この世界、おばさんにはちょっとキツイです。   作:angle

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事件が多い=長いです。


FILE.17 現世のことは現世で ~ピアノソナタ『月光』殺人事件~

5月13日(金)

 

 

昨日は夕食のあと、なにもせずにそのままぱたりと眠ってしまって。

目が覚めたのは、いつもの目覚ましが鳴るよりも前、夜中の3時半過ぎぐらいでした。

 

 

時刻を確認して、一瞬そのまま寝そうになっちゃったんだけど。

旅行の支度がぜんぜんできてないことに気付いたから、慌てて起き出してお風呂に火をつけたあと、昨日空にした旅行かばんに再び衣類やら何やらを詰め込んでいった。

私、本来だったらこんなに毎日予定があるような、活動的な生活してなかったんだけどな。

(ほんと私、仕事がなければ立派な引きこもりだったし)

土日は一歩も家から出ないでいられた45歳の頃が懐かしいです。

 

 

毛利探偵は一泊の予定だと言ってたけれど、原作では確か二泊してたはずなので、2日分の下着を詰め込んで。

身支度したあと日焼け止めとヘアムースもかばんに放り込んで、いつものカレーで朝食にして。

5時半の待ち合わせまでには何とか間に合ったので、道々あくびをしながら毛利探偵事務所まで行ってみると。

……こちらも戦場でした。

 

 

「愛夏ちゃんおはよう! お父さん、すぐ降りてくるから!」

「あ、はい。今日はよろしく」

「うん、こちらこそ! あ、コナン君、歯ブラシちゃんと持った!?」

「蘭姉ちゃん、旅館に泊まるんだから、歯ブラシはいらないと思うよ」

 

 

蘭さん、程よくパニクってるなぁ。

ていうか、原作では彼らが旅館に泊まってる描写ってほとんどなかったんだけど、もしかしてお風呂とか着替えとかぜんぜんしないまま3日間過ごしちゃったりしたんだろうか?

 

 

 

5時半過ぎにはどうにか事務所を出ることができたから、そこから電車を乗り継いで、港まで行って。

伊豆諸島を回る高速船に乗って中継地の島まで行ったあと、その島で早めの昼食をとってから、今度は小型の船に乗って月影島へと向かった。

 

 

「 ―― ったくよー、なんでこの名探偵毛利小五郎が、わざわざあんな島に出向かなきゃいけねーんだ? 一週間前に届いた、こんな手紙のせいでよー……。それに、一昨日かかってきた、男からの電話。 ―― ったく、身勝手な依頼人だぜ」

 

「でもいいじゃない。おかげで伊豆沖の島でのんびりできるんだから! ねー、コナン君?」

「うん!」

 

「フン……。あれがのんびりできる島に見えるかよ……?」

 

 

見れば遠くかすんで小さな島影が見える。

……いや、遠くはないな、島が小さいからあまり近づいてるように見えないだけで。

あんなところにも人が住んでるっていうんだから……人間てほんと、すごいと思う。

 

 

 

船から降りたあと、月影島の案内パンフレット ―― 船を乗り換えた島に置いてあった ―― を見ながらまずは旅館へと行く。

そこで旅の荷物を置いたあと、まずは麻生圭二さんを探さないとということで、村役場へ。

窓口の職員が住民台帳を探している間、私は手元の手帳にそれまでの記録をつけていた。

島に到着したのが2時過ぎで、旅館経由でここにきたから、そろそろ時刻は午後3時半になるところだ。

 

 

「愛夏姉ちゃん、それ、お仕事?」

「はい。毛利探偵の調査報告書を作るための資料にするんです。必要経費なんかも計算しないといけませんしね」

「……大変なんだね」

「大変ですけど、それが仕事ですからね。どうかコナン君は気にせず、のんびりしていてください」

 

 

まあ、のんびりできるのは今だけだけどね。

こうしている間も、名探偵は名探偵で、届いた手紙についていろいろ考えを巡らせたりしているんだろう。

 

 

窓口でしばらく待たされて、やがて得られた返事は「そんな人はこの島にいない」で。

でもそのあと、年かさの職員が教えてくれたところによると、麻生圭二さんはすでに亡くなっているということだった。

満月の夜に自宅で家族を惨殺し、自ら家に火を放ったとか。

まあこれ、けっきょくは麻生さんを殺した犯人たちがでっち上げた噂で、麻生さん自身も彼らに殺されたことがのちに判ったりするんだけど。

 

 

「うーむ、死者からの手紙か。タチの悪いいたずらだぜ」

 

 

もしかしたら島にきたのが毛利探偵だけだったら、そのまま船でとんぼ帰りしてた可能性もあったよな。

コナン君が引き留めてけっきょく村長さんに事情を聞くことになったんだけど。

あんがいここで帰ってた方が、犯人も犯行を順延するなりしてたかもしれない。

(そして今度は別の探偵に依頼して……って、それじゃお金がいくらあっても足りないか)

 

 

村長がいるという公民館を求めてさまよっていると、住宅街の真ん中にある診療所から、患者を見送りにその人が出てきたんだ。

白衣を着て、ハイネックのセーターにスカートをはいた、犯人が。

 

 

「あのー、すみません、公民館ってどこですか?」

 

 

蘭さんの声に振り返ったその顔を見ても、本当に女性にしか見えない。

身長は私よりも低くて、肩幅は……もしかしたら私より若干広いかもだけど、でも十分女性で通用する範囲だ。

喉仏はハイネックで見えないし、足もうらやましいくらいにきれいだし。

声も女性にしては低い気がするけど、でも男の人の声というにはちょっと無理がある感じだった。

 

 

たぶん、3日前に事務所の留守番をしてた時に聞いた電話の声と同じはずなんだけど。

むしろあの時の方が作ってたのかもしれないな。

この人が低くぼそぼそ話すところを想像してみたけれど、電話の時の声と一致させることはできなかった。

 

 

浅井成実と名乗った(見た目)女医さんは、選挙カーが通ったのをきっかけに、近く村長選があることを教えてくれて。

2年前に亡くなった前村長の三回忌法要が、これから公民館で行われるという情報も教えてくれた。

 

 

確か成実先生は前村長の検死をしていたはずだから、2年前にはすでにドクターだったということで。

医大で医師免許が取れるのが最短で24歳だったはずだから、その直後に赴任してきたとすると現在は若くて26歳、実際はもうちょっといってそうな気がする。

(現実的なことを言えば医大卒業後すぐに検死とか若干ムリがあるけど、原作ではそんな感じだった)

ということは、家族が亡くなった12年前には最低でも14歳にはなってたってことで……。

当時東京の病院に入院していたはずの14歳の(もしくはそれ以上の)少年が、浅井家の養子になって病気を克服して必死で勉強して医大に入って、ここまで来るにはとてつもない苦労があったんじゃないかと思う。

 

 

……なんでみんな、そこまで努力してなお、復讐なんかに手を染めようと思うんだろう?

成実先生だって、医者を志したのはきっと、自分の命を救ってくれたお医者さんに感謝してのことだろうと思うのに。

(少なくとも島の診療所では対処できないほどの病気だったんだから、ある程度命の危険なんかもあったんだろう)

命の大切さを一番知ってるはずの、そして家族が殺された悲しみを一番知ってるはずの成実先生が、これから3人もの人たちを次々殺していく殺人鬼になる。

止められるなら止めたいけれど、果たして被害者の命を救う道は残されているんだろうか?

