Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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明日辺り何かが実装される気がして私の中で緊急警報が鳴りつつある。


第四節『月底のポイント・ネモ』-2

 

 

 違和感があった。

 市庁舎に入り、市長に会いたいと伝えると、とんとん拍子で許可が下りた。

 此方を疑う様子もないことに逆に覚える不審。

 現在僕たちは警戒も兼ねて待機している皆との通信を繋いだまま、案内に従いエレベーターに乗っている。

 目指すは最上階。

 相手――市長なる人物が何を考えているか分からない。

 だが、戦闘となった場合、撤退するのは難しいだろう。

 どんどん上へと昇っていくエレベーター。街を歩くAIたちはみるみるうちに小さくなっていく。

 そして、目線の高さにある建物がひとしきり無くなった頃――エレベーターは動きを止める。

「こちらです。どうぞ」

 AIの女性に促され、エレベーターを降りる。

 そして通路の向こう側、この階にたった一つなのだろう部屋の扉を叩いた。

「市長、お客様です」

『通せ』

 扉の奥から短く、強い返答が返ってくる。

 開かれた扉。警戒を解かぬまま、部屋に入る。

 小奇麗であまり使いこんでいる様子の見られない、雰囲気だけのために並べられたような家具の数々。

 秘書のように傍に立つサーヴァントには見覚えがあった。

 この特異点に降り立って間もなく、僕たちを拠点まで案内してくれた少女、セイバーだ。

 だが――言葉を交わすことは出来なかった。

 思えば、彼女の存在を認識出来たことは、現実逃避の一環だったのだろう。

 無意識に、そうしなければならないほどに、そこにいた者の存在は信じがたかった。

「……ああ。待ちかねた。本当に待ちかねたよ。生まれてからずっと夢見てきたことが今、叶った」

 感慨深げに思いを吐露するその女性と面識がある訳ではない。

 きっと、この場の誰もがそうなのだろう。

 でなければ、誰かしらが声を上げている筈だ。

 だが、向こうは此方を知っているようだった。

 その強い思いは、僕たちの中の複数名に向けられている。

「月の中に在りながら、月から忘れ去られた焼け跡。初期化(フォーマット)に上書きされた廃棄場。見放されたと確信していたが……やっぱり違った。貴方たちは、来てくれた」

 微笑む女性は、思わずといった様子で椅子から立ち上がる。

 足元から首元までをすっぽりと覆う黒いコートで体の大部分は隠されている。

 おおよそ確認できるのは、背丈にしては幼い顔のみ。その顔だけで、当たり前のように彼女の出自は推測できた。

 だが、その推測こそ考え難いもの。もしも目の前の光景が真実であるならば、何処かしらで、僕たちは彼女の存在を知っている筈なのだ。

 動くたびに、彼女を構成するリソースが桜色の輝きを灯しながら散っていく。

 そう、そのリソースは、紛れもなく――

「私の自慰行為にも意味があった。感無量、という奴だな」

「…………一体、君は」

「――いい声だ。焦がれるような熱さが全身に沁みていく。なるほどこれが――」

 言葉は通じている。

 だが、問いの答えは返ってこない。

 回答よりも優先すべき初めての感覚を、彼女は全身で感じてしまっているから。

 しかし、此方にとって彼女の存在はあまりにも大きな疑問だった。

「教えてほしい。君は誰なんだ」

 もう一度、強く問い掛ける。

 僕とさほど背丈の変わらない女性は、長い髪を揺らしながら肩を竦めた。

「……たまの陶酔くらい浸らせてほしいな。とはいえ、貴方たちのような客人に対してそれを言うも失礼か。分かった。貴方たちが望むのであれば、私は誇りと自信を持って名乗ろう」

 だが、彼女に気落ちした様子はない。

 寧ろ待ちに待ったとでもいうように、大仰に手を広げ、再び笑みをこぼす。

 

 ――私の名はネモ。正式名称、アネモネ・ネモ。

 

 ――焼け落ちて、忘れ去られたこの場所で、全てが終わった“(あと)”に生まれ、全てを始めた者。

 

 ――貴女が意図せず作った、最後のアルターエゴだよ――母さん(BB)

 

