Fate/Meltout -Epic:Last Twilight-   作:けっぺん

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第六夜『夢幻の剣製』

 

 

 ――鉄の音が、聞こえた。

 

 

 その姿はおぼろげだけど、確かにそこにいた。

 此方に見向きすらせず、ただひたすらに目の前の一つに打ち込む者がいた。

 一つを終えて、微笑みもせず、それを地面に突き刺しては、次の一に向かう。

 それを何十、何百、何千と繰り返す。

 そのうち呆れて、ふと、後ろを振り返る。

 

 ――剣の丘が、そこにあった。

 

 正しく剣山、とでもいうべきか。

 よく見れば、自分のすぐ傍にも。

 何処に立っていようと、手を伸ばせば何かに届く。そんな世界が広がっていた。

 そんな場所でその人は、周囲に目もくれず腕を振るっている。

 思わず、聞いた。

 

「……これは、全部貴方が?」

「……ああ」

 

 不愛想に、その人は答えた。

 この景色を作り上げるのに、一体どれほどの年月を掛けたのだろう。

 ただ一人の人間の一生ではあり得ない。

 それに、数を増やすために濫造した粗製の品などただの一振りも存在しない。

 “なまくら”という言葉さえ知らないのではないかというほどに、その世界は業物に満ちていた。

 宝剣がある。

 魔剣がある。

 聖剣がある。

 神剣がある。

 一つ一つに備わった神秘は凄まじく、名のある英雄が振るうにも十分値する代物。

 ゆえにこそ、不思議に感じた。

 これほどのものを造りあげて、何故またも続けているのか。

 聞いてみると、やはり言葉少なに答えが返ってくる。

 

「……まだ先にある。オレが至る一振りは」

 

 無数の先にある星。

 この人は、ひたすらにそれを追い求めているらしい。

 千の剣を、万の剣を造っても、まだそこには辿り着かない。

 では、この人が追い求めるもの。至るべきものとは、一体なんなのか。

 

「……究極の先。夢にして幻。オレの至る場所だ」

 

 夢――人の空想の極み。遍く想いを束ねるもの。

 幻――世界の想像の究み。遍く願いを束ねるもの。

 その二つは似ているように見えて、決して交わらない筈のもの。

 届かざるそれらを一つにしたモノこそ、この人は追い求めているのだ。

 

「そのために、貴方は、ずっとここに?」

「……剣に生きた人生だ。死後も捧げると決めた。それだけだ」

「これを、永遠に続けるの?」

「……永遠はない。いずれ至る。オレには、見えている」

 

 ――ようやく、思い至った。

 この人は、英霊なんてものに微塵の興味もない。

 人々から大きな信仰を受け、十分にそれとなるのに相応しい器を持ちながら、この人は決して英霊になることはなかった。

 何故か。

 単純な話だ。この人は、この剣の丘――己が至るべきものを目指すための世界に、死してなお現存しているのだから。

 万が一この人が英霊として必要とされれば渋々手を止め、この中から選りすぐった一本を投げて寄越す。

 ただの人が扱えど、巨悪を討つことさえ可能な大業物を。

 己を切り売りした存在を売り払うことで、この人は英霊という軛から逃れてきた。

 その錬鉄は神域さえ超えていながら、それさえ中継地点に過ぎない。

 その眼は、果てを見据えている。

 そこまでの道のりを、この人は一歩、一歩と着実に踏みしめているのだ。

 

「――そんな貴方がわたしを呼んだってことは、よっぽどの事態ってことよね」

「……見えないものがある。何を寄越すべきか。ここからではわからん」

 

 この人が求められるべき舞台の幕が開いた。

 しかもそれは、常と異なる至極厄介な代物らしい。

 ゆえに緊急の手段を使用した。

 わたしという依代にこの人という存在を注ぐことで、疑似的なサーヴァントを作り出す。

 果たして可能なのだろうかとも思ったが、この世界が超常のものである以上疑問は意味のないものなのだろう。

 