 

 

 

公民館に近づくと、建物の前には村民が集まって、なぜか村長に対してシュプレヒコールをしていて。

まだ村長が代わって2年しか経たないというのにずいぶんと評判を落としているらしい。

 

公民館の中に入って、ちょうど部屋から出てきた村長の秘書らしき人に取次ぎを頼んだのだけれど。

なにをしているのか、しばらくの間そこで待たされることになった。

 

 

「 ―― ったく、いつまでこんなところで待たせる気だ?」

 

 

まあ、村長さんが東京の探偵という肩書にビビってるとは、さすがの毛利探偵も思うまい。

その時、コナン君が廊下の突き当りのドアを開けると、そこはグランドピアノが一台あるだけの広い部屋だった。

 

 

「ピアノ……」

「でけー部屋だなあ……ん? ほー、公民館の裏はすぐ海か……」

「でもこのピアノきったないわねー! 少しは掃除すればいいのに……」

 

「ダメですそのピアノに触っちゃ!!」

 

 

うしろからの声に驚いて見ると、さっきの秘書の人が立っていて。

このピアノが麻生圭二が死んだその日に演奏会で弾いていたもので、その後村長が死んだ日にも同じ『月光』を弾いていたことから、呪われたピアノだと呼ばれているのだとかなんだとか。

……まあ、この秘書の人(平田さん)が、ピアノの隠し扉を利用して麻薬取引をしてたりするから、人を遠ざけるために流した噂だったりするんだが。

 

今、この時点で隠し扉の中には、彼が隠した麻薬が入ってたりするんだろうか?

 

 

「とにかくあなた達は法事が終わるまで玄関で待っていてください!」

 

 

平田さんにピアノの部屋を追い出され、廊下で成実先生と村長候補の清水さんとすれ違ったあと、私たちはけっきょく玄関の外で法事が終わるのを待つことになった。

 

 

「ったくよー、いくら法事の前だからって、少しの時間くらい取れるだろうによー」

「なにか後ろ暗いことがあるのかもしれませんね。有名な毛利名探偵の名前に恐れをなしてるんでしょう」

「チッ、これも有名税ってヤツか。……まあ、仕方ねえな、大人しく待つか」

 

 

毛利探偵が煙草を取り出して、玄関先で吸い始めて。

一瞬目を奪われちゃったんだけど、あえて見ないようにしながら私は切り出した。

 

 

「少し、建物の周りをまわってきます。声が届く範囲にいますから、なにかあったら声をかけてください」

「ああ、判った」

 

「愛夏姉ちゃん、ぼくも行く!」

 

 

コナン君がうしろから追いかけてきたので、私は時計回りで、建物の周りを歩き始めた。

 

 

第一の殺人が起こるのが、この法事が行われている約1時間くらいの間だ。

ピアノの部屋の裏口のドアから海に連れ出された被害者が、海の水で溺死させられる。

被害者は村長候補の川島さんだ。

だから、もしかしたら私がピアノの部屋のドアを見張っていれば、殺人を未然に防ぐことは可能かもしれない。

 

 

というか、実際そのくらいしか思いつかなかったんだ。

公民館は追い出されちゃったから、中に入ることはできないし、たとえ入れたとしても私がそんな行動をとるのは不自然極まりない。

それだったらまだ、海の方で見張ってた方が確率は高いと思ったんだ。

 

 

「愛夏姉ちゃん、もしかして、煙草嫌い?」

 

 

追いかけてきたコナン君に訊かれてちょっとだけ答えに迷う。

……まさか、好きすぎて見てると吸いたくなるから、とは言えないし。

嫌いってことにしておいた方が無難だろう。

 

 

「うちの父も、けっきょく煙草に殺されたようなものなんです。1日3箱吸ってるヘビースモーカーだったので」

 

 

まあ、この世界の“私”の父親のことは知らないけどね。

でもたぶん、遺影も享年も一緒だったし、死因とかも私の父と変わらないだろう。

 

 

法事が行われている部屋の方を回って、玄関の真裏まで来る。

ピアノの部屋はさっきまでとは違って、カーテンがきっちり引かれて、中が見えなくなっていた。

海側まで回り込んでいちおう裏口のドアも引いてみる。

こちらにも鍵がかかっていて、ここから中に入ることはできそうになかった。

 

 

「愛夏姉ちゃん、なにしてるの?」

「いいえ、別に何もしてませんよ。ただ、ここから人が出てきたら、法事の様子が訊けるかもしれないと思っただけです」

 

「……もう日が暮れるね」

「そうですね。さすがにおなかが空いてきました。早く用事を済ませて旅館に帰りたいです」

 

 

話しながらも、もしかしたらピアノの部屋の様子が判るかもしれないと思って、耳を澄ませてたんだけど。

お坊さんのお経の声と、なによりあの木魚の音が強烈で、小さな気配くらいでは感じられなくなっている。

建物の反対側でこれだけ聞こえるんだから、法事の席で聞いてたら、心臓に直撃するようなめっちゃ鋭い音なんだろうな。

(なにもあんなに力いっぱい叩かなくてもと思うんだけど……私が知ってるお坊さんて、なぜかみんなものすごく力を込めて木魚を叩くんだよね。心臓が弱い人なら命に係わるよ)

 

 

 

しばらくの間、私とコナン君は、海に沈む夕日の残照を眺めていた。

やがてポツリとコナン君が話しかけてくる。

 

 

「ねえ、愛夏姉ちゃん。……愛夏姉ちゃんは、あの手紙の文章、どう思った?」

 

 

手紙の文章って、あれだよね。

“次の満月の夜、月影島で再び、影が消え始める。調査されたし”ってヤツ。

これだけでは殺人予告とは思えないけど。

 

 

「なにかが始まる、って言ってるように感じますね。再び、ということは、以前にあったのと同じことが起こる、ということでしょうか」

「以前にあったことって、麻生圭二さんが亡くなったことと、前の村長さんが亡くなったこと?」

「差出人の麻生圭二さんを調べていて、その二つが出てきたってことは、少なくとも関係がありそうですけど」

「……ピアノの呪い」

 

 

コナン君は少しの間考え込んでいたけれど。

やがてなにかに気付いたのか、ふと顔を上げて真剣な目で私を見つめて言った。

 

 

「愛夏姉ちゃんはここにいて!」

 

 

そう言い捨てたあと、玄関の方へと走っていく。

そのあと玄関で毛利探偵と言い争うような声が聞こえてきて。

どうやら公民館に入ろうとするコナン君と、それを阻止しようとする毛利探偵との間で攻防が始まったらしい。

私は言われた通りにその場を動かず、じっとピアノの部屋の気配をなんとか読み取ろうとしていた。

 

 

でも、けっきょくそのドアからは誰も出てこなかったのに。

ピアノで演奏された『月光』の曲が、部屋の中から聞こえてきたんだ!

 

 

―― まさか、殺人が行われた……?

私が中の気配を感じ取れなかったのは仕方がなかったとしても。

(あの木魚っ……!)

犯人は被害者を溺死じゃなく、別の方法で殺したってことになるのか……?

