年上少女の軌跡より   作:kanaumi

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4冊目 p71 3月12日 忙しい時には

 

 冬至もとうに過ぎさった今日の日、春が訪れても可笑しくはない時期なのに外はまだ寒いままだ。それでも着る服の枚数を減らしても大丈夫なくらいは暖かいのだろう。この前までは寒いと感じていた服装も今はそうでも無くなっていた。

 年が明けてから3ヶ月が経った。3ヶ月もたてば新年だとかの感傷は薄れてしまい、新しく何かをとか考えるよりも今を変わらず続ける事を念頭に行動していた。まあ、新しく始めた事なんてなかったのだが・・・。とはいえ、新年になったら何かが変わるかもしれないなんて思っていた元日の自分も存在していた。だけども、そんな行動力持ち合わせていないので、去年と変わらない自分の身長やロイドの説教に悩まされる日々になるのかと諦めていた。

 そんな僕だけど、今年は日曜学校を卒業する年なのだ。最近忘れそうだが、僕は13歳だ。だから、卒業後の進路を決めないといけない。進学か、就職かで決めあぐねていた。お父さんとお母さんは、僕の良い方に行けばいいと言ってくれている。けれど僕にはこれと言って目指したい物が無い。だけどてきとうには決めたくは無かった。もし、上級学校に進むとしたら年齢的にまだ有余がある。その間に就職してしまう手も有るから悩んでいる。進路もろくに決まっていない僕の状況はこんな物だ。僕の周りの状況もそう多くは変わっていなかった。

 

 しかし、変化が乏しかったのは僕の周りだけだった。世間ではめまぐるしいほど状況が変わっていた。年末にかけて騒がれ出した誘拐事件が合った。その事件は小さい子供を対象にゼムリア大陸各地で起こっている事件で、クロスベルでも子供が攫われたと新聞に書かれていた。しかも、10年以上前に起こった誘拐事件も関係していたらしい。これの解決に当たって遊撃手は勿論の事、帝国憲兵団やリベール軍など各地の軍や組織が協力して解決に動いていた。クロスベルからも被害が出ている為、クロスベル警察も捜査に当たっているようで、ガイさんもとても忙しそうにしていた。朝早くに出勤して、夜遅くに戻ってくる。そして、職場で夜を明かす事も増えていた。だからか、家の食卓にはロイドの姿が在る。ガイさんが家に帰れない事も有るのにロイドだけにするのは危険だし寂しいだろうと暫く家で預かる事にしたのだ。ガイさんに心配を掛けたくないロイドもお父さん達に「ありがとうございます、これからお願いします。」と言っていた。

 ロイドを預かってから暫くたった頃、新聞で事件の概要が発表された。その新聞の記事から分かる事で目に付く物は、事件は大陸各地で活動している謎の教団が起こした物だという事、そして被害にあった子供達の多くが助からなかった事の二つだ。その教団は各地にロッジを持っていてそこで恐ろしい儀式を行っていたと書いてあった。内容は詳しくは書かれていなかった。けれども誘拐された子供たちはその儀式の生贄にされたのだと書かれている。教団は多くの勢力が動いた事で壊滅したが、教団から抵抗も激しく多くの負傷者や死傷者を出した。クロスベル近くのロッジでも多くの負傷者を出していた。負傷者は各地の医療機関に運ばれた。そして、聖ウルスラ医科大学にも多くの負傷者が運ばれていた。運ばれてくる負傷者の数が多く姉さんも向こうに泊まり込みで働いている。僕とロイドは何度も手伝いに行っていた。

 大きな波を越したのは教団壊滅から2ヵ月が経った頃だった。

 

「エルちゃん、倉庫から替えの包帯を取って来てくれないかしら?」

「うん、どれくらい持ってくればいい?」

「そうね、とりあえず3ロール位かしら。」

「3ロールね、了解。」

 

