今朝の一見で何かあるだろうと予想していた。
今朝の男は、ヘルへイムに関わりのある人間だろうことはわかっていた。公衆の面前でヘルへイム内にいたと公言する人間は、よほどのバカかヘルへイムに唯一立ち入ることが出来るユグドラシルの人間だけだ。そして、
男は後者だろう。
ユグドラシルの人間は、ヘルへイムのことに関して事情聴取することはある意味当然であり、それをありもしない言いがかりで拒んだのだ。
それを考えれば聞かれることは、ヘルへイムでの出来事についてだろう。
突然触れられたからと言って、なぜあのような後先考えない行動をとってしまったのか。
海未は、悔やむが時すでに遅し。
せめて聞かれることが、なぜヘルへイムに入ったのかだけであることを祈るのみだった。
「あら。あなたたちは、さっき放送で呼ばれていたわね。いったいなにをしたのかしら?」
「えっ。絵里・・・・・・、生徒会長」
三人それぞれなにを聞かれるのか考えながら歩いているときだった。
彼女たちの視界の隅を、絹のような金髪がくすぐった。
すっかり忘れていた。と言うよりは、自分たちの命だけで精一杯で、ついさっきまでヘルへイムに入った理由をも忘れていたのだ。
目の前に現れたのは、彼女たちがヘルへイムに入った原因であり、ついに見つけることの出来なかった絢瀬絵里だった。
命を掛けた非日常から離れ、冷静になりつつあった彼女たちは、絵里を見てあの日の出来事で抜けていたことを思い出した。
ヘルへイムに入る絵里を見た時、真っ先に走っていった穂乃果は、飛びかかるくらいの勢いで絵里の無事を直接確かめた。
「絵里生徒会長。無事だったんですか?」
「ちょっと、いきなりなに。・・・・・・いったい何の話かしら?」
「何の話って、どうしてヘルへイムに入っといっちゃったんですか? 穂乃果たち心配して・・・・・・」
ヘルへイムという言葉に絵里は、はっと息を飲んだ。
それは、心配を掛けてしまったことに対する罪悪感からきたものかと思ったが、海未には、何か別のことによるもののように感じられた。
その証拠に、絵里の口から出たのは、謝罪でもなければ感謝の言葉でも無かった。
「ヘルへイムに入った? なにを言っているのかわかりませんが」
「え、だってあの時・・・・・・」
「あ、エリチ。なにしとるん?」
「ああ、希。いえ、何でもないわ」
穂乃果は追求しようとしたが、横からの声に遮られた。
その声の主は、独特なエセ関西弁で生徒会長を親しげにあだ名で呼んでいた。そんな人は、音の木坂に一人しかいない。
「そっか。ほなら、早う生徒会室へ行こか?」
「そうね、わかったわ。ちょっと待ってて」
二つのお下げと包容力のある笑顔が特徴の彼女は、東條希。絵里と同じ生徒会の副会長を務める少女だ。
「変なことを言っていないで、あなたたちは早く理事長室へ行きなさい。」
希に急かされた絵里は、穂乃果たちに向かってそれだけ言うと、すたすたと立ち去ってしまった
「ちょっと待ってくださ――」
「――穂乃果ちゃん。生徒会長のことも気になるけど、今はお母さんのところに行かなくちゃ」
「・・・・・・そうだね、ことりちゃん。行こっか」
途中で言おうとしていたことを中断され、釈然としない穂乃果だったが、
自分のせいで遅れて、二人まで余計に怒られることになったら考え、ことりたちに付いていった。
「失礼します」
「どうぞ、入ってください」
ノックをし、理事長の許しを得て部屋の中へと入った。
部屋の中には、ことりの母親である理事長と、案の定校門で会った男の姿があった。
これで間違いなくヘルへイムに入ったことについて聞かれると、海未たちは確信する。
「まずは、あなたたち。この方に見覚えは有りますね?」
おどおどして答えられない穂乃果とことりを見て、代表して海未が口を開く。
「・・・・・・はい、今朝のストーカーです」
「いいえ。あなたたちはちゃんと知っているはずです。この方は、ユグドラシルからお越しいただいた、九紋戒斗さんです。あなたたちは以前、この方と会っているようですね」
「いいえ、知りませ――」」
「――貴様等、俺をはめようとはいい度胸だな。」
理事長が口を開こうとしたところ、戒斗は、割って入ってきた。
眉間の当たりをひくつかせているところを見ると、相当今朝のことが気に障ったようだ。
「なにもかも、知らないで通すつもりだろうが、これで言い逃れはできんぞ」
