東方月紅夜~Guardian of sorrow spirit~ 作:酔歌
Google+で連載していた「東方月紅夜 第四話」の内容をほぼそのまま投稿しています。
空を切って飛ぶ、なんて経験が無い俺にとって、それはとても新感覚だった。
あの日紫さんと共に博麗神社へ帰った時、俺はこれから行くべき場所があるかを聞いた。幾つか大まかな場所と、そこの居人を教えてもらった。俺はこの「幻想郷」なんてところに居た人間ではないのだし、霊夢に迷惑をかけるべきではない。そう思い、未開の地を探り、少しずつにでも俺の正体を自ら理解することにした。
「突っ立ってるとアレだが、こうしてるとなかなか快適なもんだろ」
「そうだな。気持ちいいくらいだ」
霧雨魔理沙操る大箒に跨り、向うは「紅魔館」と呼ばれる場所だ。しばらく森林を越えて行くと、霧と言うべきか蜃気楼と言うべきか、とにかく辺りが白い靄で包まれた湖へ出た。
「ちょっとだけ休憩させてくれ」
ここまでかなり長い空を渡ってきたので、湖付近で休息を取ることにした。
下降して魔理沙が箒を立てると、突然湖から波飛沫を立てて物体が飛び出した。飛沫は俺と魔理沙を包んで濡らした。その物体は何事もなかったかのようにふわふわと下降し、着地した。
見ると、薄青の短髪の少女だった。定石に当てはめて衣装を見てみると、霧雨のせいかも知れないが、青と白で構成されたワンピースだった。
「あ、いつぞやの妖精。やけに濃霧で寒いと思ったら、またお前か」
魔理沙の妖精発言に戸惑いつつ、も一度薄水少女を見た。
「ふふっ。暑いよりかはマシじゃないの!」
「なあ、魔理沙。彼女は?」
「おてんば寒々小妖精さ」
彼女は足元に落ちていた氷塊を拾った。
「なんじゃそりゃ」
「昨日誰かが湖に投げ入れてきたわけよ。特定したら絶対氷漬けにしてやるんだから」
妖精は袋状のそれを開け、なかから粒のようなものを手のひらに出して見せた。俺はそれを見たが、何なのかわからなかった。
「薬剤の類かな。私は見たことが無いよ」
「そういえばあんた魔法使いだったわね」
魔理沙がしつこくそれを見ていると、また妖精が、ここまで言葉をまったく発していない俺に対して会話を仕掛けてきた。
「お二人さんはデート?」
「冗談。こいつは記憶が無いのさ。それで、観光ついでに思い出そうってことさ」
「まあ、そういうことかな」
妖精は目を輝かせながら「面白そう」と呟いた。
「あたしは今日付き合えないけど、また観光するときは呼びな!」
彼女は満面の笑み。ようやく魔理沙の「おてんば」の意味が分かった。
「で、今日は紅魔館に行くんだ」
紅魔館。ちょうどこの湖のほとりにひっそりと、それでいてどっしりと佇んでいる。主人は吸血鬼で、門番、メイ
ド、それの長が彼女を取り巻いている。紫さんによると、「見てくれはヘンテコ」だそうだ。
「血と一緒に記憶まで吸われた、なんてな。ほんじゃ」
そういうと妖精はまた水面を飛び、水しぶきを立てて、同時にそれを凍らせて消えた。
小一時間ほど休憩をとった後、再び箒媒介で紅魔館へ向かった。そこへ向かうに従って霧は消え、代りに晴天が広がった。湖の黙視可能面積が減り、青い草原が目に入り込んでくると、「紅魔館」は見えた。
それは紫さんの言う通りだった、ような気がした。洋風で、先日訪れた「地霊殿」とどこか似ている。
「降りるぜ」
また直線急降下し、門前に脚を下した。
「聞いているかもしれんが、ここには番人が居てね。以前領空を犯して侵入しようとしたら、攻撃されたもんでな」
「……それは攻撃されてしかるべきなんじゃない?」
二人でそこへ近づくと、噂の番人が姿を現した。というか、突っ立っていた。
「珍しく来訪者かと思ったら、貴女か」
番人は俺たちの顔を見るやいなや、不満一杯の顔色模様を見せた。
「悪いね。今回は盗みでも何でもないんだ。コイツの話は聞いているだろう?」
魔理沙は俺を指差してこう言った。番人はハッとした顔をして、門を開け始めた。
「お嬢様と咲夜さんが随分前から話し合っていたようだったよ。申し訳ないが私の地位は低くてね。貴殿の名前以外は特に知らないんだ」
