Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
龍馬さんは好きなサーヴァントなので配布は嬉しいです。
で、参考書で殴りたくなるあの人は来ないんですかね。
私の一撃を打ち払うと、酒呑童子は地面を蹴って後退する。
炎より生まれる鬼たちの群れから離れるように、屋根に跳ぶ。
今度は逃がさない。あの金色のサーヴァントよりも、幾分撤退の動きは緩い。
鬼やシャドウサーヴァントたちは、私がいなくてもなんとかなる。
ゆえに私は単独、酒呑童子を追う。
燃え盛る町並を下に見ながら、未だ形を残す家々の屋根を跳ぶ。
「こっちは任せたわよ!」
『メル――』
カズラとの通信が途絶える。どうやら、不安定な領域に飛び込んでしまったらしい。
だが、追跡を中止し酒呑童子を見逃すという選択肢は存在しなかった。
――遅い。あの鬼の敏捷性は定かではないが、この程度ならば追いつくのにも大して掛からない。
それが彼女の出せる速度の限界なのか。それとも――
「ふふ、そう来ぃひんとなぁ」
ちらりと此方に振り向き、私を確認すると、酒呑童子は呟いた。
やはり、私が追ってくるというのは百も承知。
ならば勿論、やってくるのは――
「迎撃、よね――!」
腰の瓢箪から噴き出された水流。
対して私も溶解の水を放ち、その性質を無力化した上で突破する。
――酒の類。性質を確かめるべく、ほんの一滴吸収したものは、瓢箪の中にあって然るべきなものだった。
そして、その中に――ごく僅か、知った蜜がある。
味覚ではなく、全体に染み込むように伝わってくる、何より落ち着く甘ったるさ。
それが本人ではなく、初対面の敵の持ち物から感じられるという許しがたい事実。
此方の激怒を、彼女は読み取ったらしい。
笑みを深めて、逃げる足はそのままに振り返る。
「ほれ、鬼さんこちら、手の鳴る方へ――」
わざわざ剣を収め、手打ちをしながらの挑発。
未だ瓢箪の口は此方に向けられている。
であれば、冷静さを欠かせたところで何をしてくるかなど明白だった。
「さよならアルブレヒト――!」
先程とは比較にならない、膨大なる鉄砲水。
だが、対軍宝具ほどの威力も伴っていない水流など恐るるに足らない。
水の膜を、私を囲むように展開する。
動くことは出来なくなるが、嵐の海のような奔流の中で、一つの安全領域が作られた。
酒呑童子の姿は見逃さない。鉄砲水の勢いが弱まり、上方に攻撃の死角が出来たことを見計らい、膜の解除を行う。
同時に跳躍。膝の棘での刺突は躱されるが、それを悟った時点で私は行動を変えた。
屋根に脚具を突き刺し緊急停止。体に回転を加え、重さを込めた蹴りを叩き込む。
「ッ――――!」
休ませはしない。更に一回り、斬撃に魔力を込め、放つ。
その追撃の結果は見ない。当たろうが受け止められようが、牽制になればそれでいい。
屋根を飛び下り、水浸しの地面に着地する。
それはもう“酔”に満ちた酒ではない。水の膜に染み込ませていた支配の毒は、十分に浸透した。
私は性質そのものが完全流体。流体を操り武器にするしかできないのであれば、一度離れたそれらなど私に支配権を譲ったも同然だ。
