Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
自分は死んだのだろう、と自覚する。
確か、ヘラクレスに貫かれた。
あんな一撃を受けて、生きていられる筈もない。
簡単に受け入れられるほどに、文句の言いようのない一撃だったのだ。
「…………」
そう――目の前にいるのは、死そのものだろう。
深海に、ソレは立っていた。
黒い外套に身を包む、髑髏の面。
その姿を知っている。前の特異点で出会った山の翁。あらゆる生命に対する、死の象徴。
だが――彼女たちとは何かが違った。
規格の違う“死”。
逆らおうとも逃れられない運命を、ソレには感じた。
「……貴方は」
「――名乗る名は、今はない。鐘は未だ鳴らず、その運命は、消えてはいない」
声そのものを闇で覆っているように、言葉しか伝わってこない。
究極にまで個を消し去った死神は、その顔を隠しながらも此方を見据えていることだけは理解できる。
「ハサン・サッバーハ、じゃないのか?」
「そう思うのならば、そうなのだろう。されど、その命を奪うことはない」
おかしな話だ。
これほどまでに明白な死神ながら、この命を奪わないとは。
いや――当たり前か。
死神に首を断たれることもなく、既に僕は死んだのだから。
「死の運命は断った。かの夜に感謝するがいい」
「……死なない?」
「然り。ここで死することは許されない。救済の正体を見出せ。そうでなくば、その身は救いさえ与えられぬ」
それを告げて、溶けるように、死神は消えていく。
そうして、次に瞬きをしたとき――目の前に立っていたのは、夜の少女だった。
「……」
少女の表情は、見たことのないものだった。
多くの感情が綯交ぜになって、一体どれを前面に押し出せばいいのかも分からない。
少女はその表情のまま、震えるように歩み寄ってきて――
「ッ」
我慢ならないとばかりに、頬を叩いてきた。
痛みは然程でもない。だが、それには全ての感情が込められていた。
怒り。悲しみ。喜び。恐怖。その全てが、伝わってくる。
「……何故、あんな馬鹿な真似をしたのです」
「……メルトを守るためだ」
「それで貴方が死ぬ? 残されたメルトリリスはどうなるのです。自己満足の犠牲で、永遠に絶望させるつもりですか」
「……」
……自己満足。その通りだ。
だけど、それでもメルトを助けたかった。
庇ったことは恥ずべきことではないと、僕は確信している。
「……少しでも、残しておいて良かった。端的に言います。貴方は死にません」
「だけど、僕はヘラクレスの槍を受けて――」
「ええ。それが何ですか。あのくらいどうにか出来ない私だとでも?」
未だ不満は多々あれど、言っても変わらないと判断したのか苛立ちを隠さず、少女は告げてきた。
明らかな致命傷だった筈だ。体の損壊が大きすぎる。生きていられる筈がないというのに。
「ですが、これで――もう力は貸せないと思ってください。少々私の消耗も大きいので」
「……ごめん」
「謝って、それで変わる存在ではないことを私はよく知っていますよ」
ぴしゃりと断言された。
聞き入れないという訳ではないのだが……。
「いいですか。もう敵の前には出ないこと。メルトリリスは、貴方が思う程一人で何も出来ない存在ではありません」
――それは、分かっている。
メルトは強い。僕がいなくとも、十分に戦いをこなせる存在であると、理解している。
僕が前に出たがるのは、それでも彼女を守りたいという無駄な欲求から。
それを、少女は自重せよと言っているのだ。
「……女の子は、強くとも脆いものです。支える者がいなければなりません。貴方は、死んでは駄目なのです」
真摯な言葉だった。
いつも、メルトに支えられていた。
だが――メルトを支えろ、と。窘めるような少女の視線は、何処か強制力に溢れていた。
「――分かった。以後は、気を付ける。ありがとう」
「礼を言われる筋はありません。それでは――少し、休ませていただきますね。まだあの海は狂ったまま。後は貴方たちで、どうにかしてください」
もう関わることはないと、言外に告げて少女は目を閉じる。
何か礼がしたかった。だけど、今この少女に出来ることは口約束だけ。
それを少女も分かっているのだろう。だから、何かの欲求があろうと口にすることはない。
「――――応援していますよ、センパイ?」
最後に、そんな呼び名を聞いて、訪れること三度目の深海から離れていく。
「――――――――」
生きている実感は、しなかった。
腹に手を触れる。開いている筈の空洞は、どこにもない。
