獣人の少女が構えた瞬間、コルベールは魔法を放った。彼自身が忌み嫌う、しかし、この状況においてはもっとも必要な火属性の魔法。
ラインスペル。フレイム・ボールである。火のスクウェアメイジである彼には造作もない、それでいて即応性、火力共に優秀な魔法を獣人に向け放った。
獣人は特殊な先住魔法を使い、人の心を操るとされており、戦場でない日常においては下手をすればエルフより恐れられる存在だ。しかしその先住魔法は攻撃や防御に向かない。そして背後から放たれた故にこのフレイムボールは必中であり必殺であったはずの物だった。ミス・ヴァリエールには申し訳ないが、彼女を含めた生徒の安全を彼は最優先させたのだ。
黄色い鳥がフレイム・ボールに驚いて飛びあがり、それによって獣人が魔法に気づく。回避不可の距離だ。
それを、誰が体を捻りながらの腰の入っていない裏拳で、まるで綿を散らすように吹き飛ばされると思っただろうか。
「見ろ! あの獣人、コルベール先生のファイアーボールにビビってるぜ!」
暢気なことに、獣人の気を引くためにワザとコルベールが魔法を消したように多くの生徒は思っている。だが、事実は違う。ラインスペルとはいえ専門属性のスクウェアメイジの魔法をいともたやすく消し散らすのは明らかにおかしい。
そもそも今その獣人はちょっと手先が熱いみたいな動作をしているが騎士の鎧だろうとたやすく溶かす熱量をちょっと熱い程度のリアクションで済ますなどばかげている。奥の手を使うか、しかし生徒に被害が出る危険もある。
コルベールは悩んだ。汗が伝う。
暢気な生徒はそれに気づかない。
タバサとキュルケは使い魔の様子から気づいている。ルイズも自身のことゆえ気付いている。
「■■■■!? ■■■?」
獣人がジェスチャーをして身振り手振りをし出した。何を言っているかわからないが、なんとなく戦う意思がないような気もする。
先ほどの意味が通じるが無機質な声と違い、意味が分からないが何か必死で言っているのはわかる言葉に、敵意は感じなかった。
「コルベール先生。下がってください」
ゆっくりと、桃色が獣人に近づく。威風堂々たるその姿はまさしく貴族。ルイズを獣人の後ろにいた黄色い鳥がこちらを値踏みするように見つめてくる。それだけで汗が背筋を伝う。
それでも歩むことをやめない。―――アレは、私の使い魔なのだ。
やってきた、十センチちかく背の低いストロベリーブロンドの少女を見た獣人は、何を思ったか、少ししゃがんで、ルイズの頭を撫でた。それに呆気にとられたのはコルベールだが、嫌な予感を感じる。まさか先住魔法の発動方法がアレなのでは?と
「いかん、ミス! 離れたまえ!!」
そう叫ぶコルベールをルイズは手で制した。その眼に宿る意思は間違いなくルイズの物で、操られた様子などみじんも感じさせない。
今度は撫で心地がよさそうに笑顔で撫で続ける獣人の目を見つめる。その血のように赤い瞳は、少し恐ろしく見えるも澄み渡り、こちらへの害意は感じられない。
縦長の瞳孔は細められ、すべてを見透かされているような感覚に陥りそうだった。
だが、ここで止まるわけにはいかない。
ルイズがそのつややかな唇から言葉を紡いだ。
「我が名は、ルイズ。五つの力を司るペンタゴン。この者に福音を与え、我の使い魔となせ」
「■■■?」
ルイズが唱えたのはコントラクト・サーヴァント。呼び出した使い魔と契約を結ぶ魔法だ。
何を言ってるのか、と言わんばかりの首の傾げっぷりに少しイラッと来たが、その顔立ちが、今思えばとても美しいことに気付いた。ルイズ自身の言った、美しい使い魔という言葉を聞いてやってきたのだろうか、などと他愛ない想像が浮かんだが、頭を振ってそれを払う。
契約の方法は簡単。杖を振る必要もなく、故に爆発が起きることもない。
獣人が撫でるためにしゃがんでくれていたのも功を奏した。
ルイズの唇と、獣人の唇が―――合わさった。
静寂。獣人は喋らず、ルイズも喋らず、コルベールも、キュルケも、タバサも、遠巻きに見ていた金髪もその彼女も生徒たちも、誰もしゃべらない。
どさり、と倒れたのは獣人だった。まるで突然頭痛がしたように、左手を頭に当てた後、倒れた。
それを見たルイズはとっさに抱えようとしたが、自分より大きな獣人を支えられる訳もなく、下敷きになり、黄色の鳥が獣人を加えて持ち上げてくれることで助かったのだった。
こうしてその日、最後の使い魔召喚の儀式は幕を閉じた。
「こ、このルーンは?」
一応の危険があると判断され保健室にて、獣人の左手に刻まれたルーンをスケッチしながら、監視役のコルベールは唸ることとなった。
体のどこにあるかわからないため、一時はロングビル女史を呼ばねばならないかと危惧していたが、寝かせるため手甲の外された左腕にそれは宿っていた。
しかしコルベールが驚いたのは、それが見たこともないルーンだったからだ。
ただ、しっかりと使い魔として契約されたこと自体は確認されたため、危険はなくなったとルイズが入ることが可能になった。
コルベールは足早にどこかに行ってしまった。
いるのはルイズとクリンセだけ、あの大きな鳥は外の芝生で主人を待つかの、―――あのくつろぎようでは待っていないかもしれないが、丸まって休んでいた。
