Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
難易度が跳ね上がるので登場人物一同におかれましてはなんか頑張ってください。
アバンタイトル
――女の話をしよう。
眠った時から、女は夢想に囚われていた。
虜囚はひとり、外の世界を夢見続ける。
外へと連れ出すツバメはおらず、希望は女に見向きもしない。
それでも女は手を伸ばし、光を求めてもがき続ける。
物語は終わり、それはページの果ての果て。
十年という歳月の先。
死せる生者が、女に手を伸ばす。
――さあ、お前の目覚めの朝が来る。
夜は明ける。目を開けろ。
そこに、お前の
+
その暗黒の中で、僕は一人の男の傍に立っていた。
小さな本を開きそのページを捲る男は、僕が知る中で誰よりも、黒く悍ましい男だった。
黒いハットの下に覗く黄金の瞳。
血の通っていないような白い肌にあって、それは異常なまでに爛々と輝いていた。
「――聖典に曰く、『主いひ給ふ、復讐するは我にあり、我これに報いん』。怨みを晴らすは人に非ず。我らに成り代わり、報復は神こそが果たす」
強い思いを乗せて、本の文章を読み上げる男。
それは引用した言葉が持つ聖なる意味を信じているとは到底思えない。
しかし、どこか……愛おしさも見られる、矛盾した様子。
「……それでは、どうしても自分がそれを果たしたい場合どうするか。自ら神になればいい。そう思わないか?」
本に向けている目を動かすことなく、問うてきた。
周囲はただひたすら、闇ばかり。
だが、僕とその男以外に人影はない。
つまり彼は――僕に聞いたのだろう。
「……人は神にはなれない」
「なるほどな。そう考える、と」
その答えを予想していたかのように、すぐに言葉は返ってきた。
「神の直前にまで至った者がいる。お前は、知っているのではないか?」
――知っている。
あの女は、神に近づきその寸前にまで至った。
己の目的のために二度、月を陥れた者。
しかし……何故、この男はそれを――。
「……夢、か」
「そうだな。これは夢だ。悪夢、或いは予知夢、か。見ろ」
本を閉じ、懐に仕舞いこんだ男は、闇の奥を指さす。
その先は他と変わりない黒。
だが……何かが違っていた。
邪悪、混沌――どす黒い暗黒――
「……あれは?」
「特異点。お前が赴くことになる恩讐の地獄だ」
「あれが……特異点?」
いや――そうであるには、あまりにも悍ましすぎる。
前回の特異点でさえ、ここまでの邪悪は感じられなかった。
そもそも、夢である筈のこの場所が、何故そんなものに繋がっているのか。
「心配するな。お前の非力はオレが補ってやる。さあ――」
その男がサーヴァントであることはわかっていた。
それもただのサーヴァントではない。トップサーヴァントと言われても納得できるレベルだ。
彼が他意なく協力してくれるならば、とても心強いだろう。
だが――
「……駄目だ。メルトがいない」
「ほう。この先は死地だぞ? そこに思い人を同伴させるというのか?」
この先はもしかすると、かつてない危険があるのかもしれない。
男の警告は僕を試しているようだった。
未曾有の脅威に、何を以て挑むのか。
殆ど死が約束されているような場所であれば、なるほどメルトを連れていくのは躊躇いが生まれるだろう。
しかし、それでも僕の選択は変わらない。
「……ああ。メルトがいなければ、僕は戦えない。それは前の特異点でも痛感した」
牛若や沖田がいなければどうなっていたか。
一人であることの弱さを、あの地獄では思い知らされた。
この先が脅威であるならば、なおさらメルトと共にいなければならない。
そのうえで、メルトは死なせない。そうあれば、いいだけの話だ。
「……そうか。絆――オレには聊か眩しい概念だ。それがお前の強さというならば、そう在るがいい」
言われずとも、そのつもりだ。
男は闇――特異点とは反対側に歩んでいく。
「だが、注意しろ。アレは外に出てくるぞ。自ら向かわなかったことが吉と出るか凶と出るか……見物だな」
新たに忠告を付け加え、男は消えていった。
特異点の反対側。恐らく、目覚めるためにはそちら側に行けばいいのだろう。
何かが待つ闇に背を向け、目覚めに向けて歩いていく。
微かな笑い声が、背後から聞こえた気がした。
「なぁるほど。悪意に善意。これで繋がったよ、それが聖杯のカラクリか」
その夢から覚めた次の日。
メルトより早く目覚めた僕は万能の天才がセラフの隅に構える工房に赴いていた。
京の特異点の観測結果を見て、ダヴィンチはようやく合点がいったと頷いた。
「……善意、か」
「ああ。相対する二つを材料にするとはねぇ」
