Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
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三章後半、あの人たちが登場です。
――そして、観測する。
この海に漂う、一つの船の英雄たちを。
その船が他と一線を画していることは、どんなに船に通じていない素人でもわかるだろう。
理性を失った幽霊船でさえ、この船にだけは近付くまい。
船首に立つ金髪の青年に、杖を持った少女が歩み寄る。
「失礼します、マスター」
「おお、どうしたんだい。愛しい君! 何か朗報でも?」
「はい。ヘクトール様から連絡がありました。女神エウリュアレを確保したそうです」
どうやら上機嫌らしい青年は、その報告を聞き更に高揚する。
「はは! そうか! そうかそうか! 一番の面倒がこれでクリアされた!」
「はい。あとは――」
「アレだろう? アレさえあれば、私は無敵になる! あの御方の言う通り、私が王となるのだ!」
その、興奮のあまり海に飛び込みさえするのではないかという程に歓喜を露わにする青年。
付き従う少女は、その青年の喜びが自分のものであるかのように、同じく笑う。
「ふっ、いい笑顔だよ。君の笑顔は太陽のようだ。いつでも私の胸を満たしてくれる。おや、少し疲れているようだけど?」
「いえ、大丈夫です。私はまだまだ、そのお気持ちだけで頑張れます!」
「そうかい。疲れたらいつでも言うんだよ? 少しくらい、ほんの少しくらいなら休憩を考えてあげるから」
少女を案じながらも、その視線は水平線の彼方へと向けられている。
頬を染める少女を気にすることなく、その目はただ、野望を映している。
それに少女は気付いていながらも、何も言わなかった。
彼の在り様を見ているだけで、その傍にいるだけで、少女は満たされているからだ。
「ところで、あの御方から更なる神託はあったのかい? というか、今は何をしているんだろうね?」
「いえ……今はあの御方の
「なんだ。まだそんな事をやっていたのか。神託を優先してほしいんだけどねえ、まったく!」
「世界の理に訴える大儀式ですから、必然時間も掛かりましょう。ですから――今は待ちましょう。あの瑕疵無き国こそ、マスターが統べるに相応しいのですから」
「その通りだとも! ああ、であれば私も耐えるとしよう! 私の国のためだ! 完全なる国には完全なる統治者が必要だ! いいさ、玉座につくためだ、少しくらい我慢も必要というものさ!」
目を輝かせる様子は、さながら子供のようだった。
長年の夢の成就を間近に控えた青年は、期待で張り裂けそうになる胸を押さえ、笑う。
「しかし、それだとアレの在り処がどうにも分からないな。君は?」
「残念ながら……ですが、最悪、アレがなくとも手段はあります。あの御方から借り受けたこれがあれば。私が、成ってしまえば――」
「ああ……それは、出来れば控えたいな」
決意するように、杖を握る手を強める少女。
青年は少女に目を向け、笑いかける。
「君が生贄になったところで、一つの美談にしかならない。英雄譚は民衆に夢を見せられても、政治は出来ないだろう?」
頷く少女の頭に手を置き、慰めるように、慈しむように、青年は囁く。
「君は、私の傍に在らねばならない」
「ッ」
その瞬間、少女の胸を満たしたものは何なのか。
少女でさえ、少しの間理解は出来なかった。
だが――確かに、温かいものが全てを包んでいく。
「私は王だが、王一人では限界もある。支える者がいて、強き槍がいて、政を代行する者がいなければならない。分かるかい? それが、君たちなんだ」
「――はい」
少女は、青年と共に在る。それは決定事項だった。
青年は否定せず、少女も否定しない。何より青年は少女を重用していたし、少女は青年を慕っていた。
「さあ、分かったら行こう。今は船長として、最善を尽くさなければ、ね」
「……それでこそ。ええ、ヘクトール様を迎えに行きましょう」
「ああ! 何やら邪魔者がいるようだが、なんの心配もない! 我々は最強だ! たかだか寄せ集めの烏合の衆に、我らアルゴナウタイが負けるものか!」
その、知識を有する者が聞けばたちまち畏怖に支配されるだろう名を誇示し、青年は得意げに大笑する。
信頼があった。自分たちが最強であると、誰より青年が信じていた。
