ゆくちーと   作:めざめたいパワー

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No.006 ちょうはつるサーナイト

 ちゅんちゅん、と外で小鳥が鳴いているような音がする。

 いや、なにか微妙に違う。これなにかのポケモンだ。ポッポかスバメ辺りの。

 そもそもこの世界に普通の動物っているのか? 街中を歩いていた時も一匹すら見てないから、たぶんいないとは思うのだが。

 

「あー……」

 

 一日が経った。そのことは、窓から差し込んでいる日差しが証明している。

 昨日はあの後、特に何事もなく歓迎してもらった。一緒にテレビを見たり、ご飯を食べたり。

 興味深かったのはやはりテレビか。前世のように普通のニュースやアニメなんかも放送されていたが、多くは前の世界では見ない番組だった。例を上げるとすれば、古代ポケモンの謎に迫る特集だとか、特定のポケモンの生態に関することだとか、賞金をかけたポケモンクイズなんてものもあった。

 普通のニュースの中にも、ポケモンに関連するものは少なくない。よく覚えてるのは、マルマインの連鎖的な『だいばくはつ』でどこかの街の研究所が吹っ飛んだとかいうものと、ソーナノの大量発生で「そーなの!?」と放送者がわざとらしく驚いたことで場が完全に白けていたこと。

 なにはともあれ、ずっと森の中で生活していた俺には新鮮なことばかりだ。こうして泊まっていくことに決めたのは正解だと言える。

 イリアにもちゃんとした名前で呼んでもらえるようになったし、ププリンとも友達と呼べる程度には仲良くなった。

 二人ともちょっと変なやつだが、せっかくのユクシー以外でのまともな知り合いだ。仲良くできるのなら、それとなく親交を深めていきたい。

 

「うみゅー……そんなに食べきれないよぉ、えへへぇ……むにゃぁ……」

「……なにが?」

「めろんぱんのしゅーくりーむぞえ……」

 

 むにゃむにゃと寝言を呟くイリアのニヤケ面がドアップで視界に映っている。寝言と一緒に彼女がわずかに身じろぎをしたことで、太陽の色をしたさらさらな髪が垂れてきて、その毛先が俺の顔をくすぐってきた。

 今の体勢は、言ってしまえば正面から軽く抱きしめられているような状況だ。

 視線を少し枕の方へ動かせば、ププリンがクッションにうずくまっているのが見て取れる。ユクシーは俺の後頭部の大顎を抱きまくらにして眠っているらしい。

 ……親交を深めていきたいとは思ったが、一緒に寝るというのはどうなんだろうか……。

 イリアからしてみれば俺はポケモンなのでなんの問題もないのかもしれないけれど、あいにくと俺には元人間としての記憶がある。イリアは内面が少し……いや大分子どもっぽい感じなので情欲だとかそんなものは欠片たりとも抱かないにせよ、やはりちょっとばかりこっ恥ずかしい感じだ。

 昨日は「一緒におふろはいろー!」とか俺とユクシーを連れて行こうともしたし。さすがにそれはフィリアにも助けを求めて阻止させてもらったが。

 

「にしても、気持ちよさそうに寝てるなこいつ」

「めりょんぱんえっぱい……ふひっ、ふへへ、うぇへへ、うへへへへ」

「笑い方は気持ち悪いな……」

 

 こんな目と鼻の先に誰かの顔が突きつけられている状態でじっとしていることはもちろん、二度寝なんてできるはずもない。

 どうにかイリアの目を覚まさないよう慎重に、イリアの腕の中から脱出する。一度なにかを探すように腕を動かしていたが、大顎にくっついていたユクシーを差し出すと、幸いそれも収まった。

 ベッドから降りると、両手を広げて体を伸ばす。この世界に来てからは、寝る時はずっと木に寄りかかったり固い地面に横になったりとまともな寝具なんて利用していなかったからか、布団の中で眠れた今日はいつも以上に体の調子がいい気がする。

 さて……先に起きたのはいいけど、なにをしていよう。森でならユクシーが目を覚ます前に技の練習とかができたが、家の中でそれはできない。このイリアの部屋を物色するというのは……イリアは許してくれそうではあるものの、勝手にやるのは気が引ける。

