Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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第五夜『酒宴の餓狼』

 

 

 牛若が消滅した戦い。

 あれから二度、日が変わった。

 シャドウサーヴァントは相変わらず襲撃に現れる。

 人数こそ減っているが、しかし僕たちは生き延びられていた。

 最初に戦った影のような厄介な能力を持つ者がいなかったのが要因か。

 そして地獄の襲撃は、あれから無い。

 今この瞬間も、この京の何処かで動いているのだろうが、此方に対しては不気味なほどに静かだった。

 メルトたちの様子がわからない中で、変化があったのが昨日。

 メルトとのパスを通じ、尋常ならざる量の魔力が持っていかれた。

 アレは恐らく、メルトが宝具を使用するためのもの。

 つまり、宝具を使わざるを得ないほどの何かが起きた、ということだ。

 ただのシャドウサーヴァントであれば、それほどの事態は起きまい。

 であれば――地獄が現れた、ということかもしれない。

 メルトに供給される魔力は今は落ち着いている。

 また、彼女が存命であるということもわかる。

 そして、昨日突如として、この時代の空気が変わった。

 悪い方向に、ではなく、どちらかといえば穏やかな、良い方向に。

 これらの状況から考えて、この時代を侵す地獄が最低でも一騎倒れたと考えるのが妥当だろう。

 それを確信する訳にもいかないし、仮に真実だったとして誰が倒されたかもわからない以上対策を怠ることもできない。

 だがほんの少し解決に近づいた気がして、気分も幾分か楽になった。

 鈴鹿から借り受けた顕妙連の力か、あれから吐き気などの症状はない。

 カズラとの連絡こそ未だ繋がらないが、事態はやや好転していると思えて冷静になることができていた。

「なるほど……既に三つの時代を」

「ああ。最初はブリテン、次はマケドニア、この前は何処とも知れない大海原。どれも一筋縄ではいかなかったけど、夢のような冒険だった」

 五日目。

 またも妙な時間に目が覚めてしまい、ちょうどその時間、外で警戒をしていた沖田と話していた。

 これまで歩んできた時代について。

 未だ以て原因不明の未来消失。解決の鍵は、黒竜王から聞いた「特異点の破壊」と「聖杯の破壊」。

 単調にそれをこなしてきたが、そろそろそうも言っていられない。

 この時代の解決のみならず、その先――この事件そのものの手掛かりも、見つけなければならない。

 黒竜王やメディアは、何かを知っているようだった。

 ――私に、それを答える自由はない。ただ立った場所が終末であるならば、私は己が力を以て、民を――国を、救うまで。

 ――……いいえ。私には、分かりません。知っているのは、その手段だけ。そして――それさえ、口には出来ません。魔術師として、私は敗北しましたから。

 だがどちらも、それを話す自由がなかった。

 恐らく彼女たちの後ろには、彼女たち以上の脅威がある。

 きっと、それが事件の黒幕なのだろう。

「その三つの時代、その何れにも規格外の敵がいた、と……つまり、この時代にも」

「ああ。可能性は高い」

 最初の特異点では、事件の解決に集った英霊全てが力を合わせ、それでも勝利は紙一重だった。

 マケドニアや大海で最後に現れた怪物も、討伐こそ出来たが時代を破壊し得る存在だっただろう。

 それらと同等の何かが、この特異点にも紛れていることもあり得よう。

