Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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第三夜『信への報い、雲の上まで』-2

 

「■■■■■■■■■■ッ!」

 まるで逆鱗に触れたが如く、唐突に雰囲気を変貌させたお竜。

 牛若を追撃しようとしていることは火を見るよりも明らかだった。

「シャルヴ!」

 咄嗟に、この状況をどうにか出来ると判断した彼の名を呼ぶ。

 駆けてきたお竜と牛若の間に突き刺さる矢。

 僅か、動きを停止したお竜に、続けざまに矢が卒倒する。

「■■■■■■■■■■■■■■!」

 魔力を伴った咆哮でその大半は弾かれるが、勢いを殺され切らなかった刺さった数本が炸裂する。

 追撃は免れたものの、やはりお竜に目立った傷はない。

「なるほど。鬼に加えあの女も、か。肩慣らしには随分と無茶をさせる」

 それを、無理とは言わなかった。

 尚も増え続ける鬼たちに矢を放ちつつも、お竜と接敵するシャルヴ。

 きっと大丈夫だと、意識を外し牛若の治療に集中する。

「これは……最早」

「いや、まだ……霊核に致命的な傷はない」

 だが、油断できる状態でもない。少なからず霊核が傷ついているのは明らかだ。

 一刻も早く、より効果の高い治癒が望まれる。

 そのための術式ならば――備えている。

 七つの術式、そのうち、戦闘においては最も向いていないもの。

 しかし――メルトと共に在るには、必要なこと。

「『白き七つの月奏曲(サクラ・ラプソディー)』、第四曲――『慈愛の葛城』」

 戦うことに向かない、心優しいアルターエゴ。

 そう――これは、カズラを基にした術式。

 反撃、迎撃を捨てた回復術式。

 一人を対象とした一種の結界として起動し、高い回復効果を発揮する。

 掛けている回復術式の効果を促進し、“何よりも治癒を優先する”術式。

 当然ながら、制約は大きい。

 まず、致命傷は治せない。サーヴァントであれば、霊核が破壊された状態では効果は見込めない。

 最初の特異点で、致命傷を負ったアグラヴェインを治すことが出来なかったのはそのためだ。

 そして、これを使っている間は、回復能力以外の全てが大きく制限される。

 戦うことも、守ることも、逃げることもままならない。

 毒に苦しむ身に使えば、その毒に抵抗する力をも使ってしまい、かえって逆効果になる。

 とにかく、その瞬間の生をもぎ取ることに特化した術式。

「傷が――」

「これでも、全快には時間が掛かる。だけど、かなり早くなった筈だ」

「っ、ゴホッ……!」

 一際多い量の血を吐いた牛若が、ゆっくりと目を開ける。

「は、くと、どの……らん、まるどの……ご無事で、何より……」

「牛若、まだ動くのは――」

「ええ……随分と、動きにくい、です、が……」

 動くためのリソースもまた、一時的なれど回復のために使われる。

 それほどに集中してなお全快が遠いのは、それほどまでにお竜の一撃によるダメージが大きい体。

「いえ――もう大丈夫です。治癒、感謝いたします、白斗殿」

 しかし、もう必要ないと牛若は己から術式の拘束を断った。

「牛若――」

「問題ありません。窮地からは脱しました。このくらいならば、戦場で幾らでも経験した傷です」

 立ち上がる。慣らすように何度か刀を振るい、支障はないと頷いた。

「シャルヴ殿の全力はどうあれ、重荷を背負わせる訳にもいきますまい。あの少女の相手は私が請け負った事柄。寝こけている場合ではないのです」

「だけど……」

「大丈夫。私、牛若丸、こう見えて天才ですから。この程度の窮地、払いのけられぬ筈がありません」

 牛若の発する魔力が、高まっていく。