そう言って、彼は、スーツのポケットに手をつっこんだ。
取り出したのは、薄い手帳のようなもの。よく見ると、それは穂乃果の生徒手帳だった。
「それ、穂乃果のだ!」
「ちょっと穂乃果!」
考えなしに受け取ろうと前にでる穂乃果を、海未は止めに入った。
海未は戒斗を睨んだ。
言い訳できまいとふんぞり返っている戒斗に、敵意を向けたのだ。
海未が戒斗に対して攻撃的になる理由は多々あったが、一番の理由はヘルへイムでの邂逅時の出来事だった。
インベスに追いつめられた穂乃果を助けたと思いきや、彼女に槍を突きつけたのだ。
どう言うわけか、目の前の穂乃果をそのときの少女と認識していない様子。
でも、話が長引けばぼろが出てくるだろうし、何より穂乃果は隠し事が苦手だ。ひとたびステージドレスの少女と穂乃果が重なってしまえば、どんな行動にでるかわからない。
話を早く切り上げるため、海未は頭をフル稼働させて論理を構築し始めた。
「そ、それは・・・・・・。
「少し前だと。これは昨日拾ったんだが?」
「そうですか。昨日見つけてすぐに届けに来てくださるとは。さすが、かのユグドラシルコーポレーションの方です」
「これは、クラック発生の通報を受け、ヘルへイム探索中に発見したものだ。これがヘルへイム内にあったことはどう説明する」
「クラックは、神出鬼没ですから。何かの拍子に入ってしまったのかもしれませんね。クラックは、横穴だけではなく地面にも現れることがあると聞いたことがあります」
「ちっ」
戒斗が舌打ちをしたところで、海未はほっと胸をなでおろした。
もともと、ヘルへイムを常時監視しているというユグドラシルなら、映像を取っていてもおかしくない。それを出されていたら、まず言い逃れは出来なかっただろう。
しかし、それを最初に出さなかったということは、それを出せない何らかの理由があるということだ。
もし出せないなら、勝機はある。海未は、早く話を切りあげるために口を開こうとした。
「いいだろう。なら、これならどうだ」
が、戒斗はそれを許さなかった。また、戒斗はポケットを探った。
次はなにを出してくるのか身構えていた。
なにが出てきても冷静に対処しようとしていた海未だったが、突き出されたものを見て言葉に詰まってしまった。
彼が海未に突きつけたものは、一枚の写真。
そこに写っていたのは、異形の果実が生る森の中、突きつけられた海未をじっと睨んでいる海未自身だった。
「確か、ヘルへイムには入っていない。そう言ったな。だが、貴様と写るこの果実は、ヘルへイムにしか生息していない主の植物のものだ。なぜそんなものと写る写真が存在するんだ?」
「そ、それは・・・・・・」
「そして、貴様」
「ことり、ですか?」
「貴様のその怪我、階段で転んだと親に話したようだが、ヘルへイムで負った怪我ではないのか? 」
「その・・・・・・」
さすがの海未も、自分の写った写真の前には言葉が出ず、ことりはうつむいてしまった。
戒斗も頭が切れる。
明らかに目的は穂乃果だが、彼女への追求が難しいと判断すると、三人の防衛線である海未の口を止めた後、一番気の弱そうなことりに標的を変えたのだ。
海未は、唇を噛む。
反論したかったが、反論するならばヘルへイムについて触れなければ説明できないところまで来てしまっていた。
海未は、横目でことりの様子をうかがった。
守るべき優先順位から考えれば、明らかに一番ねらわれていて、知られたらまずいネタを持っている穂乃果だ。
ステージドレスの少女が穂乃果かもしれないと言う疑念の段階でならまだ大丈夫なようだが、戒斗のなかで同一人物であると言う確信が生まれてしまったなら、どうなってしまうかわからない。
なにせ、出会い頭に武器を突きつけてくる人間なのだ。
そんな男なら、ユグドラシルの関係者という立場を盾になにをしようとするかわからない。
海未は、たとえ自分を犠牲にしても穂乃果を守ると腹をくくっていた。しかし、ヘルへイムに入った疑いをかけられているのは、海未だけでなくことりもだ。
海未が認めると言うことは、必然的にことりもヘルへイムに入ったことを認めることになる。
様子を確認しようとする海未とことりの視線が重なった。
それを見て、海未は口を開いた。
「すみません。嘘をついていました。本当は、ことりと二人でヘルへイムへ入ってしまいました」
