ゆくちーと 作:めざめたいパワー
ユクシーをあやしていたらなんか懐かれた。今の俺の状況を一言で表すならそれが一番合う。
今は木の幹に二人並んで腰をかけて木の実を頬張っているところだ。後頭部の大顎は横に垂らしてある。
俺が木の実にがぶりつけば、ユクシーも同じようにする。しばらく木の実を口から離してぼっとしてみれば、ユクシーもおんなじようにする。一気に木の実を食べ切ってしまうと、ユクシーも真似しようとしてむせていた。
そんなユクシーの背中をさすって上げつつ、とりあえず今日の第一目標である他のポケモンと会うっていうのは成功したなぁ、と心の中で呟く。
「なぁ、ユクシーってしゃべれないの?」
聞いてみても、じーっとこっちを見つめてくるだけ。目は開いてないけど。
あいかわらず肯定も否定もしない返事に困りつつ、次の質問を投げかけてみる。
「他のポケモンもしゃべれないのか? もしかして俺だけ?」
今度は反応があった。こてん、と小首を傾げた後、腕を組んで。しばらくすると、ふるふると首を横に振った。
どうやら俺の他にもきちんと言葉が通じるポケモンは存在するようだ。ちょっと安心した。
いや、通じるだけならユクシーにも通じているか。こいつ頑なに鳴き声の一つさえ上げないけど。
「……ユクシーってさ、強いの?」
次になにを聞けばいいのか考え込み、ふと出てきたのはそんな問い。
ユクシーはそれにあからさまに反応してくれた。ぴくっと顔を上げては、むんっと胸を張る。
「あ、強いんだ。具体的にはどれくらい?」
ちっちっち。そんな擬音が聞こえてそうな感じにユクシーが指を振る。
そうして『わたしがなんばーわんだ!』とばかりにその指をびしぃっと掲げた。
うん、まぁ、なんというか。
「すごいねゆくしー。わーぱちぱち」
伝説のポケモンだから確かに強いとは思うのだが、一番というのは絶対に嘘だ。仮に嘘じゃないにしても、きっとユクシー本人がそう思ってるだけに違いない。
片言でなんの感情も込めてないのに、そんなことにまったく気づいていないユクシーは『そうでしょ? すごいでしょ? えへへー』って感じに頬を掻いて照れていた。まったくおめでたい神さまである。
「ちなみに俺はどのくらい強そうに見える?」
興味本位だ。ポケモンになったからにはポケモンバトルもしてみたい。ゲームではトレーナー対野生のポケモン、あるいはトレーナー対トレーナーしかなかったが、この世界なら野生のポケモン対野生のポケモンとかもあるだろうし。
いつかはトレーナーを撃退して目の前をまっくらにさせてみたりできたら面白いかもしれない。クチートじゃ無理があるかもしれないけど。
そんな風に思考にふけっている俺のそばで、ユクシーもまた考え込むように腕を組んでいた。
やがてユクシーは組んでいた腕を解くと、自分が一番だと主張した時のように片手を掲げてみせた。今度は二本の指が立てられている。ユクシーは指というか手の先が二つに分かれているだけなので、片手で表せる数はニまでが限界だけれど。
「ユクシーが一番なら俺は二番目ってこと?」
こくこく、と首を縦に動かしてユクシーが強く主張する。
正直なところユクシーの強さの評価はまったく当てにしていない。ユクシーはおそらく『このわたしが認めたんだから絶対強いよ! 間違いないね!』って感じに褒めてくれているのだろう。
ありがとう、とユクシーの頭をぽんぽんと撫でると、気持ちよさそうにその口元が緩んだ。可愛らしい神さまである。
「そういえば俺って、技とか使えるのかな」
こうしてポケモンになる前はゲームのポケットモンスターを非常にやり込んでいた。クチートは実際に運用したことはなかったが、ちょうど最後にゲームをやった記憶だと、ゲームをやめる直前に厳選から育成までを完了させている。育てる際に技の一覧もチェックしているから、めぼしい技は一通り覚えていた。
「そうだなぁ、たとえば『アイアンヘッド』とか――」
なんとなく使おうとしてみた瞬間、ふいと理解した。どうすればその技が繰り出せるのか、どういう風に使うのか。
ものは試しだ。やってみよう。
立ち上がってユクシーにちょっと離れているように告げると、とりあえず近場の木へと狙いを定めた。
体の内側に眠るなんかすごそうなエネルギーを循環させ、技を発動する部位を意識し、なにをしたいかと想像し。
ざっ、と足を踏み出す。
――アイアンヘッド。
踏み出した足を軸に体を回転させ、いわば後ろ回し蹴りの要領で、硬質化した大顎を木の幹に思い切り叩きつけた。
木を抉る轟音。大顎を叩きつけた木の幹は半ばほどまで抉れ、無理矢理向こう側へと押し出されていた。
正直、こんな小さな体でこれほどのパワーが出せるとは思っていなかった。その驚愕で硬直した途端、ばきっ、と嫌な音が。
