「ついに、書いてしまいました」
歌詞を書き上げたにもかかわらず、海未はがっくりと肩を落としていた。
小学生の頃、授業で書いた詩をほめられたことをきっかけに、趣味で詩を書くようになっていた。
そのころは自分の中で完結してきた趣味だったが、ある時期から、誰かに見てもらいたいと思うようになった。
中学生の頃、うっかり机に出したままにしてしまっていたポエムを見られてしまった。
それを見たのは、運の悪いことにいたずら好きの男子生徒だった。
海未が教室に帰ったとき、彼女のポエムが書かれたノートが回し読みされていた。
からかわれた。
おかしなものを書いているとバカにされた。
必死に取り返そうとした彼女だったが、面白がる男子たちは、それを投げて回す。
脇には、何人かの女子たちがやめさせようと声を上げているが、男子たちに割ってはいることはできず見ていることしかできない。
その日から海未は、詩を書くことはなかった。
それが今回、また書いてしまったのだ。
原因は、穂乃果がスクールアイドルを始めると言い出したことだ。
穂乃果は、何をどうするのかという大事なことを全て放っておいて、大それことを何の迷いもなく言いだした。
案の定彼女は、ダンスや歌を作ることなどできない。
海未が詩を書いていたことを知っていた穂乃果に頼み込まれ、海未はしぶしぶ作詞を引き受けてしまったのだ。
そういう経緯で詩を書き始めたのだ。
中学時代のこともあったし、書き出すのに相当時間がかかった。
いろんな葛藤があって、最後まで書くかどうか迷っていた。
でも、一度書き始めてしまうと、つぎつぎと言葉が沸いてきて一気に書き上げてしまった。
久しぶりに書いたにしては、いいできだと思った。
これが完全に自己完結でいいものなら、一人で悦に入っていたかもしれない。が、それを書いた目的は、アイドルとして世に発信するためだ。
書き上げたはいいけれど、それを穂乃果たち見せるとなるととたんに怖くなってしまった。
穂乃果たちが、自分の詩を呼んでバカにするようなことは無いとはわかっていても、過去の出来事がまとわりついてくるのだ。
そもそも、結局他人に詩をきちんと評価してもらったことは一度もない。その詩を使って曲を作ったとして、それが少しでも人の胸に響くものになっているか、海未にはわからなかった。
「よお、海未」
「――っ、レンジですか」
考え事をしていた海未は、かけられた声に警戒して振り向いたが、憐次だと確認すると肩の力を抜いた。
誰かに評価をしてもらわなければならない。しかし、誰かに見せることは怖い。そんな考えを堂々巡りさせているとき、海未はなぜか憐次へ電話をかけていた。
「なあ、朝練に参加するのはいいんだけどさ。なんで俺だけいつもより早く呼び出されたんだ? 俺なんかしたか?」
「いえ、別にそういうわけではありません。ありがとうございます。突然、連絡してしまって」
「どうせ、朝は暇だしいいさ。それより、話ってなんだ?」
「そ、それは・・・・・・」
憐次は急な連絡に応え、昨日より30分くらい早い時間に来た。
海未が彼を呼んだのは、当然詩を評価してもらうためだ。
穂乃果やことりに見せるよりも先に、彼に評価してほしかったからだ。
しかし、彼が来た今になっても、海未はどうにも踏ん切りがつかなかった。
第三者に評価してもらわなければという気持ちは確かにあるのだが、もし悪評価を付けられてしまったらと思うと、ノートを抱く腕が振るえて動かなくなるのだ。
「何か、話したいことでもあるんだろ?」
「はい・・・・・・。それは、そうなんですけど」
自分を見る憐次を前に、深呼吸を一つする。
ここまで来たらやるしかない。
ごくりと唾を飲み込むと、ノートを胸に強く抱きしめる。
「レンジ!!」
「おう、どうした?」
「き、今日は、・・・・・・」
「・・・・・・今日がどうかしたか?」
「今日は良いお天気ですね」
「ん?」
憐次は、頭にはてなマークを浮かべる。
言った本人も、自分がなにを言っているのか理解できなかった。
