Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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最近寒いですね。
皆様も、体調にはお気を付けください。


第二節『海底の記憶』

 

 

「――あら」

 ――夜のような、少女がいた。

「ここまで戻ってきましたか。どうやら峠は越えたようですね」

 それは視界のようで、しかし、そうでない気もする。

 目ではなく、思考そのものが視ている幻影と考えるのが、一番自然かもしれない。

 声もまた、耳ではなく内で聴こえているように感じる。

「大変でしたのよ? 私が冥府に通じているといっても、落ちた者は取り戻せない。寝起きの女をこれだけ急かすなんて、まだまだ扱いがなっていませんわ」

 少女の姿は、見ているだけで熱いものが込み上げてきた。

 感情までもが曖昧になっているようで、それが何なのかわからない。

 だが、一際強いものだけは分かった。

 それは、安堵だ。

 何故この少女に対してそれを抱くのか。

「にしても、また厄介なことに巻き込まれているようで。終わったことと眠りを決め込むつもりでしたのに……目覚めるしかないじゃありませんか」

 ――一体、君は。

 声が出ない。思うだけでは、当然彼女には伝わらないようだ。

 少女は僕を知っている。そして、僕も少女を知っている。

 全てが曖昧な中で、少女の存在に強いものを感じていることから、それは間違いない。

 だからこそ、明らかにしておきたい。

「……そろそろ体と繋がるようです。今のうちに、話せることは話しておきましょうか」

 上方を見上げながら、少女は言う。

 追うように見れば、何か、明るいものが近付いてきている。

 あれは――――目覚めか。

「私も、■■■も、あの夜に死にました。この身は、僅かに残った私に刻まれた意思のようなものです」

 ならば目覚める前に、思い出さなければ。

 この少女は誰だったか。言葉の端々にヒントはあるのに、それらを繋げられない。

 しかし、曖昧は目覚めに近づく度に、晴れていく。

 思い出せ。思い出せ。思い出せ。思い出せ。

 欠片が一つずつ、形を取り戻していく。

 欠片が一つずつ、元の場所に収まっていく。

「手を貸せないこともないのですが……いえ、極力それはしたくないですね。ともかく、私にそう期待はしないでください」

 目覚めは近い。

 曖昧だったものが、少しずつ鮮明になっていく。

「……あ」

 小さく、少女が声を零した。

 何かに驚いたように、此方を凝視している。

「……もう。泣かないでください。未練が出来てしまいます」

 その手が、頬に触れた。

 機械のようにひんやりと冷たく、しかし、どこか温かい手だった。

「……不遜にも入り込もうとした半夢魔を追い払った際、そちらへのパスは繋げました。今後のお話は、そちらで」

 呆れたように、少女は苦笑しながら溜息をつく。

「ああ、すぐは駄目ですよ。女の仕度には時間が掛かるのですから」

 欠片が埋まる。

 少女の名を思い出す。

 そして、理解する。

 彼女がまたも、助けてくれたのだと。

 待って。礼を言いたい。離れていく、遠くなっていく彼女に手を伸ばす。

「では。私の力は適当に使ってください。ご健闘を祈っていますよ――――センパイ」

 届かない。その、少女の名は――――

 

 

