待ちわびていた人がいると願う私です。
なるべく納得いくものを届けたい思っていますので、これからもよろしくお願いします。
では、どうぞ
東京都千代田区。
ユグドラシルが日本支部を構えるこの場所は、以前の拠点である沢芽市がそうであったように急速に開発が行われた。
特に全国展開のために試験運用がされているロックシードによって、千代田区内の町の風景は、ほかのものとは少し異なったものとなっている。
町中には、沢芽市でも試験運用されていたバイクに変形するロックビークルに始め、新開発の四輪型などのロックビークルが区内を走っている。このロックビークルは、使用者の運転スキルに関係なく、使用者が目的地を思い浮かべるだけで自動で走行するものである。そのため、通常車両の免許を取るよりも簡単な試験で免許を取ることができ、それでいて事故も未だ発生していないため、持ち運びの利便性からも全国展開が一番見込まれているロックシード商品だ。
そのほかにも、衣服になるロックシードや、持ち運びが困難なものをロックシード化したものなど、沢芽市でも使われていなかったロックシードの試験が行われている。
これらの商品は、もちろんユグドラシル公認の販売店でのみ取り扱われるものである。未だ試験運用の段階であるため、ここで重大な問題が発生すれば計画自体がとん挫する恐れがあったからだ。
沢芽市では、ユグドラシルの内部反乱による情報流出で、計画は途中でストップしてしまった。
計画再開をもって社内の人員の見直しを行い、拠点を新たにした先がこの千代田区だった。
沢芽市での失敗を受け、ユグドラシルはロックシードの万全の体制でこの事業に臨もうとしたのだ。
が、拠点を移した先にも、彼らは現れてしまった。
沢芽市での、計画の中止のきっかけになった存在だ。
すでに沢芽市での教訓から、ロックシードの不正販売、利用への対策は万全に行っていた。
そのため彼らは、沢芽市で行っていたような表立った行動は行わない。が、だからこそユグドラシルは、彼らに手を焼いていた。
人のいるところから少し離れた路地裏に、少年は一人、あたりを確認しながら入り込んでいった。
見た目は、高校生くらい。
白い気品あふれる制服と清潔な出で立ちは、どこかの御曹司のようだ。
そんな彼は、あまり使われていない貸ビルの一室へ入る。
そこは、かつて何かの会社のオフィスとして使われていたのだろう一室。
玄関から入ると、奥にはいくつかのデスク、入ってすぐの手前には応接のためのソファーが目に入った。
ソファーやデスクには、男たちが腰を掛け、ゲラゲラと下品な声をあげていた。
一目で堅気の人間ではない彼らに、少年は声をかけた。
「ねえ、君たち・・・・・・」
「――ッ! ああ? なんだよ、お前」
少年の声に、男たちは血相を変えて何かを隠しながら振り向いた。
一瞬であったが、少年には、彼らが隠したものが見えていた。
それはロックシード。
それも、どれもクラスC+もしくはBとそこそこ高いクラスのものだった。
敵意をむき出しにして少年をにらみつける男たちに、一般人なら逃げ出していたかもしれない。しかし、少年はそれに慄くことなく落ち着いた口調で返す。
「すみません。そんなに睨まないでくださいよ。ここらへんで会えるって聞いたんだけど。ディーラーがどこに行るか知らないですか?」
最初は彼を警戒していた男たちだったが、彼が細身でひ弱そうであるため、ニヤリと笑った。
「何だ。そっちの奴かよ。脅かすなっての」
彼らの商売は、金にはなるが今や警察より危険な組織に追われている身でもある。
それは商売柄仕方のないことだ。
だが、それによって分かることもある。
大抵の人は、一睨みすれば逃げ出すが、逆に逃げないと言うことは男たちの商売について知っているということ。そして、たった一人で乗り込んでくる警察もいない。
そこから導き出されたのは、相手がお客だということだった。
男たちは、少年品定めをするように見る。
彼が着ている制服は、UTX学園の男子用制服だ。UTX学園と言えば、あたりでは最難関とされる私立高校だ。多くの専門学科を有しており、毎年難関大学へ多くの生徒を輩出している進学校だ。
が、それもその学校の側面にすぎず、併設された芸能科では、様々なアーティストが輩出されているとともに、すでに現役で活動している者までも有していた。