ゆえにこそ、失敗などはじめから考えもしない。
『アルゴナウタイ』の船長たる青年は、成功を約束されているのだから。
「世界最高の船長がいて! 世界最優の魔女がいる! 世界最硬の戦士がいて! 何より世界最強の大英雄がいる! ――ああ、一人、どうしようもない女がいたがね。アルテミスなんぞに誓いを立てて私の誘いを拒むなんて」
――今頃はサメの餌にでもなっているか。
僅か、憎悪をその表情に浮かべたが、すぐに取るに足らないことだと頭を振る。
既に死んだ女のこと。自分が気にすることではないというように。
例え生きていてもどうでもいい。何せ、自分たちは最強なのだから。
「さあ諸君! 『
+
ティーチの船が消えた後、自由を取り戻した『黄金の鹿号』はすぐに航海を再開した。
「さあ、最大船速だ。監視役! あの船を見つけたら大声出しな!」
「あいさ!」
やる事は決まっている。
エウリュアレを攫っていったヘクトールの追跡だ。
「……とはいえ。やたら速かったな、あの船。出足で遅れた以上、追いつくのは難しいぞ」
『ある程度の距離ならこっちで追えるけど、離れ過ぎたらまずいよ』
メルトの雫が広がる方向とは真逆にヘクトールは逃げた。
カグヤの観測の範囲から逃れたら、追跡も困難になる。
ヴァイオレットの宝具によって強化された船でも、速度に限界はある。
「……えう、りゅあれ」
「大丈夫です、アステリオス。下姉……エウリュアレは必ず、助け出します」
「ぅ……やくそく、する、か?」
「はい。組み込まれた女神の、とはいえ、姉に相当する存在。助けない理由がありません」
ヴァイオレットは、冷静を保っていながら、普段では見せない気概を持っている。
誘拐されたエウリュアレの身を最も案じている者は、或いは彼女なのかもしれない。
この特異点で初めて出会ったとしても、存在そのものが訴えているのだろう。
――どうか、姉を助けてほしい、と。
「そういう訳です。補佐役としてあってはならないエゴですが――どうか、私たちに手を貸してほしい」
ドレイクに頭を下げ、ヴァイオレットは頼む。
あまりにも真摯な態度に気圧されるドレイクだが、やがて歯を見せて微笑んだ。
「当たり前さね。頼まれるまでもない。もうエウリュアレはアタシらの仲間だ。助けない理由を探す方が難しいじゃないか」
「おうよ。歌も上手いしな、あの女神様。俺たち海賊には勿体ないほどの癒しさ」
ドレイクとボンベの言葉に、船員たちは口々に同意する。
気風の良い彼女たちの答えに、ヴァイオレットは少し気が楽になったようだ。
「ところで、大丈夫? 貴方、サーヴァント相手に随分と頑張ったみたいだけど」
決まった方針に安堵していると、マリーが覗き込んできた。
「ああ、大丈夫だよ」
「そんな訳ないでしょ。案の定無茶するんだから……いい、暫く動くことは許さないわよ」
ティーチとの戦いで負った傷は、深いものこそ然程ないが、浅い傷は多かった。
確かに少し無茶はしたが……約束通り、死ぬことはなかった。
このくらいの傷は承知の上だった。少なくとも、またしても聖骸布で拘束され、自由な行動すら封じられメルトの絶対監視下におかれる謂れはない。
「……一応、診ておきましょう。幸い僕でも治せる傷です」
言いながら、行動を封じられた僕の傷に軽く触れるサンソン。
彼は、処刑人であると同時に医師だった。
何人もの処刑を執り行ってきたサンソンは、罪人が苦しむことを良しとせず、人道的な殺しを求め続けた。
その生涯積み上げてきた人体研究と、医学の枠は、当時の水準を大幅に上回っていたとされる。
「ハクトは暫く休みだね。んで、アイツはエウリュアレを攫ってどうするつもりだったのかね?」
「どうも、最初っからエウリュアレちゃんと聖杯が目的だった節があるな」
「ですが、エウリュアレは強力なサーヴァントではありません。戦力増強ではないでしょう」
オリオンとカレンの考察は、どちらも正しいものだろう。
ヘクトールがエウリュアレを攫った理由は、戦力以外の何かにある。
「そも、エウリュアレがサーヴァントとして召喚された特異性が理由という可能性は?」
「あ? どういう事だい?」
「本来、女神はサーヴァントとして召喚されることはないのです。私に組み込まれたメドゥーサのように、出自による例外はありますが」
