Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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FGOのエンディングで完全燃焼してモチベがなくなる、FGOロスなる現象が多発しているようですが皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
私は絶賛ロス中です。

さて、そんな中で一章最終節、今年最後の更新となります。
CCC編最終話を超えて、これまでで一番長い一話となりますが、どうかお付き合いください。


第十七節『絢爛虚像円卓』

 

 

 焦燥から来る不安と、信頼から来る安心。その両方があった。

 アルトリアには、べディヴィエールだけでなく、戦いを終えた英霊たちが救援に向かっている。

 ――ならば、少なくとも負けることはない。

 ――それでも、黒竜王には及ばない。

 何を馬鹿なことを。信じなくてどうする。

 今僕がすべきことは、そんな不要な心配をすることではない。

 最悪の結末を無くすべく、一刻も早くアルトリアのもとへ参じることだ。

 フィンの宝具によって水浸しになった体はひどく冷たく、服はべったりと張り付いて動きづらい。

 こんな状態で走り回ることなど初めてだ。

「――見えた!」

 エネミーと人形騎士が戦う中、黒竜王と戦う騎士たちがいた。

 兜を外したその顔つきは、確かにアルトリアだった。

 選定の剣を引き抜き、不老となったその姿が変化することはない。

 成長するのは、精神や武の冴えのみ。

「……まさか」

「どうなってるのよ、あれ……」

 黒竜王一人に対して、英霊四騎とアルトリアが挑んでいる。

 だというのに、誰一人の剣も、黒竜王には至っていない。

 ある剣は、黒竜王の剣が受け。

 ある剣は、黒竜王がその身に纏う風が弾き返す。

 あまりに規格外の密度で吹き荒れ、視認出来る程の烈風は、剣にも勝っている。

 外敵からその身を守る風の鎧。

 間違いない。あの凄まじい守りは、聖剣に次ぐ黒竜王の宝具だ。

「……来たか」

 黒竜王が気付く。

 その冷たい視線が、此方に向けられる。

「ハクト……!」

「戻ったのですね、三人とも! 無事で良かった……」

 全員、目に見えて疲弊している。

 対して、黒竜王は一切傷を負っていない。

 戦闘状態の彼女と対峙してみるだけで、分かった。

 戦える存在ではない。勝つどころか、まともな戦闘にすらなりはしない。

 黒竜王はアルトリアたちの剣を迎撃しかしていなかった。

 もしも攻めに出ていれば、僕たちが辿り着くまでに全てが終わっていただろう。

『……解析、完了。クラスはセイバーだけど……何この霊基……ステータスで測れるレベルじゃない!』

 白羽の驚愕は当然だ。

 目の前に立つと、解析を行うのでは感じ方は違うだろうが、それでも等しく絶望感だけは感じられよう。

 風の竜鎧を纏い、聖剣を担う王。完成された未来のアーサー王は、最早サーヴァントという枠組みに収まる存在ではない――!

「我が騎士たちは全て敗れたか。あの時の戦いのようだ。……いや、今の私には、看取る騎士もいないな」

 その目は一瞬、べディヴィエールに向けられ――すぐに、ランスロットに移される。

「ランスロット。それが卿の選択か」

「はい。王の過ちを正すは騎士(われら)の務め。その為ならば、今一度私は逆徒となりましょう」

 それほどまでに絶望的であっても、ランスロットは一切動じない。

 最早小手先の細工は通用しない。信ずる剣を握り込み、かつての王に対峙する。

「ええ、我ら円卓。今を生きる王を守り、未来にて微睡む王を正す使命において、心は一つとなった。なればこそ、この剣も、この心も、不朽にして不屈にございます!」

「そういうこった。どれだけ貴方がオレを見なくとも、オレは貴方を見続ける。オレの前に立ちはだかるなら、何度だって切り伏せてやる!」

 不可視の腕を振るうべディヴィエールが。片目を失ったモードレッドが。

 共に戦意を露わにして、黒竜王に剣を向ける。

 そんな状況にあっても、黒竜王の表情は一切変わらない。

「そうか。であれば、お前たちも敵だ。そも、微睡みに我が騎士の姿があることがおかしいのだろう」

 黒竜王は彼らを斬ることに、躊躇いを持たないだろう。

 彼女は騎士たちを敵として見ている。

 僕たち、円卓と関係のない者たちは猶更だ。

「異郷の勇士たちよ。尚もこの時代を捨てることのないお前たちに、私は敬意を表そう。何としてでも、私を止めるというのだな?」

「ええ。好き勝手させる訳にはいかないわ」

「ならば、やってみるがいい。全力で挑め。私を打ち倒してみろ」

 やはり、戦うしかない。

 どれだけ強大な存在であろうとも、倒さなければならないのだ。

「我が聖剣の光に呑まれるか、屍どもに食い散らされるか。どの道、逃げないならばお前たちに未来はない」

 手に握られた聖剣の光が一際強くなる。

 それに呼応したように、周囲のエネミーたちの殺意が向けられる。

 残った人形騎士たちが潰され、引き裂かれ、砕けていく。

「……この魔性、お前が生み出したものか」

「然り。嵐の王(ワイルドハント)としての我が性質、その一端を引き出した。案ずるな。これが全てだ」

 そうだとしても、量が多すぎる。

 これまでは人形騎士がどうにか相手出来ていたが、今、その魔力量が増大した。

『ッ……マズいよ、エネミーたちの魔力が五割ほど上がってる! 人形騎士じゃ止められない!』

 黒竜王だけでも取れる手立てが皆無に等しいというのに、この数のエネミーまでも相手取らなければならないと……?

 ――無理だ。

 何より単純な、数の差だ。一騎当千の英霊であっても、この量、この魔力の敵に大挙して来られては抵抗も空しい結果となろう。

 こうしている今も、あの大群を止めてくれていた人形騎士が一人、また一人と減っていく。

「……きついわね」

 メルトが、苦々しい本音を漏らす。

 認めたくはないが……これでは、黒竜王の相手の前に、エネミーを倒しきるのが不可能に近い。

 これが、黒竜王が敵とみなすということ。最早、これまでか――

 

「――――いやいや。まだ終わらないだろう。それじゃああまりにも興醒めというものだよ」

 

