再会
私、リズベット/篠崎里香は、現実の世界に戻り、日々、新しい元の世界に馴染むのに四苦八苦していた。
苦しかったリハビリも何とかやり切り、万全とは言えないものの二年間で変わってしまった世界に慣れる為に、世間の情報を入手したり、通う学校の選択を迫られたり、充実しているとも言えない日々を過ごしていた。
あの日から三ヶ月が過ぎようとしていたある日…
突如、PCのメーラーが受信を告げるサウンドを発し、メーラーを開くと見慣れないアドレスのメールを一件受信していた。
「久しぶり…?」
サブタイトルは「久しぶり」と書いてある。
誰だろう?と思いながらメールを確認すると、サブタイトルは久しぶりだったのに、書き出しは「はじめまして」だった。
その後、桐ヶ谷和人と名乗ったメールの差出人は、続いてキリトと名乗っていた。
「き、キリト!?」
驚きの声を大音量で発しながら、思わずPCの画面に額をぶつける勢いで顔を近付け、間違いないか何度も確認する。
どうやってこのPCのメールアドレスを入手したのかサッパリだったが、一々驚いていると体が保たない事を既に学習済みの私は、そんな事はとっとと忘れメールを返信する事にした。
続くメールで「会って話がしたい」と言われた私はそそくさと身仕度を整えると、頭の中に何かのゴングを響かせながら軽やかに待ち合わせ場所へ向かったのだった。
都内某所、何の変哲もない駅構内にあるチェーンの喫茶店に入る。
適当に注文を済ませ、ソーサーを片手に店内をグルリと見渡す。
平日の午前中という事もあり、混雑はしていない。
店内の奥まった席に座る少年と視線が触れ合うと、私の身体はビクッと一度跳ねた。
淡く微笑み右手を挙げるその少年の元へスタスタと歩み寄る。
「久しぶり…リズ。いや、はじめましてかな?」
「久しぶり、はじめまして、キリト」
キリトの向かいの席に腰を落ち着かせ、珈琲を一口飲む。
「突然呼び出したりして悪かったな」
から始まり、身体の調子や現状を聞かれた私は、キリトの表情がどこか暗い事に気付いていた。
「それでさ…明日奈の事なんだけど…」
私は色んな意味でドキっとした。
「アスナ…アスナがどうかしたの?」
目を伏せて指を組むキリトは一度奥歯を噛み締めると、口の端をわずかに持ち上げ笑顔らしき物を作ってから語り出した。
ガチャン!
私はテーブルの上に乗り出し、キリトの胸倉を掴んでいる。
「アンタ!最初にそれを言いなさいよ!」
ガヤガヤとしていた店内は一瞬静まり返る。
しまった、やってしまったと思ったが後の祭りだ。
「お、落ち着けって。だから最初に謝っただろ?」
腰を沈め小声で叫ぶ
「落ちつていられる訳ないでしょ?なんでそんな大事なこと初めに言わないのよ!?」
「リズ本人かこの目で確かめてからとは思ってたけど、リズの身体の調子とか精神的な部分とか…いろいろ確認してからの方がいいと思ったんだよ」
そう言われると声を荒げてしまった自分が居た堪れなくなり、激昂が羞恥へとシフトしていく。
しかしその羞恥を蹴散らすように畳んでいた上着をひっつかむと立ち上がり
「どこよ?メールで場所送りなさいよ」
「ま、待てって俺も行くから」
そうして、すぐさま店を後にした私とキリトは30分後、アスナとの久々の再会を涙と笑顔で飾り、夕方までアスナの病室を占拠し続けた。
「それにしても、明日奈って本名だったんだね」
「あぁ、俺も初めは驚いたよ」
エレベーターが一階に到着し、受付にパスカードを返却する。
「駅まで送って行くよ、自転車とってくるからここで待ってろ」
「キ、キリト、自転車で来てるの?埼玉から!?」
「そんなに驚く事じゃないだろ?片道40分くらいなんだぜ?」
「うっそ…嘘よ!そんなに早く来れるハズないじゃない!本当は2時間とか掛かるんでしょ?」
「嘘ついてもしょうがないだろ?そんな地の果てみたいに言うなよな、マップで確認すればいいだろ?」
そう言ってキリトは右腕を振り、しまった!と固まった。
「あんた…バッカじゃないの?」
「しゅ、習慣だったんだよ!しかたないだろ!リ、リズにもなにかあるだろ?」
「私は帰ってきてメニューを出そうと思った事なんて一度もないわよ!」
キリトは首を振って駐輪場の方に歩いて行った。
「お、俺だけなのかなぁ…」
そんな声が聞こえた気がした。
自転車を押しているキリトと一緒に歩きながら、病院から自宅までの距離を頭に思い描く。
キリトの住んでいる所より、私の自宅の方が離れているが、そこまで変わらないとも言える距離にキリトの自宅があるかと思うと無性に見たくなる。
「アスナが退院して出掛けられるようになったら、キリトの家に招待してよね!」
「お、俺ん家?まぁ別にいいけど」
「キリト…私意外に誰の連絡先知ってるの?」