「返すわ!」
支配下に置いた水を私の一存で以て逆流させる。
私の一つ一つの攻撃は、威力に秀でたものがない。
しかし、こうして敵の攻撃を利用してやるなど、補う方法はいくらでも存在する。
私の宝具ほどではないが、染み込んだ者を溶かす毒の波。
これで仕留められる、とも思ったが――そこは往生際の悪さを伝承にさえ謳われる鬼、ということなのだろう。
「……しぶといわね。楽に逝けるならそれ以上はないわよ?」
「ご生憎様やね。酒に溺れるなんて死に方するには、この酒じゃあちょっとばかり弱いわぁ」
何処から呼び出したのか、鬼に巻き付いて盾となる巨大な蛇身。
波を受け切ると同時に倒れ伏した使い捨ての駒は、そう扱うには惜しいのではと思えるほどに強力な大蛇だった。
眷属、ないしそれに類する使い魔の呼び出し。
ただ鬼を統べるだけではないということらしい。
「そないな甘ったるい酒じゃあうちは溶かせへん。あんたはんの大事な人の骨、気持ちよう酔うにはなかなかやけど、まろやかさが過ぎるさかい。あんたはん、あの小僧っ子と再会したら、少し体を鍛えるよう言って――」
「ッ、黙りなさい!」
誰かがハクの成長を期待する。それは構わない。
事実、そうして誰かとの差、自身の未熟を糧にすることで、ハクは成長してきた。
だが――あの鬼の言葉は、ハクが受け入れて良いものではない。
寧ろ悪影響以外の何物でもない、ハクに一切の利益がない戯言だ。
「激情ぶつけられても痛くも痒くもあらへんよ。にしても、一人で追ってくるなんて蛮勇やねぇ。そないにうちを殺したいん?」
「当然よ。ハクに手を出したこと、後悔させてあげるわ」
「あっははは! 怖い怖い。あの人畜無害な小僧っ子とは正反対やわ」
余裕を崩さず、舐めきった態度の酒呑童子に対する苛立ちはつのる。
そして、同時にハクを意識することで訪れる、不快極まりない干渉。
全身を這い回るような感触に、僅かに身が竦んだ瞬間、
「ッ!」
ハクではない、あの鬼が持つ人を蕩かす甘美な酒気に酩酊していた各所の感覚が、僅かに解けた。
そして気付く。背後に忍び寄る、しゅるしゅるという音。
間違いなく、先程のものと同じ大蛇。だが、対処をすべく振り向けば酒呑童子に隙を晒すことになる。
この挟撃を防ぐには――上か横。跳躍のため、身を屈め――
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!』
大蛇の叫びで、それを止めた。
酒呑童子もまた、唖然とした様子で私の背後に目を向けている。
ともかく、これは好機。仕切り直しと右方に跳び、距離を取りつつそれまで背後であった方を確認する。
「……?」
大蛇は、大いに燃えていた。
肉を焦がし、その内にまで届き、パチパチと音を立てながら燃える炎。
それに暫く身悶えしていた大蛇は、やがて力尽き、倒れ伏した。
「ああ――なんて悪辣。なんて下劣。妙な色香で人を誑かし、背後から伏兵をけしかけようなどと。わたくしついつい手が出てしまいました」
蛇の更に後方。
後悔するように溜息をつきながら、歩み寄ってくるサーヴァントがいた。
緑と白の着物に、長い緑髪の少女。側頭部から生えているのは――角?
