Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
バビロンの戦場に向かったその日が終わる。
際限なく増え続ける魔獣も、どうやらスタミナという概念は存在するらしい。
補給もせず動ける訳ではなく、眠らなければ衰弱するのは人間と同じだ。
必然的に、夜は互いが休み戦闘が収まる。
よって、僕たちは一時退却し、神殿へと戻っていた。
クー・フーリンやラーマ、そしてまだ見ぬローマの指揮官は戦地に残っているようだ。
王の間の玉座には相変わらずオジマンディアスが座しており、隣にタマモ・オルタが控えている。
「――なるほど。最低限の功は上げてきたようだな。だが、その影とやらを仕留めたのは征服王めであった、と」
「ああ。そもそも、あの戦い自体がラーマとの共闘だ。僕たちの功績なんて、大したものはないよ」
「そうか。期待外れだったな」
嘆息するオジマンディアス。
確かに、今回は特筆するような功を上げてはいない。
あのレベルの魔獣であれば、サーヴァントなら問題なく倒せるだろう。
それに、影の英霊に関して情報が得られた訳でもない。
この時代の初陣は、認められるようなものではなかったと言える。
「さて……影、か。サクラ! 調べは済んでいるか!」
『は、はい! ……私、オジマンディアスさんの家来じゃないんですけど……』
当然のようにサクラを使うオジマンディアス。
しかし、あの影については僕も気になる。
既にサクラは調べているらしく、説明を始めた。
『ムーンセルに記録がありました。シャドウサーヴァント――文字通り、英霊の影。基本的には召喚の不備によって霊基が英霊に及ばなかった存在です』
――シャドウサーヴァント。
ムーンセルの記録にあるということは、過去に事例があるということだろう。
英霊の召喚は高度な奇跡によるものだ。
一歩間違えば不備が生まれ、完全な召喚とはいかなくなるのだろう。
その結果が、あの影か。
英霊としての形を保ちつつも力を失ったサーヴァントのなり損ない、と。
スキル効果も宝具も万全には使えず、ステータスさえオリジナルと同等とはいかないそれは、サーヴァントというよりもエネミーに近いらしい。
『どのみち、大抵のそれは意識が存在しないようです。魔獣より厄介なので、優先して撃破するようにしてください』
「英霊とはいえそこまで堕ちるか。よい、シャドウサーヴァントとやらの情報を得られたのは収穫だな。ご苦労だった」
オジマンディアスの労いの言葉は素っ気ないものだった。
あの戦場に何か特異点の手がかりがあるとしたら、まだ何度か赴くことになる。
まったく使えない、と判断されなかっただけ良いだろう。
早期に三つの国の一つに拠点を持つことが出来たのは幸運といえる。この運を捨てるのは愚かだ。
「しかし……ラーマときたか」
絶対的な印象を抱かせるオジマンディアスの瞳が、僅かに曇る。
どうしたのだろうか。何やら考え込んでいる太陽王に疑問の目を向ける。
すると、更に表情を変えた。この上なく、鬱陶しそうに。
「……我が妹、人払いだ。余は暫し考えたいことがある」
「妹ではありません。まあ……了解しました。カルナさん、貴方もゆっくり休んでください」
「ああ」
「……それでお二人。少しお時間いただけます? 付き合ってもらえません?」
言葉少なに立ち去るカルナを見届けてから、タマモ・オルタは玉座のある高みから降りてきながら聞いてきた。
「構わないけど……何か用が?」
「ええ。大したことではないんですけどね」
今日はもう休むだけだった。
即座に休息が必要という訳でもない。彼女が用事があるというならば、付き合っても構わない。
「ちょっと、ハクに何を……」
「はいはい、取って喰ったりしませんよ。ちょっと見せたいモノがあるのです」
「――妹よ」
「もうこの方々は無関係ではないでしょう。事情も変わりました」
彼女の行動を制しようとしたのだろうか。
オジマンディアスの声色は低く、咎めるように強かった。
だが、それでタマモ・オルタは歩みを止めない。
何をしようとしているかはわからないものの、それはオジマンディアスにとって好ましいことではないらしい。
「それがきっかけになるならば、僥倖――いえ、奇跡でしょう。運命はそう廻ろうとしているのです」
「――――」
それ以上、オジマンディアスは何を言うこともなかった。
階段を降りきり、同じ高さに立ったタマモ・オルタの目の色は冷たい。
だが、それだけでもない。それは不満のような、諦観のような、仕方ないというようなものではあったが。