 じゃあ、なにをしていようか。この部屋の中で、他の三人を起こさないように一人でできること……うーん。

 

「……ん?」

 

 やっぱり二度寝でもしようかなぁ。そんな風に思いかけたところで、ふと、誰かの掛け声のようなものが聞こえてきた。

 耳を澄ませば、それが外から届いていることがわかる。それも、聞き覚えがある人間の女性らしい高い声音。

 まぁ、俺がこの世界ではっきりと覚えている人間なんて、男女含めても二人しかいない。というか男はまだ一人もいない。イリアがベッドでまだ寝ている時点で、この声の主が誰かなんて考えるまでもないことだろう。

扉の前に立つと、大顎をうまく動かして、俺の全長のはるか上にあるドアノブを挟んで回す。ちょっと力をいれればこのままぐしゃりと噛み潰すこともできるが、そんなことしたら絶対に怒られるのでやらない。

 とてとてと音のする方へふらふらと歩いて行くと、庭口をくぐることになった。

 簡易的な花壇や緑で彩られた気持ちのいい空間。中央は少しだけ開けており、簡単なポケモンバトル程度ならできそうだ。

 そんな中庭の一角で彼女――フィリアは、三匹のポケモンと一緒に体操のようなことをして、戯れていた。

 

「はい、いーちに、さーんしっ! ほら、ちゃんと体をほぐしてー……って、あれ? クチートちゃん?」

「……そのちゃんって言うの、やめて欲しいんだけどな。おはよう、フィリアさん」

 

 初めのうちは言葉が通じなくても敬語で話していたが、正直めんどくさくなったのでやめた。今はもう名前にさん付けをしているだけだ。

 フィリアが俺の様子に気づくのと一緒に、六匹のポケモンたちも俺の方に顔を向けてきた。

 左からピクシー、グランブル、そしてサーナイト。これら全員に共通していることは一つ、全員が『フェアリー』という一つのタイプを持っていること。

 ――イリアの姉ことフィリアは、このアーダラジムのジムリーダー。フェアリータイプの使い手。

 そのことは、すでにイリアとフィリアのやり取りから理解していたことだった。

 

「おはよーだね、クチートちゃん。目が覚めちゃったの? もしかして、私たちがうるさくしすぎたせいかな」

「いや、それは関係ない」

「そっか。それならよかった」

 

 言葉は通じなくてもしぐさの一つ一つはそうじゃない。首を横に振れば、フィリアはほっと息を吐いた。

 ついでに首を傾げてもみせる。なにをしてるの? って感じになるように。こういう言葉を使わないやり取りはユクシーの方が得意なので、それを参考に……というかあいつはそれしかしないのだが。

 

「あ、えっとね……私がジムリーダーっていうのをやってるのは知ってるよね。今日もしも挑戦者が来たら、まずはこの三匹に頑張ってもらおうと思って。疲労したまま戦わせるわけにはいかないから、二人目が来たらメンバーは変えるけどね」

 

 なるほど。あるかもわからないバトルに向けて体を動かしておくとは、フィリアはずいぶん生真面目な気質のようだ。

 少なくとも『ゆびをふる』連打なんていうキチガイじみた命令はしなさそうである。まぁ、昨日イリアがそれをしたのは他に目立つ攻撃を空に打ち上げる手段がなかったからだとはわかってるけれど。

 それにしても、と、もう一度三匹を改めて眺め直してみる。

 ……なんていうか、はがねとどくに果てしなく弱そうな編成だ。いや、フェアリータイプで統一されているのだから当たり前と言えば当たり前か。

 だが、フィリアはジムリーダー、フェアリータイプのエキスパートだ。だとすれば弱点となるはがねタイプとどくタイプに対してはまず間違いなく対策を施している。下手に定石通りの選択をしたところで返り討ちにされるのがおちだろう。

 俺は、どうだろうか。

 ――勝てるか? この三匹に。

 その強さを推し量ろうと探るような視線を向けていることに気がついたのだろうか。三匹のうちサーナイトと、不意に視線が合った。

 サーナイトはいかにも余裕そうに、軽く、優しげに微笑んでくる。

 

「――――あなた、ちっちゃいですね。いかにも弱そうです」

「うん?」

 

 優しげの部分はどうやら見間違いだったらしい。

 