「えっと、クラインとか、シリカとか、リズも知ってるとしたらこの辺…かな?」
「まだ連絡はしてないの?」
「あぁ、みんな色々大変だろうからさ、なんか気が引けるっていうか…」
「そうよね…じゃあエギルに連絡したのはなんでなの?」
「なんでって言われても困るけど…やっぱり、一番は元気にやってるか知りたくなったから…かもな…。そろそろクラインにも連絡してやらないとな…こっちに戻ったら飯奢る約束してるし」
「奢るってクラインのが年上じゃないの?…ま、まさかあの顔で年下なの!?」
「ははは、あんな年下いたら怖いよ…向こうでの借りを、こっちで返すんだ…」
キリトは目を伏せ、同時に歩く足も止まった。
心配そうに見つめる私の顔を見たキリトは、伏せていた目を一瞬大きく見開く。
「リズにも…みんなにも…向こうでの借りを返さないとな」
キリトは優しく微笑む。
その顔はどこか切なくて、初めて気持ちを伝えた後の、あの日の笑顔にとてもよく似ていた。
キリトのその顔を見た瞬間、私の心は激しく鼓動が高鳴り、同時に締め付けられ、押さえ込んでいた感情が一気に芽吹き、意図せずとして突然に、恋の第2ラウンドの鐘が胸の中で鳴り響いた。
そんな笑顔も好きだったな…
恥ずかしさや切なさと、愛おしさが同時に飛来し、キリトの顔を見ないようにして歩いた私はとうとう駅にたどり着いた。
「じゃあ、また連絡するよ」
「うん!何かあったらいつでも言ってね!アスナの為ならどこでも行くから!」
「ありがとう、明日奈にもそう伝えておくよ」
「じゃあね!」
何とか笑顔でその場を切り抜け、改札をくぐる。
電車に乗ったこともあまり意識しないまま、いつの間にか自宅の前についていた。
『アスナの為…』
これも私の恋の定め…決して報われないと頭の中では理解している。
キリトに出会ってからの数ヶ月間、毎日自分に言いきかせた。
しかし、この気持ちが止むことも別の方向へ向かう事もなく、再び今日、目を覚ましてしまった。
自室のデスクの前に座っていると、考えるでもなく、あの日々が浮かび上がってくる。
アスナの顔…キリトの顔…
そして、すべてが始まったあの日の事。
最初は恐怖や後悔しかなかった。
しかし、いろんな経験を重ねて行く内に、私にとっても、大切でかけがえのない世界になっていた。
失ってしまった物も多くあったが、得た物も計り知れないと思う。
キリトにバカじゃないの?とは言ったが、あの気持ちは良く分かった。
私も、右手を見ながらスミスハンマーがそこに無いことをどれだけ悲しく思った事か…
スミスハンマーの柄を握るように右手を握る…
リズにはあのスミスハンマーが見える…
左手の指先で一撫ですると消えてしまったが、間違いなく私の中にはあの重さが感じられた。
思考の奔流は止まらず、SAOで自ら作製した
………
《ダークリパルサー》キリトの直剣…
《ランベントライト》アスナの細剣…
………
そして、初めての名剣と呼ぶに相応しいあのロングメイス…
私の為に作ってくれた、スミスハンマー
全身全霊で打ち込んだそのスミスハンマーは、二人の気持ちに応える様に、心地よい手応えと綺麗な鎚の音を響かせ、最高の武器を作ってくれた。
アスナとは違う、もう一人の親友。
この世界でも出逢えるだろうか?あの可愛い笑顔を見られるだろうか?
「リーテン……名前くらい聞いとけばよかったな…」
ふと思い、あの日作製した武器の名前の意味を調べると
《スペランツァー・ルーチェ/希望の光》だった。
沢山の人々と出会い、繋がり、別れた…あの苦しくも楽しかった日々を思い出し、胸の中に郷愁にも似た感情が激しく吹き荒れ、涙が溢れる…
あの世界は消えてしまったが、私の胸には、今でも色鮮やかにあの浮遊城が生きている。
いつしか、キリトへの深い恋慕は落ち着きをみせ、その感情は暖かく力強い何かに包まれるように、心の深い部分へと沈み溶けてゆく…
私は落ち着きを取り戻したその胸をそっと撫でて、溜息と共に淡い笑顔を漏らす。
「この世界でも見つけられるかな……ホントの…何かを…」
予想以上に会話の部分が長くなり悩んだ結果、削除、編集をして投稿する事にしました。
書きたかった事の前にリズの恋愛?の話が入ってしまいましたが、こちらを割愛すると文字数が少なすぎる気がして投稿を躊躇してしまっていたので入れる事と致しました。
御本家様の心の温度は結構好きな話しです。
キリトの無敵っぷりと言うか壊れっぷり?が何とも印象深いです。
あれはシステムスキル外のウォールランなんですよね?30m近く螺旋軌道で駆け上がるなんて…
「うっそーん」とは別に「お、お、オレ知ってる、コイツチートしてるんだ!チーターなんだ!」とか言いたくなるシーンです。