この世界、おばさんにはちょっとキツイです。   作:angle

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無駄に長いので半分読み流してやってください。


プロローグ

「あー、つかれたー」

 

夜、仕事から帰ってきて、ただいまの代わりにつぶやく。

 

「おかえり。今日は早かったね」

「うん。定時に上がれたから」

「ほら、また! なんであんたはいつもいつもそうやって脱いだもの丸めとくの!」

 

年老いた、というかすでに老人といって間違いない75歳の母のお小言。

聞き慣れ過ぎててもうなんの反応をする気も起きないけど。

まあ、生まれてこの方45年も聞かされてれば、何をどう反応しても無駄なのは判り切ってる。

 

「灰皿は?」

「あんた煙草吸い過ぎでしょ。いいかげんに」

「そうやってあなたがストレス与えるからね」

「んもう。身体壊してもお母さん知らないよ」

 

だからさ、こっちは1日仕事してきて疲れてんだって。

まして今日は金曜日、今週はぜんぜん休み取れなかったし、40代の身体には週5日の労働がめっちゃ堪えるんだよ。

 

リビングからふすまを隔てた自室に入るとさっそく煙草に火をつける。

万年床に腰を落ち着けて、ケータイを充電機にセットして、目の前のノートPCのスリープ状態を解除。

すると、今朝まで読んでたコナン夢小説サイトの画面が現われる。

内容は確か、原作沿いの新一落ちだったっけか?

 

やっぱ、現実忘れるには夢小説だよね!

現実の私はとりたててなんの長所もないしがない会社員、しかも45にもなって独身で、お局様通りこしてオバサンの域に達してるし。

 

でもさ、でもさ、夢小説読んでる間は、こんな私でも高校生になれるんだよ?

工藤新一くんと恋愛関係になれるんだよ?

コナンくんに「愛夏姉ちゃん」なんて呼んでもらえるんだよ?

 

 

あ、ちなみに愛夏は夢小説用の私の名前ね。

ほら、本名はやっぱ恥ずかしいし、でも馴染んでる名前の方が自分だって気がするから、夢小説読む時は決まって「高久喜愛夏」って名前を打ち込んでるんだ。

 

無意識に煙草を吸いながら夢の世界に浸ってると、世話好きの(というかもうおせっかいの域だけど)母が勝手に夕食を運んできてくれる。

適当に食べ散らかして、空気清浄機の上にお盆ごと置いておくと、時間を見計らった母が再び文句を言いながらお盆を下げてくれる。

PC画面の時刻表示が23時を過ぎたら就寝の目安。

トイレに行って、そのまま万年床でおやすみなさい。

 

 

そんな、45歳独身オタク女の夜は、いつものように更けていって。

でもまさか、これが最後の夜になるとか、ふつう思わないじゃない?

 

 

 

 

 

朝は4時40分か、5時か、最悪でも6時のアラームで目が覚める。

その間にも5、6回かけてあるんだけどね。

いやさ、社会人たるもの、寝坊だけはさすがにできないわけですよ。

だからとにかく回数だけはかけておいて、古い機種のケータイだから曜日設定ができなくて、結果土曜日も平日同様に目を覚ますことになる。

 

 

まずつけっぱなしのPC画面で時刻を確認、5時23分。

無意識に煙草に手を伸ばそうとしたんだけど、なぜかテーブルにも枕元にも煙草が見つからなかった。

あれ? 昨日ひと箱ちょうど吸い切っちゃったのかな?

そう思ってまだ覚醒しきらない頭で周りを見回して、その違和感に気がついた。

 

 

 

万年床の左側、窓の手前には積み重なったマンガ達。

その一番上にポンと載せてあるはずの、カートンで買ってるなじみの煙草のケースがなかった。

1日2箱吸ってるヘビースモーカーでしかも出不精の自分が買い置きを忘れるなんてほぼあり得ないことだから、もしかしたらマンガの向こうにでも落ちてるのかと思って立ち上がって探してみる。

で、1つ目の違和感、なんかマンガ、少なくなってないか……?