慌てて横に飛び退くと、さきほどまで俺がいた場所に折れた木が倒れてきた。
「……ポケモンバトル、やっぱりやめとこうかな……」
小型のクチートでさえこれほどの規模なのに、他の大型ポケモンの技を体に受けるとか怖すぎる。この具合だと、はかいこうせんとかがちで体ぶち壊されそうな威力になるはずだ。ポケモンの体はそれくらい耐えられるほど頑丈ってことなんだろうけど……。
ふと横を見てみると、ユクシーがまたしても頭を抱えて震えていた。お前俺より強いんじゃないのかよ。
ポケモンになってから何日経ったか。怯えられてなぐさめてを繰り返してたら、なんかユクシーとさらに仲良くなっていた。
具体的には、なにか食べる時も寝る時もずっと俺のそばから離れないし、俺が湖から離れる時も大顎の上によじ登ってついてくるくらいには。
今日も元気にユクシーを連れて森の散策である。初めの頃は湖の周辺しかうろつかなかったが、どうやらユクシーには湖の方向がわかるらしく帰り道で迷う心配がなかったので、今は結構湖から離れたところまで探索している。
このところどころというか一から十まで抜けていそうなユクシーが方向音痴ではなかったことが地味に驚きなのだが、態度には出さないでおいてあげた。
「そろそろ森を抜けたいところなんだけど……」
ゲームでは、ユクシーは主に第四世代に出てくるポケモンだ。だから初めはこの世界は第四世代の舞台、シンオウ地方かと疑ったけれど、どうやら違ったようだ。
そもそもゲームでユクシーが住んでいたエイチ湖は辺りが雪に包まれている。この何日か森を散策してみたが特別寒いところはないし、素人ながら探してみたが人が通った跡なんかも見当たらない。
あるいはゲームのどの舞台でもないのか。そうなるとユクシーの伝承なんかがどんな感じになっているかが気になるが……。
「森を抜けたら都合よく街とかないかなぁ」
初めの頃はポケモントレーナーが怖かったが、今はそうでもない。
この数日間は森を散策していて、当然ユクシー以外のポケモンとも出会った。中には突然攻撃してくるようなやつもいたけれど……あんまり歯ごたえがなかった。
例えるならレベル50とレベル20くらいでバトルしている感じだろうか。突っ込んできたところを『ふいうち』で先制し、一瞬怯んだところを続けて『アイアンヘッド』で打ち飛ばす。これで終わりである。
このぶんなら適当なトレーナーのポケモンともまともにやり合えそうだし、いざとなれば搦手が得意なエスパータイプであるユクシーに時間を稼いでもらって逃げればいい。
……敵対的なポケモンに会うたびにユクシーは俺を盾にするようにして隠れたりするので、正直なところ役に立つかどうかはかなり不安なところなのだが。
「そういえば今更だけど、俺って人間の言葉わかるよな」
元人間なんだからわかるはず。そうでなくとも、アニメでもポケモンたちは人間の言葉を理解している風な描写が何度もあった。たぶん問題ない。
問題は、俺の言葉があちらに通じるかどうか。だがこちらはおそらく不可能だろう。
アニメでは人間に近づくためにひたすら努力したことでポケモンとしての多くの能力を犠牲に、その種族では本来不可能なはずの二足歩行と人語を習得したニャースが存在したが、逆に言えばエスパータイプや伝説のポケモンでもない限りはそれほどしなければこちらの言葉は人間に伝わらないということでもある。
俺は俺の口から出ている言葉がクチートとしての異形の言葉だと理解できる。そして同時にその意味も翻訳しているだけだ。人間にこの翻訳ができるとは到底思えない。
「……ユクシーは人間と言葉を交わせたりする?」
視線を上に向けて、大顎にしがみついている伝説のポケモンかっこかりかっことじに問いかけてみる。
ユクシーは『当たり前だよ! なんたってわたしはでんせつのぽけもんだからね!』って感じに自信満々に胸を張る。しかし「でもお前しゃべらないじゃん」とつっこんでみると、一瞬ぴたりと動きを止めては『や、やだなぁ。ポケモンが人間としゃべれるなんてなに言っちゃってるの?』って感じに横を向いて全力でとぼけようとし出した。
とりあえずそんなユクシーを大顎を振り回してぺしっと地面に軽く叩きつけつつ、足を止めて森の奥を見据える。
ユクシーを下ろしたのは適当言ったことへの仕返し的な意味合いもあったが、これから始まるだろう荒事に巻き込ませない意もあった。
目で捉え切れないほどの速度で薄い翅をぶんぶんと動かす、昆虫特有の羽音。
森の暗闇の中から姿を現したのは、俺の予想通り、鋭く尖った針を両手と尻の先端に備えた蜂のポケモン、スピアーだ。
「……三匹か」
スピアーは基本的に群れで行動する。前に何度か遭遇した時は五体だとか八体だとかだったので今回は少ない方だ。