「ふん。・・・・・・なに、二人だと?」
「はい。二人です」
予想とは異なった告白に、戒斗は海未を睨みつける。
戒斗と同じく予想外に驚いた穂乃果が口を開こうとするが、海未は視線でそれを制した。
ことりと視線を交わしたとき、
――ことりのことはいいから、穂乃果ちゃんを守って。
彼女の瞳は、そう語っていたのだ
穂乃果には、ヘルへイムで命を救われているのだ。
今度は、自分たちが穂乃果を助ける番だ。
同じ思いを共有していた二人は、これから罪を告白しようと言うのに晴れやかな気分になっていた。
「そうなんです。うそ付いてごめんなさい。ヘルへイムに入っちゃだめだってわかってました。でもことりたちのインベスがヘルへイムに入っちゃって、追いかけなきゃって思って入っちゃったんです」
「それは本当なの、ことり?」
理事長であることりの母は、ことりの告白を聞いて、少し低い声で聞き返す。それにことりは、
「うん。入っちゃだめだってわかってたから、怒られると思って、怖くなって・・・・・・。ごめんなさい」
瞳に涙を浮かばせて謝罪した。
もはや、本当なのか嘘なのか見分けが付かないほどの迫真の演技に、穂乃果を守るために彼女と競合する海未すらドキリとしてしまうくらいだった。
「ちっ、もういい。もう二度とヘルへイムに立ち入るな」
ことりの必殺の一撃が奏したのか、戒斗は舌打ちをすると一言説教をこぼすと、海未を睨みつけながらもぶっきらぼうに生徒手帳を差し出した。
「どうした。いらないのか?」
「穂乃果。ありがたく受け取っておきましょう」
「え? ああ、うん。・・・・・・そうだね。ありがとうございます」
未だ戒斗に敵意むき出しの海未にたじろぎながら、穂乃果は、戒斗から生徒手帳を受け取るために進み出た。
が、穂乃果が生徒手帳を受け取ろうと手を伸ばしたとき、逆に戒斗の方が彼女の腕をつかみ引き寄せた。
「え?」
戒斗は、動揺する穂乃果へ顔を近づけると、彼女の耳元でささやいた。
「貴様が、鎧武か?」
「え。がい、む?」
「な、ななな、なにをしているのですか。破廉恥な!!」
海未は、あわてて彼から穂乃果を離そうと二人の間に入った。
そのとき、海未と戒斗の目が交錯した。
どうやら戒斗は相当の負けず嫌いな様子。
海未へ向けた挑戦的な笑みが、全てを物語っていた。
海未への仕返しの為に穂乃果を使ったのだ。
「じゃまをしたな。俺の用はもう済んだ」
仕返しをして満足したのか、はたまた本当に目的を達成したのか、戒斗はそれだけ言い残して理事長室から出ようとしていた。
「待ってください、九紋さん」
「用は済んだと言ったはずだ、弱者ども。それに、焦らずとも、何度も顔を合わせることなる」
「そ、それはどういう……」
「言う必要はない。知りたければ、そこの学園長に聞け」
戒斗は、一度立ち止まったが室内を人にらみすると、有無を言わせず扉の向こうへ消えた。
学園長を含めた四人は、そんな彼の姿を呆然と見ていた。
去り際に戒斗の口走った一言など、気になることは多々あった。
しかし、その場にいた全員が、考えていたことは全く別のことだった。
怒りで顔を真っ赤にした海未を筆頭に、穂乃果、ことりは思う。
穂乃果に行った戒斗の行動を見ては、海未が言ったストーカーと言うのも変態だという意味においては間違っていなかったではないかと。
「海未ちゃん、ことりちゃん。ごめんね」
「いいんですよ。穂乃果には、こんなことでは返しきれない恩がありますから。それに、元はと言えば、私が穂乃果の手綱をつかみ損ねていたのがいけなかったのです」
「それ、ふつうに責められるより来るものがあるんだけど」
「穂乃果ちゃんが謝ることなんてないよ。それに、結果的によかったって思うんだ」
海未に続き、ことりは頬をさすりながら言った。
その頬の赤みは、理事長室で負ったものだ。
戒斗が帰った後、ことりの母は、ことりに本当の追求した。
嘘がばれてしまった以上、ことりは、穂乃果のこと以外は全て真実を話した。
ことりが全てを話し終わると、ことりの母は、ことりの頬を張った。
いつも優しそうで怒ることなど想像できないことりの母親が、穂乃果たちの前で手を挙げたのだ。
それを見て、穂乃果たちが衝撃を受けていると、ことりの母はことりを抱きしめた。頬から伝う涙が、ことりのことを思っていることを物語っていた。
ことりは、母親の腕の中で、何度もごめんなさいと泣き続けていた。
