Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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多分更新遅れた理由は見てくだされば分かると思います。


第二夜『人為らざる狂気の宴』-2

 

 鬼のサーヴァント、茨木童子。そして、正体不明のサーヴァント、キャスター・ナル。

 恐らくこの場は、地獄たちの根城。

 紛れもなく、絶体絶命の状況だ。

「しかし……よく連れてこれましたね。近くにサーヴァントとかいませんでした?」

「いたぞ。だがこの人間、サーヴァントを離れ自ら近付いてきたわ。底抜けの間抜けよ」

 無害に見える少女に化けて誘い出す。

 それは以前、静謐のハサンに仕掛けられた手段と同じものだった。

 ――人を信じるなと言うように、この事件は僕の弱所を突いてくる。

「人間、一つ忠告してやろう。童だろうとこのような時に隙を見せるな。まあ――ここより生き延びねば忠告も無駄になろうがなぁ」

「……」

 茨木の言葉は正しい。

 だが、それでも――死に瀕した子供に手を伸ばすなというのは、不可能だ。

「認められぬという顔。心底からの人畜無害よ。このザマではどの道吾らに勝つことなど不可能だな」

 ――甘いという自覚はある。

 そして、それはメルトのみならず、月の皆に言われてきた。

 それを皆に支えられてきたことで、僕は生きている。

 だからこそ――傍にただの一人もいないという状況は、何より僕の危機感を煽るものだった。

「まあ、甘さと適性は関係がない。こやつで良いのか?」

「っ……」

 再び首を掴まれ、重さを感じていないかのように軽々と持ち上げられる。

 そのままナルに突き出される。

 彼の表情は変わらない。相変わらず、その内が読めない笑みを浮かべている。

「さて。使ってみない事には分かりませんね。試してみます?」

「不利益はあるまい。失敗してもこの時代からマスターが一人消えることとなる」

「……何を、するつもりだ?」

「クハ。吾らの目的、その成就よ」

 こうしている間にも、この時代を焼く炎は範囲を広げている。

 地獄たちの目的はそれではない、と……?