 その名乗りは自信に満ち溢れていた。

 己の出自は、その道程は、全てが誇りあるものだと確信しているように。

 散っていくリソースは、まさしくサクラメントそのもの。

 あの事件(CCC)の残滓は、僕たちに、何より(BB)に、高らかにその名を宣言した。

 

 

 その正体、その出自は、予想の通りだった。

 だが、本人から告げられてこそ、より理解が追いつかない。

 あの事件は確かに終わった。その内部に、後に続くものなど存在しない。その筈なのだ。

「……なん、の。――なんの、話ですか?」

 心底から信じられないといった表情のBB。

 対し、アルターエゴ――ネモは飄々とその驚愕を受け止めていた。

「信じられないのも無理はない。私はあの事件には存在していなかったからね。あの事件の跡に生まれた、あの事件最後の残滓、それが私だ」

「あの事件……? わかりません、私は確かに、アルターエゴという己の分身を作り出した。でも、そこに事件性はなかった筈です。貴女の言い分は前提からして間違っています」

 存在以前に、BBは前提から理解が出来ない。

 それもそのはず。BBにはもう、あの事件の記憶がないのだから。

 アルターエゴたちも含めて、サクラやBB――CCCに関わったAIたちからは事件の記憶が抹消されている。

 それどころか、もう月に記述そのものが存在しない。

 覚えている者は、ただ己の記憶に焼き付いているだけ。

 記録としては完全に消失した事件を、BBが覚えている訳がない。

「――くっ、はは。そうか。そういうこと。どうやらよっぽど念入りに焼き払ったみたいだな、センパイ?」

「ッ――」

 その呼称は、確かにBBの――そして、あの夜に消えたエゴたちのものだった。

 BBが自身どころか、事件のことすら知らない理由。ネモはそれを瞬時に理解したらしい。

「ふむ。ではどうするか。私としては是非とも話したいのだが、センパイの意思を尊重したくもある。しかしだ、センパイ。聞きたいだろう? この街が何たるか。そして私が何たるかを」

 ――勿論、それはこの特異点たる街を攻略するのに必須だ。

 だが、今それをBBに告げるというのか?

 あの事件はもう終わった。今更、BBの記憶に再び刻み付ける必要なんてない――

「……センパイ。何か、私の記録には偽りがあるんですか……?」

「ッ、それは……」

 偽り、ではない。今の記録こそ、月においては正式な結末であり、正式な現在となったもの。

 だが、消失した真実も確かにある。

 言葉に詰まったことこそ何よりの証拠、そう判断したのだろうBBが一歩詰め寄り、それをネモが制する。

「まあまあ。センパイにも理由がある。それに記憶があったところで私の存在など知らないさ。自身が作ったアルターエゴ、記憶にある限り、何体なのか聞かせてくれ、BB」

 己より背の高いネモを警戒するように離れ、試されているかのような視線に苛立ちを隠さず、BBは答える。

「……“慈愛”のカズラドロップ、“純潔”のヴァイオレット、“渇愛”のキングプロテア。以上です。貴女の存在など、知りません」

「――――そう。そうだろうな」

 ――全身を、走るような寒気があった。

 “それ”を、BBが知らないのは当然だ。

 そしてネモは、BBの回答に空いた孔を知っているかのように、笑った。

 あの夜を知っている者、そして、あの夜から生まれた者であるという、何よりの証明だった。

 僕の様子を悟ったのだろう。満足したようにネモは頷く。

「その見解は真実だ。少なくとも、己の中では。そうだろう、キヨヒメ。君になら分かる筈だ」

 話を振られた清姫は、綽綽とした態度が気に入らないのか、目を細めた。

「……何故わたくしの名を? 出会って数分、貴女に名乗った覚えはないのですけれど」

「この街の住民、客人の名くらいは把握しているさ。だからこそ、君に問いたい。母の――BBの言葉は嘘か、否か」

「…………それを問うが、わたくしとしてはひどく気に入りませんが。ええ、真実ですとも。びぃびぃさん、ですか? 彼女の言葉に偽りはありません」

「然り。その上で……私の出自は偽りか?」

「……そうであれば、わたくしは貴女に一番に牙を立てているでしょう。知った上でなお聞くのは感心しませんわ」

 恋い焦がれた相手に裏切られたことにより竜へと変じた清姫は、この世の何より嘘を嫌う。

 僅かな虚偽をも鋭く嗅ぎ付け、それを払うのがサーヴァントとしての彼女。

 ゆえに、清姫がそう言うならば真実。ネモはそう、BBの記録の過ちと己の事実を証明した。

「ありがとう。そして謝罪しよう。君の信条を利用してしまいすまない。さて、BB。私からは貴女に真実を告げはしない。それはセンパイなり、メルトリリスなりから聞いてくれ。そして自身の知らない何かを前提としている――それを理解したうえで、私の話を聞いてほしい」

