Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

104 / 107
第三節『毒を継ぐもの』-1

 

 

 ――目を開く。

 月の裏側。廃棄された悪性情報の溜まったもう一つの月。

 未だその役割を持っているそこは侵入した先が、どうなっているかわからない。

 月そのものと言ってもいいメルトでさえ中を推し量ることのできない、完全な未明領域だ。

 つまり、特異点の中心地たるその孔の先にあるものが何なのかは不明。

 もしかすると、敵対存在が此方に刃を向け待ち構えているかもしれない。

 果たして、その世界は――

 

 

「……え?」

 少なくとも、前方には今すぐ敵となるだろう存在などいなかった。

 そして、これまでの特異点とは明確に異なる風景。

 その殆どが百メートルを優に超え――低くても八十メートルはあるだろう超高層建築物の数々。

 窓から零れる明かりは疎らなれど、今立っている歩道は街灯で照らされている。

 夜ではあるが、決して暗くはない。

 それは、現代――ないし近代か、或いは少し先の未来を模した都市だった。

 都市だけではない。そこに住む者もまた、一人や二人ではない。

「AI……?」

 まるでセラフの住民としての役割を設定された表側のAIと同じ。

 この例外特異点に宛がわれたAIたちが、当たり前に暮らしている――!

「驚いたわね……ハクト君、ここ知ってるの?」

「いや……こんな場所はセラフのどこにもなかったはずだ」

「……周囲の解析結果は特異点と同じものです。彼らはこの特異点の発生後に巻き込まれたものと思われますが……」

 見たところ、彼らには戦闘能力もなければ、上級AIでもない。

 本当にこの都市の住民としてのみの役割を与えられただけなのか。

「ここ……ロンドン?」

「いや、近未来であれば考えられなくもないが、少なくとも現代にまでロンドンがこれほどの様相となったことはない」

 ラニのサーヴァント――ジャックと凛のサーヴァント――孔明が周囲を眺めながら言う。

 巨大な都市で、ジャックがロンドンを思い浮かべるのはわかる。

 彼女たちの伝説はロンドンの内部で完結している。ジャックの知る人の世界――それも大都市となれば、ロンドンしかないだろう。

 しかし、孔明もまたロンドンの分析をしている。

 彼については、前の特異点――京の都での出会いで、ある程度察することができた。

 外見からして明らかな西洋人であった彼は、疑似サーヴァントなのだろう。

 現代のロンドンを知っている彼は、あの都市に所縁のある知識人の類なのかもしれない。

「だけどまあ、これまでの特異点と変わらないんだろ? まずは探索するのが先だ」

「その通り。幸いマスター全員この場にいます。ある程度の襲撃であれば対応できるでしょう」

「はぐれないように、ってことね」

 この特異点にサーヴァントがいるならば、これまでの特異点と同じように敵対する可能性はある。

 その場合に備え、探索の効率が下がるとしても戦力は集中していた方がいいか。

 だが、これまでの特異点と明確に異なることがある。

「メルト、レベルは?」

「だいぶ下がってはいるけれど……まあマシな方ね。少しは戦いやすくなっているわ」

 そう、メルトのレベルの下降が若干ではあるが、穏やかになっているのだ。

 完全なメルトとは程遠い。

 だが、今のメルトであれば、上級サーヴァント数騎でも相手できるレベルはあるだろう。

「なら少しは余裕があるわね。行きましょう。ここに突っ立っていても始まらないわ」

 凛が先行する形で歩き出す。

 彼女のサーヴァントが戦闘に秀でていないのを悟ったのだろう。彼女を守るように、紅閻魔が前に出た。

 凛は最初から、AIたちからの情報提供は期待していないらしい。

 聖杯の手がかりを知っている者を探す方が早い、と判断したのだろう。

「っと、センパイ。サーヴァント反応を見つけました。此方に向かってきてますけど、どうします?」

 今回表側からのオペレートは存在しない。

 周囲の観測はBBに任せているのだが、早くもサーヴァントを発見できるとは。

 こちらに向かってきている――それが偶然であるか、こちらの気配を察知してのことか。

 どのみち、遭遇してみないことには敵か味方かもわからない。

 レオたちと頷きあう。

 警戒を解かず、待ち構える。

 大通りの十字路、ビルの陰から、それは現れた。

 

 

