Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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第二節『月海原のエニグマ』

 

 

「いいわね? 本来なら私の役目だったものを貴女に任せたのは、月の管理者なる者からの指名があったからです。日次――いえ、可能な限りの報告は欠かさないこと」

「分かっています。バックアップは、お願いします」

「……ええ。世界の危機に私情は挟んでいられないものね」

 全ての準備を終えた。

 地上で出来るのは、ここまで。これ以上は指定された時間までに用意するのは厳しいだろう。

 これで十分なのかどうかは……分からない。

 なにせ、あの人たちが地上の――数多の並行世界の人間の助力を必要とするほどの事件。

 私が月に辿り着く前に差し伸べられた招待状に、ほんの少しの口惜しさを感じた。

 しかし、そんなことを言ってもいられない。

 並行世界全ての危機。それに立ち向かうのに、あの時と同じく手を貸してほしいと。

 一片の迷いもない。この十年、彼らと会うために歩んできたのだ。

 その機会に助けることができるのであれば、私も喜ばしい。

「各種礼装、術式に支障は?」

「全て問題ありません。後は向こうで安全を確認次第、起動実験を行います」

 ――あの時の、私にとって全てが始まった戦いから、十年。

 私は聖杯戦争をイレギュラーとして見届けた。

 この世界での出来事ではないものの、私という存在の大半を構築した月の出来事。

 あの後、今に至るまで行動を共にする友と出会い、世界中を旅してきた。

 多くの場所に赴いた。多くの人々に出会った。

 まずは私が月に赴いた場所であり、私が鋳造された、狭い私の世界であったアトラス院。

 荒れた国々。次期当主が死亡し混乱する西欧財閥。これ幸いにと反抗を強めるレジスタンスたちの本拠地。

 西欧財閥から脱退した一部の貴族が再発足した、旧きを廃し新時代の魔術を探求する機関。

 日本という国家が存在していた頃の首都であった都市にある、霊子ハッキングの研究所。

 三年の交渉の末入国を許可されたアフリカの小国家と、その上にあるクローン売買シンジゲート。

 年末の一日のみその門戸を開く、世界で唯一内部にマナを残し神代の魔術を探求する移動石柩。

 世界中に点々と、残ったごく僅かな地脈を頼りに、どうにか一族の成果を絶やすまいとする魔術師たち。

 曰く戯れに莫大な資金援助を賜ったモナコの魔王と、彼の船宴で出会った宝石爺。

 旅を始めて二年ほどという頃にとある縁故で乗り込んだ、マナの枯渇という魔術師の死など知らないかのように未だ北欧の森を走り続ける遺産の列車。

 そこの一件で縁を結び、今私たちが拠点としている施設の主。

 世界を学び、そして時に助力を受け、その遺産を託されながらも、私は今ここにいる。

 ――人理継続保障機関・カルデア。

 南極に人知れず存在していた、標高六千メートルに及ぶ山脈。

 マナの枯渇により僅かな時間外部からその存在を確認できたのを、幸運にも目にした当時のアニムスフィア家当主が措置を施すことで維持し続けた天然の結界。

 今は既に結界は解け、周知の事実となった山脈の頂にある、ムーンセルへの接続を通して人類の存続を確約する機関。

 創始者であり今も所長であり続けているオルガマリー・アニムスフィアは常にこの組織の陣頭に立ち、強い風当たりに真っ向から立ち向かってきた。

 八年間この施設を拠点とし、一年の半分はここで月と信号のやりとりをしてきた。

 まだこの施設の技術では、月の深層にまで潜ることは出来ない。