 ――その声は、後方から聞こえた。

 いや、空から聞こえた気もする。

 というか、高空に浮いた何かが後ろから話しかけてきたような――。

「……は?」

「ばっ」

「なんと……!」

 それぞれが、困惑を口に出す。

「――」

 それまで無表情だった黒竜王までもが、一瞬、目を丸くして。

 発生した珍事の名を、アルトリアが呼ぶ。

「な、何をしてるんですか、マーリン!?」

「いやなに。多少のサポートはすると言っただろ? 花の魔術師マーリンさん、皆のピンチに遅れて登場さ」

 その姿は紛れもなく、キャメロットに残っている筈のマーリンその人だった。

 ただし、明らかに僕の知っているマーリンと違う点が二点。

 一つ、雲をつくほどに巨大であること。

 二つ、透き通っていること。

 だれが見ても明らかな、幻影だということをこれ以上ないほどにアピールした演出過多な逸品だった。

「皆が活躍しているからね。ここは私も活躍するしかないと思ってとびっきりの映写魔術を――どはぁ!?」

 全員が呆然とその透明な巨体を見上げている中、状況の説明を始めたマーリンが、唐突にぶれる。

「ちょ、待て。待ちたまえキャスパリーグ! これ結構集中力使うんだから、痛い痛い! さっさと仕事しろって、少しはかっこつけさせて……あだだだだ、噛むんじゃない!」

『フォーウ! フゥゥゥゥ!』

「ぐあああああ! おのれ化け猫! いやさ魔獣め! これからこの私の一世一代の気まぐれを見せてやろうというのに!」

『フォウフォーウ』

「え? 気まぐれを起こす頻度なんて一日十回じゃきかないだろうって? いやまあそうなんだけどぎゃあああああ!?」

 ――消えた。

 何やら奥から聞こえる小動物の鳴き声と言い争いながら悶えるマーリンを暫く見ていたが、その姿が唐突に弾けたのだ。

 話によるとこの奇妙な魔術は集中力を使うようだが、どうやらその妨害によって限界を迎えたのだろう。

 しん、と戦場に静寂が訪れる。

 意思のない筈のエネミーたちまでもがその光景に目を奪われていた。

 それから十秒ほど後。

「――こほん。失礼。宮廷魔術師の分際であまり出しゃばるなと使い魔にどつかれてしまってね。仕方ないので本当に珍しく、本体の私がやってきたよ。拍手喝采で迎えてくれたまえ」

 巨体でもなければ透けてもいない、知っている等身大のマーリンが戦場に現れた。

 元から乱れた髪が更にボサボサになっていたり、満開の花を思わせる装飾がまるで獣に踏み散らされたように折れ曲がったりしているが、まったくいつものマーリンだ。

「さて――」

 飄々とした雰囲気を崩さないまま、マーリンは黒竜王に微笑み、一礼した。

「ご機嫌よう、黒竜王(ヴォーティガーン)。いや……自称であってもこの名はキミに相応しくない。未来のアルトリア、ボクのことは覚えているかな?」

「……覚えているとも、マーリン。久しく顔を見ていなかったが、貴様は変わらないな。出会った時から、別れまで」

「人間そう簡単には変わらないさ。ボクは夢魔だから、猶更ね」

 黒竜王の圧を前にして、花の魔術師は一切態度を変化させない。

 夢魔である彼の当然の性質なのかもしれないが、ここに来て尚も笑うその様は異様だった。

「それで、何をしに来た。サポートとは言うが、空気を読まず茶々を入れたことがそれなのではあるまい」

「勿論。ようやくキミが出向いてくれて、私も本領が出せるようになったからねえ。せっかく異邦の客人が来たんだ。マーリンさんの大魔術を見ていかないと勿体ないじゃないか」

 黒竜王が出向いたことで……本領が出せるようになった?

 これまで助けになった転移でさえ、通常の魔術師であれば及びも付かない領域にあるものだ。

 それが本領でなかったとして、何故黒竜王が関係あるというのか。

「いやあ、とんでもないモノがやってきたと思ったら微睡みの淵と来た。こうしちゃいられないと意識を飛ばしてみたら繋がりは断絶されるし。キミの夢にどれだけの間閉じ込められていたと思ってるんだい?」