「……引き受けてくれるか」

「――なんでわたしなの? 戦場、それも地獄なんて場所に女の子を送り出そうなんて非常識もいいところよ?」

 

 意地悪く言ってみるも、やはりこの人は眉一つ動かさない。

 

「……錬鉄の性質を持つ。そして何より……」

「……何より?」

 

 ――――夢と幻。キミはその結晶だ。

 それが、殺し文句だった。

 まったく、それがロマンチシズムを狙って言い放った訳でもないのが始末に置けない。

 この人が言ったのは、それそのままの意味。

 つまるところ、わたしはこの人にとっての到達点に近いものらしい。

 ゆえに、自分の依代に相応しい、と。なんとも、上から目線である。

 だけど、気に入った。その愚直なまでのまっすぐさは、人として好ましい。

 

「引き受けたわ。力を借りてあげる」

「……恩に着る。力の真は、不明だが」

 

 自分の英霊としての力を知らない。一度とて召喚に応じていないこの人らしい欠陥だった。

 召喚されてみるまで、自分が何が出来て、何をすべきかはわからない。

 だがきっと、この人のことだ。やるべきことなんて、一つだろう。

 

「……どうか、極みを」

 

 隣を通り過ぎ、歩いていく。

 激励なのかどうかもわからない言葉を受けて。

 その世界から離れる刹那。

 

 

 ――鉄の音が、聞こえた。

 

 

 +

 

 

 その爆発に一切怯むことなく、茨木はアーチャーに突っ込んでいく。

 自身に傷を与えたアーチャーを、標的と定めたらしい。

 刀に纏わせた炎はたちまち巨大な爪と化す。

 断つのではなく、触れたものを焼き尽くし、砕く。

 鍔迫り合いさえ許さない一撃必殺を以て、茨木はアーチャーに襲い掛かる。

「砕け散れェ!」

「ふっ――」

 しかし、それをアーチャーは許さない。

 茨木とアーチャーの間の地面が突如爆発し、剣の嵐が巻き起こる。

「ッ」

「悪いが自爆の経験はなくてね。手間だろうが手本を見せていただけるとありがたい」

 まるで地雷。

 剣の山を兵器の如く操る、特異なアーチャー。

 しかし、先程の弾丸ほどの威力はないのか、茨木を覆う炎の幕を破ることが出来ない。

「舐め、るなァ!」

 障壁の圧を高め、剣を吹き飛ばす。

 最早茨木自身が見えなくなるほどに激しい炎となったそれを、弾丸として射出する。

「メルト!」

「ええ!」

 アーチャーを集中的に狙っているものの、他方にも逃げ場がない程にばら撒かれた炎弾。

 メルトの『さよならアルブレヒト』で僕やミコ、ピエールやアサシン、清姫と光秀は難を逃れる。

 紅閻魔は自身に降りかかるそれを全て切り裂き、沖田と段蔵は小さな隙間を抜けるように避けていく。

「チッ! キャット、なんか手はあるか!?」

「……ムニャ。据え膳喰わぬわ満腹であるな」

「なんで寝てんだよお前!?」

 キャットと金時は――防ぐ手段を持っていない!?