そこは様々な才能を持った人間が集められた学校として、おおく注目を集める学校だ。
そして、男たちの商売相手が比較的多く所属する学校でもあった。
才能ある人間が集められているとはいえ、誰しもが平等に成功できるわけではない。むしろ、自分には才能があると思っていた人間が、自分よりも才能を持った者にその差を見せつけられるのだ。
成功できない者は、ほかの学校にいるよりもより多くの苦痛を感じ、鬱憤をためていくことになる。
そんな彼らにとって、危ない遊びというのは魅力的で、中でもロックシードは、金持ちが多いその学校の生徒にとっては、他人には届かないが自分なら手に届くという快感を味あわせてくれるものだった。
ディーラーは、そんな世の中に不満を持った、特に金持ちをターゲットとする。力がなく、それでも今の現状を変えたいと熱望する者。そういった人間が彼らの恰好の獲物なのだ。
いつものように、カモがかかったと内心腹を抱えながら、努めて笑いを押し殺しながら少年に応える。
この商売にビジネススマイルは必要ないが、最低限の態度は必要となる。
笑い転げるのは少年が帰った後と決め、男たちは対応を始めた。
「知ってるも何も、俺たちがそのディーラーだぜ」
「ああ、そうだったんですか。ならさっそく取引だしたいんですが。どうしてもはやく力が必要なんです」
「おいおい、そう焦んな。詳しいことはもっと奥でな。商売柄、何かと危険が多いからな。分かるだろう?」
「わかりました。では、すぐに行きましょう」
「はは。そんな急がなくても、ちゃんと売ってやるよ」
先に少年を男たちは笑いながら追いかける。
「たっぷり稼がせてもらいますか」
男たちは、先を歩く少年を後ろからあざ笑った。
男たちの目に映るのは、いつもの客と変わらない
「今回も、小物かな?」
そんな男たちに背を向け、少年もぼそっとつぶやいた。
男たちは、カモの登場に浮かれており、その声を聞いていたものはいない。
そして男たち気づかない。男たちに背を向けている少年の顔が、力に飢え弱者の顔ではなくなっていることに。
ことりは用事を済ませ、海未も部活を終え、合流した穂乃花たちは帰路についていた。
穂乃果は、二人に会うなりすぐに音楽室で出会った少女について話した。
ピアノを弾くのがとても上手かったこと、歌もとっても上手かったこと。そして、アイドルのように可愛かったことを話した。
新しい仲間候補を見つけた穂乃果は、二人が喜ぶだろうと自信満々で話したのだが、二人の反応は彼女の望むものではなかった。
「で、アイドル候補が見つかったということですか? 部員も大事ですが、曲の件はどうしたのですか?」
「それがすごいんだよ。歌もうまかったけど、ピアノもすごくうまかったんだよ。きっと作曲も出来ると思うんだ。だから、あの子に作ってほしいの」
「でも、一回断られちゃったんだよね?」
「うん、だけどあの時はちゃんと説明できなかったから、次は大丈夫だと思う」
「あまり無理に誘ってはいけませんよ? 私たちは良いですが、穂乃果はやると決めたらそれしか見えなくなってしまいますから」
「わかってるって。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「だといいのですが・・・・・・」
穂乃果は大丈夫だと言うが、自分を強引に連れ出す張本人の言葉は、海未には疑わしかった。
自分は、長年の付き合いだから少々頭に来ることだろうと我慢できる。
でも、初めての人であれば、気分を害して協力してもらえないかもしれない。
自分が穂乃果を制御しなければ。海未は、そんなことを考えていた。
「今日こそは、ここを私たちに空け渡してもらうわ」
「そうはいかない。このステージは私たちのよ。引っ込んでなさいよ」
公園を通り過ぎようしたときだ。
ふと、近くから女性の言い争いが聞こえてきた。
スクールアイドルを始めようと日々考えていたからだろうか。三人は、ステージという言葉が引っかかった。
「なにかあったのでしょうか」
「さっき、ステージがどうのって聞こえたよね」
「何だろう。行ってみよう」
当然二人も海未と同じく気になった。穂乃果とことりは、言った次の瞬間には走問題の公園へ足を進めていた。
その公園には、大きな野外ステージがある。
