この世界、おばさんにはちょっとキツイです。   作:angle

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あとがきに4月の収支報告を掲載してあります。


FILE.10 大人と子供とお姉さんと ~大都会暗号マップ事件~

4月29日(金)

 

 

ヨーさんたちと楽しいひと時を過ごした翌日金曜日の朝。

今日は午後からガーデンパーティーへ行く予定だから、午前中はのんびりしようと思ってたのだけど。

朝、警視庁の高木刑事からの電話があったので(祝日なのに)、私は再び警視庁へと赴いていた。

 

 

「すみません何度もお呼びしてしまって」

「いえ」

「ではさっそくなんですが、先日の続きをさせてもらいますね」

 

 

調書の内容はほぼ話してあったから、高木刑事も文章のほとんどをすでに完成させていて。

私は高木刑事が読み上げてくれた内容にうなずいて、サインをするだけでさほど時間がかかることはなかった。

 

 

「ありがとうございました。ご協力に感謝します」

「いえ」

「そういえば、高久喜さんは船で毛利さんたちとも一緒だったんですよね」

「はい」

 

「今、隣の部屋で調書を作ってるんですけど。……あの人たち、今週だけで3回も事件に巻き込まれてるんですよね。いったいなんなんでしょうかね」

「……はあ」

 

 

3回って、豪華客船連続殺人事件と、美術館オーナー殺人事件と、新幹線大爆破事件ってことか?

あと1回、月いちプレゼント脅迫事件が抜けてるけどね。

(これはたぶん、依頼人の希望で事件にはしなかったのだろう)

ていうか、そういう情報を私なんかに漏らしていいのか高木刑事。

 

 

「高久喜さんも気を付けてくださいね。では、今日はありがとうございました」

「はい、お疲れさまでした」

 

 

近づかないで済むならとっくにそうしてるんだけど。

あの3人、午後3時の待ち合わせまでに調書の作成終わるんだろうか?

 

 

 

ガーデンパーティーでは軽食も出るだろうからと、昼はカ○リーメ○トだけで済ませて。

昨日のうちにスプレーしておいた一張羅と、どうにか探し出したバレッタで身支度を整える。

私の髪、ちょっと癖があるから、いつものムース(ハードタイプ)で固めると緩いパーマをかけたみたいになるんだよね。

(まあ、45歳の頃よりは癖も少ないから、思い通りになるかは判らないけど)

でも、今日はただ固めてうしろで縛る形にして、縛ったところにバレッタを通してなんとか格好をつけた。

 

 

バッグは仕事用の大きいの(A4書類が入るスグレモノ)しかないから、ちょっとパーティーには合わないかもだけどしょうがないよね。

だいたい待ち合わせの5分前に着くように調整して歩いていくと、事務所のブラインドはすべて降りていて。

階段で2階に上がってドアをノックしたら、こちらもおしゃれ仕様の蘭さんがドアを開けてくれた。

 

 

「愛夏ちゃんいらっしゃい。お父さん、コナン君、愛夏ちゃんが来たわよ」

「今日はよろしくお願いします。お邪魔します」

 

 

中に招き入れられて見ると、毛利探偵は事務机で新聞を広げていて、コナン君はソファに座って私を見上げていた。

 

 

「へえ、なかなかいいじゃねえか。着るものでけっこう変わるもんだな」

「その服すてきね。すごく似合ってる。あ、髪も切ったのね」

「ありがとう。蘭さんも相変わらずかわいいよ」

「ありがと。コナン君、愛夏ちゃん見違えちゃったね」

 

 

コナン君は私を見上げたままで、なぜか固まっていた。

 

……?

この服を用意したのは君じゃなかったか?

思ってたイメージと違ったから、驚いてるとか?

 

 

「……うん。愛夏姉ちゃん、すごくきれい」

「……ありがとう」

 

 

……なんなんだこの会話は。

ともあれ、事情聴取は無事終わったようでなによりだよ。

 

 

 

全員そろったので蘭さんがタクシーを呼んでくれて。

乗る順番は以前蘭さんが言った通りで、コナン君も今回はなぜか駄々をこねることもなく、蘭さんを間に挟んでくれた。

 

 

「ところで、今日のガーデンパーティーって、誰が主催してるの?」

「え? 新一、愛夏ちゃんに言ってなかったの? 東都大で建築学科の教授をしている、森谷帝二って建築家よ。いろいろ賞もとってるすごく偉い先生なんだって」

 

 

森谷帝二? そんな名前の人、マンガに出てたっけ?