 精々がある程度先――そう、百年ほど未来の未来の記述が存在することを確認し、逆説的に人類の存続を認めることくらい。

 カルデアが施設としてその体裁を保つことはできている。

 取得できる記述はほんの僅かとは言え、それが存在することそのものが、少なくとも直近の未来において人類が滅んでいないことを証明しているからだ。

 だが、私の目的はそこではない。その先であることを所長含めこの施設の職員たちに伝え、そこまでの研究継続を彼らが約束したことで、私はカルデアに協力を決定した。

 私の技術がそこまで卓越しているわけではない。

 だが月の聖杯戦争から生存したという事実――これは今は亡き西欧財閥のデータベースにもかつて刻まれていた。

 それは私を売り込むのに十分すぎた。

 人に勝る、アトラスのホムンクルスの演算能力。

 それら私の武器を使い、月の中枢を目前としていた頃。

 突如として、その日は訪れた。

 未来の消失。百年後という話ではない。ほんの一秒先さえ、情報が取れなくなった。

 緊急会議の最中、カルデア内で使用している私の携帯端末に一通のメールが届く。

 ――あの人からの、助力要請だった。

 曰く、月が観測する未来が消えた。

 それは尋常ならざる事件の証であり、ともすればかつての例外事件を超えるものになりうる。

 よって、各並行世界の優秀な魔術師たちに助力を求めたい。

 引き受けてくれるのであれば、記述したポートを通り、ムーンセルにアクセスしてほしい――と。

 オルガマリー所長は、カルデアの代表として自分が赴くと言った。

 だが、こればかりは譲れなかった。

 あの人が、私の力を求めている。であれば、私より高い力を持つ他者よりも私自身が赴くことが、彼への誠意となるのだ。

 あまりにも大きすぎる恩がある。それは、まだ到底返せているとは言えない。

 ゆえに私は、返礼として月に向かうのだ。

「バイタル値に問題はない、ね。これなら霊子ダイブも問題なく行えるだろう」

「しかし、少しだけ高揚が見られる。まあ、無理からぬことか」

「……そうですね。私にとって、カルデア同様に大切な場所です。十年ぶりに行けるので、少なからず楽しみという気持ちがあるのかもしれません」

 楽しみ――ああ、言葉にして、自覚する。

 私は楽しみなのだ。彼らに会うことが。

「しかし……一体何が原因か。遊星の尖兵、救星の使徒、或いは南米の……いや、どれもあまりに早すぎる……」

「また推理? ロマニ、貴方は医療部門なんだから、自分の役目を全うしなさい。それとも探偵に逆戻りかしら」

「ああ、すまない。昔の癖がね」

 そんな風に頭を掻きながら笑うのは、医療部門のトップ、ロマニ・アーキマン。

 カルデア創設当初からのメンバーであり、元はオルガマリー所長の父の友人であったらしい。

「探偵……うん、探偵も廃業して久しいからね。あの頃の勘はもうないし、グラ……虎の巻も捨ててしまった。特に助言できることもないし、医療部門はそれらしく振舞おうか」

「そうですよ、部門長。これから数日単位で彼女のバイタルを管理し続けるんですから。気を張ってください」

「わ、分かってるってば。形ばかりの役職だけどそれらしくはするさ」

 そしてミスタ・アーキマンを窘める、私のパートナーにして最大の友。

 あの人が正しく成長していれば、このようになっているだろうという姿の男は、ミスタ・アーキマンと同じ白衣を着て、私のバイタルを記録している。

 ハクト・エルトナム。私の師、シアリムから私の身柄を任された――そういう話になっている、“彼”の基になった人。

 共に世界を旅し、宇宙開拓が軌道に乗ってからはカルデアの医療部門の一員にして技師の一人として協力している。

「さて……時間よ。ロマニ、ハクト、持ち場へ。貴方たちも部屋に戻っていなさい」