 というかキャットが寝ている。

 戦闘の最中である――というか、先程宝具を使用していたにも関わらず、日常の如く寝こけている。

 金時が雷で迎撃しようとしているが、キャットを守り切れるかとなると――

「――侮るなバナナ鬼! キャットの ねごと! ぶっ放せ空裂(エアロブラスト)! 命をかけてかかってこい!」

「お前本当なんなんだよ!?」

 ……いや、大丈夫だった。

 というか、金時ではなく寝ているキャットが寝たままに喋りつつ、寝たままに呪術を発動し、防ぎきった。

 それもオリジナル――玉藻の前ですら奥の手としてしか使わないだろう規模の大呪術。

 ……理解は不可能だろう。種も仕掛けもない手品のようなものだ。

 そしてアーチャー。他とは比べ物にならないほどの密度で襲い来る炎弾に対し、彼は回避の兆しすら見せない。

「アーチャー!」

「はっ……この程度ならば、一枚で十分だ」

 そう言って、アーチャーは左手を前に翳す。

 出現した、黒い花弁。

 まるで盾のようにアーチャーの前に展開されたそれは、炎を一切通すことなく防いでいく。

「……チッ。しぶとい。地獄どもを屠ってきたのも頷けるわ」

 弾丸を撃ち終えた茨木は、しかし動揺した様子を見せない。

 やや炎の勢いを弱め、寧ろ挑戦的に微笑んでいた。

「面白い。面白いぞ。汝らの足掻きは面白い。だが、いい加減小技の応酬も飽いた。そろそろ汝らも、鬼の神髄を見たかろう?」

「ッ――――!」

 次の瞬間の行為に、誰しもが瞠目した。

 左手に握っていた聖杯。

 それまでも発動され、炎のブーストとして脅威となってきたそれを、自らに押し込んだのだ。

 ちょうどそれは心臓の位置。

 元々あった霊核の代替として機能を始め、茨木自身の魔力が爆発的に増大する。

 

 ――そして、炎の巨人が顕現する。

 

 茨木を核とし、炎が実体を伴う異形。

 茨木天性の変化スキルと聖杯の魔力により、その巨体は――

『――ッ、敵性サーヴァントと聖杯が合一。巨人そのものが、茨木童子の体です!』

 ――茨木童子となった。

 その偉容は、鬼より派生したという説もある日本の信仰に謳われる一人の巨人を冠するに相応しい。

 大地を掘り起こし、山を作り出した国造りの神は、世界の脅威として牙を剥いた。

「倒すには!?」

『心臓部――聖杯を抜き出してください! 聖杯から全域に、常に魔力を供給しています! 聖杯を抜き出せば巨人体も消滅します!』

「――それが叶うならばなぁ! やれるものならやってみせよ人間!」

 手を軽く振るえば、その風圧が神秘を伴い、熱風を巻き起こす。

 それさえ破壊力を有し、防御や回避を余儀なくされる。

 脅威だ。だが、体が大きくなったことで動きは鈍重になり、小回りが利かなくなった。

 茨木の長所である素早さは最早なくなっている。

 その動きをよく見れば焦ることはない。それを証明するように、金時が懐に突っ込んでいた。

「やる事ぁ変わらねえ! ぶっ倒すだけだろうがよぉ!」

 その横腹に雷斧を叩き付ける。

 爆発し、炎の体が弾ける。

 ――そして、それと同時に僕のすぐ傍の大地が音を立てて、消えた。

「なっ……!?」

「今の――!」

『そこに決して踏み入らないでください! 観測不可能、それも信号の消滅――虚数空間と酷似した無が発生しています!』

 世界の崩壊の影響か。

 だが、ここまで早く――!?

「クハ。吾が炎はこの世に浸透したものぞ? それを傷つければどうなるか。浸ったモノごと吹き飛ぶに決まっていように」

 あの巨体は、世界そのものと言っても過言ではない、と?

