Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
――それが、ラーヴァナの切り札であると、わたしは直感で理解した。
空を舞う悪魔たちは、唸り声や叫びを上げながら、地上の兵士たちに襲い掛かる。
何か、弱点や対策のようなものはあるのだろうか。
お父さまとお母さまに聞こうとするも、その選択を実行できない。
きっと二人はラーヴァナと交戦中だ。
この時代を救うための大一番を、繰り広げている筈だ。
だから、今二人に迷惑を掛ける訳にはいかない。
わたしたちは、わたしたちであの脅威をどうにかしなければならないのだ。
『それでキャスター! アレの対策は?』
『……ふむ。まだ、だが……その前に』
リンのキャスターは通信越しで此方にも指示を出している。
そのおかげでどうにか生き延びられているが……やはり、戦力が足りない。
羿は凄まじい英霊だが、やはりこの数を相手に弓兵が一人というのは無理がある。
カリオストロのキャスターは戦闘能力がない。
そしてゲートキーパーは――何やら、見定めるような表情で空を仰ぐばかりだ。
今は羿に頼るしかない。それで生き延びるには、キャスターの指示が必要不可欠だ。
『――征服王! 固有結界を展開しろ! ダレイオス三世との戦いに集中するがいい!』
『ぬう!? だがあの魔性どもはどうする! 総勢でも然程持つまい!』
『いいから早く! 私に策がある、魔性は私がどうにかしよう!』
『……その言葉に偽りはないな? では任せるぞ、我が新たなる大軍師よ!』
イスカンダルとダレイオス三世の戦闘を映した映像から、二人の姿が――否、二人の軍勢の姿が消える。
後に残るのは、敵も味方も纏めて引き裂いていた悪魔のみ。
今のは、固有結界の発動によるもの……。
イスカンダルは魔術師でなくとも、それほど規格外の宝具を有していたのか。
『……で、策って?』
『……さて。どうするべきかな』
……まさかとは思っていたが、この軍師は理性より本能を優先したようだ。
これまでイスカンダルの軍勢によって、悪魔の群れは少なからず対処出来ていた。
彼らがいなくなった以上、悪魔たちは次の獲物を探し始める。
必然と、レオニダスが統率する軍と、わたしたちに――
『レオニダス王、私の宝具で補助をする。あの魔性の相手、頼めるかな?』
『無論! ただ飛べて爪が鋭くて時々ビームのようなものを出すだけの悪魔なぞ、私たちの敵にあらず! 今こそスパルタの至りし境地、お見せしましょう――!』
迫る悪魔を相手に、レオニダスは一切物怖じしない。
そして、それは兵士たちも変わらない。
その気迫は、映像越しでも熱いものを感じられる。
きっと、その熱気は間違いではないのだろう。
レオニダスが守ったのは熱き門。その再現ならば、当然のように熱量は顕現する。
『今一度、究極陣地をここに――
『
リンのキャスターとレオニダスが同時に宝具を解放する。
リンのキャスター――諸葛孔明の宝具、『
自軍の敗走が決まった時に予め仕掛けておいた陣形の再現。
侵入した者を死へと誘う防御陣地。
内部で彷徨う敵は時間経過と共に呪術的ダメージが蓄積されていく。
これは軍勢戦において、自軍に確実な有利を呼ぶ宝具。
そして加えて発動されたレオニダス『
レオニダス一世。十万を超えるペルシャ軍に対し、たった三百人で立ち向かった伝説――テルモピュライの戦いで名を残した英雄。
宝具の真名解放によって、戦場に一つの変化が生まれた。
炎に喚ばれるように現れた兵士たち。イスカンダルの兵とは違う、別の時代の戦装束。
『――よくぞ集った、我が友よ! 敵は人ならざる魔性なれど、恐れることはないっ! 我らの未来に今一度、偉業を打ち立てるのだ――!』
『オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――!!』
兵士たちは、レオニダスに呼応するように鬨を上げる。
かつてテルモピュライの戦いで、愛するものを守るべく敗北の確定した戦場に立った、レオニダスの
突然の援軍に唖然とするイスカンダルの兵を気にも留めず、彼らは襲い来る悪魔を真っ向から受け止めた。
凄まじい膂力がある訳でも、人を超えた力を操れる訳でもない。ただ、戦士であるというだけ。
それでも陣形の補助もあって、一方的な虐殺とはならない。
悪魔を殺し、或いは殺される。
自分が敗北しても、王が、そして他の誰かが倒してくれると信じて、散っていく。
イスカンダルの兵たちも、平静を取り戻し、援軍と共に新たな局面へと向かっていく。
「……勝てる、のでしょうか」
