ゆくちーと   作:めざめたいパワー

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 初っ端から努力値とか個体値とか廃人向け言語が出てますが、さわり程度にしかポケモンを知らない人にもわかるように書いていけたらなと思います。


No.001 めざめるクチート

 ポケットモンスター、縮めてポケモン。もう一〇年以上昔から世界中で人気を誇っている偉大なゲームだ。

 子どもが純粋に楽しめるホビーゲームとしての要素を前面に出しつつ、突き詰めてみれば種族値や個体値、努力値など、廃人向けの要素も数多く存在している。

 覚える技と特性、そして能力値の偏りからそれに最適な型のポケモンを育成したり、はたまた最適な型とあえて真逆の育成をすることで相手の予測を覆したり。中にはそんな小細工など関係ないと言わんばかりに、高種族値特有の圧倒的な膂力でゴリ押ししてくる厄介なポケモンも数多く存在する。

 思考を停止してひたすら強力な技をぶっ放すことが最適なこともあれば、搦手で戦況をコントロールしたり、予測と計算を駆使して紙一重の勝負をしかけなければならない場面も少なくない。場合によっては『一撃必殺』や『急所』などの悪魔の一言ですべての戦略が覆ってしまうことだってあり得るのがポケモンバトルだ。

 六体以上のポケモンを育成し、ホビーゲームとしての側面ではない突き詰めた対戦ゲームとしての側面を味わったプレイヤーの少なからずは、その深さと面白さにどっぷりとはまっていく。

 脅威となるポケモンの有用な型や使える技、種族値を暗記したり、『ハチマキファイアロー』や『メガガル』、『スカーフトゲキッス』などと言った、深みに片足以上突っ込んだプレイヤーにしかわからない悪魔の呪文にも動じず冷静に対処できるようになれば、その人物はもはや立派なポケモントレーナーと言えるだろう。

 

 さて、そんな魅力あるポケットモンスターというゲームには、クチートという一匹のポケモンがいる。

 第三世代(ルビー・サファイア・エメラルド)と呼ばれる時代に誕生し、第五世代(ブラック・ホワイト)までは、その低い能力値の割に多彩な技や厄介な特性を有することや見た目が可愛いことから、マイナー使いのトレーナーには愛されてきた。第六世代(XY)からは新たなタイプとメガシンカを習得し、無駄のない種族値と優秀な特性を手に入れることで一躍第一線級の強さを手に入れることに成功したポケモンだ。

 数多くのポケモンが存在する中で、どうしてここでクチートを抜粋したのかと言えば、それは現在起こっている状況の理解不能さに起因している。

 

「……えーっと、これはいったい、なにがどうなってるんでしょうかね」

 

 混乱のあまり思わず敬語になりながら、視界いっぱいに広がる湖の一角で、俺はぽつりと呟いた。

 今目にしているものも明らかに変だけれど、その呟きもなんか普通におかしい。人とも虫とも獣とも異なるわずかに高い声音の、言葉でもなんでもないただ鳴き声。そのくせして頭の中に入ってきたその音の羅列を言葉、あるいは意思として頭が本能的に理解し、翻訳している。

 しかもその鳴き声は妙に聞き覚えがあるというか、今目に映っている光景とひどくシンクロし、納得してしまうというか。

 一メートルの半分を少し超えた程度の身長に、まるで幼子のような人型の体躯。人間で言えば手足の先や髪に当たる部分は黒く、顔や体は黄色で、足元は袴をはいているかのように広がっている。

 もっとも特徴的なところは、後頭部から伸び、端の方から牙を覗かせた巨大な顎だ。これの強度は鋼鉄を超える上に、挟む力はその鋼鉄をも噛み砕く。実は顎ではなく異様に発達した角ではあるのだが、普通にこの顎でいろいろ食べたりするので第二の口と言っても差し支えない。

 クチート。

 それが今まさに覗き込んでいる水面に浮かび上がっている異形の生物、ゲームやアニメにしか存在しなかったポケモンの名前。そして俺の口から発せられた鳴き声の正体だった。

 

「いや、なにがどうなってるのかはわかるんだけどさ」

 

 右手を上げてみれば、水面に映るクチートも同じ動作をする。手元を見やれば三本しかない短い指を備えた黒い手があるし、なんとなく動かし方がわかる後頭部にあるなにかに意識を向ければ、水面の向こうのクチートがぶんぶんと巨大な顎を振り回した。