ベッドに寝かされていた。海に落とされたりしていなくて良かったと、的外れな安心感があった。
「ビックリだな。本当に起きたよ」
「――オリ、オン?」
枕元に座っていた熊のぬいぐるみ、オリオンは感心したように声を漏らした。
「あー、状況説明は必要か?」
「……頼む」
「よし。まず、お前はヘラクレスに腹をぶち抜かれた。メルトちゃんを庇ったわけだ」
覚えている。死ぬ覚悟だった。
ヘラクレスの高潔な意思のおかげで、メルトは殺されることはなかった。
それでよかったと、僕も安心していた。
「で、アルゴー船は一旦去った。それから一日。お前は死んだと思いきや、誰も見ていない間に腹の孔も塞がっていて、呼吸も取り戻した。うん、説明したけど俺も意味分かんねえや」
降参とばかりに手を挙げるオリオン。
空洞が塞がった理由は……確証はないが心当たりはある。
きっと、彼女が救ってくれたのだろう。
おそらくは残った少ない力を使い、生きるための要素を肩代わりしてくれたのだろう。
「まあ……なんだ。メルトちゃん怒るぜ? どれだけ泣いたか分かってる?」
「……いや」
「カレンちゃんがいなかったら今頃発狂してたんじゃないかってくらい。あ、俺がこのこと言ったの内緒ね。仲間割れで死にたかない」
「残念ながら、本人様が聞いたわよ」
「ゲェッ、メルトちゃん!?」
明らかにオーバーリアクションだ。そもそも、足音が聞こえていた。
部屋の前に立ったメルトは――――――――
「……」
「……何か、言う事はないかしら」
「…………ごめんなさい」
烈火の如く、業火の如く、怒っていた。
色々と謝る言葉はあったと思う。
だが、その全てはメルトの様子を見て消滅した。
『……? どしたの白斗。目覚めて早々変な精神デバフついてるみたいになってるけど』
相変わらずなカグヤ。なんというか、察してほしい。
「この際生き返った理屈なんてどうでもいいわ。ただ――一つだけ、言っておくわね」
「――ああ」
「次そんな、無暗に私を庇うような事をすれば、貴方が死ぬ前に私が死ぬわ」
「ッ――――」
どんな警告よりも、僕を縛るには有効だった。
前に出る意味を完全に封じる一手。
メルトは本気だった。言ったからには、実行するだろう。
庇う理由を根本から失わせる、なんと確実な言葉なのだろうか。
「貴方が何を思おうと、貴方が先に死ぬなんて選択肢はないと思いなさい、ハク」
「…………」
頷くしかなかった。
僕が死のうとしたならば、自分も死ぬ。
犠牲など許しはしない、と言われたならば、従うほかない。
「あー……」
「何よオリオン。何か言いたいことがあって?」
「んー、あー、うん。まあ。こりゃアルテミスの因子も多めに入ってるなって」
「次言ったら耳を裂くわ」
「あ、やっぱ控えめだわ。アイツだったらもう実行してるもん」
……オリオンなりに、空気を払拭してくれようとしたのだろうか。
彼は雑なように見えて、空気の読める性質だ。彼の気遣いに感謝しつつも、もう一度手を腹に当てる。
「…………」
当たり前のように、体の機能は動いている。
自分の体の事ながら、どうにも不気味に感じた。
服を着替え、外に出ると、驚愕を以て迎えられた。
生き返ったことがツボに入ったのか腹を抱えて笑ったドレイク以外は、手品か何かを見るような目。
もう動くなとばかりにメルトとカレンに挟まれ、シンジはその様子を呆れたように眺める。
「……お前ももう、メチャクチャなヤツだよな」
「……何やら宝具をお持ちで?」
未だ半信半疑らしいデオン。まあ……確かに宝具みたいなものかもしれない。
「何があったかは知りませんが……行動に支障がないなら今は良しとしますか」
「良いもんですか。あんな馬鹿な真似のために私を落としたのよ?」
「あぁ……ごめん、エウリュアレ」
「ごめんで済んだら神罰はいらなくてよ! まったく……アポロン様にでも罰を願おうかしら」
「待って。その冗談シャレにならない人がここにいるから」
「んー? アポロン兄は誰に言われなくても勝手に罰与えるよ?」
「何それ怖い」
オリオンの死因は、アルテミスとの恋に激怒した神アポロンが放ったサソリだったか。
強大な毒を持ったサソリに驚き、海まで逃げたオリオン。姿が判然としなくなった頃合いに、アポロンがアルテミスを唆し、彼女の手で射殺させたとされている。
サーヴァントとしての彼らにその際の確執はないようだが……その伝説を知っていればこそ、笑えない冗談だった。
「ともあれだ。なんか知らないけどハクトも生き返った。死者はなし! 幸運と見ようじゃないか」
笑いを堪えつつ、ドレイクは言う。
そうだ――幸運だった。偶々、死をどうにか出来る手段があった。彼女には感謝するほかない。
