Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
「それじゃあご老体。後は任せたぜ」
「応とも。儂は貴殿ほど偉大ではないが、そう言われては断れまいよ」
「よく言う。そもそも、太陽を堕とすなんざご老体の方が馴れっこだろうに」
誰もかれもが避難したその場所で、一人は偉業をその目に収めるべく残っていた。
そして一人は、今ここに神話が如き偉業を成し遂げる。
「――陽のいと聖なる主よ」
矢を番える。
引き絞られた弓は限界を超え、なおも男の献身に従うべく、耐え続ける。
「あらゆる叡智、尊厳、力をあたえたもう輝きの主よ」
時の彼方をも見得る千里眼は、この後に待つ結末を鮮明に映している。
眼を閉じていようと分かる。
だってそれは、生前の繰り返しなのだから。
「我が心を、我が考えを、我が成しうることをご照覧あれ」
その祝詞を唱えるのは二度目だ。いや、もしかすると、もっとあるかもしれない。
かつて、サーヴァントとして召喚され、これを唱えたことがあるという可能性はゼロではない。
そうした場合は、なんとも申し訳ない。
恐らく自分はマスターの望みを叶えられなかったのだろう――男はそんな想いを、ふと抱いた。
「さあ、月と星を創りしものよ。我が行い、我が最期、我が成しうる
今より挑むは、太陽だ。
中天に輝くが道理の太陽が、しかし大地に存在する。
あれは悪ではない。だが、これが争いである以上は止めなければならないのだ。
「この渾身の一射を放ちし後に、我が強靭の五体、即座に砕け散るであろう!」
一時の出会い、一時の生活、一時の友情は、貴いものであった。
それを守るべく、それを救うべく、そしてその過ちを正すべくこの一射を放つのだ。
去らば、特異なる運命。
今より放たれるは葦の矢。
戦いを終わらせた大英雄。
その最大の一射の代償はあまりに大きい。
命を賭した伝説の顕現。一度の生涯でたった一回きりの、最後の矢。
ゆえに、其は霊核をも込めて射ち放たれる究極の一撃。
命そのものたる流星。大地を割る流星。国境を作る流星。
人々の幸せを願った英雄の最期の瞬き――
「――――
+
「――見たか、我が妹よ。かの勇者、その光輝を」
黄金の中、男は感嘆の声を漏らした。
その声色は通常を装っていながらも、隠しきれない興奮が見え隠れしている。
「……貴方の妹になった覚えはありませんが。確かに眩いものでした。太陽たる私でさえ、少し目を細めましたとも」
「なんと。それはいかんな。あれは刮目して見るべき業であった。あれを見る視界を狭めるのは大罪であるぞ」
「どうしろって言うんですか……褒め方も考えなきゃいけないって」
男の座る玉座の傍に立つ女が呆れた表情で肩を落とした。
聞こえるように零されたあからさまな愚痴に、男は気にした様子も見せない。
上機嫌に手打ちする男に、女は奇人を見るような目を向ける。
「見事。見事なりアーラシュ・カマンガー。余はそなたに心からの称賛を送ろう。その命の流星、余はしかと見届けた」
嘘偽りない言葉を、男は今は亡き弓兵に捧げた。
「地を割らん一撃、懐かしき旧友の奇蹟を思い出したわ。ネフェルタリ、お前がいないことが口惜しい」
その弓兵が類稀なる、強大な英雄だということは男もよく知っている。
傲岸不遜で唯我独尊なる男が、掛け値なしの敬いを見せていること。
その事に、女はどうにも釈然としない不気味さを感じていた。
男であるならば、須らく己に貢ぎ、堕ちていくべきというのが女の持論である。
だというのに、この男はそうはならず、更には自分を妹と呼んできた。
まあ、自分への態度がどこか普通より上機嫌な節はあるようだが。
「今のは大電球に限界以上の出力を掛けて放ったものだ。暫くは使えまいよ。勇者によって、ここに戦は収められたのだ」
「……しかし、それも永久ではありません。最早その太陽、何者にも堕とすことは出来ないでしょう」
「当然だ。アーラシュ・カマンガー――そなたは一手、誤った。国を諦め神殿を狙っていれば、或いは永久に戦いを終わらせることが出来たであろうに」
手に持った「それ」を弄りながら、男は僅か、声色を変えた。
「……さて。まだ戦は続く。この崩れんばかりの世界の秤。果たして如何なるか――」
『第十四特異点 王の軍勢
BC.0323 覇王降臨伝承 バビロニア
人理定礎値:A-』
「――――」
地上に降りるという現象は、二度目であっても慣れることはないだろう。
僕という存在があり得ざる場所に現れる。