 自分がクチートになっている。そんなこと、考えるまでもなくすぐにわかることだ。

 というか水面を覗き込む以前からなんか視線が低くて嫌な予感はしてたし、体を見下ろしつつも「見なかったことにしよう」と目をそらしたりもしていたので、今ようやく現実を直視できたという表現が正しい。

 いきなり見知らぬ場所にいるというだけでも驚きのはずなのに、そこに更なる混乱が訪れたせいで頭がオーバーヒートでも起こしたのか。なんだか妙に落ちついた思考でその場にぽすんと座るよう体に命令を出すと、ポッポが飛び去っていく青空を見上げた。

 

「……飯、どうしよ」

 

 ポケモンって普段なに食べて生きてるんだろ。木の実とか?

 そんな比較的どうでもいいことを考えながら無駄にのんびりとして、時間だけが過ぎていった。

 

 

 

 あれから一日が経った。昨日は激動の日であった。

 というのは真っ赤な嘘で、あのままひたすら途方に暮れ続け、真上の空にお月さまが来た辺りで、ぐぅー、というお腹の鳴る音とともに、それまでずっと役割を放棄していた怠慢な我が脳さまが活動を再開した。

 クチートの図鑑の説明文には『大人しい顔で相手を油断させてから大顎でがぶり』とかあったけれど、もしかしてクチートって他のポケモンを食べたりするんだろうか。でもさすがにそこまでの勇気はなかったので、適当な木によじ登って木の実を食べるだけで我慢して眠った。

 そして今は二日目の朝。木に背を預けて眠りについたからと言って窮屈だったということもなく、体勢が悪かったせいでどこか体が痛いこともなく、むしろ絶好調。さすがはポケモンと言える。

 

「さて、今日はどうしようかな」

 

 昨日はぼーっとするだけで一日を潰してしまったが、一日もゆっくりして次の日を迎えれば、オーバーヒートして機能停止していた頭も元に戻っている。

 木の実は有り余っているし、ポケモンなら湖の水を飲むくらいわけないだろうから、なにかトラブルが起きさえしなければ、しばらくはなにもせずこの湖の畔で暮らすことは可能だろう。暇だという点にさえ目を瞑れば。

 

「働かずに毎日ぐーたらして生きるっていうのは誰もが一度は抱いた願望だろうけど……娯楽がなきゃ意味がないというか」

 

 ここにあるのはずっと向こうまで広がる湖と、この巨大な湖を囲むように広がっている森。あとはたまに水面から顔を出す水ポケモンや空を飛ぶ鳥ポケモン、森の向こうで鳴き声を発する草や虫のポケモンか。

 ゲーム機みたいな電子機器は当然のごとくなく、トランプや将棋盤のようなものもなく。そもそもあったとしても一人でどうするというのか。

 

「人は寂しさには耐えられないって言うしな。現になんかこの世界に来てからの俺、妙にひとりごと多いし」

 

 孤独だとひとりごとが多くなるとか眉唾の噂を聞いたことがあったが、本当なのだろうか。暇なだけで別段寂しいと感じているつもりはないが、とりあえず誰かに会いたいのは本音だ。

 やはり俺以外の他のポケモンと会ってみるのがいいかもしれない。できれば友好でおとなしそうなやつ。

 人間を探してみるのもいいけど、こんな森の中に普通の人間がいるとは思えない。この世界がポケモンのそれならば、いるとすればそれはおそらくポケモントレーナー。

 いきなりバトルしかけられてゲットされるとか絶対嫌だ。それにたぶん言葉も通じないだろうし、とりあえず今は人間を見かけたら一目散に逃げることにしておこう。

 

「そうと決まれば早速出発しようかな。でもその前に顔でも洗って水も飲んでおこう。あと木の実で腹ごしらえもしよう」

 

 短い足をとてとてと動かし、後頭部の大顎をずりずりと引きずりながら湖のそばに向かう。冷たい水で顔を洗うと、目をぎゅっと瞑っては水面に顔を突っ込んで水をがぶ飲みした。

 十分なほど喉を潤したら顔を上げ、ぶるぶると顔を横に振って水気を払う。それからそっと目を開けると。

 

「…………えっと」

 