 それでは攻撃が出来ない。

 その身を削れば世界も削れていく。傷つければ傷つけるほどに、加速度的に世界の崩壊は進む。

 決して手立てがなくなった訳ではないだろう。

 だが、残された手段は困難を極める。

 即ち――その巨体を維持したままに、聖杯を抜き出すこと。

「あれを倒さずして、杯を奪う――紫藤殿」

「……難しい。だけど、やるしかない」

 更に気温は高まり、炎は僕たちの体力を削っている。

 限界は近い。対して、巨体へと変じたことでメルトウイルスの進行も遅くなっている。

 こうなれば霊核――聖杯に至るための最短ルートを突破する。

 胸部を集中攻撃し、無理矢理こじ開ける。世界への被害を抑えるためには、それが必須となる。

「アーチャー、こじ開けられる?」

「無理を言うな。複数サーヴァントによる宝具の集中攻撃しかないだろう」

「……セナちゃん。まだ宝具はいけるかい?」

「発動は問題ない。だけど、威力に秀でたものじゃない。あれを破るのは、難しい」

 アサシンの宝具は恐らく、あの海獣たちによる制圧が本領だろう。一点突破には向いていない。

 メルトの宝具もまた然り。

 今の状態ではあの巨体を溶かしきることは難しいだろう。

「……紫藤さん、どうします?」

 跳躍して戻ってきた沖田。その速度であれば、胸部にまで辿り着くことは容易いだろう。

 だが、問題はそこからだ。

 核までその刀が届くかどうか。

 金時のように熱に耐え、力押しで叩き込むようなことは不可能だ。

 現に同じく刀を得物とする紅閻魔も攻めあぐねている。

「手も足も出ぬか。それが人間の限界よ! さあどうする! 滅びを待つか! 吾の手に委ねるか! 決めよ! どちらでも構わんぞ! クハハハハハハ――――!」

 茨木は勝ち誇り、高らかに笑う。

 ――それは、勝利への確信からだろう。

 自身を傷つければ時代は滅びる。何もしなくても、時代は近く滅びる。

 僕たちが時代の死守を目的としているならば、最早勝ちの目はない。

 諦めはない。だが、手立てをどうにも見出せない。

 京の都に終焉を言祝ぐ茨木の哄笑が響く中――――

 

 

 ――鉄の音が、聞こえた。

 

 

「――――」

 それを気のせいだと判断した。

 噴火の如く炎が噴き上がり、世界はより壊れていく。

 広がっていく無。まず初めに、僕たちとピエール、アサシンを隔てて、亀裂が走った。

 

 ――鉄の音が、聞こえた。

 

「メルト!」

「ハ――――」

 気にしている余裕はなかった。

 メルトとも切り離され、巨人の体にすら罅が入っていく。

 共にいるのは、アーチャーと沖田。

 ミコと光秀はメルトが守ってくれるだろう。

 だが連携が取れなくなったのは厳しい。

 広がる無のその先は見えない。底なしの黒が空間を塗りつぶし、世界を上書いていく。

 

 ――鉄の音が、聞こえた。

 

「……?」

「――なんだ?」

「……今のは」

 僕。アーチャー。沖田。

 三度目の不自然な音に、ようやく僕たちはそれを意識した。

 その音は後ろから。

 いつの間にか背にしていた、小屋の残骸から聞こえてきていた。

 時代を焼く炎。この世全てを敵とする炎。

 そんな中にあって決して役目を違わぬ、固く、硬く、堅い炎が、そこに在った。

 

 

 ――今より鍛つは、夢幻の剣なり。(体は剣で出来ている。)

 

 

 観測の既に通らない、炎の中。

 茨木の出現に巻き込まれ、耐えられる筈もないと思っていたそのサーヴァント。

 彼女の歩みに伴うように、轟々と燃え盛る炎の音が。

 そして、彼方にまで響く鉄の音が聞こえた。

 

 

 ――刀匠たるならば血潮を鍛て。(血潮は鉄で)

 

 ――刀匠たるならば心で鍛て。(心は硝子。)

 

 

 詠唱というものには、必ず意味というものが付き纏う。

 言葉を紡ぐことで現象を発生させるそれは、だからこそ、その者と現象との“差”が違和感として発現する。

 だが、それにはあまりにも違和感が存在していなかった。

 長年を、悠久をかけて浸透した言の葉。

 最早自分そのものとなった、信念の呪文。

 

 

 ――戦場は遠く、離れた剣の行く末は不知ず。(幾たびの戦場を超えて不敗。)

 

 