 オルガマリー所長が指示を出す。

 そして、この場――作戦開始の場にいるには少し不相応な四人の子供たちは、不満を漏らす。

 ……少しだけ、作戦開始に躊躇いが生まれる。

 しばらくの間、彼らとは別れることになるのだから。

「母様……」

「アンジェ、アイオーン、シェヲル、ミツキ」

 荒れた世界で、拠り所を失った子供たち。

 その中で、縁があって私が義理の母として預かったのが、彼ら四人だ。

「……頑張ってくださいね。母様のお目覚めを、待ってますから」

 美しい金髪を後ろで一つに束ね、あれほどの苦難を経験してきたとは思えないほどに高貴さを備えた、最初の子。

 アンジェ――アンジェリカ・バディリア・ハーウェイ。

 ハーウェイが残した最後の血。西欧財閥最後の当主の庶子であり、将来を嘱望される霊子ハッカーの卵。

「どうか、早い解決を。でないと……いや、うん。何でもない」

 私と同じ色の肌。あまり言葉にはしないがこの場の誰もが知っている極度の心配性の彼。

 アイオーン・ダブル。

 アトラスにて、師の友人であった者と出会った際に預けられた、移動石柩との繋がりを持つ子。

「母さんなら問題ない。僕らは何も心配せず、今まで通りにしていればいい」

 両目を失った、真っ白な少年。旅を始めてから出会った人たちの中でも、最大級である“この世界のイレギュラー”。

 シェヲル・マイム・ハハイーム。

 異なる歴史よりの迷い人。あの宝石爺曰く、星の流転との繋がりを断った子機。廻る世界の神童。

「……しぇ、シェヲルが、言うなら……」

 まだ才能の一端しか開花させていない、臆病ながら芯の強い黒髪の少女。

 ミツキ・レイロウカン。

 日本で保護した魔術師であった家系を継ぐ小さな女王。極小の月を首から下げる、アンジェと同じく幼い霊子ハッカー。

「戻ったら、月での話を聞かせます。きっと新鮮なものの筈ですよ」

 四人はあの世界を知らない。

 1と0で構成された霊子の世界。

 あの世界は地上を模していれど、決してこの世界では体験できないものに満ちている。

 話し始めれば、一昼夜では終わるまい。

 どんな事件、どんな戦いが待っているにしろ、いい土産話は持ってこられるだろう。

「さあ、戻っていてください。私も、出立します」

 四人の子供たちを部屋に戻し、霊子ダイブ用のカプセルに入る。

 ここから先は、きっと命がけ。

 多くの並行世界の、志を同じくする協力者たちと共に、未来を確約する戦いが始まる。

 もしかしたら、あの戦いで出会った友に会えるかもしれない――そんな期待も抱きつつ。

 目を閉じ、魂を霊子化させる感覚に集中する。

「――星は廻る(スターズ)宙は廻る(コスモス)神は廻る(ゴッズ)我は廻る(アニムス)空洞なりき天体を(アントルム)虚空なりき空洞を(アンバース)虚空には神ありき(アニマ、アニムスフィア)

 カルデアの技術の深奥を開放する、オルガマリー所長の術式。

 アニムスフィアの決着術式により、カルデアが真の姿を現す。

 私の魂を追跡し、ダイブした先での私を観測する、アニムスフィアが誇るハッキング技術。

 この事件に協力しつつも、更なる観測精度の強化のため情報を取得することも忘れない。

 その強かさこそがオルガマリー所長の長所。ゆえに、彼女の下に多くの人員が集まった。

 私も、その一人。あの人のためだけではない。未来のためだけではない。

 彼女のためにも、不手際をする訳にもいかない。

「行きなさい、ラニ・エルトナム・レイアトラシア――!」

「霊子ダイブ、開始――!」

 

 ――そして、私の人理を守るための戦いが始まった。

 

 四つの特異点を超え、そして、あの人からの招集が入る――

 

 

 +

 

 