「では、尚更地獄に負ける訳にはいきませんね」

「ああ。皆の力があれば、きっと何とかなる」

 そう、沖田と笑い合ったときだった。

 小屋から物音が聞こえ、振り向けば蒼白の肌の少女がいた。

「ナガレ……?」

「目覚めていらしたのですね。何やら話し声が聞こえたもので、少々気になりまして」

 相変わらず、深い隈を刻んだナガレ。

 あまり睡眠は必要ないと言っていたが、それでもその顔色の悪さも相まって心配になる。

「なんのお話しを?」

「あぁ――僕が今まで歩んできた時代の話だ」

 ナガレにも、掻い摘んで話をした。

 英霊である沖田にも新鮮な話だったのだ。

 ナガレもまた、到底信じられないといった面持で話を聞いていた。

「――多くの死線を、潜ってきていたのですね」

「そう、だね。そのたびに、誰かに助けられてきたけど」

「そこに飛び込める意欲があるのは素晴らしいことです。私には――到底選べぬ選択です」

 己を卑下しながら、ナガレは言う。

「ナガレさんも、この時代を守る一人じゃないですか。十分に勇気があると思いますよ」

「絶望的な状況に、ようやく背中を押されたようなものです。こうしなければ……私には何も無くなっていましたので」

「――それは、どういう?」

「記憶がないのです。この都が焦熱に包まれるより前の記憶が、一切」

 記憶喪失――ナガレは、既に己というものを失っていたのだ。

 そしてそれが、同時に彼女に一歩を進ませるきっかけになったらしい。

「気付けば、私は己の名も含めたほぼ全てを忘れていました。そして炎の恐怖から逃げるために、信長様に仕官したのです」

 ――そうか。その名を知らないのも当然だった。

 この特異点が発生するまで、ナガレは信長とは縁のない存在だったのだろう。

 緊急の事態になって、ナガレは藁にも縋る思いで仕官を申し出た、と。

「ナガレという名は、その際咄嗟に名乗ったものです。名を問われた時、自然と、この名が出てきました。本来の名ではないとは何となく分かるのですが、違和感がないのです」

「記憶の手掛かりは、何も?」

「……幾つかはあります」

 ナガレは失った記憶の断片を手繰るように、目を閉じて考える。

「……一つは、私の持つ幾つかの術理。どうやら一つの道ではなく、幾つかの道に通じていたようなのです」

「それは……魔術や妖術というような?」

 頷くナガレ。それは、特異というか、非常に希少な例に思えた。

 魔術、妖術、呪術、幻術。そうした常人とは異なる術理を操る道は多岐に渡る。

 それらのうち一つに適性を持つのが、“通常の異能者”だろう。

 だが、ナガレはそれらのうち複数を学んでいるらしい。

 拠点としている小屋の内部を広げているのは魔術によるものだろうが、それ以外にも彼女には力があるようだ。

「そしてもう……忘れられぬ姿が、二つ。優しげな微笑みの殿方と、完成されながらも、幼かった――恐らくは、私の子」

 記憶の大半を失ってなお、忘れることなんて出来ない大切な人の姿。

 無表情なナガレだが、それでも声色に宿る思いは十分に伝わってくる。

 並みの間柄ではない、家族のような者に向ける愛おしさ。

「しかしそれらは今は気にすることではありません。とにかく、この地獄の危機を解かなければ」

「ああ――」

 しかし、その記憶の探求を今は封殺し、ナガレは信長に尽くしている。

 きっと、世界が元に戻れば、記憶も戻るだろうと――

 

「――ふむ。各々事情を抱えているか。それでこそ。信念無き者を殺してもつまらぬわ」

 

