一話
「……月が二つある」
ルイズと一緒のベッドで寝ている時、ふと、月の光が窓から室内を照らしているのが目に入った。
夜にしてはエオルゼアに比べて明るいな、などと思いながらルイズを起こさないようそっと起きあがり、部屋の窓を開けて外に出てみると、月が二つ空に輝いていた。
露骨にここが、エオルゼアとは別の世界だと認識したクリンセである。ちなみに今いるのは塔の屋根に当たる部分で、ルイズの部屋も一階ではないので、危険極まりないのだが、そこはミコッテ。身軽なのを利用してするすると外壁を上って屋根まで来たのだ。猫ではない。ミコッテである。
月の守護者ムーンキーパーとしては、月が二つあってはどっちを守護すればいいのやら、とも思うが、そもそもこの世界の月じゃないし、そこまで熱心にムーンキーパーしてないし、と大きく欠伸をした。そもそも夜なのにこんなに眠い時点で夜行性も何もあったものじゃない。
エオルゼアでは深夜活動が基本だったものの、転移門のような、結局は召喚のゲートだった物をくぐった際に、深夜から真昼間に移動したせいで、夜行性の生活習慣が丸々昼型の生活習慣にぴったり合致してしまった故だ。
「ん?」
小さく、誰かが歩いているのが見えた。目を凝らすと、月明かりの下で緑色の髪を揺らしながら誰かが歩いている。風向き的に匂いはわからないが、髪色や服装からして、おそらくロングビル先生かな、とあたりを付けた。
どこへ向かっているのか、歩いていく様は少し焦っている様な少し早足だ。
そしてふと、その先生が仕事ならば何でも速やかにこなすすごい先生とルイズから聞いていたことを思い出し。
「こ、こんな夜中まで仕事させるなんて……あのおじいさん、鬼畜か……」
勝手にオールド・オスマンの評価が低下するのであった。
ロングビルに同情しながらも、寝ないと明日起きられないなと思って再びするすると壁を伝い、窓を閉めてルイズのベッドで寝るクリンセ、翌日借りていた寝間着の裾が擦り切れていてルイズにキレられることも知らずすやすやと寝る。
「……しっかり起こしたのに理不尽」
頬を紅くしてトボトボと歩いているのはいつもの服に着替えたクリンセである。クリンセの起こし方に非は無かった。揺すってみたり、耳元で大声を出してみたり、まあ、常識的な範囲内での起こし方をした。
懸命なクリンセの努力と、メーメーの朝のクェェェェー!!という鳴き声でようやく起きたルイズの髪を梳いて、服を取り出していつものルイズの学生スタイルになったところでルイズが気付いたのである。クリンセに貸した寝間着の裾が破けていることに。
まあ、始めこそルイズはそこまで怒らなかった。猫みたいな扱いをしていたし、身長差もあるので最悪伸びたりしても仕方ないと思っていたからこそ、そこまで愛着のあるものを渡したわけでもない。
ただ、クリンセが良かったーと言いながら服を脱いで、その表情は一変する。
服の一部が伸びていたのである。具体的に言えば胸部の辺りが伸びていたのである。身長差があるのに無理して着たならしょうがないとなるところだが、皮肉にも腰の方はほとんど伸びていなかった。
しかもよく見れば、裾は大きさが合わずに破けたとかではなく、擦り切れたような破け方をしていた。
「……ところで、クリンセ。どうして破けたの?」
「屋根に上った!」
いい笑顔で言ったクリンセの顔をルイズは抓るのであった。
その顔を抓ったルイズは朝食をとって授業へと行った後である。クリンセとしても朝食を取りたいが、よくよく考えれば、食事を提供してくれる人の名前は知っていてもどんな人でどこへ行けばもらえるのかを聞いていないという致命的にどうしようもない状態である。
またミコッテ風山の幸焼きでも食べようかと芝生に寝っころがっていると、後ろから誰かが歩いてきていることに気付いた。
「おう? どうしたそこの猫」
振り向いて猫じゃないですーミコッテですーとでも言おうと思ったクリンセだったが、後ろを見て声が出なかった。
とってもでかいオジサマが居た。ルガディンと比べられる筋肉の塊のような巨躯は、ミコッテ族としては背が高いと自負するクリンセをして、小動物とこちらが判定されてもしょうがない大きさだった。どっかの埋没院に居たゴーレムのようである。
「びびるなびびるな、取って食いやしねえよ」
いつの間にかしっぽが股の間に入り込んでしまっているのを見てか、その大男は手に持っていた料理をクリンセに差し出した。とても美味しそうな、豊潤でいい香りがクリンセの鼻腔をくすぐり、思わず顔を近づけて、スンスンと匂いを嗅いでしまう。
それに少し苦笑しながらも、男はフォークと一緒にクリンセに料理をもう一度差し出す。
「有り合わせで悪いがたべるか?」
「食べる!」
飛びつくように皿とフォークを受け取って、パクパクと食べだす。エオルゼアでは味わったことのないタイプの美味しさに頬が緩んで思わず笑顔になるクリンセ。
それを満足そうに眺める大男、マルトー料理長である。
クリンセがパクパク食べていると、風がブワリ、と吹いて後ろに何かが着地した。食べるのをやめないが後ろを見ると、なにやら結構な大きさのあるドラゴンが降り立っていた。
「お、そっちも着たか。メシか? ……まったく、貴族様は自分の使い魔の世話もできねえのかねぇ……」
そう言ってどこかに行った大男を尻目に、クリンセはなぜか、ゆっくりと自分の脇で腰を下ろした青いドラゴンを見る。そのまなざしには知性を感じさせ、エオルゼアの友人のドラゴンみたいに話しかけてくるのだろうか、と受け身の姿勢で待っていたが、何も言ってこない。
なぜか頭をクリンセの方へ差し出してきたので、撫でてやると心地よさそうに喉を鳴らした。
「なつかれたな、クリンセ嬢ちゃん」
再び戻ってきた男は手にいっぱいの食糧を持っていた。芝生にそれを置くと、ドラゴンがゆっくりと起き上がってそれを頬張り始めた。
「どうして私の名前知ってるの?」
「いやいや、学園長に任されたんさ、貴族の鼻っ面へし折った我らが拳のお嬢様の食事のおねがいをな」
「……もしかしなくても、マルトー料理長?」
「その通りだ! それにしてもまぁ! 良い食いっぷりだ! 味はどうだ? 猫っぽいと聞いて猫によくない食材は入れないようにしてみたんだが?」
「とってもおいしいよ! こんなの食べたの初めて! あと私猫じゃなくてミコッテだからそういうの気にしなくて大丈夫だよ?」
そうかそうか! と満足そうにマルトーはクリンセとドラゴンの頭を撫でて、何か食べたければ食堂の裏から来い! と言って去って行った。食べ終わってから、皿どうすれば、と思ったクリンセだったが、ドラゴンの食べた後の皿の上に重ねて置いておくことにした。
ドラゴン? 青色をした、6メイル程のドラゴン。その眼は知性的で、意思疎通は可能そうな印象を受ける。また、クリンセになついているようななんなようなよくわからない態度を示す。
クリンセ
魔力の使い方は天性の才能の無さで、エーテルの刃を形成するくらいしかできない。
とある出来事以来、ある物を吸収して事実上無限に等しい魔力を保有しているため、エーテルの刃形成し放題だったりするが、本人が魔力制御下手すぎて形成に時間がかかるため実戦で使えためしがない。
マルトー
鉄腕料理長。貴族が嫌いだが、獣人にビビらない剛の者。ドラゴンに餌をやる胆力はさすがである。