それまで芳しくなかった聖杯の解析状況。
その仕掛けが判明したらしく、ダヴィンチは得意げに笑う。
「安心したまえよハクト。もう数日もあればこの集まった聖杯、一つ残らず解体してみせよう。次の特異点から帰ってきたときには、期待してくれていいよ」
万能の天才はついに、聖杯解体の手段を見つけ出したらしい。
自信をもって胸をたたくダヴィンチ。
しかし……善意か。
最初の特異点を終えた時、ダヴィンチは悪意を以て作られたと言っていた。
そして、結論がこれ。
悪意と善意という二つの構成要素。それはあまりにも、警戒すべきものだった。
悪意を以ての善意。善意ありきの悪意。そういうものを持った、歪んだ救世者を知っている。
今回の黒幕も、そのような思想の持ち主なのだろうか――
「でも、ダヴィンチ。どうしてそういう結論に?」
「カルキなんて名前聞かされたらね。私もムーンセル以上のことは知らないけれど、あれは善性の極致だ。単純だが、そういう結論になるのも致し方ないことさ」
カルキ……やはり、その名前か。
ムーンセルに帰還してから一夜明けた。
その間に僕からも調べたが、カルキという英雄はやはりムーンセルの記録には叙事詩以上の情報は存在しなかった。
少なくともムーンセルの機能における召喚は出来ないようだが……。
「カルキ。そしてグランドのクラス。不明は多いが、間違いなく最重要な事柄だろうね」
「ああ……少しでも早く、詳細を知らないといけないな」
聖杯の回収に加えて、新たなる重要事項。
カルキについて。そして、冠位の英霊たち。
存在が判明しても、まだ謎が多すぎる。
グランドアーチャー――スーリヤカンタと名乗った男。そしてグランドライダーの少女。
サーヴァントを超えたサーヴァント。
彼らはきっと、今後もこの事件に介入してくる。
戦意は感じさせなかったが、戦う可能性もゼロではない。十分に注意が必要だろう。
「それじゃあ。頼むよ、ダヴィンチ」
「了解。せいぜい次の特異点も、油断しないように」
長く休んでいる余裕はない。今日もまた、次の特異点に向かうことになるだろう。
どんな時代なのか。そして、どんなマスター、どんなサーヴァントと向かうことになるのか。
それらは不明なれど、未曾有の危険が待つものであることだけは知っていた。
あの夢――男が予知夢と言っていたそれが、真実なのだとしたら。
「腕も失くさないようにね。あっさり直したように見えるけど、結構手間なんだぜ?」
「……気を付ける。僕も、もうあの感覚は嫌だ」
シャドウサーヴァントにより失われた右腕は、月に戻ってから復元することができた。
腕への信号を受け取る部位が存在しないという違和感が消えてきたころだった。
あの感覚が当たり前になっていたことに、事後に恐ろしさを感じる。
極力、もうあんなことはないようにしたい。
「どうせ復元するなら、私が専用の義手とか作ってあげてもよかったのに。どうだい、手の甲からビームとか……」
「……またの機会に」
……少し気になるが、明らかな改造には抵抗が大きい。
ともかく、次の特異点だが、それよりも前にやることがある。
僕を助けてくれた彼女は、もう目を覚ましただろうか。
校舎の保健室に寝かせていたミコは、目を覚ましていた。
「もう大丈夫ですよ、ミコさん。ですが大事をとって、次の特異点攻略は――」
「いえ……問題ないわ」
サクラ曰く、脳への過負荷とショックからとのこと。
それで倒れるほどのことが、僕を助けた時に起こった、と。
「そうですか……では、またお呼びしますね」
サクラが保健室から去り、ミコと二人、残される。
彼女から向けられる視線は、不審に満ちたもの。
「……貴方の、記憶を覗いたわ。貴方の傷を治すために」
「ッ……」
殺生院という姓を持つ者の、治癒術式。
それは相手の全てを理解することにより、相手の損傷部位を修復するというもの。
そうか……ミコは知ったのだ。僕の知る、あの女を。
「教えて。貴方が知っている母さんについて、貴方の言葉で」
「……」
彼女の母であるキアラ。僕の知っているキアラ。
それには差がある。彼女の世界のキアラがどのような人物であれ、僕が知るキアラほど悪ではないだろう。
だが……そのような虚飾で繕ったところで、ミコは納得すまい。
話す時なのだろう。何より、それをミコが求めているならば。
「……僕にとって、ただ一人の憎悪の対象だ」
その姿を思い出すだけで、良くない感情が膨らんでいく。
「十年前、この月を掌中に収めて、全ての並行世界を手にしようとした人がいた。それが、キアラだ」
「……なんのために?」
「……最大の快楽のため、らしい。僕には、理解できなかった」
ともかく、そんな目的のために月を陥れたキアラを許せまいと、僕たちは戦った。