その異質性は、僕自身が何より分かっている。
そうであっても、僕は地上に憧れた。
だって――地上はあんなのも美しい。
ブリテンの自然を覚えている。あの感動は、決して一言で表せるものではない。
そして今回。紀元前の世界もまた、新たな光景を教えてくれる。
酩酊感が引いていく。
肌に、ざらざらとしたものが絶え間なく触れている。
ああ――ここはもしかして。
目を開くとそこは――――
「……っ」
砂漠だった。
靴が砂に沈み、行動を制限する。
温度と風による暑さが、体から水分を奪っていく。
『紫藤さん、聞こえますか?』
「サクラ――この位置は?」
『実は――観測は出来るんですが、非常に不安定なんです。この数値……そこは、紀元前323年のマケドニアではありません』
「え……?」
降りる時代を間違えた、ということだろうか。
確かに、魔力の濃度に不自然を感じる。
体が当該の時代の濃度に最適化されている以上、この現象は異変なしとは考えにくい。
『年代、測定……完了。そこは紀元前十三世紀のエジプトです』
行くべき時代より、千年ほど昔。
魔力濃度が高いわけだ。しかし……何故このようなことが。
『落ち着いて聞いてください、紫藤さん。この特異点は、三つの時代が同時期に重なって成立しています」
「三つの時代……?」
『はい。一つ、紫藤さんのいるエジプト。二つ、正しいマケドニア――凛さんとカレンは、そこにいます。そして三つ、カリオストロさんのいる、時代不明ながら樹立しているローマです』
マケドニア、エジプト、ローマ……三つの時代の、三つの国が同じ時代にあるという不可思議。
それが、この時代の特異点。
どうやら他のマスターたちは、それぞれの国に降りたらしい。
この三つの国のどこかに、聖杯はあると見て良いだろう。
「……わかった。サクラ、聖杯を探索する。マスター三人にも、その旨を」
『了解しました。そこから南へ三キロのところに、人の反応が多数あります。恐らく、オアシスを中心とした小規模な都市でしょう。ひとまずそこへの移動を推奨します』
「ありがとう。向かってみよう、メルト」
「ええ。何か手がかりがあれば良いのだけど」
ひどく歩きにくいが、ここで立ち止まっていても事態が好転する訳でもない。
戦闘に入るよりはマシだろう。
周囲にエネミーの影はない。人の生きる環境ではないものの、そうした意味では安全と言える。
「……メルト、大丈夫?」
「……正直、不快ね。これで戦えってのは、結構キツイわ」
足が奪われる砂漠と、敏捷性を武器とする戦い方では絶望的に相性が悪い。
この場所で戦闘するのは極力避けたいところだ。
どうしても逃れ得ない場合は、僕がメインとなるしかないか。
ムーンセルからの支給があるため、水分に困ることがないのは大きい。
歩きにくさに辟易しつつも暫く進むと、ひたすらに続く砂漠に異物を発見した。
幾つかの建造物。レンガ造りの小さな家屋が並んでいる。
「あれは……」
『先程言った都市です。サーヴァントの反応が二つありますが……』
……この時代で出会う、最初のサーヴァントか。
出会ってみるまで、敵か味方かはわからない。
もしも敵であった場合、二騎を相手にするのは非常に厄介だ。
どうするべきか……戦闘になったら、撤退することも難しいが……。
「向かいましょう、ハク。ここで止まっていても仕方ないわ。カレンたちとの合流も難しいし、今は手がかりを探しましょう」
それは、メルトがそのサーヴァント二人を相手にできるという自信の表れでもあった。
敵か味方か、その強さも判断できない以上、慎重に動くことは必須だ。
だが同時に、何かしらの手がかりを見つけないと解決には進まない。
他のマスターとの合流ともなれば、数日掛かるかもしれない。
あの都市にサーヴァントがいる以上、それは手がかりになりうる。
もし味方であれば、あの都市を拠点と出来る可能性もある。ひとまず向かってみるのが正解か。
――暫く歩き、建造物が鮮明になってきた。
確かに、規模はそこまで大きいということはない。
だがある程度の人口はあるようだ。情報が得られれば良いのだが。
一歩踏み入る。道は最低限に舗装されている。歩きにくさは随分と緩和された。
「……あの。旅のお方ですか?」
靴の隙間いっぱいに入った砂を落としていると、声を掛けられた。
ここに住む者だろうか。どこか儚さを感じる、十代半ばといった外見の少女だった。
「まあ……そんなところだ。君は、ここに住んでいるのか?」
「いいえ……正確には違います」