その主人と思わしきこの獣人、名前すら聞いてないからルイズも獣人と呼ぶしかない使い魔は、猫のように丸まってどこか心地よさそうな、耳の形から察するに猫なのだが、眠っていて起きる様子はない。
始めこそ自分がやってくればすぐ目覚めると思ったが、いつまでも起きない使い魔の心地よさそうな寝息と、召喚の際の大爆発の代償か、ただの気疲れか、睡魔に襲われルイズはいつの間にかベッドにもたれかかって眠りについた。
クリンセは、煙の中にいつの間にか居ることに気付く。
テレポでとんだ直後に近い感覚だった。
煙が晴れると、そこは何かの爆心地のようになっており、芝生が捲れ焼けている。
周囲の雰囲気が変わったのを感じ取った。
なんだか悲鳴をあげられている気がする。
そもそもここはどこなのだろうか、宝物庫と言うにはあまりにも視界が開け過ぎである。これだったらイシュガルドの教皇庁の中の方が宝物庫と言われて納得する程だ。
周囲に人がいたので、おそらくはファインダーによって召喚された冒険者だろうと辺りを付けて呼び掛けてみたが返答はない。
逆にこっちの分からない言語で何か言ってきたため、しょうがないので力の一端で定型文を生み出し、発信してみた。
よくダンジョンで偶然会った異国の冒険者に使う言葉である。
だがそれを言ったら後ろからファイアを放たれた。威力的にはファイラだろうか、普段の癖で裏拳で打ち払ってしまったらなんだか空気が和んだので、貴様の実力を見させてもらう! 的な一撃だったのだろうと納得したが、あんまりやられると装備の耐久度が下がってしまうので身振り手振りでやめるよう説得する。残念ながら定型文はそこまで万能ではないのである。
「ワタシ! 仲間! 敵違う!? オッケ―?」
「△△△△」
禿た頭の人がいまだ構えを解かないので何かやってくるのかとジェスチャーしていると、少し服が汚れている桃色の髪の毛をした少女が歩んでくる。
やっとわかってくれたのかと思わず嬉しくなり、失礼とはわかっていても少し膝を曲げて頭を撫でた。
子供にはこれが一番。ドマの子供で実証済みである。
禿げ頭の人がなにか叫んでいるが、子供が知らないミコッテに撫でられたらそれはびびることだ。
というか、この様子からして冒険者でも無さそうである。
転移門かと思ったらどこかの町へ転移させられてしまったのだろうか。
「△△△△△、△△△△△△△△△△、△△」
「え? 何? ごめんわからない」
目の前の子がなにか言ってるがわからないので首をかしげる。
なんだろうか、この子に昔のアルフィノに近い空気を感じる。
と、突然少女がキスをして来た。友愛の頬ではなく唇どうしである。
唇同士のキスなんて事故で知り合いとヤラカシタ位だ。その後互いにリミブレしそうな勢いで喧嘩したが良い思いでである。
キスしてしばらくして、左手に違和感を感じた。なにかが焼け着くような、剣で突き刺されて字を描かれているような感覚だ。
更には頭痛が込み上げる。
ここ最近はなかった、あの感覚に近い。
目を開けると、自身まで食い尽くすような暗闇の中、クリンセの周囲にクリスタルが浮かび、それを覆うような魔方陣の描かれた空間。
以前幻龍・ミっちゃん(クリンセ命名)に打ち込まれた龍の牙が砕けた際、より強固に形成された『光の加護』である。
空間へ暗闇に光の線が刻まれる。魔方陣の外、形作られたそれらが飛来する。
それが魔方陣とぶつかり合い、火花を散らしながらぶつかり合い続ける。
ジリ、と左手の甲が焼けつくような感覚。先ほども感じた物に左手の手甲を外すと、そこには、今まさに魔方陣とぶつかり合っている謎の文字群が刻み込まれていた。
ぶつかり合う度クリスタルが明滅し、光り輝き、意識が遠退き、体へ戻っていく。
目覚めの時だ、現実ではどの程度時間が過ぎているだろうか。などと考えながら、クリンセは目をつぶった。
目が覚めると、そこは白いベッドの上だった。日が落ちていることからけっこうな時間が経っているのだろう。
ここまで長い間意識を失ったのは久しぶりだ。
脇を見ると、テーブルの上にクリンセの手甲や足甲が置かれていた。
体を起こそうとして、起こせない。なにかが重りになっているのかと見れば、キスをして来た少女がすやすやと眠っていた。
―――今日はこのまま寝ようか。
いまだここがどういう状況なのかもわからないが、今はこの桃髪の少女の眠りを妨げないことにしよう。そう思った。
自分に掛かっていた布団を桃色の少女に被せ、姿勢を変えて寝ることにした。
芝生の上で眠っていたメーメーが朝の鳴き声を挙げ、窓を突き破って入ってくるまで、結局二人は眠っていた。
クリンセ・マム
武器を解体して手甲や足甲の材料にするが、原価が高すぎて自分の趣味用以上に作れないのが、鍛冶師、甲冑師としての悩み。
ジャン・コルベール
獣人の目線が自分の頭部の輝く部分に向いていた気がして少し気になる。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール
勢いで契約してしまったが、獣人をサモンサーヴァントして契約したのはちょっとまずかったのではとちょっと思ってる。
メーメー
ルイズはお眼鏡に叶ったのでアルフィノに続いて乗せてやってもイイとか思ってる。