私、原作はかなり読み込んだから、名前を聞けばだいたい判るはずなんだけど。

 

 

そうこうしているうちにタクシーは会場に到着したらしく、コナン君が飛び出して行って、そのあとを蘭さんが追いかけていった。

 

 

「わあ」

「すごい」

「まさに、イギリス17世紀、スチュアート朝時代の建物だな」

「へえ、お父さん建築に詳しいんだ」

 

 

うん、確かにすごい。

広い空間をぜいたくに使って、正面の建物も、噴水も、植えた木ですらすべて左右対称で。

……左右対称、シンメトリー……?

建築家の森谷帝二……?

 

 

あっ!

思い出したよ!

これ、原作じゃなくて映画だ!

 

ええっと、確かタイトルは……わからん。

原作はものすごく読んだけど、映画はテレビで放映した時くらいしか見なかったから。

でも、夢小説知識によれば確か、爆弾事件が起きる話だった気がする。

森谷帝二が、自分が設計した建物のうち、シンメトリーじゃないものを壊していくような。

 

 

「愛夏ちゃん、どうしたの?」

 

 

声をかけられて顔を上げると、いつの間にか毛利家3人は先に進んでいて、その向こうに口ひげで長身の男の人が立っていた。

 

 

「あ、はい、すぐ行きます」

 

 

私が近寄ると、男性は私にもにこやかに微笑みかけてくれた。

 

 

「初めまして、森谷帝二です」

「初めまして。工藤新一の名代で参りました、高久喜愛夏と申します。今日はお招きありがとうございますと、工藤から言付かっています」

「工藤新一君は来られないそうですね。工藤君にお会いできないのは残念ですが、高久喜さんにお会いできてうれしく思っていますよ。どうか楽しんでいってください」

「ありがとうございます」

 

 

緊張のあまりちょっと固い挨拶になってしまいました。

ガーデンパーティーだから、もうちょっとくだけた挨拶でもよかったな。

などと反省しつつほかの人たちのあとについていくと、パーティー自体は裏庭で開催されるようで、すでに多くの人たちが集まっていた。

 

 

しかし、これが映画だと判ったのはよかったけど、このあたりのストーリーにまったく覚えがないんだよね。

犯人が森谷帝二で、爆弾で自分が作った建物を壊していって、それに蘭が巻き込まれて。

蘭が爆弾を解体して、最後に残った二本の線のどっちを切るかで運命が分かれる、みたいなクライマックスシーンなら覚えてるんだけど。

たぶん森谷帝二が工藤新一をパーティーに招待したってことは、最初から工藤新一を巻き込むというか、挑戦しようとしたんじゃないかって推測はできるか。

 

 

「愛夏姉ちゃん」

「はい?」

 

 

コナン君でした。

下からの上目遣いに心臓が暴れ出しそうです。

 

 

「ねえ、愛夏姉ちゃん。その服、新一兄ちゃんからのプレゼントなんだよね」

 

 

いや、プレゼントはされてません。

でもそれ、すでに君だって知ってるんじゃないのか?

ということはこの次に来る質問が本当に聞きたいことだってことで……。

 

 

「え? そうなの!?」

 

 

でも、コナン君から次の言葉が発せられるより前に、森谷帝二と話していた蘭さんがとつぜんこちらを振り返って言ったんだ。

 

 

「いいえ、違いますよ。お金は自分で出しましたから」

「でもそれじゃあ、選んだのは新一だってことよね?」

「……はい、そうなります」

 

 

なんか、ちょっと空気が怖いです。

蘭さんはこのところ工藤新一とは会えてないんだから、自分が知らないところで別の人の服を選んでたなんて知ったら……!

 

 

「でも通販で買ったらしいですから、ちょくせつ渡されたわけじゃないですよ。私が服を持ってないって話を聞いて、今回の仕事用に送ってくれたものですから」

「……そうなんだ」

「はい。あくまで今回の仕事を請け負うために必要な服だったというだけで、プレゼントというのとはかなりニュアンスがかけ離れているんじゃないかと思います」

 

 

恨むぞ江戸川コナン。

毛利蘭を怒らせるのって、この名探偵コナンの世界ではぜったいにやっちゃいけないことなんだから!