褐色の少女は、問いに首を横に振りながら答えた。
「私は少し事情があり、この場に滞在しているのです。この砂漠で安全なのは、ここくらいですので」
「ここくらい……? ここに来るまで、特に何もなかったけれど」
「運が良かったのでしょう。この砂漠の中は、外のどんな場所よりも危険です。恐ろしい番人が無数に徘徊しておりますので」
「番人?」
「スフィンクス。ご存知ですか?」
知らない筈がない。恐らくは、世界でも最高位の知名度を持つ神獣だ。
サーヴァント数人がかりで相手取るべき存在。
……出会わなかったのは幸運か。メルトと二人では手に余るかもしれない。
「ああ……知ってる。そんなモノが?」
「はい。ここはオジマンディアスの砂漠。どんなファラオよりも、従えている獅身獣は多いでしょう」
「オジマンディアス……ですって……?」
その名前に、思わず言葉を失っていた。
ムーンセルが記録している英霊には、大英雄の中でも強大な力を持った者が一握り、存在する。
総称をトップサーヴァント。一騎で混沌の戦場を支配し得るそれらは、月の聖杯戦争では原則召喚が出来ない。
ブリテンで出会ったアルトリアも英霊となればトップサーヴァントに該当するだろう。
そして、オジマンディアスもその一人だ。
紀元前十三世紀。そうか。この時代は彼の世界だ。
オジマンディアス――よく知られた真名を、ラムセス二世。
古代エジプトにおいて、彼以上の英雄など挙げられよう筈もない。
最大最強のファラオ。神王にして建築王、偉大なる太陽王。
多くの神殿の建築や、歴代全ての神殿は自身の為に在ると宣言した逸話など多くの伝説を持つ神話的英雄。
そして、人類史において最古の平和条約を結んだ王としても知られている。
「その事も、ご存知ないのですか?」
「……ああ。あまり、この世界の現状が分からなくて」
「……もしかして、未来より降りた、マスター……?」
――その事を、知っている?
怪訝な目を向けると、怯えたように少女が一歩後退る。
「ご、ごめんなさい……そうでしたら、少しだけ事情はお話しできますので……」
「え……?」
「サーヴァントについて、は……知っていますよね?」
ひとまず頷くと、怯えを未だ見せつつも少女は話し始める。
「……この時代は今、三つの時代が同時期に発生したことによって、非常に不安定になっています」
それは、サクラによって聞いたことだ。
しかしその事まで知っているとなると、一体この少女は……。
「エジプト領、ローマ領、マケドニア領。それぞれ、支配しているのは一人のサーヴァントです」
少女は順に指を立てつつ、その真名を口に出した。
「エジプト領には太陽王・オジマンディアス。ローマ領には神祖・ロムルス。そしてマケドニア領には、再臨せし征服王――イスカンダル」
「――――」
決して短くない時間、呆然としていたと思う。
オジマンディアスの名が出た時点で、それは想像して然るべきだったかもしれない。
それぞれの領域の頂点に在るのは、全てトップサーヴァントに該当する大英雄。
ローマ帝国の始祖となったロムルス。そして――
「……征服王が、サーヴァント?」
「はい。征服王は死後数日の後、蘇ったそうです。引き裂かれる筈だった王国はそれによって繋ぎ止められた代わりに、新たな危機に直面しました。強大な二つの軍勢が突如として出現、侵攻してきたのです」
それが――ローマとエジプト。
「二国は強大な英霊を複数有しており、侵攻は数日間止まることを知らず――しかし、征服王の徹底抗戦によって最小限に留められていました。それが功を奏し、マケドニア側にも英霊が召喚――今は三つ巴の拮抗状態となっています」
その侵攻の二国が、聖杯による影響なのだとしたら。
イスカンダル及びマケドニアの英霊たちは、ムーンセルが召喚したものだろうか。
マケドニアが本来とは違う瓦解によって崩れ去っても、歴史に大きな変化はないだろう。
だが、そこにまったく別の時代そのものが出現していれば。
その後の歴史に関わらず、この時代の意味そのものが失われる。
これが、この時代の特異点か。
「三国の中心点――王都バビロンは既に跡形もなく壊滅。時代の歪みによって境界は遥か神代の神秘までもが零れている始末です」
「……随分と、凄まじいことになってるな」
どこから解決したものか。
重要な手がかりを得たは良いものの、事態はあまりにも大事になっている。
恐らく、三国の何処かにブリテンと同じように、聖杯があるのだろうが……。
「サクラ、聖杯の反応は?」