 

 

お坊さんの声がやんで、公民館の中が騒然としてきて、誰かの悲鳴や怒鳴り声も聞こえてくるようになって。

私はコナン君が言った通りその場を動かずにいたんだけれど、やがてコナン君自身が窓のカーテンを開けて、私と目を合わせてきたから。

私はそれを動いてもいいという意味としてとらえて、再び玄関から回ってピアノの部屋へと向かった。

 

 

川島さんの遺体は、原作同様ピアノにもたれかかるようにそこにあって。

その身体に濡れたような様子はなく、部屋にも引きずったような跡はまったくなかった。

 

 

「 ―― 死亡推定時刻は、30分から1時間ほど前。首にうっ血したような跡が認められますが、直接の死因は……おそらく急性の薬物中毒ではないかと」

「薬物中毒、ですか?」

「はい。解剖して詳しく調べなければはっきり判りませんが」

 

 

成実先生が検死をした結果が聞こえてくる。

……薬物中毒。

たぶん私が外にいるのを、カーテンの隙間からでも確認したんだろう。

成実先生は殺害方法を、とっさに溺死から薬物中毒に変更したんだ。

 

 

使った薬物は十中八九、ピアノの中に隠されていた麻薬で。

どういう方法で摂取させたのかは判らないけど、たぶん今彼女を調べても、注射器などは持っていないだろう。

 

 

―― 殺害阻止は、できなかった。

あれだけで阻止できる確率はそう高くないとは思ってたけど。

(どちらかといえば成実先生が私を見て殺害を思いとどまってくれるのを期待していた)

でも私、ピアノの中に麻薬が入っていたことも知ってたはずなのに。

……私がやることはいつも中途半端だ。

 

 

とりあえず無心で毛利探偵の捜査を手帳にメモしていく。

今の私にできるのはそれだけだったから。

 

 

「この部屋のドアには鍵がかかっていて、外には法事が始まってからついさっきまでずっと愛夏が立っていた。玄関のドアにはオレたちがいた訳だから、犯人はこの部屋から出たあと、法事の席に戻った確率が高いな」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃー犯人はまだこの中に、いるかもしれないって事!?」

「ああ、あの騒ぎに乗じて外へ逃げ出していなければね」

 

 

そのあとはほぼ原作通りで、トイレに立った被害者を最後に見たのは現村長の黒岩さん。

そのすぐあとに成実先生もトイレに立って、その時は怪しい人は見なかったと証言した。

被害者に恨みを持つ者(というか、被害者が死んで得をする人物)として挙がったのは、現在村長選を戦っている黒岩さんと清水さん。

そしてコナン君は、被害者を殺したのは男の人だろうと推測した。

 

 

「だってほら、殺された川島さんって、かなり大柄な人だよ。あんな人を短時間で首を絞めて、外にいたぼくたちに気付かれないように音を立てずにあんな格好をさせるなんて、ふつうの女の人にはできないと思うけど」

 

 

確かに、床に人が倒れるような音がしたら、あの木魚の音があってもさすがに気づいていたような気がする。

ということは、成実先生は川島さんが声を上げる暇もないほどに瞬時に首を絞めて気絶させて、倒れ掛かる巨体を支えてピアノの椅子に座らせ、薬物を摂取させたということで。

まあ、お医者様だから、人の頸動脈をどう締めれば気絶するかとかは知り尽くしてるのかもしれないけど。

ほとんど神業というか、一歩間違えていたら失敗しかねないほど綱渡りだったというしかない。

 

 

ピアノのふたの間には、原作通りに楽譜が挟まっていて。

おびえたように西本さんが走り去っていったのも、原作の通りだった。

そこで、それまで姿が見えなかった蘭さんが、駐在のおまわりさんを連れて戻ってきたんだ。

おまわりさんがやってきたことで一区切りついたので、今日のところは私たちも解散することになった。

 

 

 

帰り道は、途中まで一緒だった成実先生と別れて。

旅館に帰る道すがら、コナン君が毛利探偵に、調査依頼の手紙が殺人予告だったという話をした。

 

そこで毛利探偵は、これまで起こった事件がすべてピアノのそばだったことから、ピアノを見張ると言い出して。

原作通り、公民館へと引き返してしまったんだ。

 

 

「ぼくたちも行こうよ、公民館に」

「コナン君、私は旅館に戻って休もうと思います」

「愛夏姉ちゃん?」

 

「ピアノを見張るといっても、24時間起きてる訳にはいかないでしょう? 今晩は私が休んで、明日の朝に交代要員として公民館に向かいます。もちろんなにかあったらすぐに電話してくれれば駆けつけますから」

「……うん、そうだね。おねがい」

「はい、了解しました」

 

 

蘭さんはコナン君と一緒に戻っていったので、私は宿に行って、島の海産物をたっぷり使った夕食を堪能したあと、温泉でゆったりまったりして布団で眠りについた。

いやだって、付き合ってられませんよ。

どうせ今夜は窓の外の人影を見るだけだろうし、明日は目暮警部たちが到着するから、むしろそっちの方が重要だし。

今日はゆっくり休んで、明日の朝コナン君たちと交代したあと、手帳の情報をまとめながら警察の到着を待つことにしよう。

 

 

 

 

5月14日(土)

 

 

いつものアラームで目を覚まして。

いつもの朝風呂は温泉という、いつもとは違ったぜいたくをしたあと、少し時間を早くしてもらった朝食をいただいて。

身支度後に旅館を出たのは朝の7時くらいだった。

島の朝の風景を見ながら公民館へと向かうと、原作通りコナン君と蘭さんと成実先生は起きていて、毛利探偵と駐在さんはぐっすりと寝入っていた。

 

 

「おはようございます」

「おはよう愛夏ちゃん」

「愛夏姉ちゃんおはよう」

「おはようございます」

 

 

皆さん眠そうな顔ですね。

とくに犯人さん、意味なく一晩中起きてなきゃいけないのはけっこうつらかったんじゃないでしょうか?

 

 

「昨日はなにか変わったことはありましたか?」

 

 

私が訊くと、3人はかわるがわる、夜に見た人影のことを話してくれて。

私はそれを手帳にメモしたあと、3人に宿へ帰るようにと促した。

 

 

「成実先生も独り暮らしなら、これから家で食事の支度をするのは大変でしょう? 毛利探偵は起きそうにありませんから、旅館の朝食をいただいちゃっても大丈夫だと思うんです」

「成実先生、ぜひそうしてください。昨日の差し入れのお礼です。父も許してくれると思いますから」

「そうね、じゃあいただいちゃおうかしら」

 

「なんなら温泉もいただいてきたらいかがですか?」

 

 

私が付け加えた言葉には、それはさすがに旅館に迷惑だから、と断っていたけれど。

……まあ、この流れで温泉へ行ったら、どうしたって女湯に3人で入ることになるだろうからね。

ちょっと意地悪だったかもしれない。

(でもこういう時の相手の些細な反応を、名探偵なら推理の材料にできるかもしれないからね。殺人犯にはちょっとだけ意地悪しちゃいました)

 

 

3人を見送って、私はピアノの部屋で昨日からの情報を手帳に整理していると。

なぜかコナン君だけが一人ピアノの部屋に戻ってきて。

 

 

「愛夏姉ちゃん、もしかして、成実先生ってなにか違和感があった?」

 

 

コナン君が不自然に思ったのは成実先生じゃなく私の方でした!

思いっきり想定外だよ!!

こんな場合の言い訳なんかぜんぜん考えてないし!!