 そう返事をして、廊下の方へ足を向けた。目的地の倉庫は2階にあるので、3階の此処からは少し時間が掛かる。別に緊急という訳では無いけど、少し早足で廊下を進む。途中に看護婦とすれ違うが、彼女たちに焦りは感じない。少し前までは、それは酷かったので何だか感慨深い。負傷者が運ばれて来た当初はその数にベッドが足りず、簡易ベッドや敷物の上に寝かせていた。更に人手が圧倒的に足りず休日出勤の看護師や医者がいても足りていなかった。僕やロイドも手伝ったが、本格的な事は出来ないので助けにはなれなかった。負傷者はどんどん運び込まれるが他所からの応援やレミフェリアからの応援に頼って捌いて行った。1か月もすればある程度落ち着きも出て来る物だろうけどまだまだ落ち着けなかった。人手不足からの超過労働で倒れる看護師や医者も少なくなかった。本当に落ち着いたのはつい最近の事だった。その頃にはガイさん達の方も後処理なども終わり始めていた。元の状態には戻れないが、それに近い状態に徐々に戻り始めていた。

 

「えーと、包帯包帯はっと…」

 

 倉庫までたどり着いた僕は、畳める脚立を片手に包帯の保管場所を探していた。今回の件で大量に物資を届けられた医科大学は、従来の保管場所では入りきらないと判断して、今まであまり利用してこなかった少し広い部屋を新たな保管場所にした。そこに、包帯を始め、メスなどの道具類も保管されている。送られて来た物資は部屋を広くした位では収まりきらないので、天井ギリギリまで物が入れられている。そのせいで背が小さいと物が取れなくてとても困るのだ。そんな愚痴を聞いた姉さんが用意したのが僕の右腕に在る畳める脚立だ。これのお陰で取りに来る度に近くの大人に頼らなくて済むのだ。小さくてもプライドがある方の僕にとっては嬉しい事だった。その代わりに姉さんからの雑用が増えたのは余計な事だったけれども。

 

「よいっ…しょっと!」

 

 脚立に乗ってもギリギリな僕は、必死に手を伸ばして包帯の箱を手繰り寄せた。少しふらつきながら箱を床に置き、中身を探り始める。整頓された包帯の幅を崩さない様に上から3つ取り出す。そして、元の場所に箱を戻す。荷物が増えた事により、少しのやり辛さを誤魔化しながら部屋を後にした。

 

「はぁ…最近こんなのばかりしてる気がするよ。簡単な処置が出来る位に成ったら少しはかわるんだろうけどなぁ。独学じゃなぁ、出来る気がしないんだよねぇ。」

 

 ブツブツと小言を言いながら歩いていると、前方から綺麗な女性の人が歩いて来た。

 

「こんにちは」

「あら、こんにちは。貴方は看護師さんかしら?」

「えっと、見習いです。」

「あら、そうなの?…まあ、見習いさんでも良いでしょう。ちょっと頼みごとをしても良いかしら?」

「えっ、え~と…。」

「…ああ、今仕事中なのかしら、それだったら違う人に頼むのだけど。」

「え、あっと、内容次第ですけど大丈夫です。」

「そう、303病室の場所を聞きたいのよ。」

「あ、それなら大丈夫ですよ。僕の目的地と近いですから。」

 

 姉さんのいる病室は304なので隣の病室という事になる。それ位なら別に急ぎでは無いはずだから案内は可能だった。

 

「ならお願いするわ。」

「ええ、こっちです。」

 

 階段の方へ体を向けながら案内を始めた。とは言ってもそんなに距離が有る訳では無いので、目的地にはあまり時間が掛からなかった。305と書かれた病室の前で女性の人とは別れた。女性が部屋に入る時にかすかに聞こえた鈴の音がやけに耳に残った。

 

「そういえば、名前を聞いて無かったな。…まあ、また今度で良いか。なんかまた会える気がするし。それよりも、早く姉さんの所に行かないと。」

 

 あの後、遅かったわねと姉さんに言われたので、案内をしていたと言って誤魔化した。

 

 

「エルちゃん、そろそろ時間になるわ。」

「え、…ああ、もうそんな時間か。うん、着替えて来るね。」

「ついでにロイドの方にも声を掛けてきて挙げて。まだ、荷物整理していると思うから。」

「うん、倉庫だよね。わかった、それじゃあ姉さんまた後でね。」

「ええ。」

 