 

 

 

どうやら蘭さんの怒りも多少静まっただろうタイミングで、それまで独演で周囲を引かせていたらしい森谷帝二が、毛利探偵相手にクイズを出すことになっていて。

小さな紙片を配り始めたから、私もその中から1枚もらって目を落とした。

これ、コナンの映画でその後恒例になっていくダジャレクイズの原型かな?

紙片には3人の男性のプロフィールが書かれていて、この3人に共通する言葉を平仮名5文字で答えればいいらしい。

 

 

3人は名前も趣味もバラバラで、一見共通することはないように見えたけど。

生まれた年がそれぞれ1年違いで、元の私よりもだいたい一回り年上だったから、干支はすぐに計算できた。

見るとコナン君が指を折って何かを数えていて。

 

 

「昭和31年は申年ですよ。32年が酉年で、33年が戌年です」

「愛夏姉ちゃん?」

「それを計算してたんじゃないんですか?」

「……そこまで判ってるんなら、愛夏姉ちゃんも判ったよね。ねえ、せーので正解を言ってみない?」

 

「いいですけど」

「じゃあ、せーの!」

 

 

「ももたろう」

 

 

って、なんで私一人なんですか!?

う……裏切られた、江戸川コナンに裏切られたよ!!

 

 

「愛夏姉ちゃんすごーい! 3人が生まれたエトがサルとトリとイヌで、ぜんぶももたろうの家来だなんて、ぼく子供だからわからなかったよ!」

「正解です! でもよく判りましたね。たいしたものですよ」

「いえ、私は……」

 

 

く……これが江戸川コナンのザ・子供のフリパワー炸裂か!

これだから子供は……もう子供なんか信じない、ぜったい信じないぞ!!

 

 

「それじゃあ正解したご褒美に、高久喜さんには特別に私のギャラリーをご案内しましょう。コナン君と蘭さんもご一緒にどうぞ」

「はい!」

 

 

いや別に、建築家のギャラリーとか興味ないんですけど。

でもこのパーティーに参加してる以上、そんなこと言っちゃいけないんだろうな。

 

 

案内されたのは屋敷内の一室で、広い部屋の壁中にたくさんの写真がかけてあった。

ほぼ建物の写真ばかりだから、これは森谷さんが設計した建物の完成した姿、ってことなのかな。

自由に見ていいとのことだったので、蘭さんのあとについて適当に見流していると、コナン君が一つの写真の前で足を止めた。

 

 

「蘭姉ちゃん、これこの前の」

「そうよ、黒川さんのお宅だわ」

 

 

黒川さん、か。

いちおう名前だけは覚えておこう。

 

 

「ところで、高久喜さんは工藤君とは親しいのですか?」

 

 

うしろを歩いてきた森谷さんにとつぜん訊かれて驚いてしまう。

 

 

「いえ、私は。親しいのは蘭さんの方です」

 

 

言ってしまってからヤバかったかもしれないと思う。

(森谷帝二のターゲットが工藤新一なら、より工藤新一と親しい方が危険だろう)

でも、蘭さんも聞いてるのだから、ここで工藤新一と親しいとか大ウソはつけないし。

 

 

「私、彼とは幼馴染で、高校も一緒なんです。ただここんとこしばらく会ってなくて。……でも、今度の水曜日が新一、いえ、彼の誕生日で、一緒に映画を観る約束をしてるんです!」

「ほお、それは楽しみですな。では、もうプレゼントも買ってあるんですね」

「いえ、それは火曜日……彼、私と同じで赤い色が好きなんです! それに5月は、二人とも赤がラッキーカラーで。だから赤いポロシャツプレゼントしようかなーって」

 

 

なんだ、この蘭さんの怒涛のセリフは!?

よく知らない人にここまで個人情報をさらすのって、……もしかして蘭さん、私に対抗してるのか?

 

 

「え? これ米花シティビルじゃないですか? 私たち、ここの米花シネマワンで映画を観るんです。3日の夜10時にロビーで待ち合わせて」

 

 

もうやめてくれ、ただの対抗意識なら必要ないから!