とは言っても、そこはスペースが確保されているだけで、ほかにはなにもない。
機材を自前で用意しなければならず、スクールアイドルが現れるまでは、子供の遊び場の一部としてしか使われていなかった。
幼い頃、実際に遊んでいた海未たちはそう記憶していた。
しかし、昔はスッカラカンだったステージ前の観客席はほぼ満員になっていた。
その原因は、ステージの上で言い争う二つのグループだった。
「さあ、さっさとそこを明け渡しなさい」
「なに? あなたたちが下手なパフォーマンスをしているから、観客の時間がもっと有意義になるようにしただけじゃない」
「無理矢理ステージを奪っておいて、よくそんなこと言えるわね」
ヒートアップした両者。
このままでは、お互いにつかみ合いの喧嘩に発展しそうな状況。
そんなとき、二つのユニットのリーダーらしき人が進み出た。
ステージの中央に陣取っているユニットの方は、巻いた金髪が特徴的な高飛車そうな少女が、ステージ袖から乗り込んだユニットからは、髪を後ろでポニーテールにまとめた活発そうな少女が出てきて、両者至近距離で顔を向かい合わせた。
「スクールアイドルなら、殴り合いなんて下品なまね、いたしませんよね?」
「あたりまえでしょ? これで決着をつけましょう」
そういうと各々、ポケットから何かを取り出した。
彼女たちが取り出したのはロックシード。フルーツのデザインが施された錠前だった。
「海未ちゃん。あの二人、これからなにをしようとしてるの?」
「スクールアイドルを目指しているのに、知らないなんて・・・・・・。まあ、穂乃果らしいと言えばらしいですが・・・・・・」
今から行われようとしていることが何か知っている海未は、本当にスクールアイドルについて調べたのかと疑った。
彼女が興味のないことにはすぐに忘れてしまうなことは知っていたが、これはさすがに忘れられるものではない。
スクールアイドルとネットで検索すれば、予測ワードの上段に必ず挙がっているほどのものであり、スクールアイドルを調べれば間違いなく目にするほどのものなのだ。
「穂乃果。もし、スクールアイドルをするなら、覚悟をしておいた方がいいかもしれません」
「それってどういうこと?」
「今から行われるのは、ステージを奪い合うための戦いだということです」
海未は、百聞は一見にしかずと、穂乃果にステージの上を見るよう促した。
穂乃果がそれに従いステージへ視線を向けると、ステージではまさにことが起ころうとしていた。
「さあ、いくよ」
「望むところよ。かかってらっしゃい」
両者の合意とともに特別な空間が展開した。
立方体のようなその空間は、格闘技のリングのように光のロープが張られている。
それぞれロックシードを解錠すると、リング内にクラックが開き、そのロックシードによって決められたインベスが登場した。
興奮した様子のインベスたちが、その興奮を表すように鳴き声を上げた。
――ready fight!
リングから響いた合図によって、インベスゲームは開始された。
「あの二人、インベスをどうしようとしてるの?」
「あれはインンベスゲーム。互いのインベスを戦わせて、勝敗を決めるゲームです」
「戦わせるって、インベス同士を?」
「はい、そうです・・・・・・」
信じられないと絶句する穂乃果とともに、説明した海未も歯噛みしていた。
現在、スクールアイドルは、戦国時代と揶揄されるほどの人気を博していた。次々とスクールアイドルが誕生し、ランキングで上位に入るために日々活動している。
スクールアイドルは、ほぼ実費で活動している。そのため野外に設置されている無料で利用できるステージは、彼女たちにとって貴重な発表場所なのだ。
しかし、スクールアイドルが増え続ける一方、ステージの数はほぼ変わらなかった。
最初の頃は、使われていないステージも見受けられていたが、いまではスクールアイドルたちが代わる代わるステージを使い、授業があって空けざるを得ない時間帯以外はほぼとぎれずに利用されているのが現状だ。
そして、たまにステージの取り合いが起きてしまう事態にまでなるのだ。。
とはいえ、アイドルとしてつかみ合いの喧嘩をするわけには行かない。アイドルは、夢を与える存在だ。そんな彼女たちが暴力を振るうようになれば、すぐに人気は地の底へ落ち込んでしまう。