「――――ハクッ! 気付いた!?」

「……ぁ」

 ――遠い夢を、見ていたようだ。

 一秒ごとに体に熱が戻っていくのが分かる。

 目を開く。すぐ傍に、メルトの顔があった。

『ば、バイタル……正常値に戻っていきます……! 良かった……!』

「一体、何が……」

 体の怠さはない。

 すぐにでも起き上がることは出来る。

 どうして目覚めることが出来たかはわかる。

 だが、そもそも何が起きたのかが、理解できなかった。

 覚えていることは、少女が目の前にいたこと。だが、あの少女は……。

「毒だよ。君は静謐にやられたのだ」

 焦りと安堵の表情を見せるメルトとは、別の声が聞こえた。

 そもそも、ここは何処か。見たところ、室内だが……。

 声の方向には、メルトとは違う人物がいた。

 白いフードを目深に被り、下半分だけを覗かせる男。

 蓄えられた黒い髭。ローブは古ぼけていながら、その下に着込んだ衣服の装飾は鮮やかで小奇麗だった。

 まるで魔術師のような風貌ながら、露出した腕は引き締まっている。

 生きた人間ではない。その魔力はサーヴァントのものだ。

「……貴方は?」

「我が名はミトリダテス。父たる神性(エウパトル・ディオニュシウス)とも呼ばれていた。サーヴァント・キャスターだ」

 男は、しわがれた声で名乗った。

 ミトリダテス――ミトリダテス六世。

 今は亡きポントス王国――この時代より五十年ほど後に発生する王国――を治めた王だ。

 ローマをはじめとした蛮族から国を守るべく戦いに明け暮れた賢王。

 生涯に渡りローマに抵抗し、かの帝国の華々しい栄光における、最後の障害となったとされている。

「貴方が、助けてくれたのか?」

「いや、私は手遅れの薬を与えただけだ。目覚めたのは真実、君の自力だよ」

 ……違う。僕ではない。

 目覚めることが出来たのは、第三者の助けがあってこそ、だ。

「それで、アレはなんだったの? 貴方、知っているようだけど」

「静謐――そう呼ばれる悪魔だ。遥か後の世に暗殺者を率いし山の翁。ハサン・サッバーハと言ったか」

 ……気配はなかった。だが、あの少女もまた、サーヴァントだったのか。

 ハサン・サッバーハと言えば、暗殺者(アサシン)の語源となった人物たちの総称だ。

 その名前から、アサシンクラスと最も親睦性の高い英霊と言えるだろう。

 暗殺教団を率いた歴代十九人の山の翁。彼らはその身に改造を施し、それぞれ独自の暗殺術を身に着けていたとされる。

 あの少女においては、変装と毒。気配さえ隠した無垢なる少女は、殺しを完遂するための無力の殻だったのか。

「アレの身は全てが毒。空気に散った汗でさえ人を殺せる毒の娘だ。まして唾液など、何故生き延びられたか不思議なくらいだな」

 少しだが、状況は掴めた。

 あの瞬間、受けたのは死の接吻。

 それを最期に命を奪われて然るべきという、死神の招きだったのか。

「……」

「……えっと」

「……私の油断もあるし、不問にするわ」

「あ……うん。ごめん」

 思い出したように、たちまち不機嫌になったメルトだが、責は此方にある。

 直前に抵抗が出来なかったのは僕だ。

 メルトはあの少女(ハサン)の攻撃に対応していた。片手間に殺しを受けた僕が悪い。

「ふふ……その少女の助けを呼ぶ声が聞こえてな。これはいかんと運び込んだのだが……ううむ。我が薬も、改良が必要かなあ」

『いえ。メンタルチェックをしましたが、残っていた毒が消えたのはミトリダテス王の薬の効果です。これがなければ、覚醒とはいかなかったでしょう』

「……そうなのか。ありがとう、助かった」

「いや何。単騎では殆ど無力な私だ。手助けになったならば、嬉しいことだよ」

 体にはもう異常は見られない。

 いずれ、礼を言わなければ。彼女が言うには、もう少し先になれば再会が叶うようだが。

 体を起こす。その時、室内に四人目の人物が入ってきた。

「ミトリダテス。戻ったよ。残念ながら、静謐は逃してしまったが」

「そうか。アレは出来れば、仕留めておきたいのだがな……」

「ああ……おや。気付いたかい」

 言葉から感じ取れる穏やかな性質とは真逆を行く、棘で装飾された攻撃的な黒鎧に身を包んだ男だ。

 まだ年若い青年だ。槍を持って尚、脅威には思えない優しさが見え隠れしている。

 ランサーのサーヴァントとは分かるが、およそ英霊とは思えない覇気の無さだった。

「静謐の毒を受けて生きているなんてまた稀有な人間だ。対魔力を備えたサーヴァントでさえ、二回も受ければ死んでしまうというのに」