「そうだな。曇りだけど、これから運動するって考えたら涼しいし快適かもな」
「そ、そうですね・・・・・・」
再び沈黙が訪れる。
なぜ、歌詞を見て貰おうとして、天気の話になるのか。
頭を抱たいところを必死にこらえる。
さっき、いらぬ前振りをしようとして失敗したのだ。
すぐさま修正し、前振りなしに本題に入ることを決める。
「レ、レンジ・・・・・・」
「おう、どうした?」
「その・・・・・・。か、かかか」
「か?」
「かし、ぱんを穂乃果にあげようと思うのですが、なにがいいでしょうか」
「菓子パン? なんで」
「もし、穂乃果が練習をサボろうとしたら、目の前につるしてやる気を出させようかと・・・・・・」
「いくら穂乃果でも、それに引っかかるほどバカじゃないと、思うけど・・・・・・」
「・・・・・・そうですね。ごめんなさい、なにを言っているのでしょう」
せっかく来てくれた憐次を前にしても海未は、踏ん切りを付けることができなかった。
胸に抱きしめる一冊のノート。
今回書いた歌詞の詰まったそのノートを憐次へ渡して見てもらえばいい。
たったそれだけなのに、できない。前へ進み出せない。
「すみません。実は、話したいことは忘れてしまって・・・・・・。わざわざ早く来て貰ってしまって・・・・・・。さあ、まだ時間はありますが、早めに練習に来たと言うことで――」
「――なあ、海未・・・・・・」
自分が情けなくなった海未は、明日こそはといって、練習を開始するべく憐次の前から開けた場所へ移動しようとした。
そんな彼女の前に、憐次は立ちはだかった。
「あの、レンジさん」
「海未・・・・・・」
海未が一歩後ずさると、憐次は一歩詰め寄った。
海未は、一歩、また一歩と追いつめられる。そして、ついに背中が神社の壁にぶつかった。
憐次は無表情。その表情からは、なにも伺えない。
が、海未はそれに有無を言わさぬ威圧感のようなものを感じて動けなくなる。
「こんな時間に呼び出して、忘れたなんてそれはないだろ」
「すみ、ません」
「言いたことがあるなら、はっきり言えよ」
「ですが、その・・・・・・。近いですよ、レンジ・・・・・・」
「もう我慢の限界だ。まどろっこしいんだよ」
憐次は、突然叫ぶと海未へ手をのばした。
「へ?」
憐次の突然の行動に海未は、惚けた声を上げた。
しびれを切らした憐次の手は、まっすぐ海未の胸の方へ伸びていた。
「いやっ!!」
海未は、反射的に顔を逸らした。
憐次は、なにか勘違いしており、海未にそういった行為を求めようとしていると思ったからだ。
しかし、少し時間が経っても一向に想像した事態は起こらない。
恐る恐る瞑った瞳を開ける。
すると憐次は、一冊のノートを凝視していた。
そのノートが、さっきまで海未が抱いていたものだと彼女が気づくのには少し時間がかかった。
「あの、レンジ?」
「ん? 海未、何やってるんだ?」
「え、だって・・・・・・。そ、それは」
そこで、やっと理解する。
憐次は、ただ彼女の腕からノートを引き抜いただけだったのだ。
すぐに状況を理解できなかった海未だが、徐々に冷静を取り戻すと共に、恥ずかしさで顔が茹で立つように熱くなっていった。
自分はいったい何をされると思っていたのだろう、と。
「歌詞もう書けたんだろ? なんでさっさと見せてくれないんだよ」
「ちょっと待ってください。だってまだ、心の準備が・・・・・・」
「準備なら、さっきまでで十分できただろ、っと。どれどれ・・・・・・」
「ああ、そんな・・・・・・」
憐次は、海未の腕の中からノートを引っこ抜いたノートを有無を言わせず中身を読み進める。
決意も何もできていなかった海未は、読み始めた憐次を止めることもできず狼狽してしまっていた。
そもそも、海未が彼を呼んだ理由が歌詞を見てもらうためであったためだ。だから、この状況は海未にとって願ってもないことだった。
いきなり奪われ、もし批評されたときのための準備がなにもできていなかったり、そもそも怖かったり。さまざまな感情がごった返しの状態でった。