そんなことは、彼女たち自身が一番知っている。
ステージの使用権を巡って争わなければならない。しかし、なにを持って優劣を決めるか。
彼女たちには、アイドルとしての品格を最低限保てる戦いの方法を必要としていたのだ。
そんなときに流行だしたのインベスゲームだった。
リング状の特別な閉鎖空間の中にインベスを召還し、そのインベス同士の戦いで勝敗を決するというものだった。
最初は賛否両論あったものの、彼女たち自身が直接戦っているわけではないため、そこまで印象は下がらなかった。むしろ、可憐なアイドルからは想像できない戦いがギャップとなり、スクールアイドルの魅力の一つにまで数えられるほどになっていた。
今では、スクールアイドルは戦わなければ活動すらできない。スクールアイドルとして活躍する為には、インベスゲームを行えるということが必須条件とかしていた。
スクールアイドルを目指している穂乃果たちも例外なくである。
「おかしいよ・・・・・・」
「・・・・・・穂乃果」
「だってそうでしょ? インベスは、大切な友達なんだよ。それを戦わせるなんて、おかしいよ」
穂乃果は、そっとオレンジのロックシードを取り出した。
ヘルヘイム絶体絶命だったときに最初に助けてくれたのは、彼女が愛情を持って接していたインベスだった。
しかし、穂乃果のインベス「ほむまん」は、その戦いでたくさんのインベスに囲まれ、倒されてしまったのだ。
インベスを見ると、特に、インベス同士が戦うインベスゲームを見ると、そのときの光景が思い出されてしまう。
穂乃果は、たまらず目の前で行われているインベスゲームから目を背けた。
「穂乃果・・・・・・」
「穂乃果ちゃん・・・・・・」
ほむまんが倒れるところを目の前で見ていた海未とことりは、いたたまれない気持ちになる。
ほむまんは、怪我をして動かなかったことりと海未を助けて犠牲になったのだ。
それを思うと、自分たちのせいでほむまんは倒されてしまったと考えずにはいられなかった。
「ねえ、君。そのロックシード、どこで手に入れたんですか?」
「え?」
穂乃果は、暗く沈んで閉まっていたところに突然声をかけられ振り向いた。
突然現れたのは、優しい笑顔の少年だった。
身につけている白い制服はしわ一つなく、すこし目にかかるくらいの長さの髪も丁寧に整えられている。どこか貴族のような気品が感じられた。
「いきなりなんですか?」
海未の人見知りアンド男嫌いは、正常稼働していた。
いぶかしげに少年を見る海未に、少年ははっとして頭を下げた。
「ああ、ごめんなさい。突然声をかけてしまって。驚かしてしまいましたよね。普通じゃなかなかお目にかかれないレアなロックシードを持っている人がいたから、つい声をかけてしまったんです」
海未は、彼にそこまで素直に謝られるとは思っていなかった。海未が面食らっていると、彼は、また穂乃果へ視線を戻した。
「それ、見たところクラスAのロックシードですよね。すごいですね。それなかなか手に入らないものなんですよ?」
少年は、そういうと穂乃果が手にするロックシードを指さした。
どうやら、話しかけてきた原因は穂乃果の持っているロックシードのようだようだ。
「これ、そんなに特別なんですか?」
「それはもう」
戸惑っていた穂乃果だったが、特別だと言われて少し興味をもったのだろう。
穂乃果が恐る恐る質問すると、少年は、ぱっと表情を軽くして穂乃果の質問に答え始めた。
「通常巷に出回っているのは、ほとんどがクラスD、もしくはCです。クラスは、そのままそのロックシードの稀少さ、インベスゲームでの性能を表しています。クラスが高いほど入手は困難ですが、その分強いインベスを召喚出来ます。・・・・・・あれを見てください」
彼は、公共ステージの方を指さした。
そこでは、今まさにインベスゲームが行われている真っ最中。二人のスクールアイドルが、ロックシードを片手にリングを隔てて向かい合っていた。
リングの中にはニ体の初級インベスがぶつかりあっていた。
「右の彼女が使っているのは、一番よく見られるクラスDのヒマワリ。そして、右の彼女が使っているのは、クラスCのマツボックリですね」
彼が言うように、それぞれ異なった柄の錠前を持っていた。ポニーテールの少女が持っているのは、ひまわりの種をモチーフにしたもので、金髪の少女の方は中の種がでる前の松ぼっくりだった。