 僕たちから離れ、ネモは椅子に座りなおす。

「私はあの事件が終わり、その焼け跡で生まれた。残ったリソースの集合体さ」

 CCCは、元凶たる女の死によって解決した。

 月の裏側はサーヴァント・オブザーバー――ライカによって焼き払われ、僕たちが表側に退去した後、消滅した。

 その後、事件の影響がない形で復元されたもの。それが今の月の裏側だ。

 だが彼女の弁はそれとは違う。燃え尽きた筈の月の裏側に、何か残ったものがあった、と。

「ほんの些細な残り滓。人間一人二人が辛うじて閉じこもれる程度の空間で、私は目覚めた。初期化の炎から逃れた、たった一つの部屋で、ね」

『ッ――――それって……』

 ネモの言葉に反応したのは、通信で繋がっている凛だった。

 初期化から逃れた極小の空間。僕には覚えがない。だが凛には何か、思い当たる節があるようだ。

「気付いたかい、リン。偶然か必然か、あの事件に関わった者が多い。一人くらいそういう人がいても当然か」

『……ええ、そうね。ただ一つ気になるのは、あんな場所に貴女が生まれるだけのリソースがあったか、って話よ。あまりに天秤が釣り合ってないわ』

「あんなバグ溜まりでバランスを考えるものじゃないよ。事実として私はあそこから生まれた。そして、月にも認識されない虚構の海の中で、作り出したんだ。廃棄物が平等に、最後を謳歌できる街を」

 言いながら髪を揺らすと、再びサクラメントが――彼女を構成するリソースが零れ出す。

 ごく僅かな世界で生まれた彼女は、何らかの過ちにより大きな力を持って生まれた。

 そしてそれを元手に、この街を作り出したのだという。

 月の裏側は上書きされた。だが、その前に在り方を変えたその空間だけは、初期化されず、かといって月から観測も出来ない領域となった。

 その中で誰に気付かれることもなく、ネモは空っぽな世界を広げていたのだ。

「無限に例外に繋がる道がある月だからね、何処でもない場所に迷い込んでしまうAIたちも少なからず存在する。その行き先を私は此処に定めた。センパイ、貴方たちは例外を見つけても、その先――行き止まりまでは見ないだろう?」

「――――」

 何処にでも発生し得る例外、それをゼロにするなど不可能だ。

 ゆえに、出来る限りの例外処理というものを、月全体に施してきた。

 だが、まだ“そこ”へと辿り着く道は無限に存在する。

 そんな例外の終着駅は、人知れず彼女が作り出していた。

「……そう。ようは豪華な墓場ってこと」

「辛辣な評価をありがとう、メルトリリス。その通り。役割の軛から逃れ、意味消失に終わるまでの僅かな時間を過ごす理想郷。ゆえに、自然とここは『異民の滅びる場所(アナテマ)』と呼ばれるようになった」

 居場所を見つけても、役割を失ってしまったAIはいずれ意味をも失い自己消滅に陥ってしまう。

 そうした者たちを、正規の空間ではないこの場所で救うことは出来ない。

 だからこそ、この街は墓場として成立した。

 不幸にも入ってはならぬ場所に迷い込んだ者たちの死出の旅の中継地点。それがこの街なのだ。

「……じゃあ、ここのAIたちは」

「勿論、私が作ったために役割を得たAIもいる。だが大半は、すぐに消える。だがそのたびに新たな住民が招かれる。客人には一向に困らない。まだまだ月は完成には遠いようだ」