 つまり……マーリンは黒竜王が来た瞬間から、その特殊性を察して彼女の夢へと分身を忍び込ませていたのか。

 夢魔としての性質を使えば、然程難しいことではないのだろう。

 だが、千里眼でも見通せないほどの、特異な領域を黒竜王が作り出したことで、本体と分身のパスが切れた。

 それによって力を十全に使えないでいたが、その領域から黒竜王が出てきてようやく回収が叶ったと。

「まあ恨み言はなしだ。元はと言えば勝手にキミに入り込んだ私が悪いのだしね」

「……そうか。貴様は、見たのか」

「見たとも。ああ、楽しみだった演劇の結末をバラされた気分だ」

 マーリンは、黒竜王の真相に触れた。

 今のマーリンでは知らない筈の、未来のアーサー王について全てを知った。

 これまで、円卓の騎士たちが伝えずにおいた、その結末までもを。

 それでもマーリンは態度を乱さない。言葉の通り、楽しみを奪われた子供のように、残念そうに肩を竦めるだけだ。

「だが、だからこそ此処に来たのさ。我らが王、未来の同居人。アルトリア、キミには迷惑を掛けるが、此度の手助けの礼ということで勘弁してくれたまえよ」

「マーリン、何を……」

「この戦い最後の手助けだよ、アルトリア。数えるのも馬鹿らしい魔性どもは私がどうにかしよう」

 杖を掲げるマーリンを妨害する者は、誰一人いなかった。

 黒竜王が剣を振れば、その剣光は容易く彼を呑み込むだろう。

 迫れば三秒と掛からぬ位置にキメラがいる。その爪が彼を引き裂くことも出来るだろう。

 だが、それをしない。マーリンに対する、黒竜王の慈悲なのだろうか。

 ただ一人、アルトリアが彼を守るように前に立った。

 それは、自身の役目だと判断したからか。その姿に優しい笑みを浮かべ、マーリンは“とっておき”の魔術を発動する。

「不正なる命、悪夢なる嵐。彼方の楽園にて過ちを正すがいい。血肉は妖精が弔おう。骨は花へと変わるだろう」

 その魔術の発現(はじまり)は、まるで、この時代に――この地上に初めて立った時のようだった。

 陽だまりの暖かさ、膨大な神秘、そして空気。

 それらが再び新鮮に感じるのは、巧妙に紡ぎあげられた芸術であるからだ。

 作り物だというのに、作り物とは思えない。その魔術は、自然(せかい)不自然(じぶん)の完全なる調和によるもの。

 花が咲く。地に満ちる魔力(いのち)を糧に、鮮やかな花があちらこちらに咲き誇る。

 これが、花の魔術師たる所以。

 マーリンという、この時代において頂点の魔術師が誇る大魔術。

「旅立ちの時だ、『彷徨える妖精郷(ガーデン・オブ・アヴァロン)』!」

 その瞬間、周囲にいた無数のエネミーは全て消滅した。

 致命傷を受けて霧散していく消滅ではない。これは転移だ。

 後に残るものは何もなく。ただ、マーリンが咲かせた花々が戦場を花畑に変えていた。

「――はぁ――! つっかれた! 二度とやらないだろうね、こんなこと!」

「ま、マーリン、今のは……」

「アヴァロンに送り付けてやったのさ。後は魔力が尽きればそれでよし。まだ活動する輩は……まあ、向こうで私かアルトリアが何とかするさ」

 未来に負債を思いっきり押し付けた、とんでもない迷惑行為だった。

 妖精が住まい、未来では騎士王が眠りマーリン自身も幽閉されることになる理想郷アヴァロン。

 ブリテンを象徴する伝説の島への、無数の魔性の郵送サービス。

 クーリングオフを受け付けない一方的な悪徳商法。

 如何に窮地に陥っていても思いつくことはないだろう、蛮行極まりない行為だ。

「な、何てことを! あんなものをかの妖精郷に放り込むなんて!」

「いやいや、だってどうしようもないじゃないか。四方八方から襲い来る魔性を一息で吹き飛ばすなんてあのアルトリアにも不可能だ。それこそ原初開闢の乖離剣くらいじゃないと……」