 床に腰を下ろし、壁に槍を立てかけながら男は感心したように言う。

 どうやら、彼らはその、静謐と呼ばれるハサンに苦労をしているようだ。

「随分と厄介なようね。前から襲われていたのかしら?」

「そう聞いている。既に三人ばかり、英霊がやられた、ともね。幸い僕たちは襲撃を受けていないが……やはり何処にも所属していない野良だと情報がどうにも受け取りづらい」

「野良……?」

「ああ。僕たちは気付けばこの土地に召喚されていてね。何故だかこの戦場はそうした英霊が多い。今はもう、大抵は三領の何処かに誘われ、所属しているが」

「だが我々は、どうもこの戦に意義を見出せなくてな。私たちは戦に参じるのではなく、戦を止めるために降りた――そんな気がするのだ」

 それは――もしかして、この二人は。

 何処にも所属していない、戦いを止めたいサーヴァント。

 であれば、ムーンセルによって召喚された可能性は高い。

「さて。君らもその風体を見るに、三国いずれの生者でもないようだが……君らは、どうするんだい?」

「僕たちは、この時代を正しいものに修復するために来た。そのためにも、この時代のどこかにある聖杯を探しているんだ」

「聖、杯……いよいよもって、きな臭くなってきたな。どうせ三国のどこかが持っているんだろうけど……ミトリダテス、どう思う?」

「いざ使われてしまっては取返しがつかなくなろうが手掛かりがない……であれば、最速の道は……」

 眉間に皺を寄せながら、ミトリダテスは己の考えを口にする。

 それは無茶の過ぎる提案であったが、初めから、それは選択肢としていたことだ。

 事が一刻を争うならば――やらねばなるまい。

 

 

 二人のサーヴァントが住んでいた町。

 そこで一晩を過ごし、翌日の朝から夕暮れまで歩き、目的地に辿り着いた。

 光輝たる黄金。暮れを暮れだと思わせない、太陽の顕現。

 ――『光輝の大複合神殿(ラムセウム・テンティリス)』。

 オジマンディアスが持つ至高の固有結界にして、彼の居城。

 そして、このエジプト領の中心たる場所だった。

『……内部には複数のサーヴァント反応があります。危険だと思いますが……』

「それでも、手掛かりが何もない。少しでも有力な手掛かりを得るためだ」

 この領域を統べるファラオ・オジマンディアスとの謁見は、あまりにも容易に叶った。

 神殿の門衛は、僕たちが辿り着くや否や道を開き、中へと通してくれたのだ。

 特に何を問われることもなく、異常としか言えない待遇で、僕たちはあっさりと玉座の間への入室を許された。

 黄金の間は、まるでそこが太陽の中であるような錯覚を覚えるほどに明るい。

 そして、その大部屋で圧倒的な存在感を醸し出す存在は、高くに設置された玉座より此方を睥睨していた。

 褐色の肌に黄金の装飾と白の外套。

 爛々と輝く、燃えるような瞳は、その視線だけで人を射殺さんばかりの威力を持っている。

 退屈そうに頬杖をつく、強大なるサーヴァント。

 彼がオジマンディアス。史上最大のファラオも名高い、太陽王か。

「……」

 決して、此方に威圧を向けている訳ではない。

 ただそう在るだけで、太陽王の視線というのは強力なものなのだ。

 だが、萎縮することは出来ない。

 弱みを見せることは、王への侮辱にあたる行為だろう。

「……」

 沈黙が続く。

 思わず息を呑んでいたことに気付く。

 黒竜王とはまた違う圧。だが、彼女と出会っていたからこそ、その圧に慣れることが出来ている。

 そう考えて、余裕が生まれた。

 オジマンディアスしか映っていなかった視界に自由が戻り、ふと、その玉座の傍にいた人物が目に入る。

 どうやらその人物も、此方を一切見ていなかったようで――その瞬間、互いを認識した。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 僕、メルト、オジマンディアス、そして四人目の人物。

 その時、それぞれが違う感情で沈黙していたに違いない。

 そして。

 うち三人の表情がコンマ一秒ごとに変化していき。

 四人目の人物によって、静寂が破られた。

「――――みっこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!?」

「君は――!」

 その特徴的な叫び声を間違えるものか。

 服の彩色こそ違えど全体的なイメージはまったく変わっていない。

「な、な、な、な、な、なななななななにゆえこんな所に! おのれオリジナルまた図りましたね――!」

 ……オリジナル?