あの戦いを、もう月は覚えていない。
月に属するAIも、全員がその事実を忘れている。
月から抹消されたその記録は、しかし、覚えている僅かな者たちにとっては忌むべきもの。
この上ない嫌悪の相手だということは、ミコも理解したらしい。
「……その母さんがいた世界に、私は?」
「いなかった、と思う……ごめん、すぐに話すべきだった」
「……いえ。構わないわよ。その母さんが私と関係ないなら、それで」
体を起こし、ベッドから立ち上がるミコ。
「無理は……」
「だから問題ないっての。気を使ってるならやめて。逆に惨めに感じるわ」
その話を聞いて、ミコは何を思ったのか。
表情からは読み取れないが……彼女との敵対は避けられたらしい。
彼女は善性だ。キアラのような欲望は持っていない。
ならば、今後もうまくやっていきたい。そのためにも、次の特異点も共闘できれば――そう思っていた時だった。
「ッ、ハク、ここにいたのね!?」
「メルト……?」
メルトが転移してくる。
月内部における一般的な移動方法だが、なにやらメルトはひどく焦っている。
「緊急事態よ、外に出るわ! 貴女も!」
「え、ちょ――」
メルトに手を捕まれ、僕自身も転移させられる。
転移先は、校舎の外。
いったい何が、と周囲を見渡して――空を見て、思考が停止する。
「――――なに、あれ」
中天にあるはずの、虚像の光。
月が投影し、セラフ全体を照らす光が、そこになかった。
いや、正確には存在する。だが、それは投影された偽物ではない。
極小の、本物の太陽。
そしてそれを中心に広がる、罅、罅、罅……。
「ッ――」
全域の情報を映し出す。
観測可能領域の八割方にノイズが掛かった、不安定な計測結果。
これは、まさか――
「……特異点」
「……この月が、特異点になったっていうの?」
どういうことだ。特異点は、確認していたもので全ての筈だ。
その何れにも該当しない例外、そんなものがあるとでもいうのか。
「その通りだ、月の民。私が聖杯を以て、この月を歪ませた」
あまりに無機質な声が、耳朶を震わせる。
――その声を最後に聞いたのは、いつだっただろう。
最初に聞いたその時が、その声の主との別れとなった。
間違いない。それは、この月の中枢に巣食っていた亡霊――
「……トワイス?」
「覚えていてくれたか。どうやら私もただ突破されるだけの障害ではなかったらしい」
穢れのない白衣。眼鏡の奥の、氷のような瞳。
欠片の男。僕たちの聖杯戦争における、最後の敵。
救世者の力を借り、世界を闘争によって進化、発展させようとした歪んだ正義の執行人。
トワイス・H・ピースマンが、そこにいた。
「何故、貴方が……いや、それよりも」
「――サーヴァント?」
そう、当たり前のように目の前にいた男は、人間でもAIでもなかった。
人を超越する霊基。それは、サーヴァントのもの。
「然り。不肖ながらかの天才のお眼鏡にかなったようでね。彼の目的にして悲願を達成すべく、力を貸した。言わば今の私はその男とトワイス・ピースマンが溶け合った
疑似サーヴァント……前回の特異点で出会った天国のような、英霊が人の器を借りて現界した状態。
その器に、トワイスというAIが選ばれた、と……?
確かにAI・トワイスの情報は月に存在する。
だが、それはあくまでAI、サーヴァントの器となり得るとは思えない。
それでも事実、目の前のトワイスはサーヴァントだった。
「……その天才とやらも悪趣味ね。それで? 今更出てきてなんのつもり? 月の内部でゾンビの存在を許可した覚えはないのだけど」
「ゾンビ、とは正確ではないな。死体が動いているのではなく、この私は月に巣食う妄執が原動力だ。形はどうでもいいのだよ」
メルトの言葉に淡々と返すトワイス。
一切動じないその様子に苛立つメルトは、一歩歩み寄って語調を強くする。
「なら癌ね。自害の許可をあげるから、さっさと消えなさい。この月を戻したうえで、ね」
「それは出来ない相談だが、いや、君の洞察力は良いものだ。確かに、私は癌細胞だ。かつてのそれが播種し、他の姿で再び動き出したもの。そうだな、それではその慧眼に敬意を表し、名乗るとしよう」
男は、両手をゆっくりと広げ、名乗る。
「サーヴァント、トワイス・H・ピースマン。この体を借りて月に挑戦する我が真名を――ジョン・フォン・ノイマン。これより特異点を以て月を侵す、ムーンキャンサーだ」
『例外特異点 神話碩学アナテマ
AD.1956
人理定礎値:A+』
という訳で五章の舞台はセラフとなります。
夢の中に登場した謎のサーヴァント、そしてトワイスことノイマンが参戦。
最初の語り? なんでしょうね。