「だからと言って――!」

「賢明だなマーリン。それは正しい行いだ」

 当然のように食って掛かるアルトリアだったが、マーリンの行いを肯定したのは他ならない黒竜王だった。

「妖精どもは巧く隠れよう。未来に至るまで朽ち果てることなく生きていれば、貴様がどうにかするのだろう?」

「任せてくれたまえ。まあ、私でも無理だったら、アイツを嗾けてやればいい。人間世界にこれだけ浸ったならさぞ狂暴に喰らってくれるさ。そこからは考えてないけど」

 その会話は、未来のアルトリアと、未来を知ったマーリンしか真意を知りえないことだ。

 だが、何にせよ最早あの魔性たちは脅威ではなくなった。

 後はこの、比較にならない強敵を打ち破るだけだ。

「だがな。それとこれとは話が別だ。私を破らねば、そこの小娘と共にこの時代は終わる。貴様一人増えて、どうにか出来るとでも?」

「うん、無理だね。だが、その無理を通すのが人間であり、その絵を眺め続けるのがこのボクだ。であれば、人間の傍で絵空事の真似の一つくらい出来るさ」

 言いながら、マーリンはもう一度杖を振るう。

 すると杖は形状を変化させ、一振りの剣となった。

 杖そのものに宿る魔力はそのままに、近接戦闘を可能とするだけの業物へ。

 聖剣ではない。魔剣でもない。伝説は皆無でありながら、大いなる神秘を持った剣へ。

「マーリン、剣の腕が?」

 疑問を投げたレオに、マーリンは得意げに笑った。

「勿論。何てったって私はアルトリアの剣の師だからね。少なくとも老いたエクターより強いよ、私は」

「はい! マーリンがいれば百人力です! 皆さん、今度こそ、黒竜王を討ちます!」

『御意――!』

 騎士王の号令に、仕える騎士たちが応える。

「セイバー、任せましたよ」

「了解した。命令を遂行する、マスター」

「メルト、ジークフリート。行くぞ――!」

「ええ。終わらせるわ」

「承知。今こそ、この聖剣の全てを――!」

 先陣を切るモードレッドの雷剣を、圧倒的な魔力放出を伴う聖剣が打ち払う。

 続くアルトリアの聖剣を、返す刀で受け止める。

 べディヴィエールの剣を、ランスロットの剣を、ジークフリートの剣を、纏う風が暴威となって弾き返す。

「砕け散れ――!」

「はっ――!」

 鞭の如くしなるアルテラの剣が風を切り裂く。

 メルトの刺突が風を貫く。

 だが、黒竜王には至らない。

「――そこ!」

 しかし黒竜王の動きを封じた。

 しかし黒竜王の守りを削った。

 それらを通じて、踏み寄ったマーリンが剣を振るった。

 ――届かない。そこまでやって、ようやく鎧を掠める程度。霊核どころか、鎧の奥の肌すら遠い。

 再び風の守りは勢いを取り戻し、周囲にいた者たちを悉く吹き飛ばす。

「――――」

 暴威が解かれる。全員が離れたのを良いことに、風が散っていく。

 しかしそれは隙ではない。輝きを増した聖剣はごく軽い振るわれ方で、その獲物を狙っている。

 あまりにも自然に、あまりにも躊躇なく、それを放つための溜めすら必要とせず。

 ただ単純明快に、相手を殺すための一振りとして、聖剣の神秘を解放している。

 止められない。魔術を紡ぐことさえ出来ない。庇うための一歩を踏み出すことも間に合わない。

 何か出来るとしたら、傍に立つ彼だけだ。頼む、どうか――

「――約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 花は呑まれ、大地は灰燼と化した。

 一方向だけを完膚なきまでに蹂躙する剣光は、その二人以外の全てを見逃した。

 だからと言って、誰もその隙を突くことが出来ない。否、そのような考えに至らない。

 何より気に掛けるべきは、その呑まれた二人だ。

「王ッ!!」

 アルトリアとマーリン。二人のいた場所は聖剣の光が奔っている。

 まともに受ければ、決して耐えることが出来ないだろう。

 光が収まる。当たり前のように、そこには人影の一つすら残っていなかった。

 達成感に浸ることもなく、黒竜王は背後を振り返る。自然と、その先に視線を向ける。

「危ない危ない。本番に強くて良かった。あそこで噛んでいたらそれこそお終いだった」

「ええ、ですが五十点です。ここは反撃のためもっと黒竜王の近くに転移するべきでしょう」

「そんな無茶な。これは花を咲かせていたから咄嗟に出来たことだよ? 彼女の近くなんて、風で全部舞ってしまっているじゃないか」

 そこには、その白い外套を黒く焦がしたマーリンと、純白の鎧の一部を黒く染めたアルトリアが立っていた。

「マーリンの言った通りになりましたね。あの私も、周囲一帯を剣で呑みこむことは出来ない」

「そうとも。それを突いたヒット・アンド・アウェイ――いや、回避に回避を重ねていれば、いつか彼女にも届く筈さ」

 呑気に言ってのけるマーリンだが、それは不可能だ。

 Aランクを超える宝具を解放して尚、黒竜王の魔力は大部分が健在だ。

 今の転移を可能としたのが咲き誇る花なのだとしたら、魔力が無くなるまで回避しきるより先に花が尽きる。

 そもそも、黒竜王は真名開放をせずとも僕たちを十分に凌駕している。

 先程のように、単に近接戦闘を行うだけでも勝ちうるのだ。

 ゆえに、そんな魔力を無駄に消費し、かつリスクの高い戦法を取る訳がない。あの冷静な王は、可能性の高い手段を取る。

「……挑発か、マーリン」

「おや、そう捉えたか。ならばよし。それで、この魔術師の挑発に乗ってくれるのかい?」

「……良いだろう。この時代の貴様に余計な未来を見せた詫びだ。貴様の望みとは違うだろうが、魔力を余計に使ってやろう。これが決別だ」

 あまりにも無謀な策を提示したマーリンに、黒竜王は厳かに一つ頷いた。

 それがマーリンの考えていた策と違うことは、すぐに分かった。

 聖剣を手放し、代わりにもう一つの得物が握り込まれる。

 螺旋を描く嵐の錨。神聖な光に包まれた星の塔。

 ――聖槍だ。

 聖剣と同様にアーサー王を象徴する宝具。そして――

「ッ……!」

「……モードレッド、冷静に」

「……わかってるよ。失態は晒さねえ」

 アーサー王最後の戦場、カムランの戦いにおいて、逆徒モードレッドを殺した槍。

「私はこれに九割の魔力を込めよう。逃げ場などない。やがてこれはブリテン全てを覆う光となる」

 これが、マーリンの挑発に対する返答。

 宝具ランクは『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』と然程変わらないだろう。

 だが、黒竜王がわざわざ持ち替えたということは、その一撃による勝利を信じているということ。

 即ちこれが決着の時。どちらが勝つにせよ、戦いはここで終わる。

「マーリン、勝機は?」

「……たった一つかな。真実、あれは逃げては駄目な代物だ。大丈夫、まだ終わった訳じゃない。皆の力が必要だがね」

「……信じますよ」

 そして、マーリンにはこの状況に打ち勝つ手段がある。

 正直なところ、僕では思いつかない。

 マーリンが考えるならばさぞ知的な方法なのだろうが、僕にはその智慧がない。

 ――口惜しく思う。

 だが、今は彼を信じるしかない。

『白斗君、レオ君、メルトちゃん……今ならまだ、戻ってこれるよ』

 白羽の提案は、本人も答えなど分かっているのだろう。

 この時代を救うために来たのだ。この局面で逃げ帰るなどあり得ない。

「……分かってるでしょ、シラハ。ハクの答えなら」

「ハクトさんなら、当然の答えですね。まあ、僕も正直……恐怖はないんですよ。この程度の絶望感なら、月の裏側とさして変わらない」

「そう、だね。まだまだ、乗り越えられる逆境だ」

『……はあ。まったく、本当に馬鹿ばっかり、なんだから』

 絶望はある。だが、諦めはない。

 諦めがない以上、ここでやるべきことは変わらない。

 黒竜王を打ち倒す。マーリンの秘策に全てを託し、この障害を乗り越える――!

「ならば見せてみろ。お前たちの可能性。目を閉じるな。苛烈たれ。立ち止まるな。変化せよ。全てを以て、最果て(わたし)に至れ」

 宝具が解放される。その膨大な魔力に風の鎧は吹き飛ばされ、再び黒竜王は無防備を晒す。

 天に槍が掲げられる。その槍を中心として、光の嵐が巻き起こる。

「聖槍、抜錨。十三拘束、強制解放。其は空を裂き地を繋ぐ、嵐の錨。十三束ねる牙の影。彼方に満ちる星の塔。故に――」

 ――来る。

 あれは全方位を蹂躙して奔る、光の柱だ。

 決して逃れることは出来ない。だが、恐怖は消えた。

 あの魔術師と――あの王と共にいるならば、かの聖槍と対峙しても、敗北はない!

 

 

「――――最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)――――」

 

 

 真名が解放され、柱が顕現する。

 それと同時に、マーリンが何度目かの転移を使い、自身の周囲に全員を招集した。

 これほどの出力は果たして“宝具”という枠組みに収まる代物ものなのか。

 成層圏のその先まで届かんばかりの光は、込められた魔力量から先程の聖剣を遥かに超える熱量を持っている。

 その光は、この世界への侵攻を始めた。

 熱が世界を焦がし、燃やしながら広がっていく。

 速度は遅いが、なるほどあれならばこの世界のどこへ逃げても助かるまい。

「さて……正真正銘、これが最後だね。皆、覚悟はいいかい?」

 否定を返す者は、誰一人いない。

「よし。じゃあ、始めようか」

「で、どうすんだよマーリン。秘策、持ってるんだろ?」

「ああ。それではお披露目だ――キミらがあの柱の外装を引っぺがし、道を拓き、アルトリアが斬る。以上だ!」

「…………は?」

 ……えっと。つまりは。

 ただ単純な、力押しの正面突破?

「……それだけ?」

「それだけさ。剣戟で勝つよりも、聖剣から逃げ続けるよりも確率のある方法だ。何故ならまだ、我々で柱を剥がせる可能性がある」

「そうか。まだ黒竜王との距離は離れていないから――」

「ご名答。逃げていればチャンスはなかったが、解放直後なら一点突破で届くかもしれない。悩んでいる時間で可能性は下がっていくが、どうするね?」

 智慧も何もない方法だったが、アレも宝具だ。拮抗することは出来る。

 そして複数が一点に集まれば、そこだけでも引き剥がせるかもしれない。

 問題は、その開いてなお危険な光の奔流に独りで挑む小さな王。

 全ては彼女に託される。他の全てが上手く行っても、彼女が一つしくじれば終わる。

 ランスロットが、思わず一歩前に出た。己が務めようと進言しようとしたのかもしれない。

 アルトリアには恐怖があった。

 時代を背負う重圧だけならばよかった。だが、今から挑まねばならないのは死の嵐だ。

 それまで見たこともないような、鮮明な死を前に、恐怖が拭えない。

「ッ――騎士王! お前ならば出来る、俺は信じ、託そう!」

 ジークフリートが黄昏を解放する。

 アルトリアを信じ、少しでもその負担を軽減すべく、聖剣を構える。

「オレもだ! こんなところで――ブリテンを終わらせてたまるかよぉ!」

 モードレッドが、その魔剣に赤雷を纏わせる。

 先陣を切るべき、遠距離を払う対軍宝具の持ち手。

「……ハク。私では力になれないわ、任せていいかしら」

「……ああ――分かった」

 メルトはその戦闘能力において威力に秀でてはいない。

 戦闘センスはメルトとは比べるべくもないが、僕が勝るのがその一点。

 それでメルトの助けになれるならば、幾らでもこの力を振るおう。

 レオを見る。それだけで、やろうとしていることを察したらしい。

 一つ、頷いたことを許可とみる。発現させるのは、かつて彼に仕え、此度彼が戦った騎士の剣。

「アルトリア。僕も行く。少しでも、君の負担を減らせるように」

「え……? ハクト……?」

 遥か以前、紡いだ絆がある。

 どれだけ記憶の奥底に埋もれても、その絆は色あせることなく残っている。

道は遥か恋するオデット(ハッピーエンド・メルトアウト)