私、工藤新一とは親しくもなんともないし、プレゼントのことは完全な誤解だし。

だから私に対抗するのはやめなさい!!

森谷帝二にそんなに詳しい情報を与えたら、もうそこを狙ってくれと言ってるようなもんじゃないか!!

 

 

心の中で叫びながらも口に出しては一言も言うことができないまま。

再びパーティーに戻ると、毛利探偵はいろんな人に囲まれながら、それまで解決した事件のことを自慢げに話していた。

これ以上目立つ気がなかった私は、隅の方で料理をつまみながら周囲を見回していて。

どうやらこの場にはこの事件にこれ以上関わる人はいないことが判ったので、ときどき蘭さんやコナン君と会話しつつパーティーが終わるのを待っていた。

 

 

 

帰りのタクシーの中、座席順は来た時と同じで、幾分ほっとしていた時。

蘭さんの向こうからコナン君が話しかけてきたんだ。

 

 

「ねえ、愛夏姉ちゃん、明日は空いてる?」

 

 

明日? この映画、このあとまだ事件当日以外のエピソードとかあるのか?

 

 

「なにかあるんですか?」

「ぼく友達と東都タワーに行こうって約束してるの。だから一緒に来てほしいんだ」

 

 

ああ、これってあれか、大都会暗号マップ事件の前フリエピソードだ。

(ていうか、映画進行中でも原作エピソードは進むのか?)

確か東都タワーで子供たちの荷物が入れ違っちゃって、イタリア人が書いた暗号を入手するんだったよな。

 

っていうか、それ引き受けたら私一人で子供4人を引率するってことで……。

蘭さんも気づいたようで、私が答える前に間に入ってくれた。

 

 

「ねえ、コナン君、それ私じゃダメかな? ほら、愛夏ちゃんいろいろ忙しいし」

「うん、でも、ぼく愛夏姉ちゃんが一緒がいい」

 

 

原作ならこのエピソード、毛利蘭が引率するはずなんだよね。

だからここで断ったところで原作がおかしくなるようなことはない訳で。

むしろ私が引き受けた方がいろいろ危ない気がする。

 

 

でも、今回のパーティー参加の仕事、工藤新一は1万円の報酬を用意しているはずだ。

私はもらいすぎだと阿笠さんに伝えてあったけれど、洋服代の件もあるから工藤新一はたぶん減額に同意はしないだろう。

なら、もらいすぎた分は子供たちの引率を引き受けることでチャラにした方がいいのかもしれない。

むしろ江戸川コナンが強硬姿勢をとれば、これも仕事として工藤新一が依頼してくる可能性が無きにしも非ずだったりするんだ。

 

なんかだんだん工藤新一と江戸川コナンが私の宿敵に見えてきたよ。

(いや、そんなの関係なく工藤新一も江戸川コナンも大好きなんだけど)

 

 

コナン君のあの目はぜったい何か考えてる。

(今日彼は私に質問する機会を一度逃しているんだ)

私の秘密を探り出すためなら、彼はきっとどんな小さなチャンスでも逃すことはしないだろう。

 

 

「……蘭さんが一緒なら」

「え? 愛夏ちゃん無理しなくてもいいのよ。コナン君のことは私が引き受けたんだし」

「ううん、大丈夫だから。でも、一人は不安だから、申し訳ないけど蘭さんも一緒にいてほしい」

「それはかまわないけど。……判った。私も愛夏ちゃんと話したいことがあるし、明日は一緒にお出かけしよう」

 

 

そういえば蘭さんの誤解もちゃんと解かなくちゃならないのか。

これ、もしかしたらけっこう面倒なことになっちゃったかもしれないな。

 

 

とりあえず、蘭さんにはことの経緯をきちんと話さないと。

そして、可能な限りコナン君の追及をかわすというのが、明日のミッションになった。

 

 

 

 

4月30日(土)

 

 

自転車便の面接日が明後日に迫ってたから、私は午前中、洗濯を終えたあと、ママチャリの整備をしに近くのお店まで持っていった。

空気を入れて、油もさしてもらって、軽く町内を走ってみる。

うん、45歳の時とは桁違いに運動能力も上がってるな。

(ていうか、45歳の私はそもそも自転車を持ってなかったし)