「案ずるな。すぐに貴様の同胞も、サーヴァントも等しく殺してくれるわ」

 何をしようとしているかは分からない。

 だが、何にしろこのままではどうしようもない死からは逃れられない。

 考えなければ。ここで出来ること――

「茨木。あまり脅かしたらあかんよ」

 ――その時、思考を蕩かすような透き通った声が聞こえた。

 とろりと耳から流れ込み、脳髄を溶かさんばかりの甘い声。

 それは茨木のものではなく、キャスター・ナルのものでもない。

 僕の聞いたことのない声は、背後からだった。

「クッ。少し興が乗ってな。だがこの人間、適性はあろう?」

「それでも。せっかくのお客様やさかい。それもただの人間とは違う、うちらに近いお人や」

 茨木の手が離される。

 どうせ逃げられるものではないと判断したからか。

 ともかく、声の主を確認すべく振り向くと、そこにはこの場三人目のサーヴァントがいた。

 僕の顔と同じくらいの位置に、逆さ向きの顔がある。

 然程背の高くない木の枝からぶら下がるそのサーヴァント。

 丈の長い紫の着物を地肌の上に羽織る、茨木と大差ない背丈の少女。

 同じく額には二本の角。

 綺麗に切りそろえられた短い黒髪。

 外見は十にも満たない少女ながら、全体から妖艶な雰囲気を発する鬼。

 ――正直なところ、つい先程までこの首に手を掛けていた茨木よりも、恐ろしいものを感じていた。

 似ているのだ――あの魔性に。

「……君は?」

「酒呑童子。クラスはアサシン。このお山で殺爽地獄をやらせてもろてます」

 それは、茨木童子と並び力のある鬼の名だった。

 茨木童子と共に鬼の頭領として大江山に住まい、京の都を荒らしまわった反英雄。

 宝を奪い、人を喰らい、悪鬼として都の恐怖心を集めた。

 源頼光、及び頼光四天王により結成された討伐隊により遂に討たれるその時まで、悪逆の限りを尽くした存在だ。

 そんな鬼もまた、この時代を脅かす地獄の一人として召喚されていたのだ。

「ん。うちのこと知ってるようで何よりやわぁ。人様に知られない鬼は路頭に迷うしかなくなるさかいな」

 逆さの少女は今の状況がなんの苦にもなっていないかのようにクスクスと笑う。

 ――囲まれている。元よりゼロに近かっただろう逃亡の手段が断たれた。

 メルトがいれば、きっとどうにかなっただろう。

 だが、これでは――

「……ふぅん」

 酒呑は僕の瞳を真っ直ぐに見ていた。

 そのまま視線を合わせていれば、何か深いものに沈んでしまう――そんな確信がある。

 魔眼の類を有している訳ではない。

 それは、酒呑童子という鬼が生まれながらにして持つ、人ならざる者としての異質に呑まれかけているのだ。

「なあ、あんたはん。酒、弱いやろ」

「……え?」

 じっと目を向けられたまま、そんな言葉を掛けられる。

 唐突にどうしたというのだろう。

 酒呑は此方の答えを待っている様子はない。今の問いは、確信を持ってのことらしい。

「酒の香がまったくしいひんわ。そんくらいの背丈で酒の一つも知らへんの、勿体ないなあ」

 背丈を測るように、手を僕の頭に合わせつつ、酒呑はわざとらしく嘆息する。

 確かに、酒は殆ど飲んだ覚えはない。

 というのも、酔いという感覚がひどく苦手で、色々と思い出したくないことがあったりするからなのだが……。

「まあ、あくまで酒の類は嗜好品ですから。人間は貴女たちほど好む者は多くないのかもしれませんね」

「そやの。まあ……偶にはそういうのもよろしおすなぁ」

 その笑みの性質が、変化した――瞬間、酒呑が視界から消えた。

 それまで自身がぶら下がっていた木を蹴ったのだ。

 振り向く――蹴った方向からしている筈の酒呑はいない。あるのは茨木とナルの姿のみ。

 もう一度振り向けば、すぐ傍に酒呑が立っていた。

「っ……」

 服の中に、柔らかい感触がある。

 腹をなぞる細い指。酒呑のものであることは明らかで、しかし何を意図しての行動なのか分からない。

「やわこい肉やわぁ。これはこれで楽しみやさかい、少し我慢してな」

「何を――」

 

 

 その微笑みがより深くなった瞬間、体から、何かが抜けた。

 

 

 痛みはない。四肢は無事だし、何ら行動に支障が生まれた訳でもない。

 だが、体から何かが抜け落ちたという不自然さが、痺れのような感覚を齎す。

 今、体から抜けたものはなんなのか。酒呑が今手に持っている、白いそれはなんなのか。

「血が付かんのは欠点やわぁ。殺さへん分には得にもなるんやけど」

 思わず、腹に触れる。

 穴は空いていない。視界に映っている光景が真実なのだとしたら、あまりにおかしい。

 しかし、酒呑はそれが自然なものであるかのように、ぺろりと舌を這わせる。

「ふふ、菓子にも勝る甘さや。どや、茨木」

「吾はいらぬ。腑抜けの骨など喰らえば弱る。酒呑、汝もそんなもの捨ててしまえ」

「なら、これは“はんで”という事にしとこか。酒に溶かせばさぞまろやかになるやろなぁ」

 ――骨だ。

 肋骨の一本が、酒呑によって引き抜かれていた。

「痛くないやろ? 骨抜くのは得意やさかい。あんたはんの骨、御近付きの印にいただいとくわ」

 無力だった。

 二人の鬼に、命を弄ばれている。

 いつでも殺せる状況でそれをしない。

 そして、その状況を打破できる手段すら持っていない以上、僕はこの場で何も出来なかった。

 いや――何か、ある筈だ。

 この絶望的状況から脱する方法。それは決して皆無ではない。

 骨を抜かれたという事実を思考の外に出す。逃げの一手を考える。

 決着術式、それを発動する時間を、彼女たちは与えてくれるだろうか。

 『白き七つの月奏曲(サクラ・ラプソディー)』、あの術式も、即座に発動できるという訳ではない。

 たった一つ、可能性が無いでもないが……しかし、三人のサーヴァントを退けられるとはいいがたい。

 ――あまりに、選択肢が少ない。

 “メルトがいない”という現状で取れる手段が、不思議なほどに思いつかない。

 改めて、その事実と向き合うと、焦燥を超えた絶望が包む。

 令呪での召喚は出来なかった。いや、それはあくまで、一画での話。

 更に強制力を増す二画での命令は試していない。令呪は二画残っている。

 不可能と確定した訳ではない。二画ならば、或いは――

「――あら」

「ほう、この山に乗り込んでくる輩がいるとは」

 令呪を使おうとしたその時、茨木たちが山の麓の方に目を向けた。

 誰かが、来ている――?

