松野松莉の日常   作:かづな

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カラ松兄さん

バイト前の空いた時間、次兄に公園に誘われた。何でも相談があるそうで、ベンチに並んで座っても深刻そうな雰囲気を醸し出してなかなか口を開かない。

「カラ松兄さん、相談って何?」

松莉には分かっている、こういう間はカラ松特有のカッコつけに過ぎないこと。いつものことだから、頭の中では別のこと…バイト先の店長の面白い口癖だとか、友達の恋バナだとかを思い出しながら、2番目の兄がサングラスを外しつつ足を組みポーズを決めるまでを見守っていた。カラコンにも気付いたが、取りあえず黙っておく。

「リトルシスター…おそ松にも相談したんだが、いまいち要領を得なかったから、お前にも聞いてほしいんだが…」

「おそ松兄さんに…」

内容は分からないが、何で長兄に相談などしたんだろう。どう考えても解決するとは思えない。

「どうしたの、いつも自信満々なカラ松兄さんが悩みごとなんて珍しいじゃない」

「ああ…。松莉は、俺のそばにいて、痛くないか?」

「…ふぁ?」

間抜けな声が出てしまった。

意図がつかめず、まばたきを何度もしながら兄を見る。ベンチの背もたれに両肘をかけて、カラ松はやっぱりカッコつけていた。

 

みんなが自分のことを痛いという。殴ったり蹴ったりなんて決してしていないのに。

自分は人を傷付けたくないのに…。

 

「そっかぁ…」

兄の悩みを聞いて、松莉は微笑んでいた。

「痛い」の意味が分かっていなかったとは驚きだが、自分のファッションセンスには悩まなくても、相手を傷付けているのではないかと悩む辺りがカラ松らしい。

「大丈夫だよカラ松兄さん。カラ松兄さんは、そのままで」

どうせ何を言ったって、聞きやしないんだし。きっとおそ松もそんなふうに答えたのだろう。

「え…ホントか? 痛くない?」

「あー…痛いけど…」

「い、痛いのか⁉︎」

「いやいやそういう痛いじゃないから…」

カラ松の顔が迫ってきて、茶色のカラコンについ吹き出してしまう。

その時だ。

「オイオイ見せつけてくれるじゃねーかよ」

よくあるセリフに顔を上げると、金髪と茶髪のお世辞にも品行方正とは言えない男たちが立っていた。金髪の方は耳にも鼻にも唇にもピアスをぶら下げている。茶髪はスタッズだらけの皮のベストを着て金のネックレスを光らせていた。

「おにーちゃん、俺たちにお小遣いくれよー」

「俺たち彼女もいないんだからさ…見せつけ料ってことで」

何だ見せつけ料って。まぁこんな奴らに彼女は出来ないだろう。

カラ松は前を向き直し、脚を組み替えた。たっぷりの間を置いてから、

「フッ…俺もだよ。彼女も金も…ナッシング!」

いい声で言い放った。しかも完全なる真実である。

「てめー! 何でタメた⁉︎」

ヤンキーたちの気に障ったらしい。

「金がないなら、こっちのおねーちゃん置いてけよ」

「やだー!」

手首を掴まれそうになって、とっさに兄の陰に隠れる。

カラ松は無言で立ち上がり、間髪入れず茶髪の顔面にパンチを入れた。

幼い頃から6つ子の中で揉まれ、成人した今でも兄弟で殴り合うのが日常のカラ松は、ある意味ケンカ慣れしている。自分から手を出すことはほとんどないが、こんな場合には躊躇のかけらもなかった。