 ――天国の器になった少女と同じくらいの背丈だった。

 短い黒髪の、東洋人と思しき容貌。

 その小さな体躯に不相応な鎧と、その目元を覆う眼鏡。

 左右の腰には小さな剣を携えた少女。

「……新たな迷い人ですね。ようこそ、悪逆都市アナテマへ」

「アナ、テマ……?」

 少女は静かな、穏やかな性質が見て取れる声でこの世界をそう呼んだ。

「見たところ、サーヴァントとマスター……ですね?」

「そうですが……貴女は?」

「真名は、理由があって告げられません。今は、セイバーと。この都市の案内役です」

 真名を隠したセイバー。彼女は、この都市の案内役を自称した。

 つまり、この都市にはある程度のルールは存在しているのか。

「案内役?」

「はい。まずは此方を」

 渡されたのは、紙の束。

 数字の書かれたそれは、恐らく……。

「……紙幣よね?」

「ああ。表側で使っているリソースとは違う、な……」

「貴方たちが善人であれば、必要なものはそれで買い揃えてください」

「善人であれば……?」

「この都市では悪の方が栄えていますので。正しい手段でお金を得る人なんて、そうそういません」

 ……少し、察した。

 何でもありの――即ち、ルールなんてあってないようなものという世界か。

 どんなことも、生きるためであれば許される、と――

「そして、これが地図と時計の役割を持った携帯端末です」

 その後セイバーは、それぞれに端末を渡してくる。

 地図には現在地とその周辺が表示されており、時計は二十二時前を指している。

 作戦の開始はまだ午前中だった。

 時間は表側とは連動している訳ではないらしい。

「基本的に、二十二時以降は外に出ないでください。今日は私が、安全地帯まで案内します」

「……時間を過ぎたら、何があるんだ?」

「すぐにわかります。戦闘が可能であれば、警戒はしておいてください」

 セイバーが先導するように歩き始めると、何処からか音楽が聞こえてきた。

 二十二時の合図――そう判断したが、一体何が――

「夜――便宜上そう呼びますが、これより翌六時まで、この街は魔性が跋扈する世界となります。どういう経緯でここに訪れたにしろ、この時間帯は決して外に出てはいけません」

