Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
ノブノブ、ノッブ!
ノッブー!
ランサーにもメルトにも、目立ったダメージはない。
だがそれに対し、アルジュナもまた無傷。
静謐のハサンの命を賭した攻撃でさえ、アルジュナには届かなかった。
「さて、続きです」
処断した英霊の最期にさして気に掛けることもなく、次の矢を手に取るアルジュナ。
「……ハク」
「――大丈夫。倒す手段はある」
ハサンは、悪に染まりきるには優しすぎた。
――だからこそ、最後にあの選択をしたのだ。
しかし、あのアルジュナと和解することは出来ない。
此度のアルジュナは敵であり、悪。であれば、倒すしかない。
あの完全な英霊でさえ、弱点となるものは存在する。問題は、それを直撃させるという最大の難関だ。
「ええ――アレは効くでしょうけど……そうね。それを可能とするのが私たちの仕事ね」
メルトは言わずとも、分かってくれている。
僕が今することは、メルトやランサー、ミトリダテスの補助。
これ以上、被害を出す訳にはいかない。
「行くわよ――!」
アルジュナを相手に勝る要素は敏捷性。
速度こそ、メルトの武器。
再びランサーと動きを合わせ、アルジュナに迫る。
ランサーは際立ったステータスはなく、敏捷性はアルジュナと同等だ。
メルトが主体となって攻め、ランサーはそれを補助する。
そして、ミトリダテス。
彼はキャスターであり、クラス相応に近接戦闘には向かない。
キャスターとしての性能も、道具作成スキルによる霊薬が本領であるサーヴァントだ。
「ぬう――私の魔術の程度では、及ばぬか」
彼の使う魔術は補助に徹しており、味方の強化やアルジュナの弱化を主体に行っている。
役割のバランスは取れているが、それでも、アルジュナ相手では有効とは言えない。
回避に特化しているアルジュナには、速度は関係ない。
幾らメルトたちが速度を速め、アルジュナの速度を落としたとて、彼の思考速度に影響はない。
アルジュナの回避は千里眼の応用による思考速度から弾き出された最低限の動きによるもの。
絶対的な集中力。敵さえ視ない彼独自の視界からなる回避術は、速度を重視したメルトと圧倒的に相性が悪い。
「……いや。しかし」
「――ミトリダテス?」
「ハクト。君は何故、今一度この町へ?」
唐突な、ミトリダテスからの問い。
短時間ながら、此方の安全は確保された。だが、悠長に話している時間はない。
「……二人に協力を頼みに来たんだ」
簡潔に経緯を話す。
三国の共同戦線。そして、共通の敵である羅刹王ラーヴァナの存在。
そして、先程静謐から聞いた――この特異点の解決のため、回収すべき聖杯はあの魔王が持っているということ。
「――そうか。あのアルジュナとやらの後ろに、我らの敵がいる――と」
「ああ。だから――」
こんな所で全滅する訳にはいかない――!
「ッ、貴方、何か有効な対人宝具なり何なり、ないのかしら」
「あったら使っているさ……! だが生憎……この槍が当たらないと話にならないな!」
有効打はない。だが、メルトやランサーとてただ攻撃し、避けられることを繰り返している訳ではない。
アルジュナがひたすらに回避を続けるならば、回避の選択肢を狭めていく。
この短い時間とて、同じ敵と戦っていれば互いの攻撃の癖はある程度理解できる。
互いが互いの攻撃を理解し、隙間を埋めるコンビネーション。
攻撃において、自己中心的の極みを行くメルトがそれを行えるのは、ランサーに合わせる気があるからのこと。
英霊としては平均の域を超えないとしても、洗練されたその技術は時に大英雄にも届く――!
