一騒ぎを起こした僕に髭が拳骨を落としてから少し立つ。とりあえず、3人で近くのベンチに座って休憩していた。
「エル坊、落ち着いたか?」
「…うん、落ち着いた。…髭なんだよね?」
「そうだな、立派な髭だろう?」
ポツリ、ポツリと目の前の男の事が頭に浮かんで来る。確かめる様に男を眺める。男はニヤリと髭を撫でる。
「エル、アルベルトさんの事思い出したのか?」
「…朧げに、かな?でも、髭の拳骨は何回か受けた事が有るかも。」
「ふむ、ならば後何発か落としとくか?」
「…!…何か震えて来た。」
「…記憶に無くても、覚えているようだな。」
「そうみたい、ですね。」
アルベルトの提案に体から強い拒絶反応を感じた。覚えてはいないが、余程喰らいたくないのだろう。それを見た二人は、小さな発見に頷きあっていた。
「まあ、記憶に関しては徐々に触れれば良いだろう。今は、旅行の目的を果たすとしよう。」
「…目的って、何かあった?」
「ああ、帝都の観光。エルの記憶も目的だけど、旅行を楽しむのが一番の目的だよ。」
「俺の依頼もお前さん達の案内だしな。そういえば、ロイドは帝都は初めてか?」
「いえ、一度帝都には来た事があります。…小さい頃ですけど。」
「ほうほう、なら最近出来た施設とかを中心に回るとするか。」
アルベルトはそう言って、髭を撫でながらルートを考え出した。その間、エルとロイドは再び駅へと視線を向けた。昼には少し早い時間だからか、人の通りは疎らだった。この時間の場合はクロスベルの方が人の通りが多いのかもしれない。そんな事を考えながら辺りを眺めていた。…いや、よく見たら向こうの方は人通りが多かった。僕達が座っている此処は、人通りが少ない所に設置してあるベンチの様だった。もしかしたら、髭が気を遣って此処に案内したのかも。そう思うと…いや、そんな事は無いか、だって髭だし。昔は僕が迷子の髭を探してたくらいだし、そんな気を遣うなんて出来ないはずだ。
「はあ、こいつはさっきから呆けてばっかだなぁ。」
「はい、良くやる行動なんですが、話が進みませんね。…アルベルトさんに此処を案内して貰って助かりました。」
「ああ、こいつの癖は昔から出しな。たくっ、そこは変わっていて欲しかったよ。」
「はは、それがエル、なんでしょうね。」
そんな二人の会話はエルの耳には残念ながら届く事は無かった。二人の視線はエルに向くが、エルの視線は虚空に向けられていた。その視線が交わるのはもう少し先の話だろう。
「ハッ!ヒゲェェ!!…ん?」
「エル、うるさいぞ。」
「痛いよロイド、暴力反対だって姉さんも言ってたよ。」
「そろそろお昼になるから何か食べるって、聞こうと思ったけど、エルは何も食べなくて良いんだな?」
「ごめんなさい」
「ハッハハ、あのエル坊をこんなに尻に引くたあ坊主もやるなぁ。」
突然立ち上がったエルにロイドは容赦なく拳骨を落とす。それを受けたエルはセシルの名を出してロイドに訴えるが、ロイドはそれをどこ吹く風と反撃を行う。昼食を人質に取られてしまえば、エルに反抗すると言う意志は直ぐに消えてしまった。その光景は、昔のエルを知るアルベルトには驚愕であり、面白可笑しくもあった。
「いい加減話を進めるか?」
「うん、髭ごめん」
「お願いします」
「さて、帝都の案内についてなんだが、お前さんら希望はあるんか?」
一段落した後、アルベルトはそう言ってエル達に問いかけた。
帝都の事に関しては、この旅が決まってから調べ直したり、お母さん達に話を聞いたりしていた。とは言っても案内役に任せられる事もあって、簡単な事しか決めていなかった。その中で行きたい場所として、劇場とマーテル公園を考えていたのでその事を伝えた。
「劇場と公園な、じゃあ、そこをルートに入れてと。…よし、早速案内するが良いか?」
「うん、大丈夫」
「よろしくお願いします」
返事を聞いたアルベルトは出口に向かって歩き出した。2人もそれに続いて出口に向かう。駅を出た3人は導力カトラムに乗り込み、帝都北東に位置するマーテル公園に向った。