での、結局海未は、真剣な顔で歌詞を読む憐次をただ神妙な面もちで見ていた。
文学作品などに比べ、歌詞は圧倒的に分量が少ない。
そのため、すぐに評価が返ってくると思っていた。
しかし思いの外、憐次は長い時間をかけて歌詞を呼んでいた。
何度も読み返しているのだろう。視線が下の方まで行くとまた上の方へ戻り、ときどき流れに反した箇所へ視線が飛ぶ
相当吟味しているように見える憐次を見て、海未はただただ不安ばかりを募らせていた。
「ふぅ・・・・・・」
ずっと息を止めていたのだろうか。
少し経って、憐次は息を吐くと共に顔を上げた。
読んでいた時間は、長いと言っても一分や二分。
それでも、海未にとっては死刑執行の時を待っているかのように長いものだった。
「結論から言おうか・・・・・・」
「だから待ってください。まだ・・・・・・」
「ええい。誰もが海未のペースに合わせてくれると思うなよ」
そんなことでは、止まらないとは分かっていても、海未は堅く目を閉じて胸に手をやった。
ふるえながら評価を待つ海未に、憐次はくすりと笑うと口を開いた。
「いいと思うぞ」
「・・・・・・え。今、なんと?」
「だから、いいと思った」
憐次は、海未へノートを返す。
海未は、差し出されたそれを、おずおずと受け取った。
「START DASH!! か。これから始める海未たちにはぴったりだな」
「・・・・・・はい。今の心境を元に書きましたので」
「始まりには、希望だけじゃない。不安や畏れもある。でも、それら全部を抱えながら進みだそうっていう気持ちが伝わってきた。すごくいい歌詞だよ」
「それは、よかったです」
「あんまり見せるのを躊躇ってるから不安だったけど、やっぱり思った通りだな。海未ならきっといい歌詞が書けると思ってた。・・・・・・なんでこれだけのものを書けて自信が持てないのか、不思議になるくらいだぜ」
「それは、自分ではわからないじゃないですか。自分の作品が、本当に良いものかどうかなんて」
海未は、自分の詩を誉めてくれたことはうれしく思った。しかし、同時に頭に来た。
彼女が過去の出来事など、いろんなことと戦った結果、やっとの思いでここまできたのだ。
だというのに、それを知らない憐次が、無神経なことを言ったことに腹が立ったのだ。
「結局、良いものかどうかを決めるのは他人です。自分がどれだけいいと思っても、他人がどう思うかわかりません。自分がいいと思っていたものが否定されてしまうのではないかと思うと、怖いんです。あのときのように、バカにされるのではないかと思うと、怖いんですよ」
「そういうもんだろ、何かを生み出すのってさ」
しかし、そんな海未に対し、憐次はさも当然のことのように答える。
「他人がどう思うのかわからない。そんなの当たり前だろ? この世に万人が万人好きだって思ってるものなんてきっとないと思うぞ。」
「それはそうかもしれませんが、でも・・・・・・」
「そんなことを気にするより大切なのは、自分がどう思ってるかだろ?」
「自分が、どう思っているか・・・・・・?」
「ああ。海未は、この詩をどう思ってる。悪い出来だと思ってるのか?」
自分に自信がなくて、憐次に歌詞を見て貰うことさえ、結局自分ではできなかった。が、その問いには、
「そんなことありません。私は、いい出来だと自負しています」
海未は、何の迷いもなくそう答えた。
それをみて憐次は、笑った。
「ならいいじゃねえか。他人がどう思うかなんてわからないけど、少なくとも、自分がいいと思わないものを人がいいと思うわけがない。いや、たとえ自分がいいと思わないものが評価されても、それってつまらないだろ?」
「レンジ・・・・・・」
「まあ、どうしても不安になることがあったら、俺に見せろよ。嘘なんかつかず、本音を聞かせてやるから。ってか、真っ先に見せろよ。今回だって、いつ書き上がるのか楽しみにしてたんだからな?」
「え、そうなのですか?」