「ハクト……それは……!?」

「お前……へっ、威力はそっくりそのままなんだろうな?」

「同じという訳にはいかないけど……少しでも、足しにするよ」

 べディヴィエールをはじめとした、円卓の面々の驚愕は当然だろう。

 何故僕がその剣を持っているのか。

 その疑問を、しかし別に構わないとモードレッドは笑う。

 ジークフリートとモードレッド、その間に立つ。此処から出来る手助けはこれだけだ。

「行くぞ」

 ジークフリートの号令で、聖剣の魔力を最大限に引き出す。

「邪悪なる竜は失墜する。全てが果つる光と影へ。世界は今落陽に至る」

「この剣は太陽の現身。もう一振りの星の聖剣――」

「これこそは、我が父を滅ぼす邪剣……」

 黄昏が、炎熱が、赤雷が。

 迫る光に向かって、唸りを上げる――!

幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)!」

転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)!」

我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)!」

 黄昏が爆発し、幻想の輝きが拡がっていく。

 太陽の灼熱が、燃え盛る閃光となり奔っていく。

 血に染まる憎悪から、赤き雷撃が噴き上がる。

 三つは一か所を目指して真っ直ぐに突き進み、聖槍の光と直撃した。

「ッ――――!」

 返ってくる力のあまりの強さに、吹き飛ばされそうになる体を必死で堪える。

 この剣を持っていたのは、日の下において無双を誇った太陽の騎士だ。

 日はまだ沈んでいない。であれば、ここで偽りの担い手であろうと僕が左右の二人に劣る訳にはいかない。

 ――ビシリ、と何かに罅の入る音がする。

 圧されているのは聖槍か、僕たちか。確認している余裕はなかった。

「モードレッド! ジークフリート! ハクト!」

「いけない、アルトリア。心配する労力さえ惜しいんだ。キミを信じる者を信じたまえ。さて、私ももう一度本気を出すかな!」

 意識の端で、背後の強力な魔術の発現を感じる。

 それは恐らく、マーリンによる支援。

「とっておきだ――そぉれ!」

 膨大な魔力の奔流が、新たに加わる。

 それでも、体に掛かる衝撃の強さは一切変わらない。

 ビシリ、ビシリと割れる音は絶え間なく聞こえているが、未だに状況は何一つ変わっていない。

 ――傍で、誰かが何かを言っている気がした。

 それさえも判然としなくなった。極度の集中と、緊張と、全身が軋む嫌な感覚。

 ふと、一つの敗北を思いだす。

 一人の女との、最後のぶつかり合い。楽園の守護剣を相手に、最強だと思っていた槍で応戦した時。

 何歩劣っていたかは分からないが、あれは僕が持つ記憶の中で、最も悔しい出来事だ。

 この記憶が脳裏を過ぎ去ったのは、ほんの少しでも敗北を考えたからか。

 何を馬鹿な。あの時のように、独りで戦っているのではない。共に戦う者がいる。

 ならば負ける筈があろうか。いや、あり得ない。これはきっと、勝利に繋がる一手なのだ――――!

「っあ――!」

「くっ……!」

「チィ……ッ」

「おっと」

 同時か、或いはどれか一つが脱落したことによる連鎖か。

 大きな罅割れの音の直後、強烈な痛みと共に体が弾き飛ばされた。

「ハク!」

 赤い聖骸布に、体が受け止められる。

 持っていた筈の聖剣は既に消滅していた。

 生命に支障はない。多大な疲労感があるが、周囲の確認くらいならば可能だ。

「メルト……皆は……!」

「全員無事よ。シラハ、状況分かる!?」

『黒竜王までの聖槍十三層、うち七層が破損、残り六層!』

 見れば、光の柱は一部が罅割れ孔が開いていた。

 だが、まだ足りない。僕とジークフリート、モードレッド、マーリンは今出せる力を使い切った。

 それでも――残る六層へと挑む剣は残っている。

「王よ、今一度、貴方に全てを背負わせること、お許しください!」

「心配はありません。貴方は常勝の王、此度においても、敗北する理由などないのです!」

 ベディヴィエールが、ランスロットが、聖槍へと走っていく。

 信ずる王に後を託し、敵への道を拓くべく。

「ベディヴィエール! ランスロット!」

 止まることはない。白騎士は風の義手が握っていた剣を納め、黒騎士は剣の魔力を飛躍的に増大させる。

「我が信念宿して奔れ、乙女の怒り!」

「最果てに至れ、限界を超えよ――王よ、この光、どうぞご覧あれ!」

 不可視であった義手が、黒竜王の風の鎧の如く視認出来る程に吹き荒れる。

 決して毀れることなき剣が、解放されるべき瞬間を今か今かと待ち構える。

 そして、柱の残る層へ向けて、同時に振るわれた。

「――穿いて奔れ、清き乙女(ヴィヴィアン・オブ・エア)!」

「――縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)!」

 荒れ狂う小さな嵐が柱を貫く。刀身が柱にぶつかると同時に、込められた魔力が解放される。

 聖槍に及ばずとも、その幾らかを抑え、凌駕することは出来る。

 光の柱との拮抗は自殺も同然だ。遠目に見ても、瞬く間に疲弊していくのが変わる。

 だが、退くことはない。命を賭して全力で、それを打ち破らんとしている。

『三層破損、残り三層。これまでと魔力の密度が段違いだよ――――あっ!』

 観測をする白羽が驚愕の声を上げた時、ぐらりとべディヴィエールの体が揺れた。

 アルトリアが悲鳴を寸でのところで堪えたのが分かった。

 後少し。誰かが倒れようとも、此処で飛び出すことは出来ない。

 アルトリアは、やるべきことを決心した。

 騎士たちが倒れていくことに震えながらも、その目に最早迷いはない。

「セイバー! 令呪で支援します! 宝具を使い聖槍を打ち破ってください!」

「了解だマスター、その命を以て星の神秘を打ち砕く!」

 レオはこの一撃に懸けて、令呪を切った。

 構わない。これは僕が依頼したことだ。令呪の補填は、セラフに戻れば幾らでも可能だ。

 全能力を強化したアルテラが、三色を束ねた剣の魔力を解放させながら聖槍に突撃していく。

軍神の剣(フォトン・レイ)!」

 虹の魔力光を伴った流星となり、アルテラは柱に激突した。

 べディヴィエールとランスロットが打ち砕いた層のその先へ、単騎で立ち向かう。

『二層破損……後少し、頑張ってアルテラちゃん!』

「ッ――――おおおおおおおお!」

 アルテラの目と鼻の先に、黒竜王はいる。

 だがそれを守る最後の牙は、あまりにも強大だった。

 二つを破壊してなお余力を残したアルテラでも、破壊に届かない。

 罅は入っている。後一歩――破壊の瀬戸際、魔力光は霧散していく。

 及ばなかった。そして、全てに打ち勝った聖槍が最初に襲うは、大きく消耗したアルテラだ――!