「そういえば、ロイドはなんで公園に行きたかったの?」
「いや、パンフレットに書いてあったからだけど」
「えー、何か無いの?」
「…強いて言えば、屋内庭園かな。クロスベルでは見られないから」
「ああ、クロスベルじゃあ無いねえ。ミシュラムにも確か無いよね」
「クロスベルにか、彼処は敷地の問題も有るから建てようにも難しいだろうな」
「髭、クロスベルに詳しいね」
「遊撃手だからな」
そういう髭は自分の髭を撫でる。髭でも遊撃手だから隣国の情報とかを調べている様で、ウルスラ病院に多くの患者が運ばれた事も知っていた。遊撃手の知識はクロスベルのエオリアさんが教えてくれた事でも十分わかるが、髭も当てはまるとは思わなかった。髭だし。
その後もカトラムに揺られながら話しあっていた。髭の仕事振りや僕のクロスベルでの暮らし等を話した。髭が興味深そうに聞くので、少し恥ずかしかった。そうして、カトラムは目的駅に到着した。
「さて、屋内庭園〈クリスタルガーデン〉に向かうか、まあ、此処から見えるけどな」
「あれだね、本当にガラス張りなんだね」
「ああ、だからクリスタルガーデンだな」
「皇族の方も来る庭園か…」
「ロイドは昔来た時は此処に来たの?」
「いや、時間が無かったから来てないはず」
「そうだったか、なら良く見て行きな。俺は良く解らんから解説とかは出来んがな」
「役立たづ」
「うるさい」
そんなこんなで庭園を見て廻る。僕も髭の事は言えない位良さなんか解らないけど、ロイドは解るのか良く観察していた。それだけでも来たかいが有ると言う物だ。
1週した所でロイドが満足したそうだから庭園を後にした。次はドライケルス広場に一度戻り、そこからガルニエ地区に向かう事になった。
「昼御飯もそろそろ考えるか」
「レストラン行こう!」
「出店とかも有るみたいだな」
「まあ、その時考えるか…ん?」
「どうしたの急に立ち止まって?」
立ち止まったアルベルトは公園の一角に目を向けた。エルとロイドも続く様に目を向ける。そこには楽器を抱えた男女が集まっていた。
「ああ、いや、音楽院の生徒達だなって思ってな」
「ふーん、楽器を引きに来てるの?」
「おそらくな、そういえばエル、お前はエリオットを覚えているか?」
「えっ?……ん、なんか引っかかる」
「エル、大丈夫か?」
「……まあ、今はそれで良い」
そう言って、髭は歩き出した。明らかに落ち込んだ様子の髭だが、その事を突っ込む気だったけどその前にカトラムが来たので後廻しになった。
七耀歴1198年 4月17日
何故かロイドの字で書かれた文章が有るが、気にせず続きとして書く。髭、アルベルトとの合流は僕に多大な影響を与えた。記憶を無くして苦しい事は少なかったけど、髭を見ると覚えは無いけど懐かしい記憶が頭に浮かんだ。髭に叩かれた事、髭に叩かれた事、髭に叩かれた事。叩かれ過ぎでは?原因は、思い出せる中で僕のも合ったけど、他の子共のもあった。髭は慣れた手付きで僕を叩くけど、撫でる事もあった。みたい。靄がかかってるけど有るのは解る。どんな時だったのか気になるが晴れる事は無さそうだった。
カトラムから見た帝都の景色は、新鮮な気持ちもあったが、少し古い建物には懐かしい気持ちが出てくる。小さい時に見た朧げな感じを町並みから感じるのだ。まあ、僕が此処にいたのは10年も前じゃ無いけどね。
クリスタルガーデンは正直に言って退屈だった。クロスベルでも奇麗な物は奇麗だけど、それ以上に感じる事は無かった。別に否定やなんやを言いたい訳じゃ無いけど興味が無かった。まあ、僕こっちじゃ外を駆けてたみたいだし、昔からだったのだろう。髭もロイドもわかってたのか、良く見ていた割に足早に進んでたし。
髭があのとき質問した事は、簡単げに言ったけどそれからずっと尾を引いていた。大切なんだろうって無い記憶でも解る。エリオット、人の名前だよね。もし、これを見返してたら追記しといて、未来の僕。
追記 エリオットは私の大事な弟分。忘れた後悔はいっぱいした。この記憶、キーアにだってお姉ちゃんにだってもう介入させない。