しばらくぶりに運動するのが楽しかったから、つい足を延ばして東都環状線1周なんてことをやらかしてみた。

 

 

いちど戻ってシャワーを浴びたあと、時間を見計らって毛利探偵事務所へ行く。

その日は毛利探偵も特に依頼はなかったようで、暇そうにしながらデスクで新聞を読んでいるところに、やがて子供たちが連れ立ってやってきたんだ。

 

 

「こんにちわ」

「おじゃまします」

「おじさんコナンの父ちゃんか?」

「ただいま、ランドセルおいてくるね」

 

 

にぎやかだ。

ほかのみんなはすでに一度帰ってランドセルは置いてきたようで、荷物もなく手ぶらだ。

この分だと財布もないんだろうな。

まあ、小学一年生にお金を持たせる親がいたらそっちの方が驚きか。

 

 

「あ、愛夏お姉さんだ。こんにちわ」

 

 

歩美ちゃんが声をかけてくる。

ていうか、よく覚えてたな。

あの幽霊屋敷のときはかなりの暗闇で、顔なんかほとんど判らなかっただろうに。

 

 

「こんにちわ、歩美ちゃん」

「あ、お姉さん覚えててくれたんだ」

「吉田歩美ちゃんですよね? 覚えてますよ。あと、小嶋元太君と円谷光彦君。ちゃんと知ってますよ」

「わっ、なんで知ってんだ!? おまえかいじんのてさきか!?」

「元太君、そんなわけないじゃないですか。初めまして、円谷光彦です。あの、お姉さんは?」

 

「初めまして、高久喜愛夏です。今日はよろしくお願いします」

 

 

やっぱり、以前幽霊屋敷のときに発見したんだけど、子供相手には敬語キャラでいた方がいろいろ楽だな。

笑顔スイッチとか自動的に入ってくれるし、子供のペースに引きずられずに済むし。

たぶん昔から私が作ってる“普通の人間モード”が敬語で構成されてたからなんだろう。

相手を子供と思うより、セクハラでパワハラな上司だと思ってた方が、理不尽な行いに対する怒りなんかも表に出さずに済むような気がする。

 

 

じっさい、コナン君相手にも敬語で対応するようになってからは、多少話せるようになったからね。

もう、子供も大人もお姉さんも、ぜんぶいっしょくたにこのモードで行くことにしよう!

 

 

蘭さんを先導役に、私は後方で監視役をしながら、子供たちを誘導して電車で東都タワーへと向かう。

蘭さんは子供たちの興味の対象が他へ移らないよう、適度に話しかけて意識を自分に向けている。

ほんと、毛利蘭ていろいろハイスペックだよなぁ。

彼女を見てると、自分がいかに45年という時間を無駄遣いしてきたのかよく判る気がするよ。

 

 

 

無事に東都タワーの展望台に辿りついたあと、いったん自由行動をとることになった。

 

 

「いーい、みんな。6時になったらお姉さんたちのいるこの展望台に戻ってくるのよー!」

「「「はーい」」」

 

 

仮面ヤイバーショーか。

そういえば子供の頃、近所の広場にやってきたゴ○ンジャーにサインもらったことがあったなぁ。

あの時抱き上げられて撮った写真とか、どこに行ったんだろう?

(って、少なくとも16歳の女の子の部屋になった今の高久喜家にそんなものがあるわけないか)

 

 

「愛夏ちゃん、お疲れさま」

「ううん、蘭さんの方こそ。ほとんど子供たちの相手任せちゃってごめんね」

「いいのいいの。だって子供ってかわいいから。一緒にいると和むんだよね。だからぜんぜん苦にならないよ」

「私はムリだな。どっちかっていうと緊張しちゃう方だから」

 

 

「きゃっ!」

 

 

突如悲鳴を上げた蘭さんの方を見ると、うしろからコナン君がジュースの缶を蘭さんの頬にあてていた。

 

 

「おどろいた? はい、これ、蘭姉ちゃんの分! 愛夏姉ちゃんのもあるよ!」

「あ、ありがとう」

 

 

いたよここに、財布持ってる小学一年生が!