「負け、る、かああああああ!」

 罅が修復されるよりも前。アルテラが光に呑まれるよりも前。飛び込んでいく騎士がいた。

 既に限界だろうモードレッド。その状態で挑むのは、戦闘続行スキルがあっても無茶が過ぎる。

 その無茶が、しかし最後の牙に至る。

「おらあッ!」

 モードレッドがありったけの魔力を放出して、魔剣をぶち込む。

 割れた――一点の集中攻撃により、遂に黒竜王への道が拓けた。

「アルトリア! 補助するわ、行きなさい!」

「はい! 今こそ全てを――!」

 メルトが脚を振るうと、水の膜がアルトリアを包む。

 さよならアルブレヒトの応用。他者を守ることは本来の使い道ではないが、聖槍から一時的に守ることが出来よう。

 モードレッドが開けた孔はごく小さい。

 本来であれば、無傷では通れず、それだけで焼けてしまってもおかしくない。

 しかしそこを抜ける最後の一手が、メルトによる水の鎧。

 魔力放出により駆け抜けていくアルトリア。

 恐れはない。敗北は見えていない。

 あるのは勝利への確信。未来の己に勝る自分のみ。

「選定の剣よ、力を!」

 べディヴィエールとランスロットの間を抜ける。

「邪悪を断て!」

 モードレッドの傍を抜ける。

 魔力放出の推進力とメルトによる守りで、無理やり最後の孔を突破する。

 黒竜王は聖槍を全力で解放している。その手に今、聖剣はない。

 聖槍の解放を咄嗟に中断し、対応することも出来ない。

 ――或いは、するつもりがなかったのかもしれない。

 どちらにせよ、迫る自身に対して一切何をすることもなく。

 

勝利すべき黄金の剣(カリバーン)!」

 

 

 ――――一閃。アルトリアの輝ける聖剣が、黒竜王を切り裂いた。

 

 

 

 

 黒竜王の霊核が断たれると同時、聖槍の光は散っていった。

 光の残滓はそれ以上の破壊を招くことなく、(ソラ)へと還っていく。

 メルトの援護があって尚、聖槍を抜けることは簡単なことではなかった。

 焼け焦げた面積は決して小さいものではない。

 だが、致命傷からは遠い。アルトリアは死なず、黒竜王はこの世界との繋がりは失った。

 少しずつ歩み寄る。べディヴィエール、ランスロット、アルテラ、モードレッドもまた、ダメージは霊核には至っていない。

「…………、そのようなことも、あるか。まだ未熟な小娘(わたし)に、負けるなどと」

「私だけじゃない。彼ら全員の助力あってのことだ」

「当然だ。貴様一人では、万度挑まれても敗北などない」

「なっ……」

 何をおかしなことを、とでも言うような視線。

 マーリンがこの戦場に現れたことに次いで二度目の、黒竜王の明確な感情だった。

「だが――貴様の勝ちだ。悔しいが、驕るなよ」

 小馬鹿にしたような言動に言い返そうとするアルトリアだが、黒竜王は気にすることなく歩き始めた。

 モードレッド一瞥すらせずを通り過ぎ、アルテラに目を向ける。

「……何も言うまい。まったく、貴公に聖剣を振るうなど、出来る筈があるまいに」

「……?」

 アルテラは理解が及んでいないようだが、黒竜王は彼女に対して、何か思うところがあったようだ。

 そのまま通り過ぎ、ふと、ジークフリートと視線を交わした。

「……貴公には謝罪が要るな、竜殺し。貴公の妻を狂気のままに呼び、あまつさえ敵対させてしまった」

「その謝罪は不要だ。確かに許し難いことだが、クリームヒルトと再び出会う機会であったことには変わりない」

「そうか。貴公は寛大だ。偉大な英雄だな」

 黒竜王には、どうやらまだ多少なり余力があるらしい。

 だが、敗北は決定した。戦う理由はない。それが、彼女の決定のようだ。

 残る時間を、語らいで終える。

 この会話から見られる性質だけでも分かる。

 ――彼女は、悪に立つべき存在ではないのだと。

「べディヴィエール。ランスロット」

「……はっ」

「……」

 その後、かつて仕えた円卓の騎士に向けて。

 黒竜王はたった一言、最後の言葉を掛ける。

「大儀である。よく、私を正した」

 返す言葉は必要ない。黒竜王は言外に、二人に告げていた。

 ゆえに何も返さない。

 それで、彼らの離別は終わる。

「――」

 ――最後の一撃を行うことがなければ、その気紛れはなかったかもしれない。

 どうせ自身への言葉はないだろう。モードレッドは、そう確信し、それでも良いと思っていた。

 魔力の大部分を使い切り、片目を失い、最後の一撃によって誰よりも傷を負った騎士。

 己の治世を終わらせた逆徒への言葉などないと、本人が一番よく理解していた。

「…………え?」

 だからこそ、不意に頭に置かれたその手に、ひどく困惑した。

「――馬鹿息子が。いや、だからこそか。小利口だったらそれこそ、私の子ではない」

「父、上……」

 置かれた手が消滅する。

 秒読みとなった残り時間。最後に、その瞳は僕たちに向けられた。

「時を超えた勇士よ。この救済、私が消えたとて収まらぬ。三十の人類史、顕現せし異質――即ち、特異点全てを解明し、破壊せよ」

「――特異点」

 やはり、彼女はこの事件の核心を知っている。

 三十の時代の異変。それら全ては一つの事件によるものであり、それら全ての修正が解決への道だと。

 黒竜王の胸に、残った手が伸びる。一瞬、光が瞬き、気付けばその手には黄金に輝く杯が握られていた。

 膨大な魔力。そして、あまりにも異質な存在感。あれは――

『それ! この時代にあった、変な存在の正体だよ!』

「聖杯。我らが探し求めていたものとは違うが、これは真実本物だ。全ての特異点に一つある。破壊せよ。月の機能を用いれば、難しいことではない」

 杯――聖杯が投げ渡される。

 悪いものには見えない。

 願いを叶えるという聖杯。ムーンセルの聖杯戦争は、これを巡って行われた地上の魔術儀式が大本だ。

 これが、三十の特異点に存在する――。

「白羽! 全マスターとAIに通達を!」

『分かった!』

 目標をようやく発見した。機能を使えば、全てのマスターに特異点解決前に伝えることが出来る。

 これが、解決の糸口になる。

「……ありがとう、黒竜王」

「構わん。あのようなことを、二度も言われてはな。微睡みの隙に差し込まれた強制も、幾分解けようというもの」

 何のことなのか――問い返す前にその体が崩れていき、言葉に詰まった。

「では、励むがいい。この時代の腫瘍は取り払われた。黒き竜、獅子の王は消える。月の主、お前たちが進むべき道はたった一つだ。他の特異点は他者に任せ、お前たちはそこだけを歩んでいけ。そうでなくば、この救済、完遂は必定となろう――」

