ゆくちーと 作:めざめたいパワー
朝起きたらユクシーと一緒に木の実で腹を満たし、夕方まで森の中を散策。森の中が完全に暗闇に包まれる前に湖へと戻ってきては休息を取る。
そんな森での生活も慣れてはきたものの、あいもかわらず森の外へはたどり着けない。このままではいつまで経っても森を出ることはできなさそうなので、そろそろ手を打つ必要があると感じていた。
「今日は湖に帰らないで行けるところまで行って、暗くなったらそこで寝ようと思ってるんだけど」
最初の頃は俺の真似をして木の実を食べていたユクシーだったが、いつもそれをしてむせるので最近はユクシー自身のペースで食べさせるようにしている。
その小さな口でかぷかぷと少しずつ木の実をかじっていたユクシーは、俺の提案に口を止めて顔を上げた。
「ユクシーは今日もついてくる?」
『あったりまえだよー』と言わんばかりに迷わず首を縦に振るユクシー。
「そろそろ森を出たいから、結構湖を離れることになると思うけど、いいのか?」
こういうのんびりとした生活も悪くないが、せっかくポケモンの世界に来たんだ。いろんなところに行ってみたい。
でも、ユクシーの住処はきっとこの湖だ。無理に俺についてくる必要はないだろう。
そんな風に考えている俺に、がしぃっとユクシーはしがみついてきた。なんというか『一人はやだー! 置いてかないでー!』って必死な感じで。いやここお前の住処じゃないのかよ。
まぁ、ついてくるならついてくるで構わない。この世界に来てもこうして落ちついた日々を過ごせているのには、きっとユクシーのおかげで一人じゃないということも要素の一つだ。ユクシーが俺に懐いているように、俺からのユクシーへの好感度もそれなりに高いものである。
二日をかけた森の探索の試み。結論から言えば、俺はこれにより目的を達成した。
一日目は普段と変わらず、たまに襲いかかってくるポケモンを軽くあしらいつつ森を進んだ。二日目はそれまで行ったことがなかった、さらに奥の方へと歩を進め、半日と言ったところだろうか。思っていたよりも簡単に森を抜けることに成功したのだ。
「おぉー、街が見える。ちょっと田舎っぽいけど……ちゃんと文明あるんだな。もし原始時代とかだったらどうしようかと」
俺とユクシーが今いるのは高い丘のてっぺん。これをずっと下りた先にちょっとした街が見える。あまり背の高い建物はなく、都会よりも田舎よりの自然に溢れたところだ。
遠目に、街の中を見覚えのある人形の生物、というか人間が歩いているのが見て取れる。中にはポケモンを連れている人だって普通にいる。
「早速行ってみたいところなんだけど……」
ちらり、と大顎の上を盗み見た。口をぽかんと開け、『すごい……建物とか人間とかいっぱいいる……』的な反応をしているユクシー。
俺一人なら『トレーナーから離れて出歩いているポケモン』という感じで街に入り込むくらい簡単にできそうだが、こいつは仮にも伝説のポケモンだ。それも知識の神と謳われるほどの大仰なポケモン。
「……俺はこのまま街に入ってみようと思う。ユクシーはどうする?」
『どうするって?』。逆に問いかけ直すように、こてん、とユクシーが首を傾げた。もしかして普通についてくるつもりだったんだろうか。
「この先は人間がいっぱいいるし、ユクシーはたぶん一応伝説上のポケモンだろ? いろいろまずいと思うんだけど……」
ユクシーは少しだけ腕を組んで思考にふけるようなしぐさを取ったが、すぐに『大丈夫だって! たぶん!』と言いたげにぺちぺちと大顎に手のひらを打ちつけてきた。
原作でもせいぜいが石版にデフォルメされた姿が載っていたくらいだったはずだから、こいつが一目で伝説のポケモンだとわかるようなやつは少ないとは思う。でも、このユクシーはいろいろと頭が残念だ。大丈夫なはずだ、と安心しようとしても、すぐに不安に思う気持ちが湧き上がってきてしまう。
それに周りがユクシーを伝説のポケモンだとわからなかったとしても、誰も見たことがないわけだから、注目された際に非常に珍しいポケモンだという扱いはまず避けられない。あとポケモン図鑑的なものがあれば、それを向けられた時にどうなるのかもわからない。
うーん、としばらく頭を悩ませていたが、ユクシーが能天気にあくびしているのが視界の端に見えて考えるのをやめた。
「まぁ、ユクシーがいいならいいか。いざとなったら逃げ帰ればいいしな」