 ――気付けば、驚くほど静かになっていた。

 先程までの、まばらに聞こえていたAIたちの声は消え去り、灯りも落ち周囲は一転、闇に包まれていた。

「今回は知ってもらうため、こうして私が話していますが、今後生きていたければ外に出ず声も出さず、そして明かりも灯さないことです」

「……この時間は、AI以外の何かが支配すると?」

「ええ。……ほら、早々に嗅ぎ付けてやってきました」

 セイバーの少女が口を閉じると、僅かに聞こえてきた。

 地の底から響いてくるような、低い、低い唸り声。

 地下――空――隣――何処から聞こえてくるものなのかと耳を澄ませ、隣のメルトが身構えて、ようやく前方に立っているのだと気付いた。

「あれは……」

「サーヴァント……? にしては、気配が変ですね」

 それは、サーヴァントとは断言できない異質さがあった。

 だが、だからと言ってシャドウサーヴァントなどではないし、ムーンセルによって生成されるエネミーの類でもない。

 存在そのものが、他を脅かす災害。

 まさしくそれは、人にとっての外敵(ウイルス)であり月にとっての捕食者(バグ)であった。

 赤と黒が混沌と蠢き、どこからがその存在なのかも判然としない曖昧な輪郭。

 辛うじて四足歩行だとわかるそれは、その形態と唸り声から獣の類と推測できた。

「■■■……」

 その唸り声からは、意思のようなものは感じられない。

 元からそういうものなのか、或いはそのように変質してしまったのか。

 「唸る」という行為を意味も知らずに習性としてのみ有した、機械のような違和感。

 猛獣の如き凶暴な声を上げるには、その獣はあまりに整然としていた。

「どうしますか?」

「え――?」

 セイバーは、いつの間にか腰に下げるものより一回りも二回りも大きな剣を構えながら、問い掛けてきた。

「アレを突破し、逃げるか。朝――活動を止めるまで耐え凌ぐか。それとも、アレを倒すか」

 投げられた三択は、いずれも戦う道を避けられないものだった。

 この特異点における最初の戦闘。

 感情が存在しない機械のような獣であるならば、それは即ち会話による戦闘回避など望むべくもないということ。

 獣が僅か、体勢を低くする。その一秒後を悟ったサーヴァントたちが前に出た。

「ッ――!」

 一瞬で詰め寄ってきた獣を、セイバーの剣が受け止める。

 その隙を的確に狙い、メルトがその脇腹を切り裂いた。

 そして脳天をアーチャーの弾丸が貫く。

 弾けて消えていく獣。

「なに? これで終わり? 大したことないじゃないの」

「……いいえ。この程度であれば、私だけでも対応できる問題です。ですが、そうではない。周囲に警戒を」

 セイバーはそれで終わったとは思っていない。

 今のはほんの一端。あの獣の恐ろしさは、他にあると。

「――――」

 今の獣の消滅を見届けるように見つめている、同じ存在が前方に二体。

 そして、背後にもまた、二体。

 決して今の獣は単一ではない。

「……群れ」

 アレこそ、この夜を支配する存在。

 正体不明の獣たちの群れだった。

「敵数は……?」

 弾けた獣のその痕跡が集束し、またも獣の形となる。

「合計、五体! その中の一体の戦闘能力が突出しています!」

 そう――今倒したものと同等の存在が五体、というわけではない。

 あの中の一頭の魔力は凄まじい。サーヴァントの中でも上級のもの――

「アレが、群れのリーダー?」

「わかりません。ですが、私が知る限り、あの個体だけはこれまで誰に倒されたこともない」

 ――それは、その他の個体に比べ幾分はっきりとした輪郭をしていた。

 赤でも、黒でもない。白い、白い――そこだけ、世界が色という概念を忘れたような外界と隔絶された姿。

 その中で目に当たるであろう部分が二箇所、爛々と赤く輝いている。

 あの群れがリーダーを定めているのであれば、それを討てば危機は去るかもしれない。

 そう思い、メルトにその旨を伝えようとした時だった。

「――――」

 視界の奥で、何かが煌めいた気がした。

 超速で迫ってくるそれが――銃弾だと理解する前に、脳天を貫き――

 

 

 ――その刹那、金属を弾く音が聞こえた。

 

 

「ハ――ク――?」

 少し離れていたために、気付くのが遅れたメルトは、何が起きているのか理解できていないようだった。

 その不意打ちの正体ではなく、その不意打ちから僕を守ってくれた者について。

 獣の群れに集中していた僕たちの中に、銃弾に気付けた者はいなかった。

 だからこそ、それは防げず、必殺の一撃になった筈なのだ。

 それを予期していたように、弾丸を相殺した何か。

 ――否、相殺ではない。

 弾丸を粉砕し、地面に突き刺さった透明な、棒状の何か。

 しゅうしゅうと白い煙を全身から噴き上げるそれは……

「……氷?」

 銃弾を容易く叩き割ったそれは、自身を冷たい煙として吐き出す氷に見えた。

「こんな所に氷が……? サーヴァントの固有能力か、それとも……」

 その、不意にも程がある状況を素早く考察する孔明の答え合わせをするように、氷のてっぺんに降り立つ者がいた。

「――――――――」

 足元までを覆う、黒いローブ。

 頭はフードで隠され、その袖から覗くのは、尖った先端の、黒い槍のような武器。

 左袖からしか見えていなかったそれは、先の氷が伸び、変換されるような形で右袖からも現れる。

 背中を向けていたその何者かは、僅か振り向き、右の赤い瞳を此方に向ける。

 ほんの少しその目が細められる。

 布で口元を覆っており、辛うじて目元しかわからない。

 ただ此方を確認しただけのようで、視線を前に戻す。

 そして、再び右の武装を氷のように変換し――銃弾が飛んできた先に向けて射出した。

 

 

 +

 

 

「まったく……考えなしだなあ。飛び出してっちゃったよ」

 ガチャガチャと、忙しなく音を鳴らしながら、一人が呆れるように言った。

「そう唆したのは貴様だろうに。しかし、聊か意外だ。貴様の方が後先考えずに出ると思ったのだが」

 光が僅かしかないその暗闇でもまるで困っていないように、一人が本を捲りながら返す。

「残念でした。こう見えても、それなりに慎重なの。それに……ムカつく奴だけど、アイツの事は信用してる。それならこっちはアイツが頑張っている間、準備するだけだよ」

 “準備”に勤しむその者を匿う男は、書を読む目をその者に向ける。

 出力は上々。肉体の無理を補うそれは、この場に残る者の方が負荷は小さい。

 ゆえに、先立って飛び出したあの者が耐え切れるのかどうか――僅か、気掛かりだった。




オリ鯖の少女、セイバーと獣の群れ、謎の人物(氷属性)さんです、よろしくお願いします。
という訳でやってきたのは巨大都市アナテマ。
ここを舞台に、これまでよりオリ鯖多めの戦いが始まります。
多分今までの平均より大体倍くらいオリ鯖増えてると思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。