ほぼ無意識のうちに、そんな疑問が口から零れていた。
「不安なのかい、カレンは」
「はい。歴史上有数の軍とはいえ、人は人。それを超越した悪魔に勝てるとは思えません」
その味方として、戦いを見守っている者として、正しい意見ではないかもしれない。
それでも、わたしはそう思わずにはいられなかった。
数字の世界で生まれ、数字の世界で生きてきたからこそ、戦闘能力の差は数値として理解出来てしまう。
あの悪魔と人では、種族として差が存在する。
人は英霊に勝てない――それよりも如実な差なのだ。
「カリオストロ、貴方はどう思うのですか」
「僕? 僕はどうにかなると思うよ。人間の可能性ってのは、悪魔と相対したところで消え去るような弱いものじゃないさ」
確信を持った言葉だった。
まだ人としての生の、半分も生きていないだろう若さの彼が至るような結論とは思えない。
地上を、そして人を知らないわたしの私見でしかないのだが。
「目的のその先を信じる限り、人の可能性は無限だ。そうだろう、キャスター」
「……そういう意見ばかり合ってしまうのが遺憾だな。だがまあ、その通りだ。少女よ、覚えておくがいい。信じる限り人に不可能は刻まれぬ」
少女の姿で現界しているとは言え、キャスターは人の一生を終えた英霊だ。
生きた人間であるカリオストロが良い、そして英霊であるキャスターもまた言うならば、正しいのだろうか。
「そうさな。儂は人と多く触れあった訳ではないが、それでも分かる。人は時に神さえ凌駕する。人を知らぬ少女、これは知っていて無駄にならぬ事柄だぞ」
羿もまた、此方に襲い来る悪魔の眉間を射抜きつつ、そう言った。
最後に、ゲートキーパーに視線を向ける。
非協力的ではあるが、彼もまた英霊だ。その意見は、聞く価値がある。
「……間違いはないんじゃないかな。道理も弁えず不可能に挑み、それを成し遂げたのが後世に語られる星の開拓者だ。大抵はただの夢物語で終わるけどね。ただ、成功にしろ失敗にしろ、道理を弁えない人間は愚かでしかないさ」
視線を感じ取っただけらしい。此方に目を向けることもなく、魔性の空を眺めながら、ゲートキーパーは語った。
この場にいる誰もが、あの様を否定しない。
未だに理解は出来ないけれど……それは、人の基本則なのか。
「――そうね。とても愚か。だけど、だからこそ人は神と袂を分かち、舞台装置を必要としなくなったのよ」
その時、聞き覚えの無い、新たな声が聞こえてきた。
前触れもなく、その瞬間にこの世界に作られたように、すぐ傍で新たな気配を感知する。
「神の庇護の下にあれば、一生を約束される。神の支離滅裂な戯れに耐えられない。二つを秤にかけて、人は後者を取ったのね。それが人を、より歪んだ道へと堕としたの」
「――――」
――時が止まったかのようだった。
喧噪は静まり返り、他の何もかもが無くなったような感覚。
多分、わたしだけではない。他の誰もが、その存在に意識の全てを奪われていただろう。
だってそうでもなければ、ここまで世界が静かになった説明がつかない。
「こんにちは。初めまして、月の愛」
フリルのついた、水色のスカートの裾をつまんで、丁寧に礼をするその存在。
――汗が、頬を伝うのが分かる。
何てことのない、ただの少女の筈なのに――あまりにも、外れて見えた。
十歳前後だろう外見の幼さも、柔らかな白い髪も、海のように淡い青の瞳も、全てがこの世界のピースとしてはまっているとは思えない。
まるで何処か、別の世界で生まれたような違和感の塊。
そんな少女は、確かにわたしに笑いかけている。
「あら、どうしたの? そんなに怯えて。この姿、何か不自然だったかしら。それとも登場の仕方が……」
考え込む仕草は、外見相応に幼い。なのに、なのに――
怖い。初めての感覚だ。
怖い。恐い。悍ましい。目の前にいるだけなのに、薄ら寒さが全身を支配する。
分からない。こんな時にどうすればいいのか、分からない。
――助けて、お父さま、お母さま。
助けを求める言葉をぐっと堪え、どうにか彼女への言葉を絞り出す。
「――あ、なた、は――?」
「ああ、そうね。名乗ってなかったわ。ごめんなさい、カレン」
ビクリと、体が震える。
名乗っていないのは此方も同じ。なのに、何故この少女は、さも当然のようにわたしの名を口にしたのか。
その疑問すら晴れる前に、少女は考え込む。
「
ぶつぶつと呟きながら、次々と名前を口に出す。
やがて――
「――
「マナ、カ……?」
その名前で、初めて世界に収まったように、違和感の幾分かが消えた。
名前が少女を世界に在るものとして繋ぎ止めているような、そんな感覚がある。
