東方月紅夜~Guardian of sorrow spirit~   作:酔歌

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視点:博麗霊夢
レミリアの中身は、黄身よりも濃い。
Google+で連載していた「東方月紅夜 第十話」の内容をほぼそのまま投稿しています。


十一話 誰も知らない吸血鬼

 日が入る。それは朝を告げる日だ。博麗神社を発ってはや数時間経つ頃か、私達が到着したのは紅魔館。そう、書いて紅い魔が(吸血鬼の)住む館(住処)。粘っこい名前だと、口にするたび思う。

 

 そんなことより、日だ。それは窓から差し込んでくる。これは、ある意味おかしい出来事なんだ。何が? なあんて魔理沙は質問を投げかけてきそうだけれど、さっきも口からこぼれたようにここは「吸血鬼の住処」なんだ。太陽光なんて入っちゃいけない。完全未開不可能出禁の黄泉地獄。

 

 そんでもってここも月人等の住処同様お迎えが居ない。どうやら宿泊施設的名称には、マナーと言う言葉が存在しないようだ。

 

 主室に少しずつ近づくにつれ、至る所に入る謎の亀裂が見え始めた。

 

「やけにぼろいな。まともな業者を呼ばなかったのか?」

 

「自リフォーム中なのよ」

 

「なんだそりゃ」

 

 まあ、大方戦闘後というところか……ヒナギ。心配は募るばかりではあるが、私たちはようやく彼女の部屋の前の扉までたどり着いた。現在までの遍路と、亀裂と荒廃度が比べ物にならない。

 

「面白いもんみっけ」

 

 箒を担ぐ魔理沙がそういうと、扉に挟まった物を引き抜いた。真紫の髪の破片。ヒナギか。

 

「じゃ、ここね」

 

「探し物が見つかりそうだな」

 

「探され者だけどね」

 

 私と魔理沙は思い切って、魔理沙の帽子がぎりぎり入るか入らないかくらいの扉を押し開いた。

 

 ……光? 地上とも見間違えるほどの光量ということ、つまりは上。見上げただけでは、その状況を理解できなかった。

 

「…とんでもないリフォームをしたもんだ」

 

「そうね」

 

 穴。大穴。開いているというより、破開口されたというイメージが強い。吸血鬼がこんなことをするわけがなければ、このような事をする人物なんていないだろう。……まあ、見りゃ分かるか。

 

「行くわよ」

 

「犯人探しはワクワクするなあ!」

 

 片足浮かせて光大穴をすり抜ければ、私に焦点が集まって、熱い。光に強い、なおかつ破壊衝動のある……ヒナギとは断定できないか、是か。私の目がだんだんと縮まる。光が覚めれば、その正体が見えてくるだろう。

 

 あれは、レミリア?

 

 私と同時に箒を地に付けた魔理沙は、まだ気づいていない。次の一言でようやくそれを認識するとともに、私と顔を見合わせた。

 

「おはよう。霊夢」

 

「随分と派手なリフォーミングね」

 

「まあね」なんて笑顔を見せれば、私達へ近づいてきた。

 

 ……違う。何か違う。何か、説明し難い相違点を感じる。何故だ? 私の目に映る限りの情報量でそれは感じ取れるのに、具体性が皆無だ。彼奴はあんなに笑顔を絶やさずに、槍を持っている。

 

「本当か? 砂埃が撒き散る様を見る限り、結構最近の出来事っぽいけどなあ」

 

 魔理沙の鋭い、実に鋭角的な一言が彼女の歩みを止めた。そう、これはどう見たって数時間。いや数分前の出来事だ。石の裂け様、瓦礫埃。ガスマスクでも欲しいか、と思うほどの悪環に立った私たちが抱く、当然の普遍的要素だ。

 

「何時か、なんて言ってないわ。欲求度数の高い」

 

「そうか。リフォームだったら宴に来れないのも頷ける」

 

 その言葉が魔理沙の本真言なのか、それとも冗談なのか判別がつかない。

 

「お久しぶりね、といっても貴宅には何度かお邪魔したけれど」

 

 1tの空気と太陽光が頭を包む中、私は可能な限り思考を凝らした。と言っても、レミリアが「じゃあ」と話し始めるまでの汗が乾くほどの時間ではあるけれど。考えることで、この場の相違点を発見しようと、しなければここでこの物語は終わってしまう。ヒナギは外世界のどこかへ消えたという話で、幻想郷では完結してしまう気がした。

 

 レミリアの帽子、レミリアの顔、レミリアの腕、レミリアの……肌。

 

 肌。

 

 肌?