「当たり前だろ? 俺は、おまえたちのファン第一号だぞ?」
「ファンですか?」
「ああ。駆け出しの新人アイドル三人。まだ、ユニット名すら決まってない、出来立てほやほやアイドルだ。その初めてのファンだぞ? 俺は、海未たちなら近いうちにスクールアイドル界で超有名なアイドルになるって期待してんだよ。海未たちのやることなら、なんだって楽しみに決まってんだろ?」
「ははは。何なんですかもう。あなたって人は」
「だからもし、誰も見向きもしなかったとしても、俺はおまえたちのステージ楽しみにしてるし、絶対に駆けつける。まあ、万が一にも誰にも見向きもされないなんて、あり得ないとは思うけどな」
「あなたがそういうと、不思議と本当になる気がします」
「あ、そうそう」
憐次は、思い出したように声を上げた。
「あの時のこと引きずってんなら気にすんなよ。ときどきいるんだよ。気になってる子に、ついつい意地悪しちまう迷惑な輩がな」
「ちょっと待ってください。それはいったいどういう――」
「――あれ。なんで二人ともこんなに早いの?」
「ことりたち、時間間違えちゃった?」
海未が憐次を追求しようと使用としたそのとき、ちょうど穂乃果とことりが到着した。
彼女たちより先に憐次」たちを見て、ことりはあわてて腕時計を確認している。
「いや、俺だけちょっと前に呼び出されてな。穂乃果たちは、時間通りだよ」
「え、レン君だけ?」
穂乃果は、海未が憐次だけを早く呼び出した事実を知ると、にやけ顔で海未に迫った。
「あれれ、どうしてレン君だけ早く呼んだの? もしかして、こくは――」
「――穂乃果。羨ましがるがいい。俺が早く呼ばれたのは、この出来立てほやほやの歌詞を、誰よりも早く読むためだ」
「・・・・・・な、何だって!?」
憐次は、無理矢理穂乃果の言葉を遮るようにして、理由を話した。
穂乃果は、自分の言葉を途中できられたわけだが、それよりも聞き逃せないことを聞き、そっちに食いついた。
「そ、そんなずるいよ。穂乃果が一番早く読ませてもらおうと思ったのに。なんで、レン君が先なの。ねえ、海未ちゃん!」
穂乃果の追求は、憐次へ歌詞を見せたとされる海未へと向かう。
さすがは海未。
憐次が、わざわざ穂乃果の言葉を遮って真相を話した真意に気づくと、一瞬で話を構築した。
「そ、それは、当然です。レンジが私たちの話し合いに参加したのも、練習に参加してもらってるのも、すべては第三者として私たちを評価してもらうためですから。今回の歌詞だってもちろん、観客側にはどのように伝わるかということを知るためです。それに、どうせ穂乃果の感想では、いいか悪いか位でどのように伝わるかの検証にはならないでしょう?」
「うう。ひどい言われようだけど、言い返せないのが悔しい・・・・・・」
「安心してください。レンジに見せた後は、すぐ穂乃果たちに見せようと思っていました」
「そうだよね。じゃあ、レン君。早くそのノート貸してよ」
「おう。わかったよ・・・・・・」
憐次がノートを差し出すと、穂乃果は待ちきれないとばかりに手を伸ばしてきた。一番最初に読むことができなかったことが悔しかったのか、受け取ると言うより奪い取ろうという動きだった。
「・・・・・・よっと」
「あっ。ちょっと、なにするの?」
素直に渡そうと思っていた憐次だったが、悔しがる穂乃果を見て思わず手に持っていたノートを引いてしまった。
「早く渡してよ」
「いや・・・・・・。今って、この歌詞を呼んだことがあるのは俺だけってことだろ? なんか優越感というか。もうちょっとこのままでもいいかなって・・・・・・」
「いいわけないよ。渡しなさい!」
「おっと、危ねっ」
「もう、レン君のバカ、いじめっ子!」
憐次が逃げたことで、穂乃果との追いかけっこが始まってしまう。
あたふたすることりともに、海未はほほえましい二人のやりとりを眺めていた。
憐次のおかげで、穂乃果の面倒くさい追求を回避することができた。
