Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
自己紹介の一環だったのだろう。
シャルヴは早々に、再びフードを被りなおす。
その、人でありながら人では耐えられない程の苦痛を全体に刻んだ男は、協力に応じてくれた。
だが、牛若と沖田は彼への警戒を解いていない。
尋常ではない雰囲気は、確かに警戒せざるを得ない危険が滲んでいる。
「……警戒するのは構わないが。お前たちの敵は他にいるのだろう。神経を無駄に使うな」
「貴様が地獄に与していない証拠がない。信用を得たくば行動で示せ」
「信用、ね。そんなもの、求めていないんだが……それよりも。いいのか? 僕より警戒すべき者がいるだろうに」
「え――」
二人に剣を向けられてもどこ吹く風といった様子のシャルヴは振り返り、後方に目を向けた。
その先にあるのは、周囲と何ら変わらない炎。
――否。それだけだろうか。
それまで気付けなかった。
炎の奥で、此方を伺うように潜んでいた『何か』。
その炎の特質か。気配は感じられないものの、目を凝らせば炎の先に影が見える。
「――いや驚いた。明らかにヤバい奴だし、話なんて通じないと思ってたんだけど。人……人? まあともかく、なんであろうと見かけによらないってことか」
緊張感を感じさせない、どこか呑気な声色。
感心するように頷きながら、揺らめきの向こうから現れた、白い軍服姿の青年。
背中にまで伸びる黒髪を後ろで一つに束ね、服と同じ白いハットを深々と被ったサーヴァント。
「でもまあどの道、敵対することには変わりないか。数が増える前に仕留めるか、増えてから仕留めるか。その差でしかない」
青年の言葉には、殺気は籠っていない。
だが、戦闘は不可避であると確信を持てる。
彼にとって、シャルヴも僕たちも等しく、仕留めるべき存在らしい。
「……その発言、地獄につく英霊と存ずるが」
「いかにも」
伏せていた顔を上げ、青年は小さく笑う。
覇気を感じさせない半開きの目は、彼の独特の雰囲気を象徴しているようだった。
「ライダー。縫われし業の名は騎願地獄」
シャルヴに続き、この場に現れた英霊。
それは、今もって正体不明であったこの時代の敵の一角。
そして、
「――真名、坂本 龍馬」
ここより遥か先の未来、日本の新たなる礎を打ち立てることになる維新の英雄だった。
「ほう。初めて会いますが……維新の英雄とは世界に仇名す外道の類だったと?」
「そう言われると傷つくなぁ……まあ、生前の僕を擁護すると随分と霊基は変転しているよ。少なくとも、無辜の人間たちを躊躇いなく手にかけられるくらいには」
同じ時代を生きた沖田は、その英雄の名は知っていたのだろう。
地獄に堕ちたサーヴァントに軽蔑の視線を向けながら、しかし油断なく構える。
「それでは、変転した坂本さん。貴方の目的は?」
「狂宴と殺爽が逃したそこのマスターの回収さ。いやなんていうか、殺爽が気に入ったみたいでね、君の骨」
「……」
僅かに、身が竦んだ。
自然と脇腹を手で抑える。
体の内から一つ失われた骨、それが今どうなっているか――どうにも、嫌な想像しか出来ない。
「それでは、一歩として私の後ろへと通す訳にはいきませんね」
「然り。白斗殿を狙うとあらば押し通れ」
「まあ、そうなるか。出来れば君たちも引き込みたいんだけど。君たちが説得すれば、殺爽の気も変わるかもだし」
「それが叶うと思っているなら、愚かしいにも程があるぞ」
牛若と沖田は断固として、騎願地獄――龍馬の誘いに乗ろうとはしない。
シャルヴはフードで表情が見えないが……竜馬の側に歩み寄ろうとしていない辺り、あちら側につく気はないようだ。
「残念。荒事は嫌いなんだけどね」
「それを予想してたからお竜さんを連れてきた。そうだろう?」
彼一人では、数の上で有利が取れた。
沖田や牛若のように、剣技における卓越した逸話はあまり伝わっていない。
だが、当然ながらそこまで易い相手ではないらしい。
「その通り、かな。いや、連れてきたというより君は勝手についてきただけだけど」
「龍馬は一言多いな。お竜さんがいなかったら、龍馬は大して強くないだろ」
「うわあ、傷つく」
龍馬と他愛のない会話を交わす、同じく炎の内より現れた存在。
旧式の学生服のような、一風変わった装束に身を包む、地にも届かんばかりの黒髪の少女。
サーヴァントではない。だが――その存在感は、決してただの人間でもない。
その脅威の度合は、龍馬に勝るかもしれない。超常の存在であるサーヴァントと比べてもそう思えるほどに、異質な何か。
「ああ、紹介するよ。この人はお竜さん。僕だけでは数で不利だからね。彼女と共に戦わせてもらう」