 崩壊が急速に進んでいく。

 どれだけ強大な霊基を持っていようと、サーヴァントの最期は同じものだ。

 即ち、消滅。

 黒竜王を構成していた魔力は、まもなく消える。

「奴の招いた至高の七騎、その一騎はここまでだ。幸運を祈ろう、未来の勇士」

「あ――」

 その終焉を前にして、もう一つだけ、黒竜王は表情を変化させた。

 ――笑顔。

 ほんの僅か、顔を綻ばせただけ。

 無意識なのかもしれないが、それは確かなものだった。

 その表情が、最後に見た黒竜王だった。

 現界を解れさせ、(ソラ)の彼方に霧散していくのを、その終わりまで見届ける。

 それを供養するようにマーリンが、聖槍で焼かれた焦土に今一度、数えきれない花を咲かせた。

 

 

「――本当に、もう行ってしまうんですか?」

「ああ。僕たちはこの時代の異物だ。長く残っている訳にはいかない」

『そうだね。聖杯の回収でこの時代の修正が始まってる。早く戻らないと、正しい時代に干渉してそれこそ取り返しがつかなくなるよ』

 そして、その最初の地上との別れの時がきた。

 キャメロットへ凱旋することなく、僕たちは月へ戻る。

 僕たちだけではない。ムーンセルによって召喚されたサーヴァントもだ。

『サーヴァントの皆、回収を始めるけど……大丈夫?』

「はい。我々の役目は終わりました。ここより先は、この時代に生きる者のみが歩むことを許されましょう」

 異常が消えたことで、後少しすれば正しい時代、正しい歴史へと戻る。

 死した者、壊れたモノ、変わった何かも、全て無かったことになり、修正される。

 この数日の戦いは全て虚数と消える。

 勿論、アルトリアやマーリンの記憶にも残らない。覚えているのは、僕やメルト――月の住民だけだ。

 自分たちの退去を否定する英霊はいない。白羽が召喚システムを操作すると、回収が始まった。

 霊核を失ったり、魔力が枯渇したりすることによる消滅とは違う。自身が存在するという現象の理由がなくなったことによる帰還。

 サーヴァントたちはそれぞれ、黄金の粒子となって消えていく。

「あっ……」

 アルトリアの悲壮の表情で、少なからずこの時代への執着が生まれる。

 ――その感情は、流されてはいけないものだ。

 僕たちはこの時代にいてはいけない存在。ゆえに、この工程は止めてはならない。必然として、僕たちも、サーヴァントもこの時代から去る。

「では、行くとしよう。騎士王、世話になった」

「……はい。ありがとう、ジークフリート。出来ることならば、貴方の剣技を習いたかったです」

「……すまない、俺は人に教えられるほど器用ではなくてな。君の剣は、君の手で極めるといい。それが最も正しい成長だ」

 ジークフリートにとって、今回は非常に苦しい戦いだっただろう。

 妻との戦い。妻との別離。あれは耐え難い苦痛だったに違いない。

 それでもジークフリートは、妻の願いをまっとうした。

 正義の味方として、この時代を救う一端となった。

「また、俺の力が必要とあれば応じよう。俺の剣で力になれれば、だが」

「ああ。協力してくれてありがとう」

 謙虚な竜殺しは、そんな、頼りになる言葉を最後に消えていった。

 これで力を借りるのは二度目だった。

 また会えるかは、運任せだ。この先僕たちが行くことになる特異点に再び召喚されているか。

「……さ、オレも行くかあ。正直そろそろ限界だしな」

「モードレッド……」

 ジークフリートと同じように、単にサーヴァントとしての役目が終わったのでさっさと帰る――さもそんな風に繕っているのは、誰の目から見ても明らかだった。

「モードレッド。貴方と今一度共闘することになるとは思いませんでしたが……」

「そういうのいらねえって。オレは元からお前たちと馴れ合うつもりもなかった。今回のは省みることさえ必要ない、ちょっとした間違いなんだよ」

 その評価を僅かに改めた様子のべディヴィエールに対しても素っ気なく返すモードレッドだが、

「……ところでモードレッド、さっき黒竜王のことを父上って……」

「うぇ!?」

 アルトリアから投げ掛けられた疑問に、激しく狼狽した。

「い、いや、気にしなくていいんだよ。今の父上は父上じゃないんだし……」

「えっと……つまり、貴方は私の……」

「だー! いい! 言わなくていい! じゃあな、オレ帰るから!」

 無垢である今のアルトリアが指摘するのは、モードレッドにとってあまりにも頭の痛い出来事なのだろう。

 本人の想定とはまったく逆だろうが、モードレッドは逃げるように退去した。

 結局アルトリアの疑問は晴れないまま。だがまあ……言わぬが花、というものか。

 残ったべディヴィエール、ランスロットもその体が粒子となっていく。

「ふふ……では、私たちも行きましょう。ランスロット、貴方とも、再び戦えてよかったです」

「私の方こそだ。アグラヴェインの膳立てにも、今回は感謝しなければな。ふむ、この心情、座にまで持ち帰ることが出来れば良いのだが……」

 はじめは敵として。しかし、最後は味方として、未来の王と戦った。

 生前は不貞が暴かれた後、出会うことのなかった二人。

 此度の戦いでは、未来の王を正すため、協力して過去の王の道を切り開いた。

 そして、それが可能となったのはアグラヴェインがいたがため。

 己を知らない騎士王に仕えた虚像の円卓は、今ここに解散される。

「べディヴィエール、ランスロット――私の騎士。よくぞ、未熟な王に力を貸してくれました。是非、アグラヴェインとギャラハッド、そして先程伝えられなかったモードレッドにも、感謝を伝えてください」