もし、あのまま穂乃果の追求を許していたら、海未は憐次に告白でもしようとしていたことにされてしまっていたかもしれない。
海未は、ほっと胸をなで下ろした。
「わかった。わかったからそんなに叩くなって」
「レン君の、バカバカバカ!!」
はずだった。はずだったのだが、
「ときどきいるんだよ。気になってる子に、ついつい意地悪しちまう迷惑な輩がな」
さっき、憐次が言った台詞が、なぜか胸に響いたのだ。
「もう、なにをやっているのですか。あなたたちは」
気がつくと、海未は、憐次からノートを奪い取ると、穂乃果に手渡した。
「海未ちゃん。やっぱり持つべきものは海未ちゃんだよ。レン君、ベーだ!」
「ああ、俺だけしか読んだことがないと言う優越感が・・・・・・」
「全くなにを言っているんですか。どうせ、スクールアイドルとしての活動を本格的に始めるときには、お客さんに聞いてもらうんですよ?」
「それでも・・・・・・。ああ、わかった。あきらめるよ。はぁ」
「もう、あなたって人は」
がっくりと肩を落とす憐次に、海未は呆れてため息をつく。
結果的に、穂乃果にノートを渡すことで、不毛な争いを止めることになった。
しかし、その行動が穂乃果と憐次の争いを止めるためのものだったのか、憐次の行動に呆れてのものだったのか、はたまた自分の為の行動だったのか、当の本人にも分からなかった。
一悶着あったものの、4人は朝の練習を始めた。
ストレッチなど体の柔軟性を上げるための運動を行い、今は、穂乃果、海未、憐次のメンバーでランニングをしていた。
ことりは足を怪我していてまだ走れない。
当初は、彼女のけがが完治するまでトレーニングは激しく体を動かさないものに限定しようと思っていた。三人そろって練習しなければ意味がないと思っていたからだ。
しかしことりは、二人だけでもちゃんと練習するように促した。自分のせいで練習ができていないことを気にしていたことりが足を引っ張りたくないと考えての発言だった。穂乃果と海未は、そんな彼女の意を酌んだのだった。
商店街では、早くも店を開けるために支度をしているところがちらほら見える。世間では、シャッター商店街が目立つ中、ここはいつもにぎわっていた。
それは、昔ながらの心が残り続けているからだろう。
少し外から来た人が見れば、逆にめずらしいと感じることだろう。
いつも見ている風景だからこそ、気づかないこともある。
それが、一番身近な自分自身だったらなおさらだろう。
規則正しい呼吸音を奏でながら、海未はなぜか穂乃果をじっと見ていた。
特に理由があるわけではない。
ただ何となく視線を向けると彼女がいるのだ。ただそれだけだ。
穂乃果に視線を向けると、自然と憐次も一緒に視界に入ることも、単なる偶然だった。
「あれ、海未ちゃん。どうしたの?」
「え、いえ。別になんでもありません」
「そう? それより、さっき見せて貰った歌詞! すっごく良かったよ。
早く歌として聞きたいなって思ったもん」
「聞きたいって・・・・・・。あなたも歌うのではなかったのですか?」
「そうだよね。ははは」
海未は、穂乃果と一緒にいることが好きだった。
穂乃果は、自分を知らないステージに引き上げてくれる。
今回の歌詞だって、半ば強引に穂乃果に任されていなければ、きっとこの先も書くことはなかっただろう。憐次や穂乃果、ことりに見せることもなかっただろう。彼女たちに、詩を誉めて貰うこともなかっただろう。
でも同時に、穂乃果と一緒にいると、まざまざと見せつけられる。
自分に足りないところ。
穂乃果より劣っているところ。
自分自身の嫌いな部分を。
憧れと妬みは、同じ言葉なのだと思う。特に今日のような日はそう思う海未だった。
「どうしたの、ぼーっとして。大丈夫だよ。穂乃果はいい悪いしか言えないけど、レンジとことりちゃんも絶賛してたんだから」
「大丈夫ですよ。別に心配なことがあるとかではありませんから。それにあなたにすてきだって言ってもらえてうれしいですよ?」
うれしいということは本当だ。