「今回のこと、正直に言えなくて本当は苦しかったんだ。本当のことを言えて、胸に引っかかってたものがとれたみたい。だから、穂乃果ちゃんは謝らないで。むしろ、ことりが穂乃果ちゃんに感謝してるんだから」
すっかり、胸のしこりもとれたようで、ことりはすがすがしい笑顔を見せた。
「穂乃果。これからアイドルになろうって言う人が、そんな暗そうな顔をしていてはいけませんよ」
「海未ちゃん」
「まだ、なにも決まっていないのですから、今日は、絶対何か一つは決めてしまいますよ」
「うん。ことり、いい案をたくさん出しちゃうよ」
「海未ちゃん、ことりちゃん。そうだね。……あ、そうだ」
穂乃果は、ふと思い出したように鞄の中に手を突っ込んだ。
「どうしたのですか穂乃果?」
「二人とも。スクールアイドルをする前に、一番大切なことを済ませなくちゃ」
穂乃果は、そういうと一枚の紙を取り出した。
穂乃果、海未、ことりは、生徒会室で絵里、希と対峙していた。
彼女たちの間には、一枚の紙があった。
その紙には、部新設申請書と書かれていた。
期待に胸を高鳴らせている穂乃果率いる三人に対し、生徒会側の二人は険しい顔でその紙を見つめていた。
「これは、・・・・・・何ですか?」
「はい、アイドル部新設の申請書です」
「いえ、それは見ればわかります」
即答する穂乃果に、絵里は嘆息する。
「悪いけれど、部活の新設には、初期メンバー最低でも五人は必要になるの。だから、この申請書を受け取ることはできないわ」
「ですが現在、メンバーが五人以下の部活も多く存在していると聞いてます」
「それでも、設立当初のメンバーは五人以上だったはずや」
絵里に反論する海未だったが、希によって返されてしまう。
「わかりました。五人ですね?」
穂乃果は、生徒会長のあまり感情の見えない事務的な返答にもめげず、生徒会室を後にする。
後二人集めれば、文句も言わないだろう。
穂乃果の頭には、アイドル部を設立させることしか頭になかった。
そんな、穂乃果を引き留めたのは絵里だった。
「なぜ、こんな時期に部活を立ち上げようなんて……。あなたたちは2年生でしょう?」
普通、ほとんどの生徒は入学時に既存の部活に所属し、最後までそこで部活で活動する。部活を新設するにしても、1年生が申請をするのがほとんどだ。
今まで、二年次に部活を新設しようとした例を、絵里は聞いたことがなかったのだ。
ましてや今この学校は、これから廃校になろうとしているのだ。
新設したところで活動期間は長くとも二年間。こんな時期に部活を新しく始めるなど、絵里には理解ができなかったのだ。
「私たち、廃校を阻止したくって……。知ってますか? 今すごく人気なんですよ、スクールアイドル。スクールアイドルがいる学校は、ほかの学校よりも入学者が多くなっているんです。」
「スクール、アイドル・・・・・・。それなら、たとえ五人集めて来ても認められません」
「どうしてですか?」
「あなたは、廃校を阻止するために部活を始めたいといたわ。だけど部活は、自分たちのためにやるものであって廃校を阻止するなどといった理由でやるものではないからよ。それに、校長先生をはじめとする職員の方々が前から対処しようとしてできなかったなの。あなたたち一般生徒がいまさら何かをしたところで覆るものではないわ」
「うっ」
穂乃果の脳裏に、昨日ことりから聞いた話がちらつく。
ことりの母である音の木坂理事長ですらできなかったという事実がなおも深く突き刺さる。
「そんな、無駄なことに時間を費やす余裕があるなら、進路を考えるとか、自分たちのための部活に打ち込むとか、もっと有意義な事の時間を使うことを考えなさい」
「行こう。海未ちゃん、ことりちゃん」
「穂乃果……」
「穂乃果ちゃん……」
踵を返す穂乃果に、海未とことりは心配そうにつぶやいた。
やはり、大人ができなかったという事実は、何度聞いても響くものがある。
しかし、あきらめないことを義務付けられた穂乃果は、その言葉を受けとめた上で前へと踏み出す。
「まずは、五人集めなきゃね。……また来ます」
穂乃果は、笑顔で振り返るとあきらめないと面と向かって生徒会長たちに宣言した。
それは、五人集めても認めないといった絵里に対しての宣戦布告。
穂乃果の、あきらめないという意思表示だった