 いつの間にか水面から顔を出していたそいつと、目が合った。

 目が合った? いや、目は合わなかったけど、顔が合った。

 クチートとはまた違った人型の、薄水色の肌に幼児のような体躯。腰の後ろ辺りから二本の尻尾が伸びて、水面からは赤い宝石がついた三つ葉型の先端が飛び出ている。

 額にも尻尾と同じ、しかしそれよりも大きな一つの深紅色の宝石が埋め込まれていた。頭はまるで人間の脳を簡単に模したかのような、有り体に言ってしまえばメロンパンのような形をしていて、両の目はかたく閉じられている。

 このポケモンを俺は知っている。というか最新の世代までのすべてのポケモンを知っているので、知らないとすればそれは俺の知識の先をいく世代のポケモンしかいない。

 そして知っているからこそ理解に苦しむ。目の前にいるこのポケモンは本来、こんな簡単に出てくるような存在じゃないというか、普段は洞窟のようなところにこもっている存在。

 

「ユクシー……で、合ってます?」

 

 神さまとまで謳われた伝説のポケモンの一匹、知識の神ユクシー。実際に初めて目にする伝説と呼ばれる存在に、この世界に来た直後のように敬語になりつつ、確認を取ってみた。

 水面から顔の上半分だけを出しているユクシーは、そんな俺の言葉に肯定するでもなく否定するでもなく。ただ俺の鳴き声を聞くとわずかに顔を上げ、ちゃぽちゃぽと泳いで近づいてきた。

 ……気がしたのだが、なんだか段々と遠くなっているような。近づこうとしているように見えたけど実は俺から距離を取ろうとしてたのかな、と首を傾げてみたのだが、遠くなっていくごとにユクシーの泳ぐ動きが活発化していく。どうやら壊滅的に泳ぎが下手なだけなようである。

 

「飛べばいいんじゃ……」

 

 神さまとは思えないほど拙いしぐさに、思わず口からついて出た。ユクシーは浮ける。というか基本的に浮いて移動するポケモンのはずである。

 ひどくまっとうな意見だったはずなのに、当のユクシーは『思いつかなかった! 天才か!』と言わんばかりに大仰にリアクションすると、普通にふよふよと体を浮かせて水面から出てきた。

 やがて俺のすぐそばにまで寄ってくると、俺の顔をまじまじと興味深そうに眺め出す。それに身動ぎしてしまった際に俺の後ろにあるものが気になったようだ。軽く迂回して、後頭部から伸びた大顎の方にユクシーが向かい。

 途端に浮遊が解かれてはぽすんと尻もちをついて、『わたし食べてもおいしくないよ!?』とでも言うようにぷるぷると震えて頭を抱え始めた。

 

「……うん」

 

 うん。わかった。こいつアホだ。知識の神らしいけど絶対頭よくない。

 はぁー、と息を吐き出す。どうやらいきなりの伝説のポケモン登場に思っていた以上に緊張していたらしい。あまりにも抜けているユクシーの言動のおかげで、萎縮していた心に余裕が出てきた。

 とりあえず今はユクシーを落ちつかせることが先決か。せっかくこうして対面したポケモンの一匹目だ。俺のことを敵対視しているという風でもないし、できることなら仲良くしたい。

 

「大丈夫だってば。食べないから落ちついて」

 

 そう声をかけると、ユクシーは一瞬びくっと体を震わせつつ、そっとこちらの様子を窺ってくる。目が開いてないのにまるで見えているかのようなしぐさ――いや、実際見えているのかもしれない。エスパータイプだし。

 笑顔。うん、笑顔だ。誰かを安心させるのは笑顔に限る。幸いクチートは本体の方は愛嬌があって可愛らしい。

 子どもをあやすような笑みを浮かべてみせると、ユクシーはしばらくじーっと俺の顔を見つめた後、頭を抱えていた両手をそっと下ろした。

 それから、じりじりと地面を擦って近づいてくる。俺の後頭部の大顎付近に寄ってくると、おそるおそる手を伸ばしてきて、ぺたりぺたり。

 今の俺よりもさらに小さな体躯や若干怯えたような雰囲気も相まって、非常に可愛らしい。今度は作り笑顔ではない本当の笑みが口元に浮かんでしまい、ついでにその反動で大顎の方も楽しさに大きく口を開けた。

 あ、と思ってしまっても時すでに遅し。

 『やっぱり食べる気だぁー! 怖いよぉ!』と再びその場に縮こまったユクシーをなだめるのに、数十分は費やした。

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