ともあれ、コナン君の背丈では蘭さんの顔が限界で、私の顔までジュースの缶を届かせることはできなかったらしい。

 

 

「コナン君は行かないの? 仮面ヤイバーショー」

「う、うん……」

 

 

さすがに工藤新一は楽しめないか。

むしろ私くらいになっちゃえば、別の楽しみ方があるんだけど。

 

 

「ねえ……、正体って、なに……?」

「え?」

 

 

あ、そういえばこういうシーンあったな。

私は一歩下がって傍観者に徹する。

 

 

「ほら、この前新幹線の中で言ってたでしょ? 『本当のオレの正体は』って。あのあと、聞いてなかったよね」

「い、いや、その、だから……。ボ、ボクの、正体は……」

 

 

とつぜん窓枠の上で立ち上がったコナン君は、腕を前に組んでポーズをつけて。

 

 

「ボクの正体は、仮面ヤイバーなのだ!! とおっ!!」

 

 

窓枠をジャンプして降りると、そのあとはもう振り返らずに人ごみの中を走っていってしまった。

 

 

……うん、なんか、めちゃくちゃ和んだわ。

今頃コナン君、顔真っ赤なんじゃないかと思うと余計に。

 

 

「かわいいね、子供って」

「うん、確かに和んだ」

「愛夏ちゃんも、少しずつ慣れていくといいと思うよ。きっと自然にかわいいと思えるようになるから」

 

 

蘭さん、知ってるんだな。

“私”が内気で引きこもりで、約1年間誰にも会わずにいたんだ、ってこと。

まあ、たぶん阿笠博士あたりに聞いたんだと思うけど。

 

 

これ以上望むのはぜいたくなんだ、って判ってるけど。

できればそのやさしさ、失踪する前の“高久喜愛夏”に向けてもらいたかったな、とはちょっとだけ思う。

 

 

「ねえ、愛夏ちゃん。……新一のことなんだけど」

 

 

和んだところで、蘭さんが今日の本当の目的を話し始めた。

私もすぐに臨戦態勢に切り替える。

 

 

「うん」

「前に新一の家を掃除してたこともあるし、昨日の服の話とか。……もしかして、新一と定期的に話したり、……会ったりとかしてるの?」

 

「電話で話したのは、2回だけかな」

「……会ったのは?」

「会ったりはしたことないよ。……私が久しぶりに外に出たのが、4月8日の金曜日で、その日の夕方にちらっと姿を見たくらい。そのときはまだふつうに家にいたんだよね?」

「うん、私が新一とトロピカルランドに行ったのがその次の日だから。でもそれ以降、居所が判らなくなっちゃって」

 

「家の掃除を頼まれたのはね、阿笠さんを通してだから、工藤さんとは話してないんだ。ただ、掃除の最後の日に、夜になって電話がかかってきてね。ただ、掃除ありがとう、ってだけ。私もどういう作業をしたのか、軽く話しただけだから、そんなに長時間でもなかったし」

「うん」

 

「もう1回は、私が蘭さんの学校に電話した日だったかな。昨日の、ガーデンパーティーに出席してもらいたい、って。そのとき私がスーツでもいいかって聞いたら、じゃあ服を用意するって話になって。でも、さすがにそれは困ると思ったから、阿笠さんを通して買ってもらった服を買い取ったの。……うん、高い買い物だった、うん」

 

 

私が聞いてくれオーラを出していたからだろう。

蘭さんは律儀に私に訊いてくれた。

 

「ちなみに、いくらだったの?」

「上下3枚で4万8千円」

「……はぁ!?」

 

「ひどいよね。こっちはお金が欲しいから必死でバイトしてるのに、1枚平均1万6千円の服とか。まあ、買い取るって言った手前、私も阿笠さんを通してちゃんと全額払ったけどさ。一歩間違えたら詐欺の一種だよ、あれは」

「……」

「蘭さん、もしも工藤さんと結婚するなら、その前にあの経済観念、どうにかしておいた方がいいと思う。まあ、近所に住んでて顔見知りだって理由はあるのかもしれないけど、他人にちょっとした仕事を頼むのに、その金額を必要経費で払おうとするなんて、やっぱり常識としておかしいよ。もしもこれが会社とかの制服かなんかだったら私も何も言わないけどね。蘭さん、これなんとかしないと、これからぜったい苦労すると思うよ」