 

 

「……自分でも、なにが違うのか、よく判らないんです」

「わからないの?」

 

「……強いて言うなら、私に対しての反応、みたいなものでしょうか。……私、背が高いせいで、私より背が低い男の人に、ときどきああいう感じの態度を取られることがあるんです。……横目で見上げて、ちょっと迷惑そうな表情をされるような。……女の人は、あまりそういう反応はないので、ちょっとだけ……気のせいかもしれませんけど」

 

 

私は成実先生が男の人だと最初から知ってるから、あまり気にしないでいたんだけれど。

思い返してみれば、確かに女性にはあまりないそういう反応があったような気がするんだ。

……まあ、本当にわずかで、気のせいだといってしまえばそう思えるような小さなものだったんだけど。

 

 

「もしかしたら、背が高い女性に、あんまりいい想い出がないだけかもしれませんね」

「……そう」

 

 

実はこの反応、いちばん顕著なのが、目の前のコナン君なんだけどね。

確かに、せっかく追い越したと思った私が再び見上げるようになったのだから、迷惑に思って当たり前だろう。

 

 

ほんとに私、言い訳を考えるスキルだけはどんどん上達してるよなぁ。

 

 

あまり私と長話をしていると、蘭さんが戻ってくる可能性もあったから。

コナン君はそれだけ話してすぐに旅館へと帰っていった。

 

 

私は3人がたたんで置いていった毛布を椅子にして、同じ部屋に横たわるご遺体のことはできるだけ頭の中から追い出しながら、それまでの情報を整理して手帳の別のページに書き写していく。

それだけでもけっこうな時間を喰ってしまって、変な姿勢で書いてたからちょっと疲れたりもしたんだけど。

でも、45歳の時みたいに、身体が固まって数秒ほど動けない、なんてことはないんだよね。

(以前は運動不足だったせいもあって、ちょっと椅子に座ってただけでも立ち上がるのに苦労したもんだ)

あの頃はほんと、自宅にいるだけでエコノミークラス症候群になりそうなくらい、ほんとに動かない生活だったんだ。

 

 

今でもその頃の感覚が残ってるから、動き出す前に痛みを警戒して反応が鈍くなってたりするんだけどね。

はたから見たらさぞかし、私は年寄り臭い女子高生に見えることだろう。

 

 

 

目暮警部たちが公民館に到着したのは、午前中も10時を少し過ぎてからのことだった。

おそらく昨日私たちが乗った高速船ではなく、飛行機で中継の島まで来たあと、すぐに乗り換えて最速で駆けつけてくれたんだろう。

 

 

「おはようございます、目暮警部」

「おはよう。愛夏さん、あなたも一緒だったんですか」

「はい。毛利探偵に、調査の記録をつけるように言われまして。私、今は臨時で毛利探偵事務所の事務員をしているんです」

「そうでしたか。……で、肝心の毛利君は寝ていて、あなたが寝ずの番ということですかな?」

 

「いいえ、私は夜は旅館で寝させてもらいました。蘭さんとコナン君と、あと浅井さんというお医者様が起きていてくれたんです。今は交代で、蘭さんたちは旅館に戻ってますけど」

「なるほど。で、事件の概要は愛夏さんに聞いていいのかね?」

「はい。詳しくはこちらにまとめてあります」

 

 

私が目暮警部に手帳を渡すと、目暮警部は一通り見て、隣の高木刑事に手渡して書き写すように指示を出した。

私も改めて自分の口から概要を説明するとともに、コナン君から引き継いだ楽譜を手渡す。

話が終わったあと、目暮警部は事情聴取の手配や人員の配置なんかを始めて。

後続の警官たちが11時過ぎに到着したから、そこでやっと毛利探偵を起こしたんだ。

 

 

毛利探偵に軽く苦言を呈したあと、目暮警部は事情聴取の手伝いを申し渡して。

私は毛利探偵の記録係だから、一緒に行って事情聴取に立ち会うことになった。

 

 

 

法事の記帳をしていたのが38名、すでに最初の何人かが村役場に呼ばれていたから、用事があって急いでいるという人を優先的に部屋に呼んで事情を聞いていく。

名前や故人との関係、法事で座っていた場所やその時の行動なんかを確認するだけでもかなりの手間だ。

まあ、たいていの人は割と協力的だったので、さほど時間もかからずに最初の取り調べを終えることはできたのだけど。

(それでも1人5分として全員終わるのに5時間以上はかかるからね、警部たちだって休憩なしって訳にもいかないし)

私も途中で何度か休憩させてもらって、午後5時になってから旅館の蘭さんに連絡を入れると、いちおう睡眠はちゃんととれたようでコナン君と成実先生と一緒に村役場まで来てくれた。

 

 

「成実先生、眠そうですね」

「はい、ちょっと急患が入っちゃいまして。あんまり眠れてないんですよ」

「それは大変でしたね」

「ええ、でも旅館の朝食をいただいたので、少しは寝る時間が取れました。ありがとうございました」

 

 

今日は土曜日で、ふだんの成実先生は東京の実家へ帰っているはずだから、診療所は休みのはずでこの急患というのもけっこう怪しくはあるんだけどね。

今の段階でツッコミを入れても、患者の個人情報が、と言われて突っぱねられるだけだろうから、私は何も言わずにスルーしておくことにする。

 

 

原作ではこのあと、成実先生が顔を洗うと言って席を立って。

事情聴取を終えて帰ったと思われていた村長が、役場の放送室で殺されるという第二の事件が起こる。

遺体発見がだいたい6時半頃なのだけれど……検死をした成実先生は数分前に殺されたと証言するのだけど、実際の死亡時刻はその30分くらい前になるはずなんだよね。

ということは、この時成実先生が顔を洗いに行った時が、実際に殺人が行われた時ということになる。

 

 

「あ、お父さん」

 

 

そのとき、取り調べに使っている部屋から、毛利探偵が出てきていた。

おそらくさっきから黙り込んだままの西本さんの取り調べが進んでいないから、毛利探偵も一息入れにきたのだろう。

 

 

「どう? 犯人判った?」

「バカ言うな、なにしろ参考人は、法事にきた村民38人……。名前と住所を確認するだけでも一苦労だ……」

 

「あのー、私はいつ取り調べを……」

「ああ、成実先生は一番最後にしてもらいました。お疲れみたいですから……」

「じゃー、その前に洗面所で顔洗ってきます」

 

 

私は成実先生が廊下を曲がって見えなくなるまでを見送って、毛利探偵たちに告げた。

 

 

「私も、お手洗いに」

「ああ。オメーも疲れただろ。今のうちに少し休んでおけ」

「はい、ありがとうございます」

 

 

私も成実先生と同じ廊下の角を曲がったあと、トイレへは行かずに放送室がある2階への階段を上がっていった。

 

 

なにか、明確な作戦があった訳じゃないんだけど。

でも、もしも私の姿がちらりとでも見えたら、成実先生が村長の殺害を思い留まってくれるんじゃないかって。

たぶん成実先生は、本当は心の優しい人だから、ほかの殺人鬼とは違うんじゃないかって。

第一の事件でも失敗していたはずなのに、私はまだ甘い考えを捨てきれてなかったんだと思う。

 

 

階段を上がり切った直後くらいだった。

私は首筋に痛みを感じたあと、急速に意識が遠のいていったんだ。

誰かに首を絞められたのだと感じる暇もなく意識が落ちていく ――

 

 

―― 倒れ掛かる私を受け止めたのは、しっかりとした男の人の腕だった。

 

 

 

 

 

 

 

「 ―― ちゃん! 愛夏ちゃん!」

 

 

誰かに名前を呼ばれて、身体をゆすられて。

訳も判らないまま急速に目を覚ました。

 

 

「……あ……」

「愛夏ちゃん! 目が覚めたのね!? よかった……!」

 

「……蘭、さん……?」

 

 

視界に入った蘭さんの名前を呼んだあと。

まだぼんやりしたままの頭を巡らせて、視界に入ったのは赤い色と動かない何か。

……黒岩村長の遺体だった。

 

 

「……私……」

「愛夏さん、覚えていることを話してもらえますか?」

「目暮警部……」

 

 