あちらが威嚇行動と思しき動作を取ったのを見て、俺もくるりと大顎を正面に向け、負けずと威嚇し返す。
そうなればすぐにバトルは始まる。三匹のうち二匹が俺の左右に旋回し、一匹がまっすぐに俺の方に突っ込んできた。
何度か戦って、スピアーの戦法は理解している。スピアーの得意戦法は一撃離脱、すなわちヒットアンドアウェイだ。高速で飛び回り毒針で攻撃した後すぐに飛び去る。スピアーが複数体いる際は一匹に注意を向ければ他の二匹が飛びかかってくることも相まって非常に厄介だ。
ただし。
「吹き、飛べ!」
突っ込んできた一匹目のスピアーを正面から『アイアンヘッド』でずついて無理矢理弾き返す。木の幹の半分を抉るほどのパワーで吹き飛ばされただけでなく、近くの木の幹に激突したこともあってか、スピアーはそれだけでぐったりと動かなくなった。
初めて『アイアンヘッド』を試した際は後頭部の大顎を振り回したが、本体の頭だって立派なヘッドだ。どちらでも技を繰り出すことはできる。
スピアーの戦法は実に厄介だが、ただし、それは相手がはがねタイプでない限りはという条件がつく。
クチートは大顎の不気味さも相まって見た目が完全にあくタイプだが、その実はがねタイプだ。はがねタイプはどくタイプの攻撃の一切が通じず、むしタイプの攻撃は半減される。第六世代からはフェアリータイプが追加され、フェアリータイプもまた虫技を半減する特性を持っていることから、むしタイプはさらに半減されて四分の一。
スピアーのタイプはどくとむし。覚える技は基本的にノーマルかどくかむしのもの。これで負ける道理はない。毒が効かない自信もあって、怖がらず思い切り反撃に転じることができる。
一匹目のスピアーが速攻で戦闘不能にされた怒りからか、二匹のスピアーが同時に突っ込んでくる。いくらなんでも二匹の攻撃を一気にいなすのは不可能だ。
避けるのもいいが、ただ躱すだけでは同じことの繰り返しになるだけのため、手は打っておく。
――みがわり。
スピアーの攻撃が繰り出される直前、すっ、と足を後ろに引く。俺は確かにどいたけれど、俺がいた場所には俺そっくりの幻影、それも質量つきが残った。
スピアーは一瞬戸惑ったようだったが、まずは確実に片方をさっさと始末することに決めたのだろう。俺の偽物を二匹で一緒に屠っていた。
――アイアンヘッド。
『みがわり』のせいで体力が削られているからか、妙に体が重く感じる。それでも足を前に踏み出しては、得意の大顎を二匹のスピアーと未だ残っている俺の身代わりをすべてなぎ払うつもりで振りかざす。
野生のスピアーたちには『みがわり』が偽物かどうかの判断などつかなかったのだろう。きっと味方ごと攻撃なんてするはずがないと思っていた。だからこそ、この攻撃は簡単に決まる。
鋼鉄を超える硬さをほこる大顎に打ちつけられたスピアーの二匹は、一匹目と同様に一撃で昏倒。なんとか形をたもっていた俺の身代わりもさすがに霧散して消えてしまった。
「ふぅー、なんとかなった」
勝負を決めたのはやはり『みがわり』か。『みがわり』をレベルアップで覚えるポケモンは少ない。野生のポケモンで見たことがあるというポケモンは稀のはずだ。だからこうして判断を間違える。
トレーナー相手だとこううまくはいかなそうだが、それでも体力を削ることで自分そっくりの偽物を作り出す『みがわり』が有用なことには変わりない。
ゲームでは『これどう見てもただの人形だろ』って感じの偽物を召喚する技だったが、この世界ではきちんと本物そっくりな偽物を出してくれる。他にもゲームとはいろいろと勝手が違うところがあって学ぶことがいっぱいあって、新しいことを見つけるたびにわくわくしている自分がいた。
ゲームでは順番に技を繰り出すだけだったが、この世界でならもっと戦略や戦術を練って戦うことが可能だろう。予測や数値ではない、機転が勝負を決める時だってきっとある。
体がポケモンになったからだろうか。初めは少し怖かったが、今はこうして戦うたびにバトルが好きになっていることが自覚できる。
もっと強い相手と戦いたい、もっと強くなりたい。そんな気持ちが抑えられない。
「ん」
バトルが終わったタイミングを見計らって、ユクシーが大顎によじ登ってくる。俺に近寄ってくるまでは浮いているのに、大顎に乗る時はわざわざ先端の方で下りて『よいしょ、よいしょ』と根本辺りまで登ってくるのはいつものことだ。
スピアーたちは気絶しているだけだが、トドメを刺すつもりはまったくない。ポケモンは回復力も高いみたいなので半日もすれば動けるくらいには回復するだろう。
ユクシーを大顎に乗せたまま、今日も俺は森の中をとてとてと散策する。結局、この日も森の外に出ることはできなかった。