「火生三昧に出でたも何かの縁。これを機に己を見つめなおそうとすれば、その実、随分とまあ荒々しい戦場のようで」
「……あんたはんは? 見たところそっちにつくサーヴァントって訳でもなさそうやね」
「ええ。何れに何方がいるとも存じませんが、何処にも与してはおりません。ただ、お二方を見ていた限りでは、正義はあちら様にあるように見えますが」
「間違ってはおらへんよ。うちらは悪。この京の都の全てを焼き払う地獄や」
酒呑童子の言葉を聞いたサーヴァントは、一つ頷く。
そして今度は、此方に目を向けた。
「では、そちらは? 彼女らを倒すのが目的ですか?」
「……当面はね。最終目標はこの時代の異変解決、および原因となった聖杯の回収。……もっとも、今アレと戦ってるのは別の理由だけど」
話しつつも、調子を整える。
ハクからの魔力は流れてきている。あの鬼が相手であれば、戦える。
「別の理由?」
「……大事な人を傷つけられた。私にとっては時代より優先すべきことよ」
自分を落ち着かせるためにも、関係ないと突っぱねず、正直に打ち明けた。
私にとってそれは、自身以外の全てが敵になったとしても揺らぐことのない価値観だ。
今ばかりは時代の修正も、未来の消失も関係なく、私事で戦っている。
「……あぁ……なるほど」
また一つ、そのサーヴァントは頷いた。
「さて、再開や。あんたはん、うちは気に掛けへんよ。すぐ逃げはったらよろしおす」
「逃げる……? まさか。わたくしはひたすら追うのみ。逃げるなど、考えることもできませんわ」
酒呑童子の警告を考える様子もなく、サーヴァントは即答した。
小さな笑みを浮かべて此方に歩いてくる少女にも、警戒を向ける。
何かが気に入らなかったとして、彼女と同時に戦うことになったとすれば、戦略を組み替えなければならない。
「警戒なさらずとも、大丈夫ですわ」
――その時、唐突に、自身と繋がる新たなパスが生まれた。
ハクとのものとは違う。それは、全く別の契約。
「貴女――」
「貴女様の大切な方を想う気持ち、わたくしは確かに楔として受け取りました。押しかけ小姑のようですが、そこはそれ。あれなる仇敵は例えるならば安珍様とわたくしを隔てる道成寺の鐘の如し。であればわたくしもまた打倒に力を貸しましょう!」
どういった事情かは不明だが、この時代四人目のマスターとして選ばれた私。
そして、そのサーヴァントは、自分から、勝手にパスを結び、契約してきた。
「バーサーカー、真名・清姫。問答など最早不要。貴女がわたくしのマスターです!」
「……自分から首突っ込むなんて、またえらい数奇者やねぇ。なら、どっちも敵、でよろしおすか?」
「勿論です。無視するでも勝手に火は吹かせてもらうのでそのつもりで」
身勝手に契約したサーヴァント――清姫は、堂々と酒呑童子に宣言した。
――マスターとして契約したからか。清姫の能力が伝わってくる。
……。
「……貴女、そのステータスで叩ける大口なの?」
平均的な値を示す敏捷を除き、全てが最低値。
唯一宝具のランクが規格外を示しているが、およそ英霊として最低クラスと言ってもいい。
「ご安心をマスター。力では及ばずとも、わたくし、己の想いには自信がありますわ」
――確かに、清姫の周囲には、妙な熱気が漂っている。
先程大蛇を焼いたのが彼女であるならば、炎を操る力があると見て良いだろう。
だが、だからと言って酒呑童子のように戦いを得意とするサーヴァントに抗えるとは思えない。
精々が使い捨てになるか――ひとまず自身のサーヴァントとして、その役割を己のうちで定める。
元々誰と契約するつもりもなかった。この場である程度役に立てば上々だ。
「ほんなら、少し上げていこか。加減は出来へんから、あんじょう気張りや?」
再開の狼煙に、瓢箪から放たれる瘴気。
瘴気はみるみるうちに、周囲に広がっていく。
直接的な攻撃力はない。だが、この性質は。
「――毒!」
触れたと同時に感じた寒気に、即座に幕を張る。
清姫にはそれに対する守りはないが――
「虚仮脅しですか?」
しかし、まるで影響がないかのように、反撃した。
軽く吹かれた息はたちまち熱を帯び、炎となる。
「なっ――」
酒呑童子にとっても、予想外であったらしい。