少し、心から喜べていないところも確かにあったが、これは今のこのどこか引っかかる感覚のせいだと、海未は自分に言い聞かせる。
「おい、ちょっと待て」
「痛い。ちょっとレンジ。急に止まらないでください」
「どうしたの?」
考え事をしていたからだろう。海未は、突然立ち止まったレンジの背中に鼻をぶつけてしまった。
痛む鼻を押さえながら海未は文句を言うが、すぐに憐次の様子がおかしいことに気づく。
「なにかあったのですか」
「こっちはだめだ。あっちへ行こう」
「えぇ? そっちは遠回りになっちゃうよ。レン君そんなに練習したかったなんて・・・・・・。まさか、レン君。私たちに対抗してスクールアイドルに・・・・・・」
「んなわけあるか。いいから早くここから離れるんだよ」
「レンジなにを焦って、・・・・・・ってまさか」
海未はあたりを見回し、それを発見した。
それは先日、彼女たちを異世界へと誘った穴。クラックだった。
その穴とその向こうの恐ろしさを知っているのは、ほかでもない穂乃果たちだ。
3人は、誰が言わずとも、鞄からユグドラを取り出すと腕に装着した。
最初に配布されたユグドラは、試作機である戦国ドライバーと同様にバックルの形状をしたものとなっていたが、2世代、3世代機となるにつれ、搭載機能の見直しや、軽量化、小型化が進められた。
現在では、バックル状のものを使っている者はほとんどおらず、ブレスレットやチョーカーなどアクセサリー感覚で身に着けられるものまで販売されている。
もっとも、いまだそういったアクセサリタイプのものは高価であり、海未たちは大きさが戦極ドライバーの半分ほどの腕に取り付けるタイプを使用していた。
発見したクラックはすでに、人ひとりがくぐることのできるくらいの大きさにまで広がっていた。
クラックの向こう側を知らない人からすれば不思議な穴程度にしか思えないが、向こう側の惨状を知っている海未たちには、その大きく広がったクラックが何を引き起こすのか容易に想像がついた。
「どうしよう。早くユグドラシルへ知らせなければ」
一番早く動いたのは海未だった。
すぐさまスマホを取り出して、ユグドラシルへ緊急回線を使って報告する。
この前の教訓がある。
勝手な行動をして、いやというほど怖い目にあった彼女は、今度こそ専門の人に任せることに決めたのだ。
回線がつながると、すぐに対策部隊を派遣してくれることになった。
今度こそ、彼らの指示に従おう。そう意思を固め、心配な穂乃果に目を向けた。
「おお、嬢ちゃんたち。走ってるのかい? 精がでるねぇ」
そんな時、朝早くに集まっている海未たちに興味を持ったおじさんが声をかけてきた。
どうやら、このあたりの店の人のようで、朝の準備をしていたところ、珍しい集団を見つけて声をかけたということだろう。
クラックから、いつインベスが飛び出してくるかわからない。
建物の中に入っていたところで、どうなるというわけではない。
それでも、近づかないに越したことはない。
「おっちゃん、くるな」
近づいてくるおじさんにはまったく悪気はないのだろう。
が、いまはタイミングが悪すぎる。憐次は、苛立ちを隠せず舌打ちをして彼の前に立った。
彼をクラックから遠ざけようとした憐次の行動だったが、彼はどう受け取ったのかにやりと笑って余計近づいてきた。
「君はこの子たちのナイト様ってわけか? たく、両手に花とはうらやましいねぇ」
「ちょっ、そんなんじゃない。そんなことより、ここから離れてください」
「ああ、そう言うなよ。ぴりぴりするなよ」
早く遠ざけたい憐次たちの気持ちとは裏腹に、面白がるおじさんは一向に帰ろうとしない。
「レン君。あれ」
そんなやり取りをしている内に恐れていた状況が起きてしまった。
穂乃果の悲鳴を聞いて振り向くと、初級インベスの丸い頭がちょうどクラックを潜り抜けようとしているところだった。
「な、なんだそいつぁ」
「早く、ユグドラをつけてください」
「ん? 家においてきちまったよ」
「ああ、もう。落ち着いて。家に帰ってつけてから、周りの人に知らせてください」