穂乃花たちは、少年の説明で金髪の少女の持つロックシードの方が、ポニーテールの少女のものよりクラスが高いことが分かった。
「クラスの差は、そのまま戦力の差です。その人のロックシードの扱いによって変わることもありますが、大抵は・・・・・・」
彼は、一回言葉を切ると穂乃果たちにインベスゲームを見るように促した。
彼女たちは、促されるままに視線を向けると、彼の言うように金髪の少女が操るインベスの方が優勢だ。
インベスたちは、見た目には色以外の違いは見受けられない。しかし、その動きには明らかな違いがある。
クラスDのインベスよりもクラスCの方が、力でも早さでも若干勝っているように見えた。
そして、その差は結果に直結した。クラスCは、Dの攻撃をやすやすと避けると、強烈な一撃を放った。強烈なカウンターをもろに受けたクラスDインベスは、さらなるクラスCの追撃を受けて霧散したのだ。
「ほら、クラスCのインベスの勝利です」
「本当だ」
クラスCのロックシードを使っていた金髪のスクールアイドルは、ほかのメンバーと勝利の喜びを分かち合っている。一方負けた方は、恨めしそうに勝者を見たが、勝負のルールに従ってほかのメンバーと共にステージを降りた。
彼女らの話を聞いた上では、金髪のいるチームの方が悪いように思える。
しかし、インベスゲームでの勝敗がすべてを決める現在では、どれだけ正しかったとしても負ければ退くしかない。
それが今のスクールアイドルの掟なのだ。
勝負が終わると、勝者チームは、すぐさまライブを開始した。
インベスゲームでの興奮が冷めやらぬままライブが始まり、観客たちは、普通にライブを行うよりも楽しんでいるように見える。
「ね、見たでしょう?」
「ええ、そうですね・・・・・・」
「CとDでこの差です。それがもっとクラスの離れた場合なら、偶然など起きるはずもなく高クラスのロックシードを持っていた方が勝つことは、想像に難くないでしょう? あなたが持っているのは、クラスAのロックシードです。もはや幻とまで言われている最高クラスのSを除いては、ほぼ最強と言ってもいいほどの代物なんですよ」
「へぇ、そうなんですか」
一応返事を返すも、インベスを戦わせると言う発想がそもそも無かった穂乃果は、ただの知識程度にしか聞いていなかった。
それよりも気になるのは、スクールアイドルたちが率先してインベスを使って戦っているという点だった。
穂乃果は、本当は彼女たちスクールアイドルたちがインベスを使って勝敗を決めていることは知っていた。
当然だ。ライブ動画を再生すれば、ほぼセットでインベスゲームの様子が流れる。
目に入らないはずがないのだ。
穂乃果は、スクールアイドルのきれいな部分しか見ていなかった。
華やかな部分しか見ていなかった。
見たくない部分から目をそらしていたのだ。
でも、目の前でインベスゲームを目の当たりにし、知らない振りをしているわけには行かないと悟る。
スクールアイドルになればいつか、たとえいやでもインベスゲームを申し込まれる状況は出てくる。
そのとき、自分はどうするのか。
考えなければならないときが、いつかは来てしまう。
「その制服って、音の木坂のですよね。そんなクラスの高いロックシードを持っているということは、あなた方もスクールアイドル何ですか?」
「は、はい。・・・・・・まだ始めたばかりというか、始めようと思っているって感じですけど」
「これから始めようと・・・・・・、そうなんですか。どうりでクラスのことなどを知らないわけだ。でも、そのロックシードは、ステージを勝ち取るために調達したんじゃないんですか?」
「そんな。インベスゲーム何てしたくありません」
「では、なぜそんなものを?」
穂乃果は、少年の話を聞いて、手に持ったオレンジロックシードを見る。
どうやら、自分が持っているものは、相当強力な代物のようだということが分かった。
もともと穂乃果が持っていたロックシードは彼が言うところのクラスD。皆が持っているからと言う理由で一番安い物を買って貰ったのだ。
それが、なぜかクラスAに姿を変えた。
ふつうの人なら、クラスAのロックシードは、なんとしてでもほしくなるものだと言うことも分かった。ふつうの人だったら、クラスAを手にしたなら大喜びするであろうことも。