 

でもとにかく煙草と思って右側を向くと……なんだか見通しがいいと思ったら空気清浄機がなかった。

そういえばほぼ一晩中フル稼働の吹き出し音がしなくて静かだ。

その手前にあるはずの灰皿もない。

そして極め付けが正面の本棚、並んだマンガの背表紙がヤニで茶色くなってない ――

 

 

…………。

 

と、とにかく落ち着こうか。

ええっと、今の時刻は5時25分。

PCの画面は昨日見ていた夢小説……じゃない。

いや、夢小説は夢小説だ、文章の中に「愛夏」の名前もあるし。

でもなんで、相手役が「新一」じゃなくて「○護」になってるんだ?

(そりゃブ○ーチも好きだけどさ!)

 

 

時刻は5時25分、……あ、26分に変わった。

煙草…はないから、水でも飲んで、とりあえずトイレにでも行こう。

万年床の隣のテーブルに置いたペットボトルの水をごくりと飲んで、立ち上がって、2つ目の違和感。

妙に身体の調子がいい(というか腰や肩が痛まない)と思ってふとおなかを見ると、それまで中年太りでぷっくり出ていた下っ腹が、なぜかまっ平らになってたんだ。

 

 

………………。

 

ここでパニックに陥らなかったのは、たぶんそれまでの人生経験というヤツだと思う。

ていうか、反射神経が若い頃より鈍ってるっていうか、運動能力の低下が精神にも影響してるっていうか。

慌てず騒がず、でも内心では焦りまくりながら隣の部屋とのふすまを開ける。

すると、本来そこにあるべきもの ―― 母が寝ているはずの布団と、その布団で寝ているはずの母の姿がなかった。

 

 

……いったい、何があった?

母は……? まさかお風呂で倒れてたり……?

 

一瞬ぞっとしてすぐにトイレとお風呂をのぞく。

でもそこにも母の姿はなかったから、ひとまず落ち着くためにもトイレに入って用を足した。

 

 

うちは公団住宅の3Kでもちろんそんなに広い家じゃない。

母が寝ているのがリビング(と勝手に呼んでる6畳間)で、ふすま隔てて私の部屋(4畳半)と、あと玄関脇に嫁に行った妹の部屋、今はほとんど物置になってて出入りさえままならない部屋(4畳半)がある。

そっちにいる可能性はまずないので、再びリビングに戻って、そして……見つけてしまったのだ。

30年前、45歳で亡くなった父の遺影の隣に、今の母よりははるかに若い姿の、隣の父とほぼ同じくらいの年齢に見える、母の遺影を。

 

 

 

 

 

 

どうしよう。

吸いたいのに煙草がない。

訳も判らないまま部屋に戻って、ペットボトルの水を飲んで、煙草を探してPCの時刻を確認。

6時28分。

いつの間に1時間も経ってたらしい。

 

 

たぶん完全に現実逃避しようとしてたんだと思う。

 

 

ええっと、もう朝の5時を過ぎたから、店は開いてなくても自販機で煙草は買える。

ああ、そういえば近くにコンビニもあるし、銘柄さえ気にしなければそっちでもいいか。

でも昨日の夜は風呂に入ってないし、っていうかいつも私は朝風呂だから、できれば自販機の方がいいかな。

 

そう思って、とりあえずかばんの中から財布を出して、顔を洗って髪をざっとだけまとめて、家を出た。

コンビニまではほんの50メートルくらい……のはずだったんだけど……?

え? ていうか、ここどこ??

うちの前の道、確かバス通りで目の前は商店街だったはずなのに……なんで住宅街になってるんだ……?

 

 

 

放心状態のまま部屋に戻って、三面鏡を開いてその場に座り込む。

目に映るのは確かに私なんだけど……。

それは今の45歳の私なんかではなくて、30年近く前の、おおむね高校生くらいだった頃の私の顔 ――

 

 

夢じゃないのは確かだ。

いくら私だって、45年も夢と現実との世界を行き来していれば、今どちらの世界にいるのかくらい空気で判る。

 

 

―― なんか、いろんなことが、やっとすとんと納得できた。

ううん、納得なんかしてないけど、なんかちょっとだけ判った。

これってあれだ、夢小説にありがちな、そう若返りトリップってヤツ。

でもさ、今までそんなのぜんぜん関係なく45年も生きてきて、いきなりこんな目にあうなんてまず思わないじゃん!