「――――」

 その時聞こえた第四の声は、完全な不意打ちだった。

 ざわりと全身を巡るように寒気が走り、少し前までの穏やかな気分は吹き飛ぶ。

 だがその声から感じる性質、体の底からの警告は、決して逃亡や戦闘を促すものではない。

「――抜くな!」

 剣に手を伸ばした沖田を制する。

 確かにそれは、敵に接近された状況では愚行かもしれない。

 だが、彼に関しては違う。

 無論、戦闘放棄と見なされても仕方のない行動ではあるが。

「ほう? 何故剣を抜かん?」

「……此方に声を掛けたということは、不意打ちをするつもりはないと判断した。此方に戦う意思がなければ、貴方に戦う理由はないだろう」

 ここまで言って、尚も攻撃はない。

 確信した。この特異点にて既に一度見た、その英霊の正体を。

「……小僧、儂を知るか」

「天地合一の圏境と類稀な槍の技術、そして八極拳。それらの使い手を一人、知っている」

 ほう、と声が漏れた後、再び静寂が包む。

 未だ姿すら見えぬ敵は、続きを促しているようだった。

 ならば、告げる。あの時の姿は初めて見るものなれど、その真名には確信があった。

 黒き友のサーヴァント。結ばれた絆は、確かに姿の異なる彼を示していた。

「神槍、李書文。貴方がランサーとして喚ばれたのだと判断した」

「――呵々々々々ッ! これは面白い! 下らぬ迷信や世迷言の何倍も笑わせてくれるわ!」

 からからとした、乾いた笑い声。

 八極を極め、神槍に至った老いた魔拳士は、僕たちが拠点としている小屋に背を預けた状態でゆらりと姿を現した。

「然り。我が名は李書文。槍克の業に縫われ、この都に参上した。ぬしらとは、必然として敵となる」

 コートを羽織った、初老の男性。

 枯れた姿はしかし、僕が知っている青年の頃の書文(アサシン)の面影を確かに残している。

 右手で持ち、肩に軽く乗せている六合大槍を、アサシンであった彼が使う姿は見たことがない。

 だがその腕が凄まじいことは、現代にまで伝えられる逸話から否が応にもわかってしまう。

 八極拳は六合大槍を学ぶための前段階ともされる拳法。

 老いた彼であれば、熟練をも超え達人の遥か先を行くだろう。

「……敵ですよね? 白斗さん、何故抜くなと?」

「一戦一殺、それが李書文の信条の筈だ。声をかけたということは、問答無用での戦闘のつもりはないんだろう?」

「応さ。しかし儂の信条までもを知るぬしは――ふむ、そうか。大方この儂と面識があるな?」

「ああ。李書文というサーヴァントと出会ったことがある。出会って、戦って、助けられた。そのときは、召喚された年代が違うし、クラスもアサシンだったけれど」

「呵々、殺しに悦を覚え大悟も遠き若年の頃合いか。ああ、あの頃の儂ならアサシンでも喚ばれようさ。うぅむ、このような小僧と昔を語るとはなぁ。これだから英霊とはわからぬものよ」

 獰猛な笑みながら、そこに殺意は感じられなかった。

 かつての自分が暗殺者(アサシン)として召喚されたことにも、気にする様子はない。

 そうなっていても仕方がないことだ、と彼自身思ったのかもしれない。

「……それで。その槍克地獄が私たちに何の用です?」

「さてなぁ。気ままにぶらついていたら偶さかぬしらを見つけたまでよ。しかしまぁ、そうさな。強いて用があるとすれば……ふむ」

 僕たちを見つけたのは、あくまで偶然らしい。

 かつての戦の際の猛虎が如き凶暴さを感じさせない平時の姿は、青年の時より幾分落ち着いている様子も見えた。

 サーヴァントが召喚される際、基本的には全盛期の姿で召喚される。

 その全盛期が“複数ある”という例、李書文はそれに該当するのだろう。

 大悟に遠き凶拳(アサシン)と、大悟を間近にした神槍(ランサー)

 二つの姿は、どちらも李書文なのだ。

 老いた李書文は、暫し考え込む様子を見せ、思いついたように一つ頷く。

 そして、腰からぶら下げていた瓶を持ち上げ、

「ぬしら、儂と酒を飲まぬか?」

「……は?」

 瓶と共に下げていた杯を三つ此方に放りながら、提案してきた。

 

 

