Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
A.多分無理。
「おう、戻ったか」
軽く手を振ってくる信長は、疲弊を思わせない。
だが、何かがあったのは確実だろう。
信長を除き、少なからず傷を負った彼らが、何かしらの戦闘後であることは確実だった。
「信長様、ただいま帰還いたしました。お怪我は……」
「わしは問題ない。蘭丸もご苦労じゃったな。暫し休め」
「はっ」
蘭丸に労いの言葉を掛ける信長の表情は、これまで見たそれに比べやや柔らかなものに見えた。
信長に気に入られ、重用されていたというのは事実なのだろう。
「……何があったんだ?」
「なに、地獄の襲撃じゃ。この世界においてなんら不思議ではない災害。それに運悪くわしらが巻き込まれただけの話よ」
なんてことはないように、信長はさらりと言った。
僕たちが外に出ている間に、他の地獄が襲ってきたと。
「っ……申し訳ありません信長様! そのような機に戻れぬなどと……!」
「落ち着け蘭丸。わしはそなたに命を与えていた。手薄になっていた此方を襲ったのは地獄の鬼謀。わしの迂闊じゃ。そなたが気に掛けることではない」
なるほど……彼らの傷は、そのためか。
光秀とナガレは地獄という強敵から、身を挺して主君を守っていたのだ。
「……襲撃してきたのは、狂宴と名乗る地獄。白斗様より情報をいただいた地獄の首魁、茨木童子です」
ナガレは淡々と、状況を説明する。
茨木童子――僕が策に掛かり捕まった、子供の如き風体の鬼。
彼女の襲撃というならば、その目的は、まさか僕ではないだろうかと考えてしまう。
逃れた僕を仕留めるべく――いや、彼女は僕を使い何かをしようとしていた。
その目的のために、再び捕まえようとしたのだろうか。
「どうにか撃退こそしましたが、白斗様……貴方の右手は、彼女に奪われました」
「っ……」
思わず、血は止まり傷は塞がれた右腕の先に手が伸びた。
それで確信に至った訳ではない。
だが、僕の一部を奪い去ったという事実が、否応にも不吉な想像をさせた。
「そして……総司様」
「はい?」
そして、ナガレの説明はそれだけでは終わらない。
この中の一人、沖田に対しては何より重大な――そして他の面々にも大きすぎるその被害を、ナガレは口にする。
「狂宴との交戦により、歳三様が討ち死になされました」
「――――――――」
沖田とともに、地獄たちの魔の手から僕を助けてくれたサーヴァント。
土方は、僕たちが離れている間に、その命を散らしていた。
「あ奴の悪あがきがなければ、わしらは今ここにはいなかった。十分な大儀といえよう」
「……嫌な予感がしたのよ。だから使いたくない宝具まで使って、あっちの地獄もスルーして最短ルートで戻ってきたってのに……」
鈴鹿が悔しそうに歯噛みする。
恐らくは、彼女が此方の援護のために発ってから程なくして襲撃があったのだろう。
その気を感じ、鈴鹿は何かしらの宝具を使い、少しでも早く戻れるように努めた。
太夫黒は主の死を前にしても、それを決して嘆くことなくその最後の瞬間まで僕たちを乗せて走ってくれた。
それでも――間に合わなかったらしい。
「……そう、ですか」
その時の沖田の声色は、まったくの無色だった。
悲しみも、悔しさも、怒りも、ましてやその反対の感情もない。
ただ、ぽろりと口から零れてしまったような、そんな呟き。
「まぁったく……土方さんってば。『死んでも止まんねえ』とか言ってたってのに。今回は私のが長生きでしたね」
土方の死を聞かされて最初の沖田の表情は、苦笑だった。
「ゴールデンさんは?」
「そなたらとは別の命を下した。鈴鹿は地獄の気を悟りそなたらの援護に向かった。まったく――此方の様子を全て覗かれているというのも、いよいよ法螺には聞こえんわ」
金時がいれば、どうにかなったかもしれない。
しかし、此方の様子が筒抜けなのだとすれば、全て後手に回ることになる。
信長は不機嫌そうに鼻を鳴らす。彼女も、此度の策は失態だったと感じているのだろう。