先制攻撃の余裕の顔を消し、立っていた屋根から飛び退く。
屋根に走る魔力を帯びた炎は、タマモが使う妖術と同質のものではない。
その神秘はサーヴァントが纏うものとは異なる、この世からは既に失われたものに思える。
「おかしいなぁ、うちの酒の毒が消えてはるわ。あの小僧っ子かなぁ」
ハクが何かしたのであれば、それは存分に利用させてもらおう。
どうあれ、酒呑童子に毒の脅威は皆無、ないし殆どなくなっているらしい。
であればその方面でも、私は勝っている。
清姫の炎が酒呑童子を襲う。その回避は容易いだろうが、避ける方法は簡単に予想出来る。
「随分と、余裕じゃないの!」
「ッ!」
付いた切り傷は一つ。だが、それは確実な意味を成す。
少しでも打ち込めば、刻一刻と相手を蝕む私の毒。
能力の溶解はすぐに開始される。無論、致命的になるまでは相応の時間が掛かるだろう。
だが、少しずつでも確実に敵を追い詰めていく。
元々私と差があるのであれば、それはさらに顕著になる。
「はっ!」
清姫も、多少なりとも役に立っている。
その火は気に留めずにいられるほど小さい威力でもない。
確かに一流のサーヴァントの剣戟などと比べれば微々たるものだろうが、炎の傷は斬撃の傷とはまた違う痛みを生む。
そして、清姫を気に掛ければ私から注意を逸らすことになる。
酒呑童子の速度は私には及ばない。その隙を突くのは簡単だ。
「これは、少し……」
焦燥の表情に、思わず笑みが零れた。
因果応報。ハクを傷つけたならば、これが当然の報いというものだ。
みるみるうちに、その肌に傷は増えていく。
愉しい。その傷が増え、余裕の笑みは苦悶へと変わっていく。
私の苦痛には同等の報復を。ハクの苦痛には倍の報復を。
ただでは殺さない。元よりそのつもりだったが、やはりそこはサーヴァント。
私がわざわざ気を使わずとも、十分にしぶといらしい。
「本性、出すしか、あらへんな!」
次の瞬間、爆発的な魔力が発生した。
地下――その正体を確かめずとも、それは自ら現れる。
先程のものより遥かに強大な蛇。
ただの数合わせという訳でもないらしい。
その魔力は魔獣という域には収まらない。
酒呑童子が操れる眷属の中でも、最上級のものだろう。
「竜紛いの小娘相手なら十分やさかい。さっきみたいに一思いで燃せるほどやわくはあらへんよ」
その宣言は真実、全力を出すという証。
まだあのサーヴァントは宝具の真名解放もしていない。
危機とあらばその使用も躊躇はすまい。
その隙をあの眷属を以て作り出す腹積もりか。
「ふん。尚も続く安珍様への道中に比べれば児戯にも等しいです。どうぞ掛かってきてくださいまし」
清姫がそのつもりであるならば、これまで同様に気に掛ける必要はあるまい。
そしてどうやら――運もまた此方に味方をしているらしい。
「よう。その鬼退治、オレも混ぜちゃくれねえか」
「――あら、無粋だこと。飛び入りするほど自身があるのかしら?」
「おうよ。生憎マナーなんてもんは知らねえが、役立つぜ?」
この場に集った、第四のサーヴァント。
彼は来るべくして現れたのだろう。
真名を知る前から、何となくそれを察することが出来たのは、ハクと長くを共に過ごしてきたからか。
あの鬼とそのサーヴァントの間に結ばれたものは私にははっきりと分からない。
だが、ハクであればきっと、何かをしっかり感じ取ることが出来ただろう。
「……ほーか。ほーかほーか。懐かしい香がすると思ったわ。久しぶりやねぇ、金髪碧眼の小僧?」
「ああ。運命ってのも中々小憎たらしいことしてくれるじゃねえの。だがまあどうやら、やる事は変わらねえらしい。今度は小細工抜きで殺り合おうじゃねえか」
斧を力強く振り回す、金髪おかっぱ頭のサーヴァント。
この時代を守るべく召喚された正義の英霊からは、
「さあ! バーサーカー・坂田金時――推して参るぜっ!」
――ほんの僅かに、ハクの雰囲気が感じられた。
という訳で清姫登場。
恐らくは前代未聞だろうメルト&清姫主従の誕生です。よろしくお願いします。
更にゴールデンも颯爽参戦。ヒーローは遅れて来るものです。
EXTRA編以来のメルト視点での戦闘シーン。
ハクとの強さなどの差から、描写に結構違いがあります。