「――それと、私は貴方の妹ではありません。度の過ぎた戯言は奥さんに嫌われますよっと」
口にした、何度か聞いた文句とは違うことは明らかだった。
続けざまの軽口の咎を受ける前に、さっさとタマモ・オルタは部屋から出る。
オジマンディアスはやはり、何も言わない。視線を落とすその様子は、既に考えに耽り聞こえていないようだった。
タマモ・オルタに連れられ、僕たちは神殿の地下深部へと歩いていた。
幾らか階段を降りたり上ったりしているが、どこも同じような内装だ。
間違いなく、案内がいなければ迷っているだろう。
地上部分ならばともかく地下は迷宮だ。荒らす者を赦さず外へは決して出さないという、無慈悲なファラオの性質が見て取れる。
そこを迷うことなく歩くことが出来る辺り、タマモ・オルタはこの神殿内部を完全に把握しているのだろう。
役割としてオジマンディアスの副官を担う彼女は文句こそ言いつつも、それをこなしているのだ。
「……何処へ向かってるんだ?」
「もう少し下です。本当なら、誰に教えることもなく、あのまま置いておくつもりだったんですがねぇ……」
先を行くタマモ・オルタの表情は見えない。
だが、その声色からは苦々しさが含まれていた。
「そもそも、この神殿には歴代ファラオによる数多の祝福と呪詛が施されているのです」
この先にあるものの、その前提だろうか。
タマモ・オルタは複合神殿の説明を始めた。
「死の呪詛や宝具封印……基本的には侵入者への呪いなんですが、ファラオらへの加護もある訳です。代表的なものが、擬似的な不死能力ですね」
「不死……?」
「はい。ファラオが選んだ者を死から遠ざける祝福。事実上、この神殿内であれば、ファラオに与する者の敗北はなくなるのです」
それは、凄い能力だ。
一サーヴァントの宝具が持つ能力とは思えない。
やはりトップサーヴァントであるだけのことはある。
オジマンディアスだけならまだしも、彼の軍勢全てはこの神殿内において不敗なのだ。
「それで? 私たちにもその祝福とやらをくれるのかしら?」
「さて。それはあの気紛れファラオの気分次第です。今回は私の独断。祝福を掛ける権利は、私にはございません」
恐らくは、タマモ・オルタにもその祝福は掛かっているのだろう。
その祝福について話したということは、彼女の用事とは何か、それに関連したこと――。
「まあ、完全な配下でなければ完全な不死とはいきません。傷を幾度と受ければ競り負けますし、例えば、毒なんかでも徐々に衰弱していく」
要するに、より頑丈になるだけ――と。
不死に近しくはなるものの、死は遠くなるだけで消え去る訳ではない。
と、いうことは。
致死の攻撃を受ければ、或いは、より長く苦しんで、その先で死ぬという結末が待っているのではないか。
「……生かしているのは慈悲か、戯れか。どちらにせよ趣味は悪いです。ですが彼女が、もしかすると糸口になるかも……」
言葉の最後の方は小声になっており、聞こえなかった。
だが、その口ぶりからして、間違いなく。
「……まさか」
「ええ。そのまさか。この部屋です」
辿り着いた部屋の扉を、タマモ・オルタが開く。
零れ出る、外とは異なる性質の魔力。
『これは……回復効果ですか?』
「はい。無駄か無意味か。阻害になっていればいいんですけどね」
回復効果に満ちた、さほど大きくない空間。
寝台と小さな光源のランプだけがある簡素な部屋。
その寝台に一人、力なく伏している少女がいた。
あまりにも青ざめた顔色は、その衰弱具合を如実に語っている。
「……っ」
ゆっくりと開かれた赤い瞳の焦点が、此方を捉える。
赤い髪を左右で纏めた少女は、どこか、既視感があった。
――バビロンの戦場で出会った大英雄の少年と、似ている。
「……シータさん。具合は如何です?」
「は、い……今は少し、楽です。タマモさん……そのお二人は?」
「白斗さんにメルトさん。新入りです。サーヴァントにも劣らぬ力をお持ちのようですよ」
「そう、ですか。初めまして……私は、シータと申します」
シータ。その名を持つ女性の存在が語られるのは、ラーマの活躍を記したラーマーヤナだ。
そして彼の英雄譚において、シータの存在は決して欠いてはならないもの。
何せ、シータは他でもないラーマの妃なのだから。
「……一体、何があったんだ?」
「静謐のハサン――聞いたことあります? あれの毒を前にしては対魔力を有していても無駄なんですよ。末期で神殿の前まで辿り着いてそれっきり。ファラオの慈悲でどうにか延命しているのです」
……なるほど。
ハサン・サッバーハの毒の恐怖は、身をもって知っている。