「――今――!」
二人による攻撃に完全に対応しているアルジュナの動きは、高速思考による集中の賜物だ。
確実な追撃を可能と出来るタイミングでの、たった一撃。
アルジュナの不意を打てるのは、それが最初で最後だ。
放った弾丸は、回避した先でアルジュナに直撃する。
「ッ!」
高速思考による回避であれば、思考の外からの攻撃に対しては再計算が必要だ。
そんなことを許す程、メルトもランサーも遅くはない。
であれば、どれを受けどれを躱すかアルジュナは選択する。
だが、弾丸が齎すのはダメージだけではない。
僅かに封じられた動き。一秒に満たない時間であろうとも、十分だ。
「隙を見せたわね――!」
「喰らえ!」
火を噴き上げる棘、鋭利なる黒槍。二つの刺突が、アルジュナを過たず穿つ。
「っ、おのれ……ぐっ、ぁ!」
素早い対応の魔力放出によって追撃から逃れたアルジュナは、距離を置き片膝を付く。
メルトの炎の棘はアルジュナの力を奪い、ランサーの槍もまた確実に傷をつけた。
だが……そこまでのダメージか。
霊核を貫いた訳でも、痛覚の集中点を穿った訳でもない。
だというのに、アルジュナの動きは目に見えて鈍った。
――考えている暇はない。これは好機だ。
「メルト!」
「ええ――!」
敏捷と筋力の強化。距離を置いたならば、その分速度を上げ追えばいい話。
逃れられない。二撃目の直撃により、アルジュナは棘の檻に捕らわれた。
「いくわよ――いくわよいくわよいくわよ!」
王子を誘う魔のオディール。
悪魔の幻惑が支配する王宮の舞踏会。王子を悲劇へと陥らせる、絶えぬ苦痛の連続。
一つ一つの力が劣るならば、重ね重ねることで大英雄の絶技をも凌駕する傷を生む。
衝撃を最大限に受け流し、ダメージを抑えていたアルジュナ。
そこに限界が訪れ、掠めたメルトの斬撃によって、遂に頬から血が滴り落ちる。
「くっ、貴様――」
「命乞いの時間は必要かしら? 気が済むまで聞いてあげるわ!」
一度有利になってさえしまえば、メルトのペースは崩れない。
攻撃のテンポを上げていくメルト。その動きは音を超え、目にも止まらぬ速度は更に拍車を掛けていく。
このまま何も出来ずに倒される。それならば、ただの敵だ。
相手は授かりの英雄。マハーバーラタにその名を武勇と共に残す大英雄だ。
――弓を握る手に力が籠る。
「あれは……」
「下がって、メルト!」
「ッ」
何かをする。近付いていては、メルトが真っ先に標的になる。
そんな予感を覚え、叫んでいた。
退避してくるメルト。一方のアルジュナは、その白き装束のところどころを赤く染めながらも、此方に弓を構えていた。
「万難排せ――
其は、インドの旧き真の戦士のみが修得することを許された、見敵必中の武器。
使用する英雄、召喚されたクラスによってその性質を千変万化させ、しかし確実に敵を穿つことは変わらない。
神の弓より放たれた無数の矢、それら全てが必中を約束されている。
僕、メルト、ランサー、ミトリダテス。全員が纏まっているが、協力しようとも全てを迎撃することは不可能だ。
周囲に出来る限りの盾を展開する。メルトの無敵の波は――間に合わない。
これでは――!
「――
厳かなる真名解放。
退避も間に合わず、蜂の巣になるのを待つことしか出来ない――そんな思考が過ぎた瞬間。
吹き抜けていった“圧”が前方に展開され、矢の一切を受け止めた。
「なっ……」
アルジュナでさえ、言葉を詰まらせ瞠目した。
勝利を信じて放った奥義。それを、止める者がいた。
「……ぬう。恐ろしきは神話の大英雄か。ただの一度でこの消耗とは」
フードが外れ、その奥の厳めしい顔を露わにしたミトリダテス。
だが、そこにいたのは今までの彼ではない。
ステータスが上昇し、纏う雰囲気は並大抵の英霊など歯牙にもかけない荘厳なもの。
――神性だ。
それまで所有していなかった神性スキルが彼に付加され、その力を引き上げている。
「……ミトリダテス、それは?」
「なに、私の切り札さ。薬を作るばかりのキャスターでは頼りにならんだろう」
小さな神性――生前彼が自称した神の名を、擬似的に己に降臨させる宝具。
ミトリダテスの逸話から来た強化宝具だろうが……何の対価も支払わずに神性を取得することは不可能だ。
内側から発される圧は、ただそれだけでミトリダテスの肉体を傷つけていく。
継続ダメージと引き換えの、戦闘能力の大幅上昇。
それが、彼の切り札――
「とは言え……長くは持たんがな。まあ良いわ。元より私が、ローマなどと共闘できる筈もない」
