Fate/Meltout -Epic:Last Twilight- 作:けっぺん
メルトを強く、強く抱き締める。
折れてしまうのではないか、と考えることは出来なかった。
「――ハク。体は大丈夫?」
「え……?」
「骨が一本引き抜かれたって聞いたわ。何か支障は?」
ああ――メルトは酒呑童子と戦っていた。
であれば、それを知っていてもおかしくないか。
「ううん。そっちは問題ない。けど……」
どの道、此方は隠し通すことなど出来ない。
名残惜しいがメルトから手を離し、右腕の袖を捲る。
あまり、自分でも見ていて心地の良いものではない。ナガレによって先は留められたものの、やはり不気味に感じられた。
「ッ……やったのは誰?」
「シャドウサーヴァントだよ。もう倒した」
あの戦いも、思えばこの特異点での転換点での一つだっただろう。
片腕の喪失というのは、確かに痛手だった。
だがあの戦いをきっかけに、片腕だなどと到底言えないほどに頼もしい者が僕の護衛として付いてくれることになった。
「その件に関しては謝罪を。私の不覚により、紫藤さんに深手を負わせてしまいました」
「……貴女は?」
「セイバー、沖田 総司。今は紫藤さんの片腕として、お傍に」
「……訳が分からないけど、今は問いただしている暇なさそうね」
龍馬に向き直る。彼は、決して攻撃してくることなく、待っていた。
「そんな物騒な宝具持っていながら、案外優しいのね。名も知らない地獄さん?」
「感動の再会……らしきものに水を差すほど野暮じゃないさ。だけど――お竜さんもこの状態を長く維持できる訳じゃない。始めても構わないかな?」
メルトの聖骸布が体に巻かれる。
お荷物になるのは嫌だった。
だが、この行動は、“僕を守るより戦いに専念する”ことの証。
であれば断れは出来ない。元より今の僕に、メルトから離れた状態での自衛手段など殆どないのだから。
「ダンゾウ、貴女はそこの二人を守りなさい」
「御意に」
「オキタって言ったわね――竜だか神だか知らないけれど、アレ、斬れるかしら?」
「は? いや――ええ。否とは言いません。戦場に事の善悪なし、ただ只管に斬るのみ……であれば、竜も神も変わりませんね」
あの強大な竜に立ち向かうには、本来ではサーヴァント数騎では足りないだろう。
だが、メルトには勝てるという確信しかなかった。
僕たちが自身を奮い立たせていたのは、勝率が高いとは言えない状況だからだった。
メルトはそも、敗北の可能性を考えていない。
ああ――いや、当たり前だ。負ける筈なんてない。当然だった。
メルトが最強であることは誰より僕が知っている。僕が信じずしてどうするのか。
「よし……行こう、メルト。アリス、まだいける?」
「ええ! ハッピーエンドはまだ先よ。お兄ちゃんとお姉ちゃんを、ページの終わりまで助けるわ!」
アリスの戦闘には、僕の魔力は必要ない。
術式の発動と維持、必要なのはそれだけ。この術式が成立させる力には到底釣り合わないほどに規格外な効率。
である以上、メルトの戦闘、更にその補助――全て兼ねることも可能だ。
さあ、龍馬との決着をつけよう。
「――向こうも本気。ならわしらも全てを懸けにゃあな。行くぜよ、お竜さん!」
『おぉ――――!』
周囲の炎が吹かれ、掻き消えるほどに凄まじい咆哮。
闇が形を持ったような威容が大口を開けて此方に向かってくる。
メルトが横に跳び、魔力を変化させた水流を追従させる。
僕たち全てを呑み込まんとするほどの勢いだったお竜は、受け流されるように方向を変えた。
これで段蔵たちは被害を免れたが、僕たちだけは狙われ続ける。
「アリス!」
「えぇ!」
頁が舞う。千変万化の物語に準えた、数多の魔術が襲い掛かる。
お竜が圧倒的な防御力を持っていようとも、その主である龍馬は別だ。
思うに、彼はこの強大な宝具の担い手にして最大の弱点。唯一、“通常のサーヴァント”である部分だ。
そしてその特性を、龍馬は当然、そしてお竜も熟知している。
『ッ!』
攻撃をすぐさま中止し、顔を翻す。
身を前に躍り出し、魔術の一切を受け止めた。
『ガァァ――――!』
「メルト! 下に!」
その身の向こうで大口を開けるお竜の次の行動は予測できた。
すぐさまメルトは水膜を展開、それを足場として跳ぶことで、素早く地上に着地する。
次の瞬間、水膜は濃緑の瘴気に呑み込まれ、消えた。
「あんなものまで……」
竜種の大多数が己の
お竜もそれは備えているらしい。
火や水ではない、瞬間的に物質を腐敗、溶かし尽くす酸の息。
触れれば危険な代物だが、少なくともこれを吐いている間はお竜自体は動けない。
一瞬の隙を見逃さず、お竜の頭にまで詰め寄った沖田が、龍馬に剣を振り下ろす。
「おっと……」
「北辰一刀流、でしたか。ですが……!」
『龍馬!』
「わしの事はええ! お竜さんは向こうぜよ!」
その動きを見極めるように駆けるメルトと、地を砕きつつ追ってくるお竜。
お竜の頭の上では龍馬と沖田が鍔迫り合っているが……騎乗スキルのランクの差か、沖田が思うように動けていない。
こうしている間にも次々と湧く鬼たち。