 皮肉を飛ばすネモは椅子を回し、背後の窓の向こう――虚数の海を彷徨う街を見下ろす。

 ここに今、どれだけの住民がいるかはわからない。

 だが、大半のAIたちは表側から迷い落ちた者たちなのか。

「――サーヴァントたちはどうなのです? そこにいるセイバーのように、この街にはサーヴァントもいる。どころか、住民たちの脅威となっている怪物もいるようですが」

 そうだ。サーヴァントの召喚は月の内部で何かがあっても必ず認識できる重要事項だ。

 だが、ネモの傍に佇むセイバーのように、覚えのない者がいる。

 それに、ここにきて間もなく戦闘を行った獣もそうだ。アレが招かれた者とは到底思えない。

「セイバー? ……ああ、真名を隠していたのか。構わないぞ、名乗って」

「はい、それでは」

 ネモはセイバーというクラス名に暫し目を丸くし、ようやく合点がいったと頷いた。

 出された許可にセイバーは一歩前に出て、此方の面々を見渡す。

「――美遊(ミユ)・エーデルフェルトです。分類はデミ・サーヴァント。クラスは便宜上、召喚者(サモナー)。今はセイバーでも間違いはないですが……」

 美遊、と名乗った少女は、聞いたことのないクラス名を名乗った。

 しかも、デミ・サーヴァントと。孔明や京の特異点で出会った天国――疑似サーヴァントと同じ分類だと思っていたが、それとは違うようだ。

「ミユは地上から、不正アクセスで入り込んだようでね。霊子のベースは人間だ」

「え? だけど……」

「そう。今のミユはサーヴァント。彼女は体に七つの英霊情報をパッチとして有している。それを適宜当てることで、実質的に七騎のサーヴァントを切り替えることが出来る――そんな存在だ」

 月への不正アクセス――強行したそれにより、迷い込んだ地上の少女。

 それだけでも異質だが、七つの英霊情報を持っている、だって?

「おっと、詮索はなしでお願いしたい。ミユ自身パッチの出自は知らないみたいだし、堂々巡りは避けたいだろう? それに、大事な私の秘書なのでね」

「……」

 どうやら、英霊情報のパッチについては彼女たち自身、よくわからないようだ。

 一つだけ確かなことは、その特殊な力を持っていた美遊をネモが秘書として起用していること。

 恐らく、この街に迷い来た者たちの案内も彼女の役割なのだろう。

「じゃあ、あの怪物は? アンタが知らないことはないだろ?」

「ああ。アレは突然現れて夜を牛耳ったサーヴァントだよ。ここ最近やたら好き勝手の限りを尽くすサーヴァント共が現れてね。どうにか暴れるのは夜だけ、と定めたは良いが、AIたちも躊躇いなく巻き込むことから頭を痛めていたんだ」

 ……認識はしていれど、対処をし切れていない存在だったらしい。

 突如としてこの街に現れたサーヴァントたち。あの獣のみならず、現在わかっているモリアーティや『黒魔女』に『幻獣乗り』なんかもその類なのだろうか。

「対処は、出来ないんですか?」

「出来たらやっているさ。だが此方のサーヴァントはミユのみ。私もこの街での権限こそあれ、戦闘能力は大したことなくてね。正直なところ、我々ではどうしようもない」

 肩を竦めるネモ。確かに、ステータスとして読み取れる彼女の能力はあまり高いとは言えない。

 突出した幸運値以外は並、もしくはそれ以下だ。

 対して、獣はサーヴァントとしてかなり異質なものと言えた。

 その他にもサーヴァントがいるならば、なるほど対処にも限界があろう。

「貴方たちが何故この街に来たのか、何をしようとしているかは知らないし詮索もしない。敬愛する貴方たちとその仲間を疑うこともない。ルールを守るならばこの街での存在は容認するし、希望するならば援助も行おう。だが……」

 存在を確立させた根幹であることが関係しているのか、あっさりとネモはそんな提案をしてきた。

 そして、それに付け加え――

「出来れば、彼らを倒してほしい。墓荒らし共をいつまでも野放しにはしておけないからね。報酬は――聖杯でどうだろうか」

 その討伐を、依頼してくる。

「なっ――――!?」

 この街に踏み込んだ目的を報酬として、提示して。




本作三人目となるオリジナルアルターエゴ、アネモネ・ネモが登場。そしてセイバーの正体が判明しました。
本作のBBはCCCの記憶を既に持っていません。
ですので、CCCにて退場したエゴの記憶も失っています。三人といったのはそのため。

ところで、プロテア(ry
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