「え――?」
「ミトリダテス……?」
リスクの大きい宝具を解放した理由。
それは、まさか……
「玉砕するつもりはないよ。
「……私を倒すと?」
「然り。行くぞ、皆の者!」
先程の攻勢で、彼なりに勝機が見えたのだろう。
だからこそ、自傷覚悟で宝具を起動した。
今こそ、大英雄を討伐する可能性は見えた。
「……その驕り、後悔するがいい。我が神弓を以て、誇り共々打ち崩そう」
力の込められた一射。
火を伴うそれを、魔術で編み上げられた雷霆により迎撃する。
ディオニュシウス――ギリシャ神話の豊穣神だが、ゼウスの雷を受け継いで生まれた神性だ。
その力は雷に通じ、魔術にも精通するという。
自分の身をも焦がす神の雷。しかし、その分威力は凄まじい。受け継がれた雷霆はアルジュナの炎矢を吹き飛ばし、更にアルジュナを喰らうべく奔っていく。
「メルト、ランサー!」
「ええ!」
「了解だ!」
雷は連なる三矢を以て、ようやく相殺された。
だが、此方の戦力はミトリダテス一人ではない。
メルトが先陣を、そしてその後ろをランサーが追い、アルジュナに迫る。
「くっ……!」
得られた優勢を、決して無駄にしてはならない。
矢を番えるには時間が要る。次の矢が放たれるより先に、メルトはアルジュナを貫くだろう。
そして、回避もまた難しい。ミトリダテスという新たな要因が加わった以上、その計算にも少なからず時間が必要だろう。
「――いいでしょう。ならば!」
そんな勝利の確信を打ち破ったのは、その弓から齎される膨大な魔力放出だった。
自身の内までを焼き、だからこそ完全な護りと化す。
流石にこれではメルトもランサーも近付けない。
そして――
「ッ……ウイルスが焼けたわね。気付いていたのか無意識か……どの道、この戦いでの活性化は無理だったでしょうけど」
攻撃に混ぜて撃ち込まれていたメルトウイルスもまた、その炎によって無力化されていた。
自衛手段も持ち合わせたウイルスなれど、初期状態だと肉体を焼き払う炎には手も足も出ない。
炎を破り、空高く跳び上がるアルジュナ。マントラも伴った矢の雨を盾で、メルトの水膜で、ミトリダテスの雷撃で防ぎきる。
その防御を掻い潜る、一人ひとりの脳天を狙った狙撃。
素早く察知したメルトは、僕を引っ張るように退避し、二射を躱す。
ランサーもまた、自由であった黒槍を振るい、打ち払う。
ミトリダテスは――
「――――ウオォオオッッ!」
その腕で軌道をずらし、肩を貫かせることで致命傷を免れた。
一切その傷を気にしていない。更なる雷撃は、およそ史実に名を残した人間が齎すものとは思えないほどに、非現実的かつ苛烈であった。
「ふっ……!」
しかし、アルジュナも決して劣らない。
相応の力を籠めれば一矢のみで宝具にも匹敵する威力を発揮する爆熱の砲。
雷と炎、二つがぶつかり合い、大きな絶えず爆音が炸裂する。
ミトリダテスの傷は増え続ける。回復術式でさえ遅れ、傷の速度を鈍らせることしか出来ない。
彼は、死ぬつもりだ。
ローマ相手に戦い抜いたからこそ、彼らと共闘することなど未来永劫あり得ない。
それゆえの名目。大英雄と戦い、合流する前に果てた、と――
だが、それでも、死に別れなど抵抗がある。ここでこれ以上被害が出る前にアルジュナを打ち倒すことこそ、最善なのだ。
「オオオオオオオオォォォォォォォォ!」
その咆哮は、無意識な危機感の表れか。
アルジュナの射撃はそれまでの何よりも威力と灼熱を伴った、対軍規模の一撃だった。
「取って置きだ――!」
対してミトリダテスも、その両腕を焦がし切り裂きながら、膨大な雷撃を撃ち放つ。
互いに回避は不可能。だからこそ、その一撃に特大の魔力を込めた。
メルトも、ランサーも、当然僕も、アルジュナには近付けない。
――だが。出来ることは存在する。
絶対的に晒された、隙ならぬ隙。誰が突けると考えようか。
アルジュナはそれを確信しているからこそ、ミトリダテス最大の一手を誘発すべくその一矢を放ったのだろう。
僕は、それを突かせてもらう。今こそこの一撃をアルジュナに直撃させることが出来る、最大の好機だ――――!
「行くぞ!」
表出する絆。アルジュナとのそれは溶けて消えようとも、彼の生涯の宿敵は今も意思に根強く残っている。
この特異点に召喚された彼は忘れていよう。
だが、僕も、凛も、忘れていない。
今度こそ、負けることはない。これは如何なる敵をも打ち滅ぼす、究極の槍なれば――――!