ユクシーだって仮にも伝説のポケモン。本人も強いって主張しているんだから、そこいらのトレーナーくらい軽くあしらえるだろう。たぶん。俺の後ろに隠れてばっかりで、こいつが戦ってるところとかまだ一度も見たことないけど。
「よーし、丘を駆け下りるぞ」
丘を下り切ればもう街だ。岩がむき出しで、角度が明らかに四十度とか五十度とか軽く超えてて、その距離が五十メートル以上あったりするが、人間をはるかに超える身体能力をほこるポケモンの前では些細な問題だ。
ユクシーが両手でぎゅぅっと大顎にしがみついたのを確認すると、だんっと地面を蹴った。
ずざざぁ、と足を擦りながらも足を前に進め、加速する。たまに足先が岩の出っ張りにぶつかったりするが、はがねタイプとしてそれなりの耐久力を誇ることもあって大して痛くはなかった。俺はただ、転ばないように滑りながら、その速度をさらに速めるために足を前に踏み出していくだけ。
平面の大地が近づいてきたのを見て取ると、ちょうどいい大きさの岩を足場にして思い切り跳び上がった。くるくると何回か縦に前回転をして、最後にはとんっと平面の地面の上に着地する。こんなアクロバティックなことができるのもポケモンの身体能力あってのものだ。
うまくいった。満足感とともに街の中へと歩き出そうとしたところで、どさりと後ろの方でなにかが倒れるような音が。
振り返ってみると、すっかり目を回してしまったらしいユクシーがぴくぴくと痙攣して倒れ伏していた。
「……うん。今度からはちょっとでも激しい運動する時は声かけるから、そしたら浮いていような」
街に入るのは後回しにして、ユクシーの調子が戻るまでその場で看病してあげた。
ユクシーも元気を取り戻したので、気を取り直して今は街の入り口近くまでやってきたところだ。入り口にはそれなりに人が歩いていたので、入り口からほんの少し離れた場所で足を止めている。
中に入ってしまえば『トレーナーからはぐれたポケモン』のふりで通せるが、さすがに外から中へ入るのに堂々としていては不審に思われる可能性があった。
俺とユクシーの目の前には現在、二メートルほどある柵が続いている。周りにも向こう側にも人はいない。入る瞬間を誰かに見られる心配はないということだ。
「よっと」
少し力を入れてジャンプすれば簡単に柵を飛び越えられる。危なげなく着地して、大顎に掴まっているユクシーの様子を確かめた。今回は縦の前回転とかはしていないので目を回したりはしていないようだ。
そのまま狭い路地の中へとずんずんと入っていくと、やがて人のいる通りの近くなってきたのか、がやがやと若干の喧騒が耳に届くようになった。
それを頼りに歩いて行くと、すぐにそこそこの大きさの通りに出る。
「おぉー」
ポケモンの世界ならば俺が元いた世界と同じ、いや、あるいはそれ以上の文明を誇っているだろうに、その街の景色はかつての世界の街とはまるで違って見えた。
まず初めに自然に溢れているし、建物が密集していない。通りはかなり広く余裕を持って作られていて、建物の形だって三角やらひし形やら、色だって紫色や黄色の壁にピンクの屋根だとか、本当にいろんな部分がさまざまだ。
点々と車やスクーターなんかも見受けられるが、歩いていたり自転車に乗っている人の方がはるかに多い。前の世界では考えられない光景だ。街の外はポケモンが暮らしていたりするからかあまり道が整備されていないようだし、もしかしたら車などは街の中でのちょっとした移動や、大きな街同士の行き来くらいにしか役立たないのかもしれない。
あるいは、ポケモンが急に飛び出してきたりした時の配慮なのか。まぁ、でも、こうしてポケモンであるクチートになってから思うが、正直、車にひかれたくらいではほとんどのポケモンは死なない。どちらかというとひいてしまって怒りを買ってしまう方が怖い部分がある。
そしてなによりも前の世界と違っているのは人間がポケモンを連れ立っていることがとても多いことか。普通に一緒に歩いていることもあれば、店の前でポケモンと一緒に客引きをしていることもあるし、重そうな荷物を持っていてもらっていたり仕事を一緒にやっていたりなんてこともある。もちろん連れていない人もいるが、そういう人のベルトやらには縮まったモンスターボールがぶらさがっていたりしているから、自分のポケモンを持っていないというわけでもないようだ。