「だけどさ。どうする? あのヘラクレス、どうにかしないと聖杯を回収するのも難しい」
「ああ――どうにかして、打倒するしかない」
だが、難しい。恐らく、いや、間違いなくこの特異点で最大の難関だろう。
サーヴァントとして規格外が過ぎる。
人の武器を封じる宝具と、死しても蘇る宝具。
圧倒的な防御力と、数多の難関を乗り越えてきた英雄たちの中でも最高峰に位置する技術。
あのヘラクレスを突破しなければ、イアソンの手に渡った聖杯を回収するのは不可能と言ってもいい。
「まあ、結局は出たとこ勝負さね。どうせアイツらはエウリュアレを狙ってくるんだろ? 結局戦いは避けられないんだから」
「そんな簡単に……」
「ハッ、確かにあのデカブツはこの中の誰より強いかもしれない。だけど船長はアタシのが上だ。無能で間抜けなアイツより、アタシがいる分チャンスがある!」
「まぁ……船長としては少なくともアレより貴女のがマシね。イアソンは駄目だわ、色々と」
エウリュアレは溜息と共に、イアソンを酷評する。
確かに、彼の英雄としての能力はヘラクレスやヘクトール、メディア程ではないだろう。
あの中では、一番倒せる可能性が高い。尤も――彼を守るのは紛れもない大英雄たちなのだが。
「アイツも悪い奴じゃないんだけどな。人格が最低で駄目人間で、力を手に入れたからって調子ぶっこいてるってだけで」
「それは俗に最悪と言うのでは……」
「悪い奴じゃないってだけで、何もかもフォローできる訳じゃないのよ。そんな事言ったら、私たちギリシャの神性だって散々人間を弄んでいるけど悪じゃないわ」
――凄い説得力だ。
トロイア戦争もまた、神々の策略によって勃発した戦争だ。
人を庇護し、見守るのは神の役目だろう。
だが同時に、人々を操り、罰を与え、弄ぶのも神の役目、ということだ。
アルテミスは狩りと純潔を司り、狩人に加護を与える神性だが同時に病毒を操る恐ろしい側面も持っている。
一つの側面だけで人格を測れるものではないのだろう。
「あー。じゃあ訂正。アイツは良い奴じゃないんだ。何もかもが最低だが、権力だけは持ってる」
「あら、良いところが減ってない?」
「というか、無くなったじゃないか」
「つまり良いところなんてない訳だ。だったらアタシの勝ちさね」
イアソンの評価を聞いて自信を持ったようにドレイクは胸を張る。
ドレイクの能力の高さは分かっている。船長としては、イアソンと比べるべくもない。
「それに、ヘラクレスが難攻不落だろうと関係ない。不可能に挑めるのは人間だけだよ。できっこないことを夢見て生きなきゃ面白くないってもんだ」
不可能に挑むことの楽しさを、ドレイクは知っている。
そして――僕たちもまた、覚えのあることだった。
メルトと共に、白融を作った。カレンも交えて、地上へ赴くシステムを作った。
そうした不可能に、ドレイクは笑いながら挑むのだ。
「ったく。お気楽なこって――ぷぎゅ!?」
「ダーリンの頭になんか刺さった!」
ドレイクと共にならば、どんな難航も突破できる。そう確信できた時、オリオンが悲鳴を上げた。
頭に矢が刺さっている。敵襲――というには、威力が弱い気がする。
「だ、ダーリン! 今助けるね! ぐりぐり……」
「あだだだだだだ! 一気に引き抜け馬鹿!」
「あぅぅ、ごめんダーリン! 頼られるの嬉しくてつい……」
「泣かせるねぇ……健気な乙女心だよ……」
「こんなところで発露するもんじゃないと思うんだけどなあ!」
抜かれた矢には、何かが縛り付けられている。
紙――これは……
「矢文だな。アルテミス、解いてこれ」
「はーい。どれどれ……? ――あ」
矢から紙を外し、暫く読んでいたアルテミスは何処か嬉しそうに声を上げた。
「知り合いだったわ。相変わらず堅苦しいわね」
「知り合い? 誰だ?」
「うふふ。ダーリンに勝るとも劣らない狩人よ。ここまで硬いのはアレかしら。愛を知らない純潔少女だから」
――――もしかして、と、一人のサーヴァントの姿が思い浮かぶ。
メルトも、シンジも、同様らしい。
もしも彼女ならば、間違いなく強力なサーヴァントだ。
『矢はすぐ先の島から飛んできたみたいだねー』
「来てほしいって。どうする?」
「――行こう。力を借りれれば心強い」
イアソンたちと戦うにも、頼りになるだろう。
ほんの少しだが、光明が差した。彼女との再会が、解決に繋がれば良いのだが――。
復活。謎の髑髏(仮)さんも登場です。
死んでも復活できるとかさながら夜の少女道場ですね。
さて、そろそろ三章も終盤に傾く頃。
あの人もようやく登場します。