「とは言っても、ふざけた仕組みでクリアできるくらい緩い制限ではあるのだけどね」
「ふーん。誰の事だろ」
「俺たちだよ。というかお前だよ。頼むから体返して」
恨めしそうに視線を向けるメルト。当の本人たる女神は、まるで自覚していない。
……というか、彼女の場合は何らかの例外で女神が召喚されるよりレアケースだと思うのだが。
通常のサーヴァントの霊基の主導権を乗っ取って召喚されるなど、聞いたこともない。
それほどアルテミスが通常の思考回路をしていない、という事なのだろうが。
……いや、これ以上彼女を悪く思うのはやめておこう。メルトへの風評被害にも繋がりかねない。
「まあ、理由はなんだっていいさ。アタシらは何がなんでもエウリュアレを助ける。そうだろ?」
「…………ぅ」
力強いドレイクの笑みに、アステリオスも口の端を小さく上げる。
――その時、やや冷たい風が吹く。
特に何とも思わなかったが、ドレイクをはじめ船員たちの表情が険しくなった。
「……チッ、こんな時に。皆、荷物を纏めな。嵐が来るよ!」
「嵐――」
ああ、ここは気紛れな海の上だ。
天気も良く変わるし、当然、突然の嵐だってあるのだろう。
船員たちは素早く動き、積み荷をロープで巻き付ける。
シンジやカレンたちも、ドレイクの指示を受けて動く。
そして、僕は――
「邪魔になるわね。あっちに退避しましょう、ハク」
「放してはくれないんですねー……」
手伝う事すらメルトに許可されず、船の端に引きずられていった。
「……っ」
「なるほど、これ、が、嵐、ですか」
器用にバランスを取るシンジと、具合の悪そうなカレンは対照的だった。
大荒れの海。航海者に牙を剥く波に揺られる船の上で、僕たちは雨風に曝されていた。
誰も船室に籠るという事はせず、船の動向を警戒している。
僕は相変わらず、聖骸布で拘束されていた。揺れに体が持っていかれることがなく、役立っているのがどうにも複雑である。
「……んー、距離がこのくらいと仮定して……カグヤ、嵐の規模は?」
『そんなに大きくないよ。一時間もせずに抜けられる』
「んじゃ、向こうにとっては追い風な可能性もあるか。だけどこっちの船はヴァイオレットが補強してくれてるから……」
ドレイクは指を顎にあてて、カグヤに情報を聞き出しながらぶつぶつと呟く。
そして何やら思いついたのか、やがて「良し!」と頷いた。
「お前たち、良い報せと悪い報せ、どっち聞きたい?」
「……悪い知らせから」
「ん。ヘクトールってヤツは多分この嵐の影響を大して受けない。ここで嵐を耐えてたら追いつけない距離にまで引き離されるよ!」
「…………じゃあ、良い報せってのは」
「ああ、喜べお前ら! 帆を全部張って全力疾走だ! 豪快に嵐を超えようじゃないか!」
「良い報せ、とは……」
――ああ、ドレイクとはこういう人間だった。
さも当たり前のようにそんな無謀を言い張り、そしてやってのける英雄なのだ。
「無茶ですよ姐御! 船が持ちませんや!」
「大丈夫だよ、ヴァイオレットが補強してくれている。この船に今や乗り越えられない嵐なんてないさね!」
「そこまで無敵では……いえ、エウリュアレを助け出すためです。補強に使う繊維を増やしましょう」
確かにサーヴァント戦にさえ耐えられる程にはなっているとはいえ、それに乗る者たちの体力は変わらないのだが……。
その、根本的な問題を考えることなく、ヴァイオレットは床に手を置く。
……いや、まさか、ヴァイオレット。
「お? つまり?」
「――倍の速度だろうと、耐えてみせましょう」
何故か得意げに、ヴァイオレットは断言した。
それは、この船に乗る大半にとっては顔の青くなる発言であり、たった一人にとってはこの上ない朗報だった。
「よっしゃあ、良く言ったヴァイオレット! それならすぐに追いつける! 速攻で嵐を抜けて! アイツの船に一発キツイの喰らわせてやるよ!」
速度をグングンと上げていく『黄金の鹿号』。
当然、揺れも尋常じゃなくなり、アマデウスやサンソンが人がしてはいけない表情になっている。
だが、その甲斐あって此方の大きな精神的ダメージと引き換えに、すぐに嵐を抜け、
「――――――――見えた!」
ヘクトールが乗り込んだ小型船を、遂に捉えた。
謎のアルゴナウタイ(隠す気なし)
イ何とかさんとメ何とかさんの登場です。
そしてちょっとだけ、まだ触れていなかったところにも触れていたり。