でも、穂乃果は、喜ぶことはできなかった。むしろ考えてしまう。もし、もっと早くロックシードがクラスAに変化していれば、彼女の友達《インベス》は死なずにすんだのではないかと。
それは、安かったからと言う理由で買ってもらえたものだ。希少価値はほぼない。さっきの実演で、戦闘能力もあまりないことも分かった。
でも、彼女がいつも連れていたインベスは。彼女が自らの和菓子屋で売られている看板商品、穂むらのほむまんの名をつけたインベスは、後にも先にもただ一匹。ヘルヘイムで彼女の友達を体を張って守ってくれた、あのインベスしかいないのだ。
だから、今持っているクラスAのロックシードも、あのクラスD(ほむまん)と比べてみれば、価値のないもののように思われた。
でも、
「これは、大切な友達が残していったものなんです。だから、争いなんかに使いません」
これは、最後にほむまんが残していった形見だ。
インベスゲームに使うつもりはないし、誰がほしがっても渡せるものではない。
今の穂乃果にとって、そのクラスAの価値は、ただそれだけだった。
「それに、インベスゲームなんて間違ってます。大切なものを戦わせるなんて、穂乃果には、あり得ないことです」
それは、単なるわがままだ。
穂乃果は、分かっていながらも今の願いを口にした。
できれば戦いたくない。
戦うにしても、スクールアイドルとして、歌とダンスで競い合いたい。
争うにしても楽しく争いたい。という願いを込めて。
それを聞いて、少年は笑った。
一瞬、理想を語る穂乃果への嘲笑かと思われた。
しかし、彼の表情をみて違うことが分かった。
「僕は、そういう考え方、好きですよ」
「え? ・・・・・・何か言いました?」
「いえ、別に。でもそれなら、くれぐれも注意してくださいね。世の中、本当に優しい人間なんてほんの一部だ。クラスAなんて、皆喉から手がでほどのほしいと思っているんです。だからそれは、むやみに人前に出さないのが賢明ですよ。それがとても大切なものなら、そしてそれを使って戦わないと言うのであればなおさらです。どこからそういう目がねらっているかわからないのですから」
少年は、そういって笑うと、一歩後ろへ下がった。
そして、彼女たちへ頭を下げた。
「突然話しかけてしまってすみません。それに、一方的に話してしまって。僕はここで失礼させてもらいますね。高坂穂乃果さん、園田海未さん、南ことりさん」
「いえ。なんかいろいろ教えてもらっちゃって、ありがとうございました」
「期待してますよ。もしスクールアイドルになったなら、ライブをやってください。そしたらきっと、そのライブを見に行きますから」
「本当に? だったら・・・・・・」
穂乃果は、約束をしようとして、まだ名前すら聞いていないことに気づいた。
「そうだ。名前はなんていうんですか?」
「え、名前・・・・・・、ですか」
少年は一瞬間を空ける。
話掛けてきたのは、彼の方だが、穂乃果は、名乗りたくない理由でもあるのかと心配になる。
しかし、そうではなかったようだ。少年はすぐに口を開いた。
「・・・・・・ミッチです。みんなは僕をよくそう呼ぶんです」
彼が名乗ったのはあだ名。本名は名乗りたくない様子だが、穂乃果にはむしろ、年も離れていないことから親近感を覚えてうれしくなった。
「わかりました。じゃあ、ミッチ。待っててね。絶対、ライブに呼ぶから」
「ええ。待っていますね」
穂乃果たちに見送られた少年は、彼女たちに手を振りながら人混みに紛れた。
彼の姿が見えなくなると、穂乃果は、興奮した様子で海未とことりの方を振り向いた。
「海未ちゃんことりちゃん。こうなったら、早くスクールアイドルにならなくちゃね。ファーストライブも大々的にやらなくちゃ」
「そうだね。ことりも衣装作り、いっそう気合いが入っちゃうな」
スクールアイドルを目指して意気込む穂乃果とことり。
しかし海未は、ひとつ引っかかることがあった。
「・・・・・・ちょっと待ってください。あの人、なぜ私たちの名前を知っていたのでしょうか」
「もしかして、もう人気になっちゃってたのかな?」
「それは、まだスクールアイドルにもなってないし、ないんじゃないかな」