 

 

話してるうちに私も不満爆発な感じになっちゃって。

余計なことまでいろいろ言った自覚はあるけど、でも後悔はしていなかった。

たぶん誤解は完全に解けたと思うから。

あの服がプレゼントなんて心温まるものじゃなかったことも、私が蘭さんと工藤新一との関係を心から応援してるんだってことも。

 

 

「あ、ごめん。なんか話がそれちゃって。……そんな訳だから、私は工藤さんとはたいして話してないし、居所なんかも判らないんだ。私よりたぶん、阿笠さんの方が多少は知ってると思う」

 

 

私がこの引きで想定していた話の流れとしては。

蘭さんは「じゃあ阿笠博士に聞いてみる」ってな感じで納得して晴れやかな笑顔を見せてくれるか、「私と新一が結婚だなんて」と照れた感じで微笑んでくれるか、ってものだったんだけど。

なぜか蘭さんは少しの間顔を伏せて考え込んじゃったんだ。

そうなっちゃうと、私の方から声をかけるなんてこともできなくて。

 

やがて顔を上げた蘭さんは、私の方を真剣な、でもちょっとだけ切なそうな表情をして見つめたんだ。

 

 

「愛夏ちゃんは、もっといろんな人と話をして、人の気持ちとかも判るようになった方がいいと思う」

 

 

毛利蘭の言葉にしてはけっこう辛辣で、私はちょっと驚いてしまった。

 

 

「愛夏ちゃん、あんまり自分で自覚してないのかもしれないけど、素敵な女の子だと思うよ。だから自分の魅力をもっと自覚してほしい」

 

 

あ、一応自覚はあります。

こんな私でも、ささやかながらモテ期というのは存在していたので……20代の頃は。

 

 

「私、新一のことが好きなの、あきらめないから。……これからはライバルだと思っていいかな?」

 

 

 

―― どうしてこうなった!?

 

 

 

 

 

 

そのあと。

元の明るい雰囲気に戻った蘭さんに、私は必死で誤解だと何度も言ったのだけど。

蘭さんの返事は「誤解してるのは愛夏ちゃんの方だと思う」で、詳しく聞こうとすれば「ライバルだから教えない」で。

そんな話をしているうちに、ふとコナン君が駆け寄ってくるのが見えたんだ。

話を聞けば、歩美ちゃんのヤイバー人形がなくなったとのことで、コナン君の案内で私たちも現場のトイレの前まで行った。

 

 

「わたしちゃんとトイレの前に人形の入った袋を置いたのよ。でもトイレから……トイレから出たらなくなってて……代わりにこの袋がー」

「そっか。きっと誰かが間違えて持ってっちゃったのよ」

「えー」

 

「少しここで待ってみましょう。たぶん向こうが気づいて戻ってくると思いますよ」

「愛夏お姉さん、ほんとにそう思う?」

「はい、たぶん大丈夫だと思います。安心してください」

 

 

歩美ちゃんとそんな会話を交わしている間にも、元太君が残された袋をひっくり返し始めて。

……まあ、悪人の持ち物だからいいのか?

これがなければイタリア強盗団を一網打尽にできないと思えば、彼らの行動を邪魔するのは間違いなんだろうと思うけど。

でも、あの暗号がなければ、子供たちを危険な目にあわせることもない訳で。

 

 

……このあたりもけっきょく永遠の葛藤になるのかもしれないな。

この経験がなければ、彼らがこれから先に出遭う危険を回避できるだけのスキルは身につかないかもしれないのだし。

工藤新一が江戸川コナンになった時と同じく、私はスルーしつつ彼らの無事を祈ることしかできないのかもしれない。

 

 

 

ほどなくして袋の持ち主の男の人はちゃんと原作通りに戻ってきて。

袋を交換したあとの帰り道、軽くなにか食べてから帰ろうかと話していた時、再びさっきの男の人がやってきたんだ。

彼は暗号の紙片を探していて、ちょっと強引に歩美ちゃんの袋を探ろうとしたその時。

蘭さんが繰り出した足蹴りにサングラスを飛ばされて、警察に言うと脅されて、そそくさとその場を駆け去っていった。

 