 

 

私だってさ、子供の頃は幽霊が怖かった。

いるかいないか判らないから、ほんとにいたらどうしよう、見ちゃったらどうしようって、けっこう本気で怖がってた。

でも、確か16歳のとき、ふと思ったんだ。

今まで16年間一度も見たことがなかったんだから、この先とつぜん見え始めちゃうことなんてまずあり得ないよな、って。

 

経験、って、そういうものなんだと思う。

年齢を重ねて、子供の頃は怖いと思ってたものを、怖くないものに変えていく。

それによってだんだん柔軟な考え方とか、突飛な思いつきとか、そういうのはなくなっていくのかもしれないけど。

でも私は、せっかく経験を積んだことで怖くないものが増えたのだから、昔に戻りたいとか若返りたいとか一度だって思ったことはなかったんだ。

 

 

 

仏壇の中には、父の位牌の隣に、ちゃんと母の位牌もあった。

それまで母に任せきりでぜんぜんやったことなかったけど、仏壇の水を換えて、ご飯をよそって、お線香を立てて。

最近の怖いことの一つが、母が死ぬことだったから(75歳だからそういうことも考えた)、その恐怖がなくなったのはむしろ良かったかもしれない。

ふと2人の位牌をひっくり返して、没年を見比べて、壁にかかってたカレンダーを見て私はようやく現実逃避を諦めた。

 

 

部屋に戻って現状認識。

まず、私のかばん。

 

仕事用のかばんは枕もとにあって、ふだんその中に通帳と健康保険証、免許証、携帯灰皿、車のカギなんかを入れてある。

それに煙草と携帯電話を放り込んで出勤するんだ。

見慣れたそれらのものをテーブルに並べていくと、部屋同様中身はけっこう変わっていた。

 

免許証と携帯灰皿、車のカギとついでにクレカとtaspoがなくなっていた。

健康保険証は勤め先の会社のものじゃなく、国民健康保険に。

そして、名前はなぜか「高久喜愛夏」になっていて、生年月日が異様に若い。

一瞬別人のものかとも思ったけど、さすがに私の夢小説ネームと同姓同名の人の保険証が私のかばんの中にあるはずなんてないから、これはきっと私のもので間違いないだろう。

 

さっきのカレンダーの年号から差し引くと、どうやら私は現在16歳、誕生日が来て17歳になるらしい。

 

……なるほど、そうだよね、16歳の女の子の部屋に煙草や灰皿があるわけないわ。

(さすがの私も吸い始めたのは20歳からだったし)

鏡はさっき見たけど、もう一度手の甲や二の腕やバスト、いわゆる年齢が表れやすい部位を見て、確かに16歳に戻ってるらしいことを確認した。

 

そうだ住所もと思って、保険証をまじまじ見て驚いたんだ。

 

 

「は? 米花町2丁目!?」

 

 

思わず声に出してちょっと恥ずかしくなったけどそんなのは些細なことだ。

米花町とか……現実世界に同じ名前の町があるかどうかまで詳しく知らないけど、でもそれって間違いなく「名探偵コナン」に出てくる地名でしょ!

ここってもしかしてコナンの世界ですか!?

……いやいやいやいや、若返りトリップ、っていうのはまあ認めない訳にはいかないとは思ったけど、それが都合よくコナンの世界とかありえないっしょ!

 

 

手っ取り早く確かめる方法がとっさに思いつかなかったんだけど、ふとリビングの和ダンスに卒業証書やアルバムが入ってることを思い出して。

ダメもとで確かめたところ、ありました。

帝丹中学の文字と、工藤新一、毛利蘭、鈴木園子の名前がついた写真が……!