 宝具の予兆――だが、その一端は先程、お竜に対して通じなかった。

 切り札の一つを用いた完璧な攻撃でさえ、彼女を倒すには至らなかった。

 だが、それでも牛若は一切不安を持っていない。

 寧ろ、これで勝機が見えた、とばかりに。

「ゆえにこそ、どうか信を置いてほしい。なればこの場での勝利を以て、報いといたしましょう」

 生前より、彼女は兄である頼朝に全てを捧げていた。

 だが、そこに報酬はなく。その末路は兄に疎まれ討伐されるという凄惨なものだった。

 だから、その生涯手に出来なかったものを、牛若は求めている。

 無償の信頼を。ならば、ここでこれ以外の言葉など、口に出来る筈もない。

「――――ああ、任せる、牛若」

「――――御意に」

 魔力を解放させながら、牛若は駆けていく。

「紐解かれよ、遮那王流離譚!」

 シャルヴの矢の雨と共に走りながら、牛若は己の宝具の真名を解く。

「■■■■■■■■ッ!」

 自身に向かい走る牛若を捕捉し、矢を気にせずお竜は吼える。

 回復し切った訳ではない。もう一度彼女の一撃を受ければ、今度こそ助からない。

 お竜は決着をつけるための拳を用意する。

「薄緑・天刃縮歩!」

 だが、迎撃は出来なかった。

 その予兆として見て取れたのは、その奥義の名と、直前に見せた特殊な歩法。

 瞬間的に歩み寄った牛若の斬撃は、煌く緑を伴いお竜の首を捉える。

 先程より、傷は深く。しかしまだそれを断つには及ばない。

「ッ!」

「謳え、吼丸・蜘蛛殺――!」

 ゆえに、彼女の刀は更なる力を叫ぶ。

 魔を払う音の刃。広範へ力を及ぼすそれは、力の弱い魔性である鬼たちを次々と屠っていく。

 そして、その歌が及ぼす影響は、それだけではない。

「■■、■■■■■■■ァァァァァ!」

「やはり、魔性の類、或いはまつろわぬ荒ぶる神か。であれば、この音色にて貴様に引導渡してくれる!」

 牛若がその音をより強める。

 反撃を受けぬよう、戦場を舞い踊り、お竜に傷を与えていく。

 牛若の刀の、秘められた能力は、お竜にも有効打と成り得るものらしい。

 それまでは与えられなかった傷が、深く、より深く染み込んでいく。

「これより然程時間は掛かるまい。あの女を討つならば、彼女のみで十分だ」

 そう、自身の役目の終了を悟ったシャルヴは、お竜の援護をしようとする鬼たちに向かい矢を射る。

「なんだと――お竜さん!」

「余所見をしている暇があると?」

 お竜へと気を逸らした龍馬の隙を、沖田は見逃さない。

 体に受けはしなかったものの、そこからの持ち直しは厳しいだろう。

 牛若がお竜の性質を見抜いたことで、事態は好転した。

 あとは、どちらが先に倒れるか、といったところか。

「……そりゃあまあ……暇はなくても優先するさ。――大事な人やきね!」

 銃声。龍馬が忍ばせていた拳銃の弾は、回避行動をとった沖田に当たらずとも逃げるための隙を作った。

 お竜に走る龍馬。だが、既にお竜の傷は大きい。

 彼女に辿り着くまでの僅かな時間。それをほんの少しでも引き延ばせれば。

「――弾丸(shock)!」

「ッ、あ――この――」

 一秒持てば上々、そんな、小さな時間を作る足止めに過ぎない。

 たったそれだけの時間は、牛若が更なる音を紡ぐには十分すぎる。

 音色が高みに達する。

 お竜の叫びは悲鳴へと変わり、膝を付く。

 遂に、限界が見えた。僕が見ても、明らかだった。

 その時、勝利への確信を抱いてしまったのは、やはり判断力の欠如からか。

 大事なものが欠けていたための、心の不完全からか。

 なんにせよ、この時僕は、全ての想定外を思慮から外し、牛若の勝利を揺ぎ無いものと信じてしまった。

「――――――――ッ」

 ――――故に、

 

 

「――――――――――――――――槍克ッッ!」

 

 