すぐに私が意識を取り戻したことに気付いたのだろう。

次に声をかけてきたのは目暮警部で。

それでようやく、私はこの第二の事件に巻き込まれてしまったのだと理解した。

 

 

……やっちまったよ。

もうぜったい、こういうことはごめんだと思ってたのに。

おそらく私、容疑者の一人になってるはずだ。

まさか別の場所で倒れてた私を殺人現場まで連れてきて揺り起こすなんてことはないはずだから、私は村長が発見された時にはここで倒れていたはずだから。

 

 

「……私も、容疑者ですか?」

「いや、愛夏さんは後ろ手にハンカチで縛られていた。あれは自分で縛れる位置じゃないことは確認してある」

「そうですか」

「それで? いったい何があったんですか?」

 

 

幾分ほっとした私はあったことをすべて正直に話すことにした。

 

 

「トイレを探して、2階に上がったところで、首筋に急に痛みを感じたあと、意識がなくなったみたいなんです。……首を絞められたのかもしれません」

「……失礼」

 

 

目暮警部は、私の一つ縛りの髪をよけて、首筋をまじまじと見つめる。

 

 

「最初の事件の被害者と同じだな。頸動脈に絞められたような跡がある。おそらく愛夏さんを襲ったのも、黒岩村長を殺害したのも、川島さんを殺害した事件の犯人と同一犯だろう」

 

 

「それじゃあ……」

「ああ、容疑者は数人に絞られた。愛夏さんが席を外してから今までの1時間、この建物にいた人物のうちの誰かが、二人の人間を殺した犯人だ」

 

 

 

殺人現場から解放された私は、一応念のため、検死を終えた成実先生に診察してもらった。

 

 

「見たところ異常はないみたいね。念のため脳の検査は受けた方がいいけど、でも今までと変わったことがないなら心配はいらないと思う」

「ありがとうございます」

 

「でも、どうして2階に? 1階にもトイレはあったのに」

「先に成実先生が行かれたのは知ってましたから。顔を洗ってる時に乱入するのは悪いかな、って」

「私のせいだったか。……ごめんね、こんなことになっちゃって」

「いえ」

 

 

その謝罪の言葉が私の首を絞めたことに対するものだとしたら、ひとまず受け入れるよ。

……たぶんあの時、私に罪を着せることもできたはずなのに。

私の手首を縛ってくれたのは、あなたの優しさなんだと思うから。

 

 

まあ、だからといって、二人もの人間を殺したことが許せる訳じゃないけど。

 

 

別にさ、私がいないところでならいくらでも、誰を殺そうが誰に殺されようが気にしないけどさ。

頼むから私を巻き込むのだけはやめてほしいんだよ切実に!!

 

 

診察が終わったと見たのか、私のかばんを持った蘭さんが話しかけてきた。

 

 

「愛夏ちゃん、大丈夫?」

「あ、うん、とりあえず大丈夫」

「これ、かばん、預かってたから」

「ありがとう」

 

「いちおう中は確認しておいて欲しいって、目暮警部が。あと、手首を縛ってたハンカチは証拠品で押収するって。たぶん愛夏ちゃんのだよね?」

「そうかな? あんまり自分のハンカチの柄とか覚えてないから判らないけど、たぶん」

「なんで? ふつう覚えてるでしょう?」

「かばんの中に入れっぱなしになってたヤツだと思う。別にふだん使わないから1枚くらい構わないよ」

 

 

蘭さんがあきれたように苦笑しながら息をつく。

まあ、私、女子力底辺だからね。

いちおうかばんにハンカチの2、3枚は入れてあるんだけど、出かけることが少ないから使わないまま洗わずに放り込んであるだけなんだよ。

(下手したらシールとかもついたままだったりするかも)

なんで既婚男性の上司とかって、お礼とかお土産とかでハンカチばっかり買ってくるんだろう??

 

 

そのまま2階のトイレに行って。

私は一応、かばんの中身を確認してみた。

 

 

財布とか通帳とか、物取りが狙いそうなものはそのままで。

犯人が狙いそうな手帳なんかも、ページが抜けてたりするようなことはなかった。

まあ、手帳にはほんとに日付や時間なんかのタイムテーブルと、使ったお金の記録と、事情聴取の記録くらいしかないからね。

たとえ犯人が読んでいたとしても、私が誰を犯人と想定しているか、なんてことは判らなかっただろう。

 

 

ハンカチは3枚のうちの1枚がなくなっていて。

確か白地に赤い色の花が描いてあったのだと思うから、それを私の手首を縛るのに使ったってことなんだろう。

(あとの2枚のうち1枚は似たような柄で少し青い色の花が入ってるので、もう1枚は茶色のハンカチタオルだ。これはどちらも残っていた)

よけいなもの(脅迫状とか?)が入っているようなこともなかったから、ハンカチを取り出した以外は犯人は私の荷物に手を付けることはしなかったのだろう。

 

 

用を足して廊下へ出ると、トイレの前でコナン君が待っていた。

 

 

「愛夏姉ちゃん、大丈夫!?」

「あ、はい、心配いりません。ちょっと貧血になっただけなので、後遺症なんかもたぶんないと思います」

「それもだけど、……死体とか」

「そうですね。もしかしたらあとで怖くなっちゃうかもしれませんが、今のところは大丈夫です」

 

 

答えたのに、コナン君はまだ心配そうな顔をしている。

私、もしかしたらけっこうショックを受けたような顔をしているのかもしれない。

 

 

「……ねえ、どうしてあの時、2階へ行こうと思ったの?」

「先に成実先生が顔を洗いに行ったのを知ってたので、その最中に乱入するのは失礼だと思ったからです」

「じゃあ、成実先生がトイレにいたかどうかは見てないんだよね?」

「見てないですよ。私も取調室でずっと座ったままだったので、少し運動したいというのもありましたから、階段を見つけてすぐにそちらへ向かいましたから」

 

「誰に襲われたのかは判らなかった?」

「階段を上がり切ったところで、うしろからだったと思うので、人影は見てません。でも、……男の人だったとは思います」

「どうして?」

「倒れる瞬間、抱き留められたんですけど、男の人のしっかりした腕だったと思うんです。……確かにそうかと言われると自信はありませんが」

 

 

コナン君は顎に手を当てて少し考えていて。

やがて顔を上げた時、手にした手帳に書いてあった楽譜を私に見せてくれた。

 

 

「これは?」

「遺体のそばの床に描かれてたんだ。愛夏姉ちゃんはなんだかわかる?」

「さあ。演奏するとしたらちょっと面倒そうな曲ですけど」

 

 

なにしろピアノを習ってたのって30年くらい前だからな。

まあ、コナン君はそういうことが聞きたいんじゃないんだろうけど。

 

 

「そういえば、ピアノの部屋に残されてた楽譜の4段目に似てますね。なにか関係があるんでしょうか」

「暗号だったんだ。ピアノの方は“わかってるな、次はお前の番だ”で、放送室のは“業火の怨念、ここに晴らせり”だったよ」

 

「……誰に宛てたんでしょうか」

「あの時間、放送室に呼び出されてたのが、西本さんだったんだ。たぶん殺された村長もだと思う。だからこれはその二人に宛てたんじゃないかな」

 

 

相変わらず、コナン君は私に対する調査も継続している、らしい。

(私に暗号のことを隠しておいて、どんな言葉が出るか確認したかったのか?)