「それもそうだね。よし、まずはまた明日、音楽室のあの子に頼みに行ってみよう」
「ことりも、がんばって衣装つくるよ」
「もう二人とも・・・・・・」
おかしな点を指摘したにもかかわらず、穂乃果たちはほかのことで頭が全く聞いていなかった。
海未は、嘆息するもあまり気にはとめず、二人の会話に加わった。
どういう経緯で名前を知っていたのかはわからないが、そう危険なことにはならないだろうと思ったからだ。
なにしろとても優しそうに笑う少年で、しかもロックシードについて詳しく知らなかった彼女たちの身を案じて忠告までしてくれたのだ。
だから、放っておいたところで、そんなに悪いことにはならないだろうと思ったのだ。
穂乃果たちと別れたミッチは、しばらく歩くと人の少ない路地に入っていった。
「どうですか? そちらの首尾は」
すると突然、片方の耳に手をやると、虚空に向かって話し出した。
端から見れば、大きな一人を話す危ない人のように写るかもしれないが、彼が話しているのは、耳に付けたインカムの向こうの人物だ。
「・・・・・・貴様はほかよりは骨がある。――くそっ。間が悪いぞ」
「あら、まだ取り込み中でしたか? あなたにしては時間がかかってますね」
「ああ? ――しつこいぞ。そこで寝てろ。・・・・・・とっくに終わっているが何だ?」
「・・・・・・」
ついさっきまで、騒々しい音がインカム越しに届いていたが、指摘しては彼がしばらく不機嫌になってしまうため、ミッチは黙っておくことにした。
「・・・・・・なぜ俺が、貴様なんぞの尻拭いをしなければならない。どうせやるなら、俺が叩き潰せば早いだろう」
「そうですね。あなたなら、簡単に彼らをつぶすことができるでしょう。ですが、この作戦の目的は、黒幕の情報を引き出すことです。喧嘩っ早いあなたのことです。肝心な情報を聞き出すより先に潰してしまうでしょう。あなたに、手加減ができるとは思えませんが?」
「・・・・・・ちっ」
通信相手は、忌々しげに舌打ちするが、ミッチはいつものことなので無視する。
「それよりも、穂乃果さんたちを追ってください」
「なぜ、あんな小娘たちを?」
「いいから、指示通りにお願いします。・・・・・・彼女たちは、世界を救うための鍵にも、僕らの計画の障害にもなり得ます」
「・・・・・・ふん」
通信相手は、鼻を鳴らすとインカムの一方的に通信を切る。
通信相手は返事を返さなかったが、ミッチは彼と長年つきあってきた故に、それが了承であると分かった。
「まあ、見極めさせて貰いますかね。あなたたちが、僕たちの敵になるのか、それとも味方になるのかを。・・・・・・さあ、僕も次のカモのところへ行きますか」
ミッチは、大きく伸びをすると、つぎの目的地へと歩みを進めた。
ミッチが向かったのは、古ぼけたビルだ。
そこには、力に飢えた金持ちをねらう姑息な大人たちがいる。
そんな大人たちを、ミッチは獲物とする。
目的は、彼らが売りさばくものの出所と彼らの後ろにいるであろう黒幕を引きずり出すことだ。
さっき穂乃果たちと会っていた時は優しそうな少年だったミッチは、いつの間にか表情を変えていた。
卑怯な大人たちが好みそうな、力に飢えた世間知らずへと。
どうも、幸村です
今回はスクールアイドルとインベスゲームの関係について書かせていただきました。
沢芽市のビートライダーズ間で流行っていたインベスゲームが、ここでも流行ってしまっています。
スクールアイドルが戦う理由は、ビートライダーズと同じ。
自分たちが踊るためのステージを獲得するためです。
ビートライダーズは、ロックシードと戦国ドライバーの性能をテストするための実験の被検体として扱われていました。
しかし、沢芽市で実験が完了した現在、どんな理由でインベスゲームが流行ったのか。
それは、またもやユグドラシルの画策か、それともほかの組織の仕業か。はたまた単にスクールアイドル自身が最初の目的通りにきれいに争うための手段として取り入れたのか。
徐々に明かしていきたいです。
それはそうと、戒斗とインカムで親しげに話す少年は、誰なのでしょうか。
どうやら少年は、錠前ディーラーの隠れ家を回っているようですが……。
伏線の張り方など、なかなかうまくないかもしれませんが、徐々に上手くなっていけたらと思います。
ご意見ご感想お待ちしています
ではでは