 ――少女が、そこにいた。

 戦場という場に決して相応しくない、幼い少女。

 それが炎を踏みしめながら、歩いてくる。

 

 

 ――孰れが誰何を斬ろうとも、(ただ一度の敗走もなく、)

 

 ――屍山血河に沈めども。(ただ一度の勝利もなし。)

 

 

 剣牢地獄。サーヴァント、セイバー。真名、天国。

 日本最強の神剣をも鍛った、伝説の刀匠。

 胸は熱い炎を噴き上げ、全ての魔力はその一点に込められていく。

 体にはただ一つの傷も見られない。

 まるでそれは、依り代の少女を決して傷つけまいとする、“彼”の信念の具現のようだった。

 

 

 ――我が身はただ火に向かうのみ。(担い手はここに独り。)

 

 

 ザクリと、僕の目の前の土を削る音がした。

 一本の刀が、そこにあった。

 白い、白い、その他全ての色を知らないような、一色の刀身。

 ――美しいという言葉では不足だろう。

 だがそれは、そんな見たこともないような清なる剣は、“彼”にとっては道行に過ぎなかった。

 

 

 ――極み、究み、窮むのみ。(剣の丘で鉄を鍛つ。)

 

 

 沖田の傍に、もう一本の刀が突き刺さった。

 黒い刀身。

 驚くべきは、その長さ。

 沖田の身の丈を超える、漆黒の大太刀。

 そしてそれさえ“彼”は感慨も持たない。

 その先こそが、“彼”にとって至るべき場所なのだから。

 

 

 ――心底の炉、未だ消えることなく。(ならば我が生涯に意味は不要ず。)

 

 

 白い刀――それに匹敵するものは、もう幾度も鍛ってきた。

 黒い大太刀もまた然り。大業物であるというだけ。別段、出来た喜びで歩みを止めるほどのものでもない。

 

 

 ――故に天国、(この体は、)

 

 

 無限の果て。

 夢の果て。

 幻の果て。

 ――無限の刀を、鍛ってきた。

 名剣、宝剣、妖刀――夢の極みは、幾らでも鍛ってきた。

 魔剣、聖剣、神剣――幻の窮みは、幾らでも鍛ってきた。

 ――その果てを、天国の果てを、ここに見ることとなった。

 歩みが止まる。

 少女――天国は、アーチャーの前に立つ。

 己の右手を胸の炎に当て、誇りを、歓喜を、威厳を持って。

 高らかに己の高みを。自身が至れる究極点を、謳い上げた。

 

 

 ――望まれたるは、『夢幻の剣製』。(夢幻の剣で出来ていた。)

 

 