サーヴァントをも殺す毒。それを受けたシータは、どうにか
神殿の加護を受けることで生き永らえているものの、擬似的な不死では静謐の毒を相殺することは叶わないらしい。
「ええ……どうにか。私は、まだ、死ねないのです……」
「生きているだけで無理をしている状況だというのに、頑張るものです。何をそこまで気張るやら……ってところだったんですけどね。ようやく理由が分かりました」
「え……?」
「それじゃ、私は部屋に戻ります。私は彼女のことを伝えたかっただけですので――ああ、お二人の部屋は廊下へ出て左に行けば繋がってますので」
やりたい事は済んだとばかりに、タマモ・オルタは欠伸を扇で隠しながら部屋を出ていった。
僕たちをシータと引き合わせること……それが彼女の目的だったようだが……。
「えっと……シータ。君は何故、そこまでして……?」
沈黙が痛くなり、問いを投げた。
生きたいというのは当然の欲求だが、あの毒は耐えようと思えば死を軽く凌駕する苦痛となろう。
それを耐えてなお、サーヴァントとして存在しようという信念があるのだろうか。
「……サーヴァント、だから。私は何の成果も出さぬまま、死ぬことは出来ません。この程度の痛みで、“ラーマ”は斃れないのです……っ」
「ラー、マ……?」
シータが妻として、ラーマを擁護するのは分かる。
だが、今の言い回しはどうも、それとは違うような……。
「私はシータではありますが……サーヴァントとして召喚される時は、ラーマとして。私とラーマ様は、座を共有している存在なのです」
「座を共有……そんなことがあり得るのかしら?」
「私とラーマ様は、特別なのでしょう。ご存知ですか……? 私たちに掛けられた、離別の呪いを……」
離別の呪い――ラーマの一時の不義が招いた伝説か。
シータを攫われたことにより、ラーマと魔王ラーヴァナの戦いは幕開ける。
戦いの最中、ラーマは味方の猿を助けるために、敵の猿バーリを背後から討ってしまう。
どんな理由があろうと、非道は非道だ。バーリの妻は、ラーマを呪った。
彼にとって最も絶望的な、呪詛の言の葉。
――――
ラーマは遂に魔王を打ち倒し、シータを救い出した。
しかし、救われたシータは不貞を働いているのではないか、と民に疑念を持たれていた。
その疑念を引き剥がすことが出来ず、やがてラーマも、彼女を疑ってしまった。
ラーマはシータを、追放した。するしかなかった。
幾ら悔いても、シータは戻ってこない。二人は永遠に引き離された――。
物語に語られる離別は知識として持っているが……。
「かの呪いにより、私たちは会えない。座を共有し、決して、同じくして召喚されることはありません。“ラーマ”が召喚されるとき、ラーマ様か
それは、サーヴァントであるからこその、永遠の別離であった。
同じサーヴァントが同じ場所に、同時に召喚されることはない。
ラーマとシータは座を共有しているがために、その制約を受けてしまうのだ。
「ラーマ様は最強の英雄です。その名を背負う以上、私は毒などで死ぬことは出来ません……」
自身が失態を晒すこと――それは、ラーマの名に泥を塗ることも同義。
シータはそれを決してしないために、あの毒に耐えているのだ。
だが――
「……」
「――」
メルトと、目が合う。
彼女が思っていることは分かっている。
決して起こりえない筈の奇跡が、起きている。
シータは、自身とラーマが同時に召喚されることはない、と言っていた。
だが、僕は今日、ラーマと共に戦った。そして今、シータと会って、話している。
それを話して――
――――話して、どうなる。
「……どうしました?」
「……いや。なんでもない」
ラーマのことを話せば、シータは毒も気にせず外へ飛び出すだろう。
そうしてすぐに限界を迎えるのが目に見えている。
であれば、告げない方が良い。この機会に、可能性があるならば――シータを動かすべきではない。
そもそも何故……タマモ・オルタは、僕たちとシータを引き合わせたのか。
「そう……その、ハクトさんに、メルトさんでしたか? 貴方たちの、お話を聞かせてくれます? 少しは、気が紛れますので……」
「僕らに話せることなら。そうだな……」
この後ももう少し、会話は続いたが、その理由が分かることはなかった。
続きまして、ラーマの奥さんたるシータちゃんの登場です。
どれだけあり得ない状況であろうとも、ラーマを出すならばシータを出さない訳にはいかない。そんな啓示を受けました。
……ところで静謐の毒にやられたってことはこのシータってつまり……
なんていうか、その、そういうのって良いですね。