一話
夢を見た。
それは、使い魔とのつながりから流れ来る情報が見せる夢ではなく、過去の体験を適当に繋ぎ合わせて生まれるいわゆる普通の夢という物だ。
ただその夢は、夢というには鮮明だった。
それはルイズにとって鮮明な記憶だったからだろう。
トリステイン魔法学院から馬を三日ほど走らせると存在する、ルイズの故郷。
ラ・ヴァリエールの領地の屋敷の中をルイズは逃げ回っていた。
夢の中で逃げ回るなどよくあることだ。夢の中で幼いルイズになったルイズは、逃げなければいけない。ということに何の疑問も持たず、植え込みに隠れたりしながら追跡者を躱していた。
追いかけてくるのは母である。
追いかけてくる理由は簡単だ。
魔法ができないからだ。
姉たちが魔法の成績が良かったこともそれに拍車をかけた。ルイズのそれを物覚えが悪いと母は怒ったのだ。
使用人二人が、隠れた植え込みの方へやってきたので、ルイズは『秘密の場所』に逃げ込んだ。
『秘密の場所』と言ってもそれは子供故のモノだ。使われることがなく、人の寄ってこない中庭の池。真ん中には小島があり、そこには白い石でできた東屋が立っている。ほとりにはアーチやベンチに鳥が寄り添い、四季の花々が鮮やかな色どりを放つ美しい池だった。
舟遊びをするための小舟が一艙浮いており、そこにルイズは逃げ込んだ。
そして毛布を被れば『秘密の場所』の完成である。
もう舟遊びをする者はこの家にはいない。だからこそ、この船の中は叱られた時にルイズの逃げ込む『秘密の場所』だった。
そうして潜っていると、十六、程度の少年が現れた。つばの長い羽根つき帽子を被った彼。ルイズにはそれが誰だかすぐに分かった。子爵だ。ルイズの憧れの子爵。
父と交された約束を思い出すだけで少し、胸が熱くなる。
池のほとりに立った少年と、毛布から顔を出していたルイズの目があって、ルイズは恥ずかしくてまた毛布を頭にかけた。恥ずかしい所を見られてしまった。と羞恥心でいっぱいだった。
「ルイズ。僕の小さなルイズ。僕のことが嫌いかい? 顔を見せておくれ」
「いえそんなことはありません」
嫌いなわけがない。と毛布を剥がしてルイズは子爵を見た。目線が合うだけで頬が熱くなる。
そんな様子のルイズに子爵はにっこり笑って、船のルイズに手を差し伸べる。
「ミ・レィディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって。もうじき晩餐会ガブフッ!!?」
「へっ?」
差し出された手を握ろうとした瞬間、子爵が何かに跳ね飛ばされた。幼いルイズはいつの間にか本来の大きさのルイズになっていて、呆然としすぎて船から落ちた。
その跳ね飛ばした人物をキッと睨もうとすると、とても眩しい光がルイズを照らしていた。
その光源はその人物から出ている様で、池から這い出て角度を変えても、その光が目を焼いた。
「おまたせ、ルイズ」
光がそっと消えると、そこにはいい笑顔で『イイッ!』といったポーズをしてメーメーに乗るクリンセが居た。なぜか恰好が子爵と同じである。
「な、なんでクリンセがそんな格好」
「ミラプリ」
クリンセが颯爽とメーメーから降りながらそんなことをほざいた。
「て、ちょっと! 子爵!!」
ルイズがその後ろを見ると、憐れ子爵がメーメーの足に踏みつぶされて四季の花々に囲まれるように地面に上半身が埋没している。
ルイズが焦って子爵の方へ走り出す。服が池の水で湿って重たいがそれどころではない。あの埋没の仕方はヤバい。少なくともやっていいのはギーシュやサブストーリーの紳士であって子爵がやるようなことではない。
焦り過ぎたルイズの足が絡まって、子爵の恰好をしたクリンセに倒れるようにぶつかる。
普段のクリンセなら簡単に受け止めるそれをなぜかクリンセはルイズと共に倒れるようにボフリと倒れた。
「ちょっと、それくらいで倒れないでよクリン……セ……?」
倒れるとなぜか池のほとりじゃない。ベッドの上だ。いつの間にか子爵の服じゃなくなっており、ルイズが貸し与えた寝間着姿になっている。
構図としては、以前保健室の時のようなルイズがクリンセを押し倒した図に近い。ふと、右手が柔らかい何かを掴んでいることに気付いた。ルイズの右手がクリンセの左マテリジャを鷲掴みにしていた。
「え、ちょっと?」
「おめでとうルイズ」
「えっ」
どこからかギーシュが現れた。
「おめでとう、ミス・ヴァリエール」
それに続いてオスマンが現れた。
「「君も我々と同じ、おっぱいマイスターとなったのだ」」
何言ってんだこの二人、と思いつつルイズの右手は鷲掴みにしたマテリジャを離さない。うわー柔らかいなー欲しいなーなどという嫉妬心ではない。柔らかさを純粋に楽しむ自分自身にルイズが自分で驚愕した。