 

そのあとはまあ、とりたてて何もなく、軽く食事をして帰った訳だけれど。

(もちろん子供たちの食事代は蘭さんと折半しましたよ、ええ)

帰宅したあと、そういえばコナン君は何のアクションも起こしてこなかったな、ってなことに思い至った。

まさかあの時、彼が私と蘭さんとの会話を盗聴器ごしに聞いていた、なんてことはつゆほども思わずに。

 

 

 

 

5月1日(日)

 

 

翌日日曜日。

いよいよ明日が自転車便の面接日だったから、私は今日も自転車で軽く都内を回ってみるつもりだった。

ところが、そろそろ出かけようというとき、阿笠さんから電話がかかってきたんだ。

呼び出されて阿笠さんの家のリビングに落ち着くと、さっそくテーブルに一つの封筒を差し出してきた。

 

 

「新一からじゃ。おとといのバイト代だと言っておったよ」

「あ、はい。拝見します」

 

 

中身は最初の約束通りの1万円だった。

まあ、そのうち4分の1くらいは昨日の引率で消えてくれたから、交通費と時間当たりの金額を計算すれば、さほど過剰でもない時給になったりする。

 

 

「確かに、ありがたくいただきます」

 

 

私が受け取ると、阿笠さんはほっとしたように息をついた。

 

 

「すみません、間に立たせてしまって」

「いや、いいんじゃ。新一君も今回はよく判ったじゃろう。愛夏君がけっしてお金だけで動いているのではないとな」

 

 

私も、自分ではあんまり判ってなかったんだけど。

若い頃にいちど地主っぽい人にプロポーズされたことがあったんだけど、けっきょく私はその人と結婚しようって気になれなかったんだよね。

私がお金に執着しているのは、先々の安定が欲しいからでしかないんだ。

だから、面倒なことを抱え込みそうないろいろくっついてきそうなお金なら、かえってもらわない方がうれしいと思ってたりするんだ。

(要するにただのめんどくさがりなんだけど)

 

 

「じゃが、愛夏君にも、新一君が愛夏君を怒らせようとした訳ではないことは判ってやってくれんか?」

 

 

ん? 私、前回阿笠博士に服のお金を払った時、そんなに怒ってたか?

まあ、多少毅然とした笑顔では対応した気がするけど……自分が思ってる以上に怖かったのかな?

 

 

「えっと、私、別に怒ってないですし。工藤さんが私を怒らせようとしたなんてことはぜんぜん思ってませんよ」

「そ、そうか、ならいいんじゃ。忘れてくれたまえ」

「はい」

 

「ところで愛夏君、ゴールデンウィークの予定は何かあるのかね?」

 

 

ゴールデンウィーク? ああ、世間では会社や学校が軒並み休みになるんでしたね。

私もトリップ前は堪能した口だけど、今では関係ない境遇になってますよ。

 

 

「ええっと、実は明日、新しい仕事の面接があるので、その結果によってですね。面接が通ればたぶんシフト制になるので、あんまり土日祝日は関係ないんじゃないかと」

「ほお、それはなによりじゃ。うまくいくといいのォ」

「はい」

 

 

その後ゴールデンウィークについてはとくに言及しないまま、私は阿笠博士の家を辞した。

もしかしたらなにか仕事をくれようとしたのかもしれないけれど、今はひとまず面接一直線だ。

 

 

 

そんなこんなで、ほぼ1日中都内を走り回って。

なんとなく夕方ごろから東都タワー前の月見通りも走ってみたけれど、コナン君たちやイタリア強盗団の面々とすれ違うこともなく。

帰宅して夜のニュースで強盗団が逮捕されたことを知って、子供たちが無事だったことも判って、ほっとしたところだったりする。

 

 

 




4月の収支報告

収入
谷氏の家政婦とお詫び 2万円
沖野ヨーコ付き添い 1万円
阿笠宅の掃除洗濯 1万円
工藤邸の掃除 4万円
籏本家の雑用 12万円
工藤新一の名代 1万円
計 21万円

支出
工藤新一からの洋服 4万8千円
サンダル 6千円
美容院+美容用品 9千円
子供たちの経費 3千円
その他交通費等 4千円
計 7万円

収入-支出=14万円

 

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