「――――
手に握り込まれた規格外の重量を、アルジュナに向けて突き出す。
放たれる紫電の魔力は、神殺しにこそ特化した閃光。
ミトリダテスの雷を貫き、アルジュナの炎を貫き、逃げることの出来ない敵に真っ直ぐに向かっていく。
「――――――――!」
結果など見えない。その一撃、集中を解けば此方が吹き飛ばされ、その閃光に呑まれよう。
だが、当たった――そういう確信が、あった。
――――“最大縮小。承認破棄。標的自動設定。射出。”
視界の端に、何かが見えた。
取るに足らない、輝く球体。
だが、小さなそれに感じたのは、今までにない悍ましさだった。
その光が強くなると同時、目の前を通り抜ける、メルトの姿――
「ハク、退避よ――――!」
「ッ!」
負担を考えず、ただその場から逃げることを目的とした、メルトの跳躍。
大きく肺が圧迫される嫌な感覚を覚えた瞬間、光は満ちた。
「……ッ、……はあ、はあ……っ!」
――生きている。メルトはその肌を焦がし、肩で息をしながら周囲を警戒している。
ランサーもまた、決して軽くはない傷を負っている。
その鎧には罅が入り、やはり肌は焼けている。
辺りには、矢より後の炎はない。だが、実際、何かがあったのだろう。
――そうでなければ、ミトリダテスの姿がない理由がない。
彼は移動も出来ない身だった。あの状態で、視認出来ない距離にまで避難することは不可能だ。
『……ミトリダテスさん、霊基の消滅を確認しました。今のは……』
「我が宝具ですよ。速度を優先し範囲を捨てたとはいえ、一人だけとは……」
何より確定的な、サクラの報告。
そして、アルジュナは尚も死には至っていなかった。
「ッ――」
胴の中心に孔を開けながらも、霊核には支障なしとばかりに屹立するアルジュナ。
不完全とは言え、神殺しの槍であれば倒しきれる自信があった。
だが、及ばなかった。まだアルジュナには、弓を構える左手も矢を放つ右手も健在だ。
「……しかし。これで私の矢の迎撃手段の主は消えた。終わりです」
ダメージは大きいものの、戦う手段を残すアルジュナ。
――全滅か。
最大の好機でさえ、アルジュナは倒し得なかった。
残る力であの弓兵を倒すことは――まず、不可能だろう。
であれば撤退か。ランサーだけでも連れて、この場から逃げる――それもまた、難しい。
ミトリダテスの消滅によって空いた穴、それを埋める一手が、どうしても必要だ。
例えば――この場の危機を、協力関係にある何者かが察知する可能性。
『――! バビロン側より超高速で魔力反応が接近! これは――!』
「――――ッ!」
向けられていた矢は、的外れな方向へと放たれた。
空中で激突する二つ。
アルジュナはその方向を、驚愕と警戒を以て見つめている。
「……これだけ遠方からの射撃。神域の弓兵がいたか」
それは、矢。
精密性、射程、威力。どれを取っても、アルジュナに劣らない最高位の弓兵だ。
だが、それに該当する英霊が所属していることは知らない。
まだ出会っていない、どこかの国の切り札なのだろう。
「まだ此方を狙っているな……私の矢では、僅かに遅れる。今のは警告と見るべき、か……」
冷静な、しかし険しい視線。
それを僅かに緩めると、アルジュナは此方に向き直った。
「……この勝負、貴方たちに譲りましょう。忌々しい神槍を持って尚、私に致命傷を与えなかった貴方の未熟。しかしその模倣の実現を、私は評価します」
「え……?」
弓兵の存在を重く見たのか。
アルジュナはメルトたちに注意を巡らせつつも、弓を下ろした。
「傷を癒しなさい。私もまた、万全の状態で戦場に参じます。決して、和解などという道があると思わないことです」
そんな警告を最後に、アルジュナは姿を消した。
張り詰めた空気、アルジュナ特有の、厳格で重々しい雰囲気が周囲から消えていく。
……どうやら、この場はどうにか切り抜けたらしい。
「……休んでいる暇はないわ。バビロンに戻るわよ、追撃が来る前に」
「そうだね。ミトリダテスは……残念だった」
ランサーは槍を仕舞い、ミトリダテスを弔うように目を閉じる。
……悔やんではいられない。ランサーだけでも味方にすることが出来たのだ。
「ランサー、騎乗の心得はあるかしら? 外にスフィンクスを待機させているのだけど」
戦いに登用しなかったスフィンクスは、街の外にいる。
戦闘用ではなく、あくまでも移動用。いたずらに街に被害を与える訳にもいかないと思ったための選択だったが……結局、変わりはなかったか。
「いや、残念ながら。馬に乗ることはあっても神獣相手はね。先に向かってくれ。バビロンの場所は分かる。それに、少しこの街でやりたい事がある。すぐに追いつこう」
僕も神獣相手の騎乗など夢のまた夢なのだが……まあ、メルトの聖骸布も掴めて一人。
ランサーがそれでいいというならば、一先ず別行動か。
一端の別れを告げ、街を出る。
――この場所で、二人の英霊が散った。
そして得られた新たな仲間。これは、戦いの加速の発端だった。
アルジュナ戦は閉幕。そしてミトリダテスは退場となります。お疲れ様でした。
二人の犠牲を伴い、戦いは終わりました。
これでランサーが仲間に。未だ真名は不明です。