それでも、異質さは消えないのだが、それでも言葉を出せるようにはなった。
「そ。いいわね、この名前。何だかとてもしっくりくるわ」
「……マナカ。貴方は、何なのですか?」
「何って、見ての通りよ。貴女には、私はどう見えているかしら」
目の前にいるのは、紛れもない少女の姿だ。
だけど、その違和感は、この姿が偽りであるのではないか、という憶測さえ浮かぶ程。
人というより獣のような――秩序を乱す存在であるような乖離性。
「分かりません……貴女が本当にその姿だというなら、あまりにもおかしい」
「そう……ちょっと傷つくわね。別の子に任せた方が良かったかしら。ちょうどあの子もいるみたいだし……」
傷つく、と言っておきながら、その表情にも振る舞いにも変化はない。
ただ、心無い者が意味の分からない台詞を読んでいるだけのような印象を持った。
「まあ意識の共有なんて出来ないのだけど。我慢してちょうだい。貴女の敵としてここに来た訳じゃないから」
「……なら、何をしに?」
「私に理由を求めるものじゃないわ。何となく来たくなった、気付いたらここにいた。私たちの存在理由なんてそんなものよ」
随分と、動物的だ。
その動機は余計に人とは乖離しているように思える。
「それでは、貴女はここで何をするのですか?」
「勿論。世界を救いに来たのよ。軍師まで私情で動く戦場なんて、このままだと破滅にまっしぐらだもの」
マナカはリンのキャスターの行動や、ここにいる者たちの言葉を否定しながら、戦場の方向を見やる。
「まあ、まだ可能性はあるけど。本当は、まだ私が出る幕じゃないわ。結末は遠いけど、貴女たちが死ぬのも望まれることじゃないだろうし。ええ、気紛れよ。カレン――貴女たちを助けてあげる」
「助け――?」
「月でしか生きていなかった貴女たちには、この戦いは荷が重すぎる。でも、だからこそ助けてあげる。人でも神でもないからこそ、私の意思で、ね」
何を言っているのかも分からない。
でも、ただ一つ。
マナカが評価したのは、わたしだけではない。
「……わたしはそうかもしれません。でも、お父さまとお母さまは――」
「未熟よ。あの二人だって月の外を知らないの。それに、本来コレに関わるべき人じゃない。座して見届けるべき事柄に首を突っ込んで、死に向かうようなものよ」
気味が悪かった。
不愉快だった。
お父さまとお母さまを、馬鹿にされている。
なのに、ソレが正しいことだと心の何かが理解してしまう。
そして、それを平然と告げるマナカが未だに笑みを絶やしていない事が。
「騎士王様がどうにかなったのは本当に奇跡ね。でも、これから先をどうにかするには運だけじゃダメ。成長するには、この時代の結末まででは足りない。だから猶予をあげる」
「猶、予……」
「成長なさい。出来れば全員、少なくとも、誰か一人でも。でなきゃ貴女たち、他の子たちに殺されるわよ」
何を返す前に、マナカは指を鳴らす。
特に、変わったことはない。その音が終わってしまえば、再び世界は静寂に支配される。
「はい、お終い。これでこの時代一つ解決出来なかったら期待外れもいいところよ? きっと生きて、また会いましょう、カレン」
「待――――」
次の瞬間には、世界は元の喧噪を取り戻していた。
「さて、とは言え此方にやってくる数も増える訳だけど、どうする?」
「余に問うな。この場で出来ることなぞないわ」
カリオストロとキャスターが空を眺め、羿が悪魔を射貫き続け、ゲートキーパーは何やら不愉快そうに考え込んでいる。
変化が起きたのは――ゲートキーパーか。
これまでに見せたことのない表情は、不安を抱かせる。
「……まったく、仕方ないなあ」
「――どうしたのですか?」
「既にアレが居座る世界は終わったのに、尚も狼藉を働こうとする羅刹が不快なだけさ。それに――盗人には然るべき罰を。あの程度でもボクの宝物に変わりはないからね」
――ゲートキーパーとわたしを繋ぐパスを通して、流れる魔力が増すのが分かった。
ただ居るだけならば、ここまでの量は必要ない。
それは正しく、宝具の予兆。
「向こうは……問題ないか。ならコッチの手駒共に教えてあげようか」
気紛れというには本気に過ぎる。
心変わりというには唐突に過ぎる。
もしかしたら、これが、マナカの言った手助けなのか。
そんなことは無いと思いつつも、その可能性を捨てられないわたしがいた。
「躾の時間だ――武器庫を開こう」
その死刑宣告が発端となり、この戦いは終点に向かい加速していった。
カレンが少しだけ成長した回でした。
そして、謎の新キャラクター、マナカの登場です。何者なんでしょう。