 茨木たちの反応からして、それは地獄とは関係のない存在。

 まさか、という期待が生まれる。

 しかし、此方に向かって走ってくるのはメルトではなかった。

 茨木と酒呑が剣を持ち、迎え撃つ構えを取る。

 対して山への侵入者は、体勢を低くし――

「――――ふっ」

 視界から消えた。

「っ」

 背後で小さく声が漏れる。

 振り向けば――そこには、背後から胸を貫かれたナルの姿があった。

「思いっきり隙だらけでしたので。しかしまあ、これも戦の常。悪く思わないでください」

「……なるほど。戦というものは、初めて経験しますが……いやあ、これはなんとも」

 ナルが言葉を言い終える前に、胸を貫く刀が引き抜かれ、息つく暇もなく振るわれ、首を断つ。

 正体不明であったサーヴァント、キャスター・ナルは、いとも容易く消滅した。

 その刃の主は、目の前で消えていくサーヴァントにそれ以降気に掛けることなく、此方に目を向けた。

「……おや」

 桜色の髪と着物の少女。初めて出会うサーヴァントだ。

「人がいるのは予想外ですね。貴方は……その鬼たちのマスター、ですか?」

「いや……違う。君は……?」

「私ですか? 私はまあ、ようやくこの山に鬼がいると当たりをつけて来たんですけど。しかし、マスターではないということは……」

「そ。あんたはんの予想通り、人攫いに巻き込まれた哀れなお人や」

 茨木と酒呑が前に出る。

 ここは我らが縄張り、来たのであれば逃さない――と。

「ほな斬り合おか。此処に来たってことは、それが目的やろ?」

「へ? 嫌ですけど。斬り合いとか、鬼の膂力相手に競り合える訳ないじゃないですか。常識的に考えて」

 何を馬鹿なことを、とでも言わんばかりに、少女は酒呑の誘いを否定した。

 酒呑も茨木も、筋力のステータスは高い。

 対して少女は低くはなくとも平均の域を出ない。鍔迫り合っても力で勝てないのは明白だ。

 それには、酒呑も意外だったようで目を丸くしている。

「それなら、何故この場に姿を晒した? 死ぬために鬼のねぐらに潜り込んだと?」

「いやあ、それはないですよ。まあ、ちょっとばかり計画に変更は必要ですね。一般人巻き込むのもどうかと思いますし」

 言いながら、少女は足を広げつつ腰を下ろす。

 そして――

「――――――なぁ!?」

 瞬間移動にも等しい速度で茨木の懐まで迫り、刀を振るう。

 怪訝に思い警戒していたからか、咄嗟に下がったのが功を奏し刀は茨木の首を掠めるだけにとどまった。

「これが通じなかった以上逃げるが勝ちということで。貴方、ちょっと衝撃に耐えてください!」

「え――っ!?」

 言葉を投げられた、と理解し切る前に、少女の蹴りが叩き込まれる。

 感じたことのない種類の衝撃に、視界の外に置いていた「骨が抜かれた」という事実を思い出す。

 吹き飛ばされ、酒呑たちから離れる。

 投げ出された足を引っ込めず、そのまま踏み込み酒呑に斬りかかる。

 防御は間に合わないと悟ったのか、酒呑も後退を選んだ。

 そして再び少女の姿が掻き消え――体の勢いが殺された。

「っとと。サーヴァントって言っても力が増す訳ではないんですねぇ。男の子はやっぱり重いです」

 片手に刀を持ったまま、もう片手で少女に受け止められている。

 しかし、その華奢な体ではそのまま安定するということは難しいらしい。

「という訳で! パスです土方さん!」

「なっ!?」

 勢いが弱まって間もない体が思い切り振り回される。

 麓に向かって投げられ――もう何をすることも出来ないまま、またも受け止められる。

「ったく……先行したと思ったら妙な土産を持ってきやがって。沖田、なんだコイツは」

「さあ? ただ、鬼たちに攫われてたみたいですし、助けときました。あ、一人仕留めときましたよ」

「チッ……ならいい。人がいたならここで戦いに入る気はない。ずらかるぞ」

「承知です。という訳で鬼のお二人、またいずれ」

 唖然とした様子の二人を引き離し、少女と、今僕を抱える男性は山を下っていく。

 どうやら、追いかけてはこないらしい。

 まったく何が起きているか理解できていないが……ひとまず、命は拾った……のだろうか。

 ごく僅か、分かったのは彼らの名。

 確信ではないが――沖田と土方、そう呼び合うような、英霊となる存在など、他にはいまい。

 ――沖田 総司。

 ――土方 歳三。

 これが、自身らが歴史に名を残すよりも前の時代に召喚され、そしてその時代の崩壊に抗う彼らとの出会いだった。




>>荒ぶるCV悠木碧女史<<

殺爽地獄こと酒呑童子、そして沖田さんに土方さんの登場です。よろしくお願いします。
遅れた理由は主に酒呑さんのせいです。京言葉難しすぎワロス。
多分違和感あると思うので、誤字報告とかで正しい言い回し教えていただけるとありがたいです。
あ、ナルさんお疲れ様でした。

土方さんが撤退してますが、これはまだ戦場認定していないということでセーフ扱いです。
ところでメルトいませんね。

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