 白い刀や黒い大太刀のように、刀身に特徴が見られる訳ではなかった。

 豪華な意匠をあしらっていることもない。

 強いていうならば、鍔に小さな輪で繋がれた刃片のようなものが、六つ繋がれているくらい。

 ――だが、それを至高の剣であると認めざるを得なかった。

 何千何万を鍛った信念の全てが、その一振りに込められている。

 例え鍛冶神であっても寄せ付けない、誰が一切の批評を下すことさえ許さないと告げるような、圧倒的な存在感。

 それは、人が至ることの出来る究極の一つの形だった。

 手に現れた刀の極みを暫し見つめて、それから、僕の前に刺さった刀に目を向ける。

「――それは、喪ったもの、忘れ去られたもの、曖昧になったものを繋ぎなおす刀。刀というのは、確かに断つもの。ゆえにそれは、縁を曖昧とする霧を払い鮮明にする刃」

 その刀に触れてみると、まるで自らの手足であるように、馴染んだ。

 生まれた時から共にあるような。

 そう――メルトのように、始まりから現在までを共にした愛刀の如く、柄から親愛を送ってきた。

「未来より訪れ、過去を救い、未来を取り戻そうとする貴方に、全てを繋げるその一振りを捧げます」

 ――命銘、清刀『豊葦原天国(とよあしはらあまくに)』。

 この刀に込める言葉はそれで終わったと、天国は沖田の前に刺さった刀に視線を移した。

「――それは、罪を洗う刀。遍く業、世界を侵す罪さえ赦し、両断によって天へと還す救いの刃」

 沖田が振るうには、それは大きすぎる。

 だが、それを沖田が持つに相応しいと、天国は判断した。

「一目見て分かったわ。貴女はこの時代を救う義務がある。意思を守り、誠を貫く貴女に、世界を留めるその一振りを捧げます」

 ――命銘、魔刀『煉獄(れんごく)』。

 ――その時、天国に変化が訪れた。

 その体が解れていく。

 現界を保てなくなった体が、少しずつ粒子と消えていく。

 ――己の霊核を鉄とした、生涯最後にして最高の一振り。

 それが天国の宝具であり。

 アーチャーに渡された刀だった。

「――それをどう使うも、貴方の自由。悪を討つか。歪んだ正義を討つか。何者をも断ち得る全断の刃として、わたしはそれを鍛ったわ」

 周囲の亀裂は更に広がり、いつしかカズラの通信もない、孤立空間になっていた。

 だが天国に焦りはない。

 これが決して窮地ではないと言うように。

 寧ろ、そんな、誰も見ていない世界でこそ自分が鍛った刀を渡すに相応しい、と天国は笑っている。

「何処かで壊れた正義の味方。日さえ落ち、時の止まった剣の丘。その悲しい世界に、この刀を突き立てましょう」

 ――命銘、神刀『高天原天国(たかまがはらあまくに)』。

「以上四本。此度の現界における剣製は完遂したわ。その刀の先は、わたしの与り知るところではありません」

 天国が造り上げたものの、それは天国の武器とはならなかった。

 他の二本はわからない。だが、状況は同じだろう。

 目の前の刀、『豊葦原天国』は、僕の装備となっていた。

 礼装のようにいつでも現界、起動できる武器として。

 それぞれ、怪訝な表情をしたままに、その武器を一度霊体化させる。

 ――しかし。

 僕の刀。沖田の刀。アーチャーの刀。

 天国は四本と言っていた。一振り、足りない。

「――天国、まさか」

「ええ。あらゆる干渉を防ぐ刃。無さえその足を止めるには値しない。あの奔放さは、邪魔してはいけないものよ」

 確か天国は、もう一振り、他者に渡した刀があった。

 その者に制約を掛けていた呪術を無力化し、化けの皮を剥がした“お守り”。

 当然、それは失われていない。

 広がる無の中でさえ、その輝きは見えた。

「――――たま!」

「合点承知! 義によって猫の手を貸そう!」

 ――無を裂いて、キャットはこの場に降り立った。

 そして僕とアーチャーを両脇に抱え、沖田の首根っこを咥えた上で、

ははははふほ(さらばだクロ)っ! はほひはっはほ(楽しかったぞ)!」

「……何言ってるか分からないっての」

 無の外へと――まだ生きている世界へと跳ぶ。

 その苦笑が、天国の最後の表情だった。

 すぐにその小さな姿は見えなくなる。

 剣の作成に生きた英雄の最後の煌きを、見ることはなかった。

「ちょ、ちょっと! 揺れてます凄い不安定です! ってかなんで私だけ咥えられてるんですか!」

はふへほはひほ(なんでもなにも)ふへはふはふひははひほ(腕は二つしかないぞ)

 じたばたともがく沖田をキャットがふごふごと諭す。

 理解を諦め、沖田が大人しくなったと同時、闇は晴れ――罅だらけの世界に飛び出した。




これにてクロこと剣牢地獄こと天国は退場となります。お疲れ様でした。
初めて剣製の詠唱考えました。公式のこれまでのものとは毛色の違う、日本語+日本語ですが。
それぞれの武器は今後何かしらに使われることでしょう。
約一名名前がネタバレ? 知りません。

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