 

 吸血鬼。どこで読んだかどんなタイトルだったかすら思い出せない、あの本に書いてあること。背後に映る小さな棟を見ながら、ぼんやりと思い出してきた。

 

――溢れる血が、新品の絨毯に染み込む……

 ふいに差し込む朝日が、吸血鬼を私から離した。止血をしながら吸血鬼を見ると、焼け落ちる肌。みるみる内に骨格だけが残り、腰が地面から上がらなくなってしまった――

 

あー、面白くなかった本だ。

 

「それで、本日はどのような用件で

 

 意気揚々と槍を構える彼女。戦闘態勢はとうの昔に準備しておいたようだ。

 

「ヒナギがここへ来なかったかしら」

 

「ヒナギ?」

 

 鼻で笑う。私は何だか悔しくて、歯を噛みしめた。同時に魔理沙は八卦炉をスカートポッケから取り出した。

 

「居たわね。そんなの」

 

 ちらつく雪と共に流れる風に翻る蝙蝠羽は、犬の尾のように垂れている。積もったであろう雪は、もう溶けてしまったのだろうか……ああ、リフォームか。

 

「ヒナギがどうしたって?」

 

「ここに邪魔してないかしら。随分と仲良くしてくれたらしいし」

 

「随分と勝手な理論で申し訳ないが、覚えはないか?」

 

 五秒ほど待つ合間に感じる風の音、雪の匂い、火の気。それらは当然、私に恐怖を与えた。

 

「……さあ? 来てないわ。少なくとも紅魔館にはね」

 

 魔理沙は顔を緩め腰に手を当ててやっぱりな、なんて呟いた。私はとにかく腑に落ちなくて、筋肉の硬直は収まらずにいた。

 

「霊夢、帰るぜ。館主に失礼だ」

 

「やっと揉め事が流れて面倒事が無くなった!」みたいな顔で魔理沙は回転する。一回転、二回転、三回転はしないけれどバレリーナのように。そして私の肩に手を置いた。レミリアはそれを見て苦笑するわ、魔理沙は強い力で肩を叩くわ。ストレッサ―のレベルが段違いだ。

 

「なんならお茶でもするかしら? 用意させるけれど」と、レミリアが言い終わったくらいで、私の黒髪と魔理沙とレミリアの帽に雪がどっと落ちた。あっという間に地面は白染めになり、歩くとシャクシャク鳴る。

 

 シャクシャク……

 

「もー、湖で散々猛攻撃を食らったってのに」

 

 シャクシャク……

 

「帽子を洗わなくちゃね」

 

 レミリアの鳴らす雪音は、だんだんと私達の方へ向かう……ところで、私はこの爛れた館に流れる不条理を解決できたかもしれない。

 

 私は魔理沙に耳打ちをした。彼女の理解できていない顔は滑稽で、少し笑いそうになったことはどうだっていい。大切なのは耳打ちした「内容」なのだから。そう。それと同時に、懐にあった小袋を彼女に渡した。

 

 流れる雪群を歩きながら、私はおもむろにレミリアに近付いていった。また鳴る雪音を聞くと、レミリアは何かを察したかのようにこちらを睨んだ。それでいい。これが最適だと判断したのだから。

 

「ねえ、〈吸血鬼〉さん」

 

「何かしら、〈巫女〉さん」

 

「いえね、ちょっと気になったことがあるのよ」

 

 レミリアはあくまで惚けた顔をする。そりゃそうか、彼女はリフォームしただけなんだから。

 

「貴女、ここにヒナギは来ていない……といっていた気がしたのだけれど」

 

「ええ、事実を伝えたまで。疑う余地はない、と思うけれど」

 

「そう」

 

 流星群のような一雪が、レミリアを殴って頬を伝う。それは私も同じだ。だけれど魔理沙は違う。レミリアが疑問を持つ暇もなく壁面へ着いた。被る雪を払いながら魔理沙は待っている、はずだ。レミリアの視界は完全に私を捉えて、瞳だけで畏怖が襲う。背負った太陽が眩しい。瞳が焦げる。

 

 立ち止まった。

 

「……まだ滑稽な顔を見せつけて……ふふ。疑問なら受理するけれど

 

「語ることすら面倒くさいわ。理解しているくせにね」

 

 刹那的に瞳が紅く輝いた。戦闘態勢に入った証拠だろうか、プレッシャーが襲う。こちらも御幣を取り出す。そう、これは魔理沙への合図だ。

 

「折角なのだから、リフォーム記念。大々的に公表したらいかがかしら」

 

「たった少数の前で、ねえ」

 

 また笑う。一般人間が忌み嫌うだろう恐怖の眼。吸血鬼の瞳。そう、ならば言ってしまおうか。

 

「……レミリア。貴女は、本物よね?