 

 

いや、確かにコナン好きだけど、新一落ちの夢小説読んでニヤニヤしてたのは私だけど、でもそれが現実になって嬉しいかっていえばぜんぜんそんなことないんだけど!

 

 

だって、新一っていわゆるあれでしょ? 新聞に載るような有名人で学校のアイドル的存在。

対する私は、キャーキャー騒いでる女子、ですらない、そのうしろでこっそり見ているような(むしろ恥ずかしくて視線を送ることすらできないような)内気でオタクな女子な訳で。

どうやら家は近所らしいし、同じ学校だったのは間違いなさそうだけど、賭けてもいいぜったい話したことなんか一言だってなかったはず!

そんな女がいきなり「ほら、今から工藤新一と同じ世界で過ごせるよ、楽しんじゃいなよ!」とか言われたって、夢小説の主人公みたいに親しく話しかけたりとかぜったい無理なんだから!!

 

 

 

でも、たとえ話はできなくても興味はあったから、私はもう一度卒業アルバムを見つめた。

 

帝丹中学の卒業アルバムの前半は集合写真で、見開きの左右に2クラス分の写真があって。

左のページに私の夢小説ネームが、その右のページに工藤新一、毛利蘭、鈴木園子の名前があった。

写真はもちろんアニメ調なんかじゃなくて、ちゃんと実写だったんだけど……。

不思議だった。

それまでマンガやアニメでしか見たことがなくて、実写の彼らなんか想像すらつかなかったけど、私には一目で彼が工藤新一だって判ったし、見れば見るほどその写真の人が工藤新一以外には見えなくなっていったんだ。

 

 

うん、やっぱかっこいいわ、工藤新一。

毛利蘭も可愛い、鈴木園子も可愛い。

対して隣のクラスの私は……そういえば中学の頃の私って、前髪を上げてゴムで2つに縛ってたんだっけ。

(ちなみに今は前髪は下ろしてうしろで1つ縛りだったりする。だってその方が頻繁に美容院行かなくてすむんだもん)

ムダに背ばっかり高くて、雛壇のいちばん上でぴょこんと飛び出してるのが目立つだけの平凡な容姿。

 

まあね、トリップ特典で容姿も可愛くなってたら、なーんて夢見てた訳じゃないけどさ。

容姿がこうなら性格も変わらないだろうし(髪型ってけっこう性格出るよね?)、クラスの他の名前には見覚えがまったくなかったから、そんなに親しい友達もいなかったんだろうと思うことにした。

 

 

という訳で、改めてケータイのチェック。

うん、着信履歴も送信履歴も見事にない。

アドレス帳にはさすがに友達っぽい名前がいくつか入ってたけど(うち数人はアルバムの名前と一致した)、メールもほとんどマガジンばっかりだし連絡はとってないみたいだ。

あと、ちょっとだけショックだったのは、この家にもケータイにも、妹の痕跡が一つもないことだった。

 

 

4歳年下の妹は、現実には結婚して家庭を持ってて、中学生になる娘と小学生の息子がいる。

私が16歳なら妹は12歳で中一、もちろん結婚なんかしてる訳はなく、この家に一緒に住んでるはず。

 

……もし、私をトリップさせた誰かなんてものが存在するなら、その人は母の存在を殺したんだ。

ほんとだったら少なくとも75歳までは生きていた母を、たった45歳で早死にさせてまで、つれてくることを拒んだ。

ちゃんと確かめなければはっきりしないけど、たぶん妹はこの世界で生きてない。

ここに遺影や位牌がないってことは死んだんじゃなく、最初から存在しなかったことになってるんだろう。

 

 

うちの両親は戦前生まれだから兄弟も多くて、従兄弟に至っては両家合わせて20人以上いる。

両親は幼馴染同士で若い頃に都会へ働きに出てきた口だから、お盆の時期には必ず実家がある田舎に帰っていて、私だって従兄弟たちと仲良く遊んでたんだ。

それなのに16歳の私が引き取られもせず、独り暮らしをしてるってことは、私が天涯孤独の設定だってこと。

 

 

―― なんかちょっと腹が立ってきた。

 

 

人間、45年も生きてれば、それなりに丸くなる。

私はもともとそれほど感情の振れ幅が大きい方じゃなかったけど、でもさすがにこの仕打ちには怒りを感じた。

いったい私がなにをしたって?