『確認できません。魔力の使用が見られれば、場所を特定出来るのですが……』
ブリテンで最初から正体不明の反応――聖杯の位置が分かっていたのは、黒竜王が聖杯を使用していたからだ。
配下としたサーヴァントたちへのギフトや、千里眼から逃れる空間の作成。
あれによって、場所自体は特定が容易になっていた。
だが今回は、どうやら違うらしい。
聖杯の場所さえも分からない。その使用が見られないということは、悪意なき者が所有している可能性もあるが……。
「……」
最も早い解決を望むならば、やるべきことはオジマンディアスへの謁見だ。
このエジプト領で事態を誰よりも把握しているのは彼だろう。
だが、もし敵であった場合。
領域に入ってきた敵をむざむざ逃すことはしないと確信できる。
あまりに大きな博打だ。どうするべきか。
「それにしても貴方、随分とよく事を知っているわね」
「……はい。異邦よりのマスターが来たら、包み隠さずお話しろと」
どうやら、少女は何者かによってこのことを教えられたようだ。
もしかすると、三人の王の誰か――この領域にいることから、恐らくはオジマンディアス――によって遣わされた存在か。
「ともかく、ありがとう。君のおかげで助かった」
情報がこれだけ得られたのは大きい。
礼を言うと、少女は警戒を解いたように、柔らかく微笑んだ。
「いいえ」
少女の右手が、そっと僕の左手に触れる。
「私も、礼を言わないと」
手の甲の刻印、令呪に指が置かれる。
その複雑な文様をなぞる指に、くすぐったさと、妙な感覚を覚えた。
「ちょっと……」
静止を掛けるメルトを一瞥した少女。
瞬間。
「――――ッ!」
素早く動かされた少女の左手。金属音の直後、メルトが飛び退いた。
少女が、何かを投げた。そして尚もその行動は続けられている。それを判断したのが、限界だった。
「この……!? ハク!」
「え――――」
いつしか、左手は強く絡め捕られていた。
動きを封じられている。いや、それだけではない。
違和感に気付く。左手がピリピリと、痺れるような感覚に襲われている。
誰の仕業かなど一目瞭然。この状況で何か出来るのは、先程まで情報をくれていた少女ただ一人――――!
「――ありがとう。貴方は優しく、人を信じる、とても甘い、正義の人だった」
「っ……」
少女の顔が、気付けばすぐ目の前にあった。
暗い、昏い瞳は、まっすぐ此方に向けられている。
瞳が、引き寄せられるように近づいてくる。
唇が、何かに触れた。
ぬるりと温かいものが、口腔を流れていった。
脳一杯を、体一杯を侵していく、何かが入り込んでくる。
とても心地良い。とてもふわふわとしている。
――例えばそれは、地上に初めて降りたとき。
慣れていない空気を吸ったあの感覚。
良い感覚とも、悪い感覚とも言えた。
――例えばそれは、手違いでアルコールを摂取してしまったとき。
電脳体であっても酔いは存在することを知ったあの日。
とても嫌な酩酊で、その後のこともあって、二度と飲むまいと心に誓った。
――例えばそれは――メルトとの長く短い幸福の走馬灯。
思い返すだけでも、あまりにも得難い幸せの数々だった。
それらを一息に辿ってみれば、この甘たるい感覚になるのだろうか。
そう考えると、これはとても幸福な陶酔と言える。
「――――! ――――!」
メルトが叫んでいるのが分かる。
だが、口を動かしているのは理解できても、その言葉は耳に入ってこない。
『――――! ――――!』
サクラが叫んでいるのが分かる。
耳には入ってくる。だが、その理解を脳が拒む。
いや……正しく言えば、脳がその理解という機能を忘れたようだ。
膝が地面に付いた。
いつの間にか、左手を掴む少女の手はなかった。
どこに行ったのだろうと、僅か目を動かすだけで、その姿は見つかった。
「さようなら。ごめんなさい」
その少女の言葉だけは、はっきりと分かった。
それまでの姿と、見つけた姿は違うものだった気がする。
顔が見えない。
何故だろうか。
見ようとした顔が、白い髑髏のようなもので覆われていたような。
不吉な、と思った。
まるで死神のようではないか。だが、あの少女はそんな風には見られなかった。
熱が支配していく一瞬に酔い痴れたまま、体の自由がなくなる。
意識が微睡の奥深くへ落ちていく直前、ジャラリ、とまるで鎖のような音が聞こえた。
DEAD END。
という訳で始まりました二章。
早速ですが、大英雄アーラシュは退場となります。お疲れ様でした。
そしてハクが大変なことに。ローズの時と同じようなことになってますね。