お竜と呼ばれた少女は、龍馬と隣り合うように立つ。
「……邪気がある。まだいるのだろう。手の内を全て晒したらどうだ?」
「――流石はサーヴァント、か。驚かせようと思ったんだけど」
そして、二人だけではないと、牛若は察したらしい。
それが正解だとでも言うように、龍馬は感心の声を漏らした。
気配は感じられない。
だが――龍馬やお竜と同じように、炎の向こうには影があった。
「正しい英霊の君たちを相手取るには役不足かもしれないけれど……まあ、そこはそれ。この数ならば、ってね」
「――――――――」
龍馬の言葉をトリガーとしたように、周囲の炎にも影が現れる。
そこにいたのは、これまで出会ったものと同じように、輪郭の判然としない人影ではない。
ややそれらより確とした形を伴った、大小さまざまな怪物たち。
人の型を持っているが、一部位のアンバランスさや頭から伸びる角が、人間ではないと物語っている。
ところどころ欠落した部位を、炎が形作ることで補っている、不完全な魔性たち。
「……鬼?」
「元来、この国に蔓延る幻想種。或いは、人の怨念の集合体。そうしたものが形をとりつつも、その存在の弱さから正しい霊基を完成できなかったもの」
「不完全な幻。狂宴に曰く同朋と。術解に曰く、幻霊と」
此方の疑問に、龍馬は頷いて答えた。
そしてお竜は龍馬の言葉に捕捉し、彼らの総称を口にする。
――幻霊。
恐らくは、シャドウサーヴァントより更に曖昧で、存在としては薄弱なもの。
英霊にも反英霊にもなれなかった、“忘れ去られるべきもの”のなれの果て。
茨木童子や酒呑童子は、その悪名から反英霊として名を馳せた。
だが、彼らはそれにもなれなかった無銘の鬼たち。
ゆえに、あのような不完全な形で顕現しているのか。
「狂宴の炎でその霊基を補強したのが彼らだ。英霊の影にも及ばないけれど、ごく一部はそれなりだよ」
龍馬が指示をするように、手を振るう。
武器を持つ者、持っていない者。装備はバラバラだが、それぞれが共通して、此方に殺気を放つ。
「……シャルヴ。あの鬼たちを――」
「良いだろう。未だ勘を取り戻せぬ身、そしてお前に怒りはない。であれば、全盛など再現出来ようもないがな」
フードを取らぬまま、シャルヴはその手に弓を顕現させる。
黒塗りの弓。上部が二つに分かれているが、弦は一本。魔力で編まれた白い弦。
宝具――なのだろうか。
シャルヴと同じように、歪な存在感を持った弓に、矢が番えられる。
一射。放たれた矢は、鬼の一体に着弾。そこを起点にして巻き起こった爆風が、周囲の数体を吹き飛ばす。
そして、その一矢が開戦の合図となった。
鬼たちが卒倒する。一射目で発生した爆風から飛び出した無数の矢が、嵐のように乱舞し鬼たちを射抜いていく。
「なるほど、相当のものだ。だが、鬼は幾らでもいる」
倒した分だけ、鬼は現れる。
確かに、シャルヴの弓の腕は蘭丸の言葉の通り、並みの英霊など及びもつかないほどに卓越している。
「さて、お竜さん。僕たちも」
「わかった」
龍馬が刀を抜く。お竜が体勢を低くする。
そして――初めての、地獄との戦闘が始まった。
「蘭丸、下がって」
「っ――はい。どうやら、私にはどうにもならない輩のようですね」
今の僕には、あの鬼たちを相手取るのも難しい。
片腕がないというのは、思う以上に不便なものだ。
白兵戦に向いた武器を使うことに支障が出る。
よって、この状況において僕が出来ることは、術式によって補助をすることのみ。
「ふっ――」
「ッ!」
沖田と龍馬の筋力ステータスは互角。そして、敏捷は沖田が勝る形で大きく引き離している。
剣の冴えもまた、沖田に軍配が上がる。
即刻として決着がつくことはないが――このままいけば。
「徒手で挑むとは剛毅な。だが――!」
牛若は、素手のお竜に対し、躊躇うことなく刀を振るう。
本来であれば、その一振りを止めること叶わず、それだけで戦いは終わる。
――その筈だった。
「――なっ」
多くの戦を潜ってきた牛若でさえ、その一瞬のことに動揺を隠せなかった。
何も持っていない手で刀を受け止め、血さえ流すことなく。それまでと同じ、表情の見えない顔には動揺一つない。
「“人”を斬るつもりでやっているなら、お竜さんには通用しない」
「ッ――――!」
掴まれた刀を引き抜こうとする牛若。だが、それが出来ぬまま、その“瞬間”の主導権を相手に握られる。
押し返すように振り払われた腕。
牛若は刀を手放す暇さえなく、投げ飛ばされる。
此方に飛んできた牛若を、受け止めることもままならず、同じく飛ばされて体勢を崩した。
「ぐっ……!」
「白斗、殿……っ、この!」