「それは俺もです」
「そうだったな」と呟きながら門前に背を寄せた門番は、また詰まらなさそうな顔に戻った。俺たちはその中へと向かった。
「地霊殿」もそうだったが、やはりここも洋風な訳だ。だがここは少し作りが違う。「こちらへどうぞ」と館内に居たメイドと思われる方が主人の下へと連れて行ってくれた。ここは随分と管理されていた。一定の間隔で部屋が設置され、過ぎるたび、そこは常に清潔に保たれていた。
「以降はお嬢様がお話し下さいます。こちらへ」
扉を開き、メイドはそこから立ち去った。そこに立ち入ると、妙な雰囲気に襲われた。それは刹那的かと思ったが、しばらく俺たちの周りを風のように漂っていた。奥の椅子。朱く輝いているその椅子から立ち上がり、彼女はこちらへ近づいてきた。
「初めまして。わたくしはこの「紅魔館」の主「レミリア・スカーレット」と申します。こちらへ」
その自己紹介はどうやら俺にだけ向けられたもので、魔理沙へはこう言い放った。
「貴女も、お久しぶりね「楽しい人間」さん」
書物がいくつか見受けられるその部屋は、朱い椅子と小テーブル以外はそれ以外は特に特出すべき点は無かった。レミリアと呼ばれる主は、俺達を警戒することなくすんなりと椅子へ運んだ。
「さて、八雲の方から噂を聞いていたわ」
「本当に記憶ないんだぜ。驚くだろう」
そう言いながら魔理沙は深く腰掛けた。
「まあ、特事例ではないわ」
先程俺達を送ってきてくれたメイドさんが、紅茶を人数分持って再度現れた。それを啜りながらレミリアさんは話を進めた。
「一番重要な点は、貴方の登場方法。血の海で溺れていたなんて、ねぇ」
「あー、まあ確かにぐっしょりだったって霊夢が言うくらいだからなあ。相当な溺瀕死だったんだろう」
「本人としては、感覚等は残っているものかしら?」
思いだしてみようかと思って脳を探ってみたが、当然そんな状況のことを顧みることができるわけがない。
「自分では、何とも言えなくて」
「まあ、当然よね。人間ですもの」
会話、というか世間話に近いそれをしばらく拙く行っていた。
「覚えているわ、彼女の制空飛行。頭身の毛は太るどころか、むしろ虱が取れてデトックスよ」
レミリアさんの一言はどこか重みがある。誰かをピリリと刺激するような、味を持った言葉だ。だが、それが良く効くような気がして、彼女に対して嫌悪感を抱くことはなかった。
「荒々しい走行がウリだぜ」
「ウリ?「駄点」の間違いじゃないかしら」
「流行るかもしれませんね。霧雨魔理沙式デトックス法」
三人で笑いあった。
「あの、レミリアさんは吸血鬼だって本当ですか」
彼女は少し間を置いてから話し始めた。
「……そうよ。悪戯にいびられを受けることはあるけれど」
「ヒナギ。こいつは本当だぜ。本気と書いてオオマジメ、だ」
「弾幕戦で私に秀でる者はいない、とね」
「あんたとやっている姿は、ただの「殺し合い」に見えるからな」
二人が話す中、俺はとある疑問に興味を抱いていたが、何故か。何故か「殺し合い」というワードが、脳漿に媒体として入り込んでくのを感じた。だが再び抱いていた疑問を脳裏に浮かべた。
「弾幕…戦?」
レミリアさんは阿呆なものを見るような顔で言った。
「霊夢に聞きなさい」
来館までに余程時間がかかったのか、気が付くとガラス窓越しに見えるのは、曇天一歩手前の曇り空。
「そろそろお暇しないとなあ。神成に撃ち落とされるわけにはいかない」
魔理沙が窓をのぞき込んで発言した。それに俺も乗って、お礼を言うことにした。
「紅茶、御馳走様でした」
「ええ、いずれ会いましょう。想い出せるといいわね」
その部屋を出、廊下に出たとたんまた空気は入れ替わった。
「妙なプレッシャーというか、スマート感を感じるな。あいつから」
「でも、意外と安直な人かも。面白くもない言葉で笑っていたし」
「お前の「霧雨魔理沙式デトックス法」か? あれは普通に面白かったと思うが……」
俺は、舌で転がっている「魔理沙のセンスが微妙なだけでは」という言葉を外部に発信するわけにはいかなかった。