「どうせその無駄に大仰な顎で威嚇でもするのがお得意なのでしょう? 小さな自分を大きくみせようとするその無様な習性、まさしく弱者の思考回路です。底が知れるというものですね」

 

 妙に上から目線で見下してくる。物理的にも精神的にも。

 サーナイトがなにか言った直後に俺がむすーっとした態度になったことに、フィリアはいち早く気がついたらしい。素早くサーナイトに歩み寄ると、ごてんっとその頭に拳骨を下ろした。

 

「サーナイトぉ……初対面のポケモンを挑発しちゃいけないって、私、何回教えたかしら……?」

 

 いつものことなのか……。

 フィリアの発言的に、こいつまさかどんなやつにもこんな態度なのだろうか。さすがにそれはコミュ力が低すぎないか? 他の仲間とうまくやっていけてるのか、こいつ……。

 

「うぅ……主、痛いですよぉ。だってこいつこの私にガンくれやがったんですよ。それに、こんなやつに私が劣るわけがないのは事実です。それをわざわざ戦って怪我をする前に親切に教えてやってるんですから、むしろ感謝してほしいくらいです」

「あんまり反省していないように見えるけれど、今日はおやつ抜きでいいってことなのかな? ちゃんと謝ればまだ許してあげるわよ?」

「そこのちっちゃいの、この私が謝ってやるのですからありがたく受け取れなさい。少々きついことを言って悪かったです。まぁ、この私の方が? はるかに? 圧倒的なほど? 隔絶とした差の強さがあることは? 事実ですけどね?」

「……サーナイト。クチートちゃんが腕を交差してバツのポーズ取ってるけど、絶対まともに謝ってないわよね。そうねー……それじゃあ、はいっ。今から三秒以内にちゃんと謝らなきゃ一週間おやつ抜きー。さーん、にー」

「悪かったです本当すみませんでした二度とは言うかもしれませんが今はもう言わないので許してくださいお願いします」

 

 一切迷うことなく優雅かつ無駄に美麗な直角のお辞儀を決行したことは、もはや尊敬に値することかもしれないわけない。

 なんだかいろいろと哀れだったので、交差していた腕を下ろしてあげた。

 初めはちょっとムカついたりもしたが、おやつがどうとかいう話が出た時点でそんな気も失せてしまった。今はもう憐れみとか生暖かい気持ちしか湧いてこない。

 ユクシーと言い、イリアと言い、ププリンと言い、このサーナイトと言い、どうして出会うやつ出会うやつ毎度おかしな性格をしてるんだろう。

 フィリアだけが唯一まともだ。略してリアとも。

 俺の中で相対的にフィリアへの好感度が向上する中、ふと思いついたように、フィリアが手を差し出してきた。

 

「そうだ。クチートちゃんも一緒に体、動かしてみる? 皆でやると楽しいよ」

「んー……それじゃあまぁ、お言葉に甘えて」

 

 どうせやることがなくて暇だった。イリアたちが起きるまで、こうしてフィリアと運動することも悪くない。

 できることなら機を見て模擬戦辺りを所望したいが……さすがにできないか。今日あるかどうかは別として、ジムバッジをかけた大事なバトル前に無駄に消耗させるわけにはいかない。

 

「よーし、じゃあ続きから行くよー。えっとねクチートちゃん、まずは――」

 

 初めはバトルが嫌だと思っていたが、森の中で何度も遭遇戦を繰り返しているうちにその気持ちも薄れていった。

 今ではむしろ戦闘欲なんてものも新しく備わったのではないかというくらい、他のポケモンと戦いたい願望まで存在している。

 強くなりたい。立ちはだかる相手をこの手で下して、自分の強さを証明したい。

 さすがに手当たり次第に勝負を挑むほど凶暴なつもりはない。むしろ森では挑まれた勝負以外は応じていない。

 スピアーなんかとは違って遠くからこちらを眺めているだけのポケモンはいたし、無関心なやつもいれば、俺を見つけた瞬間に逃げ出したやつなんてのもいた。

 言ってしまえば、こう、スポーツみたいな感覚なのだ。楽しいからバトルをしたい、楽しいバトルをしたい。でも、相手に強制したいほどではない。

 本当の試合の直前には軽くストレッチなんかはするだろうが、練習試合は過剰すぎる。だからこの場面で俺がバトルを挑むことはできない。

 もしも今日挑むことができるタイミングがあるとすれば、それは一日の終わり、一度もジム戦が行われなかった場合だけだ。

 だから今俺にできることと言えば、こうしてフィリアたちと体を動かしていることと、今日はジム戦が行われないことを祈ることだけなのだが――それもどうやら儚い夢だったらしい。