「して。牛若めの姿が見えぬが?」
「……地獄にやられた。彼女が残ってくれたから、僕たちは戻ってこれた」
「――そうか。そ奴が、話に聞いていた英霊じゃな?」
「……シャルヴだ」
牛若に代わり、この場まで付いてきてくれた男――シャルヴはまたフードを被り、顔を伏せている。
信長の言葉に視線を向けることもなく、一言、先程自身で定めた名前を口にした。
「……なんじゃ。不愛想な奴じゃのう。まあ、よいわ。二人失い一人得た。収支は合わんが、仕方ない。ご苦労じゃったな。今日のところは休むがいい」
小屋の中に入っていく信長。蘭丸も此方に一礼し、信長に追従する。
信長の表情が重かったのは、当然か。此方の戦力は確実に削られているのだ。
「シャルヴ様。お部屋を用意いたします。どうぞ、中へ」
「必要ない。僕は外にいる。何か用があれば、都度呼んでくれ」
そういうと、シャルヴは小屋の屋根に跳んだ。
即答。あまりにもつれない態度に、ナガレは目を丸くしている。
鈴鹿が呆れた様子で「コミュ障?」と投げかけていたが、それもまるで耳に入っていないかのように無反応だった。
「……それでは、せめて暫し、十分な休息を。ナガレ、貴女も」
「はい。おやすみなさい、皆様」
疲弊した光秀とナガレの二人も、軽く頭を下げて小屋へと入る。
そして――外には、先程騎願地獄らと戦った面々だけが残った。
「さて、と」
小屋に戻る二人を見送った鈴鹿が此方に振り替える。
「……ま、しょうがないか。一方的だけど、約束は約束だし」
「え……?」
「あんたの事、任されたから。戦いの最中にぶっ倒れられても困るしね」
言いつつも、鈴鹿は一振りの刀を取り出し、僕に押し付けてきた。
三本の刀のうち、鈴鹿は基本的に一つ、ないし二つを手に、残りを神通力に類する能力で浮遊させ、操る戦法を取る。
つまり、どのような時も三本全て無駄にならず三本全てを完全に操るのが鈴鹿御前という英霊だ。
そんな彼女の刀の一本――紛れもない宝具を、鈴鹿は仕方ないと手渡してきたのだ。
「三千大千の写し身、双無き顕明連。今回私、それ宝具として使うつもりないから。貸したげる」
顕明連――鈴鹿の有する三明の剣の三。
旭日にかざして三度振れば、三千大千世界をも見渡すとされる宝剣だ。
「一体、なんで……」
「タチ悪い呪いに掛かってんでしょ? それ持ってれば多分、ある程度は大丈夫。傍に置いておくだけである程度、力は発揮できるから」
牛若が消滅したことで、彼女の刀の加護も受けられなくなった。
恐らくは、術懐地獄が仕掛けたと見られる呪いは健在。
であれば、何かしらの代替手段でそれは防ぎ続ける必要があるのだ。
「あんたのサーヴァントが待ってんでしょ? 牛若のためにも、そのサーヴァントのためにも、あんたは呪いなんかで倒れるワケにはいかないってこと」
「……ああ。その通りだ」
此方に地獄の襲撃があった以上、メルトたちの側に襲撃があってもおかしくない。
一刻も早い合流が、何より優先すべきことだ。
「ありがとう、鈴鹿。しばらくの間、貸してもらうよ」
「オッケー。あ、私みたいに浮かせて使うのは無理だと思うし? 武器を持った気にはならないことよ?」
頷く――左手一つで剣を持ったとて、サーヴァントには到底及ばない。
一つ前の特異点、あの大海原での戦いでも、“彼女”やオリオンといった、何かしらの補助があってこそ、サーヴァントとどうにか渡り合うことができたのだ。
「にしても、どうして呪いのことを……」
「昨晩――まあずっと夜だけど……あんたがふらふら外出ていったのは皆気付いてたし。牛若が飛び出してったけど、私らも警戒はしてたってだけ」
「残念ながら私には魔を払う力はありませんから、ひとまず牛若さんに任せましたけどね」
そう、だったのか。
まあ不思議にも思うかもしれない。僕も、いつから外に出ていたのかわからなかった。
一人で突然外に出た僕は、十分に不自然に映るだろう。
「それが術懐の業だとすれば、真っ先に討つべきですが……未だ正体すら知れぬ身、と……しかし」