「――お久しぶりです、ハクトさん」

「ああ……元気にしてた? ラニ」

 僕にとって、最大の恩人ともいうべき人。

 あの時とは違う、白と黒の制服に身を包んだラニは、招集に最初に応じてくれた。

「はい。そちらこそ……と、世間話をしている場合ではありませんね。まさか、この月に特異点が発生するなんて」

 今回、これまで四つの特異点を攻略した彼女と共に新たな特異点に挑む。

 セラフに発生した特異点。そこに飛び込むのに、僕は五人のマスターに助力を依頼した。

 残るマスターたちは表側に待機し、有事に備えてもらう。

「そうだね……もうすぐ、招集を要請した他の皆も来てくれると思う。そうしたら、すぐにでも向かうよ」

「了解です。貴女とは、初めましてですね。私はラニ。ラニ・エルトナム・レイアトラシアです」

「ミコよ。……姓は、まあ、いいかしら」

 ミコは此方の雰囲気で察したようだ。ラニがあの事件に関わった存在であると。

 ラニはそれに対し気にした様子もない。

「ところでラニ、貴女、サーヴァントは?」

 メルトが問う。確かに、ラニの周囲にサーヴァントの気配はない。

 姿を消しているならば、一度見せてほしい。

 前衛か、後衛か。それが分かるだけでも、有効だ。

「ここにいますよ。――ほら、ジャック」

 ――それは霊体からの実体化ではなかった。

 そもそもラニのサーヴァントは霊体化していなかったのだ。

 気配を全く感じられないほどに小さな存在感。

 それがラニの一声で一か所に集まっていき、やがて一つの形を成す。

 それでも、一人のサーヴァントにまで及ばない。

 精々がシャドウサーヴァント。襤褸のような黒衣を纏った、半透明の少女が現れた。

「ジャック――」

 あの時と姿こそ違え度、その少女には見覚えがあった。

 例外事件において、バーサーカーを失ったラニが新たに契約したサーヴァント。

 しかし、あの時よりもその存在は弱々しい。

「おかあさん、この人たちは?」

「今回、一緒に戦う人たちです。此方の二人は私の古い友人ですよ」

 ラニは透き通った少女を抱き上げ、紹介してきた。

「私のサーヴァント、ジャック――エクストラクラス・アバターです」

「アバター……なるほど、そういうことか」

 代行者(アバター)。このムーンセルで、稀に召喚される可能性のあるクラス。

 その真名が、特定の誰かの名を示すものではない場合、その曖昧さによってアバターは確立される。

 例えば、ワルキューレ。例えば、ベルセルク。

 クラスやマスターとの相性によって違う存在が召喚される英霊は場合によっては、その誰でもない誰かが召喚される。

 それがアバター。どこまでも曖昧で、どこまでもその真名のサーヴァントとして相応しいクラス。

 そして、そのクラスで今回召喚されたのが、ジャック・ザ・リッパー。

 かつてと同じ、霧の都ロンドンに名を残す殺人鬼。

 クラスは違えど、同じ真名のサーヴァントが召喚される。

 それほどまでに、かつての縁は色濃いものだったのか。

「おや、わたしが一番ではなかったですか」

 ラニに続いて、カレンが現れる。

 傍にはゲートキーパー。

 ヴァイオレットは同伴していない。この特異点の攻略中、表側の指揮を任せている。

 ミコもラニも顔見知りのようで、軽く挨拶を交わしている。

「しかし、お父さま、お母さま、これは……」

「……正直、何が起きているかは分からない。でも、やるしかない」

 トワイスの目的は不明。だが、月をこのままにしてはおけない。

 そのために招集したマスターたち。

 残る三人は、同時に現れた。

「まったく……ここに来てから予想外だらけね。月も乗っ取られるなんて」

「それほどの事件、ということでしょう。あの時と何も変わりませんよ、ミス遠坂」

「……なんというか、そうね。あの時と変わらない失礼っぷりだわ、貴方」

「正直お前らがこれだけ変わってないことに驚きだよ、僕は……」

 凛、レオ、シンジ。

 かつての事件を共に戦った友人たち。

 この特異点に挑むにおいて、これが最善だと判断した。

 内部で何が起きるかわからない以上、彼らこそが心強い。

「これで全員ですか? それでは向かいましょう、マスター、白斗様」

「いやいや……話聞いてたか清ちゃん。まだ一人いるっての」

 前の特異点でメルトと契約した清姫と、ソロ・サーヴァントとして月にやってきた紅閻魔。

 彼女たちにも協力してもらうほか、あと一人、マスターではないが表側との連絡も含め、サポートに一人、月の住民を抜擢した。

「その通りですよ、清姫さん。今特異点攻略中、皆さんのバイタルを管理するのは私なんですから。忘れられるのは心外です」

「……誰ですか貴女?」

「はい、それでは自己紹介――顔見知りがやたら多いのでちょっと白けましたけど……ムーンセル所属健康管理AI、BBです。よろしくお願いしますね、皆さん」

 ――一部――主にその顔見知りが、僅かに苦い顔をした。

 BB、彼女自身にその記憶はないまでも、あの事件に関わった者には少なからず苦渋を味わわされたという共通認識が存在する。

 最終的には和解したため、彼らもそれほど気にしてはいないと思うが……。

 ともかく今回は彼女にも同行してもらう。

 戦う力こそないが、AIの中ではトップクラスに高い性能を有している彼女にサポートを頼む。

「全員揃った。ここにいる皆と、サーヴァントたちでこの月の特異点を攻略する。場所は月の裏側。何が発生しているか不明なため、今は適宜対処としか言えない。けど……協力を頼む」

「今更よ。私たちを軽視している訳でもないでしょ?」

「ああ。信頼している。さあ、始めよう」

 転移術式を起動する。

 行先は、セラフに空いた大孔の内部。

 これまでとは違う、例外特異点の解決。それこそが作戦目標。

「例外特異点、追記開始――ジャンプ」

 そして、始まる。

 この事件が発生してから、最大の戦い。

 そして、あらゆる運命が大きく動く、長い夜が。




というわけでようやく登場のラニとBBちゃん、そしてオリジナルクラスを引っ提げてジャックです。よろしくお願いします。
次の特異点はハク、ミコ、レオ、凛、ラニ、シンジにBBちゃん、清姫と紅閻魔というパーティです。
前半のラニ視点ではなんか色々と単語が出ていますが、特に本編に関わってくる訳ではないです。
意味ありげに出て来た四人の子供も別に何もないです。十年間のラニの軌跡だと思ってください。
しれっととんでもない所に行ったりえらい輩に会ったりしてますが、EXTRA世界だし別にいいかと押し切りました。楽しかったです。
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