 

「あれ? こんな時間に……誰からだろ」

 

 フィリアに体操の仕方を教わりながら実践していた中、ついと、大量の猫っぽい鳴き声がこの場に響き出した。なにやら合唱しているように聞こえる。

 どうやら、フィリアのポケナビに備わる電話かなにかの機能の着信音らしい。フィリアは懐からポケナビを取り出して画面を見やると、少し驚いたように目をぱちぱちとさせた後、しかたがなさそうにボタンを押した。

 ポケナビの画面から、なにやら半透明のホログラムのようなものが浮き上がり、そこに一人の少女の姿を映し出す。

 

『す、すす、すみませんっ! その……じ、ジム戦をお願いできますかっ……?』

 

 ずいぶんと緊張しているようで、声が上ずっている。想像でしかないが、もしかすれば初めてのジム戦だったりするのかもしれない。

 フィリアはどこか困ったように、それでいて微笑ましいものを見たという風に笑みを浮かべた。

 

「そんなにかたくしてもらわなくても大丈夫よ。私はジムリーダーのフィリア、よろしくね。それでね……もちろんジム戦はいいんだけど、あなた、ちゃんとジムの前にあった看板は見てくれたのかしら」

『か、看板……ですか?』

「うちはジムを開くのは9時からにしてるのよ。ちょっと来るのが早すぎないかな、と思って」

『え……あっ! ご、ごめんなさい! 6時と見間違えてしまいましたっ!』

 

 9を反対にすれば6にも見えるというものだが、普通はそんな風に間違えない。どうやら相当緊張の度合いが高いらしい。

 

「ふふっ、謝らなくてもいいわよ。でも、そういうわけだから一度出直してきてもらえるかしら。私たちもまだ戦う準備ができてないから……ごめんなさいね。せっかく気合いを入れて早起きしてくれたんでしょうに」

『い、いえっ! むしろ私がごめんなさいでした! また出直してきます! その時には、その、えっと』

「ええ。もちろん、快く勝負を受けさせてもらうわ。簡単に負けてあげるつもりはないから、あなたも全力で頑張ってね」

『は、はいっ! で、では、失礼しましたっ!』

 

 通話が切れたのか、ホログラムが消えていく。後に残ったのは、楽しげに口元を緩めているフィリアの顔だけだ。

 

「さて……みんな、そういうわけだから、今のうちに気合を入れておいてね。特にサーナイト! あなた負ける時はいつも慢心と油断を突かれるんだから、ちゃんと気を引き締めておくのよ」

「あの見苦しい小心者の気質が丸出しな愚かさ具合からして、ジムバッジなんて全然集めてないことが見え見えでしたし、至高の三匹目たる私の出番なんてありえないと思いますが。まぁ仮に? 私が出ることになったとしても? この私が負けるなんてことはありえませんが?」

「おやつ抜きがいいの?」

「どんなやつでも速攻で殲滅してあげましょう。この私に倒されることを光栄に思うのを許してやります」

 

 こいつ本当に強いのかな……いや、三段階あるうちの最終進化形態がこのサーナイトだから確実に強いはずなんだけど、性格がいささか小物すぎる……。

 とりあえず俺は、観戦でもさせてもらうことにしよう。

 挑戦者が来てしまったことは残念でもあるし、少しばかり面白くもある。

 俺はこれまで森のポケモンとしか戦って来なかったし、他の誰かのバトルを見たこともなかった。トレーナーが用いるポケモンが野生のポケモンとどう違うのか。ジムリーダーたるフィリアがどんなバトルをするのか。そして俺が、そのフィリアに通用する強さがあるかどうか。

 実際にバトルができなくても、学べることはたくさんある。

 イリアの姉、フェアリー使いのフィリア。ジムリーダーという存在の実力、しかと見極めさせてもらおう。

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