「ヒッジももういないし、そーちゃんたちがあたりをつけた山に攻め込むのも戦力不足、か」
僕が狂宴地獄に捕まり連れられた山。
まだ見ぬ地獄がいるというならば、あの山が最も可能性が高い。
だが……此方の勝算は濃いとは言えないだろう。
あの山は彼らの陣地。攻めるならば、考えうる限り最大限の備えをした方がいい。
「あんたのサーヴァントや仲間たちと合流すれば、戦力の問題も引っ繰り返せるかもしれない。ひとまずはそれが最優先っしょ」
鈴鹿は力強く、明朗に笑う。
どんな不安も晴らしてしまうだろうその明るさは、暗がりに覆われた世界の中で、ひどく眩しく映った。
「そのために、とりあえずは、今日は休むこと。ナガレが軽食作ってくれてるわ」
鈴鹿は手を振って一足先に小屋へと戻っていった。
僕も続き、戻ろうとして――そこでようやく、入り口の変化に気付く。
「……旗が」
そこに立ててあった、新選組の象徴、誠を掲げた旗がなくなっていた。
「あぁ……そう、ですね。土方さんも、やられてしまいましたし」
「どういうことだ?」
「あの旗、ただの旗じゃないんですよ。私たち新選組のサーヴァントが等しく持つ、宝具なんです」
言って、沖田はその手に同じ旗を出現させた。
宝具――伴う魔力は、突出したものではない。そのままでは効果のないものなのだろうか。
「あそこに立ててあったのは、土方さんの旗でした。また、新しい旗が必要ですね」
意思を継ぎ、新たな象徴とするように。
沖田は己の旗を小屋の前に立てる。
たとえ土方がいなくなっても、“そこ”が新選組だと、沖田は宣言したのだ。
しかし、一つ、気になる言葉があった。
「……また、っていうのは」
「ああ、言ってませんでしたね。土方さんの旗は二代目なんです。元々、私たちは二人じゃなくて、三人で召喚されていたんです。近藤さんって、知ってますか?」
「近藤――近藤 勇か?」
「はい。近藤さんが此処を拠点にするって定めて、そこから全部始まったんです」
近藤 勇。新選組を取り仕切った局長。
そもそも沖田と土方は、その彼と共に召喚されていたのか。
僕がここに来てから、その姿を見たことはない。どこかに単独で赴いている、ということも考えたが――
「近藤さん、弓境と相討ちになったんです。それで、土方さんは近藤さんの意思を継いで、自分の旗を立てました。だから私も、二人に続き、此処を、新選組を、誠の一字を、守らないと」
僕が此処に来る前に、信長たちは一人の地獄と戦った。
アーチャー――弓境地獄。
既に討伐されているものの、犠牲なしで勝利を掴むことは出来なかった。
近藤は討たれ、しかし新選組は潰えぬと土方と沖田はその拠点を守り続けていたのだ。
「新選組は私一人になってしまいましたが、まだ終わってはいない――いや、これからです。牛若さんの分まで、貴方の刀として。願わくば――貴方がサーヴァントと再会した後も」
「……勿論。これからも、よろしく頼む」
メルトと離れ、もうすぐ二日が経とうとしている。
恐らく、呪いは未だに健在。
正体不明のそれに加え、右腕を失い、旧知であった牛若とも別れてしまった。
黒竜王のような、単独での絶望感ではない。
この特異点は、一歩ずつ、確実に、僕を追い詰めてきている。
……メルトは、どうしているだろうか。
もしかすると、他の地獄と戦っているかもしれない。
――大丈夫だとは思う。
だが、同時に不安もあった。
僕が早々に離脱してしまった故に、向こうのサーヴァントたちの技量や強みが分からない。
願わくば、合流するまで、そういった戦いが無いよう――離れた場所にいて、連絡手段もない僕には、ただ無事を祈ることしかできなかった。
落ち着いた節目の回。
土方さんはこれにて退場です。お疲れ様でした。
そしてハクの装備に顕妙連が追加。使うことはなさそうですけどね。
近藤さんの存在も言及。最初はオリ鯖として登場予定だったのですが、今章はキャラをやや絞る方向に変えたため没となりました。
長かった三夜はこれにて終わりです。