そんな穂乃果を見て、海未たちは思わず笑ってしまう。
新たなやるべきことを見つけた穂乃果は、生徒会長らに一礼すると生徒会室を飛び出して行ってしまう。
海未たちも一礼すると穂乃果の後を追った。
穂乃果は、生徒会室のすぐ横で待っていた。ことりが追いつくと、再び歩き出す。
「海未ちゃん、ことりちゃん。やること、いくつか決まったね」
「……そうですね」
「まずはメンバーを五人に増やして、部活の申請をして。そうだ。新入生をメンバーに引き込むためにライブをしなくちゃ」
「うん。なんだかとても大変そうだけど、頑張んなくっちゃ。そのためにも、わたしは早く足を直さないとね」
「ええ。その間に、どのようにメンバーを増やすか、そもそもどのような曲でライブをするのかを決めないとですね。本当に、やるべきことがたくさんです」
やることはたくさんある。まだ始めたばかりでほとんど何も知らない状態で、ここまで課題が出てくるのだ。
しかし、穂乃果たちは、その状況を楽しいと感じていた。
それは、親友と同じ目標に向かっているからだろうか。本当にやりたいことだからだろうか。
「うん。今から考えただけでも大変だろうけど」
おそらく、どっちもなのだろう。
穂乃果は、窓から空を見る。そして、その場で天高く手を突き出した。
「……絶対に、廃校なんてさせないよ‼」
「「おー‼」」
二人もそれに倣い空に手を突き出した。
彼女たちは、今この瞬間が自分たちにとってかけがえのない宝物になっていくのを確信していた。
穂乃果たちが去った生徒会室。残された絵里と希は、ふぅと息を吐いた。
「エリチ、さっきの件かと思ってハラハラしてたやろ」
「別に。そんなこと……ないわよ」
「ホンマに? さっきも、あの時も、うちが間に入らなかったら危なかったと思うんやけどな」
「……それについては、ありがとう」
「ふふ。どういたしまして」
ハラハラなどしていないといっていた絵里だったが、内心焦っていた。
何度も確認したはずだったのに、ヘルヘイムへ入るところを見られてしまったのだ。しかも、よりにもよって音の木坂の生徒に。
今朝、穂乃果たちに言われた時には、突然のことで驚き、希が助け舟を出してくれなかったらうまく逃げられなかったかもしれない。
絵里は、希に感謝しつつ、次はもっと警戒しなければと自分を戒める。
そう、もっと気を付けなければならない。今回のことだってそうなのだ。
「絵理ち、ついにうちらの高校にも、出てきてもうたね。スクールアイドルやりたいって子」
「そうね・・・・・・」
「でも、よかったやん。この学校にもスクールアイドルが誕生すれば、きっと廃校のことだって――」
「――駄目よ」
「でも、エリチ……」
「駄目よ。そんな方法での解決はさせない」
絵里の目が、決意に満ちた目に変わる。
「彼女たちをスクールアイドルにさせるわけにはいかないわ。絶対に」
絵理は、デスクの下で手を握りしめる。その手の中には、果実の意匠の施された錠前があった。
どうも、読者様から感想をいただき感激している幸村です。
嬉しいですね、感想をもらうのは。誰かに読んでもらえているとう実感がわくので、さらに感想がいただけるよう頑張って書いていきたいと思います。
ともあれ、今回は戦闘が終わって日常編といった感じです。
ヘルヘイムでの死闘を経て、それでもスクールアイドルを始めると決意を固めた三人が、ついに生徒会へ部活動新設の申請を出しました。
題はあんな感じで付けましたが、メインはこっちになりますでしょうか。
三人がヘルヘイムへと足を踏み入れるきっかけとなった絵里とその親友である希が登場しました。最後に絵里が握りしめていたロックシードを何を示すのか。
請うご期待です。
メイン話はそんな感じでしたが、しっかり戒斗さんも襲来しました。
音の木坂に姿を現した戒斗さん。その行動は、単に穂乃果たちがヘルヘイムへ入ったことをとがめるためとも取れますが、最後に残した言葉の意味とは。
とりあえず、戒斗さんは変態ではありません。負けず嫌いなだけなのです。
次回は、5人以上でなければ設立できないという部を作るため、アイドルとして、動き出したい……です。
しかし、海未さんたちの変身回もやらなければならないので、アイドル始めるのもいくらか先になりそうです。
なるべく早く話を進めたいと思っています。早く登場させたい人たちがたくさんいますので。
ではでは