「……我が王の命とあらば。後は、正しい歴史で貴方と出会う私に託しましょう――アーサー王」

「私は……いえ、何も言いますまい。今の貴方には、不要な言葉です」

 騎士王の未来は、確立している。

 特異点が消え、歴史が修正された以上その結末は必定なものとなる。

 ゆえに、べディヴィエールもランスロットも、彼女が歩み、至る治世の終わりを知っている。

 それをこの場で告げることは何の意味もない。

 ただ、別れ際の王に不安を残すことは騎士として許容できない――。

 そう思ったのだろう。消えていった二人の騎士は、最後まで王に跪き、忠義の礼を取っていた。

「……ブーディカにも、別れとお礼を告げたかったんですが」

「……彼女は、アルトリアへの信頼があったんだと思う。きっと、後悔も心残りもない筈だ」

「そうだと、嬉しいです」

 この地上で初めて出会い、最初に別れたサーヴァント。

 きっと、彼女もこの解決を嬉しく思う筈だ。

 いや――もしも黒竜王の正体が分かっていれば、和解を望んだかもしれない。

 復讐者らしからぬ、母性と慈愛を持った英霊にも、内心での感謝を告げて――僕たちも、退去が始まる。

『……っと、ちょっと待って。東方向――見える?』

「え……?」

 ここから発つまであと数分とないだろうという頃合い。

 白羽の示す方向を見れば、この時代に降りた第三のマスターが歩いてきていた。

「よう。お疲れさん」

「獅子劫 界離……」

 近くにいるだけで威圧感のあるその姿は、写真より幾分恐ろしく感じる。

 ところどころに負っている新しい傷。もしかすると、彼もまたこの場で戦っていたのだろうか。

「辺りの雑魚共を散らしていたら、突然消えるわ花が咲くわ。状況は掴めんが……終わったってことで良いんだな?」

「ああ。無事、この時代は修正された」

「そうか。だとよアーチャー」

「……」

 彼のサーヴァントは、その表情に僅か安心を浮かべた。

 軽鎧を纏った、赤い長髪の男性だ。

 鎧を着てなおその体は細い。その顔つきからは、穏やかな性質が見て取れる。

 左手に持っているのは、弦が複数ある異形の弓。

 彼が、界離と契約したサーヴァントか。

「……ええ。大変良かった。あの王が再び眠りに付けたならば、私もこの時代に悔いはない……」

「えっと……お二人も、助力してくださったのですか?」

「まあな。ああ、初見だし礼はいらねえよ。こいつも求めてはいないだろうしな」

「ですが……」

「……いいのです。未だ白き王に言葉を受ければ、私は恥でこの身を切り刻んでしまいかねない。マスター、それは困るのでしょう」

「困るな。これで終わりじゃないんだろ?」

「……まだ特異点はある。強制ではないけれど、できれば力を貸してほしい」

 界離は頷いた。どうやら、以降も助力をしてくれるらしい。

 サーヴァント・アーチャーは……随分と悲観的な性格のようだ。

「……ただでさえ、お労しき王の姿を前にして、今一度諫言を投げるなどと……! っ……ああ、私は自分が愚かしい。ベディとランスが去った後で、本当に良かった……」

 ……ベディヴィエールとランスロットを、知っている?

 アーサー王とも面識があるような物言い。そして、竪琴にも似たあの弓――。

 確信ではないが、それらの情報で真名には行きつく。

 ――円卓の騎士、哀しみのトリスタン。

 そうなのであれば、アルトリアに同行する僕たちと行動を共にしようと思わなかったこともうなずける。

 彼もまた、アルトリアから去っていった騎士の一人なのだから。

「……去りましょう、マスター。最早、ここにいることは許されないのです……」

「まあ、そういうことだ。それじゃあ、先に帰るぜ。またよろしくな」

 そう言って界離とアーチャーは、この時代から去っていった。

 残るは、僕とメルト、レオとアルテラ。

「では僕たちも行きましょう。お疲れ様でした、ハクトさん」

「ああ。レオも、お疲れ様。じゃあ、アルトリア、マーリン――元気で」

 もう二度と、彼らと会うことはない。

 英霊として召喚される可能性はあるが、その時は僕たちを覚えていない。

 この特異点は記録に残らず、記憶にも残らない。ゆえに、これは永劫の別れだ。

「……はい。ありがとう、皆さんがいなければ、この時代は終わっていたでしょう」

「そうだね。これはキミたちの手によって解決されたと言ってもいい」

「ううん。こちらこそ。協力してくれてありがとう」

「ああ、そうそう。マーリン、少しいいかしら?」

 別れ際、メルトがふとマーリンに声をかけた。

 彼女から彼に話しかけるのは初めてだ。マーリンは驚いたような表情で、続く言葉を待つ。

「城で私たちが使っていた部屋、あそこに人形を置いてあるのだけど。礼というならそれを持ってきてくれるかしら?」

「お安い御用。少し待っていたまえ」

 そういえば、戦いを前にあの人形は部屋に置いてきていた。

 ここで帰るとなれば取りにも行けまい。

 程なくして、宙に現れた人形がメルトの手に落ちる。

「まあ、こんなもので返礼になるとは思わないけど。手助けにあてはないから、期待はしないでいてくれよ?」

「まったく、マーリンは……私も同じですが。将来、英霊となることがあれば、きっと助けになりたいものです」

「その時は、是非お願いするよ」

 騎士王アルトリア・ペンドラゴン。いつか偉大なる王になる彼女が、英霊にならない筈がない。

 その聖剣は、この上なく頼りになるだろう。

 僕たちの戦いは、まだ始まったばかり。英霊となった彼女に会える日ならば、いつか来るかもしれない。

 ――時間だ。

 マーリンはいつも通りの、飄々とした笑みで。

 アルトリアは目に涙を浮かべながらも、花のような笑顔で、送ってくれる。

 その笑顔に、此方も笑い返す。瞬間、体が未来(いま)へと向けて、引っ張られた。

 これが、最初の特異点における最後の記憶。

 一つ目の欠片を埋めて、僕たちは次の欠片へと歩いていく。

 

 

『第一特異点 栄光の騎士王

 AD.0517 絢爛虚像円卓 キャメロット

 人理定礎値:C』

 

 ――――定礎復元――――




これにて黒竜王アルトリア・ペンドラゴンをはじめとして、一章のサーヴァントたちは退場となります。
そして最初の特異点を定礎復元。お疲れ様でした。

ちなみにFGOにてマーリンが使用する宝具の読みも「ガーデン・オブ・アヴァロン」で被りましたが、まあいいかと押し切りました。
此方は宝具ではなく、あくまでアヴァロンへの転移魔術です。
また、獅子劫のサーヴァントが判明しました。トリスタンです。
彼らは独自に行動し、黒竜王の城に乗り込んで諫言投げたり色々やってました。
彼らの本領は、また今後。

次回は一章のマトリクス等。その後、二章を開始します。
では皆様、よいお年をお迎えください。
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