「……ここ、本当にポケモンの世界なんだなぁ」
こういう光景を実際に見て、改めて思う。
人間の生活の中に当たり前のようにポケモンが溶け込んでいる。いや、『ように』じゃない。この世界にとって人間とポケモンが共存しているなんてことは、きっと本当に当たり前の光景だ。
それに、人間とポケモンの関係というものは、俺が思っていたものよりも存外悪くはなさそうだ。
俺にはポケモンの鳴き声が言葉として理解できる。人間のそれももちろん理解できる。だから、いろんな人たちのそれら二つの間柄が決して悪くないものだということもわかる。
よくよく考えればそうなるのも自然なことなのかもしれない。なにせただの犬や猫なんかとは違って、こうしてここにいるポケモンたちはまず間違いなく人間の言葉を理解できるのだから、乱雑な扱いをされてしまえば嫌でもわかるというものだ。
まぁ、だからと言って誰かに捕まる、ということを許容できることに繋がるわけではないが。人間とポケモンの関係がペットみたいに完全な主従関係とは言えないことがわかったにしても、誰かのポケモンになるというのはちょっと受け入れがたい。よしんば人間と一緒に行動するとしてもモンスターボールには入りたくない。そう感じるのは元人間としてしかたがないことだろう。
「うーん……っていうか街に来てみたはいいけど、行くことが目的だったからやりたいことが思い浮かばない……ユクシー、とりあえず行ってみたいところとかある?」
と、大顎の上を見上げてみたのだがいない。俺の体に張りついていたりもしない。
……嫌な予感がしてすぐさま辺りを見回して、さらに一回転して、ついでに上なんかも見上げてみたりもしてみたが……見慣れたメロンパンの頭をしたポケモンはどこにも見当たらない。
これがどういうことなのかは考えるまでもない。
「なんで俺にずっと掴まってたはずなのに迷子になってるんだ……」
あいにくとユクシーは俺の半分ほどの背丈しかなく、ポケモンの膂力のおかげか、大顎にユクシーが乗っていても重いと感じたりすることはなかった。それに歩いている最中は視界に映っていないのだから、いなくなったとしても意識しなければ気づけない。
だが、近くに人間が近づいてくれば嫌でもわかるし、ポケモンだって、さすがに一部のゴーストタイプ以外なら気づけるはずだ。しかしその気配もなかった。
つまりユクシーは、この街並みに感動したり好奇心でも刺激されて、勝手にふらふらっと浮いて行ってしまった可能性が高いということ。
「あいつ絶対自分が伝説のポケモンだって自覚ないだろ……」
頭を抱えたくなる。
もしもユクシーの正体を見破られそうになったり捕まえられそうになったり、そういういざという時には逃げ帰ればいいと考えていた。でもその本人が近くにいないのにどうしろというのか。念には念を入れて絶対に離れないように言いつけておくべきだったかもしれない。
……いや、あいつならそんなことすぐさま忘れて結局はふわふわーっと飛んでいってしまいそうではある……というか、うん。たぶん言いつけておいたところで無駄だっただろう。ユクシーはきっとあれだ、よほど大変な目に合わない限りは少しも学ばないタイプだ。
正直、ここらで一度ユクシーが痛い目を見て懲りてくれればいい的な気持ちもあるにはある。が、その痛い目というのが人間に掴まって実験材料にされるなんて物騒な感じのものが真っ先に浮かんでくるようなのが、ユクシーこと伝説のポケモンという存在だ。そうなるとさすがに放っておくわけにはいかないだろう。
それに、今は好奇心の導くままに適当に飛び回っているだろうが、ちょっとしたら内心涙目で俺を探してうろうろし出すだろうし……あいつのことだ。俺が湖に帰ったかもなんて発想もなく、ずっと街中をうろつき続けるに違いない。どうにか夜になるまでには見つけたいところだ。
「そうと決まれば、適当なポケモンたちにユクシーを見なかったか聞いて回ってみたりするか。まさか街に来て最初にすることが迷子探しとは思いもしなかったけど……」
はぁ。小さくため息をつく。まさか初めての他のポケモンとのまともな対話が、迷子の目撃証言探しとは。
それでも、俺にとっては短いながらも深い付き合いのつもりだ。どうにか見つけ出してやらないといけない。
もう一度、今度はため息ではなく深呼吸をして気を取り直すと、俺はとりあえず一番近くにいた客引きをしているミミロップの方へ足を向けた。