ただパラサイトシングルを満喫して、現実を見ずに夢小説の世界に浸ってただけじゃん!

 

……まあ、悪いことをまったくしてなかったとは思ってないよ。

仕事してるのを理由に年老いた母親に家事をぜんぶ押しつけて、その仕事だってそんなに全力でやってた訳じゃない。

友達だっていないし人間関係を積極的に築こうともしてこなかった。

孫の顔は妹が母に見せてくれたから、って、結婚も出産もしようとしなかった。

 

 

そっか、私、生きてなかったんだ、あの世界で。

私なんかいてもいなくても変わらない存在だったから、だから世界から嫌われて、はじき出されちゃったのかもしれない。

 

 

 

 

 

いつもは車の音しか聞こえない窓の外が、なぜか子供たちの声でがやがやし始めて。

土曜日なのに子供?と思ってから、そういえば日付を確認してなかったと気付いて、とりあえず新聞を取りに玄関まで行った。

ドアのこちら側から引っ張り出してみると、紙名は変わっていたけれどいつも届いてるうちの新聞とさほど変わらないレイアウトの束が出てきた。

どうやら今日は、4月8日の金曜日らしいです。

 

 

 

軽く一息ついて、こんどは表紙の柄にまったく見覚えがない通帳を手に取った。

残金は覚えているものとほとんど同じで、でも印字されてる内容はかなり違っていた。

入金の項目は「給与」じゃなく「年金」で(たぶん父の遺族年金だろう)、引き落とし欄に家賃と公共料金。

2カ月さかのぼるだけでは心もとなかったので、1年前からの残金の推移を見てみると、1年間で100万円くらいマイナスになってるのが判った。

 

 

……これはまずい。

 

確かに残金はある。

 

私は高卒後27年以上フルタイムで働いていて、それなりの給料ももらってたし、結婚したり家を買ったり子供を育てたりしてないからお金は使ってない。

あと15年働けば定年で、退職金や厚生年金だって入るし、ほかに自分で掛けてた個人年金なんかもあるから老後は安泰だと思ってたんだ。

でも、今16歳で余命70年だとすると、とうぜんこれだけの残金では一生暮らしていくことなんかできないじゃん。

 

だからといって今のご時世は27年前とは違う。

あの頃はふつうレベルの公立高校卒業資格でも正社員採用枠があったけど、この不景気ではたぶん大卒か専門卒じゃなきゃ就職なんかできない。

だって、元の会社では私も一応役職についてたけど、あんな会社だって新入社員はぜんいん大卒で、私なんかよりも遥かに優秀だったんだから。

これから高卒資格取って、大学行って卒業まで通うとしたら、この残金で安心なんかできるはずないよ!

 

 

うん、とにかくもっといろいろ探そう。

そう思って母が管理してた大切なもの箱なんかをひっかきまわして、見つけたのは父の遺族年金の証書だけだった。

(そして遺族年金が18歳までしか出ないことを確認してさらに落ち込んだ。トリップ特典とか皆無なんかいバーロー!!)

 

 

本来なら私は高校2年のはずだけど、学生証も制服も教科書もないってことはたぶん高校へは入学してないんだろうな。

私がそれまで自分で掛けてた保険証書や年金証書も見つからなかったってことは、それらに使ったお金はトリップするにあたって没収されたってことなんだろう。

 

まあ、予想はできたけどさ。

この部屋に煙草や灰皿、車のキーがないってことは、お金以外の私の持ち物は、16歳の年齢にふさわしいものだけしかトリップしてこなかったって事だろうし。

(16歳で生涯保険や年金に入ってる人はまずいないしね。だいたい16歳で入れるような保険じゃないから)

たぶんそれがこのトリップのルールなんだ。

でもせめて声を大にして叫びたい。

 

 

私がこの27年苦労して稼いだお金を全額返せ!!  ―― と。

 

 

中学卒業資格があるから、高校へ新たに入りなおすことはできるだろうけど、2年遅れでなおかつ来年まで待たなければならないと思うと行く気にはなれなかった。

確か大学受験資格は高校卒業しなくても取れるはずだし。

(昔は大検ていってたけど今でもあるよね?)