お竜の追撃。それもまた、武器など持たない素手によるもの。
僕と蘭丸を伴い跳躍。それにより被弾は免れたものの、視界に映る光景により更なる驚愕を覚えることとなる。
大地に叩き付けられたお竜の拳。
戦場となっていた辺り全域に及び、砕けた地面。
それを悟っていた龍馬は後方に下がる形で回避する。
沖田もまた素早く龍馬を追撃することで足場の破壊から逃れた。
めくれ上がる地盤。粉々になり、吹き飛ばされる建造物の数々。
器用にも跳ね上がる岩の一つに着地したシャルヴは、衝撃により舞い上がった鬼たちを貫いていく。
「ここまでの膂力を……!」
素手による、ただの一度の攻撃でここまでの破壊を齎すとは――あのお竜なる少女は一体何者なのか。
「白斗殿、蘭丸殿を!」
「あ、ああ――!」
空中で押し付けられた蘭丸を片腕で受け止め、両足に魔力を込める。
着地はどうにかなる。だが、牛若は――
「侮ったことは謝罪しよう。なればこそ、我が奥義で以て、汝を討つ!」
牛若が跳んだ場所には、大きな岩がない。
小さい石のみだが、それでも牛若は困窮した様子を見せない。
その一つを、なんの問題もない足場であるように、足を置いた。
「その首もらい受ける――いざ、『壇ノ浦・八艘跳』!」
小さな石を大地であるように、その足に力を込めて、牛若は跳んだ。
跳んだ先にある、さらに小さな石ころさえも、彼女にとっては充分すぎる広さだった。
壇之浦の戦いにて披露した、八艘跳びの逸話。
それが、牛若の宝具の一端たる奥義として具現化しているのか。
如何に劣悪な足場であろうとも、それは牛若の行動を阻害する要因にはならない。
衝撃により浮き上がって飛ぶ石くれは波に揺れる船よりも悪い足場であろう。
だが、その不規則さこそがこの場においては牛若の武器となる。
翻弄するようにあちらこちらへと飛び回り、狙うはただ一人破壊され罅割れた地面の上に立つお竜。
「っ」
彼女の膂力が自身を超える凄まじいものなのだというのなら、それが通用しないほどに素早く、その懐に突っ込めばいい。
お竜は反応できない。気付いた時には、既に刀は振るわれている――!
「ぁ――」
首を断つには――僅かにズレた。
喉に叩き付けられた刀。しかし、やはり頭が飛ぶことはない。
僅か、血が流れる。それを認識すると同時、僕もまた着地した。
砕けた大地でバランスを取りづらかったが、蘭丸を抱えていることを思い出し、どうにか踏ん張る。
同時に着地したシャルヴは、お竜を見てほう、と小さく呟いた。
「……これでも、断てぬか」
「――――」
牛若の斬撃で、小さく傷はついた。
だが、これではまだ討つには遠い。
その証拠に、その瞳には光が宿っている。
「――っ」
「おっと……不味いな」
龍馬が沖田の刀を受けながらも、言葉を零した。
「逃げた方がいい、とは言えないか。あくまでも君たちとは――敵同士だ」
その時、龍馬は笑った気がした。
音より速く振るわれた沖田の剣に弾かれ、大きく後退する。
追撃を手助けすべく、術式を紡ごうとした瞬間。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!」
お竜の咆哮が周囲に響き渡る。
人のものとは、やはり思えない。
英霊――バーサーカーでも、これほどの咆哮など出せないだろう。
魔獣、それでも足りない。幻獣、そこまで行って、ようやく納得がいくほどに、強大な魔力の籠った叫び。
「何を、――!」
「牛若!」
その一瞬で、出来る限りの強度を込めた盾は、呆気なく打ち崩される。
咄嗟に離れようとした牛若を、お竜の拳は捉えた。
色々なものが砕けた音が聞こえたあと、耳を震わせるあらゆる音がほんの僅か、無くなった気がして。
次の音は、少し後ろから聞こえた地面が割れる音だった。
それから遅れて、頬に何かが付着する。
鏡を見ずとも、それがなんなのかは分かった。
服にこびり付いた、新しい赤。
振り向けば、その血の持ち主がいた。
「――牛、若」
「っ……ぁ、か……ッ!」
刀を手放し、倒れ込む少女。
つい先ほどまでの覇気はなく、弱々しく呻く様は、二つ目の特異点でも幾度となく力強さを見せてくれた彼女とは思えなかった。
無意識のうちに発動していた回復術式でも、短時間での効果は望めないほどの重傷。
それをたった一撃で与えてのけたお竜の瞳は、悍ましいほどの怒りに満ちていた。
四章における主要敵の一人、騎願地獄こと坂本龍馬とその付き人、お竜さんです。
使ってみたは良いものの、帝都を読んでも微妙にキャラが掴み切れないこの人たち。
彼らの魅力を書き切れるか不安なところですが、頑張ります。
そして牛若は重傷。沖田とシャルヴは現在のところ優勢ですが、果たして。