やっとおじさんは状況を理解した。ヘルヘイムの植物の侵食を防ぐユグドラを忘れたため、慌てだしてしまった。
おじさんを冷静にさせると、被害を防ぐための指示を告げた。
今いる中で一番落ち着いている自信が彼女にはあった。ことりは呆然とインベスを見ているし、憐次は海未が入らなければおじさんと口論になるだけだった。
ヘルヘイムに迷い込んだあの日から、海未は決意していたのだ。次同じことが起きたとしたら、あの時と同じようには決してしないと。
「穂乃果、憐次。ユグドラシルが来るまであの少しかかります。私たちは、できるだけ離れましょう」
「……ああ、わかった。穂乃果、行くぞ」
海未は、二人に呼びかける。
自然発生したクラックから出現するインベスを始めてみた憐次は、海未の声に我を取り戻すと同じく動かない穂乃果の背中に呼びかけた。
が、
「……」
穂乃果は、インベスの方を向いたまま動かない。
「穂乃果……」
海未は、足を止めて穂乃果の様子をうかがう。彼女の体が影になって見えないが、何かをしているのようだった。
なぜかはわからない。しかし、海未は穂乃果の背中を見て不安を抱かずにはいられなかった。
穂乃果の背中には、何か決意を決めたような気配がうかがえた。その気配は、例の日にも感じたものだった。
そう。穂乃果が助けに入ってきたときに見た背中と同じだったのだ。
「穂乃果。あなた今、なにを考えていますか」
「う、海未ちゃん・・・・・・」
「まさかとは思いますが・・・・・・。あなた、あのインベスト戦おうなんて思っていませんよね」
海未の問いに、穂乃果は振り向いた。
穂乃果の表情を見て、海未は確信してしまった。
穂乃果も、海未の問いに観念したのだろう。隠し事がばれたような複雑な表情を作った。
「・・・・・・海未ちゃん。穂乃果、戦うよ」
「あなた、いいましたよね。インベスゲームを見て、自分は戦いたくないと。戦うなんて、間違っていると」
「うん、言ったよ。でも、それはインベスゲームが正しくないと思ったから。友達を戦わせるなんて、おかしいと思ったから」
「でしたら……」
海未は、どうにか穂乃果を引き留めようとするが、穂乃果は首を振った。
「でも、この力を手に入れたとき、誓ったんだ。友達を絶対に守るんだって。友達を守るためだったら、きっと正しいよね」
「穂乃花、だめです。行かないで。穂乃果!!」
海未は叫ぶ。しかし、彼女の声では、穂乃果は止まらない。
それが正しいと信じた穂乃果を止めることはできない。
「それ以上はさせない」
インベスの前にでた穂乃花は、腕に着けたユグドラを取り外した。そのユグドラは、以前ヘルヘイムでインベスと戦った時に使っていたものと同じバックル状に形を変えた。
そのバックルへと変化したユグドラとオレンジのロックシードを手にもって構える。
バックルを腰にあてがい、腰に巻き付いたと同時に、オレンジを解錠する。
そして叫ぶ。
「変身!!」
友達を守るという意思を込めて。
どうも、幸村です
今回は、海未さんの作詞の話でした。
人見知りと男嫌いと忙しい海未さんですが、その理由を少し絡めて初の作詞について書かせていただきました。
原作では、書くまでは渋っていたのに、承諾してからはあっさりだったので、もうちょっと悩んでもらいました。
何かを生み出す、それも誰かに配信する人なら誰しも思うことかと思いますが、相手がどう思うかわからないまま少しでも楽しんで頂けるようにと、日々努力している方がほとんどだと思います。
自分で書いておいて、内容がブーメランで……。
憐次さん、いったいなに偉そうに言っているのですかと叫びたくなりました。
彼女の過去については想像ですが、少しずつ広げて、来るべき時へつなげていきたいと思います。
そして、最後のほうには、穂乃果の新たな戦闘が開始しました。
やむ終えず仕方なく戦うことになった以前とは違い、彼女自身の意志で選んだ戦いはどうなるのか、ご期待ください。
ではでは