「てってめー!」

とはいえあまり強くはない。茶髪へのダメージもさほどではなく、すぐにパンチの返礼が来た。

「ぐあっ!」

「カラ松兄さん!」

吹っ飛んでベンチに叩きつけられた兄を助けようとしたところを、金髪のヤンキーに捕まった。後ろから羽交い締めにされ動けない。

「松莉に触るな!」

口から血を流しながらも、やっぱりこっちの心配ばかりしている。

「じゃあ抵抗するなよ、抵抗したらどうなるか知らねぇぞー!」

楽しげにそんなことを言いながら、茶髪がカラ松を殴る蹴る…いたぶるように、何度も。

「やめて! カラ松兄さん!!」

涙声になる。霞む視界の中で、カラ松は殴られながらも、笑っていた…こっちを見て、血だらけで、笑っていた…。

「俺は大丈夫…涙は似合わないぜシスター…ぐふっ…!」

「カラ松兄さん…」

ボロボロになって倒れたカラ松を足蹴にしてから、茶髪は革ジャンやズボンのポケットを探る。

「チッ、ホントに金持ってねぇでやんの…」

一円玉や十円玉しか見つけることが出来ず、とうとう諦めた茶髪は立ち上がった。

「仕方ねぇ。女の子ゲットしたからよしとするか」

ポケモンみたいに言わないでほしい。

「やだー!」

「や…やめ…」

虫の息のカラ松が、這ってでも阻止しようとしたその時。

「フギャー!」

猫の声がし、松莉の前を大きな影が横切った。と思ったら、金髪の戒めが解かれ、松莉の体は自由になった。

「え…?」

「うわー! いててて!」

悲鳴に振り向いてみると、大きな猫が金髪にしがみついて顔を思い切り引っかいている。

猫…いや、紫色の服を着ている。あれは…。

「ギャーー!」

また別の方からの声にハッと首を巡らすと、茶髪に卍固めを決めている男と目が合った。力一杯技をかけながらも、口をカパッと開けたいつもの笑顔でこちらを見ている。

「じゅ…十四松兄さん…」

もちろん、金髪を傷めつけている猫は一松だ。

「松莉ちゃん、大丈夫?」

優しく肩を抱かれて振り仰ぐと、すぐ上の兄が心配そうに覗き込んでいる。

「トド松兄さん」

ほっとして、体の力が抜けてしまう。助けに来てくれたんだ、兄たちがみんなで。

「コラー! 黙って見てれば、カラ松はともかく松莉に手を出すとは、許せん!」

おそ松がカッコよく言い放つ。長兄と並んで立っているのはチョロ松だ。

「そうだ! 僕たちはずっと見てたぞ!」

「ずっと見てたんなら、もう少し早く…ブラザー…」

カラ松の弱々しい呟きは、誰にも届かない。

「チクショー!」

「覚えてやがれ!」

テンプレートの負け惜しみを残して、ヤンキーたちは退散した。

「もう忘れたよーん!」

「おととい来やがれ!」

こちらもまた昭和のテンプレ。アカンベしたり、石を投げたり。

「松莉!」

兄たちに囲まれ、口々に大丈夫か、と聞いてくるのに笑顔で返して、それから松莉は倒れたまま誰にも顧みられないカラ松の方に駆け寄った。

「カラ松兄さん…」

膝に抱き上げる。あちこちから血が出、腫れているのが痛々しくて、涙が出てくる。

「涙は似合わないと…言ったはずだぜベイビー…」

指でそっと涙をぬぐってくれ、やっぱり笑ってくれている。こんな状態ですら、気遣って…。

「ありがとう…カラ松兄さん」

この優しさがあるから、痛くても何でも、次兄はこのままでいい…このままが、いい。

ぎゅっと抱きしめたら、

「うぉぉ…痛い、リトルシスター…」

悲鳴を上げて、悶えた。

そんな二人を、他の兄弟たちは少し離れたところで見守っていたが、せっかく妹を助けたのに感謝が全部次男に向いていることで、なぜかカラ松への恨みを深くしている者も少なくなかったようである。

 

「カラ松兄さん、まだ痛む?」

「ああ…まだこの辺が…松莉に撫でてもらえれば、すぐ治りそうなんだが…」

「何言ってるの、傷口に触っちゃダメでしょ。バンソーコー替えてあげるね」

「済まんな、こんなことをさせて…」

「だって私のためにケガしたんだもん、当然でしょ」

「フッ…まるでエンジェルだ…俺だけの…」

ドゴッ!

後頭部に蹴りを受け、カラ松は前のめりに倒れた。

「キャー何するの一松兄さん!」

蹴った張本人、4番目の兄は、じとっと次男を睨みつけている。

「もうとっくに治ってんだろが、クソ松…」

「いつまでも松莉に看病してもらおうったってそうはいかないからな!」

「ホンット、クソ松兄さんはセコいよねー、あざといよね!」

どやどや兄弟たちが入り込んできて、いつもの乱闘が始まる。

「やめてよ兄さんたちー!」

止めながらも、どうやらカラ松も元気になったようだと、ほっと一安心の松莉だった。

「サンキューなリトルシスター…」

結局、ケガを増やしたカラ松と、屋根の上に逃亡した。

「なんで? ありがとうは私の方なのに」

「お礼に、エンジェルを讃える歌を作ったんだ」

人の話聞いてない。みんなが言うのは、こういうところなんだけど…。

「いや、そーゆーのは、いいかなぁ…」

ギターを構える兄をやんわり遮った。

「そうか。フフン…既に伝わってるということだな」

それでも無理矢理押し通したりはしないところがいいところ。ポジティブシンキングもここまでくればすごいが、ともかくすぐに収めてくれたカラ松に、松莉は笑いかけた。

「それより、6つ子に生まれたよーの歌やってよ、私あれが好き!」

リクエストに喜んで、兄は愛用のサングラスを装着し今一度ギターを持った。

「オーケーハニィー、いくぞ」

ハニーは恋人だ。

「♪6つ子に生まれたよ〜♪」

「あいあいっ」

何はともあれ、兄妹の楽しげな声が空の下に響いた。

このあと多分、歌声を聞きつけた他の兄弟たちによって、カラ松は屋根から落とされるのだろうけど。

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