光秀たちの近くに現れたものは段蔵が舞うように仕留め、僕たちの近くに現れたものはその後を追うお竜により叩き潰され、消えていく。
メルトの速度はお竜に勝っている。だが逃げているだけでは千日手だ。
様子を見たところ、あの直線状のブレス以外に遠距離に対応した攻撃はない。
であれば反撃の機会は存在する。重要なのは、それを如何に有効な一撃にしていくか。
「行けるね、メルト」
「ええ。タイミングを間違えないで、ハク」
考えた手段は共通していた。
逃げる速度を悟られぬ程度に緩める。
近づいてきたお竜がメルトを捉え、攻撃の姿勢に移ったタイミング。
「今!」
すぐ傍にあった家屋の裏に跳ぶ。
それはお竜にとって、障害物にすらならないものだ。
ゆえに、その小屋を粉砕しつつ、僕たちを噛み砕きにかかる。
だが、僅かでもお竜はメルトから目を離した。
そしてこの速度に慣れただろうお竜。次は、此方が不意打つ番だ。
「
瞬間的な敏捷強化。ほんの僅かな時間ながら、メルトに使用すれば神速にも勝る風になる。
砕け散る木々の欠片に紛れ、お竜の牙が振り下ろされる位置から離れる。
効果が切れる刹那の跳躍で、今度はメルトがお竜を捉えた。
そこは竜だろうと決して変わらない、生物全ての弱点である箇所。
ふわりと舞い踊るアリスがメルトの脚具に魔力を纏わせ強化する。
一撃の威力に乏しいメルト。であれば、僕たちがそのサポートをすることで補えばいい。
「――
「――はぁ――――!」
続く筋力の強化。筋力Eという数値だけのステータスでは決して叩き出せない威力で以て、お竜の眼を斬り裂いた。
『ぁ、ぁぁぁぁぁぁああああああ――――!』
悲鳴を上げ、お竜が大きく仰け反る。
バランスを崩した沖田が戦いを一旦中断し、地上に降りる。
そして僕たちの攻撃は終わらない。
盾を展開、足場にして、反対側に跳ぶ。
片目は奪った。ならば当然、次は反対だ。
「
放たれた斬撃。両目を奪うことが出来れば、戦いは格段に有利になる。
決まった――半ばの確信は、
「――させんちや!」
「なっ……!」
その刃を、お竜を庇って受けた龍馬によって破られた。
肩から胸にかけて斬り裂かれ、龍馬は地に落ちる。
まだ霊核への傷はない。だが直撃、間違いなく重傷だ。
落下した龍馬は、しかしまだ倒れることなく、刀を杖にして立ち上がる。
『龍馬……っ!』
「かっ、ぁ……なぁに、たまにゃ、良いとこ見せんと……愛想、つかされるがよ」
龍馬もまた、剣の達人だ。
やろうと思えば、沖田が退避する前に斬ることも出来ただろう。
その勝利を捨ててまで、龍馬はお竜を庇った。
あの二人の関係は、未だにわからない。
だが一つだけ理解できる――あの二人を結ぶ、掛け替えのないモノを。
「……ですが、それで貴方の勝利はなくなった。それでもなお、その行動を優先したのですか?」
龍馬の眼前には、沖田がいる。
刀を杖にしている龍馬にその相手は出来ない。
お竜の速度でも、沖田の一振りには及ばない。たった一つの行動で、勝敗は決した。
「……はは。まあ、そうだね。言ってしまえば、意地のようなものさ。結局、生前も英霊になってからも、助けられっぱなしだからねぇ」
『待ってろ龍馬、そんな傷、お竜さんが……!』
「おっと。この傷でそんなことされたら全身唾だらけになる。今はちょっと勘弁、かな」
宝具を発動する前の、とぼけたような雰囲気に戻った龍馬。
目の前に自身を殺せる者がいるにも関わらず、まるで気にしていないようにお竜に笑いかけた。
「白斗殿!」
元の場所からは随分離れていた僕たちを追うように、段蔵たちが駆けてくる。
向こうには既に危険がないらしい。見渡してみれば、無尽蔵に湧いてきていた鬼はその影さえ見当たらなかった。
「鬼の発生が止まりました。まだ地獄の打倒は叶っていないようですが……」
「……なるほど。やりきった、か」
そしてその結果に安堵するように笑ったのは、龍馬だった。
『龍馬――』
「ごめんね、お竜さん。こういう性分なんだ。今回はこういう手しかなかっただけで」
『……ああ、知ってるぞ。周囲のためだけ考えて、自分の身は気にしない。そして、すぐ傍の誰かさんの気なんて存在していないかのようにスルーする。こいつめ、まだ治ってないのか』
「はは、痛い痛い、流石にその爪で抓られるのは……待って本当に痛い、シャレにならない」
鋭い爪で器用にも龍馬の頬を抓るお竜。
戦いの最中の剣呑さはない。
あまりの変化に、僕もメルトも、沖田たちも唖然としていた。
「龍馬、一体……」
「もう勝ち目はないだろう? お竜さんはともかく、僕は。ならまぁ、なんだ……もういいかなって」
いつの間にか、彼が被っていた帽子はなくなっていた。
頭を掻きながら苦笑する龍馬に、もう戦意はないようだった。
「僕自身の役目は多分終わった。これでアレの介入も効くだろうさ」
試合には負けたが、勝負には勝った。
そんな様子で笑う龍馬は、内の読めない瞳で墨染の空を見やる。
同時、
『――皆さん、無事ですか!』
「カズラ!」
『ッ、ハクトさん……! 良かった……本当に……!』
メルトと離れて以降ずっと断絶していたカズラとの通信が入ってきた。
恐らくここも観測不可能な区域だと思っていたのだが……それが修正されたのか?