「再び世に下りたは良いが、酒飲み仲間に恵まれなくてな」

 瓶から酒を注いでいく書文は、そんな愚痴を漏らした。

 自身のものも含めた三つの杯に酒が満ちていく。

 僕の分については、早々に断った。僕の時代は年齢での規制があると説明したが、納得してくれたようだ。

 実際、飲酒の年齢に関しては国ごとに定められているものがあるし、月で生きてきた僕には適用されないのだが、そもそも酔いを好かない以上有効に利用させてもらった。

「剣牢は幼子、弓境が死に幾日。術懐は殆ど姿を見せず、鬼どもと酒を酌み交わすほど命知らずでも酔狂でもない。騎願くらいしかおらぬのを残念に思っていたのよ」

 肩を竦める書文は、ようやく新たな仲間を得られたと笑う。

 そもそも仲間ではなくあくまで敵同士なのだが……と思うのは、今の彼の上機嫌さからしたら野暮なのだろう。

「……毒でも入っているのでは?」

「呵々。毒の辛苦は昨日のことのように覚えておる。そのつもりなら同じ瓶から注がぬわ。それに、毒殺などつまらんだろう」

 沖田の疑いを笑い飛ばした書文は、これが証明だと己の杯の中身を飲み干す。

 書文の死因の説として有名なものに、毒殺がある。

 拳法試合で恨みを持った相手の親族から毒を盛られ、座椅子に座りながら息を引き取っていたというものだ。

 サーヴァントは己の死因を強い弱点として保持するという傾向がある。

 もし酒が毒入りだとしたら、その中身を自分から飲むということはしないだろう。

 未だ半信半疑といった様子の沖田とナガレも、その様子を見て軽く口をつける。

「……!」

「っ……、まあまあ、ですね」

「だろう。殺爽からくすねてきた上玉よ。そら、屋根の上の小僧もどうだ? 旨いぞ」

 屋根の上――ここに来てから一切小屋の中に入ることなく、彼方を眺めているシャルヴにも、書文は声をかける。

 だがシャルヴは書文を一瞥した後、また何事もなかったかのように遠くに視線を戻した。

 人と関わることを極力避けた男は、酒という娯楽に対してすら取り付く島もない。

「ふむ、つれないな。随分と堅物と見える」

 さして気にした様子のない書文は、次の一杯を注ぐ。

「まあ良いわ。酒も入った。酔いが回るには遠いが、これは酔っ払いの戯言と思って聞け」

 沖田やナガレの空になった杯にもまた注ぎつつ、書文は話を切り出した。

「――殺爽が死んだ。小僧、ぬしの連れである未来よりの者たちに討たれたそうだ」

「ッ!」

 何てことのないように告げられた、地獄の一角の消滅。

 その事実に、昨晩大幅に持っていかれた魔力の原因を理解した。

 酒呑童子――あの鬼相手にメルトたちは戦い、勝ったのだ。

「しかしだ。それで狂宴は大層苛立っている。最早誰にも抑えられぬほどにな。覚悟せよ。儂らとぬしら、どちらが勝つにせよこの地獄、近いうちに収束と相成るだろうよ」

 警告だった。

 残る地獄は、離反した天国含めて五騎。

 それらの首魁であるという狂宴地獄――茨木童子は、ほかでもない酒呑童子の朋友。

 その友の死に怒り狂い、この時代の破滅を一気に推し進めようとしている、ということだろう。

「……それを、何故僕たちに?」

 書文と僕たちは敵同士だ。それは、書文自身も言っていた。

 此方に情報を渡す理由はない。

 であれば考えられるのは、書文の言葉が虚言であるということだが――

 そうは、思えない。少なくとも僕が知っている李書文という英霊は、そのような虚言を弄する性格ではなかった。

「呵々。酔っ払いの言葉に理由なぞ求めるな。別にぬしらを利するために口走った訳ではないさ」

「……納得、できるとでも?」

「納得しようとすまいと、儂には損も得もないわ。だがまあ――」

 ――その一瞬、李書文本来の、獣の瞳を見た。

「木偶にも等しい人間共と、不意討つのみだった英霊一騎。それでは槍も飢えるというもの。これでぬしらが備え、万全を超えられるというならば安いものよ」

「――――」

 言うなれば、今の李書文は餓狼。

 武の極みをぶつけ合う、極限の死合いをこそ望んでいる。

 断じて、前回の戦いのような展開は求めていない、と。

 その眼は――この場唯一の剣士、沖田へと向けられている。

「……いいでしょう。こんな戦場では、予告も直感もなんの役にも立ちはしませんが……私が万全以上になれば、私が貴方を斬りましょう。正直、今のままでは貴方に勝てそうもないですからね」

 神槍。その生涯を武に費やした李氏八極の創始者。

 沖田と彼は、共にその道の極みを行く達人といえる。

 だが、若きに散った自身の果てを顧みてか、それともあの戦闘の一刺を見てか、或いはこうして話してみて、何かを感じたのか。

 沖田は悟ったらしい。書文には勝てないと。

 剣と槍という異なる得物なれど、人を殺すための技として極まった両者の武。

 そのどちらが劣っていると判断することは出来ない。これは、当事者である彼女のみが分かることなのだろう。

「それが叶うことを期待しよう。さて、儂はそろそろ行く。狂宴を抑えるのも、そろそろ騎願だけでは限界だろうて」

 ――その酒はくれてやる、と言い残し、槍を持ち直した書文は一度此方に笑い、消えた。

 霊体化ではない。彼が至った圏境の賜物だ。

 決戦は程近い。恐らく、この地獄が決着するまで、あと三日と不要だろう。

 地獄が一人倒れたとはいえ、まだ勝算は高いとは言えない。

 向こうが本腰を入れたというならば、尚更、早くメルトたちと合流しなければ。

 

 一つの地獄との邂逅を始まりに、五日目は幕を開けた。

 気持ちを新たにしたその数時間後、この特異点における転機は訪れる。

 ――ナガレが、金時からの報せを受け取ったのである。




槍克地獄の真名判明。老書文先生です。
また、ナガレに関して掘り下げ。
そろそろ四章も後半に入ります。
今年中に五章完結とかほざいてた人間が半年使ってようやく四章の前半終了です。
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