「ちがあああああああう私はこんなんじゃない!!」
「ハッ!!」
ルイズの意識が覚醒する。うーんうーんと誰かが唸っているような声がする以外静寂の部屋。目線をずらせば窓の外で月が二つ光り輝いている。いまだ夜だ。
なんだ夢か、夢で良かった、とルイズが安堵した時、ふと両頬に接触する柔らかい物体に気付き、ビクリとする。そして思う。
―――私は今何に抱き着いているのか? と。
ルイズは抱き枕何て持っていないし、抱き着くのに手頃な布団はルイズに覆いかぶさっている。ならばこれは。
顔を上げると、うなされているのかうーんうーん言っているクリンセ。そして顔を離してみれば、そこはマテリジャの谷。谷にはルイズの物と思わしき涎が垂れている。両手はがっちりとクリンセの脇の下を通してクリンセを拘束していた。
悲鳴を上げそうになるのをルイズは済んでのところで堪え、がっちりホールドしていた両手を離し、布団を引っ張ってクリンセの谷間の涎をふき取り、布団で自分を蓑虫のように巻きつけてそのまま朝まで動かなくなった。
圧迫のなくなったクリンセの安らかな寝息が聞こえる中、壁に立てかけられたデルフリンガーが一言。
「何やってんだか」
と、どうやってかため息をついた。
そんな風にルイズが胸の業にはまっている頃、王都トリステインの城下町の一角、チェルノボーグの監獄で、土くれのフーケがベッドで寝ていた。
二つ名の通り土の系統魔法を得意とする有名な盗賊の彼女は貴族の恨みやらなんやらで最も監視の厳重なここチェルノボーグ監獄にぶち込まれたのである。
裁判は行われるものの、実質的にどうなるかは決まっている。良くて島流し、悪ければ縛り首、つまり死刑だ。
脱獄は不可、杖を取り上げられて何もできず、杖があっても突破できるか怪しい魔法障壁が張り巡らされていた。
ふと、自分を捕まえたあの獣人を思い出した。
あの獣人だったら拳ひとつでこの監獄の壁をぶち抜いて脱出できるのでは? と思った。実際にできそうなのでフーケは大笑いして、なんだかばからしくなって目を閉じた。
そこへ、誰かがやってくる気配がする。ついに来たか、とフーケは観念したように鉄格子の先を見た。あれだけ貴族を手玉にとって、中央銀行の面子までぶち壊したのだ。裁判前に先に刺客が来ることは予測できていた。
そして今目の前に現れたそれが、刺客なのだろう。
「あら、何の用? おあいにく様、ここには客人を迎えるような物は無いわよ」
「話しをしに来た。マチルダ・オブ・サウスゴータ」
フーケの虚勢が崩れた。誰も知らない、消されたはずの名前を、その男は口にした。
「あんた、何者」
「『聖地』を取り戻す者。再びアルビオンに仕えろ。マチルダ」
「まさか!! 父を殺して家名を奪った王家に仕える気なんてさらさらないわ!!」
フーケはアルビオンという言葉が出て着た瞬間、吐き捨てるように怒鳴り散らした。
「仕えるのはアルビオンであって王家ではない。無能は滅び、我々が政を行う」
フーケが怪訝な顔をする。この男、トリステインの貴族であってアルビオンの貴族ではない。何の関係があるというのか。それを察したように黒マントの男は告げる。
「もう一度言おう。我々は『聖地』を取り戻す者。我々に国境はない。ハルケギニアを我々の手で一つにすることで、始祖の光臨せし『聖地』を取り戻す」
それにフーケは鼻で笑う。
「馬鹿言わないで、夢は寝てみるものよ」
馬鹿馬鹿しいにも程があった。ハルケギニア、そこにあるのはトリステイン、ゲルマニア、アルビオン、ガリア、小競り合いが絶えない国同士がまとまるなどという妄言。
さらに、仮にまとまったとして『聖地』を取り戻すという戯言。
もはや幾百年、『聖地』を奪われたままなのか、その奪ったエルフに無残に敗北してきた歴史を忘れたのか。そしてフーケの見たあの獣人。獣人じゃないと言っていたがまあ獣人もあんなのばかりだと考えると余計勝てる気がしない。
「我々には手段が与えられた。始祖は今再び光臨し、聖地を奪還するのだ。土くれよ、どうする? 我々の同士となるか」
「死ぬか、でしょ。選択じゃなくて強制」
フーケは笑った。
「来い。我々には優秀なメイジが必要だ」
「それで、これから旗を振る組織の名前は?」
ふと、フーケは尋ねた。
男から、笑みがこぼれる。
「レコン・キスタ」
男から紡がれたそれは、その組織の名前だった。
ルイズの母
ヒルディブランドの母、またはジュリアンと類義
子爵
夢の中でメーメーによってヒルディブランド状態にさせられた可哀そうな人。
だいたいクリンセのせい
クリンセ抱き枕
温かいので寒い夜に便利。
だいたいクリンセのせい
土くれのフーケ
だいたいクリンセのせい
黒マントの男
イッタイナニモノナンダ