事件の調査と私の調査と、コナン君も大変だなオイ。

 

 

「じゃあ、次に狙われるのは、西本さんということですか?」

「月光には第三楽章があるんだ。今まで流れたのは第一楽章と第二楽章だから、もう一つ事件が起こる可能性はあると思うよ」

 

 

それから私とコナン君は現場へと戻って。

ちょうど来ていた駐在さんが、麻生圭二の残された楽譜の話をしていたから。

コナン君は駐在さんと一緒に、公民館の鍵を取りに駐在所へと行ってしまった。

 

 

残された毛利探偵と目暮警部は、容疑者の取り調べを一通り済ませたあと、さすがに夜も遅くなってきたので今日の捜査は終了するということで。

蘭さんはコナン君を探しに行ってしまったので、私も犯罪阻止のために一緒に行こうとしたのだけれど。

 

 

「オメーはダメだ。オレが残業代を払わなきゃならねえだろうが」

 

 

たぶん私が襲われた直後だから、心配してくれたんだろうな。

(素直じゃないのは探偵の特徴なのか?)

私は毛利探偵と一緒に旅館に戻ることになった。

 

 

「愛夏、オメーは犯人は見てないのか?」

「はい、なにしろうしろからだったので。抱き留められた時の腕は、男の人だったような気がしますけど」

「新しい手掛かりはなしか」

「はい、すみません」

 

「別にオメーが謝ることじゃねえよ。……調査だけの予定が、思いがけずオメーまで危険な目に合わせちまった。悪かったな」

「いいえ、そんなことは」

 

 

まあ、半分くらいは自業自得だし。

 

 

「たぶん、私が犯人につながる手がかりを見るなりしてたとすれば、村長さんと一緒に殺されてた気がするので。毛利探偵には悪いんですが、なにも見なくてよかったと思いました」

「……そうだな。オメーが無事でよかったよ」

 

 

言葉では殺されたかもとか言いながらも、つい「成実先生はそこまでしないんじゃないか」と思ってる自分がいるんだよね。

いったい私、どこまで成実先生に甘いんだろう?

(もしかして女装男子が好物だからとか、そういうオタクのサガが関係あるのか??)

 

 

旅館で毛利探偵と一緒に夕食を食べて。

終わる頃にはすでに西本さんが殺されてるだろう時間は過ぎていたから、お風呂には入らずに部屋で荷物と手帳の整理をしていた。

すると、さほど進まないうちに毛利探偵が部屋に駆け込んできたんだ。

 

 

「愛夏! また事件が起きた! 公民館へ急ぐぞ!!」

「はい!!」

 

 

どうやら新たな事件が起これば残業代も私の体調も関係ないらしいです。

(だったらさっき犯罪阻止に動かせてもらいたかったよ!)

私はすぐにかばんを持って、毛利探偵のあとについて走っていった。

 

 

公民館の前で目暮警部たちと鉢合わせて。

一緒に公民館の倉庫へと行くと、西本さんの自殺死体(に見せかけた絞殺死体)がぶら下がっていたから。

私は思わず目をそむけてしまった。

 

 

コナン君が暗号の解読方法を警官の一人にレクチャーして。

一通り見るべきものは見たのか、再び私のところへやってきた。

 

 

「愛夏姉ちゃん」

「はい」

「大丈夫?」

 

 

……確かに、死体3連チャンはかなりきつかったですよ。

でも、さすがに荒療治的に慣れてきた感じはある。

 

 

「今は大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」

「愛夏姉ちゃんは、西本さんが自殺だとは思ってないよね?」

「……さあ、私には」

 

「愛夏姉ちゃんは、ずっと一人の人を疑ってる」

「……」

「でもどうして“あの人”なの? 愛夏姉ちゃんはいったい何を知ってるの?」

 

 

さて、どう答えるべきか。

いつもこの人は答えにくい質問ばかりを持ってくる。

 

 

「ええっと、昔の人間は、男が洞窟の外に出て狩りを、女は洞窟の中で子育てをしていたといわれています」

 

 

コナン君は少しだけ首をかしげる仕草をしたけれど、口に出しては何も言わなかった。

 

 

「そのため、現代の男性は道を覚えるのが得意で、女性は小さな変化に気づきやすいといわれます。もちろんそれに当てはまらない人もたくさん存在するとは思いますが。……例えば子供の顔色とか、近所の人とのコミュニケーションとか、女性は周囲のごく小さな変化に敏感なんですね。それがいわゆる“女の勘”の正体なんだと言う人もいます」

 

「それが、愛夏姉ちゃんの直感の正体?」

 

「さあ。ただ、女性にはたぶん、男性が気づかないことに気付く能力が、生まれつき備わってるんだと思います。それは本当に、ただの勘としか言いようがないもので、なかなか説明はできないんですけど。……たぶん、女性は、男性が見ている世界とは、少し違う世界を見ていると思いますよ」

 

 

ま、昔の聞きかじりの知識だから、ほんとかどうかは知らないけど。

だいたい人間の本能なんて現代ではほとんど退化しちゃってて、そういう本能に近い能力がどれだけ残ってるかも怪しいしね。

(食欲の秋とかはしっかり残ってるけど……。この食料が豊富な現代日本人にそんな本能いらないから!!)

とりあえず、これで何とかごまかされてくれないものだろうか?

 

 

私にごまかされた訳じゃないのだろうけれど、忙しいコナン君はその後捜査に口をはさみ始めて。

自殺で終わらせようとした目暮警部に、あからさまな自殺じゃない証拠を突き付けて、容疑者たちの事情聴取のやり直しをさせることに成功していた。

どうやら令子さん(村長の娘)の婚約者である村沢さんが殴られた事件も同時に起こっていたようで、意識不明のまま成実先生に手当てを受けていたのも原作の通りだ。

現場に一区切りつけて、あとは鑑識の人たちに任せたあと、目暮警部と私たちは再び村役場に移動した。

 

 

休日の村役場は、今はほぼ臨時の捜査本部のようになっていて。

運び込まれてくる証拠品や証拠の写真を見て、コナン君がなにかに気付いたのか。

捜査員の一人に指摘していると、毛利探偵に邪魔だと現場を追い出されてしまっていた。

その後煙草を買いに行くと言って外に出た平田さん(村長秘書)を、コナン君が追いかけていくのが視界の隅に見えた。

(そろそろ11時近いからね、今買わないと明日の5時まで買えなくなると思えば必死だろう……喫煙者としては)

 

 

このあと道でコナン君が駐在さんを呼び止めて、麻生圭二が残した楽譜の暗号を読んだらすべての謎が解けて、放送室から毛利探偵の声で推理ショーを始めるはずだ。

この事件、私にできることはもう、成実先生の自殺を止めるくらいしかない。

今回は現場にコナン君がいないから、私くらいしか止められる人はいないんだ。

でも相手はいくら体格が私より劣ってるとはいえ男の人で、力で抑えつけることが可能かどうかは判らない。

 

 

役場の入口から駆け込んできたコナン君を、毛利探偵が追いかけていく。

私は深呼吸しながら、できるだけ成実先生より入口に近い位置に立って、身構える。

大丈夫、ほんの少しだけ引き留められれば、周りは屈強な警官ばかりだ。

すぐに私に代わって犯人を取り押さえてくれるだろう。

 

 

『判りましたよ警部殿!! この島で起きた事件のほとんどがね ―― 』

 

 

名探偵の推理ショーが、始まった。

 

 

 

 

 

スピーカーから聞こえる毛利探偵の声は、まずは前座とばかり、先ほど村沢さんが殴られた事件の犯人が平田さんだと推理して。

平田さんが公民館のピアノの隠し扉を利用して、川島さんと共謀して麻薬取引をしていたのだと言った。

 

 