 

 私の言葉をサインとして、魔理沙は箒と共に天高く舞い上がった。レミリアも私もそれに目を取られ、彼女は滑稽な顔をしていた。

 

 懐から袋状の「モノ」を取り出したかと思うと、紐を緩めて中の「モノ」をばら撒いた。

 

「……あら、雪は止んだのに別のものが降ってきたわね」

 

「……何が言いたい」

 

 レミリアは腕に包んだ一粒の「モノ」を凝視しながら、再び畏怖の瞳をこちらへ向けた。

 

「だから、聞いたじゃない。貴方は本物かってね」

 

 片足から着地した魔理沙は、ようやくこの時に状況を理解したようだ。種明かしというか、粒明かしをしてしまえば「モノ」は何時ぞやの「炒り豆」だということだ。

 

 どこで読んだかどんなタイトルだったかすら思い出せない、例のあの本に書いてあること。思いだしたあの一文。

 

――吸血鬼は炒り物に対して恐怖の念を抱くと言われているが、後に専門者に確認を取ると、まさにその通りだとのこと。今後、深夜帯にマンション・ビルディングへの侵入ミッション中は、簡易な炒り豆の所持を原則としよう――

 

「何が言いたい、と聞いたはずなのだけれど」

 

 レミリアの顔が強張る。彼女はこの事実を知らないのか? 自身の事のはずなのに。まあ、言いたいことは魔理沙も解っているだろう。畳み掛けようか。私は徐に太陽を指した。

 

「吸血鬼は私の見る限り、伝記では太陽光によって肌が焼け落ちる。瞬く間に骨格がくっきりと残って、存在があるだけ。こんな、日中と言うわけではないけれど思い切り太陽が頭上に現れている時節に、吸血鬼は存在できない。

 

 さらに言ってしまえば、レミリア。貴女が握っている「炒り豆」なんだけれど。吸血鬼は炒り豆を恐れるそうよ。どうやら、炒り豆と素肌が反応してぱっと燃えるらしいじゃない……まあ、貴女からは見えないようだけれど」

 

 レミリアの顔は依然強張っていて、変化が見えない。いや、見える。少しずつ顔が暗く沈んでいく。彼女の要求通り、「言いたいことをそのまま伝えた」までだが、どうやらお気に召さなかったようだ。

 

 私がため息を吐こうと瞳を閉じかけた刹那に、レミリアは炒り豆の上に槍を転送させてから私に向かって振りかぶった。刀身が体にぶつかる前にふわっと後進して避ければ、再び襲い掛かる。突いて突いて、だけれど、当たらない。慣れが感じ取れない動きに、私は唖然とした。彼女はこんなにも弱いわけがない。つまり。

 

「レミリア」

 

 私の一言だけで彼女は歩攻撃を止めた。

 

「貴女は、偽者ね」

 

「……」

 

 私の言葉以来、大体二分ほど沈黙は続いただろう。私は常にレミリアの垂れることのない眉と、鋭い瞳とを共に感じ、ほぼ完全に勝利の流れの中にあった。後方、魔理沙もきっと同様に緊張感を噛みしめながら、私たちの栄冠を確信したであろう。

 

 だけれど、ここで終わりなわけではない。レミリアの正体が見破られることと、ヒナギの行方が分かることがイコールで結ばれるわけではないからだ。レミリアが自白次第、私は百八十度Y軸回転してヒナギを片っ端から探さなくてはいけないんだ。彼の行動自体に怪しい点だって見受けられるけれど、もっとも危惧しなければいけない点は、吸血鬼の彼女が一体全体何故虚偽行為を行っていたかということだ。

 

 第一、ヒナギの至近的存在である私に嘘を言うということは、それ相応の謎っていうものがあるはずだ。

 

「……そうか」

 

 その瞬間は、私の瞳が天を仰いでいたちょうどその時に訪れた。雪でも炒り豆でもない、私と魔理沙の感傷的な空気が流れる中で、その言葉はエアーバリアを貫いて通った。

 

「……」

 

 再び黙った。一体なにが「そう」なのか私にわからないのに、魔理沙が分かるはずがない。だけれど、やっぱり何かしらの緊張感を感じ取ったようで、枝の擦れる音がする。左足を下げる、音がする。

 

 だけれど、またしても瞬間がやってきた。

 

 突如として光だけが溢れた。何もない城の上、レミリアの手が顔を塞いだだけで。もちろん、それだけではない。その光のような物質は、レミリア自体を包み込んでいった。細い腕、筋肉質な足、小さな胴。ショートヘア―から靴下まで、何から何まで包み込んで、私の瞳孔の対光反応は消え失せた。

 

 それは光の存在だけではなくて、彼の存在が確認されたからだ。

 

「……そうだった。吸血鬼の弱点を忘れていた」

 

 そうだ、あの長い菖蒲髪。女性のようにすらっとした体格。そして、長剣。ここにあるすべての事象が重なり合い、私はようやく彼のことを見つめることができた。

 

 そう。

 

「……ヒナギ」


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