 姉さんに言われるまで帰りのバスの時間が近づいているのに気がつかなかった。そこまで熱中していた訳では無かったはずなんだけどな。何だかんだ言って、手伝いでも嬉しいからなのかな?患者さんは辛そうで余り見ていたい物じゃないけど、患者さんからの感謝の気持ちは素直に嬉しいから時間を忘れちゃったのかもしれない。最近はこういう機会が多いから余計にそう感じるのかも知れない。そう思うと、自然と笑みを浮かべてしまう。最近はこういう笑みを浮かべる事が増えた為か、「最近のエルちゃんは別人なくらい笑うようになったよね」と陰で言われてしまっていた。こう言われると素直に喜ぶのに抵抗があって、余り嬉しくないのだ。言っている側からしたら思った事を言っているだけで、それ以外の理由がないのは良く分かるのだけど、何かむず痒い感じなのだ。だから言われると苦笑いで返していた。自分の整理が付けば早いんだけど、どうすればいいのだろうか。そう対策を考えていたら僕を呼ぶ声に気が付かなかった。

「エル?おーい……気づいてないのか?エル―!」

 呼んでいたのはロイドだった。気づかずに歩き続ける僕をロイドは肩を揺らして止める。「エル」

「ん、ロイド?どうかしたの?」

「さっきから呼んでたんだけど。エルが全然反応しないから心配したけどその様子じゃあ大丈夫そうだな。」

「呼んでたの?ごめん、まったく気が付かなかった。」

「ああ、気を付けてくれ。エルは最近、考え込んでるのか危なっかしいから。」

「そうかも、気を付ける。あ、ロイド。もうすぐ帰りのバスの時間。」

「ああ、エルも早く着替えて来てくれ。セシル姉はもう着替えて来たようだし。」

 

 ロイドは受付カウンターの方を見ながら言ってきた。僕もカウンターに目を向けると、そこにはニコニコしながらこちらに手を振る姉さんが立っていた。

 

「エルちゃんが余りにも難しい顔をしてたから声をかけ辛かったのよ。だから、ロイドに頼んだのよ。エルちゃんが難しい顔をしている時はロイドの方が得意だから。」

「セシル姉、別に得意じゃないから。」

「でも、ちゃんとエルちゃんは気が付いたじゃない。ロイドに任せて良かったわ。」

「いや、そうだけども。…はぁ。」

「ふふ、とりあえずエルちゃんは着替えてらっしゃい。」

「……うん、ちょっと持ってて。」

 

 此処で騒いでも仕方ない。それが僕が下した判断だった。切り替えが完了してからの行動は早かった。姉さん達を待たせる訳にいかないので、駆け足で2階の更衣室に向かうのだった。

 

「二人とも今日も手伝ってくれてありがとう。貴方達のお陰で病院全体が円滑に回り始めているわ。あの時貴方達が手伝うと言ってくれなかったら、私もこうしてバスに乗って帰れていなかったわ。本当にありがとう。」

 

 クロスベル市に向かうバスの中、姉さんは僕達に感謝と共に頭を下げた。僕達はその姿を視て唖然としてしまった。手伝いを行ったのは、姉さん達が大変そうだから暇している僕達で手伝いに行こうよみたいに軽い気持ちだったからだ。

 

「セ、セシル姉、頭を上げてくれ。俺達はそんなに感謝される手伝いは出来てないし、感謝されたくて手伝った訳じゃ無いんだ。なあ?」

「うん、そうだよ姉さん。そんなに感謝されたら逆に困っちゃうよ。」

「いいえ、貴方達はきちんと感謝されるべき事をしているわ。何もかもが足りていない状況に来てくれた貴方達は、あの時に最も必要だった事をしてくれたわ。あの時は、何より人手が足りてなかった。雪崩れ込むように運ばれて来る患者を診る事も判別する事も出来ていなかった。しかも、他の病院も同じ状況だから応援を呼ぶ事も出来なかったの。だから、貴方達が来てくれた時はとても嬉しかったのよ。だから、私の感謝の気持ちを受け取ってくれないかしら?」

 

 姉さんは言い切った後、此方の言葉を待つように此方を見ていた。でも、僕とロイドは姉さんを見つめる事しか出来なかった。姉さんの感謝が僕達の想像よりも遥かに重かったのだ。その重さに僕達は耐え切れなかった、だから言葉も出ずにただ姉さんを見つめるしか出来なかった。そんな僕達を見た、姉さんの困ったような顔がこの場の雰囲気を物語っていた。

 

 

 

 




次は何時になるかは判んないです。

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