「ということは、麻薬取引で川島氏ともめ、それでお前は川島氏を……」

「な!?」

 

『しかし平田さんは三つの殺人とは無関係です!!』

 

「「え?」」

 

 

『彼が犯人なら、わざわざピアノの部屋で犯行は行いませんよ。あの部屋が殺人現場になれば、あとで調べられてピアノの隠し扉が見つかってしまうかもしれませんからね』

 

 

殴られた沢村さんも犯人ではないとして、その理由についての不自然な点を挙げていた。

 

 

『では犯人は誰なのか。今までわかっている犯人像は、三件ともかなりの力技で、おそらく犯人は男性。そして、アリバイのない人物』

 

 

毛利探偵の声は、第二の事件で流れたカセットテープの前半5分30秒に空白があったことから、発見される直前に殺されたと思われていたこと。

しかしコナン君が血で描かれた楽譜に倒れ込んだ時には、その血は乾ききっていて消えたりはしなかったこと。

つまり死亡推定時刻が間違っていて、そんなことができるのは、検死をした成実先生以外にはいないことが語られたんだ。

 

 

成実先生は驚いたような仕草を見せながらも、毛利探偵の声に反論はせず、じっと耳を傾けているみたいだった。

うしろにいる私にはその表情をうかがうことはできない。

ただ、今は、成実先生が動き出した時、瞬時に反応できるよう、身構えるだけだ。

 

 

毛利探偵の声はさらに12年前の事件へと飛んで行って。

麻生圭二が実は自殺ではなく殺されたこと、そして彼には娘のほかに息子もいたことが語られた。

その名前がセイジだと明かされたその時。

 

成実先生は、ふっと息をついて、身体の緊張を解いたように見えた。

 

 

―― ああ、この時だったのか。

成実先生が現世に別れを告げたのは。

 

 

動き出そうとした成実先生を、私はうしろから抱き着いて倒そうとした。

でもそれはかなわず、私を振りほどこうとする成実先生になんとかくらいついて叫ぶ。

 

 

「誰か! 犯人確保!!」

 

 

周りにいた警部や警官たちが一斉に私たちに注目する。

その間もずっと振りほどこうとする成実先生に引きずられて、私は手を放しそうになってしまったけれど。

 

 

「取り押さえろ! 犯人を逃がすな!!」

 

 

続けて叫んだ目暮警部の声に反応して、何人かの警官が私たちの周りを固めて、成実先生を取り押さえてくれたんだ。

 

 

「やめろ! 放せ!!」

 

 

もう、女性を取り繕うのはやめたのだろう。

警官たちは成実先生の身体を床に押し倒して、必死でくっついていた私も一緒に倒されてしまっていた。

仰向けに倒れた成実先生の顔は、今は私のすぐそばにある。

 

 

「なんなんだよおまえは! ずっとオレの邪魔ばっかりしやがって!! 最初からオレに目をつけてやがっただろ!!」

「邪魔するに決まってるじゃないですか! 人が目の前で死んで嬉しい人なんかいませんよ!」

「あんな奴ら、殺されて当然じゃねえかよ! あいつらはオレの家族を殺しておきながら、12年ものうのうと生きてやがったんだぞ!!」

「それで殺したらあんたも同じだろうが! 今度は令子さんにでも復讐させる気かてめえ!」

 

 

成実先生と私との言い争いを、なぜかだれも止めようとしなかったから。

私たちは床に倒れたままの格好で、互いを見ながら怒鳴りあっていた。

 

 

「だったらせめて死なせろよ!! なんで邪魔すんだよ!!」

「現世のことは現世で決着付けろ! 刑務所の臭い飯を食ってたっぷり反省してから死刑になれ! それがけじめってもんだろうが!!」

「知るかそんなの! こんな犯罪を犯したんだ! その程度で罪を償ったことになんか、なる訳ねえだろうが!!」

「だからってその罪をあの世にまで持ち込むのかよ! あっちには私の両親だっているんだからね。殺人犯なんかに行ってもらって、うちの両親に迷惑かけてほしくなんかないよ」

 

 

階下の騒ぎはおそらく放送室にも届いていたのだろう。

毛利探偵の声もいつの間にか止んでいたから、成実先生が暴れるのをやめると、辺りはしんと静まり返っていた。

 

 

「あんたね、うちの両親がいる世界に、3人も殺人犯を送り込んでくれたんだからね。これ以上のことはさせないよ。せめてあんたくらいは、罪を償ってからあっちに行ってよ」

 

「……なんだよそれ。訳わかんねえよ」

 

「だから、現世のことは現世で終わらせなさい。あなた、まだ30年も生きてないんだよ? どんな形でも、生きていればいろいろ判ることもあるから」

 

 

成実先生が暴れるのをやめたから、私も解放されて、周りの警官たちに助け起こされて。

成実先生には手錠をかけられて、そのまま連行されていくようだった。

 

 

私は周囲の人たちに遠巻きにされてたんだけど。

ふと、放送室から降りてきたらしいコナン君が、私の目の前に立ったんだ。

 

 

「愛夏姉ちゃん、……ありがとう」

「いいえ。お役に立てたようでよかったです」

「ぼく、そこまで気が回らなくて」

「コナン君はいろいろ抱え込みすぎなんですよ。言ってくれればフォローくらいしますから」

 

 

目的語がない会話は、周囲にはまったく意味不明だったのだろうけれど。

私の口調が元に戻って安心したのか、蘭さんも笑顔で話しかけてきた。

 

 

「愛夏ちゃん、なんかすごかったね、今の」

 

 

ほかに言いようがなかったんだろうな。

犯人との怒鳴りあいなんて、どうコメントしていいか判らないようなものだろうから。

 

 

「愛夏さん、我々警察からも改めてお礼を言わせてください。犯人逮捕にご協力くださり、ありがとうございました」

「いえ……たいしたことは」

「おそらく麻生成実は自殺するつもりだったのでしょう。今、公民館に油が撒かれていると連絡がありました。彼は公民館に火をつけるつもりだったのだと思われます。それが阻止できたのは、愛夏さんのおかげです」

「はあ……」

 

 

いやさ、そもそも公民館に油をまかれるとか、警察の不手際としか言いようがないんだけど。

せめて事件現場なんだから、夜間に見張りの警官ぐらい置いておこうよ。

(そうしておけば原作でもあんなにあっさり犯人に自殺されなかったんだしさ)

 

 

 

 

 

5月15日(日)

 

 

「……起きないわね」

「諦める?」

「そうしようか。なんだか疲れちゃったし」

 

 

推理後に眠ってしまう悪癖持ちの毛利探偵は、今回も放送室の椅子で眠り込んでいて。

実はこの島、人口約300人くらいで、この2日間で見かけた車はなんとあの選挙カー1台、とうぜんタクシーなんかあるはずもない。

警察の人たちもみんな飛行機や船で機材を担いでやってきてるから、毛利探偵を旅館まで運ぶ手段が、人が担ぐ以外にないんだよね。

という訳で、蘭さんもあっさりとあきらめたところだったりする。

 

 

旅館に戻ると、こちらも島の宿屋に分散した警察官たちの待機所になっているようで。

夕食はもうなかったのだけれど、警官用の夜食のおにぎりが山になっていたので、蘭さんとコナン君は必要分だけ失敬していた。

ま、朝まで食べられないことを思えば、ここで食べておきたいところではあるからね。

と、数時間前に夕食をしっかりと堪能させていただいた私は、まるで他人事のように思うのであった。

 

 