「……騒がしいぞ我が妹。普段貞淑を徹底して繕う貴様がここまで取り乱すとは。よもや知己か?」

「い、いいいえ別に? ってか妹じゃないです……ええ――はい、知り合いですとも。ちょっとした因縁があるのです」

「……ああ、もう。悪夢じゃなくて現実みたいね……で、貴女何色のどれなのよ」

「ヒトを量産の色違いキーホルダーみたいに言うのやめてもらえます!? 今は見ての通り(オルタ)なんです!」

 王の威圧はその人物の絶叫によって、完全に消え去った。

 呆れかえったメルトに“反転状態(オルタ)”と名乗った彼女は、多分、よく知ったサーヴァントだ。

「こほん。致し方なし。では、趣向も変えたことですし、名乗るとしましょう」

 大げさに咳払いし、女性は立ち居振る舞いを清楚なものへと戻した。

「九つに分かたれた神性一尾。同胞にして怨敵の猫に「世界の危機へと己を飛ばせばメインヒロインまっしぐら」と助言を受けて一念発起。居並ぶ世界を幾星霜――」

「貴様は口上が長い。短く三行で纏めよ」

「キャットに騙され、かつ色々間違えてここに来ました。

 タマモナインが一尾、他の尾っぽのイメージダウンを狙う魔性の傾国狐(アサシネイト・フォックス)

 人呼んで呪殺悪女(フォックスマギカ)タマモ☆オルタです!」

 キャピッ、とポーズを決めて、微妙に纏めきれていない三行でサーヴァントは名乗った。

 オルタ……うん、まあ、意地でもそう名乗るとあらば、多分そうなのだろう。

 少なからず交流のある、キャスターのサーヴァント。

 そこから分かれた色々とカオスな八人のうち、一人……が更に変化したもの。

 着物を黒へと衣替え。髪を黒によく映える白へ。扇は黒地に紅の灼熱模様。

 相も変わらず狐耳、狐の尾を持った、自称悪女であった。

「……なんで白けるんです? 極悪感、出てますでしょう?」

「……いや。今の流れでこうならない方がおかしいと思う」

「な……なんと……せっかく清姫ちゃん秘蔵のイメチェン術を教えてもらったのに……っ!」

 頭が痛くなってきた。

 僕たちがよく知るオリジナルは頭痛の種となるような者ではないのだが、分かたれた尻尾――言わば彼女のアルターエゴは別だ。

 平行する時空から何度か襲撃されたことがあったが、どれもこれもが思い出したくないほどに厄介な出来事だった。

「――ふはははは! なんだ、貴様らは道化か! それとも音に聞く漫才師という奴か! 我が妹の笑いの素質をこうもあっさりと引き出すとは! 良いぞ、気に入った!」

 その微妙な空気を更に変化させたのは、オジマンディアスの大笑だった。

 手打ちしながら哄笑する神王に、唖然とした表情を向ける。

「……あー、ファラオさん? 私は道化じゃありませんし、何度も言いますが妹じゃありません。ちょっと自重してくださいません?」

「はは、そう照れるな! 余と同じ太陽の威光を持つ者、タマモ・オルタよ、貴様は我が妹に他ならぬ!」

「その謎太陽判定は今更どうこう言うつもりはありませんけど? もう少し神様に対する敬意とかその辺り、見せてくれませんと。芝居に付き合ってる訳じゃないんですから」

「それこそ、余が頭を垂れるなどあり得まい。余は全能の神にさえ平伏させた神王なれば!」

 二人の言い合いは、妙に手馴れているようだった。

 タマモ・オルタの言い分は本気のようだが、オジマンディアスはまるで意に介していない。

 神を畏れず、地上にあって全能を振るったファラオらしい物言いだが、ひどく迷惑しているように見える。

「――さて。歓待が遅れたな」

 未だ笑みを浮かべながらも、再びその燃えるような双眸が此方に向けられる。

 先程のような威圧感は感じられない。偶然ながら、タマモ・オルタの存在によって、場の空気は随分と良くなったと言える。

「よくぞ来た、未来より来た旅の者よ。慣れぬ砂漠は辛かったろう。我ら砂の民は旅の労苦を無下にはせん。我が名はオジマンディアス。太陽王たる余が、その旅路を労おう」

 その労いの言葉を、どう受け取ったものか。

 正直なところ、タマモ・オルタの一件が衝撃的過ぎて、空気の変化に対応出来ていない。

 ともあれ、これがファラオ・オジマンディアスとの出会い。

 そして特異点を統べる三王との中らいの始まりでもあった。




サーヴァント・ミトリダテス六世、真名不明のランサー、オジマンディアス、そしてタマモ☆オルタです。よろしくお願いします。
タマモオルタは自棄と勢いにちょっとの狂気を混ぜた、色々あった時の産物です。後から見て面白かったので流用しました。

最初に関しては、まだノーコメント。
ただ、恐らくはあの人物が助けてくれたのでしょう。
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