 “知った手法”で迫るその敵になんの手立ても取れず、それを視界に映した。

 それまで戦場中に響いていた音色が消えていく。

 お竜はまだ生きている。

 肩で息をしながらも、その傷は核にまで届いていない。

 それでは、今舞った血は。

 ――今穿たれた心臓は、誰のものか。

「――――ぁ」

 確認するまでもない。

 今度こそ、治癒の必要はない。

 必要がない程、完膚なきまでに――牛若の心臓は破壊されていた。

「文字通り横槍を入れた形になるが、許せよ。生憎、斟酌など出来る立場ではなくてな」

 低い声が、耳朶を震わせる。

 龍馬ではない。お竜でもない。無論、シャルヴでも沖田でも牛若でも、なおも周囲に増え続ける鬼たちでもない。

 それまで一切此方に気配を悟らせず、戦場に潜み続けた者がいた。

 それが、例えば味方であったのならば心強かっただろう。

 だが、その声は紛れもなく、牛若の心臓を貫いている存在のもので。

 ――龍馬が叫んだ、槍克の名を持つ地獄のものだった。

「ほう。暗殺者でもあるまいに、ここまで寸前まで気配を殺せる者がいたのか」

「いや何。昔取った何とやらというやつよ。このように隠れ潜むためのものでもないのだがな」

 黒いコートを肩から羽織る、初老の男性。

 長い槍の末端近くを持ち、正確無比に牛若の霊核を貫いた地獄の一角。

 ランサーのサーヴァント。

「――これ、で、勝ったと、思うな!」

 心臓を貫かれ、それでも牛若は倒れなかった。

 刀を離すこともなく、槍が刺さり敵が逃げられない今こそが好機だと。

「無論、思っておらぬよ」

 しかし、その決死の一振りは、あっさりと槍を手放した男性により、躱された。

 一歩下がり、その倍踏み込む。

 徒手の状態で、お竜にも勝る、大地そのものとも錯覚できる一撃。

 ――八極拳。

 それにより牛若の内を完全に破壊した上で、槍を引き抜いた。

「ッ、か、ぁ――――」

「終わったぞ」

「感謝するよ。大丈夫か、お竜さん」

「……問題ない。その女がいないなら、まだ、戦うことも」

 まさか、もう一人いたとは。

 その可能性を考えなかったことで、詰みを打たれた。

「牛若……っ!」

「……ここまで、か――総司殿! シャルヴ殿!」

 体が浮き上がる。沖田に抱えられていると分かったのは、牛若が何をしようとしているのか悟ってからだった。

「疾く撤退を。最早、これまでにございます」

「撤退って――牛若は」

「最早秒読み――否、数分は持って見せましょう。背水の覚悟で以て」

 死を確信したがゆえの、時間稼ぎ。

 無茶を止める理由など存在しない。己は、最早死ぬのだから。

「鬼は無数にいる。よしんば僕らと槍克を止められたとして、逃げられると?」

「シャルヴ殿の矢の冴えは見ました。あれならば問題はない。それに――退路を切り拓く援けも、もう来ている」

 ――鈴の音が聞こえた。

 僕たちがこの場に来た方角から近付いてくる、凛とした音。

 家々の屋根を跳びやってくる、更なる味方。

「――いざ吹き荒れろ大通連、恋愛発破、天鬼雨(てんきあめ)!」

 解かれた真名。

 降り注ぐ無数の刃。

 周囲の鬼たちを次々切り刻む剣の雨の中、鈴鹿御前は僕たちの前に着地した。

「状況把握――いいのね、牛若!」

「ええ、行け、太夫黒。私が死ぬその瞬間まで、皆を助けよ!」

 そして、周囲を見渡して早々に翻す。

 撤退を阻害する鬼たちはもういない。だが――

「……皆、どうか無事で。白斗殿――いと済まぬ。後の事は、鈴鹿殿に」

「牛若!」

「大人しくしてるし! そーちゃん、片方渡して!」

「ええ! 白斗さん、耐えてください――ね!」

「ッ!」

 体に思考が追い付く前に、事態は変わっていく。

 沖田に投げられ、鈴鹿に受け止められた時には、既に体は牛若の愛馬――太夫黒の上にいた。

 沖田が蘭丸を抱え、彼女とシャルヴが追従する形で、戦場を離れていく。

「通りたくば押し通れ地獄共! この道は時代を救う勇者の退路! 私を退けぬ限り、踏みしめること能わぬと知れ!」

 あまりにも唐突に、その時は訪れた。

 心の何処かで、二つ目の特異点のように、牛若は最後まで一緒に戦ってくれると思っていた。

 だが、別れを告げることも、礼を言うこともできずに、牛若は離れていく。

 手を伸ばすとも、届かない。

 追ってくる者はいない。地獄たちも、牛若も見えなくなる。

 ――そうして、すぐには追いつけないだろう距離を開けた頃。

「っと――乙だし、太夫黒」

 役目の終わりを悟った太夫黒が一つ嘶き、消えていく。

 主を追うように、粒子となって世界に溶けていく。

「……牛若は」

「戦場なんて、出会いも別れも何時だって唐突なものよ。私たちは後を託された――わかるわね?」

「……あぁ」

 これまでだって、別れは何度もあった。

 しかし、何度体験しても、慣れることなどない。

 まして、二つの時代で共に戦ったからこそ、その別離は、一層辛く感じるものだった。

「さあ、あと少し。走れる?」

「……大丈夫。行こう」

 これで気落ちなどしていられない。

 彼女の分まで、僕たちはこの特異点の解決に努めなければならない。

 小屋へと近付く。

 ――何故だろうか。

 信長、光秀、ナガレ。三人が外に出ている。

 金時と土方の姿はない。

 まるで戦闘の後のように、疲弊した様子でこの時代に生きる三人は待っていた。




牛若はこれで退場となります。お疲れ様でした。
二章では最後まで残りましたが、今回は味方最初の脱落。
そして槍克地獄の登場です。此方も既存鯖となります。

ところでメルト書きたいんですけど。
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