眠る前に、捜査日記というか、私の勤務日記を手帳に付けておく。

今朝は朝7時から蘭さんたちと交代で見張りについて、事情聴取の手伝いをして、途中1時間ほど気絶したりもしたけれどけっきょく夜の8時まで勤務。

その後9時くらいにまた呼び出されて、日付が変わる頃までいろいろやってたから、トータルで14時間くらい働いた計算になるかな。

それに鈴木家の3万と工藤家の4万と自転車便の1万を足したら……前回の電話番とかも入れて今月の目標達成しちゃったよ。

(ま、計算方法が判らないから、実際のところはどうなるか判らないけど)

 

 

 

翌朝はふつうにケータイのアラームで目が覚めて。

朝風呂に入ったあと、朝食の時はみんな眠そうな顔をしていた。

とりあえず毛利探偵も今日未明に目が覚めたようで、独り寂しく旅館に戻って寝なおしたらしい。

(風邪をひかなくてなによりだよ)

目暮警部たちはまだ島に残っていろいろやることがあるようだけれど、私たちは今日はもう船に乗って帰宅するだけだ。

 

 

とはいえ、東京に戻る船が午後になるので、午前中はこの島で過ごすしかないのだけれど。

それまで働き詰めだった私は、久しぶりに何もしない時間というのを旅館の部屋で過ごしていた。

 

 

「愛夏ちゃん、暇だし散歩にでも行かない?」

「日曜日は寝て曜日ー」

「なによそれー」

 

 

蘭さんが軽く笑い声をあげる。

最近の若い子にはこんなオヤジギャグでも新鮮に感じるのか。

 

 

「蘭さんは行ってきなよ。私はこの貴重な時間を寝ることに費やすから」

「んもう、こんな島に来る機会なんて、そうそうないんだよ? もったいないじゃない」

「私、観光とかほんと、興味ないからさ」

「しょうがないなぁ。じゃあ、一人で行ってくるから」

 

「うん、気をつけてね」

 

 

まあ、名探偵コナンの世界にいたら、これから先も山ほどいろんな場所に行く機会はあると思うけどね。

……もれなく事件がついてくるという超豪華特典付きで。

 

 

そのまま5月の潮風に吹かれながら部屋でうとうとしていると。

ふすまをノックする音が聞こえて、その数秒後にそっとふすまが開いて、コナン君が顔を見せたんだ。

……蘭さん、コナン君を連れていってくれなかったんですね。

二人っきりでデートできるチャンスだったというのに、名探偵も気が利かないなぁ。

 

 

「愛夏姉ちゃん、寝てるの?」

「はい、寝てます」

「起きてるじゃない」

「寝てますよ。見て判ると思いますけど」

 

 

今の私の姿は、枕に頭を置いて、畳の上でほとんど大の字になってるような状態だ。

こんなにゆったりと身体を伸ばすのも、狭い部屋で縮こまって寝てる私にしてみれば、ずいぶん久しぶりのような気がする。

 

 

「愛夏姉ちゃん、おじさんみたい」

「じゃあおじさんかもしれませんね。久しぶりなんですよ、こうして暇な時間を過ごすの」

 

 

思えば目が覚めてから眠るまで、ずっと仕事のことばかり考えてたからな。

仕事がないときは次の仕事のことを考えて、気が焦って。

本当の意味での日曜日を過ごすのって、この世界に来てから初めてだったんだ。

 

 

窓を通り過ぎていく風が心地よくて。

なんとなく夢心地で、そばにコナン君がいるのに、変な緊張もしてなくて。

少しの間、うとうとしてたかもしれない。

ふっと意識が戻って、目を開けて見ると、隣でコナン君も寝転がって眠っていた。

 

 

……この2日間、名探偵も働き詰めで、疲れたよね。

いつものふてぶてしさの消えた幼い寝顔を見て、ちょっとだけ笑みを浮かべる。

寝顔は天使だけど……起きてる時の名探偵は、ほんと、油断がならない小悪魔だからな。

そろそろ君との攻防に疲れ切りそうな45歳がいるよ。

 

 

 

 

とまあ、そんなこんなでこのまままったりと船の時間まで過ごす予定でいたのだけれど。

目暮警部の使いだという警官に呼び出されて、話の途中から目が覚めていたコナン君と村役場まで出向いていくと、麻生成実が私と話をしたいと言ってるらしくて。

私はコナン君と一緒に彼と会うことにしたんだ。

(まあ、ほんとはそのまま帰りたいところだったんだけど)

 

 

警察が取調室として使っている一室で、私はコナン君と一緒に麻生成実と対峙した。

 

 

「なあ、あんた、愛夏さんだっけ」

「はい」

「もしかしてあんた、オレが男だって、最初から気づいてた?」

「最初からではないですけど。……でも、同じ違和感を持ってたのは、たぶん私だけじゃないと思いますよ」

 

「ん? それ、どういうことだ?」

「たぶん、村の人の中にも、気づいてる人はいたと思います。もしかしたら、麻生圭二さんの息子さんだって、判ってた人も」

「……まさか、そんなはずは……」

 

「最近は、性的マイノリティーとか、だいぶ市民権を得てきてますし。気づいていても言わないというのも、一種の優しさだと思いますから」

 

 

麻生成実は私の言葉に絶句している。

ほら、あのまま死んでたら、こういう村人のさりげない優しさだって、判らないままだったってことなんだよ?

 

 

「話したいことって、それだけですか?」

「いや……。あの時オレ、あんたにずいぶんひどいことしたから。これを逃したら、謝ることもできそうにないし」

「私よりも、ほかに謝らなければならない人はたくさんいると思いますけど」

「でもさ、最後にはあんたがオレを止めた訳だし。それに、ずっとオレのこと、止めようとしてくれてた。……ごめん。そして、ありがとう」

 

 

「少しは生きる気になったってことでしょうか?」

「まあね、とりあえず、罪を償うよ。……このままじゃ、死んだ家族にどう報告していいか判らなくなっちゃったし」

「復讐が終わった、以外の報告をしたくなった、ということでいいんでしょうか」

「ああ。……もう、父さんが言うような、まっとうな生き方はできないけど。でも、これから先の人生で、少しはなにか掴んでから死にたいと思うようになった。……あんたが言ったようにさ」

 

 

人が生きるということに、もともと意味なんてものはたぶんないんだと思う。

この人がこれから生きていくことにもたぶん意味なんてないし、たとえあの時死んでたとしても、なにも変わらなかったのかもしれない。

 

でも ――

 

 

「少なくとも、一つはすでに掴んだんじゃないですか? 昨日死んでたらなかったはずの、今日という日を生き始めたことで」

 

「……そうだな。そうかもしれない」

 

 

「そのうち、毛利探偵から、事件についての報告書が届きますから。よかったらお棺の中にでも入れてもらってください」

 

「……」

 

 

穏やかな笑顔をひきつった笑顔に変えたまま、それ以上麻生成実は話を続けようとしなかったから。

私とコナン君はそれをしおに取調室から失礼することにした。

 

 

 

「愛夏姉ちゃんて、けっこう残酷だよね」

「そうですか? 普通だと思いますけど」

「もしかしてけっこう怒ってる?」

「怒ってますよ。私の寝て曜日を邪魔してくれましたし」

 

「……そっちなんだ」

「ほかに何があるんですか?」

「……ううん、いい。……なんでもない」

 

 

コナン君はそれきり黙ってしまったから、私もそれ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

現世のことは現世で決着をつける、か。

私もこの新しい人生でなにかに決着をつけなくちゃいけないんだろうけれど。

 

 

でもこの世界、1年がとてつもなく長そうではあるよなぁ。

 

 

 


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