「……さて。後はお偉いさんに任せるか。予想だとこの場にいる内の誰かになると思うけど……どう思う? お竜さん」
『……知らん。どうあれ選ばれたヤツはとびっきり苦しんでその不運を後悔すればいいんだ』
一体何の話をしているのだろうか。
龍馬の問いかけに、お竜は拗ねたような口ぶりで吐き捨てる。
それに肩を竦めた龍馬は、改めて此方に目を向けた。
「剣牢はそっち側にいるんだったね」
「……ええ。それが?」
「僕たち地獄の目的が達成されれば、君らに勝ち目はなくなる。その状況でもし地獄が残っているならば……全員殺すんだ。最悪の状況の、たった一つの勝ち筋になる」
助言だった。
彼が知っている、地獄の目的――地獄が残った上で成されたのであれば、道は一つだと。
違う――彼は暗に、剣牢を――天国を殺しておけと言っているのだ。
「まあ、多分それはあり得ないんだけど……念のためだ。覚えておくといい」
「……わかった」
「よし。……それじゃあ、いいかな。お竜さん」
『…………好きにしろ。今回は龍馬の――龍馬の選択なんだろ?』
「――あぁ」
止めたかっただろう。お竜は歯を食い縛り、その衝動に耐えている。
それを知って知らずか、龍馬はなんてことのない、軽い気持ちで。
「頼めるかい、沖田君」
「……承知しました。斬り合いの相手にこんなこと頼まれるの、初めてですよ」
困惑を持ちつつも、沖田は狙い違わず、龍馬の胸を突いた。
粒子となって消えていく彼に、しかし後悔はない。
「さあ……仕事は終いじゃ。世の夜明け、また一歩、近づいたぜよ」
寧ろ晴れやかな笑顔のままに、維新の英雄は消えていった。
地獄に縫われた彼が本当にやりたかったこと。
その一端を、最後の最後に、見た気がした。
『全く……あと一歩で死ぬのは龍馬の因果か。何度やっても……守れないな……私は』
恨めしそうに、愛おしそうに、お竜は呟く。
「……君は」
『お前たちとは関わらん。何処かで、私の良いように、終わりを迎えるさ』
龍馬が消えても、まだその存在は解れていない。
戦闘を続行することなく、お竜は天へと昇って行った。
墨染の空に溶けるように、すぐにその姿は見えなくなる。
それと同時に、また少しだけ清澄になる空気。
『――騎願地獄、消滅を確認しました。そして、京全域の観測が可能になっています。聖杯の位置も、確認できました』
龍馬は、この不安定さの楔だったのだろうか。
彼を倒したことは、この特異点の解決に至る決定的な一歩になったようだ。
「ふぅ……
「あぁ……ありがとう、アリス」
アリスたる魔本は、戦いで頁を使い果たしていた。
助かった。彼女がいなければ、鬼たちにやられていただろう。
礼に頷くようにくるくると回った後、アリスは現界を解いた。
「あの……段蔵、そろそろ、下ろしていただけますか」
「む……? あっ、失礼いたしました。なんといいますか、貴女に触れていると自然と落ち着いて……」
走り寄ってきたときから、段蔵はナガレを抱きかかえていた。
光秀と違い、体力がないためだろうか。
小さな抗議に従い、申し訳なさそうに段蔵はナガレを下ろす。
「……さて。一旦アマクニの小屋に戻るわよ。そっちの三人も、それでいいわね?」
メルトの提案には賛成だ。
何はともあれ、皆と合流しなければならない。
沖田たちもそれに頷き、お竜によって荒れに荒れた戦場を後にした。
これにて騎願地獄・坂本龍馬は退場となります。お疲れ様でした。
この徐々に退場を始める終わりの雰囲気が私は大好きです。
やたらハクとメルトが強くなったのはアレです。途中離脱メンバーが返ってくると強いスキル持ってたりレベル上がってたりするアレ。