 

 

という訳で、結論 ―― 仕事を探そう。

最初はバイトでもいい。

今あるお金を減らさないように、月10万円を目標にしてお金を稼ぐんだ。

 

 

 

 

また無意識に煙草を探して、でも吸えないことを思い出したから、気分を変えるためにお風呂に入ることにした。

残り湯に火をつけて。

あ、そういえば洗濯物、どうなってるのかな?

たまってるようだったら洗っとかないとやばいかもしれない。

 

お湯が沸くまでの待ち時間で、私は洗濯物と、あと衣類のチェックをした。

私がふだん通勤に着てるのは、自家用車通勤だからラフなGパンとシャツとジャケットで、社内では制服だけど会議や研修用にスーツも何着か持ってたりする。

さすがに会社の制服はなかったけど、スーツが残ってるのがかなりありがたいかな。

とりあえず洗濯はぜんぶ終わってるみたいだったから、いつもよりちょっと遅めの朝風呂に入って、上がってから体重計に乗ると昨日より10キロくらい減っていた。

 

 

10代の頃ならこんなもんか。

もともと胸はそんなにないしね。

今までよりも身体が軽く感じるのは、肩こりや腰痛や倦怠感がないせいだと思ってたけど、そもそも体重が軽かったってのもあったんだろう。

 

 

部屋で下着だけつけて、私は再び、鏡の中の自分と対面した。

 

髪型や髪の長さは45歳のときと変わってなかったけど、髪の毛1本1本の張りが増しててそのせいか量も増えた気がする。

顔は……うん、高校生の時の私だ、たぶん。

肌の小じわやシミ、目の下のクマなんかも消えてるし、顎のラインがすっきりしてて、なにより肌の張りがぜんぜん違う。

そういえばこの頃、友達に化粧品を借りて化粧したことがあったんだけど、してもしなくてもそんなに変わらなくてちょっとがっかりしたんだったなぁ。

とうぜん鏡台前に大量にあったはずの化粧品はすべて没収、化粧水すらなくて、残ってたのはヘアムースと日焼け止めだけだった。

 

二の腕は無駄な肉が落ちて手を振ってもプルプルしなくなってたけど、年のせいか薄くなってたムダ毛は元気に復活していた。

胸は崩れた形が元に戻ってて、トップバストの位置も高くなってる。

おなかにたまってた肉も落ちて、垂れてたお尻もきゅっと上がってて。

45歳の時を知ってるからか、あの頃はあんまりいいと思ってなかった自分の身体が、まるでモデルみたいにかっこよく見えた。

(いや、実際ずん胴だし胸は小さいし、他の人と比べたらぜんぜんなんだけど)

 

 

これ、維持できたらそうとういいだろうな。

高校までは部活もやってたけど(ちなみに背が高いからバレー部だった)、就職してからは何もしてなかったから、ちょっと頑張ってみてもいいかもしれない。

ていうか、今は部活にすら入ってないんだから、放っておいたら前のときより早く崩れ始めるなこりゃ。

 

 

髪はムースで固めていつもの1つ縛り。

顔には日焼け止めを丹念に塗りたくって。

Gパンはウエストがアレだったから、部屋の中からなんとかベルトを探し出して腰に締めた。

私、ファッションとかほんとに興味がなくて(なにしろ出不精だったから)、衣装も少ないし流行もぜんぜん判らないから多少不安ではあったのだけど。

 

仕事を探すにしてもとにかく外に出なくちゃ何も始まらない、って。

いったん部屋のパソコンで近隣の地図を検索したあと、その情報をケータイに送って、思い切って外に出てみることにしたんだ。

 

 

 


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